>>585
仏陀が到達した境地、そして出家した弟子たちが目指していたのは解脱。
悟りは解脱とは違うよ。

悟りとは色受想行識(五蘊)は自分ではなかった、そこに実体はなかったと体得すること。
(色=身体 受=感覚 想=イメージ 行=深層意識 識=判断)。

わかりやすくドラクエのようなRPGに喩えるなら、
我々一般人はRPGという単なるゲームに過ぎないものを遊んでいるうちに
ゲームであることを忘れてしまいゲームの中の主人公を自分と同一視している状態。

悟りとは自分がただゲームをしているに過ぎなかったことに気づき、
元々のゲームプレイヤーの状態に戻ること。
ゲームの中で何が起きようともそれはゲームなのだから痛くも痒くもない。
「五蘊皆空なりと照見して一切の苦厄を度したもう」(般若心経)
それが悟った人の状態。

解脱はそのRPGそのものをやめてしまうこと。
なんと無意味でくだらないことにうつつを抜かしていたのだと。
もうこんな子供騙しは卒業して本来の生活に戻ろうではないかと。
それが解脱。