さて、モモンさん。私が思う限りでは、物事というのは全てこのようです。

どのような存在も必ず、良い面と悪い面を持っています。
もし私たちがそれを良いとか悪いとか評価しようとするならば、ですが。

真理は評価を必要としません。太陽という恒星は空に浮かんでいるだけです。
が、私たち人間が、それを良いとか悪いとか決めるのです。

それで、この決めつけ、この偏見、この見解があることは良いとしても、
そこから抜け出せない、というのが問題です。

私たちは、凝り固まった自分自身の偏見から、抜け出せないのです。中々ね。
ですからこういうトレーニング、逆分析のようなものが入り用なのです。

そうでしょう?私たちはまだ得ていない真理を「知りたい」わけですから。
とうの昔に自分自身の頭の中に育て上げた、真理についての勝手な見解や幻想を
「述べていたい」わけではなく、ね。