ダイヤ『私達のお父さまと』 ルビィ『お母さん』
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今日はクリスマスイブ。
私達黒澤家の面々は親子4人仲良くホテルオハラに宿泊しにきています。
というのも、今年のホテルオハラには総支配人として鞠莉さん、1年限りのインターンで千歌さんが居るというレアなホテルオハラなのです。
私、黒澤ダイヤと妹ルビィの2人で「なんとしても今年のクリスマスはホテルオハラ!」とわがままを言ったのでした。 父澤「どうしたんだい、ダイヤ、ルビィ。さっきからやけにニヤニヤして」
ルビィ「だってクリスマスに家族4人で過ごすなんて初めてじゃない?!
考えれば考えるほど嬉しくなっちゃって!」 母澤「たしかに、家ではあまりこういったイベントはやらなかったものね。年末は私達忙しくなるし」
ダイヤ「本当にありがとうございます。お父さま、お母さま。でも、よくお休み取れましたわね」 父澤「昔と違って今はかなり仕事を効率化できてるからね。もっと早い段階からIoTの導入が進められてたら、家族の時間も取れてたと思うんだけど。
2人には本当に寂しい思いをさせていたと思う」
ダイヤ「いえ、別に」
ルビィ「お手伝いさんも、みんないい人達だし」
父澤「嘘でしょこの流れで……」 ダイヤ「ふふふ、冗談ですわよ。
でも少し前までは、こんな風にお父様と冗談を言い合えるようになるなんて思ってもいませんでした」
ルビィ「だよねぇ。なんか絶対的な存在だったし」 父澤「怖かった?」
ダイヤ「いえ別に怖くは」
父澤「ダイヤさ…東京で変な友達とつるんだりしてないよね…?」 ダイヤ「友達はいません。
それはさておき、もう少しお父さまやお母さまのことを理解したいと思うようになってきました。
そして、私たちのことも知って欲しいと」
母澤「親子でゆっくり話す機会なんて、数えるほどしかなかったものね。今日はその良い機会かもしれないわ」 ダイヤ「バス停の君と長浜小町の出会いに興味がない人間は沼津に存在しませんわよ」
ルビィ「話して話して!」
母澤「あなた、どうぞ」
父澤「え、本当に?カタンは?開拓しないの?」 ダイヤ「開拓もします。話もしてもらいます」
父澤「仕方ないな…まあ、出会いってほどでもないよ。幼なじみだったからね。さぁ、どこから話そうか……」
ダイヤ・ルビィ「わくわく」 私は黒澤家の長男として生まれた。ちなみに私は第2子で3歳離れた姉と5歳下の弟がいる。
幼少期から姉についていくように習い事をしていた記憶がある。 琴、日本舞踊、華道、茶道、ピアノ、習字、油絵、空手……他にもあった気はするが、記憶に残っていて、それなりに楽しいと思っていたのはこれくらいか。
小学校からはテニスも始めて、ハマりはしたけど運動神経が無いもので結果という結果は残せなかった。 ダイヤとルビィの母親で私の妻は、琴と日本舞踊を教えている家の娘で同い年だった。
幼少時は兄妹のように過ごした。
別に、私が兄というわけではないが。
小学校の頃はよく一緒に遊びもしたけど、中学校に入ると互いに同性の仲間とつるむようになり、段々と習い事以外で一緒にいることも減り、話す機会も減っていた。 私はとにかく、ありがた迷惑なのだが…歩いていると女の子が寄ってくるものだから、妻も近寄り難かったのかもしれない。
中学生ながらに「昔みたいには戻れないのかなぁ」なんて思ったりした。
だからたまに、バス停で一緒になると嬉しくて、最近あった楽しかったことや習い事の話を、当時の妻を家に送り届けるまでの間に全部話そうと必死だった。
そんな私の話を妻はいつも笑って聞いてくれていたのが嬉しかった。 そんな近いのか遠いのかわからない関係が高校時代も続いた。
同級生女子「黒澤くんは進学?それと実家に就職なの?」
父澤「ん〜、沼津以外のところも見てみたいし、東京の大学に行こうかな、とは思ってますよ」 同級生女子「え〜じゃあ全然会えなくなっちゃうじゃん!つまんない〜!」
父澤「そんなこと言って、どうせ僕がいなくなってもすぐに忘れますよ」
同級生女子「忘れないわよ。夢に出てくるような美しい顔してるんだから、脳裏に焼き付いてるわ」 父澤「ふ〜ん、まあ忘れないでくれるに越したことはないですけどね」
顔って言われても、自分の力で手に入れたものでもないし、褒められてもな…
男友達には贅沢な悩みとは言われるけど。
いざ、ひっきりなしに女の子に声をかけれると言うのも疲れる。
それに、結局顔とか黒澤家の長男というところしか見てないのかとゲンナリすることもある。 その日の帰り、数週間ぶりにバス停で妻と一緒になった。
母澤「ねえ、東京の大学行くの?本当?どこ?」
父澤「え…まさかもう噂になってました?」
母澤「当たり前じゃない。あなたの情報が回る速度は光といい勝負よ」 父澤「そっか…はい。本当ですよ。K大受けようと思ってる」
母澤「そう…き、奇遇ね!!私もK大行こうとしてたの!本当に奇遇ね!!」
父澤「そうなの!?嬉しいな。大学も一緒に行けたら幼稚園からずっと一緒になりますね。
君が一緒なら、心強いな。東京って怖そうだし」
母澤「え、ええ!任せなさい!
…嬉しいって、本当?」 父澤「本当ですよ。勉強頑張りましょうね」
母澤「う、うん…K大…K大…」
父澤「どうかしましたか?」
母澤「いいえなんでも!さぁ、今日も家まで送ってくれる?」 父澤「もちろん!あ、はいどうぞ」
そう言って私は妻に手を差し出した。
母澤「え?え?手繋ぐの?」
父澤「はい。雨上がりで足場が悪いから。
逆に歩き辛いというなら失礼」
母澤「…いいえ。で、ではありがたく…」 父澤「手、小さいですね。昔は変わらなかったのに」
母澤「いつの話してるのよ…もう」
父澤「懐かしいな、と思って」 母澤「ねえ、こんなこと簡単に人にやっちゃダメよ。特に女の子には」
父澤「こんなこと?」
母澤「…手よ!!」 その後、二人とも受験はうまくいき、互いに東京のK大に進学することになった。
しかし…
父澤「理系と文系でキャンパスも違うんですね」
母澤「理系なら理系って言ってよ!!」
父澤「いや、言ったところで目指すものによるんだから仕方ないのでは?」 母澤「そそそそそうね!そうだわ!……はぁ」
父澤「嬉しくないんですか?」
母澤「はいはい嬉しい嬉しい」
結局、大学でまた少し疎遠になってしまった。 大学2年の夏休みは実家に帰ることにした。
東京にいると疲れるのだ。
ひっきりなしに遊びの誘いが入るし、街を歩けばスカウトが寄ってくるせいでまっすぐ歩けない。
暑いのにマスクと帽子、加えてサングラスが標準装備なってしまった。
新幹線の到着を待っている時、声をかけらた。
少し懐かしい声。 母澤「あら、あなたもこの新幹線で帰るの?」
父澤「あ…久しぶりですね!よくこの格好で僕ってわかりましたね」
母澤「当然でしょ。何年の付き合いよ。宇宙服着て後ろ向かれててもわかるわよ、あなたのことは」 父澤「…嘘つき」
母澤「それが嘘じゃないのよね」
父澤「席どこですか?」
母澤「ここ。窓際がよかったのに取られてた」
父澤「ここの窓際僕ですよ。代わりましょうか?」 母澤「そんな偶然ある?お言葉に甘えるわね。…ありがと」
父澤「どういたしまして。前から思ってたけど、僕の前では『ですわ』って言わないですよね」
母澤「あの喋り方肩凝るんだもの。あなたの前でくらい素の私でいたいわ」
父澤「僕の前では?僕限定なんですか?」 母澤「うっさい!!逆にあなたはなんでいつも敬語なのよ堅苦しい!」
父澤「慣れてしまっているので、逆に楽ですから」
母澤「…あっそ。まあいいけど」
父澤「君のお嬢様言葉、可愛らしくて好きなんですけどね」
母澤「か、可愛いなんて…そんなことありま…せんわ…」
父澤「ほら、可愛い」 母澤「もう!!!あ、車内販売。お茶買って」
父澤「えぇ……いいですけど」
母澤「ねえ、前から聞きたかったんだけど、なんで中学入ってからあまり話してくれなくなったの?」
父澤「話してくれなくなったのはそっちでは?」
母澤「だってずっと男子と一緒にいるし…と思ったら女の子に囲まれてるし…」
父澤「そっちだってずっと女子と一緒にいたじゃないですか」 母澤「……」
父澤「……」
母澤「何か言いなさいよ!!」
父澤「ちょっと…なんで怒ってるんですか…
じゃあ、今年の夏は一緒に過ごしましょうか?」 母澤「え?」
父澤「今年の夏は一緒に過ごしましょうか?」
母澤「聞こえてるわよ!!なにそれ、デートのお誘いのつもり!?」
父澤「え?デート?」 母澤「む、ムカつく!それ無意識なの!?」
父澤「ちょ、ちょっと…ただ、少しでも君と一緒にいられたらって思って…」
母澤「はぁ……」
父澤「嫌かい?」
母澤「喜んで!!」 〜場面は一旦現代のホテルオハラへ〜
ルビィ「あ、あ甘酸っぱい…」
ダイヤ「なんですの!?WHITE FIRST LOVEですの!?」
母澤「いいえ、時期的にはRED GEM WINKよダイヤ」
ダイヤ「あ、ちゃんとソロも押さえてくれていますのね」 ルビィ「なんだろこの気持ち……ルビィに教えて!」
ダイヤ「しかしお父様は昔から鈍くてポンコツですのね!イライラする鈍さですわ!」
父澤「我ながらね…恥ずかしいよ本当に」 ダイヤ「お母さま、交渉いいですか?」
父澤「ダイヤ、急に開拓に戻らない」
ルビィ「さあ、お父さん続きを!聞かせてよ、あなたの夏のプランを!」
父澤「わ、わかった」 〜1990年代 内浦 夏〜
新幹線で帰ってきた日は互いに実家に戻り、本格的に夏休みが始まった。
翌日私は妻を家まで迎えに行った。
母澤「おはよう」
父澤「おはようございます。今日はどこか行きたい所ありますか?」
母澤「私ね、ダイビングやってみたかったのよね。やったことある?」
父澤「…ないですね。どこでできるんですか?」
母澤「中学一緒だった松浦さんって覚えてる?あの子の家が最近ダイビングショップも始めたらしいの。
昨日お母さまが言ってたわ。」
父澤「ああ、覚えてますよ。
水泳部でいつも日焼けしていた子ですよね。
あの子の弟も僕の弟の同級生なんですよね。
じゃあ今日は初めてのダインビングということで決まりですね」 〜淡島 ダイビングショップ前〜
松浦弟「あ!黒澤の兄貴!!久しぶりじゃん!!」
父澤「やあ。いつも弟がお世話になってるね。身長抜かされちゃったな…」
松浦弟「今180cmだよ!あいつは?夏季講習?真面目なやっちゃな」
母澤「ごきげんよう」
松浦弟「おお…えらいべっぴんさんと思ったら琴教室のお姉さんか。久しぶり。なんだよデートか。兄貴もすみにおけねえな!」
母澤「でででデートではありませんわ!」
父澤「昨日自分でデートって言ってたじゃないか」
母澤「おだまりなさい!」 松浦弟「お、おう…犬も食わねえなこれ。姉ちゃんなら中で親父手伝ってるぜ」
父澤「ありがとう」
松浦姉「あ、黒澤んとこの坊じゃん」
声を聞いて出てきたのか、ポニーテールの女性が中から出てきた。
母澤「松浦さん!お久しぶりです!」
松浦姉「うっわ久しぶり!ぎゅーしていい?相変わらずめんこいのう!」
母澤「く、苦しい」
松浦姉「黒澤も相変わらずの好青年で。今でもバレンタインやばいの?
ん〜もう少し筋肉ついてるといいんだけどな〜これなら私でも勝てそう」
父澤「ははは……」 松浦姉「で、何々?二人付き合ってんの?ようやくかよ〜」
父澤「ようやく?」
母澤「…松浦さん」
松浦姉「な、なんでもないよ!で、今日は釣り?ダイビング?」
父澤「ダイビングで。二人とも初めてでね」
松浦姉「りょーかい。じゃ、サイズとか諸々この紙に書いて〜」 〜船上〜
松浦姉「じゃあ、気をつけつつ楽しんで」
母澤「ありがとうございます。じゃあ、いきましょう」
父澤「ちょっと緊張しますね」
そうして私たち二人は潜った。
そこには、今まで身近にあったはずなのに知らない世界が広がっていた。
ふと彼女の方を見ると、彼女も私を見ていた。
なんとなく「綺麗ね」と言ってるであろうことは伝わった。
そんな楽しそうな彼女を、私はなんとなく「綺麗だ」と思った。
顔は当然はっきり見えていないが、なぜかそう思った。 〜船上〜
松浦姉「どうだった?初めての海中は」
母澤「最高でしたわ!!はまりそうですわ!」
父澤「…感動しました。まだまだ僕の知らない内浦の景色があったんですね。うん、今度は違うスポットも潜ってみたいな」
松浦姉「よかった!いいよね、海って。
まあ怖いところもあるんだけど、妙に落ち着くんだよね。
またきてよね!じゃ、島に戻るよ!」 〜ダイビングショップ〜
母澤「私は少し着替えに時間かかるから、待っててね」
父澤「うん」
松浦姉「ねえねえ、本当に付き合ってないの?」
父澤「付き合うって、よく分からないんですよね。
今こうしているだけでも楽しいし」
松浦弟「んなこと言ってると俺がアタックして奪っちゃうぜ?」
松浦姉「あんたが坊に勝てるの身長と筋肉だけだよ。
じゃあさ黒澤、試しに私と付き合ってみる?
私、スタイルとかも結構自信あるし」 父澤「松浦さん、そういう冗談はいうものではありませんよ。
それに、試しにだなんて松浦さん自身に失礼ですしね。
貴女のように素敵な女性が、自分の価値を落とすような言い方するもんじゃない」
松浦姉「ごめんごめん。相変わらず紳士だねぇ。
あ、あとそんなに真っ直ぐ見られると魂持っていかれそうだから少し顔背けて…」
父澤「兄貴、顔半分くれよ」
母澤「お待たせしましたわ。なんのお話ししてるの?」
松浦姉「黒澤の坊は素敵だなって話」
母澤「なにを今さr…ご、ごほん!!」 父澤「じゃあ、松浦さん今日は本当にありがとう。楽しかったです。
弟にもよろしく伝えておくよ。また遊びにきなさい」
松浦姉「私も久しぶりに二人に会えてよかったわ」
松浦弟「あいよ!東京暮らしで、もやしから豆苗になってるかと思ったけど安心したわ!
それとよ、もたもたしてると俺の方が早く子供作っちゃうかもしれないぜ兄貴」
母澤「……!!!」
松浦姉「こーら、あんま坊をからかうなっつーの」
父澤「では、ごきげんよう」
母澤「ごきげんよう」
そうして初めてのダイビングはおわった。
それと、やっぱり変わらない地元の人間関係というのは安心する。 父澤「今日は提案してくれてありがとうございます」
母澤「…楽しかった?」
父澤「もちろん!また来ましょうね」
母澤「…もちろんよ。夏はまだまだ長いんだから!」
付き合う…か。
小さい頃から一緒にいる時間が多くて、一緒にいると楽しくて。
うーん…今と何か変わるのだろうか。
それに、彼女のようなしっかりした人と私では釣り合わないのでは?
そんなことを考えながら本土に戻る船の中を過ごした。 母澤「ぼーっとしてる」
父澤「ごめんごめん。まだお昼過ぎだけど、この後はどうしましょうか。デパートでもいきますか?」
母澤「デパートなんてお父さまやお母さまと行かないと高くて何も買えないわよ」
父澤「君となら見てるだけでも楽しいですよ。
…嫌かい?」
母澤「まさか…じゃあ、そうしましょう。ふふ、楽しみ」 父澤「よかった。バスで行きます?車で行きます?」
母澤「免許取ったの?まぁ、私も取ったけど
うーん…でもあなたの運転は少し不安だからバスね」
父澤「え、えぇ…じゃあバスで」
母澤「運転、上達したらドライブ連れてってね。箱根に行ってみたいわ」
父澤「分かりました。いつになるかわからないけど、待っててください」
母澤「楽しみに待ってるわよ。私も運転練習しておくわね」 〜駅前デパート〜
従業員「いらっしゃいませ」
父澤「こんにちは」
母澤「こんにちは」
授業員「あら、お二人でしたらご自宅に外商が伺いますのに」
父澤「外商さんが持ってくる商品は、僕達じゃ買えないものばかりですよ」
従業員「またまたご冗談を。特別室にはご案内しますか?」
父澤「いえ、彼女と見て回りたいので。荷物だけ預かってもらえますか?海の帰りでね。
従業員「もちろんです。お帰りの際にまたお声がけください」
母澤「あら、慣れてるのね」
父澤「両親の見様見真似ですよ」
母澤「子供だけで百貨店なんて初めて。荷物ないと楽ね。
ねえねえ、花火大会も近いし浴衣が見たいわ」
父澤「いいですね。行きましょう」 〜デパート内 呉服屋〜
従業員「あら、お二人だけというのも珍しいですね。新商品もいくつかありますのでごゆっくりご覧ください」
父澤「浴衣の新商品の中から彼女に似合いそうなものをいくつか出してもらえますか?」
従業員「かしこまりました…といいましても、お嬢様に似合わないものを選ぶ方が難しいといいますか…」
父澤「色は、何が好きですか?」
母澤「うーん…赤とかピンクとか……」
父澤「ではそれを」
授業員「かしこまりました」
父澤「この方が見やすいかと思ったけど、余計でしたか?」
母澤「いいえ。…ありがと。助かるわ」
従業員「こちらはいかがでしょう」 店員さんは4種類の浴衣を持ってきてくれた。
どれも色合いも柄も素敵だったが、なんとなく彼女にはこれかな、というものが一つあった。
母澤「あ、これ素敵ですわね。ねえ、これ素敵じゃない?似合うかしら?」
父澤「僕もそれがいいと思ってましたよ」
母澤「えへへ…ね、値段は…?ピギっ!ああ、お母さま、お父さま、いつもありがとうございます…これからはもっと感謝します…じゃ、じゃあ行きましょうか!
ありがとうございました!」
父澤「ではこれを頂けますか?お直しもお願いします。
再来週の花火大会には着させてあげたいので、間に合いますか?」
母澤「ちょ、ちょっと!何してるの!?」
父澤「これが素敵だと思ったんでしょう?
僕もそう思ったし、何より君に着て欲しいと思ったんです」 従業員「お直しも可能な限り間に合わせますよ。
お得意様ですしね。
では、お直しを決める前に浴衣は3サイズご用意してますので、試着してみますか?」
父澤「さあ、着ておいで」
母澤「うん…ありがと」
試着室から呼ばれた。
着終えたらしい。
母澤「に、似合う?」
父澤「……」
母澤「何か言いなさいよ!」
父澤「綺麗だ…ごめん、見惚れてました」
母澤「あなたも見惚れるなんてことがあるのね。
うん、このサイズがぴったりですわね」
従業員「お直しは必要なさそうですね」 母澤「よかった…少しでも早く手元に置いておきたいと思ったの。
で、でも、本当にいいの?安くないのに…買ってもらって…」
父澤「君と過ごす時間は楽しいから。
今日と、そして明日からも含めて、一緒にいてくれてありがとうの気持ちです。
支払いはこれで」
母澤「あら、クレジットカードなんて使ってるのね。珍しい」
父澤「ああ、僕達くらいの年齢では珍しいかもしれませんね。
でもきっと何年か経てばスタンダードになると思いますよ」
母澤「そうかしら…?現金の方が安心な気がするけど」
父澤「テクノロジーの進化と共にセキュリティのレベルも上がっていきますよ。きっとね」
母澤「さすが理系ね」
父澤「今度、今のテクノロジーの進歩について話してあげましょう。
あ、浴衣は彼女の家に送って頂けますか」
従業員「かしこまりました」 母澤「ねえ…花火大会、あなた一緒に行ってくれるかしら?」
父澤「え?そのつもりでしたよ?」
母澤「ふふ、ありがとう!あなたも浴衣で来てよね」
父澤「いいですけど、デニムにTシャツの方が楽なんですよね」
母澤「つべこべいわない!!」 〜長浜バス停〜
母澤「今日はありがとう。私のわがままに付き合ってくれて。それに浴衣まで…宝物にするわ」
父澤「わがままなんてとんでもない。僕も楽しかったですし、何より君の楽しそうな顔が見られた。
懐かしい友人にも会えたしね」
母澤「あなたはさらっとそいうこと言うのね。ほんと、憎らしいわ。さ、今日も家まで送ってくれる?」
父澤「もちろんそのつもりです。行きましょうか」
母澤「…手、繋いでくれないの?」
父澤「足場、特に悪くないですよ。今日は1日快晴でしたから」
母澤「もう!」
そう言って彼女は荷物を持っていない私の左手を掴んだ。
母澤「何もなくても…繋ぎたい時があるのよ」
父澤「…勉強になります」 この時だろうか。
ずっと持ってはいたけど分からなかった感情に名前がついた気がする。
今日の松浦姉弟との会話のおかげかもしれない。
この感情はそう、「愛おしい」だ。
今年の夏は、例年よりもあつくなりそうな予感がした。
彼女を送っていく道は、今までよりも短く感じて、別れ際は少し名残惜しかった。
それから2週間後の花火大会までは、2日に1回くらいのペースで遊びに行った。
ダイビングも2回行ったし、シーパラダイスにも行った。 シーパラダイスは何回も弟にねだられて連れて行ったことがあったから飽き飽きしていたけど、彼女と行くシーパラダイスは新鮮で楽しかった。
せっかく帰ってきているので、昔通っていた習い事にも顔を出した。
意外と身体が覚えているもので、東京でもできる場所を探して続けるのも悪くないと思った。
お琴も、何年ぶりかもわからないくらい久し振りに彼女と合奏をした。
お互いに久しぶりのはずなのに、昔よりも息が合った。不思議だ。
楽しい時間はあっという間に過ぎて、花火大会の日が来た。とても湿気の多い日だったと記憶している。
その日は『16時に迎えに来て』、と言われていたけど、楽しみすぎて30分前に着いた。
そもそも家が1分も離れていないのに、我ながら浮かれていたと思う。
腕時計のクロノグラフを弄りながら時間を潰した。
タキメーターなんて使わないだろうと、今でも思う。でもそのデザインが好きだった。 母澤「あら、待っててくれたの?」
父澤「30分くらいね」
母澤「呼びなさいよ!!」
父澤「準備とかあるだろうからさ」
母澤「…呼んでくれたら30分長く一緒にいられたのに……」
父澤「何か言った?ごめん、声小さくて聞こえませんでした」
母澤「30分早くきててもそれを言わないのが気遣いでしょって言ったのよ!!」
父澤「…なるほど確かに。待たせる方も辛いかも」
母澤「で、他に何か言うことあるでしょ、ほらほら」 そう言って彼女は浴衣姿で小さくヒラヒラと舞ってみせた。
父澤「うん、似合ってる。素敵だよ。やつぱり買ってよかった」
母澤「ん!ありがと!さあ行きましょう。あなたも浴衣素敵よ」
父澤「父さんのお下がりだけどね」
母澤「ああ、やけにセンスが良いと思ったわ」
父澤「どういう意味ですか?」
母澤「そのままの意味よ!ほら、早く早く」 〜内浦漁港広場〜
母澤「相変わらず黒澤グループの提灯が多いわね。それにしても、し、視線が……」
父澤「ごめん」
母澤「私が集めてる視線かもしれないでしょ!謝らないでよなんか悔しいじゃない!」
「バス停と小町が歩いてんぞ」
「あそこだけ時間の流れちがくねえか?」
「はぁ…相変わらず綺麗……」
父澤「バス停って呼ばれるのはもはや悪口では」
母澤「まあ男子からは悪口なんじゃない?」
父澤「参ったな……あれ?来賓の席にいる外国人、知ってる?」
母澤「ああ、淡島に2年くらい前にできたホテルのオーナーよ。
あなたの家にも挨拶行ってるでしょ」
父澤「たまたま家にいなかったのかな」
母澤「挨拶しておく?」
父澤「そうだね」 そうして私は来賓の席にいる外国人のもとに向かった。
日常会話レベルの英語なら、小さい頃から英会話教室に通っていたのでできる。
父澤「初めまして。株式会社黒澤の社長の息子です。
ご挨拶が遅くなり申し訳ありません」
鞠莉祖父「おお!ずっと君に会いたいと思っていたよ!
君のお姉さんの料亭にはよく行くんだけどね」
父澤「あんな高いお店によく……光栄です。
私の方も、とても素晴らしいホテルだと聞いています。
この前側で初めて外観を見ましたが、圧巻の一言です。
一度は泊まってみたいものです」
鞠莉祖父「泊まるだけじゃなくて、是非とも隣のガールフレンドと結婚式でもあげて欲しいよ。きっと内浦中の人が集まるだろう」
父澤「ははは…前向きに検討しておきます」
鞠莉の祖父「そうそう、私の息子も君くらいの歳でね。もう何年かしたらここのホテルを任せようと思うんだ。
その時は仲良くしてあげてくれると嬉しい」
父澤「こちらこそ。会えるのを楽しみにしています。では」
鞠莉祖父「挨拶ありがとう。良いデートをね」
父澤「ありがとうございます」 結婚式か。その発想はなかった。
何せ黒澤家の結婚式はほとんど、特に次の当主になる者の結婚式は国木田家の管掌する寺で行う仏前式が暗黙の伝統となっていると聞く。
父もそうだったし、姉もそうだったようだ。
しかしまあ、とっくに網元制度が廃れているのに未だに当主という概念が残っているのもどうかと思う。
父が14代当主で、順当に行けば私達3人兄弟の誰かが15代目だ。
現代においてはただの株式会社黒澤の社長だ。
株式の過半数を購入されたらどうするつもりなのか。 母澤「ねえ、何話してたの?」
父澤「んー、うちの子供も僕と同い年くらいだから今度会って遊んでって話ですね」
母澤「もっといろいろ話してたでしょ!
英語はわからないけど話の長さはわかるわよ」
父澤「まあ、良いじゃない。何か食べよう」
母澤「ねえ」
父澤「ん?」
母澤「だいぶ敬語ほぐれてきたわね」
父澤「あーそうかも…うん、君の前では素でいたいのかな」
母澤「……ばか」 父澤「ダメかな?」
母澤「んーん、どっちのあなたも素敵だけど、今の方が柔らかい感じで好きかも」
父澤「うん。君が好きって言ってくれる僕でいるよ」
母澤「ふふ、なにそれ」
父澤「そのままの意味だよ。さ、花火見る時用に何か食べ物買おうか」
母澤「賛成!」 〜花火直前〜
母澤「あら、焼きとうもろこしって美味しいのね」
父澤「お嬢様は手掴みで物は食べないかい?」
母澤「お坊ちゃんのあなたは慣れてるわね」
父澤「こう見えてやんちゃ坊主だよ、僕は」
母澤「あー、松浦さんの弟に懐かれてるものね」
父澤「そういうこと。はい、ウェットティッシュ使って」
母澤「あら気が利く。ありがと」
父澤「そろそろかな」
母澤「そうね」 言い終わるか終わらないかで花火があがった。
例年は興味がなくて家で音だけ聞いていたけど、その過去を後悔するくらい美しく迫力があった。
何よりも、チラッと見た彼女の輝く笑顔の横顔を見られただけでも価値がある。
『ああ、私は彼女のことが好きなんだ』と、ようやく自覚できた。
父澤「来られてよかったよ」
母澤「私もよ、一緒に来てくれてありがとう」
父澤「来年も、君と一緒に見たい」
母澤「あら、嬉しいこと言ってくれるのね」
父澤「好きだよ。君のことが好きだ。ずっと一緒にいたい」 彼女の瞳を見つめ、気付けば声に出していた。
彼女の目からは何故か涙が流れていた。
母澤「ご、ごめん…嬉しくて…」
父澤「嬉し泣きって…初めて見たかも…」
母澤「からかわないでよ…ずっとそう言ってもらえるのを夢見てたの…好きよ。私も好き。ずっと好きだった」
父澤「僕も多分、ずっと好きだったんだと思う」
母澤「思うって何よ…!」
父澤「知らない感情だったからさ。
友人としてでも、家族としてでもない好きって感情が」 母澤「そんなに難しい問題でも、ないんじゃない?」
父澤「どうだろうね。でも、聞いてわかることでもないと思うんだ。
だから、まだまだ知りたいと思うよ。この気持ちを」
母澤「教えてあげるわよ。内浦小町が一緒にいてあげるって言うんだから、光栄に思いなさいよね」
父澤「つまり…告白の答えは、イエスってことで、いいのかな…?」
母澤「ふふ、野暮な人ね。そう言うところも…好きよ」 〜場面は一旦現代のホテルオハラへ〜
ダイヤ「純愛…純愛ですわね……」
ルビィ「お母さんから告白させてたら許さないところだったよ」
母澤「なんか恥ずかしいわね…あなたもよく覚えてるわね」
父澤「大切な思い出だからね」
母澤「まっ…ありがとう」
ダイヤ・ルビィ「……」
ダイヤ「そういえば、松浦姉弟のどっちが果南さんの親なのかしら?」
父澤「それは続きを聞けばわかるよ。
ここから結婚、そして二人が生まれるまでだね」
ダイヤ「意外と話したがりますのね…」
ルビィ「そわそわ」 彼女と付き合うことになり、東京に戻ってからは2人のキャンパスの中央地点に部屋を借りて一緒に住むことにした。
そちらの方が家賃も安く済む。
そうして過ごすうち、就職活動の時期が来た。
彼女は元々卒業式したら地元に戻り家業を手伝う予定でいたらしい。
彼女の琴と日本舞踊はプロレベルなので、良い選択だと思う。
しかし一つの疑問が残る。
父澤「なんでわざわざ4年間かかる大学に行こうとしたの?それも、東京の」
母澤「あなたが行くって言ったからよ…あれ以上疎遠になったら嫌だったの…」
父澤「…よく受かったね」 母澤「そりゃあもう死ぬ気でやったわよ」
父澤「昔から頑張り屋さんの君が好きだったよ。すごいね」
母澤「…もう!で、あなたは?実家継ぐわけじゃないの?」
父澤「外資系のIT企業に入りたいんだ。今のテクノロジーの進歩は本当に著しい。
これまではエネルギー関係の会社が覇権を握っていた市場図を、これからどんどんとコンピューター関連企業が追い抜いていくのは間違いない。
コンピューター一つから世界を変えることができる時代が来てるんだ…
家業も大切には思うが、僕はこれからの未来を最前線でみたい」
母澤「あ、あなたがそんなに熱く語るなんて、よっぽどなのね。急に早口になるから少しこわかったわ…うん、応援してる」
父澤「うん、ありがとう」 〜数ヶ月後〜
母澤「ねえ、ねえってば!どうしたのよ!帰ってきてからずっと放心状態で!」
父澤「……した」
母澤「ん!?声が小さいわよ!」
父澤「希望した企業全部落ちました……なんなら国内企業も落ちました……」
母澤「はあああ!?!?」
父澤「ご、ごめんよ…」
母澤「どの企業もあなたの魅力や能力に気付かないってわけ!?
そんな企業こっちから願い下げよ!!」 父澤「…うん?」
母澤「悔しい!悔しい!
あなたの噂、こっちのキャンパスまで流れてきてるのよ!?
研究発表で賞もらってるのだって知ってる…なのになんでよ!」
父澤「……ありがと」
母澤「なんで私が泣いてんだろ……ふぅ。
次の週末、内浦に戻らない?
お父さまもきっと謝れば受け入れてくれるわよ」
父澤「そうだね……でも、自信満々に『外資系IT企業に入るから家業は継げない!』って宣言した手前、気まずいな…」
母澤「いや、むしろあなたらしくて笑ってくれるわよ」
父澤「それもなんかな…」 全落ちか いいとこしか受けなかったのかな
それにしても何がいけなかったのか笑 〜週末 内浦 黒澤邸〜
父澤「というわけでして、恥を忍んで戻って参りました…」
爺澤「おかえり。ふふ、しっかり者なのにどこか抜けてるお前らしいさ。
つまりどこの企業もお前の能力に気付かない無能が採用を担当しているってことだ。
むしろ入らなくて良かったと言える」
母澤「ほらみなさい。あなたの周囲からの評価はとても高いのですよ。自信を持って」
父澤「身に余る言葉です。
卒業と同時に黒澤グループの社員として働きたいと思います。
お許し、いただけるでしょうか」
爺澤「継がぬと言った手前だしな…はいどうぞとは言えん。
お前は黒澤グループにどのような利益を生み出せる?答えてみなさい」 父澤「父さん、こらからはテクノロジーの時代です。この携帯電話はもちろん、個人が所有するようなコンピューターも、少しずつですが世の中に出回ってきています。それに伴いインターネットの発達も著しい」
爺澤「それで?」
父澤「私が黒澤グループ全体を統括管理するためのシステムを作ります。
社内ネットワークを作り、今まで手紙や現場に直接赴き確認していたような事項はメールで済ませるようにしましょう。
それに伴い、今まで人力で行っていた事務や経理等の雑務も簡便にさせていきます。
私は黒澤グループの更なる業務の効率化、人件費の削減を、学んだテクノロジーの力で実現させましょう」
爺澤「ほう…すまん難しくてよく分からん。
が、黒澤グループに、そして何よりも内浦のさらなる発展のためになると自信を持って言えるのだな?」
父澤「はい。もちろんです。そして何よりも…」
爺澤・母澤「何よりも…?」 父澤「実現すれば家族の時間が作れるようになりますよ。
やがて仕事をする場所すら自由になる時代が来るでしょう。いや、実現させます」
爺澤「その意気やよし。お前のために専用の部署を作ろう。
必要となる人材や設備があれば言いなさい」
父澤「ありがとうございます」
父澤弟「兄さん、黒澤家を継ぐんですか」
父澤「…久しぶり。元気だったかい」
弟が入ってきた。と言っても居間で話していたので筒抜けだっただろう。タイミングを見計らっていたようだ。
会うたびに雰囲気が大人びていくので、頼もしさを覚える。身長も、もう私と変わらなかった。 父澤「直ぐには継がないよ。
まずは父さんへの宣言通り何かしらの結果を出してからじゃないと、社員のみんなも認めてくれないだろう」
父澤弟「そんなことはない。
みんな兄さんが後を継ぐのを期待しているんだ。
父さんだって兄さんの能力には期待しているんですよ。
ずっと戻ってきてくれないかって夜な夜な泣いているんですから」
爺澤「な、なんでバラす…」
父澤弟「僕も高校を出たら直ぐに働くよ。
少しでも兄さんの力になりたいんだ」
父澤「…だめだ」
父澤弟「兄さん!なんでですか!」
父澤「お前は大学に行くんだ。
これからはコンピューターが時代を制する。
僕が通った4年間だけでも進歩は凄まじい。
お前にも大学で最先端の知識を学んで戻ってきて欲しい」
父澤弟「兄さん…」 父澤「先に言っておく。僕は新規事業には手を出さない。
黒澤グループが築いてきた土台は今は盤石かもしれない。
だがこのままではITの波に潰される。
インターネットが普及すれば、もう内浦地区や沼津市という狭い世界では世の中を括れなくなる。
世界中がライバル企業になるんだ。
世界に負けない黒澤グループの内部基盤を、僕が今一度作り直す。
そのためには、お前の力が必要だ」
父澤弟「…わかりました。
ですが、もう学ぶもの無しと判断したら、大学はやめて戻ってきます。」
父澤「うん、了解。
…僕達で新しい黒澤グループを作ろう」
爺澤「まとまったか。
姉弟及び社員一同、力を合わせて頑張れ」
父澤「はい。卒業内定し次第取り掛かります」
爺澤「うむ。ではこっちに戻ってきたついでだ。
十千万旅館の高海家に先月第2子が生まれたので顔を出してきなさい。
あとは、淡島のホテルの跡取り息子がお前に挨拶をしたいと言っていたので、そちらにも顔を出してきなさい」
父澤「めでたいですね!承知しました。
さあ、君も一緒に来てくれるかい?」
母澤「あら、ご一緒してよろしいのですか?」
父澤「もちろんだよ。行こうか」 〜十千万旅館〜
千歌母「あらお二人ともお久しぶりですね」
十千万旅館の現女将は私の5つ上だ。
しかし年々若返っているのではないかというくらい年齢を感じさせない。
むしろ外見だけであれば幼い印象を受ける。
腕には赤ん坊を抱いており、横には…赤ん坊のお姉さん、確か今年で4歳になる志満さんが居た。
母澤「二人目が生まれたと聞きまして。ちょうど一時帰省していたので挨拶に参りました」
父澤「そういうことです。おめでとうございます。
…可愛いお子さんですね」
千歌母「本当は私が出向いて挨拶をしなければいけないところ、ご足労いただきありがとうございますね。ほら、志満も挨拶なさい」
父澤「もうそんな時代じゃありませんよ、お気になさらず。
志満さん、こんにちは」 志満「…こんにちは」
母澤「こんにちは!」
志満「……」
母澤「え…」
父澤「そうだ、お子さんの名前は?よければお聞かせ願えますか」
母澤「美渡と名付けました。美しく渡ると書いて美渡です」
父澤「うん、綺麗な名前ですね。美渡さん、よろしく。黒澤と申します。…まだ分からないか」
千歌母「大丈夫ですよ。この辺に住んでいたら最初に覚える言葉は『黒澤』で、初恋の相手はバス停の君ですから」
父澤「まだそれ続いてるんですか…皆さん飽きないな」 志満「しま、くろさーさんとけっこんする」
母澤「なっ…!」
千歌母「あらあら、だからあなたに嫉妬してるのかしら。ませちゃって志満ったら」
父澤「志満さん、気持ちは嬉しいけど、僕はこの人と結婚するから。ごめんよ」
母澤「えっ…!?」
千歌母「あら、ようやくって感じね。
おめでとう。志満、残念だけど諦めなさい」
志満「やだやだ!!」
千歌母「ぐずらないの!ごめんなさいね…まさかここまで本気の恋とは思わず…」
父澤「いえ、お気になさらず。もうこの手の修羅場は慣れましたから。お会いできて良かったです。また遊びにきますね」
千歌母「お待ちしています。
旦那も他の従業員もみんな黒澤さんに会うのを楽しみにしていますから。
では、今日はありがとうございました」 父澤「ごきげんよう」
母澤「ごきげんよう」
父澤「意外なところでライバル出現。だったかな?」
母澤「からかわないで。まだ子供よ志満ちゃん」
父澤「少し焦ってたくせに」
母澤「…ふん」
父澤「次は淡島か。帰りに松浦さんのとこにも寄っていこう」
母澤「そうね」 〜淡島ホテル 総支配人室〜
鞠莉祖父「きてくれて嬉しいよ。息子と息子の妻だ。来年からここのホテルを任せるんだ」
鞠莉パパ「初めまして。次期内浦のドンにお会いできて光栄です」
鞠莉ママ「初めまして」
父澤「初めまして。幸いなことに地域の方々は慕ってくれていますが、ドンっていうのは語弊がありますよ。
こちらは僕の婚約者です」
母澤「婚約者!?
じゃなくて、は、初めまして」
鞠莉パパ「おお、美しい女性ですね。大和撫子を体現したかのようだ。
しかし…あまりに内浦には黒澤の看板が多いので、てっきり街の統率者なのかとばかり」
父澤「黒澤家が網元だった時代はまぁ、ドンといえたかもしれませんが、今はせいぜい資産家止まりですよ」 鞠莉パパ「なるほど。内浦地区の歴史というのも興味惹かれますね。ぜひとも今度ゆっくりお話し願いたい。
私は日本文化が大好きでね。結婚して名字も妻の家の名前の小原にしたんです」
父澤「是非。私も海外展開を行っている企業の方とゆっくりお話しできるのは願ったりかなたったりです」
鞠莉パパ「仕事の内容によってはアメリカに戻ってしまうかもしれませんが、何年かは日本にいるつもりです。いつでも誘ってください。私も時間を見つけてお声がけします。
そうだ、携帯電話はお持ちで?」
父澤「ふふ、もちろん。私もあたらしい物好きでね。
番号交換しましょう」 〜長浜バス停〜
母澤「忙しい1日だったわね」
父澤「明日は1日ゆっくりして、月曜日に帰ろうかな。月曜は講義ある?」
母澤「ふふふ、それがないのよ」
父澤「じゃあ月曜の昼ごろに東京戻ろうか」
母澤「うん。それよりもあなた、結婚とか婚約者ってその……」
父澤「うん。卒業したら結婚しよう」
母澤「そいう大事なことはムード作って言いなさいよ!!!4歳児諭してる横で『あ、結婚してくれるんだ』ってなる気持ち考えなさい!!」
父澤「……考えたけどイメージできないな。でもまあ…」
母澤「何よ?」
父澤「この後父に報告、明日は君の家にご挨拶だね」
母澤「ん、賛成!」 〜翌日 黒沢邸〜
父澤「というわけで、卒業したら結婚しますので。結婚式は伝統に則り国木田さんのお寺で仏前式を、披露宴は淡島ホテルで行いたいと思います。
良いでしょうか」
婆澤「良いでしょう。あのホテルも世界的な大企業となりつつあるようですし、経営者としての繋がりも必要になってくるでしょう」
母澤「私に黒澤の妻がつとまるか、自信はありませんが、精一杯支えていきたいと思っております」
爺澤「君のことは小さい頃からよく知っている。
心配する必要はないさ」
父澤「それと、15代当主の就任式も披露宴のついでに済ませますので」
爺澤「ついでて」
父澤「すぐに継ぐわけではないですが、人が集まっている時に済ませたいので。
それと、明日は彼女の家に挨拶してから東京に帰りますね」 〜翌日 母澤の実家〜
父澤「以前からお付き合いさせていただいていましたが、大学卒業を期にお嬢さんと結婚したいと思っています。どうか、お許しいただけますか」
母澤父「黒澤家次期当主の妻になるというのならば、何も不安はありません。
どうか、うちの娘をよろしくお願いいたします」
母澤母「厳しく育ててはきましたが、本当に可愛い自慢の娘なのです。
……次期当主のあなたにこんなことを言うのは、失礼というのを承知でお願いいたします。どうか、どうか幸せにしてあげてください」
母澤「お父さま、お母さま……」
父澤「『幸せにする』とは、自信を持っては言えません。ですが、今までがそうであったように、互いを尊敬し合い、苦楽を共にし、支えあいながら、共に幸せになる道を探していきたいと思っています。
恥ずかしい話、私は彼女がいないとダメなんです。
なんて言うんでしょう…いないと困るんです」 そう言うと彼女の両親は笑い出した。
母澤母「ご、ごめんなさい。黒澤家らしくない人だなって、ついおかしくなってしまって…」
母澤父「小さい頃からお母さんやお爺さんとは違うタイプの子だなとは思っていたけど、ここまでとはね。
黒澤家の人間、それも次期当主であるあなたに、内浦の民としてではなく、一人の人間として『いないと困る』と言われた娘を心から誇りに思います。
どうか、よろしくお願い致します」
父澤「ありがとうございます。
一つだけ…お嬢さんに後悔はさせないと、これだけは絶対の自信をもって約束致します」 〜数ヶ月後 卒業シーズン〜
父澤「僕は卒業式でないけど、君は?」
母澤「私もいいかな。あなたは表彰とかあるんでしょ?いいの?」
父澤「記念品も証書も実家に送ってもらうよ。
今は早く仕事に取り組みたくてうずうずしてるんだ。
弟もまさか東大に受かるとはね…これからの黒澤が楽しみだよ」
母澤「そっか。じゃあ、もう荷造り始めて来週には内浦に戻りましょうか」
父澤「そうだね。まあ…僕はノートパソコン以外は捨てて行こうかな。面倒だし」
母澤「なんて言う贅沢な発想。普段は物欲ないくせに、たまに金持ちが顔を出すわね」
父澤「ご、ごめん」
母澤「まあいいけど」
父澤「ああ、そうだ。帰る前に秋葉原で弟用のパソコン買わないとな」
母澤「…そりゃ浴衣くらい買ってくれるはずね」 〜卒業後 淡島ホテル改めホテルオハラ オハラウェディング〜
鞠莉パパ「Mr.黒澤、披露宴会場にうちを選んでくれるなんて嬉しいよ。こちらは君たちの披露宴準備を担当する花田だ」
花田「担当します花田です。なんて、お久しぶりね、お二人とも。黒ちゃんも一層男前になったわね」
父澤「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
母澤「お久しぶりです!」
花田さんは私が中学生の頃まで黒澤家でお手伝いさんをしていた。その後結婚してお手伝いさんを辞めて内浦を離れていたのだが、数年前に離婚して内浦に戻ってきたらしい。
父澤「その黒ちゃんって言うの、姉や弟と被りませんか?」
花田「ふふ、黒澤だからってだけで黒ちゃんじゃないのよ」
母澤「そうなんですか?」 花田「黒ちゃんの名前って、中国の神様の名前じゃない?
玄は黒って意味もあるって辞書で読んだから、それから黒ちゃんって呼んでるの」
母澤「黒黒なのね名前」
父澤「それに、水を司る神ってことでも黒澤のルーツと相性が良かったんだろうね。
あとは冬生まれなのと、亀が長寿の演技担ぎってことでついた名前らしいよ」
母澤「ああ、玄冬ってこと。となると…あなたの弟の名前とも対になってるのね」
父澤「そうだね、弟とは北と南で方位まで対になってる」
鞠莉パパ「なんだ、知り合いだったのかい?話が早いな。では、じっくり考えてくれ。
私はこれで失礼するよ。
それとMr.黒澤、明後日のディナーは楽しみにしているよ!」
父澤「ああ、僕も楽しみにしてるよ。
ありがとう」
母澤「あら、随分新総支配人と打ち解けているのね」
父澤「うん。よくメールしていたからね。
では花田さん、改めてよろしくお願いします」 〜長浜バス停〜
母澤「なんだか、結婚するのって大変ね。
ねえ、仕事の方はやっていけそう?」
父澤「整理しなきゃいけない情報が多すぎて、多分システム開発に入るには平気で1年先とかになりそうだ。
でも、やるさ。今苦労すれば将来楽になるってわかってるしね」
母澤「手伝えることあったら言ってね」
父澤「JavaとPHP一緒に覚えて」
母澤「…私頑張る!!」
父澤「冗談だよ。でも、ありがとう。元気でたよ」
母澤「あなたならできるわよ。絶対に。内浦を日本のシリコンバレー…いや、シリコンバレーを西海岸の内浦と呼ばせてやりましょう!!」
父澤「君がいうことは、本当になる気がするね…そんな力がある。
ああ、頑張るよ」 仕事は正直行き詰まっていた。
黒澤グループの情報量はあまりに多すぎた。
株式会社黒澤を筆頭に黒澤水産、黒澤不動産、黒澤商事、黒澤興産、黒澤事務所、料亭くろさわ、黒澤フーズ……
業種も多く、それに伴い従業員も多い。
情報整理とシステムのアウトライン構築で数年はかかる。
家族の時間を自分が取れないかもしれない。
だが、この先のグループを考えたら、やるなら今、私がやるしかない。
仕事が進んでいるのかどうかもわからない日々の中、結婚式と披露宴の準備も並行して行うのは辛かったが、
優しく支えてくれる妻がいたから頑張れた。 形式通りの仏前式は滞りなく終わった。
国木田住職のお孫さんも近々結婚予定らしい。
彼女とは在学期間は被っていないが、小中高と私たち夫婦の後輩だったと記憶している。
そうして、淡島ホテルの披露宴の時間が迫る。
次期当主としての挨拶もあるので、気合を入れなければいけない。
昨日は8時間睡眠を無理やり取ったが、隈が取れず朝から弟に心配され、式の前に姉に怒られらた。
披露宴には沼津市内のありとあらゆる方がくる。
市長すら足を運ぶと聞いているが、それが良いのか悪いのかはわからない。
ただ、観光資源としての沼津への黒澤グループの貢献度は、数字が明らかにしているのは嫌でも知っているので、
本当に感謝の気持ちとしての出席なのかもしれない。
それと、内浦でダントツの資産家である黒澤家の結婚披露宴でご祝儀をいただくのは個人的に申し訳ないので、参加者全員に5万円相当のカタログギフトを用意した。 父澤「和装も素敵だけど、やはりドレスも素敵だね」
母澤「ありがとう。あなたも、とっても素敵よ。
内浦中のあなたのファンから刺されないか不安で仕方ないわ」
父澤「君相手ならだれ文句はないさ。さあ、行こう」
母澤「ありがとう…緊張するけど、楽しみだわ。」 〜ホテルオハラ 披露宴会場〜
父澤「みなさん、今日は私達の結婚披露宴及び私の15代黒澤家当主就任式にお越しいただきありがとうございます」
会場全員の目がこちらに向く。
尊敬の目で見てくれる方もいれば、値踏みするような目で見る人物もいる。
父澤「黒澤家が津元という制度がなくなってから今に至るまで、事業を続けていくことができているのは、ご先祖様の内浦への尽力と、皆様の理解、ご協力があってこそです。
本当に感謝しています。
その歴史と伝統を踏まえ、私は次期当主として大きな事業改革を行うつもりです」
会場がざわめく。
長い歴史と伝統に基づく黒澤家に改革という言葉は似合わないからだ。
父澤「詳しくはまだ話すことはできませんが、私は黒澤グループを世界で戦える企業にしていくつもりです。
今までの黒澤家の当主としては考えられないようなこともするでしょう。
ですが……」 会場中が息をのんだ。若造がなにを言い出すのか、そんな空気も感じる。ふと、妻と家族の方に目をやった。
家族は僕を信じてくれている。真っ直ぐな目で見てくれていた。
父澤「歴史と伝統の上に黒澤家があるのではありません。
私たち黒澤家の通った跡が、歴史と伝統と呼ばれるのです。
全身全霊、当主の任をつとめます。以上」
会場中が沸いた。
正直調子に乗って言いすぎたかと思ったが、こういうのは調子に乗るくらいがちょうど良いらしい。
幸か不幸か、私のこの挨拶は
『15代黒澤 淡島の宣言』として今でも語り継がれているようだ。恥ずかしいから止めて欲しい。
母澤「後に引けなくなったわね。
いざというときに大胆なところ、とってもかっこいいと思う」
父澤「苦労、かけると思う」
母澤「もうかかってますから、今更大丈夫よ」
そう言って彼女は微笑んだ。
この笑顔のために、頑張れる。 それから3年がすぎた。
地道に進めた結果、会社情報のデータ化は進み、そろそろシステム開発に取り掛かろうとしたときに、弟が大学を休学して戻ってきた。
なかなか進まない私の仕事を見ていて悶々としていたものもあったらしい。
正直、助かった。
〜黒澤邸敷地内 IT推進部室〜
父澤「辞めないで休学ってのは良い判断だったね」
父澤弟「まあ、どちらにせよ必要とあれば潜り込むだけですよ。
とりあえずシステムのアウトラインを考えてはきました」
父澤「…うん。やはりこのスタイルが現実的だよな…」
父澤弟「その言い方ですと、何か他のやり方が?」 父澤「大学時代の友人にいろいろ話を聞いていると、システムの枠組みが大きいと、一つ修正したときに思わぬところでエラーが出たりするそうだ。
それは確かに私も感じている。
だからさ、システムを可能な限り細分化するんだ」
父澤弟「…それで?」
父澤「そして必要に応じてシステム同士を組み合わせていく。
問題点はここで、どのシステムをどう組み合わせるかの考慮が少し面倒な点だが、システムをアップデートする際にも、一つ一つのシステムは独立していて他に干渉しないならエラーは起き辛くなるはずだ」
父澤弟「理屈はまあわかるけど…サーバーがどれだけ必要になるのやら…」
父澤「既に伊豆の黒澤家別邸はサーバー用にもぬけの殻にしてある」
父澤弟「なるほどね。しかし、よくそんなスタイル思いついたね」 父澤「色々調べているうちに、各会社の抱えるシステムの問題点が見えてきた。
だからその中にないスタイルで色々考えていた。
あとは…正月に妻の作る煮しめもインスピレーションになったね。
この先、人材や事業を拡大していく上で管理しやすいシステム作りの方が絶対に良いからね。
意見を求めはしたが、既に僕の案でコードも書き始めてる。
ただ…何年かかることやら。
こういうのは自分で会社を1から作って1からシステム構築していくのと、今ある数多の事業をシステムに落とし込んでいくの、どっちが楽なんだろうな…」
父澤弟「やるしかないでしょう。
しばらくは赤字覚悟ですね。コンピューターも買わなければいけませんし」
父澤「本当、資金力と土地だけはあって助かったよ。パワーでゴリ押しでいこう」
母澤「お茶、煎れましたよ。ふふ、大変だなんだと言いながら、2人とも楽しそうですわね」
父澤「うん。やりがいあるよ。
小さい頃の砂遊びを思い出すよ…自分の手で形あるものを作り上げていく楽しさは、いくつになっても変わらないんだなって」 母澤「私も、自分で裁縫しながらお人形作るのが好きだった頃があります。
確かに、どんなものを作ろうか…と、考えている時間からもう楽しくて、時間を忘れてしまうのよね。
ただ、砂遊びに夢中で私のことを忘れないでくださいませ。もう何日も食事を一緒にしていませんわ」
父澤弟「義姉さんが理解のある人でよかったですね、兄さん。
他の女性だったら離婚されてますよ」
父澤「それは…困る…」
父澤弟「これからは僕もいるんだから、少しは楽になるだろ。
周りを上手に頼るのも、上に立つ人間の必須スキルです」
父澤「そうだね…うん、ありがとう。
じゃあ、もう少し今後のプランを練ったら今日は上がろうかな。
これからはどこに住むんだい?うちかな?」
父澤弟「実家は兄さん夫婦がいるから伊豆別邸に行こうとしてたけどもぬけなんでしょう?」
父澤「…水と電気は通ってる。車は適当に使って大丈夫だよ。…ご、ごめんね」 〜黒澤邸 本館〜
母澤「ねえ、あなた。お話があるの」
父澤「なんだい?子供できた?」
母澤「…そうだけど。そうだけど!!
検査薬で陽性だったの」
父澤「良かった…今日は嬉しいことが沢山だね。弟も帰ってきて、僕達の子供もできて。明日は産婦人科に一緒に行こう」
母澤「大丈夫?お仕事は?」
父澤「半日あれば大丈夫だよね。弟に後でメールで指示はしておくさ。頼ってくれって言ってくれたしね。
なによりも優先すべきは家族だよ」
母澤「さっきはあんなことを言ったけど…あなたの重荷にならないか…それだけが不安なの」 父澤「ならないよ。絶対に。
何度でも言う。君がいるから頑張れるんだ。そんなこと、言わないでくれないか。
…愛してるよ」
母澤「ありがとう…絶対に元気な子を産むわ…
小原さんのところも6月にお子さんが生まれるのよね」
父澤「そうそう、女の子だっけかな」
母澤「同じ学年になるわね。お友達になれるかしら」
父澤「あの2人のお子さんだから明るい子に育つんだろうなぁ。
僕達2人の子は大人しくなりそうだから、波長が合うかどうか…
でも、親友にでもなってくれたら、嬉しいね」
翌日、無事妊娠していることがはっきりした。
守るものが増える重圧はあるが、それだけにやる気も出てくる。 〜IT推進部室〜
父澤弟「しかし兄さん、目に見えた成果もなしに数年間よく許されたね」
父澤「一応成果はあることにはある。
コンピューターでの出退勤管理とシフト作成。各種小売業および飲食業でのカード決済導入だね。
姉さんを説得するのは骨が折れたよ」
父澤弟「ああ、あの人は結構古い黒澤タイプだからなぁ。
まあ、家族としては優しいから良いけど」
父澤「仕事となると厳しいからな…」
父澤弟「これからどんどん便利になっていくだろうから、変えられるところから変えて行ったのは流石です。
じゃあ、本番といきましょう」
父澤「さすがにエンジニアを雇うか…互いに協力してくれそうな人を当たろう。
基本的に今の年収の1.5倍程度を目安に提示すれば引っ張ってこれるかな」
父澤弟「恐らく…でもこのシステムの概略を知れば面白く思って協力してくれる人は多いと思います。頑張りましょう」
そうしてダブルワークという形の人間もいるが、何人かのエンジニアを雇ってようやく本格的なシステム開発がスタートした。
そうして数ヶ月が経ち、私達の子供の性別が分かった。 〜黒澤邸 夫妻の寝室〜
父澤「女の子か…どっちに似るかな」
母澤「複雑だけど、私に似てほしいわ。あなたに似ると苦労が多くなりすぎる。
名前はどうしましょう。できればあなたに決めてほしいわ」
父澤「なんとなーく構想はあるんだ。宝石の名前をつけたいと思うんだ。
僕達の宝物…家の宝物…そして強く美しく生きてほしいという願いを込めてね」
母澤「素敵ね。ちょうど、私とあなたの名前も石の名前だし、良いんじゃないかしら」
父澤「ああ、言われてみるとそうだね。ぴったりだな。ただ、カタカナにするか和名にするかで悩むんだよね」
母澤「…カタカナ?」
父澤「ダイヤとか…トパーズとか…アクアマリンとかさ」
母澤「あなた…今までありがとう。幸せな時間だったわ。
きっとあなたと離れても、一生色褪せない素敵な日々だった。
愛して…いました…」 父澤「え、ちょっと待ってどういうこと!?」
母澤「どうも何もあり得ないでしょう!!お姉さんも他の家族の方もみんな古風で素敵な名前なのに自分の娘にそれ…正気!?」
父澤「これからはグローバルな時代に変わっていくんだ。漢字とか古風とかへの拘りは悪いとは言わないけど…
やはりどんな分野であり最先端でいろんな人達と触れ合ってほしいという意味でもカタカナの名前は…」
母澤「うるさい!!!なんでもグローバル化とかIT化って言えば許されると思ったら大間違いよ!!
小原さんのところの鞠莉ちゃんを見習って!マリーとも呼べるようにって。完璧なネーミングじゃない!
なのに純日本人で歴史と伝統ある黒澤家の嫡男のあなたがなによ。
80歳になって『アクアマリンお婆ちゃん』とか呼ばれる人の気持ちを考えなさいな!」 父澤「……考えたけどピンとこないな」
母澤「そ、そう……」
父澤「でも、この子がきっと何かこの世に成果を残せば、誰も笑わなくなる。
きっと今、僕達の世の中にある名前の中にも、そういう名前は沢山あったはずだよ」
母澤「……ふぅ。あなたがここまで折れないのも珍しいわね。
分かったわ。せめて、せめてなるべく違和感の名前にしてちょうだいね」
父澤「ありがとう。
素敵な名前に決めてみせるよ」
母澤「…………本当にお願いよ!」
それからまた数ヶ月経ち、その後もお腹の子供は順調に成長していた。
名前は候補はいくつか用意できたので、あとは生まれて顔を見たときに一番ピンときた名前にしようと決めた。 仕事の方は、私と弟互いの大学に求人募集を出したり、私の同級生や研究室の後輩や先輩に声をかけた。
もちろんインターネット上にも求人を出した。
やはり沼津周辺に住まなければいけないことに抵抗を示されはしたが、10人ほどのエンジニアが集まってくれた。
ベンチャー気質でありながら、会社全体としては安定した事業運営を行っているところに惹かれてくれたようだ。
人数も集まり、徐々にシステムは形を成していった。
インターネットの方では、料亭くろさわや黒澤水産のホームページを本格的に作成した。
それを機に一つの新しい試みを考えた。
〜料亭くろさわ事務室〜
父澤姉「あなた達ですか…また仕事の話?
どうもコンピューターってのはよくわからなくて…あまり乗り気じゃないのは分かってくださいね。
でも、出退勤管理とシフト作成は本当に助かってるわ」
父澤弟「今回もいい話ですよ。なあ兄さん」
父澤「うん。姉さん、今回提案するのは予約サービスについてだ」
父澤「ふむ…?聞かせてもらいましょう」
父澤「今までは店頭か電話での予約だったのを、インターネットでも行えるようにするんだ。
そうだな…大体3ヶ月程度から始めようか。
その期間であればインターネットで予約状況の確認及び予約自体を行えるようにする」
父澤姉「今のままでも困らないけど、何がいいのかしら?」 父澤「今まで紙で行っていた予約管理をコンピュータ上で行えるので、変更や訂正が簡便で綺麗に整理して管理できる。当然紙も増えない。
それに、電話対応で取られていた時間が減る。
ネット予約に関しては朝と昼と夕に確認すれば十分だろう。
予約に関する細かい注文も、予約時のメールフォームに書いてもらって、疑問点があればその時だけメールか電話で返せばいいさ」
父澤姉「なるほどね。予約関連の拘束時間とスケジュール管理が簡単になるのね。
うん、悪くありませんわね」
父澤弟「それともう一つ。キャンセル待ちシステムの導入だ」
父澤姉「キャンセル待ちシステム?」
父澤「そう。料亭くろさわは如何せんボッタク…単価が高い。
急なキャンセルはキャンセル料を取るとはいえかなりの痛手でしょう?」
父澤姉「そうね。キャンセル料も100%取り立てられるわけでもないし」
父澤「そこでインターネットの出番だ。
お客様もホームページで予約状況がひと目で分かるだろう?
そこで、急なキャンセルのコマに前日や当日予約を可能にするんだ。
その予約の場合は割引で料理を提供する。
高級指向の料亭くろさわの料理を割引で食べることができれば新規顧客も引っ張れる。
キャンセル料と合わせて100%で回収できれば損はないでしょ?」 父澤姉「なるほど…急なキャンセルが入ってもスタッフの動きは変わらなくなるから動きの無駄もなくなる。
それに上手くいけば常に回転率100%近くで回せると」
父澤弟「そういうことです!…どうでしょうか」
父澤姉「いいでしょう。その誘い受けましょう。
よろしくお願いしますね」
父澤「それともう一つ予告を。
くろさわの客層はそれなりに裕福な人が多いですよね。
ですのでインターネット予約は事前に飲料代を除いた部分をクレジット決済してもらうことにしましょう。
そうすればキャンセル料も間違いなく回収できますし、当日の支払いは発生させず、後日飲料代も加えてクレジットで支払ってもらうのです。
当日は来て飲んで食べるだけ。スマートでしょう。
あと、今後は出納帳等の帳簿もオフィスソフトでの管理をお願いしたいですね。
最初は慣れないかもしれませんが、一年経つ頃には便利さに気づいてくれると思います。
フォーマットはもちろん僕達で用意するので」
父澤姉「次から次へとあなたたちは…
頑張りなさいよ」
父澤兄弟「はい!」 〜黒澤水産株式会社 事務室〜
父澤叔父「どうした。またコンピュターの話か」
父澤「そうです。単刀直入に言います。今まで廃棄していた魚たちを売りましょう」
父澤叔父「お前馬鹿か?」
父澤「馬鹿ではないと思っています。
何も正規の値段で売るのではなくて、不揃い品として安く売るんですよ」
父澤叔父「あのなぁ、信用商売な部分もあるんだぞ。正気か?」
父澤弟「では、流通させる魚以外は味も質もクズだと?」
父澤叔父「んなわけあるか。駿河湾で取れた魚だ。まずいわけがねえ」
父澤「でしょう。味はいいんです。悪いのは見た目やサイズだけ。味は流通する品と変わらない。
どうせ捨てるなら売って、私たちの地元の味を気軽に知ってもらうんですよ。インターネットでね」 父澤弟「今までは遠方でもお得意様には干物の販売を行っていましたが、インターネットを使えば日本中誰でも気軽に沼津の味を楽しんでもらえます。
正規の流通品ももちろん売りますし、まずはお試しと言うことで安い不揃い品も売るんです」
父澤「廃棄にもコストはかかります。どうせコストをかけるなら、不揃い品も干物にして売りましょう」
父澤叔父「しゃあねえな…それ、上手くいくんだろうな?」
父澤「まだ国内でも前例は多くないですが、野菜や果物では行っている農家もあるようです。
自信はありますよ」
父澤叔父「…わかった。乗ってやるよ。
失敗したらお前ら、許さねえぞ」
父澤兄弟「は〜い」 〜帰りの車〜
父澤弟「相変わらず叔父さんは高圧的だな。昔は優しかったのに、母さんに家督争いで負けた上に、若い兄さんが当主になったのが気に食わないんでしょうね」
父澤「うーん、まあ…そういうことはいうもんじゃないよ。
結果を出せばみんな黙るさ。
負の感情もエネルギーに変えて行こう。
さ、家に着くぞ…ん?あれ松浦さんの弟じゃないか?隣に知らない女性もいる」
父澤弟「あ、本当だ。おーーーい久しぶり!元気してたか!」
松浦弟「お、黒澤の兄弟。俺も結婚するからよ、軽く挨拶に来たんだ」
松浦弟妻「はじめまし…て……」
挨拶した瞬間に女性は固まった。
松浦弟「ああ、この兄弟の顔は刺激が強いよな…嫉妬する気も起きねえ。
超美男子とインテリヤクザだもんな」
松浦弟妻「す、すいませんでした…」 松浦弟「2月に生まれる予定なんだ。兄貴んとこと1ヶ月差くらいか。俺の方が早いかと思ったけど流石に負けたな」
父澤「ちょ、ちょっと来なさい」
松浦弟「な、なんだよ兄貴…」
父澤「十月十日と結婚の日数が合わないだろ…」ヒソヒソ
松浦弟「ああ、だってできちゃったんだもんよ。責任取るしかないでしょ」
父澤弟「お、お前…黒澤家なら切腹だぞ…」
松浦弟「ま、松浦で良かったわ」
父澤「お嬢さん」
松浦弟妻「ご、ごめんなさい、こちらを真っ直ぐ見られると会話がままならない…」
父澤「し、失礼…」
父澤弟「でも、松浦は裏切らない男です。絶対に。信用できる男ですから安心して身を任せてください」 松浦弟妻「あ、ありがとうございます」
松浦弟「お前は顔が整ってるけど怖いんだよ。おびえてるだろ」
父澤弟「す、すまない…
なあ、僕達が中学生の頃、松浦の依頼で『全自動教頭の車破壊機』作ったろ?」
松浦弟「ああ、あったな。教頭のマークUぶっ壊したやつね」
父澤弟「あの時、お前は先生方に尋問されても僕の名前を出さなかっただろ?
その時思ったんだ。松浦は信用できる。松浦は僕を裏切らないんだから、僕も絶対に裏切らないって誓ったんだ。家族の次に僕が信頼してるのは、松浦、君だ。絶対に幸せにしろよな」
父澤「君たち学校で何してるの?」 月日は流れ、大晦日になった。予定日はまだ先だったはずだが、伊豆別邸で仕事をしていた私のところに、妻が破水して病院に運ばれたと連絡が入った。
従業員A「ここは俺たちに任せて黒澤兄弟は病院に行ってくれ。気にすんな。お互い様さ」
父澤「みなさん、ありがとう。…すまない」
従業員A「謝るようなことねえだろ。ほら、早くいけよ」
父澤「ああ…!」
そうして弟を乗せ運転しようとしたが、この状況で私の運転は怖いと弟が私を跳ね飛ばすようにジュリアの運転席に座った。
父澤弟「なんでこんな時にアルファロメオなんだよ兄さん…いつ壊れるかもしれない爆弾を…
でもまあ、僕が使ってる軽よりは早いか…いくよ」
フラグかと思ったが、壊れることなく無事に病院いついた。
私は部屋に入っていいということなので、消毒後に予防衣を着用し入室した。 母澤「あなた…仕事は…」
父澤「優種なエンジニアがたくさんいるからね。任せてきた」
母澤「そう…やっぱり…仕事より優先してもらえると嬉しいわね…」
父澤「無理に喋らないで。集中しなさい」
母澤「うん…うっ…!」
助産師「生まれますよ!!」
母澤「はぁ…はぁ…」
すぐに赤ん坊の泣き声が聞こえた。
病院のスタッフがテキパキと処理をしていく。
父澤「がんばったね…本当に…ありがとう……」
母澤「泣いてるの…?えへへ、初めて泣き顔見た…泣き顔まで綺麗って、本当にずるいわ…」 助産師「元気な女の子よ。ふふ、あなた達のことも取り上げた私だから分かるわ。完全に翡翠ちゃん似ね」
黒澤夫妻「良かった」
母澤「で、あなた、名前は?」
父澤「ダイヤ…ダイヤって、一目見た瞬間出てきたんだ」
母澤「うーん、まあセーフね。黒澤ダイヤか」
父澤「生まれてきてくれてありがとう…ダイヤ。ああ……愛おしいな。翡翠さん、ありがとう。
これからもまた大変かもしれないけど、一緒に頑張ろう」
母澤「もちろんよ…あ、今私ひどい顔してない?」
父澤「うん、すごいむくんでるよ」
母澤「直球で言われるの…むかつく……」 それから数日間妻とダイヤは入院した後、妻の実家に里帰りした。と言っても黒澤家から歩いてすぐなのだが。
内浦中の人たちが挨拶に来てくれるが、赤子はデリケートだからと、静かに挨拶して終わりだ。
小原夫妻も鞠莉さんを連れて挨拶に来てくれた。
鞠莉パパ「キュート……ソーキュート……」
鞠莉ママ「お母さんにそっくりだけど、所々のパーツにお父さんを感じるわね」
母澤「お二人とも、忙しいのにありがとうございます。同級生ですね、鞠莉ちゃんと」
鞠莉パパ「イエス。でも…仕事の関係でアメリカに戻ることになってね…マリーとダイヤちゃんが一緒に成長していくところは見られそうにないんだ。
今日はそのお別れの挨拶も兼ねてね」
父澤「えっそうなのかい?
そうか…仕方ないとはいえ、残念だよ。単純に、寂しいな」 鞠莉パパ「ありがとうゲン、私も寂しいさ。
でもね、必ず戻ってくるよ。私も妻も、きっと鞠莉も…内浦が大好きだからさ」
父澤「ありがとう。頑張ってくれなんて、僕が偉そうに言える立場じゃないけど…どうか、元気でいて欲しい」
鞠莉パパ「もちろん!!私だよ?元気以外考えらえれないさ」
鞠莉ママ「黒澤さん、ちょっと」
父澤「私?は、はい」
鞠莉ママ「あなた、あのネーミングはどんなにあなたが美男子でもマイナスに振り切れるわよ」
父澤「そ、そんな……」
その後もダイヤは病気もなく順調に成長していった。
事業の方も、開発は軌道に乗りはじめた。 〜伊豆別邸 作業室〜
従業員B「黒澤よ、正直このシステム、作り終えたら結構なクオリティと汎用性だぞ。
最先端のIT企業も欲しがるレベルだ。
はっきり言おう、俺たちが持ち逃げしたりする可能性は怖くないのか?」
父澤「まあ、信頼できると持って雇っているし特には。ただ、持ち逃げする必要はなくそうと思う」
父澤弟「どういうことですか、兄さん」
父澤「このシステムの設計図丸々オープンソースにする」
場に沈黙が訪れた。
従業員C「嘘だろ…」
従業員D「自分の子供をただで渡すっていうんですか」
父澤「言わんとせんことはわかるよ。でも黒澤の理念は内浦への恩義を返すことにある。
それを僕は世界に広めたい。
まだI T化の進んでいない企業への手助けもしたいしね。
それに、何も無条件でオープンにはしない。
良いも悪いも必ず使った人たちにフィードバックをもらう。
ここには優秀なエンジニアしかいない。だが12人だ。
しかし、パソコンの前には何百倍ものエンジニアがいる。
そのリターンの方が数年後に大きいと判断した」 従業員A「まあ、いんじゃないか。俺たちは金が欲しくてコードが書いてるんじゃない。面白いことがしたくて、世界を変えたくて書いてるんだ。
ただ、1つだけいいか」
父澤「先輩…なんでしょう」
従業員A「クラウドシステムだけは有償だ。黒澤発のクラウドシステムサービスとしてこれだけは有償化しよう。
今までのシステム構築の上で成り立ったこのクラウドサーバーは世界トップに近いだろう。
ここだけは譲らない」
父澤「わかりました…では、クラウドシステムの名前はどうしましょう」
父澤弟「シンプルに、黒澤ウェブサービスでKWSでいいでしょう。新規事業は作らないと言ったのに、作ってしましましたね」
従業員E「ここまで来ると黒澤もIT企業ですなぁ」
父澤「ようやく、来るところまで来たって感じだなぁ…」
父澤弟「まだまだですよ。グループ全体の完璧な電子移行は終わってません。さあ、みんな頑張りましょう!」
IT事業はしっかりと軌道に乗り出した。
私たちの公開したシステムへの反響は大きく、連日世界中のエンジニア達からのフィードバックが届き、質は向上していった。
結果的に、黒澤のIT事業は世界でも上位に食い込むこととなった。
それもそうだ。同等のものを作ろうとしたら既に何千万、いや何億とかかるレベルだ。
うちのシステムを借りる方が安上がりになる。 ダイヤも徐々に言葉を覚え出してきた。と言っても『ちち』と『はは』という渋い呼び方だが。
そんな折に、第二子の妊娠が判明した。
母澤「予定日は夏ね。高海さんちの千歌ちゃんとは1年ちょっと離れたわね」
父澤「挨拶行った時にいつかの志満さんと全く同じ反応を美渡さんがしたのは思わず笑ったね」
母澤「あなたは一緒モテ続けるのかしらね」
父澤「良いのか悪いのか…」
母澤「ダイヤも、松浦さんちの果南ちゃんと仲良くできたら良いわね。
鞠莉ちゃんも、お仕事の都合だからこう言うのはよくないかも知らないけど、早く再会させてあげたいわ」
父澤「そうだね。将来3人で集まってわちゃわちゃしてたら可愛いだろうなぁ…」
母澤「本当にそうね!楽しみ!
ねえ…仕事は…大変?」 父澤「うん…黒澤グループの従業員のみんなは、結構仕事が楽になったと思うけど、僕たちはね…まだまだ。作るものもあるし、できたものもエラーが多いし。
ごめんよ、子育ては任せっぱなしで」
母澤「良いのよ。でも、ダイヤに顔を忘れられない程度にはよろしくね」
父澤「うん…善処するよ」
母澤「で、子供の名前は?」
父澤「ルビィだね。なんとなく、それしかないと思うんだ。
宝石のように美しい心に育って欲しい。
ダイヤとルビィ。きっと助け合い成長してくれる良い姉妹になるよ」
母澤「…ルビィ」
父澤「ルビィだ」
母澤「だんだんと可愛く思えてきた気がする」
父澤「目が泳いでるよ…!」 瞬く間にルビィの予定日が近づいた。
結局予定日は過ぎて、2日後にうまれることになった。
私は待合室でダイヤを抱きながらルビィが生まれるのを待った。
そうしているうちに泣き声が聞こえてきた。
僕は駆け足と早歩きの中間で向かった。
父澤「お母さん。ありがとう。よく頑張ったね。ほらダイヤ、貴女の妹だよ」
母澤「お父さん、ダイヤ、きてくれてありがとう。ほらダイヤ。
ルビィっていうのよこの子。んー、伝わってるかしら」
ダイヤ「る…びぃ…?」
父澤「そうだよ。ルビィだ」
母澤「宝石のように美しい心に育ってほしいと、私とお父さんで考えたのよ」
ダイヤ「ルビィ…」
ダイヤは生まれたばかりのルビィに手を伸ばした。
ダイヤの指が手のひらに触れた時にキュッと握り返した。
ダイヤもきっと、新しい命の暖かさと儚さを体に刻んだことだろう。
もっとも、あれは把握反射で特別なのものではないのだが、解釈はダイヤ次第だ。
助産師「概ね翡翠ちゃんの顔だけど…目元は玄武くんが強いわね」
父澤「本当だ、ダイヤはつり目気味だからね」
母澤「かわいいわね…二人が大きくなるのが楽しみよ」 〜数ヶ月後 黒澤邸 居間〜
爺澤「そろそろ、株式会社黒澤の社長をお前に譲る。良いね?」
婆澤「ええ、頃合いでしょう。
結果は示してもらいました。ルビィも生まれたことですしね。
あなたも、婿養子として私と結婚し、色々と苦労はあったでしょう。
本当に、お疲れ様でした。
玄武、社長就任、受けてくれるわね」
父澤「はい。お任せください。
これを機にIT推進部は株式会社KWSとして独立させます。新規事業は行わないといいましたが、KWSは今後の黒澤グループの収入の中心となることは間違いありません。
黒澤の仕事はもちろん行いますが、もう何年かは私もKWSの仕事をメインに行います」
爺澤「もう全権はお前に委ねる。
黒澤と内浦のためになるのであれば、好きにしなさい。あ、あとこれダイヤとルビィにお小遣い」
父澤「もう高校生まで豪遊できるくらいお小遣いもらってますよ。甘いなぁ」
婆澤「私達は敷地内に小さい別邸を建てるので、建設が終わったらこの本邸はあなた達家族だけでお使いなさいね」
父澤「ありがとうございます」 それからの日々は忙しさを増した。
子供達どころか妻と接する機会すらないまま過ごした。
充実はしていたが、自分が両親にかまってもらった記憶があまりないことに改めて気づいた。
ただ、姉はよく面倒を見てくれていたと思う。
父澤「ダイヤもそうなってくれるかな…」
母澤「ダイヤももう4歳ですし、何か習い事を始めさせましょうか」
父澤「そうだね。まずは君の実家で日本舞踊とお琴かな」
母澤「ねえ、ダイヤとルビィは黒澤家を継がせるの?」
父澤「んー、わざわざ継がせない方向で育てる必要はないかなとは思うよ。選ぶのは本人達だ。
ただ、習い事に関しては教養の部分もあるし、この先どう生きるにも役立つ。
いろいろやらせてあげたいな」
母澤「うん、そうね。あなたも物凄い数の習い事こなしてたものね」
父澤「結局一番役位に立っているのは趣味だった機械いじりだけどね」
母澤「就職活動、失敗してよかったんじゃない?」
父澤「そうだね…でも、家族の時間が取れてないから…」
母澤「良いのよ、この子達もきっと理解してくれるわ。あなた達のお父さんは凄いって!」
父澤「うん…ありがとう」 娘達は見るたびに成長していた。
その成長を、私は決してリアルタイムで追えているとはいえなかった。
それでも、こんな私を父と呼んでくれる娘達には感謝しかなかった
ダイヤは幼稚園に通っていたが、果南さんは保育園だったので、二人の幼少期はあまり接点はなかったようだ。ただよく家に遊びにきてくれてはいたようだ。
ルビィは幼稚園で国木田さんちの花丸さんと友達になったようだ。たまにお泊まりし合っているようだ。
ダイヤが小学3年生、ルビィが1年生の頃、仕事に行く前にダイヤに話しかけられた。
どこか緊張しているようだ。それもそうだ。一緒に過ごしている時間はあまりにも短い。
ダイヤ「おとうさま…」
父澤「ダイヤ、どうしたんだい?」
ダイヤ「ピアノ…やだ……」
父澤「そうか。逆に、習い事で何が好きだい?」
ダイヤ「おどりとおことですわ」
父澤「じゃあ、ピアノはもう大丈夫だよ。
楽しくやれることをやった方がいい。じゃあ、その分日舞と琴を入れようか。
…じゃあ、私はいくよ。お母さんと一緒にピアノの先生には挨拶に行きなさい。
そうだ、ルビィは?習い事はどうかな」
ルビィ「おねーちゃんとおなじがいい」
父澤「了解。じゃあ行ってくるよ」
ルビィはダイヤにべったりなんだな。
仲良くはしているようで安心した。
もう少し…せめてダイヤが高校に入るくらいまでには仕事を落ち着かせたい。そろそろ導入すべきか… 父澤弟「リモートワーク?」
従業員A「悪くないな。自分のパソコン上でできる仕事だけなら、ネットさえつながれば集まる必要はない」
父澤「ミーティングもSkypeがあれば困らないだろう。
それと、単純に家族の時間を意識して取らないとまずい」
従業員B「まあ…そうだな。離婚した奴もいるし」
父澤「KWSの人数を増やして、毎日誰かしらはリモートワークにするようにしよう。
最終的には全員リモートワークが理想だけど…」
父澤弟「何年先になるかな…」
従業員A「ただ、やってみないとわからないこともある。俺は賛成だ」
他の従業員も全員賛成してくれた。
ありがたい限りだ。
結果として家で過ごす時間は増えたが、娘達は習い事で忙しく、話せるのは夕飯時くらいだった。
それでも、以前よりも2人の成長を近くで見られるのはありがたい。
ダイヤは妻の若い頃にそっくりだ。ルビィもダイヤに比べると幼い顔つきだが、自分の娘ながら気品を感じる。
ダイヤが小学5年生の頃、小原家が内浦に戻ってきた。
鞠莉さんはダイヤと果南さんのクラスに転入したらしく、3人仲良くやっているようだ。
うちに遊びにくればいいのに…よく淡島で遊んでいるようだ。 ある日、家族の時間を蔑ろにしてしまった事で、強く後悔した出来事がある。
まずはダイヤが中学2年生の頃だ。
父澤「最近、家にいる時ダイヤとルビィはどんな風に過ごしているのかな」
お手伝い「ルビィ様はよくお裁縫でお人形を作ったり、小物を作ったりしていますね。
たまに奥様とも一緒に作っていますよ」
父澤「妻も昔好きだったからな。…嬉しいだろうね。ダイヤは?」
お手伝い「前は旦那様の書斎にある本を片っ端から読んでいたようです。女流作家の本を好んでいらっしゃいました。
最近はよく第2書斎にある旦那様の映画コレクションからビデオやDVDを見ていますね」
父澤「ほう…映画好きになったか。話すきっかけができたよ。
ありがとう。よく見てくれているね。助かるよ」
お手伝い「いえいえ」 〜黒澤邸 ダイヤの部屋〜
父澤「私だ。ダイヤ、入っていいかい」
ダイヤ「お父さま…?どうぞ」
父澤「ありがとう。最近映画にハマってるんだって?
お父さんのコレクションで何が面白かったか、よければ聞かせてくれるかい」
ダイヤ「かまいませんが…そうですわね…最近ですと『プライベートライアン』…かな」
父澤「名作だ。私も大好きな作品だよ」
ダイヤ「目をすむけたくなるシーンも多かったのですが、人間の葛藤や確執の描写に引き込まれましたわ」
父澤「ああいう作品が好みかい?」
ダイヤ「そうですわね。勝手ながら色々見させていただきましたが、社会派の戦争映画の描く人の尊さや儚さ、醜さは平和な時代に生まれた私には考えさせれるものがあるので…好きですわ」
父澤「凄いな。私がダイヤくらいの時は何も考えずに色々見ていたのに」
ダイヤ「そんな…ただの娯楽ですから。本当はもっと習い事や勉強をがんばらなければいけないのでしょう。黒澤家の娘として」 父澤「まあ、それも大事だけどね。
そうだ、今度の日曜日に一緒に映画を見に行こうか」
ダイヤ「!?と言いますと、映画館に行けるのでか?」
父澤「行った事なかったのかい?」
ダイヤ「ええ…時間もありませんし、果南さんと鞠莉さんとは、そういった趣味は合いませんから」
父澤「じゃあ決まりだね。今だとネイビーシールズが良いかな」
ダイヤ「!!!見たいと、思っていましたの。
わ、私も…楽しみにしていますわ、お父さま」
なんとなく良い父親ができた気がして舞い上がっていた。
ただ、当日に私はダイヤを裏切ることになった。
休みを取っていたが、伊豆の仕事場から緊急の連絡が入った。
父澤「サーバーが落ちた…?」
従業員A「ああ、顧客からも電話が殺到だ。非常にまずい。完全にテスト漏れしていた部分だ」
父澤「それは私の責任だ…すぐに行く」
従業員A「良いのか?休みだろ」
父澤「仕方ないさ。困る人間の多さを考えたら悩んでいる暇はない。設計者の私が行くのが一番確実だ」 もう私達は出かける寸前で、着替えを済ませたダイヤは不安そうに私を見ていた
いつも黒澤家の娘としてのプライドを持ち、凛としている彼女がそんな顔をしているのは初めて見た。
ダイヤ「お父さま…今日はおやすみなんですよね?
映画、行けますわよね?」
父澤「いや、今仕事が入った…
ダイヤ、これタクシー代と映画代だ。私は行けないが、楽しんできなさい」
ダイヤ「……ありがとうごさいます」
復旧には丸一日かかった。
今後はテストの方法もブラッシュアップしていかなければいけない。
家に帰るとちょうど妻と娘達が晩ご飯を食べ終わる頃だった。 父澤「ただいま。ダイヤ、映画はどうだった?」
ダイヤ「全然…全然面白くなんてなかったですわ!!!……ご馳走様でした」
ルビィ「ピギっ…お姉ちゃん怖いよ…」
母澤「あなたちょっと」
〜黒澤夫妻寝室〜
母澤「なんで、なんで行ってあげなかったの!?
ダイヤ本当に楽しみにしていたのよ!?
あなたとお出かけなんて、本当に久しぶりで…それも念願の映画館に行けるって!
いつもは大人しいあの子が目をキラキラさせて、お手伝いさんにもお母さんにも話していたのよ…?
普段から習い事も勉強も頑張ってるのに…あなたとお出かけしたいっていう子供なら当たり前に思う些細なお願いも叶えてあげられないなんて…可哀想だと思わない?」
父澤「私が復旧に行くのが…一番確実で早いと思ったんだ…
悪いとは思ってる……」
母澤「あなたの仕事は応援してる…でも今日のは別よ。
あなたの今日の行動は、ダイヤをさらに黒澤家に縛り付けるだけよ。これが黒澤家に生まれた宿命なんだって。
共に幸せになるって言ってくれたのに、そこにダイヤとルビィは含まれないの…?
お願いよあなた…後悔させないって…言ってくれたわよね…」
父澤「……ごめん」
母澤「ダイヤに謝ってきて。怖かったら私も一緒に行くから」
父澤「いや、一人でいくよ…ありがとう」 〜ダイヤの部屋〜
父澤「入って良いかい?ダイヤ…」
ダイヤ「お父さまの命令ですもの、断れません」
父澤「今日は…ごめん」
ダイヤ「お父さまは黒澤家の家長ですものね。
仕方ありません。私も頭では理解しています。
先ほどは声を荒げて申し訳ありませんでした」
気丈に振る舞っているようだが、声は震えていた。
私はダイヤとの間に埋め難い溝を作ってしまったのだとはっきり自覚した。
ダイヤ「忙しいお父さまと、一緒の時間を過ごせると夢をみた私が愚かだったのです。
どうか、お気になさらず。
私も一層習い事と勉学に励みますので。
では、おやすみなさい。お仕事お疲れ様です」
おやすみ以外、何もいえずに私は部屋を出た。
部屋の中からはダイヤのすすり泣く声が聞こえる。
どれだけのものを、私はあの子に背負わせてしまったのだろうか。
思えば、こういうことにならないように私達3姉弟の親は、私達と距離を取っていたのかもしれない。
でも、私はそんな家族の形は変えていきたいと思っていたんだ。時間はかかっても、私達なりの家族に…成っていきたい。 ルビィが中学校に上がる時、習い事を辞めたいと伝えてきた。
父澤「…無理に続けるものでもないさ。
今までよく頑張ったよ」
ルビィ「…ごめんなさい」
父澤「考えてルビィが決めたんだよね。
謝ることないよ。
時間がたくさんできると思うが…何かやりたいことはあるかい?」
ルビィ「お裁縫…ルビィお裁縫が好きで、本格的にやってみたいなって」
父澤「そうか。じゃあ次の日曜日にお裁縫道具を買いに行こうか」
ルビィ「良いの!?」
父澤「ああ。せっかく始めるんだ。ちゃんと揃えよう」
ダイヤ「ルビィ…本当に辞めるのね」
ルビィ「お姉ちゃん…うん。ルビィはお姉ちゃんみたいになんでもうまくはできないから…」
ダイヤ「そう…日曜日、お仕事入らないと良いわね。
ではお父さま、私は日舞のお稽古に行ってきますので」 父澤「うん…気をつけて」
ルビィ「お父さん…?」
父澤「手厳しいな…じゃあ、ルビィも習い事の先生に挨拶まわりに行こう。お世話になったんだからね」
日曜日は急遽仕事が入ることはなくルビィと買い物にいけた。
ルビィ「お父さん!お裁縫コーナーあっちだって!!」
父澤「走ると危ないよ。っと…電話だ。ルビィちょっとごめん、日曜なのにお得意様から電話だ…ちょっと一人で見ていてくれるかい?」
ルビィ「え〜…うん、わかった!すぐにきてね!」
電話は結局20分ほどかかってしまった。
すぐに裁縫コーナーに戻ろうと小走りを始めたときにルビィの声が聞こえた。
ルビィ「ピギャアアアアアアア!!!」
父澤「る、ルビィ!?」 ルビィを沼津市街の高校生と思える男の子達が2人が挟むように立っていた。
ルビィは…私以外の男性恐怖症だ。
高校生A「うお、急に大声出さないでくれよ。君かわいいね。クレープ買ってあげるからさ、この後カラオケとかいかない?」
高校生B「良い服着てるじゃん、もしかして君お嬢様?」
ルビィ「うぅ…うぅぅ…」
高校生A「うわ、泣いちゃったよ。人目が多いからあっち行こうぜ。ね?」
父澤「君たち、友達…じゃないよね?うちの娘に何か用かな」
高校生B「お、おいこの人…内浦の黒澤じゃねえか…」
高校生A「やばっ…殺される…?す、すいません!迷子かと思って!!失礼します!!」
殺さないよ…言い終わる前に二人は去っていっった。
初めてプライベートで黒澤家の看板に感謝した。
父澤「ルビィ、大丈夫だった……」
ルビィ「お父さんのばか!!!!!!もうやだ!お父さんと買い物なんて来たくない!!怖かった…怖かったよぅ……」
父澤「ルビィ……」
お裁縫道具は買ってあげられたけど、帰り道ルビィは口を開いてくれなかった。
彼女の男性恐怖症をさらに悪化させてしまったことだろう。
思い出したくもないのか、帰ってもルビィはこのことを誰にも話さなかった。
妻は勘付いたようで、こっぴどく叱られた。
ダイヤには、口には出さないが『ほら見たことか』という視線を向けられた。 後日、ダイヤとルビィが夜にこっそりテレビを見ていたと妻から話があった。
うちではバイアスをかけたくないのでNHK以外のテレビは極力見せないようにしていたからだ。
母澤「μ’s…っていうアイドルにハマっているそうよ。それも結構前から」
父澤「ああ、確か、ラブライブってイベント運営サイトがKWSの顧客にいたな。
動画配信とかしているらしいんだけど、それで見たことがあるよ。
アイドルが好きなんて、女の子らしくて可愛いじゃないか。
好きにさせてあげよう」
母澤「そうね。そういう息抜きがないと疲れちゃうものね」
父澤「確かスクールアイドルっていう高校生の部活でやるアイドル活動なんだよ。
ダイヤが鞠莉さんや果南さん、学年的には千歌さんもありえるかな。
スクールアイドル始めたりなんかしたら面白いね」
母澤「ダイヤが?ふふ、まさかね。名前の通りお固い娘なのに」
父澤「だよねえ」
数日後、ネット通販でμ’sのDVDを買って書斎に追加しておいた。
心なしか二人の機嫌が良いので、良い買い物をしたと思う。
そういえば、気付かぬうちに、インターネットで買い物をするのは当たり前になった。 1年後、妻と冗談で話していたスクールアイドルをダイヤが果南さんと鞠莉さんと始めたらしい。
習い事も忙しかったはずなのに、それに加えた部活まで。
だがダイヤの顔はいきいきしていたし。ルビィも楽しそうに応援していた。
だがある日、ダイヤは突然スクールアイドルを辞めた。そこからルビィとの中も気まずくなったようだった。
時期を同じくして、鞠莉さんが留学するため海外に行くことが決まり、仲良し同級生3人組はバラバラになってしまったようだ。
そんなときにダイヤから黒澤偉グループの仕事内容や形態について尋ねられた。
IT事業に関しては本質部分ではないので話さなかったが、黒澤の成り立ちから説明をしてあげた。
ダイヤはなんとなくだが…継ぐつもりでいるのだろう。
ちなみに、ダイヤにはガラケーを、ルビィにはスマートフォンを持たせている。
ダイヤが『変える』と言ってこないのもあるが、スマートフォン向けサービスが日進月歩な今、ガラケーでの生活の限界を知るための実験も兼ねている。すまない。 それからまた数年、ダイヤ高3、ルビィ高1の時にスクールアイドル活動を再開させたという情報が入った。
廃校阻止活動の一環でもあるらしい。
ルビィもか…さぞかし可愛らしいグループなんだろうな、と思った記憶がある。
千歌さんや、花丸さんもいるらしい。
子供達はわからないが、親からすると身内の集まりすぎる。
私は女子高生の多いところに行くと注目を浴びすぎると、Aqoursの応援には行かせてもらえなかった。妻は毎回行っている。ずるい。
だが、中継はいつも見ている。
高校生活という短い時間の中で精一杯輝こうとする彼女達の姿を見ていると、涙が出そうになる。
私や妻が過ごした18年間とは全く違う18年間を、ダイヤは自分の足で歩んでいるのだ。
そしてルビィも。
日々成長していく彼女達を、もっと見ていたった。側にいてあげたかった。 11月、ダイヤからなりたい仕事が見つかったと言われた。
自分でなりたいものを見つけてくれたことが何より嬉しかった。
それに、私はダイヤを黒澤家に強く縛り付けてしまったのではないかという罪悪感をずっと持っていたので少し…救われた気がした。
それからすぐに、ルビィも司法試験を受けると宣言してきた。
学校の勉強も満足にしていなかったのに大丈夫か?と思ったが、あの弱気なルビィが決意したのだから、最大限の支援をしたいと思った。
親子で腹を割って話したからか、急速に距離が縮まった気がする。
ダイヤとはようやく一緒に映画を観に行けたし、ルビィともアウトレットに服を買いに行ったりした。
こういう時間が、何よりも掛け替えの無い大切な時間なんだと、ようやく気づけた。 数ヶ月後、ダイヤ達がいるAqoursの最後の大会、ラブライブが行われた。
決勝のステージはまるで雲の上にいるかのような美しさだった。
全てが素晴らしかった。
決勝の曲、WATER BLUE NEW WORLDは彼女達の今まですべてが詰まっていたのだ。出会いと別れ、そしてこれから先…この曲は彼女達だからこそ作れた。彼女達が歌うからこそ尊く価値があるのだ。
父澤「親はなくとも子は育つんだなぁ…」
父澤弟「それ義姉さんが聞いたらぶちぎれるぞ。
まぁ、結果としてIT業界でも黒澤家は盤石となれたんですけどね」
父澤「来月からは完全リモートワーク開始だね。
もうちょっと早く実現したかったよ」
父澤弟「いやぁ、この規模でこの成果って考えれば早いほうでしょう。しかし今となっては黒澤グループの売り上げの半分以上はKWS。
兄さんの跡を継ぐのは…嫌だな。プレッシャーすぎる」
父澤「難しく考えすぎだよ。僕たちも頑張ったし、みんなもよく対応してくれた。
怒涛の20年だったね」
本当に、この20年で時代は様変わりした。
20年前に私が予想していたことは概ねその通りになった。
ただ、ここまで早く実現していくとは思っていなかったが。
少しでも娘達が生きる時代を良いものにできる手伝いができたならば、私は嬉しい。 〜現代のホテルオハラへ〜
父澤「これが、私とお母さんのこれまでさ」
母澤「本当に色々あったわね」
ダイヤ「お父さまが…こんなに凄い人だとは…」
ルビィ「あの時はばかなんて言ってごめんなさい……」
ダイヤ「私も、お父さまの苦労も知らずにあんな失礼な言い方を…」
父澤「良いんだよ。あの頃があるから今のこの時間があるんだ。さあ、そろそろ寝ようか」
ーーーーーーーーーーーーーーー
ダイヤ「ルビィ…ルビィ…ちょっと外に出てお話しましょう」
ルビィ「うゅ……」 〜ホテルオハラ中庭〜
ダイヤ「お父さまたちのこと、全然しらなかったわ…ガラケーの理由も……」
ルビィ「ルビィも。会社のことも初めて聞いたし」
ダイヤ「黒澤家を当たり前に継ぐと思っていた過去の私を引っ叩きたい…
お父さまの後を継ぐなんて罰ゲームすぎるわよ…」
ルビィ「はは…叔父さんも言ってたね」
ダイヤ「それに…そんなことないっていうのは分かるんですけれど、
私、なんとなくお父さまとお母さまは、生まれた時から親なのだと思っていました」
ルビィ「あーなんとなくわかるかも」
ダイヤ「でも、違った。私達のように10代の頃があって、20代の頃があって…色々と悩んでぶつかって…
そういう時代があった、私たちと変わらない1人の人間なんだって」
ルビィ「うん…なんで分かってくれないんだろうって…反発したくなる時もやっぱりあったけど、
お母さん達も、ルビィよりも長い人生で色々経験してきた1人の人間…なんだよね」 ダイヤ「私たちも、これからお父さま達のように素敵な出会いがあって、恋をして…結婚して子供ができたりするのかしら」
ルビィ「どうかな…ルビィ達の夢の先にそういう未来があるのかは…
ちょっとイメージつかないけど、もしかしたそういう未来もあるのかも」
ダイヤ「どんな未来が待っていても、私たちはたった2人の血を分けた姉妹よ。
助け合っていきましょう」
ルビィ「もちろん!頑張ルビィするよ!」
ダイヤ「お父さまが黒澤を最強の企業にしたように、私たちは最強の姉妹になるのです!!
良いわねルビィ!」
ルビィ「うん!」
2人で淡島の誓いをしたところに、ホテルの上の階からバカ笑いが聞こえてきました。
これは鞠莉さんと千歌さんの声ね。
ダイヤ「まったく、他のお客様もいるのに外まで聞こえる笑い声だなんてはしたないですわ」
ルビィ「お姉ちゃん、怒りながらにやにやしてる…こわい…」
ダイヤ「あの2人も大丈夫そうですわね。
千歌さんのインターンが最後までうまくいくことを願いましょう。
さあルビィ、部屋まで戻りましょう。お外は冷えます」 〜翌日 船着場駐車場〜
ダイヤ「お父さまとお母さま、昨日から思っていましたが、一泊二日にしては荷物が多くなくて?」
母澤「あら、言ってなかったかしら」
父澤「言ってないかも」
ルビィ「な、なになに?」
母澤「これから私とお父さんは旅行延長戦に入ります」
父澤「2人はバスで帰りなさい。私たちはこのまま車で行く」
ダイヤ「な、なんですか?」
ルビィ「あ、まさか…」
父澤「箱根に行ってくるよ」
母澤「ようやく安心して乗れるようになるまで、上達しましたものね。
ずっと待っていたのよ、あなたとのドライブで箱根」
父澤「そういうわけさ。じゃあ、年が変わる前には帰ってくるよ。
あ、このワインこぼしたスーツだけクリーニングに出しておいてくれるかい……」 そう言って2人はすたすたと車に向かっていきました。
何を思ったか、私はこんなことを伝えました
少し、泣きそうになりながら。
ダイヤ「お父さま!!!ネイビーシールズ、本当はとっても面白かったの!!!
帰ってきたら、一緒にNetflixで観ましょう!!
ずっと…一緒に観たかったの!!」
父澤「わかった!私も観られずにいたんだ…楽しみにしてるよ!」
母澤「私も!観たいわ!!」
そうして、箱根に向かう2人の車を、私達姉妹は見送りました。 ダイヤ「やれやれですわね…本当に、私たちが生まれてからいままでずーーーーーっと慌ただしいのですから」
ルビィ「でも、素敵だよね…」
ダイヤ「ええ…そうね。自慢ですわ。私達のお父さまと」
ルビィ「お母さん」
完 以上です。長文お付き合いいただきありがとうございました。 良かったです お疲れ様でした
フィクションだし仕方ないとはいえ、こういう家族の子供って大変そうだなって 読んでくださりありがとうございます。
3年生のSSDでのダイヤは生贄と称して自分の将来を受け入れ…言い方を変えると諦めているようでしたので、せめて少しでも救いを、と思って書きました。
サンシャインの世界での黒澤家や黒澤両親が実際どんなモノかは分かりませんが、どこかで親の境遇を聞くなり理解するなりして、互いに歩み寄れるような素敵な未来を黒澤姉妹には歩んでほしいです。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています