https://www.tokyo-np.co.jp/article/229690
2023年2月7日 12時00分
気球が米中対立の新たな火種となっている。領空を飛ぶ気球を偵察用と見なした米国が撃墜したことで緊張が高まった。そんな中で湧く疑問がある。人工衛星やドローンがある時代に、気球を偵察で使う必要があるのか。平和的に楽しむ人々は今回の件をどう捉えるか。気球の軍事利用を考えた。（西田直晃）
◆フランス革命で偵察用に
米南部サウスカロライナ州の沖合で4日午後（日本時間5日未明）、米軍のF22戦闘機が中国の気球を撃ち落とした。気球は1月下旬にアラスカ州に入り、高度18キロ前後を飛行しながら南下を続け、東海岸まで米国の領空を横断した。米国は「戦略拠点の監視が目的だった」と断定。装備されていた機器を分析している。中国側は「気象観測用だった」と反発している。
世界の視線を集める気球の軍事利用。その歴史は長い。気球は18世紀後半に発明され、初めて偵察用に使われたのは、1794年のフランス革命戦争とされる。冷戦期には米ソが情報収集に活用した。
「日本軍の『風船爆弾』を思い出す」と語るのは、軍事ジャーナリストの前田哲男氏だ。爆弾をつるした気球のことで、太平洋戦争末期の1944年秋から翌春にかけ、偏西風に乗せて約9000個が米本土に向けて放たれた。少なくとも300個が到達し、山火事を起こしたり、山林で爆撃を受けた子どもを含む6人が亡くなったりした。「今回の気球は風船爆弾と似た経路で、米国にたどり着いたのではないか」とみる。
◆近年、日本領空でも確認
それにしても、人工衛星やドローンではなく、なぜ気球だったのか。
前田氏は「偵察衛星で広い範囲を正確に観測するには、地球の自転に合わせて移動させる必要がある。中国の衛星はそのレベルには達していない」と述べた一方、「気球は人工衛星の数百分の1のコストで、ドローンよりも長時間、国土の奥深くまで観測できる。発見のリスクは高いが、中国が軍事政策として選択しても不思議はない」と話す。
今回と似たような気球は過去に日本の領空でも確認されている。2020年6月に仙台市で、21年9月には青森県八戸市で目撃された。政府は「関連を分析中」と発表するにとどまるが、飛行経路や高度などを調査してきた東北大の服部誠准教授（天文学）は「高度約20キロを飛行していたと仮定すれば、数年前に中国の大連にできた飛行船基地を飛び立った可能性が高い」と解説する。
◆「一緒にしてほしくない」
偵察気球が国内を飛ぶとすれば、気球を活用するレジャーや観光業界に悪影響はないのか。
日本熱気球事業協会（東京）によると、観光フライト時の高度は最高1キロほど。飛行場周辺や航空路を避け、飛行許可を申請するという。偵察気球の高度とかけ離れ、万が一の撃墜の際には、誤って撃ち落とされる心配はなさそうだ。
日本初の熱気球の大会を開催し、観光名所となった北海道上士幌町の担当者は「軍用、偵察用気球は高く飛ぶため、浮力にガスが使われている。日本のレジャーに使われるのは、ほぼ全てが空気を燃やして浮き上がる熱気球。一緒にしてほしくない」とイメージダウンを懸念する。
日本の領空で偵察気球が確認された場合、防衛省は「自衛隊法に基づき、必要な措置を取ることが可能。個別具体的な状況に応じ、取り得る措置を取る」との立場を示す。ただ、米中関係に詳しい元外交官の浅井基文氏は「いたずらに騒ぐべきではない」と訴える。
「対中国となると、米国はヒステリックになりがちだ。仮に日本上空の気球が中国の偵察用だとしても、日本は安易に米国に追従するのではなく、冷静な対応を取るべきだ」
