0001ナポリタン ◆REnfaVoma. (もんじゃ)2022/02/27(日) 00:37:30.20ID:EIpcwDk8
千砂都「ねえ、恋ちゃんってさー」
恋「はい」
月が綺麗ですね。という言葉がある
主に想いを寄せている相手へ告白するときに使われる口説き文句で
かの有名な夏目漱石が I love you を日本語として訳す際に
上記の言葉を生徒に教えたとされた逸話がその由来と云われている。
千砂都「恋ちゃんってさあ、月が綺麗ですねって言葉知ってる?」
恋「ええ、知っていますよ。夏目漱石の話のでしょう?」
千砂都「そうそれ」
恋「尤も、本当かどうかは不明なんですけどね。昔はよく漱石のいちエピソードとして信じられていたのですが」
千砂都「へえ、初耳」
恋「それがどうかしましたか?」
しかし、漱石が言ったとされる正式な出典元が見当たらないため、その真偽は定かではなく逸話自体の信憑性も低い。
ただ、それでも「日本人の恋愛観」として語り継がれるこの一文を慕う者は未だ絶たれておらず
千砂都「んー、いやまあ」
千砂都「ちょっと、ね」
今日もまたどこかで、誰かの心の中に息づいている
翌日
千砂都「……」スッスッ
恋「千砂都さん」
千砂都「あー、おはよう恋ちゃん。早かったねー」
恋「…驚きました。これでも少々早く出すぎたと思っていたのですが」
千砂都「今回は私のほうが上だったってことだね」
恋「何故そこで張り合うんですか……」
千砂都「そうだ、クレープ食べる? さっき見つけてきたんだけど」
恋「いただきます」
千砂都「はむっ……ん〜、美味しいね〜」
恋「そういえば……んむっ、昨日どこへ行くか決めないまま集まりましたけど」
恋「どうします? これから」
千砂都「歩きながら決めたらいいじゃん」
千砂都「あれこれ悩みながら街を歩くのも結構楽しいかもよ?」
恋「割と適当なんですね」
千砂都「わかってないなあ恋ちゃんは」
千砂都「休みの日っていうのはね、唯一適当が許される時間なんだよ」
恋「即興で考えた持論をさも昔からあるかのように言うのはやめてください」
千砂都「あっちゃーバレたか」
恋「でも、歩きながらっていうのはいいと思います」
恋「たまには目的のない休日というのも、いいかもしれませんし」
千砂都「なら早速行こうか」
恋「ええ」
千砂都「見たいところあったら言ってね」
恋「はい」
千砂都「私も寄りたいところあったら教えるから」
恋「はいはい」
…………
千砂都「ねえねえ恋ちゃん、この服とかどう? 絶対似合うと思うけど」
恋「少し生地が薄くありませんか……?」
千砂都「えー、じゃあこっちの上着は?」
恋「わっ、これ可愛いです!」
千砂都「お、初ヒット」
恋「値段は……ええ!? こんなにするんですか!?」
千砂都「あははっ、あるあるだよねそれ。いいなあと思って手に取ってみたら予想以上に高かったってやつ」
恋「千砂都さんはご自分のを探さないんですか?」
千砂都「まあ気になるものがあるといえばあるけど」
千砂都「せっかくだし、恋ちゃんがちょっと見繕ってきてよ」
恋「いいですね、それ」
千砂都「さーて、恋ちゃんのファッションセンス見させてもらいましょうかね」
恋「もっと気軽に選ばせてくださいよ」
千砂都「ごめんごめん」
…………
千砂都「やったー! 新記録!」
恋「千砂都さん凄いです!」
千砂都「いやいや、恋ちゃんもなかなかいいスコア出してたよ」
恋「ダンスゲームがこんなに難しいものだとは思いませんでした」
千砂都「でも楽しいでしょ?」
恋「はい、楽しいです」
千砂都「ね、暇が出来たらまたやろうよ」
恋「そうですね」
恋「……あの、千砂都さん」
千砂都「ん、なに?」
恋「実は先程から向こうのぬいぐるみが気掛かりでして」
千砂都「取ってほしいの? よしきた!」
恋「ああでも無理なら……」
千砂都「いいから任せてってば」
…………
恋「映画館なんて何年ぶりでしょうか」
千砂都「恋ちゃんは映画よく見るの?」
恋「昔はテレビで放送されているものを見てましたね」
千砂都「わかる。私も似たような感じだし」
恋「ではお互いによく知らないということですか」
千砂都「一応最低限のことは知ってるけどね、はいチケット」
恋「ありがとうございます」
千砂都「並んだ席が空いててよかったね」
恋「ですね、ちなみにこの作品のジャンルは?」
千砂都「恋愛ものみたい。お互いに好き合ってるんだけど本人たちは気が付いてないってお話らしいよ」
恋「なんだかもどかしいですね」
千砂都「観た人が言うにはそういうところがいいんだって」
恋「成程、なんだか気になってきました」
千砂都「楽しんでるねえ恋ちゃん、あっポップコーン食べる?」
恋「もちろん、頂きますよ」
…………
千砂都「いやー、やっぱり二時間も集中して見続けるのは疲れるねー」
恋「まあまあ、面白かったから良かったじゃありませんか」
千砂都「それは言えてるね」
恋「ただ、もう次の場所には行けそうもありませんが」
千砂都「ほんとだ、もうこんなに暗くなってたんだ」
恋「楽しい時間はあっという間ってこういうことを言うんですね」
千砂都「うん、もっと長くてもいいのにね」
千砂都「でも……仕方ないか」
千砂都「よし、帰ろっか恋ちゃん」
恋「はい、でもその前に」
恋「一つだけ一緒に寄っていきたいところがあるんですけどいいですか?」
千砂都「? 私は全然大丈夫だけど…どこに行くの?」
恋「いつもの公園ですよ」
─
千砂都「夜中とはいえ、すごい静かだね」
恋「これくらいが丁度いいと思いますよ? ほら、見てください」
千砂都「あ……そっか、今日……満月か」
恋「忘れていたんですか?」
千砂都「ちょっと夢中になっていたから」
千砂都(それにしても)
千砂都「今夜はまた一段と、よく見えるなあ……」
恋「……」
恋「それで」
千砂都「え?」
恋「お目当てのものは見つかりましたか?」
千砂都「…少なくとも、これまで私が見てきた中では一番綺麗だよ」
恋「その様子だと、まだ納得はいってないみたいですね」
千砂都「……正直に言うと」
恋「そうですか」
千砂都「私、欲深いのかな」
恋「千砂都さんは真っ直ぐですからね、一度こうだと決めたら目を離さない」
恋「だから周りのものに視線を移さず、前だけを見据えている」
千砂都「恋ちゃん?」
恋「それがあなたの魅力のひとつで、先へ進むヒントがあるとしたら、月ではなく恐らくその部分なんですよ」
恋「天候でも形でも明るさでもなく、あなたの心が」
恋「その景色を変えられる、変えていける」
恋「私はそんな気がしますけどね」
千砂都「私の……」
恋「以前話したことを覚えていますか? 私が千砂都さんをうさぎに喩えたときのことです」
千砂都「覚えてるよ、月にはうさぎが住んでいるからってやつでしょ?」
恋「そのとき千砂都さん言いましたよね、寂しいと死んでしまうからと」
千砂都「あれはただの冗談で」
恋「千砂都さんは、何故うさぎに対してそのような噂が広まったのかご存知ですか?」
千砂都「……いや、知らないけど」
恋「本来、うさぎはとても逞しい生き物なんですよ」
恋「厳しい自然界で自分たちが生き残るために、たとえ病気を患っていたとしても」
恋「それを悟られることがないよう平静を装う。相手に隠してしまうんです」
恋「その染みついた修正がペットとして人に飼われても残っているから、危険な状態になってもそれをおくびにも出さず」
恋「結果、目を離している間に息を引き取ってしまう」
千砂都「……」
恋「私が伝えたかったのはそっちの意味ですよ、千砂都さん」
千砂都「じゃあ」
恋「そして、ここからは私の独り言ですが」
恋「それ故にこうも考えてしまうんですよ」
千砂都「……」
恋「そんな強くも儚い存在だからこそ、なにか一つ、秘めたものを打ち明けてくれたなら」
恋「どれほど愛らしいことでしょう、どんなに愛おしいことでしょう」
千砂都「!」
恋「私ね、思うんです。もしかしたら千砂都さんにとってお月様っていうのは鏡のようなものかもしれないと」
ああ、なんか分かる気がする……
恋「曇りのない月に目を奪われるのは、心模様が晴れだから」
それは輝きに憧れがあったからかもしれない
暗闇を照らしてくれる、一筋の透き通るほど強い光に
恋「満月へ想いを馳せるのは、そう在りたいと願うから」
自分もいつかそんな風になれたらと
だけど太陽はたまに眩しすぎるから、どんなときでも見つけてほしくて
恋「だからもし、夜空を見上げて一番美しいと感じる瞬間がやってくるとすればそれは」
それは多分……宙−そら−にはない
私の隣に寄り添う、もう一人の
恋「あなたが心の底から捧げたいと望む、もう一つのお月様に出会えたときなんですよ。きっと」
なーんだ。
答えなんて、最初からもうとっくに
でもね、恋ちゃん
もし、それが全部本当だとしたら
私はなんて言えばいいんだろう、どんな顔すればいいんだろう
今はまだ何も分からないけど、それでもたった一つだけ、約束したいことがある
たとえ、どんなに長い時間がかかったとしても
借り物じゃないその言葉を口に紡ぐことが出来たなら、そのときは────
恋「ねえ千砂都さん」
恋「あなたにとって、そのお月様は……」
「一体誰になるんでしょうね?」
真っ先にあなたへ伝えにいくよ。
これで終わりかぁ…どうなるんだこの二人の関係性…と思ったらまだ続いてくれるのか!
楽しみにしてる
恋「本来、うさぎはとても逞しい生き物なんですよ」
恋「厳しい自然界で自分たちが生き残るために、たとえ病気を患っていたとしても」
恋「それを悟られることがないよう平静を装う。相手に隠してしまうんです」
恋「その染みついた習性がペットとして人に飼われても残っているから、危険な状態になってもそれをおくびにも出さず」
恋「結果、目を離している間に息を引き取ってしまう」
千砂都「……」
恋「私が伝えたかったのはそっちの意味ですよ、千砂都さん」
0108ナポリタン ◆REnfaVoma. (もんじゃ)2022/03/03(木) 22:58:35.33ID:aJ3gdH+b
────
千砂都「…………はあ」
あれから一週間が経った
だけどその間に何かあったかと言われれば、強いて話せることもなく
特別な出来事もないまま
ただ普通に、緩やかに日々は過ぎていって
そんな状況が、もどかしくてしょうがなかった
多分そう思うようになったのは、彼女にあんなことを言われたからなんだろうけど
千砂都「暇だなあ……」
0109ナポリタン ◆REnfaVoma. (もんじゃ)2022/03/03(木) 22:59:51.47ID:aJ3gdH+b
千砂都「やっぱりちょっと早く着きすぎたかな」
別に、彼女の方から避けられていたわけじゃなかった
どちらかと言えば私と一緒で、話したいことがあったんじゃないかとも思う
ただ学校生活が始まると、やっぱり休日のように上手くはいかなくて
都合が悪い時もあれば、部活動に専念する日もある
だから、そういう"雰囲気"を含めた二人だけの時間っていうのがなかなか取れなくて
結果的に距離が空いてしまった
本当はすぐにでも、話したかったのに
恋「千砂都さん」
結局、あれから一週間もかかってしまった
0110ナポリタン ◆REnfaVoma. (もんじゃ)2022/03/03(木) 23:00:27.00ID:aJ3gdH+b
千砂都「恋ちゃん、来てくれたんだ」
恋「当たり前じゃないですか、せっかく誘えてもらえたんですから」
千砂都「嘘うそ、冗談だよ」
恋「からかうのも程々にしてくださいね」
千砂都「はーい」
恋「あ、それと」
千砂都「なに?」
恋「お待たせしてしまいましたか?」
千砂都「ううん、そんなことないよ」
千砂都「私も今来たところだから」
0111ナポリタン ◆REnfaVoma. (もんじゃ)2022/03/03(木) 23:00:57.96ID:aJ3gdH+b
恋「それで、今日はどちらまで?」
千砂都「人のいない静かなところ」
恋「またらしくないところを選びましたね」
千砂都「今日はそういう気分なの」
恋「なら仕方ありませんね」
千砂都「あとは空気が美味しければ最高なんだけどなあ」
恋「東京でそれは難しいのでは?」
千砂都「探してみればあるかもよ?」
0112ナポリタン ◆REnfaVoma. (もんじゃ)2022/03/03(木) 23:01:25.67ID:aJ3gdH+b
千砂都「だって今日はほら、こんなに空が晴れているんだから」
恋「ふふっ、絶好の月見日和ですね」
千砂都「ならお団子も追加でほしいところだね」
恋「いつかのお団子屋で食べていきましょうか?」
千砂都「あ、それいいね。時間も潰せるし」
恋「潰した後はどうするんです?」
千砂都「そんなの、もうとっくに決まってるよ」
0113ナポリタン ◆REnfaVoma. (もんじゃ)2022/03/03(木) 23:02:16.16ID:aJ3gdH+b
ただ、そんな日々のおかげで分かったことがある。
一つは気持ちに嘘をつくことをやめても、それですらすらと言葉が出てくるわけじゃないということ
寧ろ自覚する前よりも詰まることが多くなった。
もう一つは「おはよう、こんにちは、こんばんは。さようなら」そんな日常的に使う挨拶すらも、ちょっとした楽しみになったということ
向こうからわざわざ駆け寄ってくれたときは可愛いなとすら感じてしまう。
そして最後の一つは……きっと私しか持ってない特別なものなんだろうけど
でも、それでいて凄く単純なこと
0114ナポリタン ◆REnfaVoma. (もんじゃ)2022/03/03(木) 23:02:44.90ID:aJ3gdH+b
千砂都「ねえ恋ちゃん、この辺りとかいいと思わない?」
恋「そうですね、人気もありませんし」
恋「ここならゆっくり出来るんじゃないですか?」
千砂都「到着するまで結構時間がかかったけどね」
千砂都「でも、かえって丁度よかったのかも」
恋「丁度いい?」
千砂都「ほら、見てよ恋ちゃん」
0115ナポリタン ◆REnfaVoma. (もんじゃ)2022/03/03(木) 23:03:49.11ID:aJ3gdH+b
月が綺麗ですね。という言葉がある
主に想いを寄せている相手へ告白するときに使われる口説き文句で
かの有名な夏目漱石が I love you を日本語として訳す際に
上記の言葉を生徒に教えたとされた逸話がその由来と云われている。
しかし、漱石が言ったとされる正式な出典元が見当たらないため、その真偽は定かではなく逸話自体の信憑性も低い。
ただ、それでも「日本人の恋愛観」として語り継がれるこの一文を慕う者は未だ絶たれておらず
今日もまたどこかで、誰かの心の中に息づいている
0116ナポリタン ◆REnfaVoma. (もんじゃ)2022/03/03(木) 23:04:17.33ID:aJ3gdH+b
恋「ああ、綺麗な三日月ですねえ」
千砂都「本当にね、私も初めてだよ」
千砂都「形が丸くないのにこんなに綺麗だって思ったのは」
恋「そうですか」
恋「……千砂都さんは」
千砂都「うん」
恋「どうして綺麗だって、思ったんですか?」
千砂都「今まで綺麗だってことを、知らなかったからだよ」
0117ナポリタン ◆REnfaVoma. (もんじゃ)2022/03/03(木) 23:05:04.05ID:aJ3gdH+b
そして、そんな人々が行き交う街並みで愛を囁く中、きっと私だけが
千砂都「恋ちゃん────」
と
そう呼ぶのだろう
0118ナポリタン ◆REnfaVoma. (もんじゃ)2022/03/03(木) 23:05:30.00ID:aJ3gdH+b
恋「どうかしましたか?」
千砂都「……ううん」
千砂都「なんでもないや」
恋「……そうですか」
「…………」
千砂都「外、寒くなってきたね」
恋「はい、少し」
0119ナポリタン ◆REnfaVoma. (もんじゃ)2022/03/03(木) 23:06:07.67ID:aJ3gdH+b
千砂都「夜も遅くなってきたし、そろそろ帰らなきゃだけど」
千砂都「ねえ恋ちゃん」
恋「なんですか?」
千砂都「まだ一緒にいるよね?」
そう言って、振り返り際に笑って見せる
月がまた、隠れてしまわないように
恋「ええ、あなたがそう望むなら」
そして……照らされたまま微笑み返した満月は
いつもよりもほんの少しだけ、赤みがかっているような気がした
0120ナポリタン ◆REnfaVoma. (もんじゃ)2022/03/03(木) 23:06:47.15ID:aJ3gdH+b
千砂都「じゃあ、もう少しこのままで」
恋「もう少しって、どれくらいですか?」
千砂都「私が納得できるまで」
恋「それは長くなりそうですね」
恋「なら私からもお願いをひとつ」
千砂都「なあに?」
恋「手を、取ってくれませんか?」
千砂都「──!」
0121ナポリタン ◆REnfaVoma. (もんじゃ)2022/03/03(木) 23:07:46.00ID:aJ3gdH+b
千砂都「……仕方ないなあ」
その目に映ったものが本当かどうか、それを確かめたくて
一歩、また一歩と、足を軽くさせながら
ただ呼ばれた方へと向かっていく。そこにはきっと、言葉なんていらないけれど
それでも……ああ
なんて綺麗なんだろう
不意に手を伸ばしたら、触れてしまえるくらいの
まあるい、まあるい、瞳の奥で
0122ナポリタン ◆REnfaVoma. (もんじゃ)2022/03/03(木) 23:08:21.43ID:aJ3gdH+b
月が────私だけを見ていた。
0123ナポリタン ◆REnfaVoma. (もんじゃ)2022/03/03(木) 23:09:03.17ID:aJ3gdH+b
終わりです、ありがとうございました。
最後まで直接言葉にしないこの奥ゆかしい感じホントにめっちゃ良い…好き…
一区切りついた感じあるけどまたちされん書いてくださるの待ってます!
0127名無しで叶える物語(らっかせい)2022/03/04(金) 22:14:52.12ID:PkSI8tOj
乙です!とても良かった…
素晴らしい…このちされんのやりとりの雰囲気大好き
是非またちされんを書いてくれ