璃奈「たとえば、姉妹愛について」
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何度目かわからない地球の夜明け。
夜明けというよりは、回転の方が適切だなぁ。
私は回り行く地球と、その更に奥で輝く太陽の光をぼんやりと見つめていた。
コショコショコショ
コショコショコショ
彼方「!!」
地球が太陽の光を浴びるのとほぼ同時に、雑踏の様な声のボリュームが上がった。
彼方「この声ってもしかして....」
彼方「地球全体の、生物の声?」 コショコショコショ
コショコショコショ
彼方「うぅ....」
彼方「うるさい」
地球との距離は離れているけれど、身体は大きくなり続けるから、生命の声はどんどん大きくなる。
彼方「耳を、塞いで....」ギュッ
彼方「通信も、聞きたくない」
彼方「お願い、静かにさせて」
私は目をギュッと瞑って、睡眠に専念した。
寝て、起きてしまったら更に寝る。
ずっとこの繰り返し。地球からの通信は、全て聞こえていたけど無視した。
身を縮めていると、スペースデブリが引っ付いてくる。
だけれども、今はそんな物に構っていられる余裕もなく、塵も積もって少し大きめな塊になる。 塊になれば引力を持ち始め、地球の潮汐力は崩壊した。
その頃には、月よりも数回り大きくなって宇宙空間を漂っていた。当然ながら、文明の崩壊を迎えた人類の怨嗟の声だってキャッチする。
余計身をかがめ、耳を塞いで寝た。
通信は全部無視した。
そんな中...
トン ツー トン トン
トン ツー トン
ツー トン
トン ツー トン
トン ツー トン トン トン
ツー トン トン
ツー ツー
璃奈「こちら、EH 聞こえますか?聞こえますか?」
彼方「..........」
璃奈「繰り返す。こちらEH 聞こえていますか?」
彼方「..........」
璃奈「もうすぐ遥号が地球を出発して、彼方さんを目指します」
彼方「.......」
璃奈「彼方さん、また会えますね」
彼方「...........」
璃奈「それでは、88」 わかんないや。
こういう時、なんて言えばいいんだろう?
私の所為で、人類は、お母さんは。
それなのに、どうして会いにくるの?約束なんて、私からすっぽかしているのに。
彼方「やめて、お願い、来ないで」
遥ちゃんの事、嫌いになったわけじゃないよ。でも、今は顔向け出来ないんだ。
会いたくないって思ったら、反射的に月の方へ体を動かしていた。
宇宙には空気がないけど、腕をもがもが動かして、側から見れば水泳みたいだったと思う。
それから、月の近くへ行って....
ばっこーん!
月を思いっきり蹴り飛ばした。 作用反作用って物理の授業で習ったんだっけな?
もう何年も前のことだから、あやふやだけど。
反作用ってのを使って、地球からどんどん等加速度で離れていく。
私を追いかける遥ちゃんは私より遅いスタートと速度だから追いつくことはない。
彼方「さよなら地球。さよなら遥ちゃん」
彼方「.....」
彼方「あなたが、妻の声に聞き従い、食べてはならないとわたしが命じておいた木から食べたので、土地は、あなたのゆえにのろわれてしまった」
彼方「あなたは、顔に汗を流して糧を得、ついに、あなたは土に帰る」
彼方「このようなわけで、一人の人によって罪が世に入り、罪によって死が入り込んだように、死はすべての人に及んだのです」
彼方「......」
彼方「寝よう」 数年ぶりに夢を見た。
多分小さい頃の風景で、お父さんと教会に行った時の記憶なのかもしれない。
父「かな、はる」
父「二人とも、こちらへ来なさい」
そう言って、父は私達の頭を撫でる。
かなた・はるか「?」
父「こんな言葉があります」
父「わたしは、自分の内には、つまりわたしの肉には、善が住んでいないことを知っています」
父「善をなそうという意志はありますが、それを実行できないからです」
父「この後、キリストによる、罪の救済が説かれますが、私はこう考えています」
父「罪はその人の愛によって浄化されるのだと」 🌟 🌟 🌟
地球と月との引力が崩壊してから何百年経っただろう?
ロボットに置換された私の体はまだ動き続けていた。
潮汐力と引力の崩壊は、大気中の窒素と酸素の割合を変化させ、地上は植物の楽園になっていた。
待機中の窒素を根球に蓄える植物はとりわけ繁茂し、すなわちジャガイモ類を中心とした生態系が築かれつつある。
ジャガイモは乾燥させるとよく燃える。
燃える物も有れば、爆発するもの、脂が良く取れる物、その他諸々。
小さなシェルターを運営するには欠かせない。
璃奈「ぽちっとな」
REC🔴
璃奈「2947年12月11日」
璃奈「今日の天気、曇り」 璃奈「メカりなりー、応答せよ」
ウィーン ウィーン
ひとりぼっちでは地球はあまりにも広すぎる。
なので各地域ごとにメカりなりー(正確にいうと私のバックアップ)を配置して、周囲の状況確認を行なってもらっている。
メカりなりー「こちら東アフリカ地区」
メカりなりー「特になし」
璃奈「了解」
メカりなりー「こちら極東地区」
メカりなりー「特になし」
璃奈「了解」 璃奈「さてと、私本体も出歩いてみよう」
大気の比率の変わった現在の地球は、人類には数十分しか立ち寄れない酷所である。
ロボットである私はそんな物気にしなくていいのだけれども。
さらにいうと、大気には窒素が多いので、夜空の見え方もほんのちょっとだけ変わってしまった。
星が大きく見えるようになった。
璃奈「天は玄く地は黄色、宇宙は広く広大無辺 」
璃奈「日月のぼり傾き欠ける 星や星座が並び広がる 」
そう呟いて、宇宙を眺めた時だった。
視界の端に、流星、いや大きい!
彗星が映っていた。 🌟 🌟 🌟 🌟
夏の夜空に浮かぶ天の川。
これは、扁平な銀河の中心部が見えている物らしく、私達人類の地球は、この銀河の袖の方にあるらしい。
何度目かのコールドスリープの後、私は宇宙で銀河を眺めていた。
遥「生体認知ソナー発動」
コーン
コーン
コーン
.....
遥「....」
遥「生体反応、なし」 宇宙船遥号が航海を始めて何年経ったんだろう。
宇宙は広い。
観測可能な範囲で生体ソナーを打ち、コールドスリープをしながら移動しての繰り返しで、もう何年たったのだか数えていられなくなった。
数えていられないのだから、自分の歳も思い出せない。
遥「今日もいない。お姉ちゃんはいない」
遥「コールドスリープの準備しないと」
コールドスリープって棺桶みたいだなぁ。
次、本当に目が覚めるのかなぁ?
こんなにずーっとひとりぼっちなんだもん、寂しくなっちゃった。
遥「あっ」
遥「この軌道って」 遥「そうか、そうか」
遥「今、地球の近くまで戻ってきたんだね」
遥「璃奈ちゃん、元気にしてるかなぁ?」
遥「久々に顔を出してみよう」
ポチポチ
宇宙船の行先を地球に設定する。
ここからだと、最大船速で40年ぐらいだろう。
遥「この軌道上だと、地球に通信が出せないなぁ」
遥「もうちょっと近くになったらでいいかなぁ?」
遥「じゃあ、コールドスリープを用意して....」
遥「おやすみなさい」 夢を見た。
夢の中で夢を見ていると気づく、不思議な夢。
夢の中では、璃奈ちゃんが宇宙について講義をしている。
璃奈「彗星ってあるよね」
璃奈「彗星は生命誕生の特定のアミノ酸が含まれるから、生命誕生は彗星によって引き起こされたって考えてる人もいる」
璃奈「じゃあ、この彗星はどこからきたのかっていうと、太陽系の外に、彗星のふるさと、オールトの雲と呼ばれる小惑星群があって」
璃奈「ここの塵とかクズみたいな小惑星たちが寄せ集まって彗星が作られて、太陽の引力によって飛来してくる」
璃奈「じゃあ、それを確かめたいって、誰でも思うよね」
璃奈「1977年、NASAはボイジャー1号と2号を打ち上げた」
璃奈「この二つは当初、木製以降の惑星を観測する為に打ち上げたんだけど、海王星を通り過ぎてそのまま太陽系の外を目指して活動している」
璃奈「このふたつには、地球外生命体とのコンタクトも期待されていて」
璃奈「地球の住所といくつかの言語、そして音楽が搭載されている」
璃奈「一種のタイムカプセルみたいな物だね」
璃奈「この宇宙は広いから、本当に見つけてくれる生命体がいるかどうかわからないけど」
璃奈ちゃんはそう言って話を締めくくった。 プシュ~
おはようございます。
無機質なAIの声。
胡蝶の夢があるなら、その逆もあるので。
あっと言う間に40年が過ぎたみたい。
初めて宇宙に来た感覚なんて、もう全然思い出せないけど、初めて見た時のままの姿の地球がそこにはあった。
ちょっと緑が増えたかな?
遥「さてと、どこに降りようかな?」
目視で平坦そうな場所を探す。
潮汐力の崩壊や月の重力の崩壊によって、海岸線と地形はいくらか変わってしまったけれど、内陸部の砂漠、平野等は影響が比較的少ないはず....
そのうち、キョロキョロあたりを見回していたら....
遥「あっ」
ボウっと尾を引く彗星。
何もない漆黒の宇宙空間に、彗星が光り輝いていた。 遥「さっき見た夢のままみたい」
遥「このまま地球に落ちるなんて事は、まさかないだろうけど」
彗星はちょうど地球を通り過ぎている様に思えた。
彗星の事を頭に留めつつも、宇宙船を操縦し、着陸に備える。
遥「こちら宇宙船遥号。繰り返す。こちら宇宙船遥号」
ぴー!がー、がー
ぴこぴこ、がー!がー!
璃奈「こちらEH。遥ちゃん、お久しぶり」
遥「久しぶり。もう何年になるかな?変わった事はある?」
璃奈「大気中の窒素の割合が変わって、酸素が薄くなっちゃった」
璃奈「着陸しても、しばらく待ってて。呼吸器持っていかないと、今の地球では遥ちゃんは活動できない」
璃奈「扉も開けちゃダメだよ。遥ちゃんの宇宙船は扉が一つしかない。空気の緩衝地帯がないから、汚染されたら一発アウト」
遥「うん、わかった」
遥「多分ね、中東エリアの、地中海沿岸の地域になりそう」
遥「着陸したら、また通信入れるね」
璃奈「うん、待ってる。シェルターに来たら、いっぱいお話しようね」
遥「うん!」 大気圏に突入して、ガタガタと宇宙船が揺れる。
ふんわりとGが私を襲う。
重力って久しぶりだなぁ。
遥「ただいま、帰ってきたよ」
遥「地球は、なんだか重いね」
遥「真っ直ぐ歩けるかなぁ?」
ゴゴゴゴゴ.....
ガタン!プシュ!
遥「着陸したみたい」
遥「窓の外を見てみよう」
遥「わぁ」
遥「背の低い草がいっぱい生えてる。ここ、昔は砂漠だったはずなのに」
遥「ネズミとかウサギがいるね。野生動物の楽園だ」
遥「あれ...?何か大きいのが動いてる?」
遥「なんだろう.....?」
遥「えっ?」
忘れもしない、その姿は.....
お姉ちゃんが、そこにはいた。 🌟 🌟 🌟
月を蹴ってから、惰性で宇宙を漂い続けた。
すやぴとおめめぱっちりんこの繰り返しを何千、何万と繰り返したかわからない。
遠く、地球から離れてしまえば、それまでのひそひそ声なんて聞こえなくなったけど。
宇宙空間に、私以外の自問の声だけ。
次第に、自分が思った事を口にしているのか、それとも思っているだけなのか、わからなくなってきた。
本当に言語を喋っているのだろうか?
それすらも危うい。 彼方「あお、あうあう」
彼方「あぁ...あぁ...」
時間を置いた炭酸が、どんどん気の抜けた味になっていく様に。
私の自我も、だんだん崩壊を始めた。
初めの頃は、綺麗だなぁとか思いながら見ていた銀河の天の川も、岩石も氷の塊も、今では光やただの粒にしか見えない。
彼方「あぁ...あぁ...」
何千万回目かの後悔。
涙を流しても一人。だってここは宇宙だから。
うるさい、うるさいと思って、罪から逃げ出してしまったけど。
逃げ出した先に、何か楽なものがあると思っていたけど。
罪と向き合うべきだったんだ。
地球のそばで時間を過ごす、それに向き合ってくれる遥ちゃんと璃奈ちゃん。
私はどうしてそんな人達を手放してしまったんだろう。 寝て、起きて、泣いて、寝て。
ずーっとそれの繰り返し。
このまま、ずーっとひとりぼっちで宇宙を彷徨い、そして死ぬんだ。
彼方「うわぁあん」
彼方「誰か、助けてよぉ!」
トン ツートントントン
ツー トントントン
ツー ツー トントン ツー
彼方「えっ?」
彼方「今の音って」
誰もいないはずの宇宙空間に、謎のモールス信号がいきなり響いていた。 彼方「キョロキョロ」
彼方「多分、こっち」
彼方「ふぅ~!」
彼方「確か、この辺りに」
小さな岩石の密集地からモールス信号は発せられていた。
私の耳がパラボナなだけであって、きっと音の発生源は小さいはずだ。
彼方「あっ!」
彼方「これ?」
彼方「金ピカの、箱?」
彼方「なんだろう?」
岩石の一つに、小さな金ピカの箱が座礁していた。
耳がパラボナなら、眼は顕微鏡になっている。
その箱を、よーく、よーく眺めると... いくつかの言語...あれ?これ、日本語じゃない?
それに、多分人間の写真....
地球からこんな遠くまでやってきたのかなぁ?
彼方「....あれ?」
久々に人間に会えた気分になって、いつのまにか涙を流していた。
後悔の涙じゃなくて、これは懐かしさの涙。
彼方「....戻ろう」
彼方「地球に帰ろう」
そう決意した時、視界の端に、大きな彗星が映った。
映った瞬間、いつか物理の授業でやったことを思い出す。
「彗星はオールトの雲に起因し、そして周期性をもって地球に回帰します」
「それが、75年周期のハレー彗星であったり、エンケ彗星であったりします」
「もちろん、それよりながい周期を持つ彗星もあります」 彼方「地球に帰る方法は....これしかない!」
彼方「ふぅ~!!」
彗星に近づいて、その上に跨った。
それからの間、ずーっと遥ちゃんの事、璃奈ちゃんの事、お母さんの事、色々考えながら一睡もしなかった。
ずーっとぐるぐる考えが巡って、時間ってのを認知できなくなってしまったけど、すごく時間が掛かったんだろう。
途中、大きな土星を横切って、木星も横切って、ついに蒼き星、地球が見えた頃、大きく息を吸った。
彼方「ふぅ~!」
このまま大気圏に突入する。
あぁ、そういえば。
彗星に跨がれたって事は、だいぶ小さくなったって事なのかな?
地球の重力に惹きつけられて、自由落下する。
そのままでは地面に叩きつけられてしまう為、大きく吸った息を長く、長く吐いて、着地の衝撃を和らげた。
彼方「ふぅ~!!!」
彼方「ううううっ!!!!」
彼方「わぁああああああ!」
彼方「あっ!」 地面が近くなっていくと同時に、私の体は萎み始めた。
まるで、風船の空気が抜けていく様な、そんな感じだった。
彼方「わああああああ!」ふわり
彼方「はぁ、はぁ、着陸、成功」
彼方「成功したはいいんだけど、ここ、どこ?」
彼方「下草がいっぱい生えてる。とりあえず、人類を探さないと」
ゴゴゴゴゴゴ!
彼方「今度は何?...ロケットだ!ロケットが宇宙から降りてきた!!」
彼方「とりあえず、近くに行ってみよう」
テクテク.... 🌟 🌟 🌟 🌟
璃奈ちゃんは、外に出るなと言われている。
でも、目の前にはお姉ちゃんがいて...これ、幻想じゃないよね。
確かめたい。幻でもいい!
そう思ったら、扉を開いていた。
バタン!
彼方「へ?」
遥「お姉ちゃん!!」
走って、抱きついて、強く強く抱きしめた。
遥「お姉ちゃん、ようやく、ようやく会えたね」
遥「ずーっと、ずーっと探してた」
彼方「遥ちゃん?本物の遥ちゃんなの?」
彼方「ちょっと大人っぽくなったね」
彼方「彼方ちゃんも....ぐすっ、会えて、よがっっだ!」
彼方「ごめんね、ごめんね。お母さんも地球のことも」
遥「.....」ぎゅーっ
遥「私がお姉ちゃんの愛になるから」
遥「お姉ちゃんも、私の愛になって」
彼方「.....うん」 遥「さ、お姉ちゃん、ロケットの中に来て。美味しいものたくさん食べよ。いっぱい話そ」
彼方「ふわぁ、なんだか眠くなっちゃった。
遥「ベッドもあるんだよ...」
あはは
えへへ 🌟 🌟 🌟
私が呼吸器を持って駆けつけた頃には、結論から言うと、二人は宇宙船のベッドのなかで冷たくなっていた。
現在の酸素濃度では、人間はだんだん、眠くなる様に意識が霞んでいき、そして死ぬ。
彼方さんを宇宙船の中に招いて、そしてそのまま眠る様に。
ロケットのままでは野生動物に食べられてしまうので、二人用のお墓を作った。
あぁ、そういえば私は近江姉妹の観測者であるから、この顛末も描き加えないと....
そういえば、石碑のタイトルも決まってない。
そうだなぁ、タイトルは
「たとえば、姉妹愛について」
おしまい タイトル回収素晴らしい
地の文も雰囲気がすごく良くていつも楽しみだったぜ
乙です 宇宙の静謐と孤独
人は人の中に生きていると実感させられます
本当にお疲れ様でした。 面白かった
けど悲しい
璃奈ちゃんはひとりぼっちか 璃奈ちゃんはこれでようやく機能停止できるのかもしれない ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています