>>238

加戸氏の時代は天下りが普通だったの、全省庁で行われていた。
官僚は安月給で激務ボロ官舎に住み、霞ヶ関は不夜城て言われていた時代。
辞めてから渡りも普通のことだった。
時代は変わり、官舎も立派になり、民間より有利になった。
癒着も生まれ、それが法律で正された。
安定している分、自分は薄給でも良いと思う。
一定の期間は関係先に天下りは禁止されている、前川氏はそれを知りながら法を破った
中心人物です。