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この光景に甚く感動した父が岸壁に据え付けられていた石段を下りて鳥居の方へ向かおうとし、、母は抱えていた俺を下ろして鞄からインスタントカメラを出そうとしていた。
その時母は俺の違和感に気付いたらしい。俺は母の袖を握り込んで下りようとしなかった。そして次の瞬間には鼓膜を破るくらいの甲高い声を上げて泣き出した。
元々よく泣く子供で、近所にも響く声だったらしいが、その時ばかりは様子がおかしかったという。映画などで何かに襲われた女性が挙げるような、瞬間的に大音量が出る悲鳴に近い声で、「キ゚ャアアアアアアアーーーーーーーーーーー」と息も付かず10秒は叫んだように感じられた。ただ、その時の顔の必死さと涙から「泣いている」と母は判断したそうだ。
父も流石にこの異様な声に驚いて母の方を振り返り、岸壁の上に戻って俺の様子を確かめに来た。母が俺を抱き直して慌てたようにあやし始めるや否や、俺はピタッと泣き止んですました顔をしていた。
いや何やねんこいつと父が安心したように笑っていると、今度は父が足元の違和感に気付いた。見れば足首から下、靴の中と靴下までずぶ濡れだった。
何で?と思って振り返ってみれば、海は干潮どころか真っ黒い水に満たされていた。

石段はさっきまで父がいた位置まで水があり、波の音もしっかりする。夕日に染まった赤い空と照らされた鳥居は変わらず、海だけが異様にどす黒かった。夕暮れの空の色を写さない真っ黒い水面に所々白い波の泡が見え、水が足元の岸壁にじゃぶじゃぶと音を立てて打ち付けられていた。両親は赤い空と真っ黒い海で二分された光景を前に呆然としていた。
「え?潮…引いてたやんな?」「引いてたし…引いてへんたら入らんし…」
父は自分が勘違いして勝手に海に入って濡れたと思いたかったが、母も干潮の海を見ていたから訳が分からない。どうにか違うことを考えたかった父は、とりあえず濡れた靴下と靴を履き替えるため、昼間の海鮮丼屋に席を借りようと、海を臨むその店に向かった。

続きます