2018年2月19日 夕刊 東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201802/CK2018021902000235.html

安倍晋三首相が裁量労働制の労働時間に関する国会答弁を撤回した問題で、厚生労働省は十九日午前、答弁の根拠となった厚労省の調査データの検証結果を公表した。裁量労働制で働く人については実際の労働時間を調べる一方、一般労働者は「一カ月における残業が最長の日」を調査。異なる手法の結果を比較し、一般労働者の方が長いと結論づけていた。厚労省は午前の野党会合で不適切な手法だったことを認め「おわび申し上げる」と謝罪した。

 問題となったのは、厚労省の「二〇一三年度労働時間等総合実態調査」。一般労働者の一日の労働時間が残業一時間三十七分を含め九時間三十七分、裁量労働制の労働時間は九時間十六分となっており、これを根拠に首相は一月二十九日の衆院予算委で「裁量労働制で働く方の労働時間の長さは、一般労働者より短いというデータもある」と答弁した。だが、一般労働者のデータに、一日の労働時間が二十三時間の計算になる「残業が十五時間超の人が九人」といった不自然な点が含まれ、野党の指摘を受けて答弁を撤回、謝罪していた。

 厚労省の検証結果によると、一般労働者の労働時間は一カ月のうちで「残業時間が最も多い一日」を聞いていた。裁量労働制は帳簿の記録などにより、実際の労働時間を調査。この結果、一般労働者の時間が不自然に長くなったとみられる。残業が「一日四十五時間」などの誤記もあった。厚労省幹部は記者団に「意図的ではなく、最長という概念が抜け落ちたまま比較してしまった」と説明した。

 政府が今国会での成立を目指す「働き方」関連法案には、裁量労働制の対象を営業職の一部などに拡大する内容が盛り込まれており、野党側は「長時間労働を助長する」と批判している。不適切な調査手法が明らかになったことで、法案の見直しや撤回を求める動きを強めるのは確実だ。

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◆根拠崩れ「働き方」再議論必要
<解説> 長時間労働の温床とされる裁量労働制を巡り、安倍晋三首相が「一般労働者より短いデータもある」と国会答弁した根拠が崩れた。実態調査を手掛けた厚生労働省は、一般労働者の労働時間が長くなる不適切な方法で調査していたことを認めた。政府はこの調査も参考に、裁量労働制の対象拡大を盛り込んだ「働き方」関連法案を策定しており、内容の妥当性をゼロから議論し直すべきだ。

 首相が国会答弁したのは一月だが、厚労省は二〇一五年以降、国会などで調査結果を裁量労働制で働く人が一般労働者より労働時間が短いデータとして繰り返し引用してきた。裁量労働制の対象拡大に対して、難色を示す野党や労働界への反論材料に使ってきたのは明らかだ。この間、労使の代表や有識者による厚労省の審議会でも働き方法案の策定に向けた議論が進み、昨年に衆院解散がなければ、秋の臨時国会で成立していた可能性もある。

 調査の手法が不適切だったと認めた以上、国会や審議会の議論でデータがどのように使われ、どう法案に反映されたのかを検証する必要がある。政府は「このデータのみを基礎に法案づくりをしたわけではない」と釈明しているが、ほかに裁量労働制の労働時間の方が短いことを示すデータは存在しないことも認めている。三年間にわたる説明の正当性が揺らいだ事実は重く、政権の責任も問われる。 (木谷孝洋)