次期戦闘機の日本から第三国への輸出解禁を巡り、公明党は「容認」と「慎重」の間で迷走した。安保政策でタカ派色を強める自民党の「ブレーキ役」を自任する公明だが、過去の安保政策の転換と同じように、今回も政府・自民党に押し切られた。

 公明の北側一雄副代表は14日の記者会見で「党内の実務者と(党幹部との)連携が十分ではなかった。戦闘機という殺傷能力を持つ武器の輸出は、重大な政策変更で、慎重な議論が必要だった」と振り返った。
 自公両党は昨年4月、安保政策に詳しい「実務者」12人で輸出解禁に向けた協議を始めた。7月にまとめた中間論点整理では、次期戦闘機を含む国際共同開発品の第三国輸出容認が「大宗を占めた」と明記した。

◆不満たまった自民側「連立解消」の声も
 公明の姿勢が一転したのは、11月に公明党の支持母体・創価学会の池田大作名誉会長が死去した直後。党幹部から「慎重に議論するべきだ」との主張が相次ぎ、容認ムードは消えた。池田氏は「平和の党」の礎を築き、学会で強い影響力があった。関係者は当時「学会が精神的支柱を失って混乱する中、大きな方針決定はできない」と語った。

日本の安保政策を大きく転換させる案件にもかかわらず、国会や記者会見で輸出の必要性を語ろうとしない岸田文雄首相の態度も、公明には「やる気がない」と映り、慎重姿勢を強める理由になった。一方、自民側には不満がたまり、連立解消を求める議員まで出てきた。
 結局、首相は今年3月に入り、国会で輸出の必要性を語り、「歯止め策」を示したことで、公明は再び容認に転じた。山口那津男代表は14日の党会合で「歯止め策」を説明し、「国民にも、国際社会にも、平和国家としての理念を堅持する姿勢を明確にした」と強調した。ただ、戦闘機の輸出を認めた事実に変わりはなく、「平和の党」の変質は隠しようがない結果となった。(川田篤志)

東京新聞
2024年3月16日 06時00分
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