名古屋(那古野) 山三郎(なごや さんさぶろう)は、安土桃山時代の武将。蒲生氏、森氏の家臣。
名古屋(那古屋)因幡守高久(敦順)の次男。母は織田信長の縁者の養雲院。
美少年の誉れが高く、世に名高き伊達者と流行唄 (はやりうた) にも歌われた人物。
妻は出雲阿国ともいわれるが疑わしい[2]。ともに歌舞伎の祖とされている。


よく分からん人物だな