姉の部屋で箪笥の中とかを物色し

 新総裁に選ばれた岸田文雄氏(64)は党役員や閣僚人事を進めており、野党との国会折衝の要・国会対策委員長に高木毅元復興相が就任した。高木氏には過去、女性宅に侵入し、女性モノの下着を盗んだ過去がある。地元・福井で知らない人はいないというその実態について振り返っておこう(※週刊新潮2015年10月22日号などに加筆し、修正を加えました)。

第3次安倍改造内閣で復興・原発事故再生総括担当大臣に就任した高木毅衆院議員が以前、下着泥棒に入った一軒家は、福井県敦賀市内の住宅街の一画にある。

 その家を訪ねると、高齢の女性が出てきて、

「何も知りません」

 そう繰り返すばかりだったが、近所に住む彼女の娘さんは、こちらが拍子抜けするほどあっさり事実関係を認めたのである。

――昔、あなたのお宅に下着泥棒が入ったという話を調べているのですが、その時の犯人は、高木氏ということで間違いない? 

「はい。被害者は私の姉です。近所のおばさんが、家の斜め前に車を停めて中に入っていく人を見たけど、知り合いか? ≠チて。通報したのは私だったかな。警察の人が来て、指紋とか取って。でも、教えてくれた近所のおばさんが車のナンバーを控えとってくれたんで、すぐにやったのは高木さんやと分かった。家に上がり込み、姉の部屋で箪笥の中とかを物色し、帰って行ったようです」

合鍵を勝手に作って侵入

 今から30年ほど前に起こった出来事だ。当時、下着を盗まれた女性は20代、高木氏は30歳前後だった。氏は20代半ばまでに高校の同級生と結婚している。つまり、彼が事件を起こしたのは結婚後ということになる。

 ちなみに高木氏の父親、故高木孝一氏は敦賀市議を2期、福井県議を4期務め、福井県議会議長を経て、1979年から95年まで敦賀市長を4期16年務めた、地元政界のドン≠セった。事件があったのは、敦賀市長を務めていた時期だ。

 息子の毅氏は地元の敦賀高校を卒業した後、東京の青山学院大に進学。卒業後は敦賀に戻り、父親が設立した会社「高木商事」で働いていた。晴れて国会議員になるのは、事件を起こした十数年後のことである。

 被害者の妹が話を続ける。

「当時、姉は(金融関係の)窓口業務をしとった。そこに高木さんは客として来て、姉は一方的に気に入られとった。だから、やったのが高木さんと分かると、姉はいややわー。家まで来とったんやー≠ニ言っていました」

 さらに、高木氏の、家への侵入方法が実に悪質で、

「合鍵を勝手に作っとったんです。田舎やから、無防備に小屋にカギ置いといたりするでしょ。それをいつの間にか持っていって、自分のカギを作っとったみたい。それにしても、どうして勝手に家に上がり込んだりするのか。急に家の人が帰ってきたら、とか思わんかったんかな……」(同)

父親の市長が頭を下げてきた…

 無論、高木氏の行為が犯罪であることは言うまでもないが、少なくともこの件は「立件」されていない。

「姉が騒がんといてくれ。勤め先にも迷惑かけたくない≠チて。父は(高木氏の父親の)市長も頭下げてきた∞敦賀でお世話になっとるし≠ニ言ってて、それで、示談っていうか……。それにしてもあんな人が大臣にまでなって、不思議やなーと思います」(同)

 これら一連の経緯について高木氏に取材を申し込んだが、締め切りまでに回答は寄せられなかった――。

「高木さんについては、政治家になって以来、ずっとある噂≠ェ囁かれ続けてきた。それは、高木さんは過去に女性の下着を盗んだことがある≠ニいう噂で、彼の地元・敦賀や彼の周辺では知らぬ者がいないほど有名な話だったのです」

 と、永田町関係者。

「その高木さんが大臣になったものだから、まず、噂を知っている関係者が騒ぎ出した。高木といえばパンツだぞ。大丈夫か? ≠ニか、下着ドロボーを大臣にするとは、官邸の身体検査はどうなっているんだ≠ニ。で、内閣改造後、噂は爆発的に永田町じゅうに広まり、高木=パンツ≠ニいう奇妙な図式が定着してしまったのです」

 もっとも、永田町じゅうで囁き声が聞かれたその時点では真偽不明の噂話に過ぎず、過去、誰もその噂話のウラ取り≠きっちり行った者はいない。あるいは、真偽を確かめようとして失敗してきた。

 そこで以下、噂話の出所を探り、真偽を突き止めるまでの経緯に沿って、「下着ドロボー情報」の詳細をご紹介していきたい。

2に続く

デイリー新潮
10/4(月) 6:01
https://news.yahoo.co.jp/articles/553973b2fa907b0a4138679221cd4a1b8b4ecc33