「おとぎ話」は、寓話を伝えるために作られている。

猿蟹合戦は、誰かを騙したり殺めたりすると、皆に懲悪されることを伝えている。
SWは、シスの謀略と力が皆の平和を奪われ、それに立ち上がった者たちが懲悪される話である。
これら「おとぎ話」には寓話は因果応報的な展開や結末教訓が込められ、人々が長く語り伝えて、美的感覚、善悪の判断の情操や想像力や価値を考えて中身が洗練された話である。

だから、猿蟹合戦は争いを伝えるのが目的でない為、当初は「人間たちの群像劇」が、実在の人物でなく、ずる賢い猿や人の好い蟹が配役されている。
屋根から臼が落ちてきて猿は潰れて死ぬのを、人間の争いをそのまま描いてどうするのだ。潰れるのは人間でない猿で、正義で加害するのは心を持たない臼にした。

それを「素晴らしい。だが全て、間違っている」と言って、「人間たちの群像劇」に目を向けたら、誰かを騙したり殺めたりすると、皆に懲悪される教訓を伝える、寓話なくなる。

Ep4は悪に人間味が無いように、当初シスは名前だけの存在で、ダースベイダーやストームルーバーは仮面を付けた平和を侵略する軍隊で、その兵器にスターデストロイヤーやデス・スターを配した、人間味を感じさせない構成であった。
「おとぎ話」は、子どもが見るということから考慮して、描写を変えて洗練して、寓話で伝えて来た。子どもが興味を持てるような内容で、教育的な面を含んでいる。

Ep8は真逆に作られ、その残酷性だけにスポットを当て、戦争の悲惨な真実を描き、
善行には褒美、悪行には罰というよう因果応報の寓話なり教訓を伝えることが目的より、メフィストフェレスの誘惑の悪魔の象徴のように、善と悪は曖昧であると、悪にいざなう。

そういう事まで理解して作品を作ったなら、批判されて当然である。