2020年の東京五輪・パラリンピックの招致を巡る贈収賄疑惑で、フランス司法当局は11日、日本の招致委員会の委員長で日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和会長を訴追する手続きを開始した。フランスのル・モンド紙(電子版)が報じた。

 同日午後には、東京地検特捜部が日産自動車のカルロス・ゴーン前会長を会社法違反(特別背任)で追起訴したばかり。絶妙なタイミングでの捜査開始報道に、ネット上では「ゴーン逮捕の報復か」といった見方が広まっている。

 竹田氏の疑惑は、少なくとも2016年5月の時点でイギリス紙「ガーディアン」の報道などで、捜査が行われていたことが明らかになっている。日本の招致委員会は、国際陸上競技連盟(IAAF)前会長のラミン・ディアク氏の息子、パパマッサタ・ディアク氏と関係が深いシンガポールのコンサルタント会社、ブラック・タイディングズ社に13年7月と10月、合計約2億3000万円を振り込んでいた。東京五輪の招致が決定したのは13年9月7日。その前後の多額の入金に、贈賄があったのではと疑われていた。

 ただ、報道は断続的に続いたものの訴追の動きは見えなかった。それがこのタイミングで捜査の再開が表面化した。竹田氏は、昨年12月10日にすでにフランス当局から事情聴取を受けたという。ちなみに、ゴーン氏が特捜部に逮捕されたのは昨年11月19日で、12月10日は金融商品取引法違反の容疑で再逮捕された日だった。

 ジャーナリストの田中良紹氏は、こう話す。

「国際政治の世界では『自国民が不当な理由で他国に拘束された』と考えたら、報復するのが鉄則。沈静化していた捜査がこのタイミングで訴追手続きに入ったことは、日本政府に強烈なパンチを与えたことになる。日本政府は表向き否定するでしょうが、政治家なら誰もが『フランス政府からのメッセージ』と捉えたはずです」

 逮捕や身体拘束の応酬は、国際政治の世界では日常茶飯事だ。最近では、中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の最高財務責任者が米国の要請によりカナダで逮捕されたことを受け、中国は同国内にいるカナダ人のビジネスマンや元外交官を拘束した。米国では、昨年12月にロシア人女性がスパイ容疑により同国で有罪になると、ロシアは同月に米国人男性を同じくスパイ容疑で拘束した。ちなみに、同じ程度の容疑を理由に相手国の国民を拘束することは、事態をさらに悪化させないための知恵でもある。竹田氏も、前述のとおりゴーン氏と同じく他国の関係者への資金提供が不正だったと疑われている。

 身体拘束の応酬は、日本も経験している。10年に起きた尖閣諸島(沖縄県石垣市)での中国漁船衝突事件では、海上保安庁が中国人船長を逮捕。中国は報復として同国本土にいた日本人会社員4人を拘束したうえで、日本政府に船長の釈放を要請した。結果として、中国人船長は処分保留で釈放された(日本人会社員も後日解放)。中国人船長の処分保留について日本政府は、「那覇地検独自の判断」と説明したが、当時の官房長官だった仙谷由人氏は後に、検察当局に船長釈放を働きかけたことを産経新聞のインタビューで明らかにしている。

 前出の田中氏は言う。

「特捜部は、現在でもゴーン氏を逮捕した容疑についてほとんど説明していない。一方で、マスコミを利用してゴーン氏を悪者にする情報を次々とリークして、印象操作をしている。日産をめぐっては日仏の自動車産業戦争の側面もあることから、フランス政府は、この動きは日本政府が特捜部を使ってゴーン氏を追放しようとしていると認識しているのでしょう。もちろん、表向きは両国政府とも司法当局への介入は否定します。しかし、これほどの事態になれば政府間で水面下の交渉をせざるをえません」

 実は、フランスはすでに警告を発していた。フランス大統領府は、ゴーン氏の逮捕直後から広まっていた日産の日本人経営陣によるクーデター説に「陰謀なら外交的にかなり深刻な危機を引き起こす」とコメントしていた。元駐日フランス大使のフィリップ・フォール氏は、一連の捜査について毎日新聞の取材に「民主主義の国はこういうやり方をしない。今、日本で起きていることはサウジアラビアで起きていることのようだ」(昨年12月10日付)と、厳しく日本を批判していた。

2につづく

AERA.dot
2019/1/12 08:30
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