文部科学省で事務次官を務めた前川喜平氏が、読者からの質問に答える連載「“針路”相談室」。今回は子育て中の人からの相談です。

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Q:これまで、政治に全く関心もなく、夢中で子育てをしてきました。最近、ふとニュースを見て、現実を知ったら、いろんな意味で幻滅しました。将来生きていけるように子どもには「学びなさい」と伝えていましたが、立派になっても結局利用されるだけで、弱っても誰からも助けてもらえないのではと思うと、学ぶことさえばかばかしく感じます。一方で、やたらと日本は素晴らしいと持ち上げる人もいて、その落差にがくぜんとします。日本は子どもを安心して社会に送り出すことができる国なのでしょうか?(匿名希望)

A:これまでの日本は「一億総中流」と言われ、極端な貧富の差はなく、頑張れば報われる社会だと考えられてきました。しかし残念ながら、今の日本はそういう良さを失いつつあると思います。政権を握る政治家による国政の私物化も起き、ウソやごまかしも横行しています。あなたはそれに気がつき、疑問を持つようになったのですね。

 人々を競争に駆り立てる新自由主義が蔓延し、勝つことが正義だという考えや弱肉強食を良しとする風潮が広がっています。社会には本来、弱ったら助けてもらえる相互協力の体制や、失敗してもやり直せる仕組みが必要なはず。しかし、今は“自己責任”という考え方に基づき、弱者は突き落とされ、やり直しがきかない構図になっています。

 日本だけでなく、世界中に「自分さえよければいい」という考え方が広がっています。マネーゲームで儲かればいいという“強欲資本主義”が猛威を振るい、富と権力が一部の人たちに集中しています。福祉国家という理念が後退し、社会は分断され、テロや暴動、ヘイトスピーチが起きやすくなっています。

 税制も大きな矛盾を抱えています。1%の富裕層だけが得をする税制になっていることに、99%の人は気づいているでしょうか。富裕層は株の売買などによる金融所得が多い。つまり、お金を転がすだけで儲けている。この金融所得に課される税が破格に優遇されているのです。そもそも税制は、収入が多い人ほど税金を多く納めるという“応能負担”が大原則。所得税は、所得が増えれば増えるほど税率も上がる“累進課税”で、最高税率は45%です(40年前は75%でした)。ところが、金融所得に対する税率は15%、住民税を加えても20%しかない。そのため、金融所得の多い富裕層ほど、実際の税負担率は下がっていくという逆転現象が生じている。これでは、応能負担でも累進課税でもありません。これっておかしいと思いませんか。

 アメリカでは“強欲資本主義”への対抗勢力も生まれてきています。昨年11月の中間選挙で、29歳の元ウェートレスの女性が下院議員に当選したのは象徴的な出来事でした。歌手のテイラー・スウィフトさんは選挙前に自身のインスタグラムで、アメリカ国民に向けて「Please, please educate yourself」(=自分で自分を教育してください)とつづりました。自分の価値観に最も近い候補者を選んで投票しようと呼びかけたのです。私はそこにアメリカ社会の変化への兆しを感じます。

 諦めてはいけません。政党や政治家のやってきたことをよ〜く見定めて、理想に向かって汗を流す政党や政治家を選びましょう。日本をいい国にするには、いい国にできる人を選ぶしかないのですから。

※週刊朝日  2019年1月18日号
https://dot.asahi.com/wa/2019010900015.html