歩夢「シンパシー」
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侑「ねぇ・・・聞いてた?」
歩夢「・・・」
侑「寝てる?」
歩夢「・・・」
侑「夢、見てる?」
歩夢「・・・」
侑「歩夢、今見てる夢は幸せな夢?」
歩夢「・・・」
侑「そうだったらいいな」
両手がほんのりと暖かくなる。 ピッピッピッピッピッピッ。
音が聞こえる。
短い間隔で規則正しい電子音。
様々な音が耳から脳に入り込んで、脳内を低軌道でぐるぐる回る。
ぐるぐるぐるぐる。
・・・大きく息を吸い込み顔を上げる。
歩夢「・・・!!!」
部室。
どうやら私はいつの間にか寝ていたらしい。
差し込む日差し、カーテンを開ける。
外は夕暮れ。
私はなんで寝てたのだろう。 そうだ。
確か、確か・・・侑ちゃんが来るまでの間。
部室で暇を潰していたら、段々と眠くなってそのまま寝てたんだ。
侑ちゃん遅いな。
時計を見る。
もう18時過ぎだ。
歩夢「侑ちゃん何してるんだろう?」
スマホで連絡をしてみよう。
カチコチカチコチ。
誰もいない部室はやけに静かで、時計の秒針まで聞こえてくる。
目立つ音はそれだけだ。
カチコチカチコチ。
スマホの画面を操作して、侑ちゃんに何してるの?と送った。 両手がほんのりと暖かい。
まるで、誰かが触っているかのよう。
手袋をつけているようでもある。
時々、濡れた感覚もある。
手の甲の方に、ポツリポツリとまるで私の手だけ雨が降っているようだ。
返事はまだ来ない。
外は夕暮れ。
景色の変化もなく、聞こえるのは時計の秒針。
退屈だ。
侑ちゃんが来るまで、まだもう少し寝ていようか? 机に突っ伏して目を閉じた。
歩夢「・・・・・・」
最初は時計の音が気になった。
夜中、耳元でうるさい蚊のように。
朝、鳥のように私の寝ようとする脳の命令をかき乱していた。
でも、それも気にならなくなる。
閉じた瞼の暗闇は更に暗く。
体はだんだんと重力に従い、重くなっていく。
意識が薄れて行く。
もう・・・。
すぐ・・・。
眠れる・・・・・・。
侑「歩夢、歩夢???」 まどろんでいた意識が引き上げられる。
侑「歩夢、寝てるの?」
歩夢「・・・侑ちゃん?」
侑「おはよう、珍しいね。寝てるなんて」
歩夢「あ、うん。侑ちゃんが来るまで寝てようかなって・・・」
ガヤガヤと声が聞こえる。
部室にいるのは、侑ちゃんだけじゃない。
いや、そもそもここは部室じゃなかった。
学校の外、私達の練習場所。
私は侑ちゃんに寄り添って寝ていたみたいだ。 侑「私が来るまで・・・?私はずっと側にいるよ?」
歩夢「あれ?なんでだろう・・・侑ちゃんあのね。私さっきまで部室にいたの」
侑「えー。歩夢はずっとここにいたよ。あれ?もしかして寝ぼけてる?」
歩夢「えぇっ、寝ぼけてるのかなぁ・・・」
手はまだほんのりと暖かいまんまだ。
歩夢「侑ちゃん・・・手」
なんで、暖かいか分かった。
侑ちゃんが私の手を握ってくれている。
指と指を絡ませて、恋人繋ぎってこれかなぁ?
歩夢「なんだかちょっと恥ずかしいなぁ・・・」
侑「そう?いつもこの繋ぎ方じゃん」
と言って。
侑ちゃんはギュッギュッと握る力を強くした。 侑「ねぇ、歩夢。面白いものみたい?」
歩夢「面白い物?」
侑「ちょっと来て!」
立ち上がり手を引く侑ちゃん。
歩夢「あっ・・・侑ちゃん!」
そのまま、手を引かれて侑ちゃんについて行く。
横切る運動場。
横断歩道を渡り、土手沿いを走る。
橋を渡り、公園に着いた
歩夢「ここに何かあるの?」
特に何の変哲もない、いつもの公園。
侑「空、見てて」
侑ちゃんは空を仰ぎ見た。
私も真似して仰ぎ見る。 青い空。
雲は一つない。
視界の端っこで太陽が輝いている。
額が濡れる。
ポツリポツリと雨が降って来た。
歩夢「ゆ、侑ちゃん?雨が降って来たよ?」
侑ちゃんを見る。
まだ変わらず、空を見てる。
侑「歩夢、見ててよ。綺麗だから」
再度、空を見上げる。
目に雨粒が入らないように薄めで。
ポツリポツリ。
赤色。黄色。青色。
一粒、一粒違う色をしている。 雨粒は空で別の雨粒と混ざり、違う色に。
虹色の雨粒が私達に降り注ぐ。
太陽の光が雨粒を反射し、雨粒もまた光を乱反射する。
反射しあう、色の粒はキラキラと輝いてまるでこの世は天国なんじゃないかって。
もし、天国があったらこんな素敵な光景ばかりなんだろうなって。
思わず見惚れる。
侑「口開けてみて」
歩夢「えぇっ、雨口の中に入るよ?」
侑「いいからいいから」
侑ちゃんは大きく口を広げる。
私も真似して広げる。
赤い雨粒が口の中に入る。 歩夢「あ、いちごの味する・・・」
侑「でしょ?」
次々と口の中に入る雨粒。
いちご味。メロン味。レモン味。ぶどう味。
まるで果汁そのまま空から降って来てるんじゃないかってぐらいに美味しい。
歩夢「これどういう事?」
侑「私もよく分からない!」
喋ってる間も色々な味が口の中に広がる。
歩夢「美味しいね!」
侑「うん、美味しい!」
お互い、色んな絵の具を混ぜて頭から被ったみたいにカラフルだったけど、綺麗だし美味しいしそんな事は気にならなかった。
侑ちゃんと一緒なら気にならなかった。
手が冷たくなる。 暗転。
カラフルな私の体も。
虹色の雨も、口の中に広がる味も消える。
反転。
手は冷たくなっていて。
体も凍えるように寒い。
さっきまで公園にいたはずなのに、いつの間にか暗闇の中。
側に侑ちゃんはいない。
夜は怖い。
夜は嫌だ。 ポツリポツリ。
さっきの雨が滴る音。
体に染み付いた水分が体から落ちる音。
そうだと思ってだけど違うみたい。
自分の腕を見てみる。
皮膚が滴っている。
腕の皮膚がポツリポツリと雑巾を絞るかのように、水分が地面に吸い込まれていく。
皮膚はやがて無くなり、赤い筋組織が見えた。
筋組織が滴り終わると2本の真っ白な骨。
骨も水分となり、腕は完全になくなる。
腕だけじゃない、私の体全体はポツリポツリと水分になり、徐々に徐々に雫となり地面に吸収される。
やがて私は地中に吸い込まれる。 地中を流れる水となってしまった私。
地中の中は息苦しいし、さっきよりも寒い。
奥へ奥へと染み込んでいく。
抵抗は出来なかった。
筋肉も骨も今は水分。
体を動かすなんてとても出来るわけない。
セミの幼虫が地上へ目指しているのを見た。
モグラが家族でブラウン管テレビでスポーツ観戦をしている。
絡み合う2匹のミミズ。
私はなんでこうなってしまったんだろう。 とうとう地の底に辿り着いてしまったらしい。
一滴一滴、ポツリポツリと私は滴り落ちる。
一滴一滴。
水溜りになり。
一滴一滴。
私が形成されて行く。
鍾乳洞のつららはこうやって長い年月をかけて大きくなっていくとテレビで見たことがある。
私も時間をかけて私を形成される。
・・・・・・・・・。
最後の一滴。
私は元の姿に元通りになって、起き上がる。
手が暖かくなる。
暗い洞窟の中、眩い光が向こうに見える。 光の方へと歩く。
もう何年も光を見ていないような気がする。
目を開けて、あぁ眩しいと思った事がないような気がする。
太陽の光、蛍光灯、スマホの画面、月明かり。
もうずっと見ていない。
光に向かって飛ぶ羽虫のように私は光を求めて、急ぐ。
この手の温もりが光の方へと行けと言っているような気がする。 光に包まれる。
目を瞑って、目が慣れるまでしばらく待つ。
そして、徐々に目を開ける。
侑「歩夢、今日も来たよ」
歩夢「ゆ、侑ちゃん!」
私は侑ちゃんに抱きついた。
侑「どうしたの歩夢?」
歩夢「侑ちゃんあのね!何か変な事が私に起こってるの!」
侑「それはどんな事?」
歩夢「私、水みたいになってたの!体が溶けていって地面に染み込んで行って・・・」
侑「大丈夫だよ。歩夢、大丈夫」
頭を撫でてくれる。
侑「私が来たからもう大丈夫だよ」 歩夢「ほ、本当に・・・?」
侑「私がいる時は歩夢に怖い思いはさせないよ」
歩夢「ありがとう侑ちゃん・・・」
今より侑ちゃんを感じていたいから抱き締める力が強くなってしまう。
侑「いたた。歩夢痛いよ・・・」
歩夢「ご、ごめんね・・・」
侑ちゃんから離れる。
照れ臭そうに笑っている。
私も照れ臭そうに笑ってしまう。 侑「歩夢、これあげる」
割り箸を渡された。
歩夢「あ、ありがと・・・これどうするの?」
侑「見てて」
侑ちゃんは割り箸を白い雲に重ねた。
そしてそれをクルクルと回し始める。
くるくる。
雲が割り箸に巻き付いていく。
まるでわたあめみたいだ。
侑「正解、わたあめだよ。歩夢もやってみて」
歩夢「う、うん」 見様見真似で割り箸を雲に重ねてくるくると回す。
歩夢「す、すごい」
割り箸を回せば回すほど、雲は割り箸に巻き付く。
あっという間に私の顔ぐらいの大きさになった。
更にぐるぐると巻く。
侑「あ、歩夢やり過ぎると・・・」
歩夢「え?」
ビリビリビリビリ。
雲は割り箸に巻き付き終わったみたいで、今度は青空が割り箸に巻き付いてしまう。
侑「あーやっちゃったかー」
歩夢「えっ?えっ?ゆ、侑ちゃんこれどうすればいいの?」
侑「そのまま引っ張って!」 布を裂いたような音が聞こえた。
私のわたあめは白い綿に青い紙吹雪を散らしたような見た目になっていた。
まるで反転した空のようだ。
空を見上げる。
私が巻き込んでしまった空は破けてしまい、破けた部分から星空が見える。
歩夢「ど、どうしよう・・・」
侑「大丈夫だよ。ほら、これ」
侑ちゃんはポケットから青い折り紙を出す。
それにのりを塗って、空に貼り付ける。
侑「ほら、元通りになった」
元の青空に戻る。
貼り付けた痕跡は見当たらなかった。 侑「空はぶどう味だよ」
歩夢「空はぶどう味・・・はむっ」
ふわふわのわたあめを一口食べる。
甘い・・・そしてぶどう味。
歩夢「美味しい・・・」
侑「でしょ?ちょっと歩こうか」
わたあめを交互に食べながら、手を繋ぎながら進む。
喉が渇いたら、コップの中に砂を入れて混ぜるとミルクティーになった。
チョコレートで出来た草をミルクティーに入れて、石を拾って食べる。
侑「ビスケットだよ。チョコミルクティーに浸して食べたら美味しいかも」 >>37
そんな感じっぽいね。夢を見るということは完全な脳死じゃなさそうだから、家族も侑ちゃんも諦められなくて辛いな 歩夢「ねぇ、侑ちゃん。あのね」
侑「うん、どうしたの?」
侑ちゃんは飴細工のタンポポを口に放り込む。
侑「レモン味だ」
歩夢「今、私夢を見ているのかな?」
侑ちゃんの頭の上にチョコレートで出来たはてなマークが浮かぶ。
私はそれを手に取り、一口かじる。
侑「どうしてそう思うの?」
手を引かれながら、マシュマロで出来た階段を登る。
先は見えない、空に向かってただ伸びている。
歩夢「こんな事、普通あり得ないかなって」 侑「まぁ確かにね」
ある程度の高さまで登るとキラキラとした物が宙に浮かび始めた。
様々な色の金平糖だ。
まるでお星様みたいに、空に浮かんでいる。
私と侑ちゃんは金平糖を口の中に入れてコロコロと舌の上で転がす。
歩夢「やっぱり夢を見てるんだ。長い夢だね」
上へ上へと登ると、空はだんだんと濃い青から薄い青になり。
わたあめ雲よりも私達は高い所にいる。
侑「歩夢」
侑ちゃんは立ち止まる。
お鼻に、生クリームがついている。
私を見つめる侑ちゃん。
侑ちゃんを見つめる私。
お互い見つめ合う。
まるで世界の時が止まったみたい。 侑「夢か現実かなんて重要じゃないよ」
そう言って、私の頭を撫でてくれる侑ちゃん。
階段、一段先だから今は侑ちゃんの方が背が高い。
歩夢「そうかなぁ」
侑「うん、そうだよ。だってさ現実で一緒にいる事も、夢で一緒にいる事もそんなに差はないと私は思うんだ」
歩夢「でも、夢だと侑ちゃんに触ってもそれは現実じゃないよ?」
侑「歩夢、現実か夢だなんてそんなに差はないんだよ。ほら」
侑ちゃんは私を優しく抱き締める。
止まっていた時が加速する。
宙に浮かぶ金平糖は私を・・・私達を軸に軌道を描き回り始める。
薄い青に色の空は真っ白になり。
私達がいる空間は、白に包まれる。
金平糖は光を帯びて輝き、ピカピカと点滅して回る回る回る。
あぁ、侑ちゃんの匂い。
侑ちゃんの体温。
侑「ほら、そんなに差ないでしょ?」
歩夢「・・・うん」
だらんとぶら下がった腕の行方は侑ちゃんの背中に。
私もきつく抱き締める。 覚めない夢ならもうそっちが現実だよな
本人の認識次第 侑「ずっとこうしていたいね」
歩夢「ふふふっ。それだとお互い生活が出来なくなるよ?」
侑「ずっとってそう言うニュアンスで言ったんじゃないよ〜」
侑ちゃんか言葉を発する度に、喉を震わす度に振動が私の体に伝わる。
侑ちゃんはしゃがんで私と同じ目線に。
お互い見つめ合う。
おでこをくっ付けて、目を閉じる。
あと、もう少し。
もう少しでキスしてしまう。
私は・・・。
手が冷たくなる。
白の空間は暗闇になる。 ホラーっぽくもなってきた。というか歩夢にしてみたらずっとホラーみたいなものか こぼぼっ。
吐き出した息が水泡となって空に向かっていく。
抱き締めていた侑ちゃんはいつの間にか消えて、私は水の中。
体全体の温度が冷たい水に奪われていく。
なんでいきなり水中に・・・?
体は沈んで行く、視界は水面から遠ざかる。
差し込む光に助けを求め手を伸ばすも掴むのは水中。
鮫がいる。
鮫が、私を見ている。
手にはナイフとフォーク。
舌なめずりをして私が息絶えるのを待っている。
侑ちゃんはどこに行ったの?
助けて、侑ちゃん。 息が苦しくなる。
着ている服が肌に纏わりついて上手く身動きが取れない。
それでも私は何とかこの場から離れようと、鮫に襲われまいともがく。
でも、もがけばもがくほど私の体は水中にどんどんと沈んで行く。
白いテーブルを用意している鮫。
私がもがいている間に3匹に増えていた。
1匹のタキシードを着た鮫はせっせと机の上にお皿を置いたり、ワイングラスを並べたりしている。
向い合って見つめ合う2匹の鮫。
お互い、紙エプロンを付け合ったりしてじゃれている。
ふと、鮫が何かを隠し持っているのが見えた。
キラキラと光る丸い輪っかに赤い大きな宝石がついている。
結婚指輪だとなんとなく思った。
あぁ、私を食べた後にプロポーズする気だ。 ホラーっぽくもあるし童話や絵本の世界っぽくもあるね。夢の世界 前の夜は地中の水になって今度は水の中だから、何か水に関係あるのかな 頭にコックの帽子を被った鮫が泳いで来ている。
鮫のカップルが大きく鋭い歯をガチンガチンと鳴らしている。
私は今から調理されて、あの鮫達に食べられてしまう。
逃げなきゃ。
手足で水をかけ分けてこの場から逃げようとするけれど、前に進まない。
全然、前に進まない。
ごぼぼっ。
息を吐き出す。
水疱が空に上る。
鮫が迫ってくる。 恐怖で頭がパニックになる。
水中で必死でもがいている私をコックの鮫は馬鹿だなぁと笑っている。
カップルの鮫はそんな私を見てワイングラスを鳴らす。
・・・目の前に糸が垂れてきた。
助かるかもしれないと、その糸を掴む。
これは夢の中だと分かっている。
でも、痛いのは嫌だ。
きっとこの糸は私を助ける為に垂れてきた。
けれども、反応がない。
気付いていない。
だったら、糸をぐいっと引っ張る。
私は上へと引き上げられる。
助かった。
水面に出る前に、鮫達を見ると不気味に笑っている。 夢の中で夢ってわかってても恐怖がすごいことあるね。このまま覚めずに続いていくのは歩夢にとっても辛そう 水面に顔が出る。
船とテディベア。
私が掴んだ糸はテディベアが垂らしていた釣り糸だったらしく。
そのまま、船に乗せられる。
歩夢「あ、ありがとう」
言葉が通じるかどうかは分からないがとりあえずお礼を言ってみる。
テディベアは両手を合わせ、一礼した。
私も一礼すると視界は暗転する。
・・・・・・。
何が起きたか分からない。
ただ、目覚めると私はまな板の上にいた。 何かに縛られてるわけでもない。
何かに押さえつけられてるわけでもない。
私はただまな板の上で身動きが取れないまま、青い空を見ているだけ。
シャリシャリシャリ。
テディベアが包丁を研いでる音。
ダメだ。
今度こそ逃げられない。
テディベアは柔らかな腕で私の体のあちこちを触る。
表情が変わらないその顔で、その目で。
私の体のどこが美味しいか、確かめている。
目を閉じる。
これは夢。
これは夢。
これは夢。
夢なら早く覚めてと強く念じる。 でも、夢から覚めない。
目を閉じて更に強く念じても何も起こらない。
腕や足に湿った何かが這っている。
目を更に強く閉じる。
何も見たくない。
体は動かない。
テディベアは両手で私の瞼をこじ開ける。
視界いっぱいにテディベアの顔。
私を見て、変わらない表情は君の悪い笑顔に豹変する。
無いはずの口が開き、唾液で糸を引いた口内が見える。
まるで人の口内のようだ。
黄ばんだ歯。
タバコ臭い息。
舌垢でまみれた舌が私の頬を舐める。
もう1匹のテディベアは包丁を持って柄を上下に忙しそうに動かしている。 意識がなくても侑ちゃんが手を握ってくれてるの分かるの尊い… 助けを呼びたい。
でと、声も出せない。
ここから逃げたい。
体は動かせない。
誰かに押さえつけられているわけでもない。
何かに縛られてるわけでもない。
まるで肉体だけ死んでしまっているみたいだ。
テディベアは私の胸や太ももを触っている。
抵抗したい。
逃げたい。
でも、体は動かない。
これはまるで・・・。
侑「植物人間」
声が聞こえる。
侑「歩夢私は・・・」
手が暖かくなる。 植物人間だけど脳の一部は機能してる感じなのかな。ある意味一番つらそう もしかしてリアルでも夜の間に誰かに触られてるのかな 世界がひっくり返る。
海は空に。
空は海に。
街は宇宙に。
宇宙は大地に。
身動きが取れない船の上。
ひっくり返り自由落下。
手錠をはめられるテディベア。
鉄の輪が太く柔い肉に食い込み窮屈そうだ。
窮屈そうだ。
窮屈なんだ。 私の世界はこの真っ白なベットの上。
何も見えない。
喜怒哀楽も忘れてしまって、私は思考の外。
停止する意識は行き場を無くし。
規則正しい電子音だけが世界に響く。
ピッ。ピッ。ピッ。ピッ。
豪雨。
音を消し去る環境音。
ピッ。ピッ。ピッ。ピッ。
侑「うーん。面白いテレビないね」
侑ちゃんは手に取ったリモコンのボタンを次々と押しながら言った。
歩夢「まぁ、お昼だし。ニュースかドラマしかないよ」
侑「暇だなぁー」 歩夢「侑ちゃん、少しお話しできる?」
侑「んー?どうしたの?」
歩夢「私に起きている事について・・・教えてくれないかな?」
侑「歩夢に起きていること・・・?今、私とテレビ見てる。ゴロゴロしながら」
歩夢「ううん。そう言う事じゃなくて・・・現実の私の事」
侑「現実?今が現実だよ」
歩夢「違うのこれは夢で・・・」
侑「違わないよ歩夢。今が現実。歩夢は私と一緒に入れて幸せ?」
歩夢「幸せだけど・・・」
侑「じゃあいいじゃん。夢か現実かなんてどうでもいいじゃん。幸せな方を取りなよ。それを現実にしてしまえばいい」
歩夢「で、でも・・・」
侑「この世界は私と歩夢の二人だけ、私と歩夢だけの世界」 夢の夜の方がだんだん危なくなってきてるからこのままだとすごく辛そうだけど、夢だから逃げようもないね 私と侑ちゃんだけの世界。
私と侑ちゃんだけしか存在しない世界。
侑「目が覚めても私は歩夢の側にいるし、目を閉じても側にいる」
歩夢「侑ちゃん、私はどうしたの?」
侑「歩夢・・・本当に知りたい?」
歩夢「うん。だって・・・何だか侑ちゃんに凄く重い物を背負わせてる気がして・・・」
侑「そっか、歩夢は優しいんだね・・・」
侑ちゃんは立ち上がる。
侑「ついて来て」
私は侑ちゃんに着いて行く。 意外な展開に。これは歩夢自身の記憶を見に行く感じなのかな ドアを開く。
病室でベットに横たわっている私。
私の手を握っている侑ちゃん。
目は虚で、前よりも痩せていて。
目の下のクマのせいか顔色も悪い。
以前の活発な夢ちゃんの面影は無い。
侑ちゃんはただ黙って私の顔を見つめ、私が目覚めるのを待っている。
ふと、病室の壁にかけられたカレンダーを見る。
あぁ、もう何年も何年も私を待ってくれているんだと分かる。 いつの間にか私をここへ導いてくれた夢の中の侑ちゃんの姿は無く。
今、いる侑ちゃんは現実の侑ちゃん。
本当の侑ちゃん。
歩夢「侑ちゃん」
声を掛けても届かない。
手の甲に落ちる侑ちゃんの涙。
重なり合う私と侑ちゃんの手。
共有する体温。
夢と現実。
こんなに近くにいるのにずっと遠い。
私も泣きたくなる。
私が侑ちゃんをこんなにもやつれさせた。
唇をキュッと噛み締める。
深く深呼吸をする。
そして決心する。 夢の中に侑ちゃんが現れる時、いつも決まって手が暖かくなる。
そして、いつも悪い夢を良い夢に変えてくれた。
私は侑ちゃんにいつもお世話になりっぱなしだ。
引っ込み思案の私の手をいつも引いてくれて、いつも見た事ない世界を見せてくれた。
今だってずっと私を見守ってくれてる。
事故から何年経ったかは分からない。
けど、長い時間が経っている事は確か。
侑ちゃんはずっと離れず私を見てくれた。
侑ちゃんは私のベットに頭を突っ伏して寝始める。
侑「・・・歩夢?」
歩夢「おはよう侑ちゃん」 重いものを背負わせてるってセリフで悲しいラストを想像してたけど、目覚めて本当によかった 侑「歩夢・・・」
歩夢「・・・おはよう侑ちゃん」
もう一度、挨拶をする。
今は夕方でおはようと挨拶をするのはかなり時間が過ぎている。
でも、最初は最初の言葉はこれしか思い付かなかった。
侑「本当に・・・歩夢なの?」
歩夢「本当の歩夢だよ」
侑「歩夢っ・・・!」
私をキツく抱き締める侑ちゃん。
私もキツく抱き締める。
歩夢「久しぶり・・・なのかな?」
侑「毎日、会ってたよ!」
歩夢「そっかそっか、ありがとう侑ちゃん」 侑「歩夢が事故で目が覚めなくなってから、私はずっとここに来てたよ。ずっとここにいた。夜になったら帰って寝て、朝になったら歩夢の目覚めないかなってまた来て・・・歩夢っ!私は私は・・・っ!」
歩夢「うん。うん。分かってるよ。侑ちゃんがずっと手を握ってくれてた事も、悪夢から私の手を握って救ってくれた事も分かってるよ」
侑「こうして歩夢と喋れるなんて、夢にも思わなかった」
歩夢「夢にも思わなかった・・・か。ねえ侑ちゃん?夢はね。私が思う夢っていうのはね。その人が見たいと思った無意識が生み出すイメージなんだよ」
侑「どういうこと?」
歩夢「今こうして抱き締め合ってお話するのもね。侑ちゃんか私のイメージなのかも・・・でもね。私と侑ちゃんはこうやってお互いを感じ合って存在している。・・・確かに夢か現実なんてそんなに重要じゃないかもね」
侑「歩夢・・・どうしたの?」
歩夢「侑ちゃん、私は侑ちゃんの事愛してる」 侑「・・・うん」
歩夢「だから、侑ちゃんにお願いがあるの。侑ちゃんは侑ちゃんの道を歩んで。私なんかほったらかしにして、侑ちゃんは幸せでいて」
侑「無理だよっ!」
歩夢「ううん。無理じゃないよ。顔色も悪くて前よりも痩せているもん。前に私だけの侑ちゃんでいてって言った事あるよね?これからはそうじゃなくていいよ・・・。侑ちゃんは自分の為に生きて」
侑「そんなの出来ないよ・・・私も歩夢の事、愛してる。だから出来ない・・・」
歩夢「お願い侑ちゃん。私が侑ちゃんをこんな風にさせているんだなって思うと耐えられないの・・・だからお願い」
侑「・・・・・・」
歩夢「侑ちゃん。お願い・・・」
手はまだ暖かいままだ。 数年寝てて急にこんなに話せるのかなって思ったけど、そういうことなのかな。つらい ・・・・・・・・・。
侑「・・・うっ」
いつの間に寝てしまっていたようだ。
握っている歩夢の手は暖かい。
いつもはすごく冷たいのに・・・。
夢に歩夢が出て来た。
内容は二人で抱き締め合って、歩夢が私の人生を歩んで欲しいと言っていた。
歩夢を見る。
安らかな表情で、寝ている。
いつ目が覚めるか分からない。
私はずっとずっとずっと歩夢の目が覚めるのを待っていた。
歩夢は何も気にしないでパッチリと目が覚めて、ん?侑ちゃんどうしたの?なんて能天気な言葉を言いながら起きるとずっと思ってた。
でも、数年経っても歩夢は目覚めない。
歩夢が一方的にした約束。
「侑ちゃんは自分の為に生きて」
歩夢の体温も言葉も匂いもまるで現実かのように感じたあの夢の中。
あの夢の中は現実だった。
「夢か現実かはそんなに重要じゃない」
確かにそうだなって思った。 「愛してる」
侑「私も歩夢の事、愛してるよ」
本当は私から先に言いたかった。
お互い友達同士で、お互い好きなのを分かっていたけど中々、言い出せなかった。
恥ずかしいのもあったけど、友達から同性の恋人同士になる恐れがあったからお互い気持ちを伝えるのにすごく勇気が必要だった。
侑「こんな状況になってやっと言えるんだったら、私がもっと勇気を出しとくべきだったね・・・ごめんね歩夢」
頬に涙が伝い、歩夢の手に落ちる。
そして、決心がつく。
わざわざ私の夢の中にまで来て歩夢が伝えた約束。
宇宙一好きな歩夢との約束。
あの時、私はうんとは言えなかったけど・・・私は私の人生を歩もうと思う。
歩夢の事を見捨てるわけじゃない。
たまに来て、歩夢が嫉妬して目覚めちゃうくらいに私は私の人生を謳歌しよう。
・・・・・・・・・ すごく悲しいけど綺麗だな。最後は単に侑の見た夢なのか、歩夢の想いが伝わったのかはわからないけど、後者だと思いたい 〜1年後〜
侑「歩夢、久しぶり。一ヶ月ぶりかな?ごめん。就活で忙しくて中々来れなかった」
ローダンセの花の水を替える。
侑「就職決まったよ。大学中退してるからどうなるかと思ったけど何とかなるもんだね」
歩夢はまだ目を覚ましていない。
でも、昔に比べ表情が明るくなった気がする。
侑「でも、いいのかなって思う。仕事始めたらもっと病院来れなくなるから・・・」
やわらかな風が吹いて白いカーテンが私の頭を撫でる。
何だか歩夢が気にしないでと言っているみたいだ。
侑「あ、心配しないで。歩夢が目覚めた時の為に私はずっと一人でいるよ。だから・・・いつも待ってるからね」
ローダンセの花言葉は変わらぬ思い。
身を乗り出して、歩夢にキスをする。
柔らかく暖かな唇の感触。 ・・・・・・・・・。
世界を覆う程の大きな木の下。
その下のベンチに腰掛ける。
夢の世界は意外と退屈しない。
ゲームをやったりお散歩したり毎日楽しい事ばかりだけど、やっぱり一人だと寂しい。
だけどたまに手が暖かくなる時がある。
その時は侑ちゃんが来てくれてるって分かるから溜まった寂しさも吹き飛んで白い雲になって空の端へ流れていく。
ふと気付くと空が曇って来ている。
それをふーっと息を吐いて曇空を晴れにする。
白いカーテンのような雲がゆらゆらと揺れる。
見渡す限りローダンセが生えている。
花言葉は変わらぬ思い。
歩夢「・・・あっ。ふふふっ」
思わず唇を触ってしまう。
歩夢「侑ちゃん・・・愛してるよ。宇宙で一番愛してる」
手はまだ暖かいまま。
それと。
柔らかく暖かな唇の感触。
歩夢「シンパシー」
終わり おつでした。独特の雰囲気ですごくよかった。最初と比べて意識も感覚も戻ってきてるみたいだから、近い内に目覚めると思いたい
手に落ちる涙が現実の感覚とリンクしてるから、テディベアにされてることも実は誰かがって思ったけど、それはなさそうで良かった… ありがとうございました。
過去作
穂乃果「汚れた世界」
花陽「無我夢中」 乙です
夢の閉塞感と幼馴染の絆が伝わってくるような素敵な話でした
過去作も読みにいきます 過去作見に行ったら「汚れた世界」は強烈だったから覚えてた 夢の世界の描写が本当に夢を見てるって感じで凄く引き込まれました
明るいハッピーエンドな話ではないけどゆうぽむ二人の絆が感じられる素敵な話でめっちゃ好き
というか汚れた世界書いた人だったということにめっちゃびっくりですわ…… 両者報われないエンドなのかな?
こういうの好きだからまた書いて欲しい乙 @cメ*˶˘ ᴗ ˘˵リ きっといつか目覚めると信じてるよ…!
おつおつ テディベアは最低な医者かなぁ
辛いけど救いもあってめっちゃ良かった 汚れた世界の人か
文章力高いと思ってたが...
素晴らしい乙 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています