さて、例の動機(スピリチュアリズムにたどり着いたきっかけ)をできるだけ詳しく書こうと思います。

以前書き込んでしまったやつは一切無視してください。

まずはじめに、私はもともとそんなに霊というものに対して、そこまで否定の感情をもってはいませんでした。だからこそ今のこの年齢でしっかりと霊というのを受け入れることができたのかもしれません。

そもそも霊について真剣に考え始めたのは(自分の記憶にはっきりと残っている限りでは)、私が小学生のとき、勉強のことで親にひどく怒られているときでした。

その最中にストレスからか意識を失って倒れたこともあります。

怒られている最中に少しでも気を紛らわそうと、勉強のこととは一切関係のないことを考えていました。

そのときに考えていたことが、なぜ自分はただの原子の塊なのに、親に怒鳴られるときにこんなにビビって泣いてしまうのだろうか、ということです。

また、原子のかたまり(親)が、別の原子のかたまり(私)に対して怒っているというこの状況は、なんと滑稽なものだろうとも考えていました。

ひょっとすると、何か感情を感じる、何か非物質的なものがあるのではないかと私はそのとき考えました。

これと結びついたのが、お化けだったのです。当時私は怖い話が好きだったので、よく怪談レストランを読んでいました。〜が〜を呪い殺しただとか、〜の心霊写真が〜だとかそういうやつです。

そのとき、どうしてそうなったのかは自分でもよくわからない(そのとき感じたことを憶えていないだけかもしれない)のですが、その「非物質的な感情を持ったもの」=霊という式がいつのまにか自分の中に形成されていました。

さて、このように霊という存在を受け入れ、高校生まできました。私はスマホではなくガラケーだったので、スマホのように簡単にネットサーフィンができる端末が欲しいと思っていました。

しかしスマホは自分でもまだ買ってもらうべきではないと思いiPod touchを購入しました。

そこで急に、手のひらにいくらでも情報が手に入る環境になったのです。

私はいろいろなことを調べました。それこそラインの導入方法から性に関する情報まで。

その調べたものの中に小学生のときから好きだった怪談も当然入っていたわけです。

ネット上の怪談を読みあさるうちに怪談の主人公の霊についても調べるようになりました。

すると霊視だとか守護霊だとか霊界だとか、そのようなワードにそのとき初めて触れることになりました。

それについて様々なブログや掲示板などを読みあさるうちにスピリチュアリズムという考え方がある、ということにたどり着きました。

それを調べてみると、そのような世界について体系的に示しているということに気づきました(スピリチュアリズム普及会のサイトを見ました)。

それで興味をもってそこのサイトを読み進めていくうちに守護霊や背後霊のことや、霊界はどうなっているとか、類魂や、ツインソウルや、カルマや、愛など実に様々な知識を得ました。

しかしおそらく、表面上でしか理解していないと思うので、ここは自分でさらに読む必要があります。

また高校生のときに神社に興味を持つようになって、私は近くの神社によく行っていたのですが、あるときその神社で参拝を済ませると、二人組のおばさんに話しかけられました。

話すうちに、自分が非常に興味のあった、見えない世界にいる見えない存在を知覚できる人だということがわかり、さらに色々話を聞いたところ自分の守護霊についても教えていただきました。

話しているときは本物か偽物かそんなこと考えずにペラペラ話していましたが、家に帰ってから偽物かもしれないと思っていろいろ調べてみました。
しかし、偽物だということを示す材料が見つかりませんでした。

あとから言われたことを振り返ってみると自分にあっているとも思いましたし(抽象的ではなく具体的なことでした)。またなにかの勧誘とかもされませんでした。

何より見ず知らずの人間に対して嘘をついても何の得もないと思いました。

また、とても笑顔が自然というか、幸せそうな顔をしていたのを憶えています。とても嘘を平気で言うような人には見えませんでした。

そのようなことがあった後、さらにそちらの世界に対する興味が湧き、そちらの世界を体系的に説明するスピリチュアリズムにさらにハマっていったわけです。

以上が私のスピリチュアリズムとの出会いのきっかけです。