善子「恐ろしく、甘い」
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よしまる
季節外れもいい所なバレンタインデーのお話です 私は甘い物が嫌い。
……得意じゃない、と言った方が正確かしら。
とにかく甘い物を沢山食べる事が苦手だった。
だって説明しようのない気持ち悪さが口に残るから。 コーヒーを飲む時はブラックで、紅茶を飲むときも角砂糖を入れたりしない。
これは小さい頃から、覚えてる限りでは小学校低学年の頃からそうだった。
小学生にしたら珍しいわよね、ブラック…しかも無糖でコーヒーを飲むなんて。
……まぁ、それが何だって聞かれたら特にオチもなく面白くもない自分語りなんだけど。
それが私、津島善子にとっての普通だった。 世の女の子達はいつも冬になるとそわそわとしだす。
それこそ女子校に通っている私ですら周りを見渡すとギラン、とした目をして周りに作ってきたものを渡すの。
……といっても、これは甘い物が嫌いな私の主観でしかないから、その目に感じたものがなんなのか真相は分からない。
もしかしたらただ何の気なしにイベントに乗っかってわざわざ自作の甘い塊を渡し合ってるだけなのかもしれない。
もしくは本当に心に決めた相手に気持ちを伝える手段として寝る間も惜しんでその塊……いや、その場合はそんな呼び方失礼かしら。
普通の人からしたらチョコレート、ね。
それを一生懸命作ったせいで寝不足になって、本当に目付きが悪くなってる可能性だって勿論ある。
ま、甘い物が嫌いな私からしたらそんなイベントどうだっていいわね。
だから私はこれまで何年間も……もっと言えば今この瞬間も。
そんな周りの様子を、片手で机に頬杖を付いて見つめてたっていう訳。 善子「…………。」ボーッ
花丸「善子ちゃん、どうしたずら?今日はいつも以上に様子が変だよ?」
善子「うっさいわね……ずら丸」
そんな私に声を掛けてきたのはずら丸。
本名は国木田花丸、お寺の娘できょうび聞かない珍しい語尾をしてる変なやつ。
私とずら丸は幼稚園が同じで、小さい頃仲が良かったのを覚えている。
ただ別れは必ずあるもので。小学校が離れた事をきっかけに疎遠になり、それからは全く。
ただ、高校入学と共に再会して今では一緒にスクールアイドルなんてやってるんだから、運命ってよく分からないわよね。 ……そんな彼女と離れ離れになった当時、わんわん泣いた事を覚えてる。
あれだけ仲が良かったのに離れてしまうのはほんの一瞬だった。
……当時は二人で大人になったら結婚しようねなんて言っていたのに、そんな約束の気恥しさに気が付いて一緒になって照れ笑いを浮かべる、そんな未来が訪れる事は無く。
本当にあっという間に、大切な人だったずら丸は私のまえから姿を消したのだった。
今考えると、本気で自分が神に嫉妬された存在だなんて思い始めたのはこの頃からだったのかもしれない。
だってしょうがないでしょ?
教職の親という事もあってあまり家族の時間が沢山あるとは言えなかった私にとっては、幼稚園という小さな世界が全てだったんだから。 花丸「善子ちゃん?」
善子「ん、あぁ……」
と、考え事をしていると私の様子を不審に思ったのかずら丸からもう一度声をかけられる。
花丸「善子ちゃんが変なのはいつも通りだけど、そうやってボーっとしてると心配になっちゃうなぁ……」
善子「ただでさえ今日は寒くてテンション上がらないんだから、そんなニコニコして毒吐くんじゃないわよ。心配とは程遠い顔してるじゃない」
花丸「う〜ん……テンションが上がらないのはどうして?」
善子「……考え事してたのよ」
花丸「なるほど……でも、そんな暗い顔してたらいつまで経ってもりあじゅうにはなれないよ?」
善子「いいわよ、別に……。それにどんなに明るい子だって、偶にはノスタルジーに浸る事だってあるものよ」
花丸「ふむ……確かにそれは一理あるね。善子ちゃんは随分難しい表現を使うなぁ……」
顎に手を当て、うんうんと首を縦に振りながらずら丸が納得したような表情を見せる。 花丸「それで、善子ちゃんは何を懐かしんでたの?」
善子「……は?」
花丸「ノスタルジーってのはそういうものずら。過去の思い出を懐かしんで……どこか寂しい気持ちになる、でしょ?」
あぁそっか、ずら丸はこういう文学的な表現は得意だったわね。
ここまで本の虫になったのは私と別れた後の事。だから私は知りようも無かったこと。
まぁあの時から絵本の時間に目を輝かせていた記憶はあるけれど、流石に小説を持ってきて読んだりはしていなかった。 善子「……別に、大したことじゃないわよ」
花丸「それでも、知りたいなぁ……善子ちゃんの考えてること」
真っ直ぐに私を見つめる瞳に多少戸惑う。あの頃ならお互いの考えてる事が言わなくても伝わったのに、今ではその視線にどんな思いが含まれているかなんて全く分からなかった。
善子「……言わない」
花丸「ガーン!善子ちゃん、ひどいよ……」
善子「……ヨハネ。」
花丸「今さら気づいたように言っても遅いずら……」 花丸「ね、善子ちゃん……来て。」
ずら丸は未だに頬杖を付きながら窓の外を眺める私に見かねたのか、私の空いた方の腕を掴んで引っ張る。
善子「わっ…とと……!ちょっと、危ないでしょ……って!止まりなさい、コケるから!」
何度も転びそうになるのを堪えて強制的に立ち上がる。数歩の間不規則なリズムでたたらを踏むことになったけど、十歩歩く頃には私の腕を掴んで前を歩くずら丸の歩調に合わせる事が出来た。
何が何だか分からないままされるがままにする。
事ある毎に絡んでくるずら丸にしては珍しく、その間一言も発する事は無かった。 連れてこられたのは部室。朝だと言うこともあり誰も居ない部屋の中まで入った所で彼女はようやく足を止めた。
善子「なんなの?急にこんな所まで連れてきて……」
花丸「……なんだと思う?」
善子「いや、知るわけないでしょ。いきなり過ぎて頭回ってないわよ」
花丸「……これ。ルビィちゃんが登校する前に渡しておきたかったから」
ずら丸が肩に掛けた鞄から出したのは、可愛らしい淡い黄色の包装紙に包まれた箱だった。
……あぁそうか、私が文学少女の彼女を知らないように、彼女も私が甘い物が苦手だって事知らないんだ。 善子「バレンタインデー……」
花丸「当たり。善子ちゃんったら、こんな日にあんなに暗い顔してるんだから……そんなんじゃ誰もチョコレートくれないずら」
善子「……私、甘い物苦手なのよ。」
花丸「えっ……!?」
得意気に話す彼女の顔に、これを言っていいものかと少し考える。
だけど苦手な物は苦手で、無理して食べる気にもなれないから……悪いと思いつつもそれを伝えた。 花丸「あははっ、そっかぁ……幼稚園の頃は善子ちゃんチョコレート好きだったから……ごめんね」
……チョコレートが好きだった?私が?
そんな時があったかしら。私は小学生の頃にはもうチョコレートを避けて食べないようにしてきたのに。
善子「……そんな時あった?私、小学生の頃からもうずっと食べないようにしてきたんだけど……」
花丸「あったよ!……そうだ、もし良かったら試しに食べてみて?もしかしたら嫌いじゃないかもしれないずら」
善子「……悪いけど……。」
花丸「……そっかぁ。自信作だったんだぁ、これ。きっと善子ちゃんが喜んでくれると思って……」
目に涙を溜めながらも無理に笑顔を浮かべて口を開く。
彼女の泣き顔は幼い頃に見た物のままだった。 善子「……ずるいわよ、ずら丸」
花丸「お願い、一つだけでも食べてみてくれないかな……」
善子「…………。」
どうしようかしら。正直一つくらい食べてもいいんじゃないかと思う私もいて、今まで10年くらい一切口にしてこなかったチョコレートを今更食べるのもどうなの?と思う私もいて。
善子「口移しでなら、食べてあげてもいいわよ」
と、結局絶対に出来ない突拍子のない意地悪を言う事でそれを回避しようとする。 花丸「……。」
それを聞いたずら丸は無言でシュッと包装紙とそこに巻かれたリボンを外し、箱を開いた。
あぁ、ごめんなさい。私が受け取らなかったらその分は自分で食べるしか無いわよね。
花丸「ぱくっ……モグモグ……。」
善子「悪いわね、折角作って貰ったのに……」
パクりと自分の作ったチョコを口に放り込んだずら丸がそれをもぐもぐと食べる。
ただ、その喉がごくりと鳴ることはいつまで経ってもなかった。 花丸「?……らにいってるじゅらか?」
善子「は?なにって…………んぐっ!?!?」
その瞬間は光景がスローモーションに見えた。
彼女は私に駆け寄って肩を押さえる。
そして少し背伸びをするようにして私に口付けた。
口の中を砂糖の甘みとほんの少しのカカオの苦味が駆け巡る。
ずら丸の口の中でトロトロに溶けたチョコレートが、重なり合った唇から私に流れてきた。
あまい……恐ろしく、甘い。 花丸「ぷはぁっ……」
善子「はぁ、はぁ……っ、なんで……!?」
花丸「善子ちゃんが言ったんだよ、口移しなら食べてくれるって」
善子「それは、そうだけど……。」
花丸「それで、どうだったずら?」
善子「…………。」
ずら丸が不安そうに私を見つめる。
私にとって約10年越しにもなるチョコの味、正直混乱した私の頭ではどんなものか分からなかった。
だから……。 善子「……っかい……。」
花丸「?」
善子「もう一回、ちょうだい」 『もう一個』じゃなくて『もう一回』と言った私の意図に気づいたずら丸が言葉もなくもう一つチョコレートを口に入れる。
そうしてまたさっきのように少し咀嚼をした後に、試食が始まった。
善子「んっ……ちゅ…………レロッ」
花丸「…っ!?んぁっ……ジュルッ…ちゅっ……」
私の舌をずら丸の口の中にあるチョコを全てかきとるように動かすと、彼女は目をぎゅっと瞑って身体を強ばらせながらもそれを受け入れた。 皆と使っている部室でイケナイ事をしているという事も忘れ、その行為を私達は何度も繰り返した。
一粒、また一粒と次第にチョコレートが無くなっていく。
そして最後の一粒になって完全にその味を感じなくなった後も、私達はどちらもその事について言及する事無くお互いの舌を絡ませ合った。
花丸「はぁ……はぁっ……」
ようやく口を離す。
舌と舌が離れる時には、透明の糸が私達の前から伝った。
そこにチョコレートの茶色い成分は全くと言っていい程残っていないように感じた。 花丸「ど、どうだった……?」
善子「……やっぱり、あまい。」
花丸「……あははっ、何それ。でも、あの時も善子ちゃん確かそんな事言ってたずら」
善子「…あの時………?」
花丸「覚えてない?…ほら、幼稚園の頃……。」
______遠い記憶。私の頭の奥の更に奥、深い所にあったその糸を手繰り寄せていく。 …………
……
花丸「よしこちゃん、大きくなったら何になりたい?」
善子「分かんない!でも、はなまるちゃんとずっと一緒にいる!」
花丸「マルもよしこちゃんと一緒にいたいなぁ、そうだ!それならマルたちけっこんするずら!」
善子「けっこん……?」
花丸「うん、そうしたらずっと一緒に居れるって先生言ってたよ?」
善子「じゃあする!」
花丸「それならちかいのキス、しよ?けっこんする時にするんだって」
善子「うんっ!」
花丸「ちゅ〜っ……」
善子「……あまーい」
花丸「ぁっ…そういえば、マルさっきチョコレート食べちゃったずら……」
善子「でも、おいしい!はなまるちゃん、私にも頂戴!」 …………
……
善子「……そっか、だから…………。」
花丸「……?どうしたの、善子ちゃん。」
善子「なんでもない!」
だって、言える訳ないじゃない。
……ようやく思い出した。
私はずら丸と離れ離れになったあの時から、大好きだったチョコレートを見たくも無くなったなんて。
そんなの……恥ずかしくて言えるはずもない。 花丸「えぇ〜、秘密にされたら余計知りたくなるずら……」
善子「うっさい!絶対言わないからね!」
花丸「……ねぇ、善子ちゃん」
善子「……何よ」
花丸「好きだよ」
善子「なっ……!急にどうしたのよ……?」
花丸「ううん、言ってみたかっただけ。もしかしたら順番がおかしかったかも知れないけど……」
善子「……私も、ずっと。」
素直じゃない私には振り絞った小さい声でそう返すのが精一杯。
えへへ、と照れ笑いを浮かべるずら丸。その笑顔は幼稚園の頃に見た、私の初恋の人のよく知る顔だった。 それから、二人して教室に戻った。
もうとっくに登校していたルビィが私達の姿を見つけると、どこに言ってたの?と不思議そうな顔を浮かべていて。
私は少しの間、どこか気まずくてルビィの顔を見る事が出来なかった。
ルビィ「もう、二人とも居なくなっちゃってるから、一番に渡せなかったよぉ……」
善子「?」 そう言ってルビィが私達に差し出して来たのは、衣装係の彼女らしくピンクと赤の布地に包まれたチョコレートの箱。
お姉ちゃんと頑張って作ったんだぁ、と無邪気な笑顔を浮かべるルビィ。
そんな彼女に私は素直にお礼を言って受け取る。 _
……こんなあっさり受け取るんだ、と思った?
そりゃ喜んで受けとるわよ。
確かに私は甘い物は得意じゃない。
それでもこれだけは、今日から……いや、昔からずっと。
____私の大好物だったんだから。 おしまいです。
なんか呼び方とか話し方とか違和感あったらすみません。 最初あれ?そうだっけ?
と思いながら最後まで読んで納得
可愛いよ善子! うおー貴重なよしまる!ありがたい
すごく良かったぞ、乙でしたっ あっっっっっっっっま!!!!!!!!!
最高かよ! この板ではよしまるに殴りかかってくるキ印が多すぎてなかなか書けないんだよな
ありがとう>>1 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています