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黒澤ダイヤと三年間
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0001名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/06/26(金) 11:58:19.89ID:FMFLgL/Y
私が浦の星女学院に通おうと決めたのは幼少期から隣人である幼馴染がきっかけだった。
どの高校にするべきか、それなりに近いし静真でいっか。などと軽視していた私をよそに、
浦の星女学院、略称では<浦女>の情報を見ていた幼馴染は、唐突に言ったのである。

「私、浦女にするね」

確かに近所の高校ではあるので、別に中学生の浅はかな怠惰さにおける進路希望としては間違いじゃない。
しかし彼女は「記念になりそうだからさ」と明確な理由があるように言う

そしてそれはもう大層嬉しそうに「ここは廃校になるね。間違いなく」と断言して「ここに行く」と言ったのだ

卒業後か、在学中か
とにかく廃校になって世界から消えてしまった高校の生徒という肩書に魅力を感じるお年頃なのだそう。

正直、私にその気持ちは理解できなかったけれど、
幼馴染とは幼稚園から今日にいたるまでクラスも同じという運命の根強さもあって
この子がそこにするならという軽い気持ちで考えていた。
私は実に、浅はかだったのだ。

とはいえ私立。
入学金もその他もろもろも公立とはまるで変ってくるので、
理由はしっかりと<お母さん達と同じ高校に通ってみたいの>なんて情に訴えた。
そうした経緯もあって、
それなりに勉強をして受験をした私と幼馴染は難なく浦の星女学院への入学が決まって。

彼女――黒澤ダイヤと出会ったのは、その記念すべき入学式の日だった。
0099名無しで叶える物語(光)垢版2020/07/05(日) 13:31:31.66ID:dkrgj/B0
読み物としてとても素敵だと思います。
楽しみにしてます
0100名無しで叶える物語(らっかせい)垢版2020/07/05(日) 15:14:37.41ID:ATPry6Dw
「それに、あんたはどうなの? 男の子が嫌いだから興味ないわけ?」

「興味はあるけどね、なんかさ――まるで想像できないんだよねー」

幼馴染はそう笑いながら頬をポリポリと掻く
小学校も中学校も、彼女は女友達よりは男友達と言う快活さを見せていた。
クラスメイトの女の子たちが次第におしゃれに興味を持ち始めていた時期もそう。
彼女は、男の子と遊んでいることの方が目立った。

それなのに、彼女は自分が男の子と付き合う想像が出来ないと言う。
照れくさいというより、本当に困ったと感じる幼馴染の歪んだ眉を見つめていると、
幼馴染は「遊びと交際は違うと思うんだよ」と言った

「男子と遊ぶことは出来るけどじゃぁ恋愛しよう。ってなると私は何にもできなくなると思う」

「手を繋ぐとかも?」

「遊びならいくらでもやるよ。中学の演劇部の手伝いで抱き着いたことだってある」

えっ。と、黒澤さんの驚いた声が上がって松浦さんの顔が険しくなる
流石に中学生ではまずいんじゃないか。と考えているのが仲良くなくても分かってしまう
いくら演劇部だと言っても、プロではないし、手伝い程度でそこまでするのだろうか。と。
私へと向けられた二人の視線には、頷いておく。

残念ながら、嘘ではない。
0101名無しで叶える物語(らっかせい)垢版2020/07/05(日) 16:08:41.41ID:ATPry6Dw
「けどさ、それって別に好きでも何でもないから出来るんだと思うわけだよ。私」

「え〜? 普通逆じゃない?」

「そう? だとしたら、私は女の子としての普通からは外れてるのかもしれないね」

やや無関心気味に、幼馴染はそう言った。
私は恋愛を未知ゆえに畏怖している。
けれど幼馴染は、恋愛を考える気がないのかもしれない。
なるようになるだろう――なんて、考えているように感じる。

「まぁ、そうやって異性と付き合ってきたわけだけれど、私は別に恋してるなぁ――とは、一度も思わなかった」

「興味持たないからじゃないの?」

「友達の恋愛に興味はあるんだけどね」

たとえば、私が誰か男の子に恋をしたとする。
幼馴染はそれに興味を持つわけだけれど、
その矛先が向いているのは、あくまで私であって恋ではないのだ

「小中で、友達が○○くんかっこいとか、好きとか、付き合ってるとか。そう言うの聞いてて、へぇ〜凄いじゃんって思ってたのになぁ」

「自分もしてみたいとは――思わなかったと?」

「有名人を見てすごーいって湧きたってたからって、そうなりたいと思うわけじゃないんだよ」

そう言うと、幼馴染は少し切なげな顔をする。
彼女にとっては珍しい、でも、決してしないわけではない憂いを帯びて

「違う。蚊帳の外だったんだ」

彼女は首を振る。
そこで言葉を切って、まだ冷えている麦茶に口をつける。
続きがあると解ってるからか、誰も口を挟まない
幼馴染にしては――そう、彼女にしては、それは酷く真面目な空気を感じさせていた。

「他人だったんだよ結局――幸せそうにしている友達を見て、私は今の自分以上に幸せになれるだなんて思えなかったんだ」
0102名無しで叶える物語(らっかせい)垢版2020/07/05(日) 16:21:22.76ID:ATPry6Dw
「友達の恋愛に興味があるのは、それが幸せに見えるから。自分のそれに興味がないのは、それで幸せになれると思えないから」

幼馴染はそう言うと、
多分きっと、私はそういう風に考えてるからなんじゃないかなぁ。と、
砕けた語尾で、和ませるかのように呟く。

「そう――いう、考え方もあると思うわ」

「難しい話は良く分からないけど、今満足してるなら別に恋愛とかしなくても良いんじゃない?」

黒澤さんと松浦さんの仲裁するような言葉が聞こえる。
幼馴染はそれを笑いながら聞いて「そうだねぇ〜」とにこやかに言うのだ。
彼女は、それ以上に幸せになれると思えないと言った。
それは嘘じゃない――と思う。

けれど――本当は、幸せではなくなってしまう。そう、思っているように私は感じた。
今のまま、幸せなままでいたいから、恋愛を避けているのだと、
そう言っているように感じた。

誰かに恋をすると言うことは、心がその人に縛り付けられてしまうことになると、考えられなくもない。
彼女はそう考えて、自分の<自由>が損なわれることに嫌悪感を抱いてさえいるのかもしれない。
ゆえに――無関心になる。

「でも、恋をするのが普通なんだろうなぁ」

幼馴染のささやかな呟き
縁側の方から吹き込む風が、風鈴を揺らす音が聞こえる。
誰一人として幼馴染の言葉に同意はしなかった。
0103名無しで叶える物語(茸)垢版2020/07/06(月) 00:20:56.10ID:NnUsOpxZ
チャラいけど頭の中は高一じゃないなこの幼馴染
やっぱりラ板で無駄遣いする内容じゃないって
普通に渋にでもあげた方がいい
0104名無しで叶える物語(らっかせい)垢版2020/07/06(月) 07:58:12.76ID:AnyzvNje
期末テストが終わって数日、返された結果は想定通りだった。
お疲れ様会の後に行った見直し通りの点数で、順位的にもトップの成績
松浦さんも決して悪くはないし、
流石に幼馴染は三〇台の順位ではあるものの、赤点はなかったので問題なく部活が可能だと喜んでいた。

黒澤さんと小原さんも私と変わらない順位なのは流石だと思ったのだけれど、
やっぱり――黒澤さんは不服さを感じさせた。

「前にも言ったけど、黒澤さんは私と違って自由な時間少ないんだから当然だと思うんだけど」

「それはそれ、これはこれです」

「でも、妥協はしてくれないと」

黒澤さんが私を追い抜くには、学年一の成績にならなければならないわけで
それを取るためには、黒澤さんは今まで以上に勉強しなければいけないと思う。

お稽古と生徒会――そして、勉強
全てを両立してトップレベルである現状でも無理しているのではと思うのに、
今以上だなんて、あまり認められたものじゃない――なんて。

「いや――ごめん。まぁ、黒澤さんはそうだよね」

これは過干渉だ
普通の友人らしくない――まるで、私らしくない。
0105名無しで叶える物語(えびふりゃー)垢版2020/07/07(火) 00:51:27.06ID:c3sUVbuW
>>104
期待保守
0106名無しで叶える物語(らっかせい)垢版2020/07/07(火) 07:30:44.68ID:3q+BeAx9
私が少し手を抜けば、黒澤さんは満足するだろうか。
きっと満足しないし喜ばないだろうし。
手を抜いたことがバレるリスクを考えると――それは駄目だろう。

「頑張ったって、黒澤さんは私に勝てないよ」

「次学期は後れを取らないつもりよ」

「今でも十分ついてきてるって思うけどね」

私と同じことをしていて、
それ以外に私がしていないことをたくさんしているのに
黒澤さんの成績は私にとても近い。
それで満足したらいいのにと、思って。

「まぁ、無理はしないようにね。私と違って黒澤家としての責務もあるんだろうから」

「心配、してくれているの?」

「ん――」

ちょっぴり驚く黒澤さんを一瞥する。
心配――かな? 心配かもしれない。
一応、友人ではあるから――頑張りすぎていることを気遣う

「色々ありそうだから」

どんなことがあるのかは分からないけれど、
妹さんと黒澤さん
その家の大きさを見ていれば、何となくありそうに感じる。
0107名無しで叶える物語(らっかせい)垢版2020/07/07(火) 07:30:44.69ID:3q+BeAx9
私が少し手を抜けば、黒澤さんは満足するだろうか。
きっと満足しないし喜ばないだろうし。
手を抜いたことがバレるリスクを考えると――それは駄目だろう。

「頑張ったって、黒澤さんは私に勝てないよ」

「次学期は後れを取らないつもりよ」

「今でも十分ついてきてるって思うけどね」

私と同じことをしていて、
それ以外に私がしていないことをたくさんしているのに
黒澤さんの成績は私にとても近い。
それで満足したらいいのにと、思って。

「まぁ、無理はしないようにね。私と違って黒澤家としての責務もあるんだろうから」

「心配、してくれているの?」

「ん――」

ちょっぴり驚く黒澤さんを一瞥する。
心配――かな? 心配かもしれない。
一応、友人ではあるから――頑張りすぎていることを気遣う

「色々ありそうだから」

どんなことがあるのかは分からないけれど、
妹さんと黒澤さん
その家の大きさを見ていれば、何となくありそうに感じる。
0108名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/07/07(火) 08:16:56.02ID:gsnH9oo6
色々あると考えておいて
いえいえなにもありませんよ。となったら笑い話になるだろう。
黒澤さんが「そんなお貴族様じゃないわ」と笑いながら扇でも振ってみせてくれたらなお愉快かもしれない。

でも黒澤さんは、微かな笑みを浮かべるばかりで
肯定も否定もせずに口を閉じた。
余計なことを言ってしまったかなと目を向ければ
そんなことはなかったようで。

「ありがとう――体調にも気を付けるわ」

「そうしてくれると助かる」

感情を擽るような彼女の声に、私は目を背ける

「じゃないと――生徒会の仕事押し付けられちゃうからね」
0109名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/07/07(火) 09:27:00.69ID:KpRu7QV2
「書記ももう一人いるから――大丈夫」

書記も会計も二人ずついる。
だから問題はないとする黒澤さんは
それでも、迷惑をかけることになるだろうからと、気をつけてくれると言う。

その嬉しそうな表情が向けられているのが――なんだかもやっとする。
嫌なわけではないけれど、
今までの自分はここまで関わらなかったはずだからかもしれない。

「次も勝つよ、私」

「では次は体育祭――」

「敗けでいいや」

あと数日後に控えた私の嫌いな一日
黒澤さんの持ち出したその勝負事からは――逃げ出す。
黒澤さんのちょっとした笑い声が聞こえる
そんなこと言わずにと引き留める声がする
でも、運動だけは駄目なのだと――受け付けなかった
0111名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/07/08(水) 08:32:40.18ID:ukFrBmg3
 
まだ人数の多かった小学校、中学校
そこで行われた運動会では、クラス全員一丸となってとか
色々、私には理解しがたい集団意識みたいなものがあった。

卒業したから言わせて貰えば、あんなものはただの同調圧力である。
拒否権が無いからそこにいるだけで
応援だの全力だの頑張れだの――運動嫌いな私にとっては地獄のような祭典だ。

級友の殆どが<勉強しなくていいし>などとにこやかだったのを見て
呑気でいいなぁ――と上の空で逆さてるてる坊主を作ったのはいい思い出かもしれない

とはいえ、我が忌むべき旧知の友である幼馴染の「やるからには勝つぞ−!」という雄叫びにクラスが沸き立ったので、
まだまだ過去の話にはなっていない
0112名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/07/08(水) 08:39:44.16ID:ukFrBmg3
 
そうして清い心で逆さてるてる坊主を作っていると、
不意に黒澤さんが声をかけてきた

「これ――逆さになってしまってるわ」

「これはこれで良いんだよ。大丈夫、間違ってない」

困惑の色を浮かべる黒澤さんに、逆さてるてる坊主のありがたい御利益を話す。
体育祭前日に端正込めて作ったてるてる坊主を逆さに吊るすと、体育祭を中止にしてくれるという御利益

黒澤さんはなぜだか「貴女は――もう」と呆れ顔ではあったものの
特に止める気は無さそうで

「その努力の一部でも運動に傾けたら良くなるんじゃないかしら」

「それを勉強しない運動大好きっこに言ってみるといいよ」
0113名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/07/08(水) 09:31:01.81ID:ukFrBmg3
私自身、運動しないための行為だから頑張るのであって
運動能力向上のためにその分頑張れと言われても無理だったりする。

そういうのは、普通の車に灯油で走れと言っているようなものだと思う。
確か走れる車もある――みたいな話も聞いた覚えがあるけれど
少なくとも私は走れない方の車だ。

「体育祭、そんなに?」

「体育祭どころか体育自体無くていいよ――うん、要らないね」

運動したい人だけがして、したくない人はその分別の科目に集中する。
やりたくないのにやって疲れたり怪我するのは大人になってからで良いのではないだろうか。
子供はもう少し自由でいいと思う。

なんて――言えない。

「黒澤さんはやりたい人なんだね」

「やりたいというか――やる決まりだから。かしら」

「そっか」

やる決まりなら致し方ないと私も思っているけれど
でも、黒澤さんはそれとは違って
諦念ではなく、そうすべきという義務感で動いているように感じた。
0114名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/07/08(水) 20:33:08.18ID:ukFrBmg3
「ところで――」

会話が途切れたかと思えば黒澤さんの声が間を繋ぐ。

「今日は、会うのかしら?」

「会うって?」

「ええっと――親しい人」

黒澤さんの困った様子には私が困惑する。
ほんの少し言い淀んだわりにはと言うべきか
だからこそと言うべきか
シンプルに不明瞭なことを言われたからだ。

親しい人なら――一応、黒澤さんもそうだろうに。
もしかして親しくなってしまったと思っていたのは私だけで
黒澤さんは<顔見知り>だったのだろうか。

それはそれで望んでもいいのだけれど、
にも拘らずそこはかとなく不愉快ではあるのが我ながら理不尽だ。
0115名無しで叶える物語(茸)垢版2020/07/09(木) 17:06:27.26ID:2BgPJ7hX
おちるぞー
0116名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/07/10(金) 08:18:18.81ID:F0xKVAOH
黒澤さんが<親しい人>と抽象的に言うということはつまり
幼馴染と松浦さん、生徒会長
いずれでもないということになってくる
つまるところ、小原さんだろう。

以前、小原さんとの出会いをまるで異性と出会ったかのように話したせいだ。
正直、いつまでも隠しておくことではないように思う。

「会えたらだけど――」

あの場所にいけば基本的には会える。
島の方への船の時間にもよるけれど。

「黒澤さんも一緒にいく?」

ただの悪戯のつもりでそう言ってみた。
0117名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/07/10(金) 08:33:25.22ID:F0xKVAOH
黒澤さんがそういうことに遠慮するタイプだと思っていなかったと言えば嘘になる。
知人でもないし、同性ならともかく異性を紹介されることには多少警戒心があるものと思っていた。

だから「問題がなければ――」そう、黒澤さんが言ったとき私は思わず反応に遅れが生じた。
私がその分の信頼を勝ち得ているだなんてポジティブな思考はしない。
どうしてと、自分からの提案の癖に困惑してしまった。

――黒澤さんって意外と異性好き?
いやいや、この間の反応からしてそれはないと首を振る

「じゃぁ帰ろっか」

時計を見てみると、まだ急げば小原さんに会えるかもしれない時間
黒澤さんに声をかけて、身支度を手短に終えて二人揃って――寄り道をする。
0121名無しで叶える物語(SB-Android)垢版2020/07/12(日) 22:04:30.77ID:PXIzZxWZ
追いついた!続きが楽しみです。
0122名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/07/13(月) 16:44:03.47ID:tX91PfVW
小原さんに会う場所は、普段黒澤さんがバスを降りる所よりも先にある。
バスの運賃は変わらないものの、
だからこそ帰りの分がかかるという話には、黒澤さんは気にしなくていいと首を振った

そんなに、私の異性関係が気になるのだろうか。
申し訳ないことをしているかなと、少しばかり悩む
黒澤さんが相手が男の子であることを期待して興味を持ってくれているのなら、
実は、貴女もご存じの小原鞠莉さんです。となったらどうなるか。

ちらりと横に座る彼女に目を向ける。
窓側に座る黒澤さんは、まだ高い陽の光を浴びてちょっぴり眩しそうにしている。
なんだかそれは――少女然としているというか、子供っぽいという感じがした。

「黒澤さん、どうして会いたいって思ったの?」

「お相手の方に――?」

「うん」

それ以外にはない。
にもかかわらず、黒澤さんは聞いてきて。

「貴女が会わせてくれる――と、言ったからかしら」
0123名無しで叶える物語(SB-iPhone)垢版2020/07/14(火) 00:38:11.44ID:2qn8OoFM
面白い
0124名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/07/14(火) 14:18:00.39ID:ZRq2boIA
そこはかとなく嬉しそうに見えるのが気のせいではないが、
少しばかりもやもやした気分になるけれど――つまりはそう言うことらしい。
私の口を突いて出てきた悪戯が、結果的に私を困らせることになったというわけだ

因果応報とは時折あることだけれど
これほどまでに迅速な切り返しを行う因果はさぞ手練れだろう。
なんて――心の中で嘯いてみる

「なるほど、それはそうだよね」

「むしろ、会わせてくれる提案にこそ驚いたわ」

黒澤さんは驚いたと言いつつ粛々とした雰囲気を感じさせる。
それは時間の経った今だからかもしれないけれど、提案した時だって逡巡さえしなかった。
本当に驚いたのかと訝しんでいるのを気取られたのか、
黒澤さんは「本当に」と付け加えた。

バスの停車案内を見てみれば、まもなく黒澤さん常用の停留所
今ならまだ間に合うかと、息を吐く

「悪戯のつもりだった。急に言われても困ると思って」

「話を聞いたときから、貴女の御眼鏡に適う人を一度は見てみたいと――思ってたの」

「お眼鏡に適うね」

「ええ」

確かに、黒澤さんや松浦さん、小原さんや幼馴染
その中の誰かが異性と付き合いが深いと言い出したとしたら、私も好奇心を抱かざるを得ないかもしれない。
特に幼馴染と、釣り合いの関係で黒澤さんの相手には。
0125名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/07/15(水) 08:18:22.94ID:xh3hpZ8C
とても楽しみにしているように見える
だから、これはもう――と、思った。

「ごめん黒澤さん、この話――相手は男の人じゃない」

「と、言うと?」

「女の子なんだ。異性どころか他校ですらない。浦女の一年生」

しかも、黒澤さんも松浦さんも、幼馴染も
みんなが知っているような同級生
赤信号で止まるバスの揺れを感じながら、黒澤さんに目を向ける
彼女も私を見ていて――視線が重なった

「小原さん。黒澤さんも知ってるんじゃないかな」

「小原――」

黒澤さんは繰り返すように呟くと、
不意に「あぁ」と、得心がいったと声を漏らす。
黒澤さんの手は自然と考える素振りを見せた

「なるほど」

「その全て合点がいったって感じ、信じていいのかな」

「幼馴染に見栄を張ったのね」

「信じるよ」
0126名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/07/15(水) 09:23:52.55ID:xh3hpZ8C
私の即決が面白かったのか嬉しかったのか
黒澤さんは小さく笑う
全てとは言ったけれど、結局は<幼馴染の煽り文句>だけである。

見栄を張る必要――というのはさておいて
そうする理由など彼女を置いて他にない
少なくとも私には。

「だから、ついてこなくてもいいんだよ」

「そういうわけにはいかないわ」

黒澤さんは拒否する。
なぜかと問えば「せっかく誘って貰えたのに」と、返ってくる。
私が心を許しつつある異性ではなく
私に誘われたということに重きを置いていたのだろうか

彼女が抱いていたのは見知らぬ異性への好奇心ではなく
私という友達への――なんて。

それは流石に自信過剰も過ぎるというものだ
0127名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/07/15(水) 09:51:48.53ID:xh3hpZ8C
狙ったわけではないと思う
悟られたわけでもないと思う
けれど彼女はそんな逡巡の隙を突いて、引目がちに口を開く

「それとも――迷惑?」

窺うような視線、見えない境界線に怯む声
それはあんまりではないかと思うくらいの臆病さ
それならそうと言ってくれれば辞退するという雰囲気

困らせるつもりの悪戯だと私は言った
それが跳ね返って来ただけの話のどこに、彼女が負い目を感じる部分があっただろうか。

あるのだとしたら――私は相当察しの悪い女だろう

「黒澤さん<に>迷惑じゃなければ良いよ」

あえて迷惑を被るのは黒澤さんではないかと強調する。
たとえ私が被る側だとしても自業自得なのだから酌量の余地は皆無だ
0128名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/07/15(水) 13:25:39.77ID:WydowEGd
面白いな
0130名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/07/16(木) 14:57:13.66ID:EDf4fwRn
「迷惑――なんて」

そんなことないと黒澤さんは言ってくれる。
迷惑だったり、不都合だったり
断る理由があるのなら、断るのが普通だと言うけれど、
黒澤さんの場合、赤の他人でもなければ――それなりに考えてくれると思う。

つまり私は黒澤さんの友人として認めて貰えてる――ということかな。

「小原さんだって知ってがっかりしなかったね。もしかして、もう聞いてたり?」

「貴女と知り合った――とは」

いつも黒澤さんの下りるバス停が近づく。
彼女は本当に降車ボタンには目もくれなかった。
少し考えるように視線を動かして、瞼が降りる

「ただ、話を聞いていて貴女のような人だと思っていたわ」

大人しくて、あまり自分のことを話そうとはしない。
けれど、聞けば答えてくれるし話せば聞いてくれる。
友達に近い知り合いのような人だと聞いたと、黒澤さんは正直に教えてくれる。
悪口は言われなかったかと問うと、困ったように首を振った

「悪口ではないけれど、強いて悪く言うなら<友達の友達と二人きりになった感覚>と、言ってたわね」
0132名無しで叶える物語(茸)垢版2020/07/17(金) 19:35:22.94ID:laQBs4ll
シンプルに不明瞭とか手練れな因果とか言い回しが超がつくほど独特な語彙力の高いJKだ

もう少し子供っぽくしようず
0135名無しで叶える物語(SB-Android)垢版2020/07/19(日) 07:35:24.01ID:B42zSIEU
保守
0136名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/07/19(日) 19:33:57.95ID:+0u2wMFF
「あははっ確かに、否定はできないですね」

友達の友達とは言い得て妙だ。
小原さんとも親しくさせて貰ってはいるけれど距離感があるのは否めない
それこそ友人一人を間に挟んでいるような距離感。

それは、高校を卒業したら疎遠になってしまうような細い繋がりであり
実際、私は小原さんとの関係はそうなるものだと考えている。
彼女とは住む世界が違う――そう感じているから

「黒澤さんは、そう感じてませんか?」

「そうね――」

言葉尻が霞みがかる
それが答えだったかのように漂う沈黙を、バスの停車音が大きく引き裂く
少しだけ揺れて、黒澤さんの視線も動いた
私ではなく、どこか遠く――それは、過去を顧みているような瞳だった
そしてふと、私を見る

「感じていると言ったら、もう少し縮めて貰えるのかしら」

「――これでも、関わってる方なんですよ」

「そう――」

黒澤さんも小原さんのように別世界の住人だと思っている。
今ここまでの親しさだって、私からしたら誤算でしかない
本当なら彼女とはただの級友だったはずなのに――気付けば、二人きりになる間柄

「まだ三ヶ月だから――ね」

それで納得しようとしている彼女に、私は同意をしなかった。
同意をしてはいけないと思った。
その心でも見透かしたように黄昏を感じさせる彼女の横顔が、私にはとても――。
0137名無しで叶える物語(らっかせい)垢版2020/07/19(日) 21:54:06.99ID:iZbHGidZ
それからは大した会話も無くなって、時間だけが過ぎる
黒澤さんはまるでたまたま席が隣同士になっただけの女性のような趣があるけれど
寂寞感があるように思えて――彼女に対しての悪者がいるように思えてくる

いや――いるのだろう。
彼女にその物憂げさを抱かせた何者かが――なんて、面の皮の厚い人間だったら
どれだけ人生が楽になるのだろう――と、目を瞑る
そんな生き方が出来たらどれだけ楽しい人生なのだろうかと羨む。
私には到底する事の出来ない生き方だ

「――次で降りるよ」

「ええ」

最小限の会話。
私達はただの知り合いか、友人か
はたから見たら――どう見えるだろう?
そうっと彼女を見る
こういう時にかける言葉はどこかにあったか

他愛のない、ありふれた言葉をかけるのがセオリーだろう
たとえば、昨今の天気などの時事
天気が悪いね、良いね。そんな短文を投げかけてどこに繋がるのか――先が見えない
二言三言で終わるであろう数秒後に委縮するなんて――ほんとう、コミュニケーション能力が欠けている。

誰に言われるまでもない――私は、彼女との会話に失敗したのだ
学習能力がない、まるでダメな奴――と、幼馴染なら罵るだろうかなんて彼女を使って貶め疎む
自分を使わない辺りが本当に厭らしい小心者だ
0139名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/07/20(月) 17:53:04.89ID:6Jf15YrE
小原さんがいたら、黒澤さんとの二人きりに幕が下ろされる
小原さんがいなかったら、私と黒澤さんは用事も無くなって別れることになる
どちらでも私にとっては恵みともいえるような状況下において、しかし私は落ち着かなかった。

どちらにせよ私には得。そんな好条件のままであるはずがないからだ。
たとえ一時的にどちらでも構わない状態だったとしても、
その時を振り返ったとき、私は後悔することになると思う。

そうならないはずがない――と、嫌な確信があった。

「あ」

「あら――」

そうして結局、私達は小原さんに出会う。
いつものように桟橋に腰かけている彼女は、いつものように、イヤホンを耳から外して――

「今日は、二人なのね」

「迷惑だったかな」

「ううん、No problem」

小原さんはそう言って首を振ると、私から黒澤さんへと目を向ける。
二人は少しの間黙って見つめ合っていたけれど、不意に小原さんが苦笑を零す
黒澤さんはそんな彼女から目を逸らして、私の隣で膝を折る

「黒澤さん――そっちに座るの?」

「ええ」

小原さんのちょっぴり残念そうな声にも、
黒澤さんは極めて冷静――むしろ辛辣にも感じる声を返した。
怒っているわけでも不機嫌なわけでもないとは思う。
黒澤さんと小原さんは知り合いだったと聞いていたけれど、でもまだ<黒澤さん>なんだと少し親近感が湧いたのは、
私の心のうちに止めておくことにした。
0141名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/07/22(水) 08:29:14.33ID:9Z+3yWml
「それで?」

いつもなら音楽を聴くのに戻る小原さんは
珍しく――というと失礼かもしれないけれど
イヤホンを外したまま、私に答えを促してきた。

それで、どうして黒澤さんがいるの? だろうか
その質問はなんだか犬猿の仲みたいで
私としては申し訳なさからいたたまれなくなるので、
そうではなく、それでどうして二人なの? と思うことにする

違いは微妙だけれど、その微妙さが重要なのだ
絶妙だといってもいいかもしれない

「この前話した小原さんを異性に見立てて見栄を張った件だよ」

「バレちゃったの?」

「バレたと言うか――墓穴を掘ったんだ」

黒澤さんの私への興味を軽視しすぎた
それをどう受け止めるかは自由だけれど
感情抜きで語ればただの誤算である

ちょっとした冗談、悪戯
そのつもりで声をかけたら本当について来てしまったと
私は正直に話した
0142名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/07/22(水) 09:45:43.43ID:9Z+3yWml
「なるほどね〜」

小原さんは蜜を嘗めたような愉快な笑い声を溢した。
ただの失敗なら心配もするだろうけど私の場合はただの阿呆だ。
笑われるのもやむなしと肩をすくめていると
緩やかに笑い声が途切れて――

「黒澤さんとDate――してるのかと思ったわ」

「デートって」

「小原さんは――ここがデートスポットだと思ってるの?」

言葉に困った私の隣で、黒澤さんは平然と訊ねる
私を間に挟んでいるからか
黒澤さんは小原さんを見ずに、揺れている水面を眺めている

「ん〜どちらかと言えばありね。静かだし、邪魔もそんなにない」

連絡船が来ることはあるが、本数は特別多くはない
桟橋だって一つではないし、この付近なら別に桟橋である必要もない
この場所を気に入っているのか、語る小原さんは楽しげで弾んで見えた

「だから、Dateだと思った」

「残念ながら、期待しているようなことじゃないわ――ほんとうに、さっき話された通りよ」
0144名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/07/23(木) 10:25:31.00ID:+OMr4YtV
「ふぅん――」

「なに?」

「ううん、別に」

何か意味ありげな思慮の混じる吐息を漏らしながらも、
小原さんは黒澤さんのやや鋭さを感じる追及には首を振る。
隣にいる私には見えて、黒澤さんには見えない口元の緩やかな笑みは一体何を意味しているのか。
それを聞いたところで、すっとぼけるのが小原鞠莉という女の子だと私は思っている。

私と黒澤さんがデート――なんて、幼馴染曰く青春に満ち満ちた時間の使い方をするわけがない。
どちらかが男の子で、互いを異性だと意識したうえでの付き合いがあるのなら話は別だけれど。
私も彼女も女の子である。

黒澤さんの着替えは見たことあるけど、観察したわけでもなく
ましてや裸体を見たわけではないので、実は胸の有る男の子もあり得る。
――あり得ないけど。
その前提で、わけあって女の振りをさせられている。なんて、
普通は逆の浮世離れした設定が黒澤家に強いられているのであれば話は別だ

もちろん、あり得ない話だけど。

「本当に黒澤さんとは何もないよ。むしろ、小原さんと何かあると思われてるくらいだよ」

「何かあるのは小原さんじゃなくて、小原くんでしょ〜? あ・な・たの――Boyfriend、小原鞠莉くん」
0145名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/07/23(木) 11:25:37.54ID:+OMr4YtV
「勝手に脚色したのは悪かったと思ってるから、ほんとう」

そう言う私の隣で、小原さんは軽やかに笑っている。
黒澤さんとは別の気品を感じさせる彼女だけれど、時折感じさせるごくありふれた子供らしさが
彼女の人柄の良さを教えてくれた――と、思っていたのだけれど。

独りを好んで、ここにいる。
けれど、決して賑やかさが嫌いなわけではないだろう彼女は
私の張った見栄を、これでもかと言わんばかりに弄ぼうというのだから、
その判断は流石に時期尚早だったのかもしれない。

「黒澤さんは、相手が私で安心した?」

「安心――とは?」

ようやく小原さんを見た黒澤さんは、
到底友人とは思えないほどに怪訝そうな表情だった。
見る人が見れば睨んでいるような厳しさもあるように感じるのは、
それほどまでに、私との関係を茶化されたのが不愉快だったからなのか、
同性にあるまじき付き合いをにおわせるようなことを私と結びつけられかからなのか。

いずれにしても<私なんか>というのが大きいと言われなくても分かる。
これが幼馴染だったら、駆ける冗談とも言われる人だし、丸く収まっていたんだろうなと――ため息がこぼれる。
0146名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/07/23(木) 15:08:04.60ID:+OMr4YtV
「Angry?」

「怒ってはいないけれど――」

いやもう怒ってるよね? と横やりを入れたくなってしまったけれど、我慢する。
そんなに私のことが嫌いなのだろうか
それとも、さっきの冗談の延長線上だと思っているからか。

けれど、小原さんはその言葉で納得したのか、
いつも通りの軽い声を水面に向かって吐き捨てた。

「変な人に騙されていなくて安心したんじゃない? ってこと」

「あぁ――そういう」

「そういうって、どう聞こえていたの?」

「彼女を、ほかの人に取られていなくて安堵した。と、言っているように聞こえたから」

黒澤さんは困ったように言うと、
全然そんな関係ではないからと念を押しながら、私を一瞥する。
貴女も迷惑な話でしょう? と同意を求められたような気がしたけれど
私よりも早く、黒澤さんが話を続けてしまった

「そういうことなら、わたくし――そもそも心配なんてしていなかったわ」

当然のように――いや、たぶん当然なんだろうと思う。
黒澤さんは薄い笑みを浮かべながら、そう言った。
0147名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/07/23(木) 23:43:47.40ID:+OMr4YtV
「心配――してなかった?」

「ええ」

全くする必要ないわ。と、自慢げに言い切った黒澤さんは、
私のことをまじまじと見つめて笑顔を浮かべた

「この人が不誠実な人に心を許すわけがないわ」

「なるほど」

「え? えっ?」

黒澤さんは何を言っているのか
小原さんは何を納得したというのか
間の抜けた声を漏らしてしまう私をよそに、黒澤さんは困った表情を見せた

「信頼しているわ」

「私を?」

「ええ、貴女を」

そう言った黒澤さんは、あえて言うけれど。と、口にする。

「ここに来たのだって貴女を信頼していたから、誘われたのよ?」
0148名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/07/24(金) 11:24:22.22ID:76w45OnB
「貴女、すごく猜疑心が強いというか――あまり、自己評価が高くないから」

「高くない――?」

「ええ、高くない」

にやりとした小原さんの一言には、黒澤さんは穏やかに返す。
小原さんとしては<高くない>でも評価が高いから<低い>と言わせたかったのだろう。
けれど、黒澤さんは高くないと言う。
私の評価が低い分、黒澤さんの信頼が厚いということだろうか。

――そういう期待は、私は嫌いだ

「やめてよ」

拒絶する。
思いのほか語気の強いそれを、黒澤さんと小原さんは何も言わずに受け取って、
そして、苦笑する。
冗談じゃないのに冗談だと思われたかのような不快感を感じたけれど、
視線の先にいる黒澤さんは残念そうに首を振る

「ごめんなさい」

「謝らなくていいよ、ごめん」

間違ってるのは私。
そんなこと当然分かっているから。
これはただの好き嫌い――だから、貴女は何も悪くない。
0149名無しで叶える物語(SB-iPhone)垢版2020/07/24(金) 15:35:26.31ID:wVr4pd5F
みてるよ
0152名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/07/27(月) 09:05:01.39ID:ll1DMC2G
そうこうしているうちに連絡船が来て、小原さんが私達の前から去っていく
去り際に耳打ちされた「仲良くね」には、なにも返せなかった
黒澤さんは小原さんの乗る連絡船が出航してもまだ桟橋に腰かけたままで

「黒澤さん、帰らないの?」

そうすべきものだと思っていた私の問いかけに
黒澤さんは振り返るだけで
また船の起こした波に揺れる水面へと視線を下げた。
海が好きなのだろうか――なんて、松浦さんを参考にしたけど似合わない。

「――このあと、ご予定は?」

「予定? 予定は特にないけど」

「でしたらもう少し、お時間頂けないかしら」

黒澤さんは私を見なかった。
見ないままの要求を、私は「いいよ」と受け止めた。
黒澤さんらしくない
それは警戒すべきではあるけれど
私は黒澤さんの100%を知らないし
少なくとも<私のせい>だと認識するくらいの頭はあったからだ
0153名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/07/27(月) 09:59:45.84ID:ll1DMC2G
体半分くらいの距離を開けて黒澤さんに並んで座る
桟橋に腰かけると、あともう少しで足先が水面に付くくらいで
時々、跳ねた水滴が足を濡らした。

黒澤さんは時間が欲しいと言った割には、
特別な会話もないまま時間だけが過ぎていく

「――なにか、あったんじゃないの?」

言ってから、もしかしたら失言かもしれないと気付く
私としては、黒澤さんが私に用事があるんじゃないの?という意味合いを持たせたかったけれど
黒澤さんになにかあったんじゃないのか。と取るのが一般的な言い方だった。

「今のは――」

「なにかなければいけませんか?」

「え?」

黒澤さんは、私の方を見て微笑んだ。
一般的な解釈ではなく、私の意図をくんでくれただろうその表情に
私は何か、よく分からないものを感じてそっぽを向いてしまう。

「ただ、静かな場所で――貴女と二人きり。そうしてみたかったは、ダメ?」

黒澤さんは悪戯っぽい表情は見せなかったけれど
悪戯だと、なぜか私は思おうとした。
0160名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/08/01(土) 16:55:45.76ID:ITAIg2G5
「あら、悪戯じゃないわ?」

「――へ?」

「そういう、顔をしているように見えたのだけど――間違ったかしら?」

流し目で私を見ていた黒澤さんは、
私が口を閉じると、小さく笑みを浮かべて――また水面へと視線を落とす。
私の答えなんて待たずに、それが正解だと悟ったような
喜々としたものを感じる彼女の笑みは、夕焼けの橙色にとても映えて映る。

間違っていない。
私は内心で悪戯だと思うとした。
ううん、そう思っていた。
黒澤さんは私の顔を見て――それを察した。

――違う。と、思いたかった。

「へぇ――どうして、そう思ったの?」

努めて平常心で問いかけると、
黒澤さんは「そう見えたの」と、さっきと同じことを繰り返すように言って、
後ろに仰け反るようにして体を伸ばして。

「わたくしの言葉を、なんだか――疑っているように見えたから」
0161名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/08/01(土) 17:35:49.42ID:ITAIg2G5
私が言うのは、なんだか自白みたいなのだけれど、
そうだ。確かに私は黒澤さんの言葉を疑った。
もっと正確に言うのなら、彼女の言葉を紡いだ心を疑ったんだ。

私と二人きりになりたかった。
そう言ってくれた彼女の心を、悪戯なのではないか? と訝しんだ。
赤の他人ならいざ知らず、友人と認めてくれているはずの彼女を私は疑って、
黒澤さんはそのことを察してしまった。

「――私と黒澤さんは、黒澤さんがそうしたがるほどの関係には思えなかったんだよ」

謝らない。
彼女の心が少しでも傷ついたのだろうと考えるくらいの心はあるし、
申し訳ないという気持ちがないわけじゃない。
だとしても、彼女が謝辞を求めているとは思えなくて。

「黒澤さんの中の私は陰湿で空気の読めない、付き合いきれない<友達になってしまった>人だと思ってる」

「それは期待? 希望?」

「期待――なんじゃないかな」

私がそう言うと、小さな風が吹く
黒澤さんの長い髪を痛めつける潮風
いつもは磯臭さのあるそれが、今日に限ってはなぜだか心地のいい匂いに感じる
そして、黒澤さんの小さな吐息が聞こえた

「では、その後期待には沿えないわ」

黒澤さんが私を見る。
微笑みのない、力強い瞳には怒りが滲んで見える
私は空気を読まないけれど、察しの悪い人間ではないと思う。
だから、黒澤さんの苛立ちが<自分に対しての言動>ではないことに戸惑ってしまう。
0162名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/08/01(土) 20:31:51.82ID:ITAIg2G5
「やめてよ――黒澤さん」

私は戸惑いを隠しきれずに、そう口にしてしまった。
彼女は私に対して怒っている。なぜ? だなんて問いをすることができれば
解答欄を容易く埋めることができるだろうに。
寝ぼけながらに耳にした言葉を思い出しただけのような、
そんなギャンブルじみた答えなんて言わないだろうに。

「そんな目で、私を見ないでよ」

彼女の苛立ちは、より明確にするなら<失望>のように私は感じた。
彼女が何に失望したのかというなら<私>にだ
なぜ、失望したのか――?
それは、それはきっと、でも――

「どうして私を対等になんて扱いたがるの? 友達? そんな、概念になり得ない抽象的関係性をあてにしてるの?」

あり得ない。
そんなことで、私が私を卑下することに憤るなんて。
私は私に対して正当な評価を下している。
だって、そうじゃなかったら私は今、私足り得ない。
本当に友人と呼べる相手が幼馴染ただ一人だなんて、世間体から見た<寂しい子>なわけがない。

「私は黒澤さんの気持ちを知ってるよー―友達になりたいんでしょ? 私なんかと」

私はバスで、距離を詰めたがっている黒澤さんに
これでも関わっている方なんですよ。なんて、間接的な拒絶を口にした。
小原さんとの会話で、私を高く評価してくれている黒澤さんに、
止めてよ。と、直接的な拒絶を口にした。
黒澤さんの気持ちが分かっていながら拒絶するような子を、陰湿と言わずに何て呼べばいい。

彼女は黙って私の声を聴いていた。
眉も、瞳も、唇も何一つ動かさず、
風でさえ、生き物のように空気を読んで――静まり返っていた。
0163名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/08/01(土) 21:13:41.93ID:ITAIg2G5
「確かに――あなたは陰湿だわ」

「そうだよね」

「わたくしがたとえ、貴女のことが好きだと言っても冗談と取るのでしょう?」

「そうだよー―そう。だって、黒澤さんは慎重な人だよ。気紛れだとしてもしっかりと考えて言葉を選ぶよね」

これは信頼。
ほんの数ヶ月の短い間柄ではあるけれど、
黒澤ダイヤという人を見てきて私が抱いた印象。
知らない部分はとても多いけれど、彼女が大雑把に好きと口にすることはないと言える

だから、たった数ヶ月の関係でしかない私に<好き>はあり得ない。
もちろんのことだけれど、
これが恋愛からくるものであったとしてもありえないし
ただの友人関係からくるものであったとしてもあり得ない。
けれど――

「その信頼を裏切るようで悪いけれど――わたくしは、貴女のことを気に入っているのよ」

黒澤さんは困ったように笑いながら言う。
歪んだ眉、端で結ばれた唇、陰りのある瞳
それはまるで、<気に入っているのに>と、悲しんでいるようで。

「やめて。そういうのをやめてって――私は言ってるんだよ」

人と関われば自ずと付いて回る――精神的ストーカー。
私はそういうのが苦手。
そういうことをされるのが嫌い。
だから、関わりたくなんてなかった。
表面上の<あぁそう言えばそんな子いたね>で終わる付き合いでよかったのに。
0164名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/08/02(日) 00:12:38.66ID:KhJBgcWd
黒澤さんは悲しそうな顔をする。
どうしてそんなことを言うの――と。
そんな、私を本当に気に入ってくれていると感じられてしまう黒澤さんの表情を見ているのが辛くなって、
私はとうとう、黒澤さんから顔をそむけてしまった。

「私と黒澤さんは違う世界の人間なんだよ」

ぼそっと、
まるで独り言を言うかのようなつぶやきに、黒澤さんの髪が揺れる音が聞こえる。
首を横に振られた。
見てなくても、そうだと分かる。
風はないのに風を感じたから。
潮風に混じって感じた、好きになってしまいそうな香りを感じたから。

「私は、別世界の人の期待にまで応える自信がないよ」

結局、私はそれだ。
数えきれないほどの何かがあるこの世界においても<万人受けする>ことは不可能だと言っていい。
それは、この国、県、市区町村っていう狭い囲いの中であってもそう。
テンプレートを突き詰めたところで、オリジナリティを必要とする期待に直面した時、
私は手札を失ってどうにもならなくなる。

だから私はいつだって――使い捨てだった。
その場面で必要とされている部分を切り貼りして――受け流す。それだけ。
でも、それが通じるのはあくまで私をほとんど知らない知り合い相手。
そして、黒澤さんのようにそもそもの基準が高い人の基準値に、私は到達することなんてできない

「だから、黒澤さん。私達は――」

「それは嫌よ」

彼女はせき止める。
私が言おうとした言葉も聞き終えないまま
水面に映る彼女の躊躇している手が――少し、私の方に動く

「今のまま――なんて、そんな悲しいことを言わないで」

とても悲しそうに、零した。
0165名無しで叶える物語(SB-iPhone)垢版2020/08/02(日) 00:38:58.50ID:wxEugHL6
ここからどうなるのか気になる
0166名無しで叶える物語(しうまい)垢版2020/08/02(日) 01:16:15.67ID:pC4pUvBZ
素敵
0167名無しで叶える物語(茸)垢版2020/08/02(日) 07:34:01.52ID:Jdi7/WCw
概念になり得ない抽象的関係性ってなんか凄い言回しやな…
この主人公結構好きかもしれん
0170名無しで叶える物語(SB-iPhone)垢版2020/08/04(火) 14:23:26.98ID:Esr4X4lB
保守
0171名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/08/05(水) 10:16:28.89ID:yvTQ9R1p
風が少しだけ強く吹きつける。
ほら、言われてるぞ。なんて――背中を押す友人でも居るかのような感覚
黒澤さんは悲しんでいるけれど
今のままだって、私としてはずいぶん特別扱いをしている方だ

少し前にも似た話をした覚えがある
6月の終わり頃に、生徒会長に生徒会室を追い出されて
なぜか、黒澤さんの誘いに付き合ってしまったあの日。
彼女は私を友人と言い、気に入ってると告げてあと一歩くらい仲良くなれると嬉しいと言った。

もっとも、あの後に私の失言で空気が悪くなった挙句、
痛み分け――もやっぱり過言な気がするけれど、
そんな感じで、近づくために浮いた足を引き戻してしまったのだったか。

ともすれば――なるほど、これは黒澤さんのリベンジなのかもしれない。
私は気にしていないから、やっぱり仲良くなりましょう。と。

でも――。

「私はこれでも譲歩してるよ。生徒会、勉強会、こんな寄り道――初めてだよ」

私は自慢じゃないけどね。と、前置きをしてから、
幼馴染以外との二人きりの寄り道なんて産まれてこのかた一度もしたことがないと苦笑する。
私は誰とでも仲良くなることが出来る。
ただしそれはある一定以上に仲良くならず、学校で会えば話をし、街中で会えば会話をし
けれど、放課後。とか、休みの日に。とか、どこかに行こうよ。なんて、気心の知れた間柄にまでは決して至らなかった。

だからそう、私からしてみればずいぶんと、努力をしていると言える。
0172名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/08/05(水) 11:12:31.78ID:yvTQ9R1p
「今までで二番目に仲が良い。それで満足してくれないかな」

「――けれど、貴女。卒業したら二度と関わってくれなくなるでしょう?」

「そうかもしれないね」

相手が私のことを覚えていて、
街中で見かけたときに軽く話しかけてきてくれたなら、
私は適当に言葉を見繕って会話するかもしれない。

けれど、休みの日に連絡を取ってどこかに行こうなんて約束はしないだろうし
うちの大学の講師が云々、男子が云々なんて愚痴を聞いてもらおうだなんて考えたりもしないと思う。
そういう付き合いはきっと、幼馴染とだけで終わる

水面を通じて、黒澤さんと目が合う。
彼女の手はいつの間にか自分の膝上に戻っていて――彼女の顔が私の方に向くのが見えた

「わたくしは、その浦の星女学院の卒業で切れてしまう縁――にしてしまうのは寂しいと思っているの」

「なんなの、博愛主義者だったの? 黒澤さん」

「いえ、わたくしにも愛せない人はいるわ。けれど――貴女のことは、きっと愛せる」

夕焼けに照らされる二人きりの桟橋
不確かなリズムの波の音
凛とした声での――愛の告白
私が博愛主義――だなんて揶揄したからだとは思うけれど
ここまではっきりと愛せると言われてしまうと反応に困ってしまう。
そんな私をよそに、黒澤さんは告白の照れくささも感じさせずに、続ける

「この浦の星女学院に在籍する三年間、わたくしと友達になってくれないかしら」

「それは、べつに――」

良いけど。と、言おうとした私を遮るように黒澤さんが首を振る。

「上辺だけじゃなくて――そう、普通の、ありふれた友人のように」
0173名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/08/05(水) 11:57:27.25ID:yvTQ9R1p
ありふれたというのは、ほかのクラスメイトがしているようなことだろう。
学校だけでなく、外でもしっかりとした付き合いのある友達
時々遊ぶ約束をして、ちょっとしたことに一緒に一喜一憂するような――
私が作り上げてきた骨組みだけの友達ではなく、
すでに肉付けされ、出来上がった概念によって形成される関係

「なんで私なんかと――」

「それは、何度も言っている通りよ」

「だとしても――いや、いい。黒澤さんは私を気に入ってしまったわけね」

私の反論など、どうせ聞く耳は持ってくれないだろうと頭の中から排除する。
もしも私が幼馴染以外との関わりを断とうとしていることに
優しい心が傷ついているのだとしたら、それはとても申し訳ないと謝罪したい。

関わりを断つのが私の自分勝手ではあるものの、
入学式の日、私が「ごきげんよう」だなんて間の抜けた挨拶さえしなければ、
私と黒澤さんは今もただの級友で、そんな下らないことに思い悩む必要なんてなかったはずだから。

「正直、私は自分にそれだけの価値があるとは思えない。だから、黒澤さんの三年間を無駄にしてしまうかもしれないよ」

「わたくしは自分の目と――貴女の、その誠実さを信じているわ」

誠実。
黒澤さんの言うそれは、私とはまるで正反対に思えるけれど
彼女の中の美化され過ぎた私はきっとそれが合うのだろう。なんて、理想の高さに眩暈がしてしまう。
0174名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/08/05(水) 12:52:09.30ID:yvTQ9R1p
だから嫌なんだと、心底思う。
黒澤さんの真っ直ぐな目が失望に変わったときの、胸の痛みを空想する。
だから言ったのに――そう、口にする自分はどんなに惨めか。

逡巡して、息を吐く。
さざ波の細やかな音が織りなす空気を払拭するように首を振って彼女を見ると
黒澤さんもまだ、私を見ていた。
どうかしら? なんて、無邪気に聞いているような、緩やかな笑みを添えて。

「あぁもう――分かった。分かりました。良いですよ。友達になっても」

「ありがとう。嬉しいわ」

殆ど投げやりな承諾だったにもかかわらず、
黒澤さんはとても嬉しそうに笑う。
まだ中学生で、まだ子供らしい
そんな愛らしさを覚えるような喜びを見せた黒澤さんは、
躊躇っていた手で私の手を握る

「友達になって貰ったこと、必ず後悔させないわ。もし、後悔させてしまったなら――いつだって、絶交して頂戴」

「黒澤さん――」

実はもう後悔してるんだよ。とは、
空気が読めずコミュニケーション能力に乏しい私でもさすがに言うことは出来なかった。

「絶交は言い過ぎじゃないかな」

そう言って誤魔化すように笑って見せると、合わせて笑ってくれる黒澤さん
彼女の手は私の手を握ったままで――何となく、黒澤さんが抱いていた私との距離感が掴めたような気がして。

こうして、三年間――7月ということを鑑みればあと約二年半。
その期間限定の友達契約を私達は結んだ。
――契約だなんて黒澤さんは言っていないけれど、私はそういうものだと思うことにした。
0175名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/08/05(水) 15:22:19.93ID:yvTQ9R1p
黒澤さんとの友達契約なんていう珍妙なものにサインをしてしまった翌日
登校してそうそう机に突っ伏した私は、寝不足も相極まって深々とため息をつく。

今までちゃんとした友達らしい友達なんて幼馴染くらいしか覚えのない私が、
ありふれた友達――なんて、抽象の二乗みたいな意味不明さに輪をかけたものが分かるわけもなく
契約した以上はと調べようとした結果、
今朝、知識の海で溺死寸前だった私を起こしてくれた目覚まし時計が往生したのは痛ましい事件だった。

「あっさから不景気なため息ついてるねぇ――タバコでも吸う?」

「吸う」

先に登校して貰った幼馴染が差し出してきたタバコ―ただのチョコ菓子―を咥えて、口の中で溶かしていく。
寝不足の頭に溶けていく仄かな苦みと薄い甘さが少しだけ心地よく感じる。

「あのさ――私達って、友達?」

「藪から棒だねぇ。ん〜――友達と言うよりは幼馴染なんじゃない? あるいは腹違いの姉妹」

「落差酷いよ」

やっぱり、この人では話にならない。
インターネットでも錯綜する情報を頭が空っぽな人に聞いた自分が間違いだった。と、
落胆する私の前に、松浦さんと渦中の黒澤さんが近づいてきた。

「おはよ〜」

「おはようございます」

何となく黒澤さんを見るのが気まずくて、
机に伏せったまま、「おはよう」と、二言をまとめた。
0176名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/08/06(木) 09:36:34.78ID:qyMWAwg+
「あら、どうしたの?」

「なんか、私とは腹違いの姉妹になりたかったらしくて――いったっ!?」

「そんなこと言ってない」

脳内焼畑農業な幼馴染のすねを蹴り上げて黙らせて顔を上げて。
困り顔の二人に違うからね。と、取り繕ってから黒澤さんだけを見る。
黒澤さんはと言えば、私と目が合ったからと笑顔になる――なんて

それはさすがに狡くないかな。

昨日の件がどれだけ嬉しかったのか感じられてしまうし、
適当に話を合わせて穏便に切り抜けようと考えていた私が悪者みたいだ
実際、悪者なのかもしれないけど。
友達とはかくあるべし。としてきた私の理想は黒澤さんの御眼鏡には適わないだろうし
小学校辺りで、友達研修でも義務教育として行ってくれたらよかったのに、なんてため息をつく

「腹違いの姉妹って? 何かあったの?」

「この人の妄言だから気にしなくていいよ」

「もしかして、姉妹が欲しかったとか?」

「姉妹――うーん。姉妹ねぇ」

いても良かったかもしれない。
どちらかと言えば面倒事を任されてくれそうな姉が良い。
けれど、至ら居たら面倒そうだし、今は今で不満はないので別にいらない。
首を振って違うと答える

「別に大したことじゃないよ。ただ、寝不足だっただけ」
0177名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/08/06(木) 10:20:06.74ID:qyMWAwg+
「寝不足って――大丈夫なの?」

「珍しいね。今までそんなこと一回もなかったのに」

「私もたまには夜更かしもするよ」

原因である黒澤さんは全くそんなことはなさそうだけれど、
昨日の今日だからか、視線を彷徨わせると――はっとして目を見開く
心の中で気付いた? と幼馴染のような意地悪なにやけ面を浮かべて、現実ではそっぽを向いた。
私にとって友達とはそれほどまでに形容しがたい間柄なのだと、分かって欲しい。

もちろん、上辺だけ――それっぽいものならいざ知らず、
真剣なお友達に関しては。という条件付きになる。
私がしてきた友達そのままでいいのなら、気が楽なのだけど。

「ところで腹違いの姉妹って、父が同じなんだろうけど、母が同じで父が別の場合って何て言うんだろうね」

「ん〜? お母さんのお腹。つまり子宮が違うって話なんだからチンーーいったぁぃ!?」

「種違いだよ。腹違いと違って、やや現実的だからあんまり使いたくないよね」

「なんで――なんでぇっ」

「馬鹿なこと言おうとしたからだよ」

流石に走れなくなったりしたら問題なので、足をけらずにお腹にパンチ一発。
女の子しかいないからって、流石に具体的なことを言われても困る。

確かにそれが違うから、それ違いと言ってもいいのかもしれないけれど、
そういうのは、一人で勝手に呟いて悦に浸っていて欲しい。
というより、松浦さんの頭を狂わせるのは許容できない。
0178名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/08/06(木) 10:37:52.61ID:qyMWAwg+
幼馴染の奔放さと言うべきか
もはや爆発物染みた面倒くささに悪態をついていると、
黒澤さんが私と幼馴染を見ていることに気付いた。
松浦さんも気づいたようで「どうしたの?」と不思議そうに呟いて

「あぁ――いえ、ふふっ、ごめんなさい。仲が良いのよね」

「仲が良い――? 冗談じゃないよ。何でもかんでも手足出してくるようなやつとなんて絶交だねっ」

「そうじゃなきゃ止まらないそっちが悪いんでしょ。その底の抜けた鍋みたいな脳味噌取り換えてきなよ」

「はーっ、塞がったら溜まっちゃうじゃん。足遅くなるし」

「えぇ――」

馬鹿なことを威張って言う幼馴染
何を言ってるのかと目を丸くして唖然とする松浦さん
その傍らで、絶交なんて言葉が決して正しく機能しないと分かっているかのように楽し気な黒澤さん。

「勘違いしないで欲しいのだけど、こんなの友達じゃないからね」

「え――えぇ。分かっているわ」

少し驚いて、隠し味に残念そうに感じる陰り。
何を考えていたのか何となく想像できるけれど、
私が黒澤さんを蹴ったり、殴ったりはできないししたくない。
そもそもする必要がない。

「でも、貴女と一番仲が良いのよね」

「そうだけど――参考にしないでよ? こんな黒澤さんになったら卒倒する自信ある」

黒澤さんから幼馴染へと目を向ける。
お腹の痛みも足の痛みも――絶交だなんて言葉も忘れたかのように、
幼馴染は「なに? もう一本やっとく?」と、チョコ菓子を口に突っ込んできた。
ビターな甘さの短い棒状のチョコレートは、すぐに溶けていった。
0179名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/08/06(木) 12:12:28.33ID:qyMWAwg+
そうして放課後、部活に行く幼馴染と家の手伝いに行く松浦さんと別れ、
私と黒澤さんは生徒会室に来ていた。
普段は生徒会長と私達しかいない生徒会室には、他学年の役員がそろい踏みで
普段は広く感じる生徒会室がとても、手狭に思えてしまう。

「そしたら、みんな揃ったことだし始めましょうか」

温厚な生徒会長らしい緩い声で、会議が始まった。
会議と言っても必要事項については、テスト前に終わっているので、
それらの手続きが本当に正しく行われているか、必要な物は最低でも前々日までに届くのか。
そういった、来週行う体育祭についての確認をするだけだ

「あぁ、それと。生徒用の応急テントは昨年分よりも少し広めのやつにしてます」

「そうねぇ〜去年より暑くなるみたいだから。場合によっては校舎の方で休んで貰ったりするとして〜」

「そしたら予算余ってますし、熱中症用の備品増やします? 繰り越してもいいですけど」

元々、前年度――それよりも前から、ほとんど仕様に変更なく実施されるというのもあるけれど
私と黒澤さんを除いて二年生、三年生で形成されている生徒会役員の手際の良さはさすがで、
副会長の確認する内容について、次々と話が飛び交って、終わっていく。

「ふむ」

「なに書いてるの? 書記は私が――」

「個人的にね。役員としてどう考えてるかメモっておこうかと思って」

私は今、会計役員として所属しているけれど、
来年になってまた会計をやっているとは限らない。
現に人数の少ない浦の星女学院生徒会だからか、
昨年度は書記や会計だったが、会計や書記をやっている。副会長をやっている。という人もいるわけで。
議事録以外のことも多少は頭に入れておきたいと思っていた。
0180名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/08/06(木) 16:12:31.05ID:qyMWAwg+
個人メモを一瞥した黒澤さんは
自分の書き出している議事録用のノートを確認すると「あとで見せてくれない?」 と、囁く。

黒澤さんが困っているとは思えないし、
七割がた興味本位な気がして個人用メモだから断りたい――と、思うのだけれど
友達だとしたら、二つ返事で良いよ〜とでもいうのだろうか?

教室で稀に見る勉強やらない系女子と、勉強やってる系女子のやり取りを思えば――
一つ、仕方ないなぁ。今回だけだからね
一つ、は? 自分が悪いんでしょ
一つ、字が汚いから見せられないよっ
大体この辺りだったかな。と、小学生から高校一年半ばまでの記憶をサルベージする。

「良いけど、参考にならないと思うよ」

どれも役立ちそうにないので、即興で一言。
ありきたりな返しだったのだけれど、黒澤さんは「それでも大丈夫」と、少し嬉しそうに眉を動かす。
友達らしいやり取りができたのだろうか。なんて
黒澤さんとのやり取りの重点が友達らしいかどうかにすり替わりつつあるのを感じて、ため息を零す。

「なぁに? 体育祭、そんなに嫌なの〜?」

「あっ――いえ、副会長――そのっ」

「ふふふっ、冗談よ〜。あんまり長い話は私も好きじゃないわ〜」

この間延びした副会長の声は、生徒会長以上に眠気を誘う。
穏やかなのは二人ともだけれど、よりおっとりしているというか――弾力があるというか。
そんな副会長は手元に用意してあった資料を確認すると、
他に確認しておくことがないかと、会長に確認を取る
0181名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/08/06(木) 16:41:53.91ID:qyMWAwg+
「そうですね――念のため、予備テントの点検もしましょうか」

「あれ使います?」

「使わなければ使わないで良いのですが、一昨年ひと張り組み立て中に壊れたことがあるんですよ」

その壊れた分はもう処分して、別のやつに代わっているので問題ないというのは確認済みだけれど、
現在使っているものと、予備の中に壊れたものと同時期に用意されたテントがあると、生徒会長は話して。

「一度組み立てて少し様子を見てみたいですね。組み立てられたけれど、風が吹いて崩れましたなんて目も当てられませんから」

「それなら、件のと同時期のものの組み立てと合わせて、製造年月日控えておきます? その記載なかったんですよね」

「良いですね。他校やイベントに貸し出す可能性も無きにしも非ずです。安全面には全身全霊で行きましょう」

まるで会長らしい威厳を感じさせない生徒会長だけれど、
周りの誰も、そんな会長を相応しくないとは思っていない。
ふんぞり返っているだけでも、呆けているだけでもなく
けれど、とても明るいその人は生徒会室の厳粛さを緩和してくれるので、話がしやすい。と、思う

「と言うわけで点検は私の方から先生方に提案しておきますが――人手が欲しいですね。皆さんご協力ください」

浦の星女学院は、静真のようなマンモス校と違って生徒数がとても少ない
それこそ、統廃合の話が出てきてしまうほどに。
それゆえに教師の数もそれなりに調整されているため、部活のことを考えると手が足りないのは明白
だから予め人手を集めておきたいのだろう。と、意味もなく勘繰る

「明日の放課後までには結果発表できると思いますので、お待ちくださいね」

終始楽しそうな生徒会長の手がぱんっと音を立てたのを皮切りに、
副会長の会議終了の一言で、生徒会は解散となった。
0182名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/08/06(木) 17:11:55.76ID:qyMWAwg+
「黒澤さん、議事録は別に今日中とか明日までとかないので、やれるときにまとめてくださいね」

「はい」

みんなが席を立つ中で、一人座ってノートを広げたままだった黒澤さんに生徒会長が釘をさす。
一番最初の会議があったとき、律儀に即日提出した黒澤さんが、
生徒会長に「真面目過ぎですよ。もっと簡潔で良いんです」と困った顔をされていたのを思い出して、苦笑する。
私も見せて貰ったけれど、あれは議事録というよりも説明書めいた何かだった。

「仕事などだと即日が基本なのかもしれませんが、ここは会社じゃないので自分の時間を潰したら駄目ですよ」

「ありがとうございます」

観念したようで、
ノートなどをまとめて鞄にしまった黒澤さんが席を立ったのを見て、生徒会長も鞄を手に取る

「今日はもう閉めます。私も用事があるので早く帰りたいですし――議事録書かせたくないので」

「会長〜。家で書いちゃうんじゃないかしら〜?」

会長のしたり顔を引っぱたく副会長の横槍。
そんなことするとは思っていないとばかりに驚く生徒会長は、
黒澤さんに「しませんよね? しませんよね?」と、詰め寄っているのが何だか友達同士のようで。

生徒会長と黒澤さん
二人のやり取りは果たしてただの役員仲間と言えるのだろうか。
私が生きてきた約15年間で色々見てきたけれど、
友達と言えるのではないだろうかと、記憶が首をかしげる。

「えっ、あ、やりません。書きません。会長――助けて――」

黒澤さんの視線を感じて手を伸ばしたけれど、
私がどうこうする前に、詰め寄る会長のカバンを副会長が引っ張って止める
空を切った手が少し恥ずかして、私は誤魔化すように黒澤さんのカバンを取ってしまった。

「そういうことだから帰ろうか。黒澤さん」

一足先に、生徒会室を出る。
黒澤さんの「待って」という声に、自分が意外に足早だったことに気付かされた。
0183名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/08/07(金) 09:19:36.43ID:2EFAwJGP
「――会長の強引さには困らされるわ」

帰りのバスに揺られながら、黒澤さんは思い出したようにぼやいた。
基本的に腰が軽い――は不適切だし、柔和だろうか。
そんな会長は各々に任せて必要があれば介入してくるといった人だ。

その会長が「ダメですよ」なんて止めるのだから
黒澤さんは相当放っておけないタイプなのだろうかと推測する。
私としても放っておいても上手くやってくれるだろうとは思うけれど
上手くやろうとし過ぎてしまうから、やはり放っておくのは難しい。

「もう少し、手を抜くことを覚えた方が良いかもね」

「手を抜くなんて――そんな」

「気持ちは分かるけどね――」

続きそうになった口を閉じて、考える
黒澤さんの思ってることと私のそれは認識があっているのだろうか。と
ただ、考えすぎてはと小さく笑って間を置く

「分かるは過言かもしれない。でも、それで自分を追い込むのはあまり良くないって思うよ」
0184名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/08/07(金) 09:35:17.19ID:2EFAwJGP
これが果たして友達らしい発言なのかどうか
それも分からないけれど
少なくとも、私はそう思った。
黒澤さんが手を抜くのが好きではなく、どちらかと言えば完璧主義だろうという推測のもとではあるけれど
このままそのスタンスを貫いては苦しむかもしれないと。

「あぁ――別に、強制はしないけどね」

黒澤さんがそうしたいという固い意思があるなら私は無理をいう気はない。
それを思うと同時に――これは過干渉だったのではないかと少しばかり後悔する

なんと言えばいいか
そう――私は黒澤さんを心配したのだろう。
前にもたしか、私は黒澤さんを心配した覚えがある。

困惑する私を、黒澤さんの視線が焼き殺そうとするものだから
思わず手でパタパタと扇いで、そっぽを向く

「あんまりこっち見ないで。注視されるの好きじゃないんだ」

そう言うと、彼女は優雅さを感じる小さな笑い声を溢して

「ごめんなさい、つい」

喜ばしさを感じさせたのだった
0185名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/08/07(金) 12:56:37.20ID:2EFAwJGP
「からかうつもりはないの。ほんとうよ」

「知ってる」

黒澤さんとは反対側――窓の外を眺めながら適当に答える。
幼馴染はともかくとして
黒澤さんはこういう場面で茶化してくる人ではない――と、私は信頼している

だとしたら、黒澤さんから感じた嬉しさも真実となるわけなのだけど
それはそれで悪い気はしなかった。
それとこれとは別の話で、一応言っておこうかと――ため息をつく

「私は<ありふれた友達>なんて知らないから、過剰だったら遠慮なく言ってくれて良いよ」

「と――言うと?」

「友達が踏み込んで良いラインを知らないの。私」

ただの知人、上部だけの友人関係
それなら、相手が語る自伝を暗記して確かこれこれこういう人だったよねと考えて
作り上げた対話辞典から適切そうなものを引っ張り出すだけで良かった。

知りもしないことを知ったかぶったり、
自分の感情の押し付けなんて一切する必要はなく、適度に同調して<確かにね>とでも言っておけば良い。

逆に幼馴染は土足で踏み込まないとこっちが汚されるので遠慮は要らない。

けれど黒澤さんとの関係は違う。
上部だけの友人関係でも幼馴染でもなく
日々積み重ねられ変質する友人関係になりたいと求められ、私はその契約を受領した。
その友人関係Lv1あるいは0の状態でいかほどまで許容されるのか

私にはそれが分からなかった。
仕方ないじゃない――そういう友達なんて作ったことがないんだから。
0190名無しで叶える物語(茸)垢版2020/08/11(火) 00:41:15.69ID:74j3+M32
休みの日は更新しないスタイルなのか…オリキャラな分他と違って人気無いんだから落ちるぞ
果南か鞠莉にしておけば人気あったろうに
0191名無しで叶える物語(えびふりゃー)垢版2020/08/11(火) 01:01:20.53ID:nifjQ1W3
いやこういう夢系(?)は貴重だよ
てか普通に小説みたいで好き
0192名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/08/11(火) 09:46:47.43ID:jSoeodj/
「例えば黒澤さんが悩んでるとして、友達がそれに対してどうするべきか判断できないんだよ」

「友人関係なく、貴女ならどうするの?」

「関係ないなら何も聞いたりしないかな。特に変わらず関わらず。相手に任せる」

そもそも、相手から関わってくるならともかく
自分から積極的に近づく気のない私は、相手の悩みに関わる気がない。

雰囲気からして何か悩みを抱えていると察することが出来たとしても
私がそれに関わったところで解決してあげられる保証はないし、
触れて欲しくない悩みかもしれないから、藪蛇になってしまうかもしれないし。
だから、私が何かするとしても――

「せいぜい、日直を手伝ってあげるくらいだよ」

「相手から話して来たら?」

「話を聞くくらいはする。聞くだけね。それ以上は何もしないよ」

黒澤さんを見ることなく苦笑してため息をつく
自分が出来る以上のことから逃げるのが恥なら私は別に恥ずかしい人間で構わない。
下手に触れて火傷するのも
相手を焼き殺してしまうのも、私はごめん被りたいと思っている。
私が出来るのは、保健室に連れて行ってあげる程度のことだ。
0193名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/08/11(火) 10:04:25.55ID:jSoeodj/
「でもそれは私の考えなんだよ。友達だったら――どうするんだろうね」

どうしたの黒澤さん? 大丈夫?
そんな風に声をかけてあげて、寄り添ってあげるのだろうか?
それとも「こうしたらいいんじゃない?」なんて、身勝手に指標を立てるのか。

それが正解だなんて分かりもしないくせに
同程度の人生経験しかなくて、先んじた知恵も知識もないくせに。
それが誤りだったとき、責任を取れるような力もないくせに。
何かしてあげたい。
そんな悪意ともいえる善意を押し付けるのが、友達と言うものなのだろうか

幼馴染や、小学校中学校で周りの話に合わせるために履修したアニメや漫画では、
そう言った押しつけがましい友情話が取り上げられていたし、
登場人物はそれに対して「ありがとう! 頑張ってみるね!」などの反応をしていた
中には「勝手なこと言わないで」と激高する登場人物も見られたのだけれど
相談相手の勢いに根負けしてしまうというのが大体の流れだった覚えがある。

私が参考にした作品が悪かったのか、
友情とは、そんな紆余曲折を経ない単純明快なものなのか。

「黒澤さんなら声をかける? 自分の意見を相手に話す?」

「わたくしなら――そう、ね」

黒澤さんは考えながらなのか躓くような言葉遣いで、
黙り込んだ彼女に目を向けると、意外にも――いや、黒澤さんなら必然かもしれないけれど
真剣に考え込む横顔が見えた。

「何かあったの? と、声をかけると思うわ」
0194名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/08/11(火) 10:33:08.86ID:jSoeodj/
「それが友達の在り方だって?」

「自分が悩むほどのことを相談できるとは限らないでしょう?」

自分一人で悩んでいてもらちが明かないことは分かっているのに
それを打ち明けることで迷惑をかけるのではないかと委縮してしまう人も少なからずいる
そういった人達も相談が出来るように
せめて、話すことで楽になれるように
黒澤さんは自分から「何かあったの?」と問う。と、言った。

なるほど一理あると思う。
私もどちらかと言えば、打ち明けないタイプの人間――のはず。
そこに自信が持てないのは常日頃から幼馴染に看破されてしまうからなのだけれど
それはともかくとして、私もそういう人間だと思うから、
その立場で考えれば、黒澤さんのそれはありがたいのかもしれない。

「友達って、そうやって踏み込むものなんだね」

「踏み込むというより――寄り添うの方が良いと思わない?」

「寄り添う?」

「そう――例えば、今みたいに」
0195名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/08/11(火) 13:46:59.27ID:VQshTttr
今みたいに――と言うのは、
話している内容かそれとも物理的な距離感のことなのか
会話の内容的には寄り添っていると言えるのか微妙だと私は思うのだけれど
黒澤さんの基準ではこの微妙さこそが絶妙な線引きである可能性もないとは言い切れない。

少し考えてから「物理的な距離?」と聞いてみると
黒澤さんは少し困ったような顔をして「そう」と、短く答えた。

「違うなら言ってくれていいのに」

「違ってはいないのだけど――物理的距離というのが、なんだか」

黒澤さんは「冷たくて」と、零すように続ける。
表現に冷たいも温かいもないのだけれど、含まれている感情が冷たく感じられたのかもしれない。
私個人としては、別段あしらうような言い方をした覚えはないけど
黒澤さんがそう感じたのなら、そうなんだろうと思うべきかもしれない。

「ごめん」

「えっ」

「いや、驚かないでよ――冷たく感じたんだよね? そんな風に感じさせるつもりはなかったから」
0196名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/08/11(火) 16:07:21.16ID:VQshTttr
「貴女――ほんとう、不器用ね」

黒澤さんはなぜかとても明るくに笑う。
それがあまりにも楽しそうなものだから、
恐らく笑われたであろう私は少しばかり羞恥心を刺激される。

冷たい。なんて寂しそうに言うから、
悪いことを言ってしまったと思って謝罪を口にしたというのに、
黒澤さんは「不器用ね」なんて一転して笑うのだから、
私はきっと友人だろうが知人だろうが他人だろうが変わりなく、黒澤さんに腹を立てて良いのではないだろうか。
――自分が不器用なことは、良く分かっているのだけど。
そう考えて彼女を見ると、黒澤さんは口元を手で隠して「ごめんなさい」と謝った。

「別に良いよ。不器用なのは自覚してるから」

「馬鹿にしたわけじゃないの。ごめんなさい――うまく言えなくて」

「ん――」

上手く言えないとは、何の話か。
不器用なのは私もそう思っているし、それ自体はうまく言うも何もない
オブラートに包みたかったというなら話は別だけれど、
それなら、彼女が笑ってしまったことが不自然だ

なら――と、考える。
黒澤さんは私のことを馬鹿にしたわけじゃないと言った。
それだって、別におかしなことではないだろうから――。

「黒澤さんの思う私と今の私が同じだったことが嬉しかったのかな?」

新しい一面を知ることが出来て嬉しいという感情もある。
現に私は、思っていたよりも感情豊かで楽しそうに笑う黒澤さんを知ることが出来て――いや、それは別の話として。
黒澤さんはそう言及するのではなく「<ほんとう>不器用ね」と言った。
それはつまり、想像通りだった。と、取れる

だから、自分の考えと通じていたからこそ嬉しくて笑ってしまって、
卑劣にも感じられる前言を思ってごめんなさいと言ったのだと、私は解釈した。
0197名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/08/11(火) 16:51:09.00ID:VQshTttr
「そうかもしれない。ええ、嬉しかったのね――」

黒澤さんは自分以外の誰かの話に潜りこんでしまったかのように、
感傷的な雰囲気で、胸元に手を忍ばせる
その所作はとても美しく見えたけれど、私は顔を背けた。

「私の謝罪、押しつけがましかったね」

「いえ、そんな――」

「良いよ。正直で、良いよ」

そう言うと、黒澤さんはすぐには何も言わなかった。
誰かがバスの停車ボタンを押して、雰囲気を壊す軽快な音が車内に響く。

「――少しだけ」

「だよね」

私は思わず笑って――あぁ、と、納得する。
私が想像した私と黒澤さんの思っていた私が寸分の違いもなくかみ合ってくれたように感じたからだ。
これを笑わずにいられるようか――いや、いられない。
そんな子供が使いそうな反語を口の中でかみ砕いて、ため息をつく。

今思えば、私のさっきの言葉は「冷たく感じた? はいはいすみませんでした」なんて感じにも取れてしまう。
黒澤さんはそう取らず、本当にそう感じさせてしまったのかもしれないと悔いたことを察してくれたから、
不器用だ。と、言ったのだろう。

「コミュニケーション能力が乏しい人って、コミュ症って言われるらしいよ」

「貴女は口下手なだけでしょう?」

黒澤さんは迷いも間もなく、否定する。

「――あぁもう、困ったなぁ」

黒澤さんの迷いがないそれは本心だ
彼女の想像と自分の想像が似通っていると感じてからのその評価は、とても――。
時々、建物が窓を埋める
そのたびに見える黒澤さんは私を見ていないけれど、楽し気で。

「夏になるとこの時間でも眩しいよね」

「ええ、そうね」

まだ明るい空からの陽射しから逃げるように、瞼を閉じた。
0198名無しで叶える物語(もんじゃ)垢版2020/08/11(火) 18:21:57.46ID:VQshTttr
そして、やってきた体育祭当日。
目覚めは快適、空は快晴。曇りのない清々しさ。
さて、と意気込んで
大敗を喫した逆さてるてる坊主をバーベキューグリルで焼こうとしたのがバレて両親に怒られたが、
それは些細な問題だった。

教員人数が決して多くないため、
生徒会役員の手も借りたいという申し出を生徒会長が快諾してくれたおかげで、
他の生徒よりも少しだけ早く、私は学校へと到着していた。

昨日までに用意してあったテントや備品などを確認し、
安全面の問題や過不足などを改めてチェックし、生徒会室――ではなく、空き教室で集まった。
というのも、生徒会役員だけでなく保健委員などの委員会にも手を借りていたからだ。

普段は制服を着ている全員が体操服だったりジャージだったりと軽装で
それはなんだか異質な感じがしたけれど。

「待ちに待った体育祭ですね! 晴れてよかったです。委員会の皆さんもご協力いただき、ありがとうございました」

「会長〜終わりの挨拶じゃないんだから〜」

「あら――そうですね。皆さん大変かとは思いますが、引き続きご助力お願いしますね」

会長のふわふわとした声に、体育祭当日であることを忘れさせられそうになったものの、
黒澤さんの「ちゃんと来てくれてよかった」という安堵を耳にしては、忘れるわけにもいかなかった
仮病で休むと思われていたのなら心外なのだけれど、そうではない。と、思う。
流石の私も、運動が嫌いだからといってサボるほど性根は腐っていない。

「辛かったら遠慮なく言ってくれていいから――無理は、しないように」

「分かってるよ。大丈夫、事情を察して種目は二つにして貰ってるし」

「それでも、天気がいい分疲れるでしょう?」

「それもそう、かな。うん――ありがとう黒澤さん」

浦の星女学院最寄りのバス停で降りてから、校門までの距離
それで一瞬でも死ぬかと思ったし、
走ろうものなら、意識が勝手に天にまで駆け上がっていきそうだと、私は苦笑いで誤魔化す。
生徒会役員で、クラスメイト
だからか、基本的に黒澤さんと一緒に行動するというのは――救いだったかもしれない。
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