>>64
ブッダが言った「苦行は、ほんと要らなかった」の
『苦行』が、そもそもの「一切皆苦」を指しているとすれば
色々腑に落ちますね。

ググってなんとなく開いた

ブッダさんが苦行やりまくって至った結論が現代にも通じる感じでマジ仏 - Togetter
https://togetter.com/li/1137884

に禿同。

蛇足で個人的見解を述べると、『要らない』のは『苦行そのもの』ではなく、
「苦行を『する』」という意識なんだろうと思う。
マインドフルネスとか真似事程度にやってるだけでも、
『自分の』と思い込んでる思考・感情・感覚すら、←と今正に書いてる意識すら
「起こった『結果』」にしか気付けないことに気付く。
そして面白いのが、そうして『気付き続ける』状態に在るなら、
『気付かれた』思考・感情・感覚が、なんか喜んで、解放されてく感じがするってこと。
だから、「一切皆苦」って何故そうなってるのかって言うと、「気付いて欲しいから」なんだろうと思う。
全ての『苦』は、ただそうとだけ気付いて欲しくて、だから、気付けば解放される。
『苦』に対して「なんとか『しよう』」と、抵抗したり、予防してばかりだと、
それだけ『苦』が積み重なっていくばかり。
だからたぶん、『要らない』のは『苦行そのもの』ではなく、
「苦行を『する』」という意識。
必要なら、「しようと『する』」までもなく、「したく『なる』」。