黒澤ダイヤと三年間
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私が浦の星女学院に通おうと決めたのは幼少期から隣人である幼馴染がきっかけだった。
どの高校にするべきか、それなりに近いし静真でいっか。などと軽視していた私をよそに、
浦の星女学院、略称では<浦女>の情報を見ていた幼馴染は、唐突に言ったのである。
「私、浦女にするね」
確かに近所の高校ではあるので、別に中学生の浅はかな怠惰さにおける進路希望としては間違いじゃない。
しかし彼女は「記念になりそうだからさ」と明確な理由があるように言う
そしてそれはもう大層嬉しそうに「ここは廃校になるね。間違いなく」と断言して「ここに行く」と言ったのだ
卒業後か、在学中か
とにかく廃校になって世界から消えてしまった高校の生徒という肩書に魅力を感じるお年頃なのだそう。
正直、私にその気持ちは理解できなかったけれど、
幼馴染とは幼稚園から今日にいたるまでクラスも同じという運命の根強さもあって
この子がそこにするならという軽い気持ちで考えていた。
私は実に、浅はかだったのだ。
とはいえ私立。
入学金もその他もろもろも公立とはまるで変ってくるので、
理由はしっかりと<お母さん達と同じ高校に通ってみたいの>なんて情に訴えた。
そうした経緯もあって、
それなりに勉強をして受験をした私と幼馴染は難なく浦の星女学院への入学が決まって。
彼女――黒澤ダイヤと出会ったのは、その記念すべき入学式の日だった。 その日、愛しき隣人である幼馴染は盛大な寝坊をやらかしたのだ。
起こしに行ったのに二度寝されたのだから、惨い話だと思う。
いや、そういう人だと分かっていたのに信じたのが悪いのかもしれないけど。
私が自分と幼馴染の両親の熱烈な<先に行ってしまえ>に応え一人での登校となって
受験の時にも感じた坂道の厳しさに、
あれこれもしかして高校選び失敗したのではと今更に辟易しつつ辿り着いた校門で、彼女と出会った
煌びやかな日差しを受ける煌々と美しい長髪を風に靡かせ、
まだ新品ともいえる制服に身を包んだ黒澤ダイヤと。
「――あの」
私の視線に気づいたのか、彼女は振り返った
髪を押さえる手のしなやかさに目が滑って、彼女の視線と交わる。
光を反射する艶のある黒の長髪
端正な顔立ちの中、緑柱石のような瞳が揺らめいていて
制服の上からでも感じられるすらりとした姿勢の良さに圧倒される
だから<これは私とは違う世界の人だ>と、感覚がねじ曲がって
「ご、ごきげんよう!」
とっさに出てきた上ずった第一声。
お嬢様とはつまりこれである。
それを熱弁してくれた幼馴染に感謝――なんてするわけがなかった 「またまた同じクラスかぁ」
悪運が強い幼馴染は結局遅刻をせずに登校してきて
早くも机にふて寝する高校生活が決まったはずの私に声をかけてきた
「いやーごめんねー」
幼馴染の聞き慣れた声が弾む
語尾が僅かに膨らんで感じるのは寝不足の兆候
おおかた、遠足みたいな気分で眠れなかったんだろうと、察する
いつもなら軽口の一つでも叩くところだけど、今の私の心は引きこもり。
ふて寝をして聞こえない振りをすると幼馴染は「ところでさー」と笑い混じりの切り口を開いた
「黒澤さんにごきげんようって言ったんだって?」
「なんでそれを――あー、いや、うん。言わなくてもわかる」
ご田舎特有の――かは知らないけれど。
ご近所付き合いの繋がりの多さはなんて忌まわしいことか。
その場を知らないはずの幼馴染の知るところになっていたようで
笑いに笑って「ないわー」と声をあげた彼女の脛を、とりあえず蹴りあげた ごめんごめんと平謝りする幼馴染に向けて顔をあげる
そこまで強くは蹴ってないとは思うけど、
一応心配すると「大丈夫」と笑う
「でも良かったじゃん、ごきげんようって返してくれたんでしょ?」
幼馴染は終始聞き及んでいるのか、そう言った。
何が良いものかと手で払う
あろうことかあれは初対面の出来事で
同じクラスでなければまだ名前も知らなかっただろう相手への大惨事
けれど、彼女は困惑しつつも柔らかく微笑んで「ごきげんよう」と返してくれた
確かにあの笑みを向けられたという点では良かったかもしれないけど。
「まぁこれからだって! せっかく同じクラスなんだしさ。仲良くしちゃいなよ」
「仲良くって言われてもね」
「庶民がちょっと良い人と知り合いになれるチャンスなんて、学生時代くらいでしょ」
真剣な幼馴染の助言だって周りは思うけれど
にんまりとした口許が<これから面白くなるな>と楽しんでいることを示すと分かる私としては
複雑も複雑に、出席番号順的にそれなりに離れた彼女の背中を眺めていた |c||^.- ^|| 私はまた殺されてしまうのでしょうか? 入学式はあっという間に終わり、教室に戻ってきた私達を待っていたのは自己紹介だった
さすが地元の私立校というべきか
結構な割合で知り合いがいるけれど、初対面もそれなりにいる
彼女もその一人
黒澤という大きな一族は知っていたけれど
そこにダイヤという名前の同い年の女の子がいるなんて知らなかった
私の幼馴染は祖父が漁師ということもあって知っていたらしいけれど。
聞いてないよとちょっぴりムッとしてみると、
幼馴染は相変わらず笑いながら「知ってるだけだったからね」と言っていた
名前と同年代
その程度しか聞いていなかったらしい。
そこまで聞いてるなら会いたいと思わなかったのかなと思ったのを察したのだろう
幼馴染は私から目をそらして意味ありげに言ったのだ
「まー私にとっては、こっち側の方が居心地が良かったのさ」
幼馴染の言う<こっち側>はきっと平々凡々な空気感だ
分かりやすく言えば貴族のような<あっち側>の空気は嫌だったのだろう
幼馴染はそういう、自由さが損なわれそうなことがあんまり好きじゃないから。 幼馴染の生態はさておいて、自己紹介は緩やかに微かな賑わいと共に進む。
ア行が終わりカ行を消費する中で、彼女の番になる。
「黒澤ダイヤです。三年間宜しくお願いします」
彼女は礼儀正しくそう言って一礼する
佇まいはやはり名家のご息女らしく、
それまでのクラスメイトとの差が際立って感じられるほどに美しく思えた
趣味として映画鑑賞や読書に触れているのは
ちょっとだけ庶民派な感じがして嬉しかったのだけれど――とはいえやはりお嬢様
その後に続いた琴<など>も嗜んでいるという言葉には頭が痛くなってしまう
もちろん<ごきげんよう>だの<〜ですわ>なんて
お嬢様ぶった物言いは欠片も見られない
やっぱり私と彼女は違う世界に生きているんだなと再認識させられていると
少し離れた席にいる幼馴染が私を見て右手を見せる
グッと握ったこぶし、反り立つ親指
「いやいや、いけないって」
手をパタパタと振って拒否
幼馴染は眉を潜めたが知ったことではない
お嬢様と庶民
そんな正反対な二人の付き合いなんて、小説だけだ。 回ってきた幼馴染の自己紹介はまるで愉快な一時のような賑わいを見せて過ぎていく
後続をやりにくくさせる幼馴染の明るすぎる性格は幼稚園の頃からちっとも変わらない
入学式が楽しみすぎて寝れず、寝落ちして遅刻しかけるほどにはまだ子供なんだと内心で貶す。
でも、そんな幼馴染も嫌いじゃない。
自己紹介はそうして流れて私の前の女の子が自己紹介する
「松浦果南です」
そう名乗ったクラスメイトは淡島に住んでいるらしい
松浦さんの祖父が経営するダイビングショップのお手伝いをしたりしているらしく、意外に顔は広いようだった
もっとも、運動だけは断固拒否の私は初対面だけど。
そんなこんなで私の番が回ってきた
どう挨拶しようかと逡巡しているうちにどこからともなく「ごきげんよう」と飛んでくる
言わずもがな幼馴染だ
「ええ、ごきげんよう!」
怒気のこもった私の第一声、教室には笑い声が木霊する
あとで覚えておけよ。と憎悪燻る私の心中などお構いなしに、
図らずも緊張感の解れる空気の中彼女を見ると
今朝と同じ柔らかい笑顔を見せてくれた
私の大失態は有象無象として記憶の彼方に消えてはいなかったらしい
「えーっと」
とりあえず、あとで余計なことを言った幼馴染の脛を蹴ろう。
そう決意した私は半ばやけくそに自己紹介をして自分の番をかなぐり捨てた そんなこんなで一回りは年上に感じる先生の挨拶も終わり、
今日はひとまずさようならとなる
知り合いの多いクラスは瞬く間に活気に満ち溢れていき
私はそんな騒がしさをかき分けて、幼馴染に歩み寄る
「このっ」
近づく勢いのままに脛を狙った足は惜しくも空を蹴った。当たればそれなりに痛かったろうに。
残念ながら、私が幼馴染である彼女のことを良く分かっているように、彼女もまた、私のことを熟知している
来ると思ったよと笑う彼女の自慢げな視線は私の後ろに向かう
私の背中に目なんて付いていないのに、誰が来たか分かってしまうのは、
幼馴染の口元が、ニヤリと笑っているからだ。
振り返り、見えた彼女の姿にほらやっぱりと幼馴染を一瞥して
「黒澤さん――で、いい?」
控えめに声をかける。
黒澤さんは「ごきげんようはもういいの?」と悪戯っぽく笑って見せると、
私の問いには頷いて答えてくれた
黒澤と呼ぶのはあり得ないし、下の名前で呼ぶのだってまだまだ無い話だと思う 黒澤さんは私と幼馴染を見ると「仲が良いのね」と言った
物腰柔らかな黒澤さんとは対照的に無意味で無駄で壮大に輝ける幼馴染はにやにやとしている
「私は黒っちって呼んでいい?」
黒澤さんは戸惑いながら助けを求めるように私を見る
黒澤ダイヤだから、黒っち。なるほど
馬鹿じゃないのか――いや、そういえばこの人はバカだった。
「気にしなくていいよ、バカなの」
「バカとは何さ。そりゃ成績は良い方じゃないけど――」
「良い方じゃない。じゃなくて、悪い方だって認めなよ」
幼馴染の成績は後ろから数えたほうが早い
本人曰く「私の脳みそはメッシュ地なんだ。さわやかでしょ」とのことらしい
もはや救いようのない頭をしている
「面白いわね――あなた達」
「達? 待って黒澤さん、私も?」
「ええ――だって、ごきげんようだなんて挨拶をしてくるんですもの」
くすくすと楽しそうに笑う黒澤さんは、ごく普通の女の子のように無邪気に見えた
綺麗な時もあれば可愛らしくもある。名家のご息女とはなんと特別なのか。
ただ、それはそれこれはこれだ
私の<ごきげんよう>はそこの幼馴染のせいだと弁明する
それでも黒澤さんは楽しそうに笑うばかり。
私と黒澤さんの始まりは――そんな、どうしようもないものだった。 入学式から早くも一週間経過したころ、
お昼休みにお弁当を囲う私達の一人である幼馴染は唸った。
「正直さ、来月もうテストがあるって意味わからないんだけど」
「仕方がないでしょ。夏休みまでは今月含めて三か月しかないんだから」
「それなら中間テストなんていらないと思うんですよ。私」
悪態をつく幼馴染をよそに、机に広げたお弁当箱のおかずを突く。
言いたいことは分かる。一理ある
でも学生としては、その流れに従わざるを得ないのだから、仕方がない
「確かにその気持ちは分かる」
同調するのは私のひとつ前の出席番号の松浦さんだ。
私が幼馴染のせいで繋がった黒澤さんとは別に、純粋に席が近いからと仲良くなった
しかし。と言うべきか
幼馴染とも黒澤さんとも知り合いだというのだから、内浦における私の交友関係の狭さが露呈したのは悲しむべきか。
「あなた達――学生の本分を忘れていない?」
「よく遊ぶことでしょ、知ってるって。大丈夫」
「――はぁ」
私のよくよく関わる三人の中で最も真面目と言える黒澤さんにも、
私の幼馴染の奔放さはどうしようもないようだ。
何とかしてね。とでも言いたげな黒澤さんの目に私は笑うだけに留める。
何とかするだけ、無駄だから。
そんな私達の心境など露知らず、幼馴染は「ところでさ」と口を開いた。 「みんな部活入らないの?」
入学初日、中学時代と同様に陸上部の顧問に入部届を叩きつけて怒られた彼女と違い、
私達は一週間経っても入部なんてしていなかった。
「私は、ダイビングショップの手伝いしたいし」
「お稽古もあるし――生徒会に誘われているから」
祖父が経営しているお店のお手伝いをするためと言う松浦さんと
知り合いの三年生から生徒会に誘われている黒澤さん。
その一方で大した理由も、これと言った繋がりもない私。
「私、運動部とか無理」
「文化系のクラブも一応あるんじゃなかった?」
「やだよ」
「まぁ――部活なんて無理に入るものでもないからねぇ」
文科系を勧めてきた松浦さんの隣で、幼馴染はそう独り言ちる 部活の話を振ってきたのはそっちだろうに。と思っていると
彼女は黒澤さんに話題を振った
「生徒会の何やってるんだっけ」
「書記よ」
「最終的に生徒会長にされそうだよね、ダイヤ」
生徒会役員は、会長副会長で二人、書記と会計で四人の合計六人構成だ
一、二、三の各学年から二人ずつ選出される決まりとなっていて、
生徒会長は基本的に三年生が務めるが、それ以外に関しては入り乱れている。
ちゃんとしているんだかしていないんだか。
微妙な感じの生徒会役員の一人である黒澤さんは、不意に私を見て「ねぇ」と声をかけてきた
「良かったら――会計、やってくれない?」
「か、会計?」
「そんな役職は役不足だとでも言いたげだねぇ?」
「言いたくないし思ってないしむしろ荷が勝ちすぎてるって思うけど」 「そうかな。結構な真面目ちゃんなんだから、合うよ」
「またそういうこと言う」
私を知ってくれている幼馴染
けれど、こういうところだけはどうしてもそぐわない。
生徒会と私が合うなんて幻覚も良い所だ
とはいえ――一応は考える。
黒澤さんは誘われて生徒会に入った。
つまり、三年生が抜けた穴を埋める――二人必要だと推測できる。
一人は黒澤さんがいるけれど、あともう一人が一週間経っても未定なのか。
誰かが転校したなら黒澤さんか幼馴染から伝わるから、やはり決まらないのだろう。
それはだって、生徒会なんて好き好んでやる方が珍しいと思う。
「ほかに募集は?」
「他の役員も声をかけてはいるのだけど――あんまり」
「そっか」 確か、今年の入学者数は四十弱だったと聞いた覚えがある。
一応、クラスは二つあるけれど役員五人がそれぞれ一週間募集をしてなお見つかっていないならば、
その白羽の矢が私に来るのも致し方ないのかもしれない。
「なら――わかった。やってもいいよ」
他に誰もいないのなら、仕方がない。
私が入っても数合わせにしかならないとは思うけれど、
入らなければ生徒会役員としての黒澤さんが困るのかもしれないし、暇だし。
「ありがとう――凄く、助かるわ」
「期待はしないでね、お願いだから」
「ええ――まだ一年生だから、わたくしもそんなに仕事らしい仕事はしていないから、大丈夫よ」
嬉しそうな黒澤さんを横目に、私は来年以降のことも考える
この感じからして、来年以降も私は生徒会に籍を置くことになるだろうし、
生徒会長なんて誰もやらなくて、黒澤さんになりそうな気がする。と。
ともすれば、私は副会長にまで昇進するかもしれない。
人手不足ゆえに。
というか、生徒会役員の選出や今までの伝統を守っていけるのだろうか。
最終的に生徒会長だけとかになったりしないよね? と、不穏なものが頭をよぎった。 生徒会役員<会計>となった私は、
月を跨ぎ中間テストも近づく日ごろ――別に多忙でも何でもなかった。
まず、幼馴染ですら察したように年々減少傾向にある浦女の部活はそんなに多くない。
輝ける優秀な成績の部活だって別にない。
その他、本年度の行事予算などは毎年、前年度を参照して組まれることになっているため、
新規にどうこうというようなこともなく――。
「別にこっちに来なくてもいいのよ?」
「生徒会長――おはようございます」
「おはよう、黒澤さん」
礼儀正しく挨拶から入る黒澤さんの一方で、
生徒会室の机に伏せり気味な私は「そうですけど」と返す。
広くはない生徒会室にくるのは、私と会長と黒澤さんくらいである。
と言うのも、二週間くらい前の会長の暴露が原因だった。 「これ、会計と書記二人ずつ要るのかな」
仕事らしい仕事などなく
あまりの暇さに誘発された二年生のボヤキに、現生徒会長は「そうですね」とにこやかに笑ったのだ。
温厚で、浦女の生徒からも人気があるらしい生徒会長は
女子としてはそれなりに身長が高く、160センチは越えている。
にもかかわらず、見下ろされるような立ち位置になっても威圧感の欠片もなく、
生徒会長と言う厳粛さが感じられる――かもしれない肩書を持つべきなのかとちょっと悩ましく感じる先輩は
のほほんとした表情のまま「元々はね」と切り出した。
「各学年から公平に選出することや、二学年の修学旅行などでの不在を補うための構成なんですよ」
ただ、年々の流れに伴って生徒会のすべきことも減り続けているため、
各学年から公平にという部分くらいしか残っていないのだそうで。
正直に言ってしまえばですね。と、生徒会長が続ける。
神妙な面持ちではあるものの、生徒会長の性格的に空気が引き締まるなんてことはなくて。
「役員自体、こんなに要らない程度の仕事しか無いんですよ」
そんな生徒会長の暴露には「ですよねー」と、笑いが役員達の口々に零れたのが二週間前
それからは必要ならば連絡を取って集まる。という程度にまで落ち着いた。
その結果が、普段は生徒会長がのんびりと読書をしているだけの生徒会室である。 私がいるのは、一応は会計役員としての職務のため
前年度の会計の仕事を見ておく必要もあるだろうから――という建前で、勉強するためだ。
図書室よりも人の出入りが少ない生徒会室は
テスト勉強をするにはそれなりに良い環境だと言える。
黒澤さんも最初は生徒会室の使い方として問題があるのではと渋い顔をしていたが
生徒会役員はいわば生徒代表、良い成績を取ることも役目の一つですよ。と会長が唆して、今に至る。
「でも――やっぱり、真面目ね」
「そうかな」
「だって――言われたからじゃなくて、いつも自分から勉強しているでしょう?」
「一応、ここも私立だから」
幼馴染と同じ高校に通うため、親の情に訴えかけての入学をしたは良いけれど
通っている以上は学生の本業に集中するべきだと思わなくもないし、
自分から通いたいと言った以上は、それなりの成績を維持することは当然ではないだろうか。
それを幼馴染に言うと「はー、そういう考えもあるよねー」だったが。
黒澤さんは「そうね」と同意してくれたし、付き合ってくれてもいる
「でも、私は別に真面目じゃない。ただ、かくあるべしだなんて短絡的に進んでいるだけなんだ」
「そう――かしら」
「勉強をするのはまさにそれだよ。こうだからこう。それ以上でも以下でもない」
私には、これといった目標なんてなかった。 「けれど、それでも成績は良かったんでしょう?」
「それなりにはね」
「学年で上位の一桁の成績をいつも維持していたって、聞いたけれど」
「それはそういう結果だっただけだよ」
中学時代の私は、今みたいにいい成績を取っておくべきだ。なんて思考さえなく
まぁ勉強しておけばいいよね。程度の浅はかさしかなかった。
部活には所属していなかったし、幼馴染に勧められた遊びをすることはあっても、熱中は出来なかった。
だから、空いた時間を子供として学生としてかくあるべしと過ごしてきた結果だ。
「褒められることなのかな」
「先生は――褒めてくれたでしょう?」
「うん、そうだったね」
よくやった。凄いじゃないか。
それなりに褒めてくれていたのを、覚えている。
クラスメイトだって凄いねー頭いいねーと言ってくれていたのも覚えている
でも、それは<頑張っている人のこと>であって<惰性的な私>に与えられるものではないように思う。
「黒澤さんは――」
「うん?」
彼女の視線に、私は口ごもってしまった。
黒澤さんはそれをどう思うのか。
それはなんだか聞くべきではないように思えて「成績悪かったの?」なんて誤魔化して。
「それなり――だったわ」
彼女はそう言って、微笑んだ 「そういえばあの子――陸上、凄かったのね」
「頭の中身が空っぽな分身軽らしいよ」
それは私の考えた悪口ではなく、彼女の自称だ
早く走るために勉強をしないのだと。
勉強した分の知識で体が重くなるのは困る。と
堂々と彼女は語っていたし、
それで実際に中学時代はかなりの成績だったのだから救いようもない
「勿体ないわね」
黒澤さんがそう言ったのは、
陸上の推薦として静真から声もかかっていたことを聞いたからだろう。
幼馴染はそんなものは知ったことかと蹴っ飛ばしての浦女入学だった。
部活動にも力を入れている静真なら、彼女はもっと良くなる。
そう思われるのも仕方ないことだろうとは思うけれど「良いんですよ。あれで」私はそう言って、手を止めた 静真の推薦が来た時、あの子は喜ばなかった
私と違って、彼女は頑張っている側だ
だから、普通は喜ぶと思われるそれを悦ばなかったのが不思議で、聞いた
成績を認められてうれしくないの? と。
それに対して幼馴染は「別に」と、推薦に関してとても無関心に吐き捨てると、
いつもと変わらない明るい声で言ったのだ
「私はやりたいようにやりたいだけ。期待とか、そういうの――嫌いなんだよね」
褒められるのは嬉しい。
けれど、<貴女ならもっとできる>、<これなら○○も狙える>そう言ったものが嫌いだという。
だから、それがのしかかることになるであろう推薦を蹴った。
その話がきたその日その時に「嫌です。お断りします」と。
「あの子は自由じゃなきゃ、生きていけないんだと思う」
「確かに――言われてみれば、ふふっ」
黒澤さんは何を思い出してか、笑いを零す。
泳ぎ続けなければ死んでしまう魚がいるように、
自由でなければ死んでしまう人もいる。私はそう思っているし、理解もある。 「そうなると――プロの選手にもならないのかしら」
「ならないと思う。プロって結局成績重視だろうし」
幼馴染なら、もしかしたら望まれている分の成績は簡単に駆け抜けてくれるかもしれない。
だけど、そもそも望まれてしまうということに不服を感じるだろうから、
プロにはならないだろうという信頼めいたものがあった。
「そういう黒澤さんは?」
「わたくしは――どうかしら。最終的には、ここで骨を埋めることになるとは思うけれど」
「それは、もう行きついてるね」
黒澤さんは過程をすっ飛ばして死に場所を答える
中抜けているのは、彼女が黒澤という名家の長女であるせいかもしれない。
何らかの夢を追いかけて、自分はこうなりたい。
そんな夢語りのない私達は、指先一つほどの共通点はあるのかもしれないと思った。
「なら、大学は東京とか選んでみたら?」
「大学って――それを考えるのはまだ早いわ」
「将来がほとんど決まっているなら、まだ自由なうちに出ていけばいいよ」
高校一年生、入学してはや一ヶ月。
大学の話をする私達の横で、生徒会長である三年生の先輩は「止めてくれないと追い出しますよ」と、怒っていた。
――残念ながら、怖くはなかった。 そんなこんなでやってきた中間テストも、早くも最終日となった日の放課後。
勉強? してないけど? と自慢げに本当のことを語っていた幼馴染は、
他の級友のようにテストの出来栄えを聞くと「なるようになったと思うよ」と笑う。
予習も復習も決してしない幼馴染ではあるけれど、
授業だけは受けているので、流石に追試にはならないだろうと信じる。
成績は良くない。数えるならば下の方からの方が早い。
そんな彼女でも、一応は苦手な英語を除けば追試になったことがない。
「そんなことよりさー遊びに行こうよー遊び〜」
「あら――いいわね」
「黒澤さんが乗り気だ」
「私だって――少しは開放的な気分にもなることだってあるのよ?」
「つまり、黒っちは裸族だったんだね」
幼馴染の遠慮ない発言に黒澤さんは真っ赤になる
当然そんなことないのは分かってるけれど、
もしもそうだったとしても、彼女ならばそれも映えるのだろうか。なんて思う。
「違うわ――違う、やめて――想像しないでっ」
「あはははっ」
黒澤さんの悲痛な願いに笑いながら、空想の中の裸族な彼女を消し去る。
きっと似合う。でも、それを言ったら怒られるだろうから――言わないでおく。
生徒会長と違って、黒澤さんが起こったときの顔はきっと怖いから。
もちろん――それも、胸の内に留めておいた。 またおまえかダイヤ殺しの前日談のつもりか?誰も望んでねーぞ
しかもがっつり地の文でオリキャラとかラ板でやるようなやつじゃねーよ 担当医「今日もずっとぶつぶつ喋ってるなあの子」
看護師「高校生の女の子を殺そうとしたらしいですよ…」
担当医「日常生活は難しいかもしれないな」 「中間テストお疲れ〜っ!」
「お疲れ様」
一際テンションの高い幼馴染の一声に続いて、四人での乾杯をする。
本当に疲れるようなことしたのか怪しい彼女が言うのは、少し違和感を覚える。
だって、テスト期間と言うこともあって数日間の部活動の休止なのに
ならば私は軽く走ってくるとランニングの日々を送っていた彼女には我慢すらなかっただろうから。
「ねぇねぇまっつん」
「ん〜?」
「夏休みさ、まっつんのとこでみんなでダイビングやろうって計画してるんだけどさ、予定空いてる?」
「みんなって誰よ」
彼女はいつも突拍子がなくて、勝手に巻き込んでしまう。
黒澤さんも知らず、松浦さんも当然のごとく知らないその計画は、
やっぱりと言うべきか、私達が含まれているようだ。
夏休み、みんなで遊ぼうというのは学生としてありふれたことだと思う。
だから、それ自体は課題に差しさわりのない範囲であれば構わないのだけれど。
「私は嫌だからね。ダイビングとか無理。運動無理、死ぬ」
「死なないよ。大丈夫――。私もちゃんと手伝うから――」
「そういう問題じゃなくて」
松浦さんの優しさに首を振る
泳げないとか潜れないとか水が怖いとかそういう問題以前の話で。
「私は荷物番として雇ってくれればいいから。ほんと、本当に――」
別に運動音痴だから嫌いなわけじゃない。
絶望的に体力がないのと、それを改善する気がないだけだ。 「あなたって――ほんとう、運動に関してだけは――奥手ね」
「奥手っていうか、運痴なんだよねぇ」
「運痴言うなっ!」
違うから! と、声を上げるけれど、
幼馴染も黒澤さんも松浦さんも、まるで信じていないとばかりに笑う
それはまぁ確かに、
投げたボールが地面に叩きつけられるとか彼方に消えるとか
ハンデで先に出たはずのランニングで周回遅れにされてるとか
色々あるけれど。
「ちょっとだけでもいいからさ、やってみない?」
「ほんとうに、これだけは無理。私はね。この後に控えてる体育祭で精神的に参ってるんだよ。解ってよ」
もう一度拒否すると、松浦さんは残念そうにしながらも
それなら仕方ないねと引き下がってくれる
幼馴染は表情から察するに引き下がる気がないのが見え見えだけど、見てないことにしておく。
「テスト勉強よりも辛い――って、嘆いてたわね」
くすくすと優雅に笑った黒澤さんは、
笑いはするけれど「無理強いは良くない」って、私に味方してくれた。 「そういえばさー、浦女廃校の噂とかって、出回ってきてないかな」
お菓子を食べたり、ジュースを飲んだり
ありふれたことをしながらたわいもない話をしていると
幼馴染はやっぱり、唐突にそんな話を切り出した。
「えっ、なにその怖い話」
不安そうな松浦さんに酷く満足げに頷いた幼馴染は、
実はさ。と、浦女入学の切っ掛けにもなった話をする。
そもそも公式で出されている情報である入学者数の情報
入学して発覚した、使っていない教室の数。
疑う余地のない情報を使っての妄言は存外に信憑性を生み出すことが出来るのだろうか。
松浦さんは「なるほど」と考えてしまう
黒澤さんも一応は真剣に考えているようで「そんな話――」とつぶやいた
「少なくとも、生徒会にそんな話は来てないよ」
「生徒会長に聞いてみた?」
「聞いてないけど――まぁ、多分望んでるような答えは得られないと思うよ」 生徒会長である先輩は、私達一年生が知らない浦の星女学院の約三年間を知っている。
ただ、それはあくまで過去の話であって未来の話ではない。
先んじて廃校の話が出ていれば、狭さに定評のある我が愛しくもない地元のことだ
すでに私達の知るところになっていたはず。
そこから逆算するに、現生徒会長はこの話題に関して無知だと考えられる。
なるほど、そんな噂もあるんですね。知りませんでした。
こんな感じのことを言いながら「でも面白そうですね」となるに違いない
「廃校になる――なんて、噂は聞いた覚えがないわ。ただ、あなたの――その、お話はないとも言い切れない」
「妄想を真に受けるのはやめておいた方が良いよ?」
「妄想は酷くない? せめて推測とか想像とかさ〜」
幼馴染の沈殿していく声は無視する。
黒澤さんはないと言いきれないと言ったけれど、私も同意だ。
というより、廃校が迫ってきているんだろうな――と、予感はしていた。
黒澤さんは書記としての役割の為に議事録を
私は会計としての役割の為に過去の行事に関する資料を。
それぞれ読みふけっていたりもする。
その中で、だんだんと規模が縮小されていっているものや、
数年前に廃止になってしまった行事のことも見かけたし、そのことでちょっぴり話もした。
もちろん、廃校の件は触れなかったけれど。 ここでやるような内容じゃない!
けど保守しちゃう!ついでに上げちゃう!
sageてると読んで貰えないよ!? 「それがもし――現実だとして、あなたは何かするの?」
黒澤さんはとても真剣な表情だった。
廃校が起こり得る将来の出来事であるとして、
私の幼馴染がそれを阻止するような活動を行うつもりなのか
それとも、何もなく受け入れるつもりなのか
黒澤さんはそれを気にしているようだった。
しかし、問いかけた相手が悪い。
幼馴染の引き締められる経験がない表情筋は緩んだままで
何にも考えてなさそうで。
「別にー? 私はただ廃校した高校の生徒ってちょっとした特別感があるなぁって思ってるだけだから」
幼馴染は廃校阻止なんてするつもりはちっともないと笑う
いち生徒がそんなことをして、どうにかなる。なんていうのは創作物のようなものだと。
そもそも、そういった行動を起こすのは浦の星女学院に愛着がある人であって、
自分のような<廃校をしそうだから>なんて不純な理由で選んだやつが行動を起こすわけないじゃないか。と。
笑いを零し、能天気に。
幼馴染はそんな砕けた雰囲気のままに、黒澤さんへと目を流した。
「もしかしてさ――黒っちは、行動できる側の人?」 黒澤さんは少し悩ましい表情を見せると、
幼馴染に向けていた目を細めて――ゆっくりと閉じる。
「浦の星女学院は一応、伝統のある学院です。つまり――それだけの理由があるということ」
だからと言うわけではないけれど「何もしないと思う」と、黒澤さんは言った。
学院側だって、廃校しないために何らかの措置を取ってきているはず。
そのうえで廃校になるというのなら、それはやむを得ない事情があると思うべきだ。
大人がそれに対する何かをしてきて、
それでもどうにもならなかったことを、子供がどうにかできるのか。
同年代だからこそ、その心情に訴えかけられるかもしれない。という点においては、
先人の知恵にも勝る武器を持っていると言えるけれど。
「そっか――そうだよねぇ。まっつんも?」
「私? 私もダイヤと同じかな。廃校になるのは残念だけど、だからどうにかしよう。とは、ならないんじゃないかな」
その状況にない私達は、もしそうだったとしたらと言う空想を語る。
けれど、誰一人としてそれを止めるつもりはなさそうだった。 そろそろ解散しようかとなった夕暮れ時
今日は主催と言うこともあって幼馴染の家での開催となったのだが、
毎回自分の家と言うのもなんだかつまらないかなと考えたのかもしれない。
帰り支度を済ませた二人に向けて、口を開いた。
「今度は黒っちの家とか、まっつんの家とかが行きたいかも」
「私は全然いいよ」
「わたくしは、どうでしょう――」
快諾する松浦さんの隣で、黒澤さんは困ったように言う
彼女の家は、黒澤家――黒澤邸と言った方が良いかもしれない。
大きな家である彼女のところは、部屋数で言えば余るほどだと思う。
しかし部屋があるから特に関係のない友人を招くことが出来るってわけでもないのかもしれない。
「来客がない日――だったら、大丈夫だと思うけれど」
黒澤さんは少し考える素振りを見せてから、そう言った。
事前に予約をしておいて欲しい――みたいなところだろう。
幼馴染もそれを思ったのか「なんだか高級店みたいだね」と、嬉しそうにして
「じゃぁ今度――遊びに行かせてほしいかも」
やっぱり無遠慮に、彼女は申し出るのだった。 黒澤さんと松浦さんが帰宅して、残った私達で後片付け――なんてこともなく。
幼馴染の部屋に戻ってきた私達は、まだ残っているお菓子を摘まむ。
「黒っち、妹がいるんだよねぇ」
「そうなんだ、初耳」
「あんたってさーほんと――」
幼馴染は言葉を切って、間を開ける
中身のなくなったお菓子の袋を指でつつくのは、手持ち無沙汰だからか。
私が何なのかと先を促すと、彼女は私を一瞥して、ヘラヘラと笑った
「せっかく黒っちと一緒に生徒会に入ったんだから、もうちょっとくらい興味持ったら?」
誤魔化した――と、私はすぐに察した。
私が察したことを幼馴染も同じように察したはず。
けれど、彼女はそれが言いたかったとばかりに「お菓子無くなっちゃったね」と呟く。
黒澤さんに興味がない、彼女にはそう見えているのかな。
ううん――きっと、私は松浦さんのことも興味がないと思われていると思う。
黒澤さんには妹がいる。
そんなこと、少し仲良くなれば聞き出せるはずなのに、私は知らなかったから。
「黒っちもまっつんも、あんたのお眼鏡には適わなかった?」
「査定が出来るほどの人間じゃないよ、私」
黒澤さんも松浦さんも良い人だ
不適切なのは、むしろ私の方にこそ言えること。
ただ、私は彼女たちとの付き合いを必要だなんて思っていないだけ。
所謂うわべだけのお付き合い――それで十分だって。 「松浦さんはともかく、黒澤さんとは――そっちのせいで付き合う羽目になったの、忘れてないでしょ?」
「クラスメイトなんだから私がどうしなくたって、それなりだったと思うけどなー」
「でも、生徒会には入らなかった」
黒澤さんが私を誘ったのは、私が彼女と親しかったからだ。
それなりの親しみを持っていたから、彼女は私が生徒会に適切だろうと考えた。
もし始業式の日の登校で私が幼馴染と一緒だったなら。
たったそれだけで、<ごきげんよう>なんて言葉は消え、自己紹介での失態はなかった
それなら――きっと。
「だろうねー、あんたってテンプレートみたいなやつだもんね」
「テンプレートねぇ――なるほど」
言い得て妙だけれど、間違っていない。
ヘラヘラとしている彼女は、やっぱり私を良く分かっている。
生徒会に所属するなんて、普通には遠い。
私は、黒澤さんの<友人>として、頼まれた際にどうするかの判断を下した。
その結果が今の歪んだ状態
だとすれば――やっぱり、私は黒澤さんと関わるべきじゃなかった。と、思う 「なんにしても、もう黒っちとは友達なんだから。せめて三年間くらいは保ちなよー」
「はぁ――」
ひらひらと手を振って見せた幼馴染は、口元で緩やかな曲線を描いている
私が彼女達と付き合う学院生活を送ることになって、一番楽しんでいるのは間違いなく幼馴染だ
やってくれた、ほんと。
そうは思うが、今更黒澤さんに「私達絶交しよう」なんて言えるわけもない。
思わずため息をついてだんまりな私に彼女の視線が刺さる
「黒っちが嫌いなら、それとなく伝えておくけど?」
「嫌いではないよ。黒澤さんは良い人――私とは、違うからね」
「あんたもあんたで悪い人ではないでしょうに」
幼馴染は笑い交じりにそんなことを言うとお菓子の袋を折りたたんで、きゅっと結ぶ。
それを机の上に放って、ニヤリとした。
「悪い人って言うのはさー、困ってるのを見て笑う人のことを言うんだよ」
幼馴染はその言葉の余韻を残すように黙り込む。
いつもの何もかもを冗談と考えているような雰囲気ではなく、黄昏を感じる空気感
そんな彼女は不意に元に戻ると「夕飯一緒に食べる?」と、明るく言う。
――急すぎるから無理。と、断った。 時は流れて六月に入ると、
もう夏服でも少し辛く感じるくらいのじとっと張り付くような不快感に満ち始める。
なぜだかノースリーブの一年生の制服も
この時期となると、これはこれで良かったのではと錯覚するほどだ。
「体育祭、会計権限で予算0に出来ませんか?」
「それは不可能な話ですね。体育祭はやりますよ。必ず」
私の愚痴は生徒会長に一蹴されてしまう。
まぁ、当然の話だからどうと言うことでもないけれど。
「しかし、私が入学したての頃と比べれば――だいぶ簡単なものになっているんですよ」
生徒会長は手元の文庫本に視線を下げたまま、柔らかい声で言う。
懐古的な雰囲気を感じさせる先輩は、ふっと息を吐く。
ため息一つとっても、どこか大人めいたものを感じさせるのは、三年生だからだろうか。
「地域的な問題があるのだろうとは思いますが――寂しいものです」
「会長。この学校はいつまでもここにあるのでしょうか」
思いをはせる会長の一言に続けるように、黒澤さんは口を開いた。
直接的に<廃校>を出さなかった。
それでも――分かりやすい問だっただろう。 「さて、どうでしょうか」
「何か、お話を聞いている――と、いうことはありませんか?」
「私はただの生徒会長ですからね。無くす予定なのだが、どうだろうか。なんて相談をされたりはしないんですよ」
小さく笑いながら答えた会長は、栞を文庫本に挟む。
ぼかした言い方をしているが、つまりは廃校の話。
黒澤さんがより突っ込もうとしたからか、会長の目は私達へと向けられる。
「ただ、ただですよ。静真高校の生徒会長曰く、PTAがざわついている。というお話は伺っています」
「静真高校の生徒会長が――ですか。それは向こうだけの問題ではなく?」
「統廃合という言葉が出たらしいですよ」
会長はそう言うと、あっと小さく声を上げて驚いた素振りを見せて
ちょっぴり頬を赤らめ、恥ずかし気に微笑む
「これは他言無用でお願いしますね。――ふふっ、向こうの会長に怒られちゃいますので」
怒られるというのに、会長はなぜだか楽しそうだった。
統廃合――もし、それが本当に出てきた関係ある話であるのだとしたら、
浦女と静真の統廃合で静真が残り、浦女が消えるのかもしれない。 地の文ががっつり過ぎる…基本的にsageてるのもNGだしぶっちゃけラブライブ板には超絶不向きだぞ
あとモブ会長が地味にしっかりキャラ付けされてるっぽいのがなんかな…
メインキャラ出番少なすぎ >>46
不向きな内容だからsageてるんじゃない
あんまり読んでないけど ええやん。結構好き
このスレにいるとト書き形式ばかりだから普通のも読みたい
寧ろモブ主観だから内面を描写する地の分形式の方が合ってると思う 「さて――私はそろそろ帰りますね。お二人はもう少し残っていく?」
「それなら――」
「わたくし達はもう少しだけ」
席を立った会長に続こうとした私の手首を掴んで、黒澤さんが勝手に進言する。
会長はそれに何かを思うこともなく「戸締りと返却お願いしますね」と、生徒会室の鍵を置いてさっさと出て行ってしまう。
私達が普段から生徒会室に入り浸るほどの役員という信頼でもあるのだろうか。
夕日が差し始める生徒会室、一人分の影が抜けた分明るくなったように感じる。
彼女が掴んでいた私の手首は、もう解放されている
彼女の手の感触が幻覚だったかのように、そこには何も感じられない
なぜ――残ると言ったのか。疑問符が量産されていく頭を振る。
「黒澤さん?」
「ごめんなさい。この後用事――とか、あった?」
「それはないけど」
良かった――。と、黒澤さんは安堵して微笑むのが横顔でも見えた。
広くもない生徒会室で、一緒に勉強をする
そのための隣接した席取りが仇となったのかもしれない。
「さっきの話――どうするべきかしら」
「黙っていても良いんじゃない?」 あっさりと言った私に黒澤さんは驚いた表情を見せるけれど、
そんなに意外な事でもないのでは――と、私は思う。
この話を知りたがっているのは私の最も古い付き合いである幼馴染だし
旧知の仲であるなら、多少なりと彼女の思惑に付き合ってあげるのが幼馴染としてあるべき姿かもしれない。
とはいえ。とはいえ、だ。
あの子が完全に面白半分で首を突っ込んでいる以上、私はそれに協力してあげる義理はない。
「会長の話が本当に浦の星女学院のことなら、私達が横流ししなくても近いうちに知ることになると思うし」
「意外に――あの子に厳しいのね」
「意外ですか? 旧知ゆえに甘いのか厳しいのか。それは人それぞれだと思いますけど」
少なくとも私は彼女を甘やかそうと思ったことはない。
彼女の奔放さを制することを諦めているという部分に関して、甘やかしている。と取られるのは遺憾だ。
勉強についても、彼女がしたいというのなら教えるが、課題は手伝わないし写させるなんてもってのほか。
「黒澤さんだったら、甘やかしますか?」
「ふふっ」
「なにか?」
いえ、ごめんなさい。と、黒澤さんはなおも笑いながら口元を手で隠す。
一つ一つの所作が何となく、庶民離れしているように感じられるのは、彼女が事実お嬢様だからか。
椅子に座っている分、小さく見える彼女は人形のような愛らしさが感じられなくもなかった。
「わたくしも同じ――かしら。ただただ甘やかすのは、性分じゃないわ」
はたして――同じなのだろうか。なんて、
少し微妙な感覚を覚えたけれど、あえて口にはせずに「そうなんですね」と頷いた。 「それにしても統廃合――ね」
「静真のPTAは受け入れがたいだろうね」
静真は部活動において浦女の比ではないほどに強豪だと言える。
ゆえに――と言うべきか、元からと言うべきか。
向こうの部活動に対する熱量は高い。
その一方で、もはや部ではなく愛好会に型落ちしそうな運動部数々が点在しているだけな浦女
他校との試合ができる団体競技は、ソフトとバスケ、あとはバレーボール部くらい。
バレーボールなんかは三年生の割合からして、来年には枠から外すことになるだろう。
そんな――体たらく、と、言うのは聊かかわいそうな気もするけれど、
そんな状態の学校と強豪校の統廃合の話が出たら、反対多数なのは当然だと言ってもいい。
いや――幼馴染を差し出せばちょっとは喜んでもらえるかもしれないけど。
「正直、私は部活動に力を入れる。なんてことに理解が出来ないけれど」
「運動が嫌いだから?」
「それもあるけど、もし本気でスポーツをやるならクラブチームに所属するべきだと思うんだよね。部活はただの趣味で良いじゃない」
「なるほど――。あなたは趣味に本気を出すべきではないと?」
「そうは思わないけれど」
学生が、趣味に全力を出して楽しむ。
それに関して、よく頑張れるね。とは思うけれど、別に否定しようとは思わない
趣味を持つのは誰にだってあることで、それを最も楽しめることとして入れ込むことも悪いことではないはず。
ただ、私は学生とは勉学に励むべきであると思っている。
「だから勉強が出来ません。と言うのは、学生としてどうなのかってならない?」
他人との付き合いで、教科外の勉強をするのもあるかもしれない――とも一応思ってはいるけど。
それはそれ、これはこれ。 「なんて――言えば良いかしら」
黒澤さんは私を見ずにそう言った。
手元のシャーペンは暇そうにノートに転がっている。
迷いを口にした黒澤さんはしばらく黙ってしまったけれど、
それからふと顔を上げると、私の方を見た。
「少し――不器用なのね」
「不器用なんて、はじめて言われた」
「なら、器用と?」
「それは言われたことないかな」
もし、上手に紙を切れることや
折り紙がしっかりと綺麗に折れることを上手だと言われたことが、
器用である。と認識できるのであれば、私はその限りではないかもしれない。
とはいえ、人から「器用だね」と直接的に称賛を受けた記憶はなかった。
「不器用って、どのあたりがそう見えた?」
「どのあたり――と、言われると少し困っちゃうわ」
「私が怒ると思っているなら――ちょっぴり心外だね」
一応真面目にそう言ったのだけど。
黒澤さんは薄い笑みを作って優しい瞳をみせた。
「そんなことは――ただ、そう。困らせてしまうと思ったの」 困っているのは黒澤さんのはずなのに、彼女は私が困ると言って控えめに目を伏せる
私の何が不器用なのか、それを言われるだけで私が困る?
反応に困るだけで黒澤さんが踏み切らない――なんて、あるだろうか?
それを言えるほどに私は黒澤さんを知らない
けれど、黒澤さんだって私のことなんてそこまで知らないはずだ。
だとしたら、誰しもが言われたら困るところが私は不器用なのだろう
とはいっても――と、私は思わず笑ってしまう。
「黒澤さんの困らせるなら、大したことないから大丈夫――幼馴染よりはね」
そう、彼女との付き合いを舐めないで貰いたいものだ。
幼少期から常に一緒の愛しき隣人
一日一日を、翌朝死に顔を晒すかの如く燃焼して生きている彼女との日々ほど、私を困らせてくれることはない。
黒澤さんとの付き合いだって、その派生だし。
今更なことだ。
それを聞いて、黒澤さんは明るく笑みをこぼす。
綺麗な人だ――と、私は毎回思わされる。
私のような人とは釣り合わない。と、その都度実感させられてしまうほどに。
「あなた――もう少し、自由で良いと思うわ」
黒澤さんは不器用には言及せずに、そう言う。
でも、そういう考え方もありかな――と、思った。
幼馴染は私をテンプレートな人と言い、黒澤さんは不自由で不器用と言う。
つまり――私は型に嵌まって窮屈そうに見えるわけだ。
それを事実だと認識している私は「自転車に乗りながら両手を離すなんて怖いよ」と、笑った。 六月も終わりが近づき期末テストと体育祭がより近づきつつある頃、
私は黒澤さんと一緒に、彼女の家の玄関に居た。
「今日はご挨拶の予定もないから――大丈夫よ」
「はぁ」
いつものように生徒会室に行こうとしたのだけれど、
会長の「今日は遠慮して欲しいんです」でお払い箱となってしまったのだ。
私としては、別に勉強で利用させて貰うだけだから家に帰ればよかったのだけど、
それなら。と、黒澤さんに誘われてしまった。
断ればよかったのかもしれないけれど、なぜだか――惜しく感じて。
なんで断らなかった。なんでついてきてしまった。友人としては特に普通のことでは――?
そんな葛藤の激しい脳内が視野を狭めていたのかもしれない。
広い廊下のいくつかある引き戸の一つが開いたことに気付かず――ぶつかった。 半歩後退りした私の一方で、ぶつかった少女は小さな悲鳴を上げて尻もちをつく
黒澤さんはその子よりも、私のことを心配そうに気遣う。
大丈夫、足は踏まれていない? いつも以上に穏やかさを感じるのは、今は彼女の客人として扱われているからだろうか。
「私は平気――だけど」
言いつつ、尻もちをついた女の子を見下ろす
なら、私よりも痛い思いをしたはずのこの子が心配されないのは、つまりそういうことだろう。
「ルビィ、あなたは?」
「おっ、お姉ちゃん、えっと――」
「平気なら――先に言うべきことがあると思うけれど」
「あっ――えっ、あ」
目まぐるしく視線と感情が動く女の子――黒澤ルビィ
黒澤さんの妹であろう彼女は私の方を見て、涙目になる
じわじわと涙腺が緩んでいくのが目に見えるのが何とも言えない。
――あんまり関わりたくないなぁ。と、素直に思った 地の文たっぷりなら今の半分を1レスでどうですか!?
きっとその方が見やすいですよ!
もっと本編キャラの出番ください!
でも今の作風も好きですよ! 案内されたのは、黒澤さんの私室。
厳かと言うべきか、
私のような一般庶民的には到底私室とは言えない和風な部屋だった。
ベッドはなく小さめの本棚や箪笥が壁際にあって、
日中は陽の光を感じられそうな位置に木製の長机
横を見れば掛け軸はあるし、お皿があって花瓶があって――
普段は収納されているだろう折りたたみの机が、どこか浮世離れして感じてしまう
「黒澤さん、私のことからかってないよね」
「いえまったく」
「そう――?」
これが高校生の私室だと言えるのか。
私の部屋だってもう少し女子高生然とした明るみがある
幼馴染が見たら、時代劇のセットでも買い取ったのかと嬉々として茶化すに違いない
「華やかさに欠けてるね」
「ふふ――そうかしら」
黒澤さんは軽く笑って「そうかもしれないわ」と、続けた 黒澤さんは幼馴染とも松浦さんとも違っていて
会長の目がなくても、黙々と授業ノートと教科書を開いて、
重要そうな箇所を確認しては別のノートに書いてまとめている
冷静に考えてみれば、この状況は意味が分からない。
友達だから、誘われた友人の家に行くというのは別におかしくないかもしれないけれど、
私と黒澤さんは個人的に互いの家に行くほどの関係かと言われれば別にそんなことはなかったと思う。
あくまで同じ生徒会のメンバーで、友達の友達と言う程度だったはず。
「ねぇ――聞いてもいいかな」
「はい」
「どうして、誘ったの?」
視線は自分のノートに向けたまま、右手はシャーペンの芯をちょっぴり無駄遣いする。
あくまで過去の復習をしながらの会話と言う体裁を保つ
「たまたま来客がない日だから、なんて理由ではないでしょ?」 先日、幼馴染が身勝手にも要求した時に黒澤さんは事前に話があれば。と言うようなことを言っていた。
今日はそれがなくても問題なかったとして、
わざわざ私を家に誘う必要は別になかったはず。
私がもし、彼女に「いや〜家では集中できんのですよ。あははっ」などと宣っていたのなら、
気を利かせて図書館よりも人出が少なくそれなりに厳粛な黒澤邸へ招いてくれた――と言うのも悪くない
しかし、私はそんな幼馴染のような言い訳で逃げる気はないし、あったとしても黒澤さんには話していない。
黒澤さんは手を止めると、からんっと氷の揺れるコップに口をつける
潤いを与えられた薄い唇は、ちょっぴり妖艶な雰囲気があった
「同じ生徒会の役員であり級友であり、友人でもあるから――なんて」
黒澤さんの視線が私から流れる
ぽたりとコップから滴った水滴が彼女のノートを濡らす。
なんだからしくないな――と、知りもせずに思った。
「言い訳だわ。ただ――あなたともう少しお近づきになりたかった」
「黒澤さんは冗談が嫌いかと思ってたけど」
「嫌いではないわ――今は、それの必要はないと思うけれど」
黒澤家のご令嬢である黒澤ダイヤ
彼女は本当に、私なんかとお近づきになりたいと思っているのだろうか。
――思っているのだろう。
そう、失笑したくなるほどには、彼女の瞳は本気の色をしている。
心を冗談と言われたら――それは、確かに苛立つものだよね 「気持ちを嘲るようなことを言ったことはごめん。でも、私と近づきたい理由がわからないんだよ」
幼馴染と近づきたいっていうなら、私は渋面で理解できなくもないよ。と言えた。
彼女は自由奔放で手を付けられない面倒事の多い子供ではあるけれど、
だからこそ、彼女が気になるという人も少なくはない
よく言えばムードメーカーである彼女の傍は、
これもまたよく言えば賑やかで、明るい雰囲気を好むのであれば、
ぜひとも、その隣を歩きたいと思うものだろうから。
けれど――けれど。私は。
私はまるでそんなことはない。
周りを明るくしようだなんて思っていないし、そもそも人と関わるのだって必要最低限で構わないと思っている。
特に、これ以降の将来で格差的に離れ離れになるであろう黒澤さんとなんて、
単なる級友、役員仲間、友人の友人としての軽い付き合いで良かった。
「正直に言って、黒澤さんに意味のある付き合いではないと思う」
「それはわたくしが決めることではなくて?」
即答だった。
黒澤さんは私の言葉に立腹してか、目を細めて鋭くする
「この際だから正直に言うけれど――わたくしとしては、気に入っているのよ」 気に入ってるって? 黒澤さんが、私を?
あんなごきげんよう。の一言で?
お嬢様からしてみれば、愉快な人間だったのだろうか
ううん、それなら私じゃなくて幼馴染で良いはずだ
「真面目な人間が好きなタイプ?」
「不真面目な人よりは、断然」
黒澤さんはくすりと笑う。
さっきまでのほんのりひりつく空気感はなかった
「生徒会に誘ったのだって、あなたなら――そう、思ったから」
役員の先輩方が後継を見つけられなかったこと
誰もやりたいという人がいなかったこと
そんな経緯はあったものの、黒澤さん個人としては私を選びたかったと言う
煽てられても困る。
それで喜べるほど単純ならいいのかもしれないけれど、
私はそれを、買い被られているように感じてしまう。 「だからもう少し――そう、あと一歩くらい、仲良くなれると嬉しいわ」
照れくさそうに笑うでもなく、黒澤さんは真面目にそう言った。
それだけ、本気で考えているのかもしれない。
まだたった約三ヶ月の付き合いなのに。
けれどちょっとだけ。
胸の内に沸く違和感を感じて、冷たいお茶を一口通して体を震わせる。
嬉しい――なんて、ありえない。
「努力はする」
「ええ――ありがとう」
黒澤さんは微笑む
嬉しそうに感じるのは、きっと気のせいじゃないと思う。
袖振り合うも多生の縁っていうし、
原因は間違いなく幼馴染だけど、
断れた生徒会を断らないと決めたのは私だから。少しくらいは近づいて良いのかもしれない。
努力はする――とは言ったものの
じゃぁさっそくこうします。なんていうのは聊か難しい話だと思う。
私が幼馴染のような性格であれば「へい黒っち!」なんてことも言えるかもしれないし
黒澤さんが幼馴染のような人だったら「そういえば意外に厳かな雰囲気の部屋だね」と言えた。
当然、私はそんなザルのような脳みそしていないし、
黒澤さんの雰囲気はこの部屋に見事にマッチしている。
私は元来、自分のことをコミュニケーション能力に乏しいと思ったことはない。
クラスメイトに話しかけることは出来るし、そこから友人に発展させるのも普通にできる。
小学校中学校と、私はそれでごくありふれた学生かくあるべしという生き方で乗り切った。
ではなぜ黒澤さんにかける言葉も見つけられないのか。
彼女がお嬢様という明らかに格上なのもそうだけれど――。
「――どうかしたの?」
「え」
とても間抜けな声だったと思う。
さぼっているときにドアを叩かれたような、不意に鼓膜を震わされた動揺感
じっと見てくる瞳が気まずくて目を逸らしてしまう。
「ど、どうもしてない」
「その割には、さっきから進んでいないわ」
あぁごもっとも。
私の手は電源が切れたように動いていないかった。
ぽっきりと折れたシャーペンの芯が<自己の無意識>を象徴する。
とはいえ。
――意識して仲良くなるってなんか普通じゃない。と、思ってるとは言えない。 「ちょっと考えごとしてて」
「そう――話せる?」
黒澤さんは真面目に聞こうというつもりなのか、
ノートを黒染めにしていく手を止めて、声をかけてくれる。
その姿勢はやはり黒澤さんと言うべきか、
もう一歩近づきたいと言ってくれた彼女らしいと思う。
けれど「仲良くなる方法について悩んでます」なんていうのは滑稽ではないだろうか。
逡巡した私は、そういえば。と、頷く
「黒澤さんに、妹さんがいたんだなって」
「あぁ――ルビィね。迷惑をかけてしまったわね」
「それは良いけど、あの子も習い事してるの?」
そう訊ねた途端、黒澤さんの目が細くなる
私の失言かと思えば、その目に見えているのは私ではない何かのように感じて、口を閉じる。
私の失言なら謝るべきだ。でも――違うのなら。
「ルビィは――もうそういったことはしていないの。察しはつくでしょう?」 あの衝突には私の不注意もある。
けれど、そのあとの様子を見ても黒澤さんの沈んだ声色には頷けてしまう。
黒澤さんの妹――ルビィ、ちゃん? は、簡単に言えばおっちょこちょいなのではと思う。
気もそんなに強い方ではなさそうに見えた。
ともすれば、あの子が習い事から身を引いたことも理解できる。
いや、そうでなくても張り合い続けるにはそれ相応の胆力が必要だったかもしれない。
私から見ても、黒澤さんはとても良くできたお嬢様だ。
その妹だとしたら、幼馴染も大嫌いな期待が付きまとっていただろう――なんて、
何も知らずに空想して、頷く。
「大変だよね、家柄が良すぎるって言うのも」
「簡単に言わないで――と、言いたくなるけれど」
黒澤さんはそこで言葉を切る。
氷の溶けたコップからは、もう余計な音はしなかった。
「あなたは、その言葉の意味を理解しているような気がする」
「まさか。私は普通の一般家庭だよ」
父がいて、母がいて――私がいる。ただ、それだけ。
家名を背負わなければならない黒澤さんと私が同列なんて――
私が地に額をこすりつけるべき酷い言い草ではないだろうか。 「もし、黒澤さんが私にその点でシンパシーを感じて近づきたいと思ったのなら、謝るしかない」
「そんな理由ではないわ――ほんとうよ」
黒澤さんの表情が罪悪感に揺れる。
悪いのはどっちだろう――なんて愚問も良い所だと思う。
悪いのは私、余計な一言だった。
大変だね――なんて、知りもせずに。
私も黒澤さんも何も言えなくなって、気まずくなる
それから数分経って――おもむろに時間を確認する
もうすでに夕暮れ時で、
気付かないうちに、窓辺から差し込んでいる陽の光は色濃く傾いていた。
幸い、黒澤さんの家から私の家まで遠く離れていないから、
まだまだ大丈夫ではあるけれど――。
「ごめんね、黒澤さん。今日はもう帰ろうと思う」
「わたくしこそ、押しつけがましくて――」
「ううん、大丈夫」
申し訳なさそうな黒澤さんに首を振って、遮る。
前言撤回するべきだ。
私は――コミュニケーション能力に乏しい。と。 そして翌朝の教室でのことだった――
案の定、幼馴染は探りを入れるように顔を近づけて。
「あんたさー黒っちとなんかやらかした?」
「そう見えたならそうなのかもね」
黒澤さんは普通に「おはようございます」だったはずだし、
私も同じように「おはよう、黒澤さん」と返したはずだった。
なのに、幼馴染はそのたった一言交わしただけで違和感を覚えたのだから、
私の知らない癖か何かがあるのかもしれないと思うと、少し怖いとさえ感じてしまう
「私って、コミュニケーション能力に乏しい?」
「少なくとも良いとは言えないと思うけどね。ほら、あんたって基本上辺だけの付き合いしかしないから」
「むぅ」
「そんなこと言うってことは、黒っちに突っ込んでってやらかしたんだ」
にやにやと笑う幼馴染の顔は叩きたくて仕方がないけれど、
そうする気分でもなく、机に伏せって視界を真っ暗にする
まぁ――図星だった。 「でも、黒っちの反応見る限りだと怒ってはなかったけどねー」
「怒らせたわけじゃないから」
「ふ〜ん。まぁ何でもいいけどさー」
幼馴染はそう言うと、黒澤さんを一瞥する。
周りがまだ始まらないHRまでの時間を潰す中で、彼女はきっと一限目の確認をしているのだろう。
そして幼馴染は「別にさ」と、口を開いた。
「あんたの全部とか、黒っちの全部を理解し合う必要なんてないんだし、気楽に付き合いなよ」
「そのつもりだし、今までもそうしてきた」
「黒っちは今までとは違うタイプでしょ。だから、あんたはやらかしたわけだし」
黒澤さんは今までと違う。
多分、それは的を射ているんだと思う。
黒澤家のご令嬢、なかなかのお嬢様な彼女は、
私が今まで上辺だけの付き合いで済ませてきた友人とは視力が違う。
私のこともある程度は見透かしているから――あんなことを言ってきた。
そんなこと、今までなかったのに。 「まぁ、燻った火は早めに蹴散らすのが良いよ。協力したげる」
「は、余計なことしないでよ?」
机から顔を上げると、もう足早に自席へと向かった後で
今すぐどうこうするわけではないのか。と、ちょっぴり安堵する。
でもやっぱり、合間の休みにでもお断りを連呼しよう。
そう決めて体を伸ばすと――ちょうど、担任がやってきた。
黒澤さんは私にシンパシーを感じたのだろうか。
だから近づきたいわけではないと言っていたけれど――
私のかくあれという生き方が、黒澤家とは――という生き方に似ていると思ったのだろうか。
黒澤さんのそれは、私とは比べものにならないだろうに。
「私って、黒澤さんのなにになるんだろう」
近づきたいとか、気に入っているだとか、
黒澤さんのあの言葉は本心だった――と、そう信じている。
あれはただの身から出た錆で、普通に今まで通りで良いのだろうか。
HRを聞き流しながら、私はずっと――彼女のことだけを考えていた。 合間合間に時間が出来るたびに、私は幼馴染に余計なことはしないように頼んだ
懇願したと言ってもいいくらいにお願いしたと思う。
とはいえ、彼女が終始大丈夫と笑っていたので、きっとダメだろうなと思ってもいた。
そうしたらやっぱり――余計なことをしてくれていた。
もっとも、ほかのみんなは居るけれど
松浦さんと幼馴染だけいない、黒澤さんと向かい合わせの昼食――という程度なのだから、
彼女の本領発揮した余計な事よりは確かに、大丈夫かもしれないけれど。
「すみません、あの人が余計なことして」
「ううん、それはいいけれど――」
黒澤さんは口にこそ出していないけれど、少しばかりは気まずそうな雰囲気を感じさせる
昨日のあんな別れ方の後で、
何事もなく向かい合えというのは、難しいと思う
普段は力強さを感じられる瞳が、今日は弱弱しく感じられる。
罪悪感を感じさせてしまっているとしたら、それは私の失態だろう。 他の誰も見ていなくても私は見てますよ!
安心して続けてくださいね!
ただ一つ言うとしたらこれは果南か鞠莉ではダメだったのでしょうか?
地の文多めのせいでもあると思いますが一番はオリキャラが主人公だから見て貰えて居ないんだと思いますよ!
でもとりあえず続き待ってますね!
「黒澤さんは何も悪くない。私が余計なこと言っただけだよ」
「わたくしも、知ったようなことを言ってしまったわ」
黒澤さんは私が悪くないと庇うように首を振る。
私の余計な一言、それに対して言った自分の言葉こそが悪いと。
黒澤の後継として日々生きている彼女は、常日頃から他者の目には大変そうに見えていて、
彼女にとって、私の<大変だね>なんていう言葉はよく言われることなのだろう。
だから、私が大変だね。なんて言うのは仕方がないことだし、
黒澤さんはそれに対して適当に相槌を打っておけばよかったと思っているのかもしれない。
なんて言えば良いのだろう。と、考える。
まだ広げる途中の弁当箱を見下ろして、溢れる食欲をそそらせる匂いに、息を吐く
私は彼女曰く知ったような言葉に対してどう思ったのか。
怒ってはいない、申し訳なく思った。
黒澤さんがそこに近しいものを感じてしまったのかもしれないと思って。
私は、ただ――怠慢なだけなのに。と。 「私――人付き合いがあんまりうまくないんだ」
幼馴染と話して、笑いながら言われたことを思い返しながら、切り出す。
自分の欠点を欠点として認めて、
先んじて伝えておくのがいいのではないだろうか。と、信じて。
だって、その方が余計な取り違いも起こり辛い
幼馴染が自由奔放で面倒くさい人だと知らなければ、厄介だと嫌悪感も湧くかもしれなが、
そんな人だと知っておけば、あれはああいう<モノ>だとしてそれなりに諦めがつくように。
私がコミュニケーション能力に乏しいだめな奴だと思っておいてもらえればそれなりに何とかなると思うのだ。
「だから、その――黒澤さんは悪くないんだよ」
「ねぇ――」
絞り出した私の解に、彼女は声を被せてきた。
私が自虐すること。
それに対して難色を示すその表情に、私は思わず目を開いてしまう
「どちらも考えが足りなかった。互いを気遣えなかった――それでは、駄目かしら」 これはたぶん、黒澤さんなりの妥協案なんだろうと思った
私が悪いと思っていても黒澤さんも自分に非があると思っていて
そんな責任の引っ張りあいが起きているから――妥協する
相手が自分の非としているのに
好き好んで自分が悪いという辺り、やっぱり黒澤さんは特別なのだろうか。
これに喧嘩両成敗は過言だろうか。
なんにせよ、黒澤さんだけが悪いというなら認めるわけにはいかないけれど
私達が悪い――というのなら落としどころだろうか
私としては、彼女は悪くないとしたいけれど。
「分かった――そうする。そうしよう」
ここで「ありがとう」は不適切かな。なんて考えていると
黒澤さんは「ありがとう」と、溢した。 それからの私達は特別、距離を詰めるようなことはしなかったし
気まずさから距離をおくなんてこともしなかった。
今までのように幼馴染や松浦さん達を挟んでの付き合いや
生徒会の仕事や生徒会室での勉強をするだけだった。
そんな折、私は小原鞠莉と出会うことになった。
いつものように過ごした学校の帰り道、島の方へと向かうボートが出る船着場のところに彼女は居た。
桟橋に制服のまま腰かけていて、
夕陽の黄金色を織り混ぜたブロンドヘアを潮風で苛める彼女の耳から垂れるイヤホンのコード
黄昏を感じさせるその姿に立ち止まったのは失敗だったと――思う。
ふと吹いた風に靡く髪を手で抑える彼女が振り返ってしまったから。 最近あった果林の隣の部屋の子の話とか鞠莉と百合婚とかそういう系の話でしょ
モブ視点でこそ描けるキャラの一面もあるだろうし、楽しく読んでますよ
こんなとき、慌てて目を剃らして足早に立ち去れるのも――勇気の一種かもしれない。
私はそれが出来なかった。
ただ、見つめ返してくる視線を受けて<テンプレート>を探していた。
幸い、私も女学生だから問題にはならない。はず
そう割りきって笑って誤魔化して立ち去るのが正解だろうか
それとも、あえて近付くべきか。
彼女の不信感を育まずにいられるのは後者しかないと思って――
私は声が届く距離まで近付いた。
「ごめんなさい、とても映えて見えたから」
そう言うと、彼女は困ったように笑う。
言葉選びを――誤っただろうか。 「つまりその、見惚れたの」
より直接的な言葉を使ったものの、
彼女は首をかしげると――気付いたように耳に手を当てる
垂れていたコードが揺れ、騒音にも似た激しい音が波の音を押し返していく。
「sorry――聞いてなかったわ」
「あ、うん。だよね」
イヤホンをしているのは分かっていたはずなのに
聞こえない可能性を考慮していなかった私の失敗だ。
聞こえないのに一人弁解していたとは――なんともはや。と、ため息をついて
「邪魔してごめんなさい。見惚れちゃって」 見るからに外国の血が流れているであろう黄昏乙女は、
塗り替えた違和感のない金色の髪を揺らしながら、薄く笑みを作る。
黒澤さんとは別に、綺麗な人だと思った。
純粋な島国の民としての憧れで割り増しされているのかもしれないけれど、
気品を感じさせる微笑みは――お嬢様めいている。
「ありがとう」
「いや、その――」
「no、problem。知ってるわ」
彼女はそう言って「果南のお友達でしょ」と笑った。
私は知らないのに彼女は知っている。
その不平さを感じてか、彼女はそのまま私を見て
「小原鞠莉。同じ浦の星女学院の一年生よ」
隣のクラスね。と、優しい小原さんから目をそらす。
以前から<小原さん>や<鞠莉(ちゃん)>などと小耳に挟んでいたけれど
私の無関心さも極まっているんじゃないかと流石に危機感を覚えそうだった。
三十八人だから一応、二組ある一年生
来年は纏めてくれたら良いのに――なんて思ってしまう
もう知っているみたいだけど。と、前置きしたうえで軽い自己紹介。
小原さんは私と松浦さんだけでなく、黒澤さんと幼馴染のことも知っているようで、
いつも賑やかだから。と、囁くような声で言う。
なんとなく――その騒がしさを避けたがっているように感じた。
「あなたの幼馴染は、初日に会いに来たのに」
「そうなんだ」
「――その様子だと、知らないのね」
小原さんは独り言のような小さな声で言うと、
耳から外したイヤホンに繋がっていた端末の電源を切る。
薄く広がるような騒々しい音が途絶え、彼女の穏やかな声がはっきりと聞こえた。
「一応、転入生だったりするのよ。本当はもう少しあとの予定だったんだけど――」
「え――あ」
「ふふっ」
そういえば、聞いた覚えがあるような。
思い返し、声を上げてしまった私を見て彼女は微笑む 「最初の頃――といっても最近だけど、結構popularだった。と、思うんだけど」
「私にそれを求められても困っちゃうかな」
小原さんには悪いけれど、
幼馴染と違って、特別盛り上がるような性格ではなかった。
転入生、転校生が来た。
そう言われても「そっかー」で済ませるのが、私だから。
「なのに、声をかけてきたの?」
「見てるのがバレたから」
「見惚れてくれたのよね」
「――まぁ」
そこは事実なので否定はしないけれど、
面と向かって、その相手から言われてしまうと照れくさくもなってしまう。
尻すぼみする声はみっともないと感じて、気丈に彼女を見る。
「あなたなら――別に、一緒に居てくれてもいいかも」
「置物っぽいからね」
「そうは――思ってないけど」
幼馴染ならそう評する。
引用して口にしてみれば、小原さんは声なく笑みを浮かべて首を振る。
騒がしくなく、いても苦にならない。といった感じなら、似たようなもののような気もするけれど、
流石に、置物というのは失礼だと思ったのかもしれない。
もしくは、置物も時には障害物となり得るからか。
小原さんは顔を上げると「もうタイムリミットね」と、立ち上がってスカートの裾を軽く叩く。
島の方からゆっくりと近づいてくる船が見えたからだろう。
「基本的にここにいるから、気が向いたら――また、ね」
あの船に乗って、彼女は向こうに行くのだろうか。
だとすれば、松浦さんと知り合いなのも頷けるかもしれない。
彼女の「気が向いたら」には「気が向いたらね」と繰り返すように答えておいた。
そうした出会いもあった中、7月になって期末テストが行われるのだった。
黒澤さんは「あなたには抜かれたくないわ」と対抗心を感じさせることを言っていたけれど
それはたぶん、私こそが言うべきことだろうと思う。
かたやただの学生、かたや名家のご息女
日々得られる自由度に大差あるはずの私が、どうしてそうでない人に遅れをとれるだろうか。
中間テストだってその通りの結果だった。
黒澤さんだって順位一桁の成績だったし、悪いわけじゃない。
そもそも――たった三十八人での順位争いは寂しくならないのかな。
などと言ったら
「何事も、やると決めたらとことんやるべきでしょう?」
と、言っていた。
切磋琢磨するとも言うし、河原の丸石のように削り合う相手が居なければ洗練もされないということ――か
その相手を私にするのはどうなんだろう。
そこはかとなく――もやもやとした。 期末テストは三日間に分けて行われる
水木金の曜日で実施し、
クラスの少なさとそもそもの生徒数から
土日を挟んで月曜日にはもう返却されるようになっている
その試験最終日、やはりお疲れ様といきたがったのは幼馴染だった。
期待たっぷりに黒澤さんを見つめる姿は
端からみてもうざかった――のだから
文句言わずに頷いてくれた黒澤さんには頭が下がる
「試験に答え合わせでもする?」
「黒っち〜それは有り得ないよね」
「また勉強しなかったの?」
「私の人生はね。勉強に浪費は出来ないんですよ」
呆れ顔の松浦さんに、幼馴染は堂々と語る
授業は勉強と等しくないので、
しっかりと受ける――という考えを持っているのが救いだろう。 黒澤さんの家につくと、以前とは違って客間へと案内される。
客間も十分に広いけれど、
彼女の私室を知っていると、ほんの少し手狭に感じてしまう。
「黒っちの家って感じがするねぇ〜」
部屋の雰囲気にまったく見合わず胡坐をかいて座る幼馴染は、
背中を伸ばすようにしながら間の抜けた声を黒澤さんへと投げる
彼女は彼女で、そう? と、困惑気味なものの、
奔放な幼馴染についてはもう完全に諦めているようで、
特に注意をするわけでもないようだった。
「畳の匂いってやつだね」
「そうそう。<ザ・和>って感じ」
「畳の匂い――?」
自分の制服の袖の匂いを嗅いで確かめる黒澤さんは、
なんだかちょっぴり可愛らしく思えてしまう。
普段は奇麗な人だけれど、ちょっとしたところが愛らしく思える。
「そういう意味じゃないと思うよ」
「なら、どういう――意味なの?」
雰囲気的なもの――なんて、曖昧な答えを返してみると、
意外に「なるほど」と、受け入れて貰えてしまった。 「高校生になってさぁ?
もう半年経ったわけでしょ? 浮いた話の一つでもないの?」
そう切り出したのは、言わずもがな幼馴染だった。
お茶菓子を手に取り口に含みながら
なんの気もない様子で、口にしたのだ。
黒澤さんの家には幼馴染が期待しているような浮わついた遊び心がない
その手持ち無沙汰な感覚から言い出したのかもしれないけれど
どうせ無いだろうけど。と、期待していないのは火を見るより明らかで。
「高校生って言っても女子校だし」
困ったように言う松浦さんは「あーでも」と少し考えて。
「ダイビングショップに来――」
「あーはいはいお世辞ねお世辞」
「流石に酷くない!?」
幼馴染は手をひらひらと振る。
お店に来るお客さんが「綺麗な子だか可愛い子だか言ってくれるよ」松浦さんが言おうとしたのはこの辺りだと思う。
どちらかと言えばお世辞に感じるかもしれないけれど
なかには、表現が正しいかわからないけれど
ナンパ――という線もあるんじゃないかと思わなくもない。
松浦さんは松浦さんで、スタイルが良いから。 幼馴染と松浦さんのやり取りを、私はたぶんその場にいない第三者として聞いていたと思う。
頭の中ではあれこれ考え、こうじゃないか。なんて思ったりもしていたくせに――
私の目は、黒澤さんに向いていたから。
だからきっと、二人の会話が途切れたとき
奪われていた思考力が戻った反動を受けてしまったのだろう。
「黒澤さんはどうなの?」
「えっ?」
すっとんきょうな私、間の抜けた黒澤さん。
数瞬見つめあって、ハッとする
「あっ――いや、そのっ」
「おやマイベスフレは黒っちにご乱心かな?」
とりあえず、幼馴染の二の腕をつねった 乱心はしていない。
執心でもない――たぶんきっと。
ただ、名家黒澤の長女という存在には
婚約者がいたりするかもしれないとか
日々縁談の申し出があるかもしれないとか。
迷信とか幻想とか小説とかのように身勝手に考えていた。
――もしかしたら。なんて
黒澤さんは私の焦りに、薄く笑う。
「わたくしには――なにも」
ちょっとだけ困ったように感じる眉
残念そうにも見えるのに、なぜかそうではないよう気もしてしまう。 「黒っちにもないとなるともうダメだねこりゃ」
残るのは私と幼馴染の二人。
幼馴染は先んじて「私にそんな気はまったく無いからね」と自嘲する。
浮わついた話を切り出しておきながら、
自分には恋をする気がないと白状する彼女は
自分ではなく他人のそれが気になるタイプなのだ
「で、どうせなんにもないでしょ?」
幼馴染の一方的な言い方に、少しムッとする
なんにもないのは事実なので
それ事態に怒りはないのだけれど――
黒澤さんにでさえないものがある。そう言ったらどうなるのか。
少しそれが気になったし、多少なり見栄を張ってしまうのが子供らしいのでは。と、思って。
「6月末に、会った人がいるよ」
平然と、言ってみるのだった。 6月末――? と、訝しげな幼馴染は
本当に会ったのかと馬鹿正直に訊ねてくる。
黒澤さんや松浦さん、その他友人知人ではないのは真実だけれど
まるで浮わついた話ではない。
それどころか、この場のみんなが知っているであろう――女子生徒の話だ
「ほんとほんと。たまたま一人で帰ったときに、その人が一人でいるのを見かけたんだよね」
「ふーん?」
「それでそれで?」
怪しむ幼馴染、興味津々な松浦さん
黙って聞いている黒澤さん
三人を見渡して、一息いれる。
「格好いい人だなーってつい見ちゃってさ。声、かけられたんだ」
格好いい人じゃなくて綺麗な人
声をかけられたのではなく、かけた。
唯一、見ちゃったことだけが真実である 「別にナンパとかじゃなかったんだけど、ちょっとはにかみながら、なにか? って」
「――それで?」
「それがまた素敵で――制服から自分たちが学生だって分かったから。あの高校だよね。って話が出来てね」
その日はちょっとした自己紹介くらいしかできなかったけれど、
それからも見かけたときには声をかけて――話をするようになった。
「よく音楽を聴いてるって言うから、どんな音楽が好きなのかとか、こういうのは好きじゃないのかとか」
話していること自体は嘘じゃないからだろう
幼馴染もみんなもそれを嘘だ。なんて言ったりはしなかった。
どんな音楽なのかという質問には、普通なら私が興味を持たない小原さんの好む音楽を答える。
アーティストと言うべきか、バンドと言うべきか。
そういった本当の情報を答えているので、
幼馴染が疑って端末で調べているけれど、それがまた信憑性を上げてくれる
「まだ数回しか会ってないから、このくらいの付き合いだけどね」
「このくらいっていうけど――結構すごいと思うよ」 松浦さんはそう言うと、しみじみと頷く。
同じ学生だとは言え、異性に声をかけられ話をし、距離を縮めている。
それが出来ているのが凄いと思ってくれているんだと思う。
でも、純真にそんな褒め方をされると――ちょっぴり申し訳ない。
私が関わっているのは、同じ高校で同じ学年の小原鞠莉。
彼女はみんなを知っているし、
松浦さんなんて特に知人であるというのだから、酷い話である。
「まさか――まさかまさかまさかっ!?」
「その人とは――連絡先を?」
「ううん、そこまではしてないんだよね」
発狂寸前の幼馴染をよそに、黒澤さんに首を振る。
恋が云々に興味があるのか、私という友人のことを気にしているのか。
興味を持っている黒澤さんは少し、眉を顰めた
「では、普段はどうやって?」
「ん〜――なんていうか、私もその人も別に示し合わせてまで付き合いたいって思ってないんだと思う」
会いたい。話したい。そうして関わっていくのではなく、
いつもの繰り返しの中で、偶然にでも出会った時に――少しだけ言葉を交わす。
波の音、潮風、曇天の闇、晴天の夕日。
彼女の鈴とした声を聞くこともあるが、黙ってそれらに浸っていることもある。
「それはつまり、運命感じたいんだーってやつ?」
「運命――なのかなぁ?」
友人としての関係にも、運命と言うものは存在しているのだろうか?
少なくとも、この出会いに関しては恋愛における運命は介在していないと断言できる。
なにせ――互いに女の子なのだから。 「なら、付き合ったりしないの?」
「勿体ないよ! せっかく仲良くなれたんなら――」
「待って果南。互いに、そうやって強要されたような付き合いは好んでないって言っていたでしょう?」
嬉しそうな松浦さんとは対照的に、黒澤さんは穏やかだった。
私の交友関係が広がっているのを喜んでくれてはいるのだけれど、
私の言った<示し合わせた付き合い>を重く感じているのだろうか。
「交際をすると言うことは、多少――縛られてしまう。きっと、それを望まないわ」
「そうだね。そういうの、望まないよ」
そもそも女の子だし。と、内心で思いながら異性のことを考えてみる。
彼女もそうだけれど、私も黒澤さんが言うように縛られてしまうのを好まない。
だからこそ彼女は一人であの場所にいて、私はその姿に共感してしまった。
「早い話、私は付き合うとかできないと思うんだよね」
「でもさー? 女の子も男の子も。学生のうちに一回くらいは恋愛するのが普通だと思うんだよねぇ?」
「それが普通だとしたら、私達って普通じゃなくない?」
「恋愛なんて、するもしないも自由ではなくて? するのが普通と言うのは――いささか納得しかねるわね」 「ほほぅ」
幼馴染の瞳が好奇に輝く。
黒澤さんの人となりを少しは知っているであろう幼馴染は、しかし遠慮を知らない。
黒澤さんが交際に対してあまりいい印象を持っていないと感じたからこそのその雰囲気は、
やはり、無遠慮だ。
「黒っちは、男嫌いだったりするわけ?」
「嫌い――と言うほどでは」
「でもさー交際、黒っちは否定的に見えるんだよね〜」
そこでなぜか、彼女は私を見る
ニヤリとした口元が<今から私余計なことしますね! テヘッ>と語っているのが何とも憎たらしい。
咳ばらいを一つして、下品にコップの音を立てる
「男の子が嫌いじゃなくたってさ、恋愛なんてどうなるか分かったもんじゃないでしょ」
簡単に言えば、未知である。
誰かに恋をしたとき、自分と言う存在はどれほどまでに歪んでしまうのか。
その何者かの為に、過去に律してきた自分を裏切ることになるのではないか。
少なくとも不変ではあれないであろう未知なる現象には――正直、私は畏怖を覚える ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています