千歌「『好き』の呪い」
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
私は曜ちゃんが大『好き』だ。
「何を今さら」と年上の幼馴染には呆れられ、「見てればよく分かるわ」と親友に暖かな視線を向けられる。
曜ちゃん本人には「私も千歌ちゃんの事が大好きだよ!」と照れた顔で言われる――そのぐらい、私たちは仲良し2人組。
だけどみんな理解してないんだ。私の大好きの本当の意味を。
千歌「好きには他にも種類があるでしょ」
チカは曜ちゃんを愛してるの。曜ちゃんに恋してるの。 曜ちゃんを抱きしめたいし、キスしたい。彼女の裸を見たい。
一緒に暮らし、人生を二人で歩んでいきたい。
同性だろうが関係ない。小さい頃からずっと、曜ちゃんはチカのヒーローで王子様だから。
千歌「ねえしいたけ、あなたにはこの気持ちがわかる」
外では誰にも話せない気持ちを飼い犬に話す私の姿はおかしなものだろう。
しいたけ「ワンワン!」
意味が分かっているかは分からないけど、ご主人様に同意したようにシイタケは鳴く。
こんな話ばかり聞かされているから、同じメスのはずの梨子ちゃんばかり追い回すようになってしまったのだとしたら、なかなか面白いかな。 一度だけ、私の『好き』について鞠莉ちゃんに相談したことがある
果南ちゃんに対する態度を見る限り、鞠莉ちゃんも同じ『好き』を抱えていると思ったから。
だけどその時の鞠莉ちゃんの態度は厳しい現実を示していて。
鞠莉「ちかっち、貴女の気持ちは素敵なものだわ」
鞠莉「でもね、それを絶対に公言しては駄目よ」 鞠莉「そうしないと貴女はもちろん、曜まで不幸な境遇に置かれることになる」
鞠莉「この感情を持つ人は少数派なの」
鞠莉「様々な活動で受け入れられ易くなっているけど、差別があるからこそ活動する人がいて、活動がなくならないということは未だに差別はあるということ」
様々な世界を見てきた彼女が悲しそうな表情のまま語る姿は、私の心に強く突き刺さる。
鞠莉「私は果南の事が好き。もしかしたら果南も私のことが好きなのかもしれない」
鞠莉「だけど私は告白する気はないし、されたら断るつもりよ」
鞠莉「それを望み、形になっても結果的には不幸な結末が待っていると分かっているから」 鞠莉「あくまでもこれは私個人の意見」
鞠莉「ちかっちが曜を求める気持ちを否定する気もしないし、もしも諦めないというなら全力で応援するわ」
鞠莉「でも忘れないで、私の言葉は貴女たちの為を思って言ってるということ」
それ以来、私はこの『好き』にさらに臆病になった。
けれども感情が無くなってしまったわけではなく、時間が経つにつれて、曜ちゃんと共に時間を過ごすにつれて、どんどん強くなっていって。
望んではいけない禁断の果実、諦めなければならないはずのそれを諦めきれない自分が嫌だった。 ※
曜「千歌ちゃん! おはヨ―ソロー!」
千歌「おはよーそろー、よーちゃん」
朝の教室、今日も曜ちゃんは元気いっぱいだ。
曜「梨子ちゃんもおはヨ―ソロー!」
梨子「うん、おはよう」
曜「も〜、そこはヨ―ソローで返してよー」
梨子「それはちょっと恥ずかしいというか」
曜「えー、梨子ちゃんのヨ―ソローが見たいのに」
梨子「じゃ、じゃあ――よーそろ……」
曜「おぉ、可愛いね!」
梨子「そ、そうかな」 梨子ちゃんといちゃつく曜ちゃんを見ると心がざわつく。
そういう意図はないはずだと分かっているのに、私はとても嫉妬深くて。
千歌「梨子ちゃんも曜ちゃんもチカを無視しないでよ〜」
曜「あ、ごめんね千歌ちゃん」
千歌「ふーんだ」
だから邪魔して、わざとらしく拗ねてみる。
曜「ほらほら、みかんあげるから許してよ」
千歌「わぁい、みかん!」
そうすれば曜ちゃんが構ってくれると、優しくしてくれると知っているから。
曜ちゃんはやさしくて、私のことをよく分かってくれているんだもん。 梨子「本当に二人は仲良しだね」
少し苦笑いをする梨子ちゃん。
曜「うん、わたしと千歌ちゃんは親友だもんね!」
無邪気で輝いた笑顔を向けてくる曜ちゃん。
千歌「……もちろん、私も曜ちゃんのことが大『好き』だよ!」
少しでも私の気持ちが伝わるように、『好き』に力を込める。
曜「えへへ、何だか照れるね」
顔を赤くしながら照れる曜ちゃんは、少しでも私の『好き』を感じ取ってくれただろうか。 千歌「もぉ、曜ちゃんは今日もカッコいいよねぇ〜」
もっと『好き』を伝えるために、ぎゅーっと、曜ちゃんに抱き着く。
曜「ち、千歌ちゃん」
梨子「もう、千歌ちゃん! ここは教室だよ!」
千歌「いいじゃん別に。大『好き』なんだから」
曜「そ、そうだよね」
むつ「お2人ともお熱いね〜」
よしみ「朝から仲良しだね〜」
自分のことでもないのに恥ずかしがる梨子ちゃんや冷やかす周囲の中に、この『好き』を感づいている人はいるのだろうか。 千歌「大丈夫、梨子ちゃんのことも大好きだから!」
きっといないだろう。だから私は普通の好きであるように軌道修正する。
梨子「ち、千歌ちゃん」
曜「私も梨子ちゃんのことが大好きだヨ―ソロー!」
梨子「曜ちゃんまでっ」
あ、また心がざわつく。曜ちゃんが梨子ちゃんへ向けた大好きは『好き』じゃないのに。 曜「ほら、梨子ちゃんもぎゅー」
梨子「も、もう、やめてよ」
口ではそう言いながらも嬉しそうな梨子ちゃん。
いつき「千歌、旦那が取られてるよ」
千歌「……別に旦那じゃないもん」
曜「梨子ちゃん、抱き心地もいいし、良い匂い。最高だねぇ」
梨子「よ、曜ちゃんったら」
嫌だな、これ以上この光景を見たくない。
騒々しい教室を、私は無言で飛び出す。
後ろから呼び止める曜ちゃんの声が聞こえた気がしたけど、今は1人になりたかった。 ※
落ち着くための場所に選んだのは、いつも練習している屋上。
千歌「よーちゃん、『好き』だよ」
地面に寝そべり、本人に言えない告白を、空に向かって呟く。
今なら誰も私を止められないし、止める人もいない。 『好き』が身体から溢れてくる、止められそうにない。
空に向かって相合傘を書く、もちろん名前は『曜』と『千歌』
千歌「大『好き』だよ、よーちゃん」
I love you、愛してる――とにかく思いついた言葉を書き、言葉に出す。
千歌「よーちゃん、曜ちゃん……」
目を閉じれば浮かんでくる、愛しのあの人の姿。
恋人ではなくても、今まではずっと傍にいられた、いることができた。 だけどこれからはどうなる?
学校が廃校になったら? 進学や就職したら?
きっと今までのように、ずっと一緒にいて、いつでも会える関係では居られない。
そうなったら、私はきっと耐えることができない。
渡辺曜は私の全て、彼女のいない未来なんていらない。
千歌「やっぱり、私は……」 彼女がこの『好き』を受け入れてくれるとは限らない。
受け入れてくれても、待ち受けているのは破滅かもしれない。
それでも、その先には苦難しかないとしても。
千歌「ごめんね、鞠莉ちゃん」
私は貴女のように、大人にはなれないみたい。 ――――――
私には大切な幼馴染がいる。
彼女の名前は高海千歌、幼馴染にして大好きな親友。
小さい頃からずっと一緒だった。
同じ学校へ通い、同じように生活し、家族同然に過ごした、私の半身のような存在。
彼女の考えていることはだいたいわかるし(時々分からないこともあるけど)、私のことも千歌ちゃんは何でも知っている、はずだった。 ※
果南「1,2,3,4」
放課後、いつもどおり屋上でダンスの練習。
身体を動かすのは私の得意分野。
しかもいま練習しているのは、予備予選以来の千歌ちゃんと私のダブルセンターの曲。
自然と気合いが入る。 曜「よし、いい感じ!」
ダイヤ「さすが曜さん、完璧ですわね」
一通り踊り終わったところで、ダイヤさんに褒められる。我ながら良い出来。
曜「ありがとうございます」
果南「最近の曜は絶好調だよね。もうダンスの腕も越えられちゃったかなぁ」
曜「あはは、そんなことはないよ。まだまだ果南ちゃんには勝てないって」
先輩から褒められるのは嬉しい。
でも本当に褒めてほしい人はこの場にいない女の子。 ダイヤ「あとは千歌さんと合わせられればいいのですが……」
ルビィ「うゅ、体調が悪いなら仕方ないよね」
千歌ちゃんはここ数日、体調不良で学校を休んでいる。
果南「でも千歌が体調不良なんて珍しいよね。全然記憶にないよ〜」
曜「いやいや、果南ちゃんじゃないんだから風邪の一度や二度ぐらいあるでしょ……」
鞠莉「ふふ、確かに果南は風邪をひかなそうね」 果南「鞠莉、曜、それは私を馬鹿にしてるのかな〜」
曜「いやいやそんなことないよ。ね、鞠莉ちゃん」
鞠莉「そうよ、身体が丈夫なことを褒めてるだけ」
果南「それならいいんだけど――」
鞠莉「まあ本当は、果南はキュートだからついからかいたくなっただけだったり」
果南「鞠莉〜」
鞠莉「おっと、これはマズいわね」
始まる上級生による追いかけっこ。
鞠莉ちゃんと果南ちゃんは相変わらず仲良し。 梨子「曜ちゃん、お疲れ様」
曜「ありがとう梨子ちゃん」
梨子「千歌ちゃんがいないと、やっぱり寂しい?」
曜「うん、そうだね……」
果南ちゃんが言っていたのもあながち間違ってはいない。
ちょっとした体調不良はあっても、ここまで長引くことは今までなかった。
それは即ち、私と千歌ちゃんがこんなに長期間会わないこともなかったというわけで。 梨子「ほんと、2人は仲良しだもんね。仲間はずれみたいで少し寂しくなるぐらい」
曜「いやいや、梨子ちゃんも大切な友達だよ」
梨子「ふふ、ありがと。やっぱり曜ちゃんはやさしいね」
曜「やさしくなんてないよ、事実だもん」
千歌ちゃんはもう家族のようなものだから、梨子ちゃんとは少し違うかもしれない。
だけど梨子ちゃんはもちろん、Aqoursの皆だって千歌ちゃんに負けないぐらい大切な人たち。 梨子「でも本当に千歌ちゃん心配だよね、お見舞いにも来ないでなんて言いだして」
曜「うん、本当にどうしたんだろう。連絡しても全然返事返ってこないし……」
そう、私の悩みは千歌ちゃんに会えない寂しさだけではない。
千歌ちゃんは幼馴染である私にまで会いたくないと言っているのだ。
病気をうつしたくないからなのかな。
そんなのを気にするような関係じゃないと思っていたのに。
ある意味生まれて初めて、拒絶されたようなものかもしれない。 曜「部屋の窓から千歌ちゃんの様子見えたりしない?」
梨子「いつも塞がれちゃってるの。呼びかけても返事が返ってこないし」
曜「……そっか」
梨子「風邪、なんだよね」
曜「分かんないけど、たぶん」
梨子「重い病気とかだったら嫌だな……」
曜「うん……」 重病な千歌ちゃんなんて、想像したくもない。
梨子「拒否されても、お見舞いに行くべきなのかな」
曜「もう少ししても反応がなかったら、私が家まで行ってみようか」
梨子「そうね、曜ちゃんなら安心だし」
曜「まあ止められても行くよ。私の中の千歌ちゃん愛が悲鳴をあげているからね!」
梨子「相変わらず千歌ちゃんが大好きなのね」
曜「千歌ちゃんへの愛なら誰にも負けないよ〜」 梨子「うふふ、じゃあよろしくね、曜ちゃん」
曜「うん、任せて!」
学校に来なくなった前日、千歌ちゃんは少し様子がおかしかった。
もしかしたら、何か嫌なことがあったり、悩んでいることがあるのかもしれない。
言いにくいことがあるなら、尚更私が相談に乗ってあげないと。
私が千歌ちゃんの立場なら、話を聞いてほしいと思う。
きっと千歌ちゃんだって同じ気持ちのはずだよね。 ※
千歌ちゃんはさらに一週間経っても学校へ来なかった。
曜「こんばんはー」
志満「曜ちゃん、わざわざありがとね」
曜「いえいえ、ちょうど私も会いに来ようと思っていたんで」
結局、自分から千歌ちゃんの家に行く前に志摩さんから頼まれた。
千歌ちゃんと話してみてほしいと。 曜「それで千歌ちゃんは?」
志満「相変わらず部屋に引きこもってるの。ご飯もまともに食べてないし……」
曜「そうですか……」
志満「本当に心当たりはないのよね?」
曜「全然分からなくて、すみません……」
志満「ううん、謝らなくていいのよ」
志満さんはかつてない異常な事態に困り果てているみたいで。
私もこの一週間、ずっと原因を考えてきた。
でもいくら考えても、何も思いつかなくて。 志満「たぶん寝ていると思うけど、勝手に部屋に入っても大丈夫だから」
曜「分かりました」
部屋の前には、手の付けられていない食事が置いたままになっている。
もしかして、ご飯すら食べていないのかな。
曜「千歌ちゃん、入るよ」
過去に数えきれないほど来た、慣れ親しんだ千歌ちゃんの部屋のふすまを開ける。
薄暗い闇の中。見慣れた室内と、盛り上がった布団。 曜「千歌ちゃん?」
ベッドに近づき、再び声をかけてみるけど返事はない。寝ているのだろうか。
曜「ごめんね〜」
そっと布団をめくると、彼女はやはりそこに横たわっていた。
普段の明るく、元気いっぱいの千歌ちゃんからは想像もできないほどに痩せこけ、ぐったりとして弱り切った姿で。
曜「千歌ちゃん……」
想像はしていたけど、実際に見るとショッキングな姿。
志満さんから話を聞いた限り、身体の病気ではないのだろう。
それなのにここまでの状態になるなんて、どうして。 千歌「よう、ちゃん……」
目を瞑ったまま、千歌ちゃんが私の名前を呼ぶ。
千歌「う、うぅ」
苦しそうにうなされている。悪夢でもみているのだろうか。
千歌「よーちゃん、よーちゃん……」
呼ばれ続ける私の名前。その姿はまるで私を求めているようで。 曜「大丈夫、私はここにいるよ」
千歌ちゃんの手を握り、呼びかける。
曜「私は千歌ちゃんの傍を離れないよ」
夢の中の千歌ちゃんに届くように、小さな声だけど、力強く語りかける。
曜「ずっとずっと、一緒にいるから」
手を握る力を強める。 曜「どんな時でも、私が千歌ちゃんを助けてあげる」
苦しそうだった千歌ちゃんの表情が、徐々に表情が穏やかになっていく。
曜「千歌ちゃん、大好きだよ」
頭を撫でると、心なしか嬉しそうな表情を見せ、安らいでいく寝息。
少しずつ落ち着いてきたみたい、起きるまでこうしてあげよう。
それがいま、私が千歌ちゃんにしてあげれる精一杯のことだから。 ※
千歌「あれ、よーちゃん……」
曜「おはよう、千歌ちゃん」
千歌「……本物?」
曜「そうだよ、本物の曜ちゃん」 千歌「……来ないでほしいって、言ったのに」
曜「ほっとけないよ、弱った千歌ちゃんを」
千歌「こんな姿、見せたくなかったのに」
曜「気にしないよ、だって私たち親友でしょ」
千歌「そうだね、『親友』だよね……」
沈黙が続く、改めて姿を見ると顔色も悪い、声にもまるで覇気がない。 曜「ねえ千歌ちゃん、何かあったの?」
千歌「……」
曜「私で良ければ相談に乗るよ」
曜「嫌なら絶対誰にも言わないし、私にできることなら何でもする」
曜「千歌ちゃんの力になりたいの」
このまま放置するわけにはいかない。
人に言えない事でも、私になら何でも打ち明けてくれるはず。
今までずっと、私たちはそうやって生きてきたんだから。 千歌「――曜ちゃんはやさしいね」
でも千歌ちゃんは悲しそうな表情のままで。
千歌「本当に、何でもしてくれるの?」
曜「本当だよ」
千歌「どんな話でも聞いてくれるの?」
曜「もちろんだよ」 千歌「なにを聞いても嫌いにならない?」
曜「千歌ちゃんのことを嫌いになるわけないよ」
どんな話をされても、千歌ちゃんの事なら受け入れられる自信がある。
千歌「……」
再びの沈黙。千歌ちゃんが何かを話そうとしているのが見て取れる。
どんな話でも受け止めて励ましてあげられるよう、私も覚悟を決める。
千歌「わたしね――」
意を決した千歌ちゃんが、口を開く。 千歌「曜ちゃんのことが『好き』なの」
曜「? ありがとう、私も千歌ちゃんのことが好きだよ」
千歌「違うよ、私は曜ちゃんが『好き』なんだよ」
違う? 何が違うの?
千歌「私の『好き』は、曜ちゃんが言ってくれた好きじゃないんだよ」
千歌「高海千歌はね、渡辺曜ちゃんのことを――」
『愛してるの』 ―――――
夜空を見上げると、綺麗な月が見える。
千歌「よーちゃん……」
私は今日、曜ちゃんに告白した。
鞠莉ちゃんの忠告を無視して、確かに言ったのだ、愛してると。
それを聞いたときの曜ちゃんは、その言葉を理解できずに、酷く動揺していて。 だから私は何度も言った。
曜ちゃんのことが『好き』だと、愛してると。
理解してくれるまで、何度も、何度も。
でも曜ちゃんにはそれを理解するのが難しかったみたいで。
曜「ごめん、千歌ちゃん。私にはわからないよ」
そう言って部屋を飛び出して行ってしまった。 千歌「まあ、そうなるよね……」
少しは期待していた。曜ちゃんも私と同じ気持ちかもしれないと。
もし違っても、やさしい曜ちゃんなら親友の私を受け入れてくれるかもと。
千歌「もう、チャンスはないのかな」
1人残された部屋で、私は考える。
これはもうフラれてしまったのだろうか。
でも考え直して、私を受け入れてくれるかもしれない。
少なくとも縁を切られるようなことはないよね、私たちは、親友だから。 だけど、やっぱり気まずくなっちゃうのかな。
今までの関係には戻れないのかな。
千歌「嫌だなぁ……」
家に籠るようになってから、時間がゆっくり進むように感じる。
私は大人しくしているのが苦手で、外で遊びまわっているような子どもだったから、なおさらなのかもしれない。
そしてなによりも、今は曜ちゃんが近くにいないから。 ―――――
千歌『愛してるの』
知らなかった、幼馴染の女の子が秘めていた気持ち。
千歌『曜ちゃん『好き』だよ、愛してる』
真剣な表情で迫ってくる千歌ちゃんの顔は怖かったけど、それ以上に言葉が重く、心にのしかかってきた。 梨子「そっか、千歌ちゃんがそんなことを……」
思わず千歌ちゃんの家を飛び出してしまった私が駆け込んだのは、お隣の梨子ちゃんの家。
アポなしで突然やってきた私のことを、梨子ちゃんは嫌な顔一つせずに受け入れてくれた。
曜「わたしね、まったく知らなかったの」
曜「千歌ちゃんがそんなことを考えていた、そんな気持ちを秘めていたなんて」
曜「千歌ちゃんのことなら、何でも知っていると思っていたのに」 梨子「仕方ないよ、想像するほうが難しいことだから」
曜「そうなんだけど、そうかもしれないけど――」
どうしても感情が整理できない。
千歌ちゃんにそんな気持ちを持ったまま親友として接しさせていた申し訳なさ。
千歌ちゃんが同性愛者であったという事実に対する驚愕。
そしてその対象が私であったという事実。
渦巻く様々な感情。
否定したくない、でもどうしても肯定できない。 梨子「曜ちゃんはどうしたいの。これから千歌ちゃんと」
曜「わたし、私は……」
きっと私は、千歌ちゃんと以前のように接することができない。
彼女の気持ちを知ったのに、それを受け入れられない以上は。
いっそ受け入れてしまえばいいのかもしれない。
今は心が拒否していても、相手は大好きな千歌ちゃんだ。
慣れてしまえば、きっとそれが普通になって。
だんだん千歌ちゃんのことを同じような気持ちで見られるようになって―― 梨子「曜ちゃん、無理しちゃ駄目だよ。自分を犠牲にしちゃ、駄目だよ」
私のぐちゃぐちゃになった思考は、それを見透かしたような梨子ちゃんの言葉で断ち切られる。
曜「だけどそうしないと千歌ちゃんは」
梨子「千歌ちゃんの気持ちは、考えちゃ駄目」
曜「でも――」
梨子「大事なことなの。曜ちゃん自身の意志で動かなきゃ、きっと後悔する」
曜「私自身の意志……」 私はどうしたいのか、どんな考えを持っているのか。
答えは明白だった。
曜「……分かったよ」
梨子「曜ちゃん、大丈夫?」
曜「大丈夫、梨子ちゃんに相談して良かった」
もう、心は決まった。 曜「ごめんね、梨子ちゃん」
だから私は謝らなければならない。
曜「Aqoursはもう、駄目かもしれない」
共にAqoursを作り、輝いてきたもう一人の親友に。
梨子「曜ちゃんのせいじゃないわ。そうなると分かっていて、背中を押したのは私」
口ではそう言いながらも、梨子ちゃんの表情はとても悲しそうで。 曜「ごめんね、本当にごめんね」
私はそんな梨子ちゃんを抱きしめる。梨子ちゃんもそっと抱きしめ返してくれる。
梨子「謝らないで、曜ちゃんの方が辛いはずだよ」
曜「梨子ちゃん……」
私たちは抱きしめあったまま、静かに泣き続けた。
隣の千歌ちゃんに聞こえないよう、静かに。 ―――――
鞠莉「そう、曜に言ったのね」
千歌「ごめんね鞠莉ちゃん、せっかく止めてくれたのに」
鞠莉「気にしなくていいのよ、それが貴女の意志だったなら」
翌日、私は鞠莉ちゃんの家へ行き、曜ちゃんに告白したことを報告した。 鞠莉「その様子だと結果は芳しくなかったみたいね」
千歌「はっきりとは言われてないけど、たぶん、ね」
鞠莉「そう……」
悲しそうな鞠莉ちゃんの表情。
鞠莉「でも諦めちゃ駄目よ、まだ――
千歌「この後ね、曜ちゃんに呼び出されてるの」
鞠莉「……」 千歌「きっと、そこでフラれちゃうんだと思う」
鞠莉「貴女は良いの、それで」
千歌「仕方ないよ、曜ちゃんが、大好きな人が受け入れられないんだとしたら」
少し涙が出てくるけど、必死に堪える。
今日はきちんとお化粧もしてきた。
大好きな人に大事なことを言われる日だから。
最後かもしれない、曜ちゃんと顔を合わせられる日だから。 鞠莉「でも、そんな……」
ああ、鞠莉ちゃんが泣いてる。
泣かないでよ、せっかく私は堪えてるんだから。
千歌「じゃあ私は行くね」
これ以上は耐えられそうにない。
早くここから出なきゃ。
千歌「今まで相談にのってくれてありがとう、鞠莉ちゃん」 鞠莉「ちかっち」
部屋から出ようとする私の背中に、鞠莉ちゃんが呼びかける。
鞠莉「どんなことになっても、私は貴女の味方よ」
千歌「……鞠莉ちゃん」
ずるいな、鞠莉ちゃんは。
こんなにやさしくしてくれると、いっそ曜ちゃんじゃなくて、鞠莉ちゃんを『好き』だったらなんて考えちゃう。 鞠莉ちゃんなら、きっと私のことを受け入れてくれただろう。
もし駄目でも、同じ『好き』を持つ彼女なら、綺麗にフラれて終わる恋だったはずだ。
だけど、私が『好き』なのは曜ちゃんだから。
千歌「いってきます、鞠莉ちゃん」
鞠莉「いってらっしゃい」
千歌「うん」
鞠莉「吐き出したくなったら、泣きたくなったら、またいらっしゃい」
千歌「……大好きだよ、鞠莉ちゃん」
鞠莉「ええ、私もよ」
さあ、会いに行こう。大『好き』なあの人に。 ※
曜「……遅かったね」
千歌「ごめんね、少し寄るところがあって」
曜「大丈夫だよ、呼び出したのは私なんだから」
曜ちゃんの家、来るのは久しぶり。 曜「調子、良くなった?」
千歌「うん、おかげさまで」
曜「良かった、気になってたから」
千歌「ごめんね、心配かけて」
曜「私こそごめん、あんな感じで帰っちゃって」
千歌「仕方ないよ、あれは私のせいなんだから」
曜「……とりあえず座ってよ」
千歌「うん」
私は椅子に腰かける。
曜ちゃんはすぐ傍で立ったまま。 千歌・曜「……」
沈黙。お互いに口を開かない。
所在なくなった私は、曜ちゃんの顔を見ないよう、きょろきょろと周囲を見回す。
慣れ親しんだ、変わらない部屋。
その中のコルクボードに貼ってある写真に、自然と目が吸い寄せられる。 千歌「……写真、まだ飾ってくれてたんだね」
もうとっくに、はがされていると思ってたのに。
曜「だって大好きな親友だからね、千歌ちゃんは」
千歌「……ありがとう」
大好きな『親友』。
その言葉が示す意味は、とても分かりやすい。 曜「……やっぱり私はね、千歌ちゃんの気持ちに応えられない」
千歌「うん、そうだよね」
やっぱり私はフラれちゃうんだ。
曜「ごめんね。千歌ちゃんのことは大好きなんだけど、でも……」
千歌「知ってるよ、私とは違う『好き』なんだから、仕方ないよ」
悲しかった。でも覚悟はできていたから。 曜「でもね、千歌ちゃんとは親友のままでいたいの、離れたくないの」
千歌「えっ?」
曜「もしここで、千歌ちゃんの『好き』を断ったら、私たちの関係はどうなるの?」
千歌「曜ちゃん……」
言わなきゃ、関係ないって。私たちはそれでも親友だって。
そうしないと、曜ちゃんは、私の大切な人は、ずっと苦しみを抱えていくことになる。
でも―― 千歌「きっと、元には戻れない」
何を言ってるの、私は。
千歌「私と曜ちゃんは、二度と親友にはなれない」
駄目だよ、困らせたら。
曜「そっか、そうだよね」
何かを悟ったように、無表情になる曜ちゃん。 千歌「ち、違うよ、今のは冗談――」
曜「無理しなくてもいいよ。分かってるから」
曜ちゃんは私に近づき、キスをする。
曜「『好き』だよ、千歌ちゃん」
千歌「よーちゃん……」
曜「私はね、千歌ちゃんと離れたくない」
曜「ずっと一緒に、仲良く過ごしたいの」
曜「だから『好き』だよ、千歌ちゃんのこと」 ずっと望んでいたはずの告白。
でも素直に喜べないの。
だって曜ちゃんの身体が震えているから。
取り繕うとしているけど、親友の私には無理をしているのがわかっちゃうもん。
曜「ねえ千歌ちゃん、これでいいんだよね。これでずっと一緒に居てくれるんだよね」
嬉しかった、本心ではないとしても曜ちゃんが私の『好き』を受け入れてくれたことは。
でも、でも、こんなの。 千歌「うん、もちろんだよ」
だけど、もう引き返せない。
発してしまった言葉は、もう直すことはできない。
きっと曜ちゃんはこれから、一生苦しむことになる。
私によってかけられた、『好き』という呪いによって。
千歌「だって私は曜ちゃんのことが大『好き』なんだから」
ごめんね。
ごめんね、曜ちゃん。
大『好き』だよ。 最後までお付き合いいただきありがとうございました。 まぁゆっくりレズ堕ちしてけばいいじゃないかな?
乙 >>81
切ない
仮面を被った2人は今後どうなるの…
おつおつ 乙
片方にとってのそういう意味をその気の無いもう片方が受け入れる系すき たまにこういうの読むと良いね
基本甘めなのが好きだけどたまにこういうほんのりビターなのも読みたくなる 一点だけ、梨子ちゃんとのシーンではAqoursはもう駄目かもって一応拒否る意思を持ってたように感じたんだけど最後に無理しながらではあるけど受け入れようとしてたのがん?ってなった 曜ちゃん自身の意志は「千歌ちゃんとは離れたくない」であって拒否一辺倒ではなかったと思う
本当は親友路線が望ましかったけど、千歌ちゃんがその可能性を消したから仕方なく受け入れざるを得なかったわけで
どっちみちどう転んでも今まで通りの日常には戻れないって薄々察してたから、Aquorsがもう駄目かもって言葉が出たんじゃない 梨子に言われたようにあくまで自分がどうしたいかの答えとして何を犠牲にしても何を犠牲にすることになっても千歌と一緒にいたいを選んだからこその言葉なんだろうね おつおつ
ビターなようちかもすき。続き待ってたのでありがたい ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています