海未「幽明境が一になる」
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絵里「――え、海未はお姉さんがいるの?」
海未「はい」
海未「あれ……言ってませんでしたっけ……」
海未「歳もかなり離れていて、今ではとっくに結婚してしまって家にはいませんが……」
凛「初めてきいた!!」
花陽「どんな人なんだろう」
真姫「海未を大きくした感じ?」
海未「いえ……」
穂乃果「海未ちゃんとは随分違うよねー?」
穂乃果「なんていうか……チャラいというか……ギャル?」
真姫「どういうこと?」
ことり「確かに……今思い出すと……」
絵里「どんな感じなの?」
ことり「髪の毛も茶色だったり金髪だったりアッシュ系だったり……色々変えてたような気がするんだけど……」
ことり「そうだったよね?」
海未「そう、ですね……」
絵里「今度会ってみたいかも」
海未「もう……いきなり無茶を言わ――」
プルルルルルルル ――――
海未「はあっ、はあっ……」
海未「はぁ……はぁ……夢」
海未「うぅ……おえぇ……」
海未「気持ち、悪い……」
海未「姉さん……」
ザ-ッザ-ッ…
姉さんがこの世を去ってから、一ヶ月が経とうとしていました。八月になり、もう姉さんのことでみんなに何か話す、ということは無くなっています。
そもそも姉さんの存在をよく知っているのは穂乃果とことりだけですから、他の人からしてみれば対した実感もないことでしょう。
いつまでもひきずっていては、全ての物事に支障をきたしてしまう。
私が部屋で泣き崩れていた時母からの叱咤の内容です。
母はいつだって冷静でした。 柔らかい物腰を崩さず、私に姉が亡くなったという電話をかけ、葬儀の手続きをし、お通夜も終わらせ、普段の日常となんら変わりない日々を過ごしているように思えたのです。
それは大人だから? それとも家とは絶縁状態になってしまった姉さんのことなんてどうでもいいということ? そんな母に心底、怒りが湧いて来ました。憎みました。
そういうところで、私はまだまだ子供なのでしょう。事故のことは仕方が無い、と割り切れるのに、母のその態度は許せませんでした。
――そして葬儀からしばらくがたった頃、お母様が自室ですすり泣くのを見て……私はどうしようもなく、なりました。
ゆらゆらと揺れるロウソクはまるで母の心を示しているようでした、お母様も……辛かったのでしょう、あそこまで何気無く装っていたのにも、関わらず……。私はこの憎しみをどこへ向ければいい? この悲しみはどうすればいい?
吐き気が酷い。姉さんのことを夢に見るだなんて初めてです。湧き上がってくるような感覚を抑え込みながら、和室に不釣り合いなベッドから身を起こし携帯電話を探ります。
海未「……んっと」
海未「穂乃果から……」
海未「ふふ……」
幼い頃から太陽のような笑顔で私を支えてくれた彼女、今もその笑顔に助けられています。むしろ、穂乃果がいなかったら、今の私は……。
海未「ありがとうございます……穂乃果」 一週間後
海未「――私が小さい頃のことですか?」
穂乃果「海未ちゃんが小さい頃のことかぁ」
穂乃果「こんなに石頭じゃなかったんだよ!!」
海未「なんですかそれは!?」
ことり「いつも泣きそうであうあう言ってて可愛かったね」
真姫「へえ?」
海未「ち、違うんです」
ことり「違くないよ」
真姫「ことりと穂乃果の方が先に出会ってるのね」
穂乃果「そうだよ」
穂乃果「海未ちゃんね幼稚園に来るの遅かったから」
凛「いつからそんなになっちゃったの?」
海未「そ、そんなにって……」
海未「私の稽古が始まったのが小学生の後半頃なので……多分そこからでしょうか」
ことり「確かにその辺りから礼儀作法にかなり厳しくなってたような……」
穂乃果「今の海未ちゃんの始まりなんだ……」 海未「小学生になったあたりから色々はじめてはいたんですが、本格的になったのはそのあたりです」
絵里「大変ね、遊ぶ暇なんてなかったんじゃない?」
海未「んー、まあ少しはありましたから」
海未「姉は私より随分と優秀だったと聞きます」
海未「でも――姉が勘当されたので……私は逃げ出すわけには行きませんでした」
にこ「そうなの……」」
海未「長女ということもあって、期待されていたんです。私の頃よりも遥かに厳しくて随分と苦労したようです、それに耐えきれなくて……と姉さんは言っていました」
海未「それこそ絵里が言ったように友達と遊ぶ暇もなく、稽古稽古稽古……と」
希「……それはグレても仕方なさそうやね、よく今日まで」
海未「少しは自分を褒めてもいいかも、しれませんね」
絵里「海未の家……すごいものね」
真姫「ここにいる誰よりもお嬢様よね」
穂乃果「真姫ちゃんだってすごいじゃん?」
真姫「伝統とか、家柄に関していうなら歯が立たないわ」
真姫「ウチのパパがね、是非園田さんの娘さんと話してみたいって言ってたもの」
凛「へーお嬢様だー!」
穂乃果「海未ちゃんのお家すっっごくおっきいんだよ!」
凛「行ってみたーい」
海未「今度来てみますか?」
凛「ほんと?」
海未「お稽古の体験でも――」 凛「それはいやー!」
海未「あら……そうですか」
ことり「海未ちゃんのお姉さん、見た目はギャルみたいだったけど、いい人だったよね」
穂乃果「うんっ、よくだきしめられてた気がする!」
海未「姉さんは穂乃果のことが大好きみたいでしたよ」
穂乃果「そっか……」
海未「……」
希「くす……妹と姉は似るんやねー」
海未「な……///」
絵里「海未ってなんだか妹って気がしないわよね?」
希「海未ちゃんが妹かぁ……」
穂乃果「……は」
希「もっと甘える?」
海未「何を言っているのですか」
穂乃果「私のこと、お姉ちゃんて呼んでみて!?」
海未「な……なぜ」
穂乃果「いいからっ」
海未「わ、私はお姉ちゃんとは言わないのですが……」
穂乃果「じゃあそれで!」
海未「ええ? ……ね、姉さん?」
穂乃果「ほわぁ……」 穂乃果「これからは私のこと姉さんて呼んで?」
海未「嫌ですっ!!」
真姫「こんなこと聞いていいのか、わからないんだけど、海未は生前のお姉さんのこと……好きだったの?」
真姫「――恨んだりとか……」
海未「っ……そうですね」
海未「最初は、恨みましたよ」
海未「なんで私がって、本当なら姉さんが継ぐべきはずだったのに……そのせいで穂乃果と遊べないこともありましたから。でも、姉さんが幸せならそれでいいって思えたので」
海未「家庭を持って幸せそうでした、家とはほぼ絶縁状態だったのですが、私とは月に一回は会ってくれていましたから」
真姫「……お姉さんもきっと、幸せだったでしょうね……」
海未「だも、いいのですが……
真姫「海未の家がそんなことになってるなんて全く思わなかったわ。大変なのね……」
海未「そうでもありませんよ」
絵里「写真とか、ないの?」
海未「ありますよ……えっと」ポチポチ
海未「これで、どうでしょうか」
ことり「プリクラかぁ……ふふ、なんかいいね」 にこ「珍しいわね」
にこ「おお……綺麗、かわいい」
絵里「落ち着いているお姉さんだったのね」
海未「はい、最近は。結婚もしていましたから、流石に」
希「海未ちゃんに似てるね、そう見ると」
海未「そうでしょうか?」
穂乃果「昔はギャルギャルしかったんだけど、遊んでる時に穂乃果のリボン破れた時とか、このリボンだって何度も何度も治してくれたりして……すっごく家庭的なこともしてくれたの!」
海未「姉さんは私と違って要領も良く、なんでも出来ましたから、穂乃果もよくお世話になっていましたね」
穂乃果「あはは……だからお姉さんの思いやりが詰まってます」
穂乃果「穂乃果も、お礼……言いたかったな」
絵里「……」
海未「私が穂乃果と一緒にスクールアイドルを始めるか迷っていた時も……背中を押してくれましたし――絶対やるだろうって確信していたみたいで」
海未「……すみません、しけた空気になってしまって」
絵里「いいのよ、あなただってこの数日だったでしょう? 無理しないでね」
海未「はい……」
海未「あの……前に言っていた私の家に来るという話ですが……近いうちにどうでしょう」
海未「少しは落ち着きましたし……それに、みんなと居た方が明るく過ごせる気がするので」
希「なるほど……迷惑じゃないなら、ええんやない?」
穂乃果「じゃあっ、今度みんなで海未ちゃんちいこーよー!!」 ――――
ことり「海未ちゃん、前みたいに戻ってきたね」
穂乃果「うん」
穂乃果「気丈に振舞ってたみたいだけど、私達にはわかるもんね」
ことり「うん」
穂乃果「ねえねえ今度海未ちゃんの家にみんなでいくの、楽しみだねっ!」
穂乃果「もっと楽しいことしないと!」
ことり「夏休み中にはみんなでお泊りしたいねっ」
穂乃果「あとで話してみようか!」
――――
海未「私の家に、ですか?」
穂乃果「穂乃果だけ泊まりに行ってもいい?」
海未「穂乃果……」
海未「ごめんなさい、心配かけてしまったかもしれません」
穂乃果「心配したよ」
穂乃果「普段と全然違うんだもん」
穂乃果「穂乃果じゃ、なにもしてあげられないのかなって」
海未「そんなことありませんよ。あなたのおかげて私は普通にしていられるんです。姉がいなくなったことに普通なら、おかしくなっていたかもしれません」
穂乃果「大切な人だったんだね」
海未「はい」
海未「穂乃果と同じくらい、大切です」
穂乃果「そっか、お姉さんと同じくらい穂乃果のこと大切なんだ。嬉しいな」
海未「当たり前ですよ」 ――――
「海未」
海未「……また」
「助けて?」
海未「どういう」
「助けて」
「私をここから」
海未「……姉さん」
白いもやがかかった空間。そこに私が良く知っている、人工的に作られた黒い髪をなびかせる姉がいました。
顔はあの頃のまま、ただ、なにかが違う。現実では、ないということでしょう。これは夢、夢のなかで夢と認識出来る、明晰夢。
私の中の姉さんを思う心がそれをみさせているのでしょうか。もう戻ってくることない、姉さんの幻想を追いかけているということでしょうか。
無機質な表情を浮かべる姉さんは助けてとうわ言のように呟きます。私には、なにも出来ないというのに。 「助けて」
海未「姉さん」
「たすけて」
海未「……」
タスケテ
タスケテ
海未「やめてください……」
何度も、何度も。一体、どうしてこんなことを。
海未「――やめてくださいっ!!!」
「……」
「"また"会いにくるね」 ◇――――◇
海未「はあっ、はぁっ…………」
海未「はぁ……いまの、は……」
海未「姉さん……?」
穂乃果「んぅ……ぅみちゃん?」
海未「……ごめんなさい、起こしてしまいましたね」
穂乃果「なんじ?」
海未「2時頃です」
海未「ぅ、ぅ……まず、い」
穂乃果「?」
バッ
胃の奥から何かがせりあがってくる感覚。吐き気だけではなく、今度は確かなものを感じた私は、すぐに立ち上がってトイレまで走りました。
海未「――おえっ……ぅぅ」ボタボタ
海未「一体、なんなんですか……」
二日連続で夢に出てくるなんて……。助けてだなんて、無理に決まっているではないですか。あなたはもう――こっちにはいないのですよ……?
海未「ぅ……ひっぐ……」 穂乃果「海未ちゃん……?」
海未「……ごめんなさい」
穂乃果「気持ち悪いの?」
海未「……少し」
海未「心配をかけてしまいましたね。私は大丈夫です」
海未「口の中を洗ってきますから、先に寝ていてください」
穂乃果「うん、わかった!」
ふりふりと尻尾のような髪の毛を揺らして、穂乃果は角を曲がっていきました。夢……一体……あれはなんだったのでしょうか。
夜の闇に紛れる蝉の声、物好きな蝉も居たものです。
あなたは異端児として、扱われているのでしょうか。
これではゆっくりと眠れませんね。
海未「……」 ◇――――◇
一週間後
海未「……はあ、はあ」
ことり「海未ちゃん、どうしたの?」
真姫「……すごいクマよ」
海未「なんでもありません……」
絵里「海未、最近変よ」
海未「変じゃありません」
にこ「そーんなにクマつくってー?」
にこ「あ、わかったー怖い夢でも見てるんでしょー」
海未「――うるさい」
にこ「……え?」
海未「いいじゃないですか、別に」
海未「助けなきゃ……助けなきゃ……」
穂乃果「……」
海未「ご、ごめんなさい……っ、わたし」
にこ「やっぱりなにかあるでしょ」
海未「……」
にこ「……私達が今日泊りに行っても大丈夫なの?」
海未「え、ええ……」
絵里「無理しなくてもいいのよ?」
海未「みんなが来てくれるのは、嬉しいですから」
海未「……」 ◇――――◇
絵里「すごい……」
凛「おっきいー!!」
真姫「へえ……すごい」
希「銀閣寺みたい?」
海未「さすがにそこまででは」
凛「時代劇のなかみたーい!!!」
海未「エアコンもなくてごめんなさい。私の部屋にはあるので」
絵里「縁側に座ってーなんてのもいいかもね」
ことり「雰囲気でるよね」
みんなが喜んでくれているようで、良かったです。今日はみんなと遊んでから私の家に来たので、きっとみんなも疲れていることでしょう。
――みんなと一緒なら、眠れるでしょうか?
クラクラする視界をなんとか固定して、いつものように私の部屋に。いつもと違うところは、安心出来る仲間が一緒ということです。
海未「エアコンをつけるのでちゃんと締めて下さいね」
凛「はーい」
部屋に入ってベッドが見えてきました。私の部屋は特になにもないので、みんなも少しだけ手持ち無沙汰なようです。 絵里「これ――綺麗なネックレスね……こんなの持っていたのね」スッ…
海未「ああ……姉さんからの貰い物で」
絵里「そうなの……」
ことり「わあ……綺麗な宝石」
真姫「これ、本物よね?」
海未「そう、みたいですね」
絵里「こんな綺麗なのつけているところ見たことないわよ?」
海未「なんだかもったいないといいますか……」
真姫「どう考えたってつけてあげない方がもったいないでしょ」
海未「それも重々承知の上なのですが」アハハ…
凛「わあ……」キラキラ…
海未「つけてみますか?」
凛「え、いいの」
海未「どうぞ」
凛「で、でも似合うかな……」
絵里「つけてみないとわからないでしょ?」
海未「そうですよ」スッ
凛「……あ、あはは、どうかな……」
海未「似合ってますよ」
真姫「ほんと、こんな綺麗なの持ってて」
海未「そうですね……時々持ち歩くようにします。形見になるわけ、ですからね……」
絵里「そうしてあげると、いいかもね」
海未「――ぁ」フラッ 穂乃果「え……?」
穂乃果の腕に抱かれる感触。あれ、なぜこんなことに? これからお風呂を沸かして、ご飯をみんなで作って、最後に花火をして――。
穂乃果「海未ちゃん!」
絵里「海未!?」
◇――――◇
「海未」
海未「ひっ……」
海未「ね、ねえさん……」
人間らしい表情で、私のことを見つめる。初めてここで姉さんと会った時のような無機質さは今やどこにもない。にたにたと微笑み口が避けるくらい不気味な笑みを浮かべる。
――私はまたここへ来てしまったのですね。
「会いたかったわ」
海未「や、だ……許し、て……」フルフル…
眼前に迫った姉はまたにこりと微笑み、私の頬にすぅと手を這わせる。
「許してだなんて、なにを言っているの?」
「あなたは私の妹」
海未「は、い」
「――なんで、生きてイ、るの」
海未「え……」
鬼でした。 海未「ひっ、ぁ……」
怒髪天を貫く勢いとはこのことでしょう。姉を取り巻く空気が一瞬にして変わり、私の首元に手を伸ばしてきました。避ける間も無く首をとられ、めきめきと締め付ける音に現実感なんていだけません。
真っ白だった世界はやがて真っ赤に塗りつぶされ、そこはまるで地獄のようでした。そこに映える姉の白い服がひらひらと舞うのが、途切れゆく意識のなかに鮮明に刻みこまれたのです。
海未「あっ……ぐぅ」
「海未……海未」
海未「ね、ねえ、さ………」
「――……ア゛ぁぁ゛ナタばかり、ズ、るいワぁッ??」 ――――
海未「っっ!!!!!!」
穂乃果「うわっ!?」
海未「はぁっ、はぁっ……」
真姫「……大丈夫?」
絵里「随分うなされていたわよ」
海未「私は……」
穂乃果「部屋に入ったとたんね、倒れちゃったの」
海未「迷惑を、おかけしたみたいですね」
穂乃果「ううんおばさんが全部世話してくれたから」
花陽「ご、ご飯もご馳走になったよ」
海未「そうなのですか……時間は」
真姫「もう23時よ」
海未「私は四時間も眠っていたのですね……」
海未「みんなで花火をしようと言っていたのに」
希「仕方ないよ、また今度にしよう?」
絵里「そうね、海未がこんな状態じゃあね」
絵里「やっぱり寝てなかったんでしょう?」
海未「っ……」ゾクッ 絵里の言うことは正しかったのです。ここ数日は眠れない日々というより、意図的に眠らないようにしていたせいで体調その他もろもろが全て悪い方向に向かっていました。
眠れないわけではありません。
私は――。
にこ「眠れないなら――」
海未「違うんです」
にこ「?」
海未「毎日眠くなるし、今すぐにでも眠りたいくらいです」
海未「――眠るのが、怖いんです」
穂乃果「……どうしたの?」
海未「姉が……」
海未「――眠ると毎回亡くなった姉が、出てくるんです」
穂乃果「夢ってこと?」
海未「おそらく……」
穂乃果「もしかして、その怖い夢のせいで穂乃果と一緒に寝た時飛び起きたの?」
海未「よく覚えていましたね」
海未「その夢をみるたび、体調が悪くなって……」 絵里「……まだ引きずってるってことじゃないかしら」
海未「怖いんです……姉はもういないはずなのに、確かにどこかにいて、私のことをいつでも見張っている気がしてっ!!」
凛「――う、海未ちゃん、それ……なに?」ガタガタ
海未「え……?」
穂乃果「っ!?」
真姫「これは……」
希「――手の跡……?」
海未「ど、どういうことですか?」
みんなの視線が私の首元に集まりました、それをみた瞬間、一気に青ざめていくのがわかります。
海未「……」
鏡に映る私の首元。
海未「なんですか、この……アザ……」
絵里「……手のアザ?」
海未「……」
もし、かして……。
海未「ひっ……」ガタガタ
海未「姉さん、姉さんです……姉さんが……」 穂乃果「大丈夫!?」
絵里「……」
絵里「どういうこと?」
海未「見たんです、先ほど眠っている時……姉さんが夢に出てきてっ……」
海未「それで……私の首を思い切り締めてっ……ちょうど、この位置でした……」
希「……なにそれ」
海未「――私のせいです」
海未「姉さんは亡くなってしまったのに、私が、こんな……楽しく過ごしているからっ」
海未「姉さんばかりあんなにめにあっているというのに、私ばかり!!」
真姫「とりあえず落ち着いて」
海未「はぁっ……はあっ……」ガタガタガタガタ
穂乃果「海未ちゃん……大丈夫、大丈夫だから」
絵里「希なにか知らない?」
希「わからないよ、霊とかそういうのは……」
絵里「そうよね……」
スゥゥゥ
凛「……?」
花陽「どうしたの?」
凛「いや――この障子空いてたっけ?」 花陽「え?」
凛「急に風が……」
花陽「……」
絵里「ちょ、ちょっと……変なこと言わないでよ」
凛「でも凛、ちゃんと締めたよ? しかもさっきまでこんなふうに風なかったにゃ」
にこ「……や、やだ。ウソでしょ?」
ことり「気のせい、だと思うけど」
海未「……」
穂乃果「な、なんか……」
アザの部分に手を当ててみる、まるで、姉さんの温もりが、そこにあるようでした。
バツッ
穂乃果「きゃーーーー!!!!」
絵里「いや、いやああああああ!!」ギュッ
ことり「うぇっ」
真姫「――停電ね」
にこ「……全く、停電なんかで驚いてるんじゃないわよ」
海未「ブレーカーを治さないと、ですね」
海未「確か……」 パチッ
海未「あ……」
絵里「つ、ついたの?」ブルブル
ことり「海未ちゃんのお母さんがつけてくれたのかもね」ナデナデ…
海未「――お母様がブレーカーを直したにしては……少し早すぎるような」
真姫「単純にブレーカーじゃなくて一瞬停電しただけじゃないの」
希「そうかもね」
海未「……」
海未「そろそろ良い時間になってきましたか」
海未「では広間に案内しますね」
海未「花火は、また今度にしましょう」
穂乃果「そうだね!」 ――――
海未「……」ムクッ…
海未「眠れません……」
穂乃果「ん……」
海未「あぁ……起こしてしまいましたか」
穂乃果「ううん、へーきだよ」
穂乃果「眠れないの?」
海未「……はい」
穂乃果「……大丈夫?」
海未「すみません……本当に」
穂乃果「海未ちゃん……私がどうこう言えることじゃないかもしれないけど……海未ちゃんは、悪くないよ、海未ちゃんが罪悪感を感じる必要はない、と思う」
海未「……そうかもしれません」
海未「すみません穂乃果、言いにくいことを言わせてしまって」
穂乃果「ううん、そんなことない」
穂乃果が柔らかく微笑みます。その笑顔を見ると、締め付けられていた心が、少しだけ緩むような……。
ザァアアアアアアアッッッ!! 穂乃果「雨……降ってるね」
海未「東京は夏の雨も多いですからね」
穂乃果「やだなあ、夏くらい晴れてほしいよ」
海未「涼しくなりますよ?」
穂乃果「それでも!」
穂乃果「でもなんかさ海未ちゃん……この部屋ちょっと暑くないかな?」
海未「……確かにそうかもしれません、エアコンはついていますけれど」
あ、れ?
海未「……」
エアコンから出る冷気がどこかに吸い寄せられているようでした。
海未「――障子が……空いてますね」
穂乃果「また……」
穂乃果「眠る前閉めなかったっけ」
海未「ええ……」
穂乃果「……」
穂乃果「私……トイレ、行きたくなってきちゃった」ブルル…
穂乃果「な、なんかやだから……ついてきて海未ちゃん……」
海未「え、ええ……では行きましょうか」スッ…
海未(みんなよく眠っていますね……) スタスタ…
穂乃果「あれ……雨が止んでる……」
海未「スコールだったのかもしれませんね」
海未「電気は……と」
カチッカチッ
海未「あれ?」
穂乃果「どうしたの?」
海未「つきません……」
穂乃果「また停電?」
海未「そうみたいです、先ほどまで雷もなっていましたから」
穂乃果「もー、なんか変だよぉ……」
海未「ブレーカーまで行きましょうか……」
穂乃果「まって……あの、漏れちゃう……」
海未「ええ? しかし、停電してるので……トイレに行っても……」
穂乃果「うぅ、そうだよね。我慢します……」
海未「ブレーカーはあっちにあります、行きましょう」
穂乃果「トイレと反対側ー……」
海未「我慢してください」
穂乃果「ふぁい……」
スタスタ…
スタスタ… 穂乃果「電気無いとさ……すっごく廊下が長く感じるよね」
私の腕に手を回す穂乃果の声は少しだけ震えていました。確かに慣れている私でも、真夜中に電気無しというのは……。
ひたひた、と、足音だけが響きます。
海未「ありました……あれ?」
ブレーカーを確認すると。
海未「落ちて、ません……」
穂乃果「ええ? じゃこの停電は?」
海未「この辺り一帯が落ちているのかもしれません」
穂乃果「じゃあ電気は……」
海未「しばらくつかないでしょう」
穂乃果「えー……」
ギシッ…ギシッ
穂乃果「え……?」
海未「足音?」
海未「お母様でしょうか」
穂乃果「……」
ギシッ…ギシッ
海未「行きましょう穂乃果」
穂乃果「う、うん」ギュッ
海未「お母様?」
シン… 穂乃果「返事、ないよ?」
海未「……みんなの誰かでしょうか」
ギシィ…ギシィ…
歩みを進める度、まるで私たちの足音と共鳴するようにその足音は角から聞こえてきます。
角を曲がったらすぐに広間なので、みんなのうちのだれかかも、しれません。
海未「驚かそうとしてるならやめてください」
ギシィ…ギシィ…
穂乃果「う、海未ちゃん……」
海未「……」
ギシギシッ!!!!!ガタッッッ!!!!
穂乃果「ひゃぁっ!!!!」ギュッ
海未「っ……」
な、なんですか!?
いきなり鋭い足音と、なにかが崩れる音……。
シ-ン… 海未「ごく……」
穂乃果「や、やだ海未ちゃん……なんか変だよ……」
スタスタ…
海未「だれか、いるのですか」
海未「……ふざけるのはやめてください」
穂乃果「……ぅ」ブルブル…
海未「っ――」バッッ
シン…
海未「――なにも、いませんね」
穂乃果「なんだ……。足音も聞こえなくなっちゃった……」
海未「……」
海未「足音は、確かに聞こえました。離れていったとしても、離れていく足音が聞こえるはずです」
穂乃果「…………」
穂乃果「き、きっときのせいだよ、早く戻ろ……?」 海未「ええ……」
穂乃果「うぅ、もれ、そ」
海未「情けないことを言わないでください」
海未「ほら着きましたよ」
穂乃果「電気つかないから…扉開けてする……すぐそこに居て!」
海未「わ、わかりました……」
モゾモゾ
ジャ-…
穂乃果「ほあ……」
海未「……」
スタ…スタ…
海未「!?」
海未「……」
ギシィ……キィィ……
海未(角から……一体なんの音) 先ほどまで叩きつけるように振り注いでいた雨は、示し合わせるかのように、止まっていました。
海未「ごく……」
穂乃果「すっきりしたー……海未ちゃん?」
海未「いえ……早くもどりましょう」
穂乃果「うん」
ギシィ……
穂乃果「ひ……また」
海未「だ、だれですか!」
ギシ……ヒタ.ヒタ…
穂乃果「や、やだ…………」
海未「私の後ろに隠れてください……」
穂乃果「っ……」ギュッ
海未(近い……くるっ)ドキドキッ…
真姫「――きゃっ」
海未「え……」
穂乃果「真姫ちゃん? なんだあ……」
真姫「……なんなのよ一体、用はなに?」
海未「え?」
真姫「え、じゃないわよ全く……。こっちは気持ちよく眠ってたっていうのに」
真姫「呼び出したんだからそれなりの用なんでしょうね」 海未「えね
海未「い、いえ真姫……なにを言っているのですか?」
真姫「はあ? あなたが呼んだんじゃない……私のことを起こして、こっちって」
海未「……え?」
穂乃果「海未ちゃん……ずっと私と居たよ?」
真姫「……」
真姫「な、なに? 変なこと言うのやめてよ……こっちに来てくださいって言って、先に行っちゃったんじゃない……」
海未「……」
穂乃果「……」
真姫「ねぼけてた、のかしら」
海未「おそ、らく」
海未「戻りましょうか……」
真姫「……ええ」
スタスタ
真姫(なんだったのかしら……)
「――きゃぁあああああああ!!!!!」
海未「!?」
真姫「な、なに!?」
穂乃果「あっちの方だよ!」
タッタッタッッ 海未「どこに……ここ?」
穂乃果「多分」
海未「この部屋は……」
姉さんの、仏壇がある部屋……。
こんなところに……?
海未「ごく……」ガラッ…
海未「!!」
絵里「――っ……ぅ、ぁ」ガタガタガタ…
穂乃果「絵里ちゃん!?」
絵里「ぁ……ぅっ……」
真姫「あなた……こんなところでなにやってるのよ」
穂乃果と真姫が声をかけるも、絵里は両腕で身体を抱いたまま、小刻みに全身を震わせて居ました。
照明をつけると、白を通り越して青くなっている肌が照らされます。
眼球がキョロキョロと忙しなく動き回り、焦点がぐちゃぐちゃになっている様子。私たちの呼びかけにはまるで答えられる状態では、ありませんでした。
海未「絵里、絵里……一体どうしたのですか?」
絵里「あ、や……やっ……ぁっ」
穂乃果「絵里、ちゃん?」
真姫「しっかりして、なにがあったの?」
絵里「てが、手が……あ、れ……」
穂乃果「手……? ――ひっっ」
真姫「なに、これ……アザ」 絵里の腕に、アザが出来ていました。大きな手に鷲掴みにされたような、そのままの、手形のような……赤黒いアザでした。
それは私の首にあったものと酷似しているようにも、思えます。
絵里「な、なにこれ……っ」
穂乃果「あざ……これ、海未ちゃんのと……」
真姫「……」
絵里「みんな……あれ、わたし」
海未「なにがあったか、話せますか?」
絵里「え、ええ……」ハァハァ…
絵里「わたし、何かに呼ばれて……っ」
海未「呼ばれる?」
絵里「そう……肩を叩かれて……私の名前を呼ばれて……それで気がついたらここにいて……」
絵里「何があったか全然覚えてなくって、暗いの、怖いしすぐ戻ろうとしたんだけどっ……そうしたら、腕をいきなり何かに、掴まれてっ! 逃げようとしても、全然離れなくて……」
穂乃果「一体、どういう、こと」
海未「わかりません……真姫が呼ばれたというのも、何か関係が?」
真姫「……ごく」
絵里「いや……」ガタガタ…
海未「とりあえず、みんなの部屋に戻りましょう……」 ――――
海未「みんなよく眠っていますね……」
真姫「……あんなおっきな悲鳴があったのに」
海未「……」
絵里「……」
穂乃果「なんか、変だよ……」
海未「とりあえず、もう眠りましょう……みんなを起こすのも悪いですから」
穂乃果「そう、だね……」
海未「……」
真姫「絵里、あなた怖いんでしょ。一緒の布団で寝てもいいわよ」
絵里「ほ、ほんと?」
真姫「ま、まあね」
絵里「うぅ、ありがとう……」
真姫「それにしても……明日色々話した方がいいかも」
海未「そう、ですね……」
穂乃果「……」ギュッ…
海未「……」 ――――
チュンチュン
穂乃果「ん……」
海未「眠れましたか?」
穂乃果「うん、一応」
真姫「あなたは?」
絵里「全然……」
真姫「まあ、そうよね……」
絵里「……夢じゃないのね」
真姫「ひどいアザ……」
絵里「……」ゾク…
海未「……」
海未「ほら、ことり、起きてください」ユサユサ
穂乃果「凛ちゃーん!」
ことり「ん……ぅ……」ムク…
凛「んー!! ……」
真姫「おはよう」
凛「んー……おはよー」
海未「よく眠っていましたね」
凛「うん……でもなんか……」
凛「――へんな夢を見てたから、あんまり眠った気がしなくて」 真姫「……変な夢?」
ことり「ことりも……」ゴシゴシ…
凛「あのね、なんか――」
絵里「っっっ――……ぅ……」ビクッッ……
真姫「絵里?」
絵里「ぁ、ぅ……り、りん……くび、後ろの、く、び……」ガタガタ…
凛「え……」
穂乃果「ぁ……」
真姫「っっ……。――手の、アザ」
ことり「ひ……」
凛「え、え……?」
海未「ご、く……」
穂乃果「か、鏡、ほら……」
凛「――っっっ、な、なにこれっ!!」
凛「そういえば……ゆ、ゆめで……なにかに、追いかけられて、首を、掴まれたにゃ……も、もしかしてそれが」 ことり「っ……」
絵里「っ……わたし、と同じ」
ことり「絵里ちゃん、も?」
絵里「ほら」ガタガタ…
ことり「っぅ……」
穂乃果「なに、なんなのっっ!!」
ことり「……」ダラダラ…
海未「ことり?」
ことり「ハッ……ハッ……」
海未「ことり、どうしたんですか。落ち着いて」
ことり「や、やだ……」
真姫「ことり?」
ことり「や、だ、やだやだやだっ!!!」
海未「ことり!! ……どうしたんですか」
ことり「――ことりも、似たような、夢……見た」
真姫「え……」
ことり「何かに、呼ばれて……それで」
穂乃果「でも、アザないよ?」
ことり「っっ……掴まれたの、太もも、だから……」
穂乃果「ごく……」
ことり「あはは、脱いでみるね」
ことり「……」ドキドキ…スル
スル……ファサ…
海未「っ……」 ことり「ぅ……ぉえ……なに、これぇ……」
海未「手のアザ、ですが……ひきずったような、指が細く間延びしたような……ぅ」
穂乃果「きもち、わるい……なに、これ」
ことり「……」ガタガタ
海未「……他のみんなも起こしましょう……」
――――
海未「――つまり、みんな同時におかしな夢を見た、と」
海未「その中でも、呼ぶ声についていった人や、何かから追われて捕まった人……文字通り手に掴まれた感覚がある人が、その箇所にそのまま手形として残っている……」
にこ「……お、おかしいわよこんなのっ」
海未「……」
花陽「ど、どうして」
真姫「……わからない」
真姫「ただ、なんか色々……まずそうってことは分かる」
希「海未ちゃん、夢でお姉さんに会ったって言ってたよね? それで海未ちゃんは喉元にアザが出来た」
海未「……ね、姉さんがみんなを祟ったとでも言うのですか……」
希「っ、ごめん……」
穂乃果「何かの偶然てこと、ないかな」
真姫「偶然にしてはおかしすぎ」
絵里「……」ガタガタ…
穂乃果「昨日停電してて怖かったから海未ちゃんにトイレに着いて来てもらったんだけど……そこで悲鳴が聞こえて……」
穂乃果「絵里ちゃんが一人でお姉さんの仏壇の部屋に……」 にこ「暗いところ怖いんじゃないの?」
絵里「こ、怖いわよっ、でも気がついたらそこにいて! 全然意識とかなくって!」
絵里「逃げようとしたら、腕を掴まれて……」サ-…
希「えりち……」ポンポン
海未「……少し落ち着かせてあげましょう。ほとんど眠れていないようですから」
希「その方がいいね」
絵里「うぅ……」
希「じゃあ一旦みんな家に帰って、また学校で練習!」
穂乃果「うんっ」
――――
二日後
絵里「……」
真姫「絵里、何か変よ?」
絵里「ごめんなさい、眠れなくて……」
海未「またですか?」
絵里「……え、ええ」
絵里「――変な夢を見るの……何かが来て、何かが呼んで……わたし、行きたくないのに、そっちへ、どんどん近づいてるっ……っ」
絵里「あれはなんなのよっ!!」
絵里「わたしどうなってるのっ!!!」
海未「落ち着いて……」
穂乃果「……ねえ、思ったんだけど、さ」
海未「はい……」
穂乃果「――絵里ちゃんのアザ……なんか、大きく、なって、ない?」 絵里「!?」
真姫「確か……ただの、手のアザだったわよね」
海未「アザが……肩の方まで、伸びて……」
絵里「ひっ……」
希「えりち、服、脱いでみて」
絵里「や、やだ……」フルフル
希「えりち」
絵里「いや、いや……」
真姫「……海未、抑えて」
海未「……すみません」ガシッ
絵里「や、いやっ」スルルッッ
ファサ……
穂乃果「っっ……ぅ、肩から胸の方まで……」
海未「明らかに大きくなってます……濃さは薄くなっているようですが、一体これは……」
真姫「――なんか、生きてる、みたい……」
絵里「……ごく、へ、へんなこと言わないでよ」
穂乃果「ことりちゃんと凛ちゃんも調子悪そうだったよ……」
希「コレ……本格的に、なにかに憑かれたとか、かも……」
海未「……」 ――――
三日後 夜
海未「……失礼します」
亜里沙「ここのところずっとそうなんです……全然眠れてないみたいで、フラフラしてて……」
海未(絵里もみんなも、あの日以来……時々へんな夢を見るようになったと、言います)
海未(絵里はとうとう練習にも参加しなくなって……連絡もつかなくなりました)
海未(……一応返事には答えるとのことでしたが……)
海未「鍵はかかっているのですか?」
亜里沙「いえ」
海未「開けても?」
亜里沙「……大丈夫、です」
亜里沙「あの、今日はお姉ちゃんのそばに居てあげてください……」
海未「ええ……ゆっくり眠って欲しいですから」
海未「……絵里、入りますよ」
カチャ…
海未「絵里……」
絵里「ぁ……ぅ……ぃ……は」 海未「絵里、海未ですよ……」
絵里「海未……海未……」
海未「今日は泊まらせて貰おうかと思って居ます……そばで眠らせて貰ってもいいですか?」
絵里「え、ええ……」ガタガタ…
海未「……」
亜里沙「ここ三日くらい……毎日夜になるとこうなんです……」
海未「そうですか……」
海未「絵里、夢の調子はどうですか?」
絵里「くるの……毎日、毎日……寝るたびに黒いのが、私の手を握って、こっち、こっちってっっ!!!!」
絵里「……ひ、ぃ……」
亜里沙「……」
海未「絵里……もう眠りましょう? 私がそばにいますから……」ナデナデ…
絵里「……う、ん」
海未「そういうことなので、亜里沙……」
亜里沙「お願いします……っ」 ――――
あの夜と同じ、土砂降りでした。
横殴りに大粒の雫が、窓を叩きつけます。まるでこの世ならざる場所から、私たちを呼んでいるかのように。
カーテンの隙間から雷光が差し込みました。陶器に例えるのは無粋と思えるくらい、白く透き通った肌。
先ほどまで私に抱きつきながらうめき声を上げていた絵里は、今では静かな寝息を立てています。何かあっても良いように、今夜は眠らないつもりでいましたが……少しくらいなら大丈夫かもしれません。
しかし。そう思った矢先でした。
絵里「……」ムク…スタスタ
海未(……トイレ、でしょうか)
きぃ……と、小さな音を立てて扉を開けて部屋の外へ。
何事もないとは思いつつ、見届けるため私もつられて鉄製のノブを回します。
ばしゃばしゃ、ばしゃばしゃ。
打ち付ける雨。
ひた……ひた。
絵里の足音が奇妙な程に響き渡っている。
海未(トイレではない……お水でしょうか) 絵里の背中は、リビングを目指しているようでした。
……ひた、ひた。
リビングに到着。
ぴた。
絵里は緩やかにでも確かに進めていた歩を止めました。
私が後ろ手にリビングの扉を閉める音。しかし絵里は振り返りません。聞こえないはずない。いえ、絵里の状態ならば正常な判断は出来ないのかもしれません。
海未「絵里」
絵里「……」
微動だにしない背。
がしゃんっ!!
……外で割れるような音が聞こえました。
雷が近くで、落ちたみたいですね。
海未「……電気、つけますね」
なにかが、おかしい。
次第に心に膨れていく不安。なにに対する不安かもわからないまま、それを拭い去るために、正面に手を――。
絵里「ッひっ……っかッぁ」
海未「え……」
――この世ならざる声が、聞こえた気がしました。 声にならない呻きを発する絵里。両腕で頭をぐしゃぐしゃにかきむしり、ぶちぶちといった小さい音が、微かに聞こえました。
床には一瞬雷光に照らされたブロンドの髪の毛。
――雨は、不自然なまでに止んでいた。
ぶちぶちとその手で髪の毛を引きちぎりながら、絵里は頭をぐわんぐわんと動かしました。
海未「絵里!!」
異常だ。
絵里の手を掴んで、振り返らせる。
海未「――ひ……っ」
もうそれは、絵里ではありませんでした。
闇夜に煌めく鮮やかなブロンドの髪の毛、白磁のようなきめ細かい白い肌、高い鼻、長い睫毛、小さな唇。
誰しもが羨む美貌を持った彼女。
絵里「――ギ……が、っ……ぃ」 しかし、その青かったはずの目は、白目になりかわり、微かに上に見えている青い瞳はギョロギョロと何かを探してのたうちまわっています。
低く地鳴りのような声、ギョロギョロと泳ぐ白目、誰が見ても異常な光景が目の前で起こっていました。
絵里の腕を掴んだ私の左腕を、万力の力で持って掴みかえす絵里。
絵里「っぅ……ぐっぁ、ひっィっ」
海未「っぅ……」
逃げようと、重心を後ろにやっても、まるで動かない。
冷静な判断はとうに出来なくなり、息を吸うのが苦しい。背中を伝う汗はどんどんと量を増していく。
海未「え、り」
海未「はっ……はっっっ」
後ろに倒れこむ。それでもなお、絵里の腕は離れない。私を追うように前かがみに倒れこみ、目と鼻の先に、異形の白眼。
声がでない。
絵里「……ぁ」 もうだめだ。と、何がだめなのか殺されるのか何かされるのか、それすらもわからずに半ば諦めかけていた私の胸に……絵里が倒れこみました。
海未「……っ」
万力だった腕は解けている。
海未「……はぁ、はぁ……」
一瞬静まり返った空間に、途端に雨が降ってきたのか打ち付ける音が響いてきます。
バッ…
海未「でんき、でんき……」パチッ
海未「……ごく……」
照明を点けて、絵里の姿を視界に捉えると……。そこには口から泡を吹きながら四肢を痙攣させている絵里の姿がありました。
海未「絵里!!!」
亜里沙「――ど、どうかしましたか!?」
海未「き、救急車です!! 亜里沙!」
亜里沙「え、おねえちゃ……ひっ……」 ――――
次の日
海未「命に別状はない、と……それだけでした」
海未「脳もどこもかしこも健康だと言うのに、なぜか意識が戻らないと」
穂乃果「……」
希「えりち……」
にこ「なによ……一体どういうことなの!?」
にこ「絵里に……凛、こんな、こんな1日のうちにおかしくなるなんてどうかしてるわよっ!!!」
海未「……」
そう、絵里だけではありませんでした。
昨日は花陽が凛の家に泊まりに行ったとのことでしたが、私が経験したように凛も意識を失ったらしいのです。
海未「真姫と花陽が凛の病院へ行っています、私達もあとでいきましょう」
にこ「一体何がおきたの!?」
海未「――わかりませんっ!!!」
海未「……でも、亜里沙から聞きました。腕のアザは……胸、心臓の方まで広がっていたと」
にこ「なによ、それ……」
海未「一体なんだというのですか!! こんな、こんな!!」
海未「おかしいですよ!! なんで絵里が、なんであんなアザが!! なんで、なんでなんでなんでっ!!!」
穂乃果「海未ちゃんっ!!!」
海未「っ……」
穂乃果「落ち着こ……」
海未「すみ、ません……」
希「……あのさ、えりちがおかしくなってから色々聞いてみたり、調べてみたりしたんだけれど……心霊とか祟りとかそういう類に強いお寺があるんだって……みんなで行ってみない?」
にこ「……行かないより随分ましだと思う」
海未「そうですね……明日にでも行ってみましょう」 ――――
病院
真姫「凛……どうして」
花陽「凛ちゃん……ぐす」
真姫「……ねえ、花陽」
真姫「凛は、何か言ってなかった?」
花陽「なにかって」
真姫「なんでもいいの、なんでもいいから……凛がこうなってしまった理由、私達が巻き込まれていることなんでもいいから解決しなくちゃいけないの!」
花陽「ぅ、でも」
真姫「口にするのが怖いのはわかる、でも……お願い」
花陽「……」 えっと……その日はいつもみたいに凛ちゃんが私の家に来ていたの。練習終わりだからっていうことで、凛ちゃんは家でご飯を食べて着替えて来ていたの。
その時まではね、本当にいつもと何も変わらない笑顔だった。絵里ちゃんほどではないにしろ、首筋のこととか怖がっていたはずなのに。
思えば、それが最後の輝きだったのかも? なんて。ご、ごめん……わかってる、最後ってそういう意味じゃなくって。うん……うん。でもそうとしか思えなくて。元気になってくれたのかなって思ったけど。
そう、それでね……泊まりに来るのは本当にいつものことなの。そこで眠る時に、どんな感じなのかな? って聞こうとしたんだけれど。いざその時、テレビを二人で見ていて何気なく笑って、そろそろ遅い時間だから眠ろうかって電気を消した時。
雷が鳴ったの。
すぐ後に、すごい雨だねって、窓を叩くような音が部屋の中に響いてて。眠れるか不安だったんだよね、でも凛ちゃんとなら平気かなってそっちを、見たら。
――首筋を凛ちゃんが掻いていたの。
かゆそうに。
なんども、なんども。
あつそうに、なんども、なんども。
つよく、いたいたしく、なんども、なんども、なんども、爪を突き立て引き裂くみたいに。 そう、うん、異常だった。
掻いてるんじゃなくて、まるで――自分の首筋のアザを取り除こうとしているみたいに。
血が出ていたの。
ぽたり、ぽたり。凛ちゃんの細い指から腕にかけて、何度も強く掻きむしったせいで。
そう、ここだよ……痛そうでしょ? これが傷の原因。
なんで止めなかったのって……止めようとしたよ。でも、凛ちゃん――無表情なの。
強く激しくなっていく搔きむしりと対照するみたいに目はどこか違う方を向いて、この世じゃないどこかを向いているみたいで……っていうのはイメージなんだけど。
思えば窓の方だったかな……雨がうるさかった外の方。私もつられてそっちを見てみるとね、さっきまでの雨が嘘みたいに――不自然なほど静まり返っていて。
その時なの……。うん、うん……へいき、はな、せるよ。だから真姫ちゃん、きいて、ね?
り、凛ちゃんが、喉のあたりを搔きむしり始めたの!悲鳴をあげて!さっきの雨にも負けないような金切り声が部屋だけじゃなくていろんなところに響いているみたいで! 私までぐわんぐわん脳みそがゆさぶれるみたいな感覚になって!!
苦し紛れに、止めなきゃって思って……凛ちゃんの手止めようとしたけど。わたし、何もできなくて……!!!!! 凛ちゃんは、両手でがりがり、がりがり、血が滴りながら皮がむけ落ちて、それでも続けて。
凛ちゃんね、言ってたんだ。
あつい、あついって。目をぎょろぎょろ回して唾液が口の端から吹き出て、ひっ、ひっぃって。
――たすけて、たすけてって。
悲鳴の中に、確かにそう聞こえたの。
……悲鳴が聞こえなくなると、ぼんやりしていた頭も覚醒してきて……倒れている凛ちゃんがいたの。肩を揺すって胸を叩いて、顔をさすって、なんとか反応がないか試していたのに何も反応はない。
息はある、それだけわかって救急車を呼ぼうとしたの、でもね――
「――がよ、ち………ァ゛ぁ……」 ぅ……そんなことを言いながら、突然起き上がった凛ちゃんに、私は壁際に押し付けられて首を絞められて、何がなんだかわからなくてがたがた震えちゃって。
白目を向いて、がしがし掻きむしった手が私の首筋を掴んでひんやり冷たかったの。
どうなるのかな……なんて考えている暇も無くて……気がついたら首筋の手は離れていて……今度こそ凛ちゃんは倒れこんでいて。
しんと静まり返っていた部屋が、雨の音で満たされてなんとなく安心したような気もする。
それでね……救急車を呼んで、来るまでの間にお母さんや近所の人に聞いてみても誰一人凛ちゃんの声を聞いた人はいなくて。
今まで聞いたことのないような禍々しい叫び声だったの。他の人が聞こえないはずないの!! あれはなんだったのっ、一体あれはっ……。
大丈夫、落ち着いてるから……はぁ、はぁ。 うん、凛ちゃんなんでそうなったのかわからないでしょ?
でもね、一つわかることがあるんだ。凛ちゃんのアザが、一気に胸のところまで伸びてた。
ベッドに入る前は首すじのところに薄くあっただけなの。でもほら、みて……凛ちゃんの……。
でしょ?
あの瞬間、アザが伸びてたのかもしれない。凛ちゃんの命を狙って、何かが凛ちゃんを脅かそうとしていて。
うん……しかもね、あのね……。
私にもアザが出来たの。 真姫「え……!?」
花陽「気がつかなかったでしょ? 真姫ちゃんもみんなも私に意識向けてる暇なんて無かったと思うから。ほら……首のところ……うっっっすらだけど……」
真姫「ほん、とだ」
花陽「これ――凛ちゃんに絞められた時の跡だと、思うの」
真姫「……ごく」
真姫「ちょっと待って……一旦休憩にしましょう? 飲み物でも買ってくる。みんなももう少しで来るだろうし」
花陽「うん……」
ガチャ……
花陽「はぁ……りんちゃん……なんで、なんで」 ――――
真姫「凛が絵里がどうしてああなったか……」
真姫「……アザがあったからというのは間違いない」
真姫「他にもなにか……」
真姫「花陽も疲れていたみたいだし、甘いものの方がいいかしら」
真姫「……」
ポチッボトン
真姫「みんなはまだ?」ポチポチ…
シト……シト
ポタポタ…
真姫「雨……?」
ザ----ッッッ………
真姫「……最近多いわね……」 真姫「全く……傘持ってきてないんだけど」
真姫「はぁ」
スタスタ
真姫「……」ガラ
バタッ
真姫「え」
花陽「」
真姫「――ひ…………は、はなよ?」
真姫「は……花陽、なんで……気絶してるの、ねえ、起き――」ユサユサ…
花陽「――ア゛ぁ……っィ」ガシッ
真姫「ひぃっっっ」
花陽「」
真姫「は……は……なに、いまの」
真姫(白目で、あんなに)
真姫「はぁっ、はぁっ……」
海未「――真姫?」
真姫「ぁ、みん、な……」
穂乃果「花陽ちゃん!?!?」
真姫「先生、先生呼んで……」ガクガク…
海未「わ、わかりました!!」 ――――
ポツポツ…
花陽「……?」
ザ---
花陽「あ、め……スコール……?」
ザ---ッッッザ---ッッッッ
花陽「ご、く……」
バチッッ
花陽「へ、停電!?!?」
花陽「な、ななななんで!? でもでも病院での停電はすぐに予備電源が……」
花陽「……」
花陽「……」ドキドキ…
シ----ン…………
花陽「……ご、く」
花陽「あ、め……やんだ?」
ドクドク 花陽「な、に……首筋、あつ、い?」
花陽「あつい、あつい……あついっ」
花陽「はっ、はっ……なにこれ、なにこれ!?」
花陽「かがみ、かがみっ……」
ガシッッッ!!!!
花陽「ひっっっ」
花陽「あっ……ぁぁ……なにこれっ、手が手がっっ!!!」
首筋の急激な暑さを確かめようとカバンに手を突っ込んだ時でした、それを阻むようにして地面から――手が生えてきていた。
真っ黒で、ゆらゆらと、人の手でした。
掴まれた個所は万力に掴み潰されたように感じ、また、灼熱の釜に入れられているようにも感じられた。
花陽「あ、つ……ぁっ゛゛゛」
花陽「やめて、ゆるじて、ゆるじてぇ」
願いが通じたのかどうか、ふっとその手が離れた瞬間に私は震える四肢に力を込めて、扉の方へ。 停電は復旧しない。
静かすぎる。
おかしい、おかしい。
私はいまどこにいるの?
ここは、現実、それとも?
吹き出す汗をぬぐって、がちゃがちゃと扉に手をかける。
引き戸、鍵なんか誰もかけてないんだから開かないはずがないの。でも。
花陽「あかないっ、あかないっ、なんで!?」
花陽「あいて、あいてよっ!!!!!」ガチャガチャッッッ
凛「――かよちん」
花陽「え」
聞き慣れた声、パニックに陥りかけた私を救ってくれるかのような優しく甘い声。
花陽「凛ちゃん?」
ベッドに眠っていた凛ちゃんは、その場にゆらりと起き上がっていて……ゆっくりとベッドから足を踏み出す。
俯いていて、前髪がだらりと落ちていて表情は見えない。 凛「かよちんと、りん、ずっといっしょだよね」
花陽「う、ん」
花陽「目が覚めたの? 痛いところは!? くびとか」
凛「だから凛を無視して逃げようだなんて、おもったりしないよね」
花陽「え、あ」
凛「ちがうの」
花陽「そ、そうじゃなくてさっきのは」
凛「ちがうんだ」
距離は一歩のところまで迫っていた。気がつけば扉に追い詰められるような形になっていて。
花陽「ど、どうし」
凛「チぃ゛がヴん゛だぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!」ガシッッッ
花陽「ぃっっ」
花陽「あっ、がっ……」 凛「ぎ、ぎぎぎィ……っっ」
それはもう凛ちゃんじゃありませんでした。
目全部が黒く染まり、肌も焼け焦げたように黒く爛れ落ち、私の首を締め付ける。
――ばりんっっと、窓が割れました。
そこから這うように、うねうねと大量の赤黒い腕が勢いよく、私目掛けて飛んできました。
一本巻きついて。
もう一本が巻きついて。
数十本が巻きついて。
何本も灼熱のそれが巻きついたところで意識が白む。
最後に凛ちゃんがドロドロの黒い塊になって、私にのしかかってきてそこから――。 正直速報は面白いSSあっても見逃しやすいから
こうやって一度ここで宣伝するスタイル普及してほしい 速報確定なら見つけられると思うけど、このスレ残ってたら誘導してくれると助かる 板移動する意味って?
そこまで荒らされてるでもないし、今のところ落ちる気配もなさそうなのに
好きなところで書けばいいとは思うけど色んな所でスレ立てして何がしたいんだか 移動先見つけるの面倒になって読まなくなるんだよなあ
我儘なのはわかってるけどみんな誘導して欲しいわ…… 海未「幽明境が一になる」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1511156223/
一期投下したかったんですが改めてここが不便すぎたのでこっちに全部投下しました。付き合ってくださった方はどうもありがとう。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています