文部科学省で事務次官を務めた前川喜平氏が、読者からの質問に答える連載「“針路”相談室」。今回は国の予算削減で大学が研究費を確保できない現状に、日本の研究力低下を危惧する読者からの相談です。

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Q:今の教育は、日本を滅ぼすのではないかと10年前から危惧しています。例えば、国立大学に対する政策。独立行政法人化で、予算を大幅にカットし、理系の研究室はかなり締め付けられています。科研費(科学研究費助成事業)が取れなければ何もできず、取れても数年で結果を求められます。ノーベル賞受賞の研究で、短期間で成し得たものがあるでしょうか。長年にわたる教育や研究の賜物だと思います。

 日本の成長を支えてきたのは、研究に裏打ちされた技術力、開発力です。それが今、日本の研究は瀕死の状態です。政治家は一体、何を考えているのでしょうか。(大阪府・歯科開業医)

A:その通りだと思います。国立大学法人制度が始まった2004年度以降、大学を取り巻く状況は大きく変わりました。大学に自由度を与える代わりに、教育・研究に関わる基本的な活動を支える基盤的経費である国立大学法人運営費交付金は、04年から10年間、ほとんど毎年1%ずつ削減されてきました。

 政府の説明は、「基盤的経費は減ったが、競争的資金をそれ以上に増やしている。より優れた研究に資金を充てるのだからいいじゃないか」というもの。しかし、競争的資金は、3〜5年など短いスパンで使うことが決められ、その間に成果を出さないといけない。

 研究は、短期間で成果が出るとは限りません。特に基礎研究の分野はそうです。ノーベル賞の研究を見れば、いかに時間が必要だったかわかるはず。大きな成果を得るには、研究者が研究に没頭できる環境とそれを支える安定した資金が不可欠なのです。今年のノーベル医学生理学賞の受賞が決まった本庶佑さん(京都大学)も、基礎研究への予算増を強く訴えていましたよね。

 そんな中で、急速に増えているのが、防衛省が大学や企業に研究資金を提供する「安全保障技術研究推進制度」です。今年で4年目を迎えますが、初年度が3億円なのに対し、今年度は101億円と、ものすごい増え方をしている。だからお金に困った研究者は、軍事転用できる研究に流れてもおかしくない。軍産学複合体の形成につながる非常に危険な傾向だと思います。

 今、社会は「競争させて評価すると結果を生む」という成果主義的な考え方に支配されている気がします。確かに人間も動物なので人参を目の前にぶら下げられれば走り、市場原理に任せたほうが低価格で質のよいサービスが生まれることもあるでしょう。しかし、多くの若手研究者は競争的資金で任用されるようになっているため、資金が切れる頃には次のポストを探さなければならなくなっています。これでは研究に没頭することができず、研究者として成長することもできません。30年先には、「10年も日本人のノーベル賞受賞者が出てない」ということになりかねない。

 大学も経済成長の役に立たなければならないという考え方が社会に蔓延しています。でも、そもそも学問は、見返りやリターンを求めるようなものではない。真理を求める知的活動です。生命や宇宙の根源を探るような研究も必要なのです。

 本当の成長を考えるなら、国は大学の自由な研究環境は守るべき。ただ、今の状態を許してしまっている国民にも問題があります。私たちは今一度、大学や学問のあり方を議論して、それを実現できる政府を選び直すべきだと思います。

※週刊朝日  2018年11月2日号
2018/10/25 11:30
https://dot.asahi.com/wa/2018102400014.html