【SS】一目貴女を見た日から
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タタン、タタン、タタン…
定期的な音、揺れ。
窓の外に流れていく景色。
カーブに差し掛かれば、決して丈夫には見えない躯体が苦しそうに呻き声を漏らす。
東京を走る電車とは、一体なにが違うのだろう。
スマホ画面と多すぎる雑踏に埋もれて気付かないけれど、もしかして向こうで乗る電車も同じなのかしら。
戻ったら、感覚を澄まして乗ってみよう、なんて。
誰にも気付かれない決意を胸に、頬杖を微調整する。
久し振りに会う彼女は元気にしているかな。
少しだけ目を瞑り、想いを馳せる。
私の中の、大切な一年間に――
──────
────
──
「ありがとーござーしたーっ」
善子「へへ…」ガサガサ
提げたビニール袋から、待ちかねてスライムまんを取り出す。
食べ物としてどう見ても自然じゃない、目が覚めるほどの鮮やかなブルー。
普通の肉まんやあんまんと違って、ツンと角が立っている。
見飽きるほどに見慣れた表情――まんまるに見張った目と、なんだか嬉しそうに綻ぶ口元。いずれも食べ物で上手に表現してある。
発売から一ヶ月を経て、やっと買うことができた。
食が細い私は、放課後に中華まんの買い食いなんてしようものなら晩ごはんをろくに食べられなくなってしまうに決まっているもの。
結果、ママに怒られちゃうのはわかりきっていること。
休みの日にコンビニへ走っては、売り切れ、売り切れ、売り切れて、何度目の前で最後の一個が買われていく場に立ち合っただろう。 それが――やっと巡り会えたこの好機!
運命の神とやらも、まさかこんな南の町で『大雪』によって休校となることまでは予見できなかったみたいね。
沼津でここまでの雪が降るだなんてよっぽどのことで、私の人生においてはもちろん初めて、「観測史上最大」なんて言葉がローカルニュースから聞こえてくるほどだもの。
ま、お陰さまで学校には行かずに済んだし、念願のスライムまんにはありつけたし、文句なんて一つもないけどね。
鼻も耳もきゅうっと冷たくて、両手に伝わる熱がいっそうスライムまんを愛おしく思わせる。
くう…!
きょろきょろと辺りを見回すけれど、歩道と車道の区別すら曖昧にする風景の中、車も人も見当たらない。 立ち食いは行儀が悪い? そうね、そんなジョーシキを聞いたことはあったかも。
だけどそれって、
善子「愚かなる人間どもの話でしょ?」
白銀世界に立つたった一点の漆黒たる私には、関係のないことです――ギラリ。
立ち食いをしたら、天が裂かれ地が割れるとでも言うんだっけ?
行儀の悪さで補導できるものならしてみなさいっての。
善子「いっただっきまーーーす♡」
身体によさそうな部分が一つもないそれに今まさにかぶり付く、というところ。…だった、のよ。 善子「…あら?」
眼前に広がる雪景色、その中にちらりと覗く赤色。
善子「なにこれ…」ヒョイ
拾い上げて、ハンと鼻息一つ。
大きなハートマークにクラブ、スペード、わずかに欠けたダイヤが連なる形のペンダント。
去年の春頃に流行ったドラマで主演の女優が身に着けていたもので、ものすごい勢いで人気になって、ドラマの終了とともにものすごい勢いで忘れ去られたものだ。
日本人女性の半分が買ったと言われているけれど、私は少数派――あ、いや、半々ならどっちが少数派でもないのか……とにかく! 善子「今さらこんなもの、珍しくもないわ」
どこかにぶつけでもしたのか、欠けちゃったせいでいらなくなったってところかしらね。
それならそれできちんと燃えないゴミの日に出せばいいのに。
とりあえず拾ってしまった手前、まさか再び雪に埋め直すわけにもいかない。
傍のポストに、雪を払って乗せておく。
善子「郵便屋さんが気を利かせて元の持ち主まで届けてくれたらいいわね」
なんて、適当なことを言って遊んでいる場合じゃなかった。
せっかくのスライムまんが冷めちゃう――………ん?
嫌な…予感、が… 恐る恐る瞳を上げると、
トンビ「ウスァーーーーーーッ!!!」ビュオオオッ
善子「…………うわーーーーっ!?」ビックゥゥゥ
なにあれ!? 鷹!? でかい! 怖い! あんな大きな鳥、初めて見た!
ちょっ、なに、すごい勢いで迫ってくる!!
目が合ったかと思うや一直線に向かってきたその鳥は、びゅんびゅんと私の周りを飛び回る。
怖い、怖い怖い…!
くそう、こうなったら…… 善子「で…出てきなさい、ケルベロス!この不気味なロック鳥を食い散らかしてしまいなさい!」カッ
トンビ「ウスァーー!」ビュンビュン
善子「あーーーっ、やめてよーー!あっち行ってってば!」
ぶんぶんと振り回す手、そこに握られていたはずのスライムまんが気付くとなくなっていて――
善子「あああっ!?」
トンビ ヒューーン
善子「んなっ、ちょっ…こら!待ちなさいよ!」
善子「戻ってきなさいってば!それ私のよ!人間から食べ物を奪うなんて――じゃない、私はヨハネ…穢れの地に降り立った堕天使なのです…」フッ
善子「――って言ってる場合じゃなかったあ!!」
慌てて叫んでも鳥が戻ってくるわけはなくて。
水蒸気で湿ったビニール袋はむなしく寒風に揺れるばっかりで、とうとうスライムまんを食べることなく、私の冬は過ぎていったのだった―――― 私は津島善子。
静岡県沼津市に住む平凡な女の子――とは、世を忍ぶ仮の姿。
真の姿は、天使。
といっても、あまりの美しさゆえ嫉妬した大天使より天界を追われこの人間界へと落とされてしまった、いわゆる堕天使なんだけどね。
堕天使「ヨハネ」の名とともにこの身に受けた呪いのせいで、こんな不幸は日常茶飯事。
けれど私は負けない。
大天使に掛けられた不幸の呪いがその効力を失うまで堪え忍べば、今度こそ堂々と天界へ舞い戻る。
だから、それまでほんの何年ばかりかの辛抱――なんて、ね…
*** ***
中学最後の夏休みも終わりが近づいてきたある日曜日のこと。
私は自分の生活圏をやや離れ、内浦地区へと足を伸ばしていた――と言いつつ、その足はバスに代理を任せているのだけど。
当たり前よね。残暑もまだまだ陰りを見せない炎天下、こんな距離を歩くなんて自殺行為もいいところだもの。
…地獄の業火に比べればこの程度の熱量はどうってことないけれど、今は仮の身体だし!
『オキシーテック前、オキシーテック前です…』
善子「あ、ここね…」
運転手さんを除けば一人きりになってしまうおばあちゃんを横目に、バスを降りる。
う、暑っつ… 八月ももう終わるってのに、なによ、この暑さは。
後ろでバスが発車すると、わずかな遮光さえなくなり、いよいよ全身を熱気が包む。
上から下から、ジリジリと焼き付ける灼熱の波。
善子「えーと、ここから…ああ、あの信号を曲がるのね…」
グーグルマップと現実世界をにらめっこ、なんとか道を把握する。
視界の先はゆらゆらと揺らめいて空と道路の境界線を曖昧にして、真っ直ぐに駆ける水平線に喧嘩を売る。
一歩、一歩、アスファルトが熔け落ちてなくなっていないか確認しながら進む。 善子「うあー、もー、暑すぎ…絶対ミスった…」
暑いとか寒いとか、言おうと思ってなくても口を吐いて出るのはどうしてなのかしらね。
帰りのバスは、確か早ければ20分後だったはず。
もういいかな、ここまで来たんだし充分よね、それ逃すと30分待たなきゃいけなくなるし、そこの商店でアイスでも買って食べてればいい、一刻も早く帰ってクーラーをがんがんに効かせて布団に潜りたい、いいかな、いいよね………
一歩、一歩、徐々にペースを落とす足取りが、ついに向きを変えたとき――
わあああああああああ…っ!!
私の足を止めたその声は、ほんのすぐ傍からのものだった。 発生源はわかっている。
だって、私はそのために来たんだもの。
文字通り『あと一歩』のところで、私は内に囁く悪魔に打ち勝った。
さくさくと歩みを進めて、辿り着く。
『沼津市立内浦小学校』
堂々たる威厳を感じさせる石彫りの灰色――を、呑み込まんとする実にカラフルな手作りの看板。
『内浦こども祭り』
善子「ったく、一時間だけだからね」
ぽりぽりと頭を掻いて、誰に聞かせるわけでもない呟きを夏の空に吐き付けた。
………………
……… 「いらっしゃいませー!わたあめでーす!」
「メンコしょうぶやってまーす!」
「おさかなとのふれあいコーナーでーす!」
善子「……!」
広い校庭のそこかしこで、年齢も性別もばらばらの子ども達が、一生懸命に声を張り上げていた。
見慣れない光景にぽかんと立ち尽くしていると、一人の男の子が駆け寄ってきた。 かと思うと、
「おきゃくさんはっけん!」
「はっけーん!」
善子「えっ」
「おねえちゃんこっちであそんでー!」
「だめー!こっちが先ー!」
「おねえちゃん!」「おねえちゃん!」「おねえちゃん!」
あっという間にわさわさと集まってきた子ども達に取り囲まれ、あちらこちらから手を引かれる。 善子「わ…わかったわかった!みんな遊ぶから、順番に!お姉ちゃんは一人しかいないんだから、順番よ!」
「やったー!」
「じゃーおねえちゃん、こっち来てー!」
そうして手を引かれるまま、いっとき照り付ける陽射しすらも忘れて、私は子ども達のお店を順番に遊んで回った。
ある子は水鉄砲の射的屋さんを、ある子はサッカーのシュートゲームを、ある子は野球ボールのストラックアウトを。
お世辞にも立派とは言えないながらも、思い思いにお店を構えて、一生懸命にお客さんを呼び込んでいた。 善子「ちょっと休憩…!」
一瞬の隙を突いて子ども達の包囲網から抜け出し、よろよろと傍の木陰へ避難する。
私がいなくなったことに気付いているのかいないのか、変わらぬ熱量ではしゃぎ続ける子ども達。
アドレナリンどばどばなのかしら、あんなにずっとはしゃぎっ放して…脱水症状で倒れなきゃいいけど。
お客さんはほとんどが高齢者で、恐らく地域のおじいちゃんやおばあちゃんに違いない。
ちらほらと親らしき年齢の人もいて、私と同じくらいの子はほとんどいない――…二人。 さっきまでの私のように、子ども達に連れ回されて…もとい、引きずり回されているお客さんが二人。
いずれも私と同い年か、少し上かしら。
みかん色の髪と、アッシュグレーの髪と。
対照的にも見えるその二人は、しかし双子のように同じ笑顔で、子ども達に負けないほど元気に走り回る。
…と、ふと、みかん色のコと目が合う。
そのコは立ち止まって、なにか言いたげに口を開く。
釣られて私も視線を送り、
「ちかちゃん次はこっちー!」
一言を発することすら許されないまま、嵐のような勢いで子ども達に連れ去られていった。
………………
……… 思い出したような熱気に身を預けて、ぼうっと空を眺めていると、
「へーい彼女っ」ハグッ
善子「ひえっ!?」ビクッ
突然、そんな風に抱きつかれた。
善子「ななな………あ、さっきの…」
「こんにちは!さっき目が合ったよね!」
善子「そ、そうですね…」
「んん〜?なんか表情がカタいな〜」ムム…
「ちかちゃーん」タタタ… 善子「あ、もう一人の…」
「よーちゃん!見て、知らないコも来てくれてるよ!」
「おー、ほんとだ。こんにちは!この辺の人じゃないよね?どこから来たの?」
善子「えっと、沼津の方から…です」
「おーっ、沼津から!遠路はるばるようお越しくださいなすって、あたしゃ本当に嬉しいよう…!」ヨヨヨ…
善子「ええ…」
「ちかちゃんちかちゃん、初対面でそれは引かれるって…あ、自己紹介がまだだよね。私、渡辺曜。よろしくね!」ゞ
善子「曜、さん」
曜「それでこっちが高海千歌ちゃん!」
千歌「チカちゃんって呼んでね!よろしく!」
善子「は、はあ…」 曜「あなたのお名前は?」
善子「私、の…名前…は――」ウズ…
善子 シュバッ
曜「!?」 千歌「!?」
善子「私は――天界より堕ちた悲しみの天使。堕天使ヨハネなのです!」ギランッ
曜「………」ポカン…
千歌「………」
善子「あっ…」 曜「えっ、と…」
善子「あ、や、その、」オロ…
曜「よ、ヨハネ…ちゃん。ちょっと変わってるけど、可愛い名前だね…?」
善子「や、やややややちがくてあのあのあの―― 千歌「かっっっこいい!!」
ようよし「「――へ?」」
千歌「なになになに今の!すっごくかっこよかった!えっと、なんだっけ。テンカイより落ちた悲しみの天使!堕天使ぃ…ヨーーハネーーっ!!」ウオオオオッ
善子「ちょ、なによそれ!ださっ!プロレスラーじゃないんだから!」
千歌「ちがうのー?」
善子「全然違う!ちゃんと見てなさいよ、…漆黒に彩られた穢れの翼、堕天使ヨハ 千歌「夏だ!みかんだ!堕天使だ!!うーーーっ、ヨハネ!!」 善子「だああああからああああっ!!勝手にださく改変するなーーっ!」
千歌「ださくないよ!かっこいいでしょ!ね、よーちゃん!」
曜「え!?ここで私に振るの!?」ギョッ
善子「はっきり言ってあげて、ださいって!」ズイ
曜「ええ…」
千歌「よーちゃんにはチカのかっこよさがわかるよね!?」ズイ
曜「や、えーっとぉ…」
善子「ださいものはださいってはっきり言ってあげるのが本当の友情よ!」ズズイ
千歌「だって堕天使、ヨハネだし!」キラッ
善子「さらにださくすんなあ!!」ウギーッ
千歌「よーちゃん!」ズイ
善子「曜さん!」ズズイ
ちかよし「「ねえ!!」」ズズズイッ
曜「うあーー、もーーっ!どっちも一緒!どっちもかっこいいからーーーっ!!」
………………
……… 曜「でも、珍しいね」プシッ
ラムネのビー玉を押し込みながら、曜さんの言葉。
善子「なにが?」プシッ
曜「沼津からわざわざこども祭りに来る人が、だよ。宣伝もしてないはずだけど、よく知ってたね」
善子「あー、うーん…」
千歌「もしかして善子ちゃん――沼津から送り込まれてきたスパイなんでしょ!」
善子「スパイだとして、誰が内浦なんかに送り込むのよ」グビ
千歌「ひどいっ!?」ガーンッ パチパチと暴れ水が喉を下っていき、やっと人心地つく。
善子「ママが教師でね。お客さんを寄越してほしいって知り合いから頼まれたからって、行ってきなさいって、ほとんど無理やり」
曜「無理やり、そっか…そうだよね」
善子 ハッ!
善子「あ、や、来たくなかったとかそういうことを言いたいわけじゃないのよ!?ただ私の返事を待たないで無理やり決定されちゃったというか、その、ね?」アセアセ
千歌「あはは…へーきだよ。無理やりでもなんでも、来てくれただけ嬉しいから」 千歌「内浦なんか、じゃないけど、どんどん人が減っていっちゃってるのはほんとのことだもんね。このこども祭りだって、年々お客さんは減ってく一方だもん。内浦の人達にとっては大切な交流の場だから、なんとか毎年続けてるけど…あと何回できるのか、わかんないもんね」
曜「ちかちゃん…」
千歌「って、えへへ…だからね!チカとよーちゃんは毎年お客さんとして遊びにきてるんだよ。ね!」
曜「うん!私達が小学生だったとき、お客さんが来てくれるのがすっごく嬉しかったって覚えてるからね!」
善子「…そう。優しいのね、二人とも」
千歌「ほんとはチカ達の同級生だってもっといるんだけど、みんななかなか忙しいからね〜。ひまじんなチカとよーちゃんだけ皆勤賞なのだ!」ブイッ
曜「いや、私は飛び込みの練習を休んで来てるんだけどね?ひまじんなのはちかちゃんだけだよ」
千歌「あーっ、ひどいよーちゃん!裏切ったなー!?」
曜「いひひ。さっき困らせてくれたお礼だよーっだ」 わいわい、私を放ったらかして言い合いっこをし始める。
その日、初めて会った二人組。
それなりの人見知りを自負する私だけれど、なぜだか彼女達とはすぐに馴染むことができて。
善子「ふふ…あははっ」
曜「あ――」
千歌「善子ちゃん笑った〜。よーちゃんと同罪だよ!」
善子「うふふ、いいわよ別に。千歌さんより曜さんに付く方が心強そうだもの」
千歌「んなあっ!?」ガガーン 善子「ね、曜さん。校舎の中にもお店あるんでしょ?二人で見にいっちゃいましょうよ」
曜「え〜、ちかちゃん置いて?…しょうがないな〜」
千歌「しょうがなくないよ!チカを一人にしないで!」
曜「あははははっ、冗談だよ〜」
千歌「も〜〜〜っ!」プンプン
夏休みも終盤の貴重な一日を使って炎天下の外出。
帰ったらママにわがままの一つでも言ってやろうと思っていたけれど、気付けばそんなささくれた気持ちはどこへやらで。
この二人に出会えたことで、来てよかったなんて、長いこと感じたことのない気持ちを思い出したのだった―― 千歌「…あ、そういえばそろそろじゃない?」
曜「そうかも。さっきマイク取りにいってたもんね」
千歌「前の方に行っとこっか。行こ、善子ちゃん!」
善子「え、なに?なにかあるの?」
千歌「うん!行けばわかるから!」
善子「は、はあ…」 おひさまがちょうど真上に輝き出した頃、千歌さんに手を引かれて校舎を後にする。
先ほどまでお客さんを取り合っていた子ども達も、それにお年寄りも親達も、みんなぞろぞろと――
善子「…体育館?」
一同、そして私達も目指すのは、どうやら校庭の端に立つ体育館のようだった。 館内。
全開にされた窓と張られた暗幕のおかげで外よりわずかに居心地のいい空間には、大人子どもが体育座りで寄り添い合う。
前方の壇上にはマイクが置かれていることから、誰かの話があるということだろう。
気になるのは、
千歌「こうやってみんな集まってるのを見ると、今年もこども祭りに来られてよかったーって思うね」
曜「そうだね〜」
千歌「ね、前に行っちゃっていいかな?」
曜「いいんじゃない?せっかくだし行こうよ」
千歌「ごめんごめ〜ん、前に行かせてくださ〜い。ほら、善子ちゃんもおいでよ!」
善子「あ、うん…」
この二人、どうしてこんなに待ち遠しそうなのかしら。
まるで今から『誰か』が話すのを聞くのが楽しみであるかのよう。 でも、そんなことある?
地域のこども祭りっていうんだから、町内会長とか、あるいはこの小学校の校長先生とか?
いずれにしたって、全校集会が退屈な時間であることと大差ないはずなのに。
昔お世話になった大好きな先生、とかかしら。
だったら私を引っ張っていくのは勘弁してほしいものだけど…
千歌「ここ!座っちゃお」
曜「結局、一番前まで来ちゃったね」
千歌「善子ちゃんも座って座って」
善子「うん。ねえ、今から話をするのって、一体どういう――」
千歌「しっ!ほら、来たよ」
あの瞬間のことを、私は、生涯忘れることはないだろう。
高校のものらしき制服、それとセットの上履き。
きっちりと揃えられた前髪は真っ黒に流れて、申し訳程度のヘアピンが左右に光る。
服装検査で指導する隙など一分もない、完璧な――そう、完璧な出で立ち。
一歩、一歩。
歩みの速度こそ先ほどの私と同じだったかもしれないけれど、その足取りに見える迷いのなさ、気高さ、自信、意思。
私と同じ部分など、ほんの微塵にも感じられなくて。
ざわついていた子ども達ですら、はっと息を呑むのがわかった。
袖からその人が現れた瞬間、体育館の陳腐な壇上はステージとなり、全ての鼓動が一点に収束した。
ダイヤ「皆さん、ごきげんよう。浦の星女学院生徒会副会長、黒澤ダイヤでございます」
恨みつらみを垂れたくなるほどの照り付ける陽射し。
パワフルな子ども達。
完全インドア派の私にはなかなか珍しい日曜日。
出会った二人の友人。
一つひとつがとっても強烈なはずのそれらが、ふと――輪郭をぼやけさせてしまうほどに。
私の中に、濃密な彩りが咲いたのだった。
………………
……… 『――これで、第××回の内浦こども祭りを終わります。皆さん、来てくれてありがとうございました。内浦小の生徒は、班ごとに分かれて片付けを開始してください――』
曜「んーっ、今年も終わっちゃったねー」ノビーッ
千歌「よーちゃん、この後は飛び込み行くの?」
曜「そうだな〜、少しだけ顔出しとこうかなー」
千歌「そっか。善子ちゃんはバスで帰るの?……善子ちゃん?」
善子「んにゃ!?」ビクッ
善子「な、なに!?てゆーか、善子言わないで!ヨハネよ!」 千歌「暑くてぼーっとしちゃった?」
曜「わ、それはまずいね。なんか飲み物貰ってこよっか!」タタタ…
善子「あっ大丈夫!」ハッ
曜「そう?無理しちゃだめだよ?」
善子「ありがとう、本当に平気よ。それより、教えてほしいことがあるんだけど…」
曜「なに?」
善子「さっきの、挨拶した人…あれ、知り合いなの?二人とも嬉しそうだったし…」
曜「あ〜、ダイヤちゃんね!」 曜「あれはダイヤちゃんだよ。黒澤家の長女で、私達とは幼なじみだからね!」
善子「そう、そうなのね…幼なじみ…」
曜「山の上に浦の星女学院っていう高校があって、こども祭りではいつも浦女の生徒会長がああやって挨拶してくれるんだ。今年は生徒会長が都合つけられなかったとかで、副会長のダイヤちゃんが挨拶することになったみたいだけどね」
千歌「でもこーゆー挨拶なんかって、正直そんじょそこらの生徒会長よりダイヤちゃんの方がよっぽど向いてるよね」
曜「そんじょそこらの生徒会長って。まあ、わかるけど」
千歌「ダイヤちゃん家は黒澤家って言って、ここらへんでは結構有名なんだよ。そこの長女さんだから、町内の行事とかでも踊ったり挨拶したりよくするしね」
曜「そういえば、今日ダイヤちゃんと目合ったよね」
千歌「あー思ったー!普段あーゆー場だとチカ達に気付いてもカオに出さないのにね〜」
善子「浦の星女学院、か…」 曜「あ、うん!通称浦女!私もちかちゃんも浦女の生徒で、っていうか内浦の子はだいたい浦女に行くよね」
千歌「ねー。家族も周りもそうだから、なんか当たり前みたいに浦女に入ったよねー」
善子「うら…浦女には地元の子しかいないの?」
曜「そんなことないよ。たまーに沼津とかから通ってる子もいるよね」
善子「沼津からでも通えるのね…!」
曜「そうだね。遠いしバスの本数が多くないから登下校はちょっと不便だけど、通えないことは全然ないよ!」
善子「…わかった」
千歌「そーいえば善子ちゃんって中三でしょ?どー?これもなにかの縁なんだし、いっそのこと浦女に来てみる気なんかない?」ニシシ…
善子「そうする」
千歌「なーんて…………え?」
善子「私、浦女に行くわ。千歌さん、曜さん、勉強教えて!」ガバッ
千歌「ぇ…………」
ようちか「「ええええーーーーーーーっっ!!?」」
*** とりあえずここまで。
遅まきながら代行ありがとうございます、今週中には完結できると思います
時間があれば本日中にまた。 子供まつりとかダイヤちゃん呼びとか、どことなく漫画版ぽさがあるな ***
in 高海家
千歌「 」
曜「 」
善子「………あの、」
ようちか「「ごめんなさい!よくわかりませーーーん!!」」
善子「うそでしょ、この人達…」ハァ… 衝撃の日曜日から、二日。
私は、特に深く考えることもなく――それこそ浦女を選ぶ内浦の人達のように――沼津の高校へ通おうと思っていた。
一年の頃から重ねられてきた進路相談でも、三者面談でも、当然にそう答えてきた。
なんの変哲もないその回答は先生にもママにもパパにも否定されることなんかなかったし、高校一年生を過ごす場所にこだわることに意味なんか感じていなかった。
でも、私は、考えた。
人生の中で初めて、考えて、そして自分で決めた。
進学先を浦の星女学院にすることを。
一昨日、家に帰ってからママとパパにそのことを話したら、驚かれたし何度もいいのかと聞かれたけど、身構えていた以上にあっさりと頷いてくれた。
ただの一度も「やめておきなさい」とは言われなかった。
それからすぐに自分の部屋に戻って『トモダチ』欄の千歌さんに連絡をして、今に至るのだけど――… 善子「あなた達、私の一つ上よね?一年前あなた達も同じ勉強したはずよね?それがわからないって、どういうことよ…」
千歌「ち、チカはほら!高校生になってから家の手伝いする時間が増えちゃって!それでふくしゅーする時間あんまりなかったし!」
曜「あっちかちゃんずるい!私も私も!えーっと…飛び込みに本格的に時間使うようになってきて、べんきょーの時間とかなくなってきたし!」
千歌「うそだー、よーちゃん中学生の頃から飛び込みばっかりだったじゃん!変わんないよ!」
曜「うぐっ…そ、そう言うちかちゃんだって!旅館には志満さんが入ってくれたからだいぶ楽になったって言ってたじゃん!」
千歌「そ、それは…!」グヌヌ…
善子「底辺なすり付け合って楽しい?」
ようちか「「ひどいっ!?」」ガーンッ 善子「なんにせよ、あなた達が受験勉強の役に立たないことはよくわかったわ」
曜「そ、そもそも対策なんかしなくたって平気だよ。一般的な国語数学理科社会だけだもん」
善子「その一般的なレベルを軒並みパスしたのは誰よ」
曜「ぐはっ!」グサッ
千歌「てゆーか善子ちゃん頭いいじゃん!別に教えなくてもチカ達よりよっぽど、」
善子「あなた達じゃ基準にならないから」
千歌「ぐはあっ!!」グサッ
善子「誰かこう、頼りになりそうな人いない?勉強ちゃんと教えてくれそうな人」 千歌「えー、うーん…志満姉は忙しいし、美渡姉…は、ちょっとなあ…」
曜「あ〜、ちかちゃん美渡ちゃんに言い付けちゃおー!」
千歌「え!?あ、やめてよ!そういうつもりで言ったんじゃないんだから!」
曜「いひひ、もう遅いよーっだ。へ〜、美渡ちゃんじゃ勉強は『ちょっとなあ』なんだー、ふ〜ん」
千歌「よーちゃーーん!もーー、よーちゃんイヤ!」プイッ
善子「あの」
ようちか「「はっ!忘れてた!」」
善子「大丈夫なの、この人達…」
曜「うーん…あっ!勉強と言えばさ、えっと…」スマスマ 曜「どうかな!?」つスマホ
千歌「…おー!いいかも、ちょうどいいかも!」
曜「でしょでしょ!?」
善子「なに?いい人が見付かった?」
曜「うん、ばっちし適任がね!連絡してみるから、ちょっと待ってね…」スマスマ
善子「怖い人じゃない?」
千歌「怖くないよ。可愛くて優しいからだいじょーぶ!」
善子「そう」ホッ 曜「今日あいてるって!」
千歌「おっ」
曜「家にいるってだから、迎えにいこっか」
善子「近いの?」
曜「近いよ!歩いて10分くらいだから」
善子「よし、そのくらいなら私も歩けるわ!」
曜「…その黒いヒラヒラは脱いでいくんだよ。倒れちゃうからね」
善子「絶対いや!!」
千歌「帽子かぶっていこうね」
善子「あー!ださいの被せないでよ!」
千歌「ださくないよ!」
善子「なによこのウ○コみたいな帽子!」
千歌「し、失礼な!それは東京で人気の某アイドルが愛用してる由緒正しいウ○コなんだよ!」
善子「ウ○コじゃないのよ!!」
曜「ちかちゃん、善子ちゃん。その辺でストップ」
………………
……… 千歌「右手に見えますのがー、内浦が誇る二大水族館の一つ、『みとしー』こと伊豆・三津シーパラダイスでございまーす」
善子「もう一つは淡島水族館よね」
曜「おっ、善子ちゃんよく知ってるね!」
善子「言っても沼津市内のことだし、観光スポットくらいはね」
千歌「ふふふ…そんな善子ちゃんでもこれは知らないでしょ!このトンネルの名前はなーんだ!?」
善子「だから観光スポットくらいって言ったでしょ。知らないわよ」
千歌「チカも知らない」
曜「あはは…私も。さすがにトンネルの名前なんか気にしたこともないなー」
善子「あ…中に入るとひんやりしてて気持ちいいわね…」
千歌「ほんとー。ずっとトンネルでもいいねー」
善子「ここに下宿するわ、私」
曜「できないよこんなとこに下宿」
千歌「チカもー」
曜「自宅に帰りなよちかちゃんはさ」
………………
……… 善子「おー、海」
曜「まさか善子ちゃん、海見るの初めて!?」
善子「初めてなわけないじゃない。でもこんなに間近でこんなに広いのは、うん…初めてかも」
曜「あはは…そうだよね。どう?いいでしょ、内浦」
千歌「浦女に通うことになったら、毎日この景色の中で過ごせるんだよ!」
善子「毎日はいいかな」
千歌「えー!?」
善子「通学バスだろうし、寝てると思うし」
千歌「そんなあ!景色と自然を堪能してよ!」
善子「月イチでね」
千歌「少なーいっ!」
………………
……… 千歌「着いた!」
善子「この建物はなに?」
千歌「総合案内所だよ。この辺の観光情報を調べたり、自転車を借りたりできるとこ!」
善子「そんなのがあるのね。ここで待ち合わせてるの?」
曜「うん、わかりやすいからね。『着いたよ』っと」スマスマ
善子「今から呼ぶんかい」
千歌「まーそう急ぎなさんな、善子ちゃんや」
曜「ここから近いからね。すぐ来てくれるよ」 千歌「みかんアイスくーださい!善子ちゃんも食べるでしょ?」
善子「ああ、私パス」
千歌「ええ!?アイス食べたがりの不健康現代っ子善子ちゃんが!?」
善子「誰が不健康現代っ子よ!私みかんだめなの!」
曜「ええ!?みかんだめ!?ひ、非国民だああ…!!」ガタガタ
善子「誰が非国民よ!小さい頃から家でも学校でも親戚のとこでも行く先々であんだけ食べさせられてたらもういいわってなるでしょ!」
ようちか「「へ?ならないよ?」」
善子「みかん脳どもめ…」
千歌「まーまー!まーまー善子ちゃん!みかんアイスは別!別だから!」グイグイ
曜「これはイケるよ!みかんじゃないから、アイスだから!美味しく食べられるに決まってるから!」グイグイ
善子「うおおおおおなんなのめっちゃグイグイ来る!!いらないって!私はアイスモナカ食べるから!あなた達はみかんアイス食べればいいじゃないの!一緒である必要ないでしょ!」
千歌「みかんは一緒に食べるともっと美味しいんだよ!」
善子「一緒に食べても味覚は変わらなーーーい!!」
「…あのー」 ようちかよし ハッ
「あんまり公共の場で騒がしくしない方がいい、よ」
善子「………」// ササッ
曜「やっほー!突然呼び出してごめんね!」
千歌「ひっさしっぶりー!」
「久し振り、千歌ちゃん。曜ちゃん」
善子「…え。じゃあ、この人が待ち合わせした…?」
曜「うん、そうだよ。学年は私達の一つ下、善子ちゃんと同じだね!」
善子「同じ…」
曜「こちらラインで話した浦女進学希望のコで、善子ちゃんだよ!」
「よしこ、ちゃん…」 千歌「おー、さすが同い年!さっそく下の名前で仲良さげだよ!」
曜「いや、それは私が下の名前しか教えてないからなんじゃ…」
善子「…………ねえ、もしかして、あなた…幼稚園…」
曜「あっ、そうそう。えっとね善子ちゃん、こちらは私達の幼なじみの――
善子「ずら、丸」
曜「惜しい!ずら丸ちゃんじゃなくて花丸ちゃん…あれ?なんで知って…」
善子「あんた、あの、ずら丸ぅ!?」
花丸「善子ちゃん……やっぱり善子ちゃんずらー!」
ようちか「「……へー?」」
………………
……… 千歌「いや〜、素敵な偶然もあるものだねえ」チュー
曜「ちかちゃーん、おばさんくさいよー」チュー
千歌さん達が呼んだ助っ人。
それは、幼稚園時代の知り合い、国木田花丸だった。
家がお寺だとかでやたらと感性が古く、ちょっとした機械やからくりを見るたびに「未来ずら〜」と言っては目を輝かせる。
人を疑うことを知らないような無垢な女の子で、なぜか懐かれており、幼稚園で過ごす時間はずーっと私の後ろをちょこちょことついてきていたものだ。
なにかにつけて語尾に「ずら」と言うものだから、私は当時「ずら丸」って呼んでたのよね。
幼稚園を卒園すると同時に、それっきりぱったりと会わなくなってしまっていたんだけれど―― 善子「ほい、ずら丸」パキッ つ片割れ
花丸「ありがとう、善子ちゃん」
善子「まさか、こんな形であんたに再会するとはねえ」
花丸「ね。事実は小説よりも奇なりずら〜」
善子「出た」
花丸「なに?」
善子「あんたまだその口癖直ってないのね。ずら〜って」
花丸「な!き、気にしてるのにぃ…」
花丸「善子ちゃんこそどうなの、その様子を見るにあんまり成長したとは言えないみたいだけど」
善子「はあ?あんた、目でも瞑ってるの?あんなちんちくりんの幼稚園児だった頃の面影なんかないでしょ。今や万人が目を奪われるほどの美少女に――」
花丸「ヨハネさま!」 善子「フッ…悠久の時を経て再びまみえることが叶ったわね、我がリトルデーモンよ。今こそかつて果たせなかった盟約の誓いを改めて結んでやってもよいぞ」ギラン
花丸「ほ〜ら、ね。変わってないずら♡」ニコッ
善子「………っ!」// ヒクッ…
花丸「今のは、う〜ん…おおかた『久しぶりに会えて嬉しい。改めて友達になろうね』ってところかな?もちろん、喜んで」
善子「な、あ、が…っ」// プルプル…
千歌「おお〜っ、すごい!ヨハネちゃんモードの言葉を完全に理解してる!」
曜「さすが、昔仲良くしてたってだけのことはあるね!…昔からあんな感じだったんだ」
花丸「さ、千歌ちゃん。曜ちゃん。善子ちゃん。アイス食べ終わったら勉強しよ。時間は有限、時は金なりずら」
善子「ぅぅぅ………っ、うにゃあ〜〜〜〜〜〜っ!!」// ←なんと言えばいいかわからないけどとにかく照れ臭くなった
………………
……… 千歌「よーし!アイスも食べ終わったことだし、花丸ちゃん家にレッツゴー!」
曜「おーっ!」
花丸「え?うちに来るの!?」
千歌「あれ。だめだった?」
花丸「だめじゃないんだけど、今日はだめだよ。お昼過ぎからお客さんが来ることになってて、お友達は家に呼べないずら。…こんな大勢になるとなおさら」
千歌「あちゃー」
善子「家に行くってまで伝えてたんじゃないんかい」
曜「いやー…ははは。失念していたであります!」ゞ
善子「でありますじゃないわよ」 曜「ちかちゃん家に戻るしかないかな」
千歌「うちねー、うち…いいんだけど、今日確か美渡姉がお昼で帰ってくるんだよねー」ウーン…
善子「まずいの?」
千歌「よーちゃんが変なこと言わなきゃまずくない」
曜「言わないよ、なんにも」
千歌「ほんとに?」
曜「美渡ちゃんじゃ勉強はちょっと…」
千歌「それー!それがだめなのー!なしなし!チカん家に戻るのはナーーーシ!」
善子「曜さん…あなたねえ…」
曜「こればっかりは譲れないのであります…」
千歌「むむむーっ」プクーッ 花丸「曜ちゃんのお家はだめずら?」
曜「いいよ!」
善子「あ、解決…」
曜「従弟妹のコ達来てるからめちゃくちゃうるさいけどね!」
善子「してなーい!」
千歌「えー!操ちゃん達!?会いたい会いたい!」
善子「食い付かなーーい!!」 花丸「まるがお勉強を教えるんなら、千歌ちゃんは来なくてもいいんじゃないの?」
千歌「えっ」
善子「あー、確かに」
千歌「や、ちょっと」
曜「ママに千歌ちゃん行くって連絡しとくよ!」
千歌「しとかなくていいよ!てゆか、よーちゃんは!?」
曜「ちかちゃん家で善子ちゃんの勉強に付き合うよ!」
千歌「最悪のパターンだろ、それェ!!」
善子「大丈夫、大丈夫。見張っとくから」
千歌「チカを追い払うことに熱心にならないで!」
花丸「でも一緒にいてもなにかできるの?」
千歌「悪意がない分、花丸ちゃんが一番残酷なんだけど!!」
………………
……… 善子「――で、辿り着いた結論が…」
花丸「あ、いた。ルビィちゃ〜ん!」ノシ
ルビィ「はなまるちゃん!千歌ちゃんに曜ちゃんも!」ノシシシ
曜「やっほー、ルビィちゃん」
千歌「ルビィちゃ〜ん、宿題もう終わったー?だめだよ〜、31日に徹夜でやろうなんて考えちゃ」
ルビィ「ちゃ…ちゃんとやってるもん!」
曜「それはちかちゃんのことなのでは…」
千歌「ギクゥッ!」
花丸「えー。だめずらよ、千歌ちゃん。宿題は計画的にやらなくちゃ」 千歌「き、きききき去年よりはやってるもん。あと残ってるのは数学のドリルと家庭科の裁縫と現代文のプリントと…」ユビオリ
ルビィ「えええ…大丈夫なの、それ…」
曜「てゆーか家庭科やってないの!?結構かかるよ、あれ!」
花丸「人のお勉強より先にやることがあるずら…」
千歌「んもーーーっ、いいでしょチカのことは!今日は善子ちゃんの勉強をするために集まったんだから!」
曜「おっとそうだったね」
ルビィ「よしこちゃん…」
善子「あ…」
ルビィ モジモジ…
花丸「えっと、急にお願いしちゃってごめんね。こちらまるのお友達の善子ちゃんずら。まる達と同じ三年生なんだよ」
ルビィ「うゅ…」 善子「わ、私、津島善子っていいます。その、私の都合でお願い事をして、ご迷惑をおかけします。ず――…花丸に勉強を教えてもらいたいんだけど、この人数で使えそうな場所がなくて、ルビィさんのお家なら近くて広いから、もしよかったら、ってことになったんです」
ルビィ「…うん、はなまるちゃんから聞いてます。みんなが遊びにきてくれるの嬉しいし、お母さんにもいいよってゆわれたから、えっと、黒澤ルビィです。よ…よろしくお願いしますっ」ペコッ
善子「あ…ありがとう!こちらこそ、よろしくお願いします!」ペコリ
ルビィ「暑いよね。はいって!」
善子「ええ。お邪魔します」
千歌「……あれー?なんか、チカ達と初めて話したときと全然態度が違うような…」
曜「おかしいですなー。あんな丁寧に接してもらったことないよね?年上なんだけどなー」
花丸「日頃の振る舞いが原因だと思うずら」
………………
……… ルビィ「お待たせ〜。善子ちゃんもお茶でいいですか?」
善子「うん、ありがとう」
千歌「ありがと〜ルビィちゃ〜ん」
曜「ありがとう!さっそく頂こーっと」
ルビィ「えっと、浦の星の受験に向けた勉強ですよね。だったらルビィも一緒にやっていいですか?」
善子「もちろん、一緒にやりましょう。…あー、ねえ、敬語やめない?私達、ほら、同い年だし。来年から同級生になるんだし…」
ルビィ「…!うんっ!」ニコッ
善子「ルビィ、って呼んでもいい?」
ルビィ「うん!ルビィはよしこちゃんって呼ぶ!」
花丸「さっきからそう呼んでたよ」
善子「そうだけど心なしか発音が変わった気がするわ」 一人用にしては随分と大きな丸机。
そもそも部屋からして広くて、五人でも窮屈さは少しもない。
そこかしこにピンク色のもの、ふわふわしたもの、かわいいものが敷き詰められていて、ザ・女の子の部屋って感じ。
先生役をずら丸にバトンタッチした年長組はさっそくやることを失って、本棚から漫画を選び始めている。
私達は三人でノートを広げて、簡単な問題集を覗き込む。
…ずら丸と再会して、かと思えば新たな友達ができて、目まぐるしい展開に私は散りばめられていた数々のピースをことごとく見逃していた。
考えなくたって辿り着けたであろう一つの真実が、形となって真正面に現れるまで、まるで気付いていなかった―― 善子「本屋で適当に選んできたんだけど、これでよかったのかしらね?」
花丸「どうなんだろう。学校の図書室になら浦の星の過去問が保管されてたはずなんだけど…」
善子「さすがに他校の図書室に行くわけにはいかないわね…」
花丸「そんなに遠くないし、取ってこようか?」
善子「それは悪いわ。だったら、そうね、もしまた付き合ってくれるんならそれまでにコピーしておいてくれたら――」
ルビィ「あ!!」
よしまる ビクッ
善子「な、なによルビィ!?」
ルビィ「あ、ご、ごめん…浦の星の過去問なら、おねいちゃんに聞いたらわかるかなって…」
花丸「お〜、それは名案ずら」 善子「お姉ちゃん?あなたお姉さんがいるの?」
ルビィ「うん!あ、でもそれなら千歌ちゃん達に聞いてもわかるかなあ」
善子「あの人達が役に立たないことは確認済みよ」
ルビィ「確認済みなんだ…」
善子「見てみなさい、この至近距離で悪口を言われても気付かないほど漫画に熱中してるわ。しかもあの片方は夏休みの宿題すらろくに終わってないというのに」
花丸「なんだか哀れずら…」
善子「ところでそのお姉さんは、今いらっしゃるの?」
ルビィ「今はおでかけしてるけど、たぶんもうすぐ帰って――……きた!」
善子「え?」
ルビィ「ちょうど帰ってきた!おねいちゃんに過去問持ってるか聞いてくる!」テテテ
善子「え、帰って?え…?」
花丸「ルビィちゃんはお姉さんの匂いを嗅ぎ付けることができるんだよ」
善子「えなにそれどういうこと…」 花丸「ルビィちゃんのお姉さんはこの辺だと有名な人でね、とっても美人で格好いいんだよ〜」
善子「へえ…なんだかどこかで聞いたような人ね…」
千歌「〜♪………あ、善子ちゃーん」←漫画読んでる
善子「なに?」
千歌「ルビィちゃんのお姉ちゃんって、あの人だよー」
善子「あの人?」
曜「ほら、こども祭りで話したでしょー」←漫画読んでる
善子「え?………え?」 テテテ…
ルビィ「はなまるちゃん、よしこちゃん!おねいちゃん過去問持ってるって!」
善子「あ、ねえルビィ、あなたのお姉さんって――」ガタッ
――曜『あれはダイヤちゃんだよ。黒澤家の長女で、私達とは幼なじみだからね!』
――千歌『ダイヤちゃん家は黒澤家って言って、ここらへんでは結構有名なんだよ』
――ルビィ『――――――えっと、黒澤ルビィです。よ…よろしくお願いしますっ』
――花丸『ルビィちゃんのお姉さんはこの辺だと有名な人でね、とっても美人で格好いいんだよ〜』
――ダイヤ『皆さん、ごきげんよう。浦の星女学院生徒会副会長、黒澤ダイヤでございます』
善子「もしかして――………っ」
ダイヤ「あら。随分と大勢で遊びにきたのね、珍しい」ヒョコ
ダイヤ「花丸ちゃんに、曜ちゃん、千歌ちゃん。いらっしゃい。それと――…あら?あなたは…」
善子「……………っ!!」
ああ、息が詰まるってこういうことを言うのね――なんて。
私は酸素が行き届かない頭でそんなことを考えていた。
………………
……… ダイヤ「改めて。わたくし、黒澤ダイヤと申します。すでにご存知かとは思いますが、ルビィの姉です」
善子「あ、は、初めましてっ。私は津島善子です、千歌さんと曜さんとはこの間知り合って、ずらららっ花丸とはさっき再会して、て、る、ルビィとは友達になったばっかりですっ」アワアワ
ダイヤ「あら、では皆さんとまだお付き合いは短いのですね。それならばわたくしも遜色なく善子さん達の交友の輪に加わることができるかしら」
善子「わっ私の交友の輪に!?そ、ぇあ、それはっもう!お姉さんのお好きなように加わっていただければっ私も嬉しい…かも…っ」
ダイヤ「それにしても、花丸ちゃん達と一緒だったとは言え、ルビィが知り合ったばかりの人を部屋に上げるなんてね。感じなかったかもしれませんが、あの子はとても人見知りなのよ。仲良くしてあげてくださいな」
善子「もっももももももちろん喜んでェ!!」 <今日はどちらから?
<ぬ、沼津から…バスで…!
<まあ、沼津からいらしたのですか。暑い中よく来てくださいましたわ。ゆっくりしていってね。
<ひゃ、ひゃいぃ…っ!
ルビィ「なんだか、よしこちゃん随分と緊張してるね」
曜「いや〜、ダイヤちゃんは美人さんだからねー。姿勢もピンッてしてるから、向かい合ってお話ししてるとこっちまで背筋が伸びちゃう感覚はわかるなあ」
ルビィ「えー、そんなことないよ。おねいちゃん結構極端なとことかぬけてるとことかあるもん」
千歌「ほえ。そーなの?」
ルビィ「うん。一回夜ごはんに遅れてお母さんに怒られてからは、毎日五分前にはリビングにいるしー、初めて自分で買ったアクセサリーとかすっごく大事にしてて、買ってから一年間くらいは毎日ずっと着けてたしー」
曜「おー、それはなかなか極端ですなー」
ルビィ「しかも学校に行くときは着けちゃだめだからって、わざわざおうち出る前にはずして、帰ってきたら着けるんだよ。お休みの日には一日じゅう着けてられるからってすっごく嬉しそうでね。そんなんだからチェーンもゆるゆるになっちゃって…」
千歌「ぷぷっ…ダイヤちゃんらしいかも」
ダイヤ「ルビィ。千歌ちゃん。聞こえているわよ」コホン
ちかルビ「「ピギャッ!?」」ビクッ
曜「ま、初対面で緊張しちゃう人の気持ちはわかるよってことだよね。善子ちゃんも少しお話ししてたらすぐに慣れるよ!」
千歌「そうだね〜」
花丸「………………」 <ヨハネさんはなぜ浦の星へ行こうと?
<く…ククク、それは冥界からの囁きにより決したこと…!
<冥界…うふふ、運命ということですか。素敵ですわね。
曜「善子ちゃんが堕天使発動しちゃってるであります…」
千歌「緊張を乗り切るために心が勝手に…」
ルビィ「え?え??あれなに???」
ダイヤ「っと、そろそろ時間かしら。行かなくちゃ」
善子「っぁ…行っちゃうん、ですか…?」
ダイヤ「ええ、ごめんなさいね。この後お稽古事があるのよ」
善子「そう、なんですか」シュン
ダイヤ「…ふふ。そんなカオをしないでくださいな。二時間で終わるから、それまでまだいらっしゃったらまた顔を出させてもらうから」ニコッ
善子「ほ、ほんとですか!やった…!」
ダイヤ「それと、これが必要なのよね」つ『浦の星女学院学力入試問題 過去問集』
ダイヤ「わたくしが書き込んでいる箇所もあるけれど、カンニングせずに自力で解くのよ?」
善子「は…はいっ」 ダイヤ「花丸ちゃん達と考えてもわからないところがあったら、まとめておきなさい。後で教えてあげますから。…そこのお二人がなんのためにいらっしゃるのかわかりませんけれど」ジトッ
ようちか「「〜〜〜♪」」ヒューヒュー
千歌「おい言われてるぜよーちゃん、ルビィちゃん」ウリウリ
曜「やだなーちかちゃんってば。ダイヤちゃんの視線をよく見なよ、ちかちゃんとルビィちゃんのことだよ」ウリウリ
ルビィ「ぴっ!?」
ダイヤ「千歌ちゃんと曜ちゃんのことに決まっているでしょうが!」
花丸「千歌ちゃんはこの間に自分の宿題を進めたらいいのに」
ダイヤ「ほう…?宿題…?」ピクッ
千歌「あっ花丸ちゃんだめだよそういうこと言っちゃ――」 ダイヤ「まさかとは思うけれど、千歌ちゃん。その『宿題』とやらは夏期休暇課題のことではないわよねえ…?」
千歌「あ、あはは…」
ダイヤ「あははではありません!もう夏期休暇も終わろうというこの時期になぜまだ課題が残っているのですか!その手に持った漫画本を棚に戻して今すぐご自身の課題に取りかかりなさい!よいですか!」
千歌「は、はいぃ…っ!」
ルビィ「おねいちゃん、お稽古の時間…」
ダイヤ「あら、いけない。お稽古から戻ったら、どのくらい進んだのか確認しますからね!」
千歌「ううう…そんなあ〜〜」
ダイヤ「それじゃヨハネさん。お勉強、頑張ってね。来年度、貴女と学窓を共にできることを楽しみにしているわ」
善子「はい!ダイヤさんも、お稽古頑張ってください!」 花丸「さて、それじゃお勉強に戻ろっか」
善子「そうね!張り切って勉強しましょう!」
千歌「うう〜、恨むからね花丸ちゃん…!」
曜「まあまあ、一人きりでやるよりいいじゃない。家まで付き合うから宿題持ってこようよ」
ルビィ「お母さんにゆっとくから、戻ってきたらそのままうちに入ってきちゃっていいからね」
曜「ありがと、ルビィちゃん。ほら行こう、ちかちゃん」グイ
千歌「あう〜〜〜」ズルズル…
<ねー、よーちゃん!お裁縫のやつ手伝って!
<ええー?だめだよ!
<お願い!チカだけじゃ終わんないよう!
<も〜、じゃあ最初のとこだけだよ。
<ほんと!?やったー! 『編集:内浦中職員一同』と記された冊子をぺらぺらとめくる。
なるほど、先生方がこんな風に浦の星への進学を後押ししてくれているのね。
最初は国語。漢字の読み書き、熟語、慣用句、品詞、それに文章読解。
頭の数ページ、問題の隣には丁寧な字で答えが記入されている。
筆跡に迷いもなければ、書いて消した跡もない。
ところが、何ページかめくると、記入はぴたりとなくなった。
以降、どのページをめくってもメモ書きなんかはあっても答えの記入は全く見当たらない。
きっと何ページか進めたところで、直接書き込んでしまうと繰り返し復習ができなくなることに気付いたのだろう。
――ルビィ『えー、そんなことないよ。おねいちゃん結構極端なとことかぬけてるとことかあるもん』
善子「………ふふっ」 善子「ねえ、見てみた感じ、そんなに捻った問題もなさそうね。これくらいなら今から準備すれば充分間に合いそう――」
花丸「善子ちゃん」
善子「ん?なに?」
花丸「善子ちゃん、ダイヤさんと面識あったんだっけ?」
善子「なによ、急に。面識…は、ないけど。こども祭りで挨拶してるのを見たわよ」
ルビィ「え!よしこちゃん、こども祭りに来てたの!?」
善子「行ったわよ。そこで千歌さん達と知り合ったの」
ルビィ「そうだったんだ〜。ルビィも行きたかったな〜」
善子「そういえば会わなかったわね。来てなかったの?」
ルビィ「うん。用事があって行けなかったんだあ…」 花丸「善子ちゃんは、なんで浦の星に行こうと思ったの?沼津からじゃ毎日の登下校だって楽じゃないよ」
善子「だから、なんなのよさっきから…別に、なんでって、その……し、心機一転よ!たまたま千歌さん達とも知り合ったし、もういい年齢なんだから自分の進路くらい周りに流されずに決めたいじゃない!登下校だって、そういうもんだと思えば一年くらい平気よ!
知らないの?東京とか都会の方じゃ学校とか仕事に行くのに電車で一時間くらい――」
花丸「決めたのはいつ?最近?」
善子「だ、から…こども祭りの日よ!千歌さん達と知り合ったからだって言ったばっかりでしょ!」
花丸「千歌ちゃん達と、ねえ…」
善子「なに?さっきからなにが言いたいわけ!?言いたいことがあるならハッキリ――」
花丸 ニヤニヤ…
善子 ギョッ!? 花丸「うんうん、そっかそっか。なるほどねえ、そういうことずらか」ウンウン
善子「は?な、なにが?」
花丸「なんでもないよ。こども祭りの日に決めたんずらね〜。千歌ちゃん『達』と知り合ったから」
善子「…………っ、ずら丸、あんた…なんか余計なことを…」
ルビィ「??」
花丸「さ!お勉強に戻ろっか。一分一秒だって無駄にできないよね、善子ちゃんは絶対浦の星に合格しなくちゃいけないんだから」
善子「あの、ねえずら丸、なんか意味不明なこと考えてない?私別にそーゆーんじゃないんだから、ねえ」
ルビィ「なになに?なんの話してるの?」 花丸「ルビィちゃん。もしよかったら、これからもたまに善子ちゃんをお家に呼んであげてほしいずら」
善子「なっ」
ルビィ「え?うん!ルビィもよしこちゃんと遊びたいからいっぱい呼ぶ!…あ、でも受験が終わるまではお勉強だよね」
花丸「お勉強はたまにでいいから、ただお家に呼んであげたらきっと喜ぶよ」
ルビィ「へ?」
善子「ずら丸!」
花丸「忙しかったらルビィちゃんはいなくてもいいずら。でも誰もいないのはまずいから、そうだねえ…例えばダイヤさんがいる日なんかだったらいいかも」
ルビィ「???」
善子「ずーらーまーるーーー〜〜〜っっ!!」
そうして慌ただしく過ぎていった初日。
ここから苦節の数ヶ月を経て、私は、ずら丸・ルビィと共に無事浦の星女学院へと進学することができたのだった――。
*** ***
時は流れ、四月某日。
訪れるのが何度目かになる体育館で、少し離れた位置で隣同士に並ぶずら丸とルビィを横目に感じながら、私は朝からずっと落ち着かない気持ちをなんとか抑え込んでいた。
新しい制服、指定の鞄。
慣れないバスでの通学に、未知なる日常への期待、緊張、不安、高揚。
わくわくして、どきどきして、クラス分けにはほっとして。
めくるめく私を襲うそんな感情の波は、実はふとくしゃみをすればうっかり忘れてしまいそうなほどに儚い。
今朝から――ううん、大きな掲示板の前で友人二人と跳びはねたあの日から、私の心を占める強い感情は、たった一つだけ。
「――以上、来賓紹介・祝電披露でした。ここで読み上げなかった分は、校門前に掲示しておりますので、各自ご覧ください…」
喉が鳴る。
何度も何度も読み返した式次第。
「続きまして、歓迎の挨拶です。生徒を代表して歓迎の挨拶を読み上げるのは――」
私は、今日、
ダイヤ「新入生の皆さん、ようこそ、浦の星女学院へ。本校の生徒会長を務めます、黒澤ダイヤと申します」
あなたと同じ学校に、入学しました。
*** とりあえずこの辺りで。あと四倍くらいあります。
今日は夕方に更新できると思うので、そのときにまた。 最高!!
でも一年しか一緒に通えないの寂しいなぁ‥
メイ*; _ ;リ 「それでは、各自教室へ移動し、ホームルームを行なってください…」
ルビィ「担任の先生、優しそうな人だったね」
花丸「そうずらね〜」
善子「授業中の休息を黙認してくれるタイプならいいんだけどね」
花丸「そんなタイプの先生いないずら」
ルビィ「…あ、おねいちゃん!」
善子「!」
ダイヤ「あら、ルビィ。花丸ちゃんにヨハネも」
花丸「ダイヤさん。歓迎の挨拶、とっても素敵でした」
ルビィ「うん!かっこよかったよ!」 ダイヤ「そう?ふふ、ありがとう。これで三人も晴れて浦の星の一員ですわね」
善子「…」
ダイヤ「ヨハネ。式典の間、居眠りしなかった?」
善子「し、しなかったわよ。ちゃんと起きてたもの」
ダイヤ「そう。偉いわ」ニコッ
善子「…っ」//
花丸「明日からは授業中に居眠りするって言ってたけどね」
善子「い、いいい言うなあっ!」
ダイヤ「まあ!だめよ、授業はきちんと聞かないと。中学の頃と同じ気持ちではすぐについていけなくなってしまいますわ」
ルビィ「わかんなくなってもおねいちゃんが教えてくれるから大丈夫だよ!」
ダイヤ「わたくしが手を貸すのは、きちんと自分ができることを頑張っている人だけよ?ルビィ」
ルビィ「ぴ…ピギッ!?」
花丸「そろそろ行こう、ルビィちゃん。善子ちゃん。ホームルームが始まっちゃうずら」
ルビィ「うん。おねいちゃん、また後でね!」
ダイヤ「ええ。頑張っておいでなさい」 善子「………あの」
ダイヤ「あら、ヨハネ。行かないの?」
善子「うん、…」
ダイヤ「……………」ジッ
善子「あのね、」
ダイヤ「ええ」
善子「私、たくさん頑張るから。だから、ちゃんと見ててね」
ダイヤ「!」
ダイヤ「…ええ、もちろんよ」 ダイヤ「貴女自身ができること、やるべきことを、一つひとつきちんと頑張りなさい。そして、一人でできないことや困ったことがあったら必ず相談しなさいな」
ダイヤ「応援していますから」ナデ…
善子「ぅ、……えへへ…」
ダイヤ「さ、お行きなさい。ホームルームに遅れてしまいますわよ」
善子「うん!」
<待ちなさいよ、二人とも〜
<善子ちゃんが勝手に遅れただけずら。
<よしこちゃん、廊下を走ったら怒られちゃうよ。
<今日は入学式だからいいの!あとヨハネ!
ダイヤ「…………ふふっ」
*** ***
花丸「――以上です。よろしくお願いいたします」ペコ
「じゃあ次、黒澤さん」
ルビィ「は、はいっ」ガタッ
自己紹介。
己が如何な存在であるのかを皆に知らしめるための名乗り。
これまで人間世界に身を置いてきて、幾度となく体験したこの儀式に、一体どれだけの煮え湯を呑まされてきたことか。
そもそも我に関心を抱く者が皆無の中、我の人となり――じゃなくて、在り方を知る者が皆無の中、なにを、どんなテンションで、どう言えばいいのか。
一人の自己紹介を聞いては頭の中で用意した内容を慌てて修正し、次の自己紹介を聞いてはまた慌てて修正し、そんな風にしているうちにあっという間に自分の番を迎えて、結果、声は小さくまとまりはなく。
そもそもからして意義がわからないこの儀式、己の存在を知らしめるのも己が在り方を布教するのもわざわざ場を設けてこんな晒し者みたいにして行うのが正しいとは思えないし、人前に立つのが苦手な人がいることを――じゃなくて、
観測により発揮できなくなる類いの魔力を有する者がいることを理解しておいてほしいというか、これを繰り返したからといって精神的に強くなるなんて私には到底思えな――…
「津島さん、津島さん」 善子「へ?」
「次、津島さんの番だよ」
善子「え?あ、はいっ!」ガタッ
「クラスメイトの自己紹介はきちんと聞いておきましょうね、津島さん」
善子「あ、う、は、はいぃ…」
有り体に言って、私は自己紹介が苦手だ。
得意な人がいるのかは知らないけど、少なくとも苦手意識を強く持っているし、うまくできる方ではないと思っている。
しかもこの浦女、クラスの大半がすでに顔見知り。
ちょっとしたふざけ方も、もじもじするのも、ずれたセンスも、すでに『知ってて』流される。
大半がそんな中、誰もこちらを知らない身の上で行う自己紹介がどれほど重荷であるか、よく考えてほしい――…と。 以前の私ならそう思ったのかしら、ねえ。
「はい、それじゃ津島さん。お願いします」
ふと視線を上げれば、ずら丸とルビィ。
ずら丸はなんだか気合い充分の表情で頷いているし、ルビィはにこにこと笑いかけてくれている。
たった二人、友人がいることが、こんなにも心強いなんて。
それだけで、私はなにも迷わず、恐れることもなく、堂々と胸を張っていられる。
そう、堂々と――!
善子「…………クックック」フッ…
「「「……?」」」ザワ…
善子「愚かなる人間諸君。この美麗なる堕天使ヨハネのもとに傅けることを光栄に思いなさい」
「「「……!!?」」」ザワザワ…
花丸「あ、これ終わったずら」
善子「さあ、救いを求め畏れ敬い、今こそこのヨハネのリトルデーモンとなるのです――!!」
………………
……… in 善子の自室
善子「――――〜〜〜〜っ、やっちゃったぁぁああぁ……!!」ンヌゥゥゥッ
やっちゃったやっちゃったやっちゃった!!
友達がいることに甘えた!気が抜けて、言うつもりとやるつもりのなかったことを散々にやっちゃった!
せっかく二人と何回も自己紹介の練習したっていうのに!全部台無しにしちゃった!二人はちゃんとできてたのに!
どうすんのよ堕天使とかリトルデーモンとか言って!高校一年生にもなって!もう学校行けないじゃない!
うううう…………もういい!行かない!あんな恥を晒して平然と高校生活を送れるほどヨハネの心は強くありません!!
さーネトゲと生放送と安眠の毎日に返り咲こーっと!
善子「FPSゲームのなんと楽しいこと!」カチカチ
――善子『私、たくさん頑張るから。だから、ちゃんと見ててね』
善子「……………」カチ…
‐‐‐
次の日
善子「おはようございまァす!!」
「お、おはようございます津島さん…今日も元気ね…」ビクッ
善子「はいいッ!!」←血の涙
☆分岐回避!☆
*** ***
ある日の放課後
善子「あ、やば…!」
ふと射した夕焼けに慌ててスマホを見ると、時刻は17時18分になろうとしていた。
気付けば先ほどまで周りにちらほらと見かけたはずの駆け足すら途絶えている。
バスが出るのは20分…この坂を一息に駆け下りることができれば間に合わないタイミングじゃない。
よし、よし、覚悟を決めるんだヨハネ。
善子「ギラン。闇魔法、『アンリミテッド・オーバーラン』を発動します」
春の陽気を溜め込む袖を気持ちまくって、いざ。
善子「アンリミテッドぉ………おーばーらーーーん!!」タタタタタッ
※ ただの全力疾走 いける!いけるわ!
我は風!今、この現世を忍び寄る闇より疾く駆けるのは、黒き雷鳴と成った堕天使ヨハネただ一人――
善子「あ、違う、堕天使は人じゃなくて…えっと、」エット…
と気を逸らすのが合図だったかのように、目の前に大きな黒い影。
善子「ぎゃ!?」
カラス「アガァーーーーーッ!!」バサッ
善子「ぎゃああああ……っなーんて、二度も下等な怪鳥ごときに後れを取るヨハネではないわぁ!」ヒラリッ
善子「堕天護身奥義、『瞬きの逃影』っ!」シュタッ
カラス バサバサバサ…
善子「ふっ、あれしきの速度で私に襲い掛かろうなんて甘いのよ…」ギランッ
プップー
善子「…あ?」
善子「あーーー!バスぅ!!」
華麗なる決めポーズから一転、再び走り出したけれど、現実はいつの日も無情なもので。
夕陽の中に溶けていく後ろ姿を見守ったのだった。
………………
……… とぼとぼ、一人歩く道。
高校生になっても、不幸の呪いは解ける片鱗も見せない。
バスを逃すのも雨に降られるのもかじりつく直前に落とすのも転ぶのも。
先の月曜日には、とうとう朝の不幸が顔を出した。
浦女に入学して初めての遅刻。
入学早々ではあったものの初回ということでそこまで怒られはしなかったし、お昼ごはんは楽しかったし、一概に悪いことばっかりとは言えなかったけど…
不可抗力があと何回許してもらえるのかと考えると、早くも気が重くなってくる。
善子「重須は51分よね。ゆっくり歩こ…」
バスを逃した方がゆっくり歩けるなんて、皮肉なものね。
なんて、またシニカルに頬をぴくつかせていると。
「善子さーん」
善子「え?」 それは、まさか聞こえるはずがない声。
だって、彼女はさっきのバスに乗ってるか、あるいはもう家に帰っちゃってるはずで――
ダイヤ「善子さんっ。追い付いたわ」トン
善子「ダ、イヤ…」
ダイヤ「何度か呼んだのだけど、聞こえなかった?」
善子「ううん…」
ダイヤ「そう、まあいいわ。重須まで歩くのでしょう。ご一緒してもよいですか?」
善子「う、うん。もちろん」
ダイヤ「よかった」ニコッ
善子「――――!」ドキッ… ダイヤ「すっかり暖かくなってきて、参りますわね。少し走るともう暑いくらいで」
善子「そうね」
ダイヤ「随分遅かったのね。まさか補習など受けていたわけではないと思うけれど」
善子「そ、そんなんじゃないもん!ほんとは16時のやつに乗るつもりだったけど、先生に呼ばれて手伝ってたら遅くなって、ちょっと色々あって17時のやつにも乗れなかっただけよ」
ダイヤ「ルビィ達は?」
善子「待たずに帰ってもらったわ」
ダイヤ「そう。優しいのね。先生のお手伝いもして、偉いですわ」
善子「そ…それくらい当然よ!それに私は観測下では真の魔力を解放できないから、ルビィ達にはさっさと帰ってもらった方が好都合だっただけだもの!」プイッ
善子「それより、あなたこそなんで歩いてるのよ」
ざわつく胸の内をごまかすように、そんな言葉を捻り出す。
でもこれは本当に気になることで、きっちりしている彼女のこと、普段は校舎を出る時刻もバスのタイミングに合わせているはずなのに。 善子「歩く用事でもあったわけ?」
ダイヤ「いいえ。わたくしも先ほどのバスに乗りたかったのだけれど、帰り際に先生に呼び止められてしまってね。惜しくも逃してしまったのですわ」
善子「ああ、そう。不運だったのね…」
ダイヤ「そうでもないわ」
善子「え?」
ダイヤ「おかげでヨハネと帰り道を共にすることができたもの」
善子「な…」
ダイヤ「それに、わたくし達どちらとも同じ理由でバスを逃したんですのよ。それってなんだか、」
ふふ、といたずらっぽく笑って。
ダイヤ「運命みたいではありませんか」
すでに動揺している私の心に、甘い追い討ちをかけた――。 善子「…ぅ」
善子「運命なんて言葉を、そう易々と口にしないでほしいわ!」プイッ
ダイヤ「あら。お気に召さなかったかしら」
善子「男にとって運命とは、簡単に口にしていい言葉じゃないんだから!」
ダイヤ「ヨハネは女の子でしょう」
善子「いいの!口先の魔術師がそう言ってたんだもの!」
ダイヤ「そんなにも胡散臭い肩書きの知人がいるの…?」
善子「彼は運命の操り方の地引き網なのよ」
ダイヤ「もしかして、生き字引の間違いでは…?」
善子「とにかくっ!これくらいの幸運を指して『運命』だなんて、とてもじゃないけど言っちゃいけないってことなの!」
ダイヤ「はいはい、わかりましたわかりました」
善子「………あ、バス停着いたわ…」
あっという間の10分間。
スマホを眺めて歩くよりもずっと有意義な時間は、やっぱり無情にあっさりと終わりを告げる。 善子「それじゃ、私はここで。気を付けてね」
ダイヤ「ええ、ありがとう。ヨハネも乗り過ごさないように」
善子「だ、大丈夫だもん!早く帰りなさいよ、ルビィが待ってんでしょ」
ダイヤ「そうね。また夕飯前にお菓子を食べていないか確認しなくては」
善子「じゃあ、また…」
ダイヤ「…………」
ダイヤ「バスはすぐに来るの?」
善子「え?うん、15分くらいで」
ダイヤ「そう。それくらいなら平気でしょう」
善子「へ?」
ダイヤ「やっぱり貴女を見送ってから帰ることにしますわ。またうっかりバスに乗り遅れてしまわないようにね」
善子「あ、ぅ、そ…そんな気遣いまでしなくちゃいけないなんて、生徒会長サマも大変ね!」
それから15分間、色を濃くしていく黄昏の中、私達はぽつりぽつりと言葉を交わした。 善子「一緒に待ってくれてありがと。暗くなるから気を付けてね」
ダイヤ「近いのでさっさと帰りますわ。よい週末を」
善子「ダイヤも」
ダイヤ「そうそう、お休みに入る前に誤解を解いておくわね」
善子「はい?」
ダイヤ「いくら生徒会長サマと言えど、全ての生徒に等しく目を行き届かせることなんかできないわ。わたくしが立場を越えて傍にいるのは、そうしたい相手に対してだけよ」
ダイヤ「例えば善子さんとか――ね」
善子「……………へっ」
『扉を閉めます、お気を付けください』
ぱたりと隔たるガラス越しに、いつもの控えめな笑顔で手を振る姿。
運転手さんに急かされて席に着く間にも、緩やかにバスは進んで彼女を引き離す。
え? ねえ、今のどういうこと? なにか特別なこと言った?
ヨハネって言った? それって千歌さんとか曜さんも含まれるの?
聞きたいことの数々はバス停に置き去りになって、私は悶々とした週末と、それからの日々を送ったのだった――
*** ***
「――これで今日のホームルームを終わります。部活動の仮入部期間は今週末までなので、気になる部があったら早めに体験しにいってくださいね。それではまた明日」
善子「…」
花丸「…」
ルビィ「…」
よしまるびぃ「「「部活、か…」」」
善子「あんた達、部活ってなんかやるの?」
ルビィ「うゅ…ルビィはお裁縫かダンスがやりたいかも…」
善子「ダンス部ってあったじゃない。仮入部は?」
ルビィ フルフルフルフル!!
善子「…ま、そうよね。ずら丸は?」
花丸「んー。まるは入るつもりないかなあ。委員会で図書室にいなきゃいけないこともあるし、別に…」
善子「そう。私も部活には入らないわ」 花丸「ルビィちゃん、ダンス部に行かないずら?」
ルビィ「行ってみたいけど、知らない人がいっぱいいるなら、ちょっと…」
善子「とりあえず体験だけでもしてくれば?付き合うわよ。ずら丸が」
ルビィ「ほんと!?」
花丸「入部はしないけど、体験に一緒に行くくらいならいいよ。三人で」
善子「なんでヨハネも巻き込むのよ!」
花丸「言い出したの善子ちゃんだもん」
善子「私はイヤ!ダンスなんかする気ないし!」
花丸「一日くらい付き合ってもバチは当たらないずら」
ルビィ「生放送の糧になるかもしれないよ」
花丸「ズラン!くくく、堕天使ヨハネのだんしんぐ講座ずら!」ズラリッ
善子「おそろしくださーーいっ!!」 千歌「ほらいた!」
花丸「え?」
曜「新入生三人組を見付けたであります!」
ルビィ「よ、曜ちゃん?それに千歌ちゃんも…」
果南「やっほー」
善子「あ、果南さん…」
千歌「それいけ、よーちゃんマン!かなんちゃんマン!確保ーーーっ!」
曜「イエッサー!」ゞ タタタタッ
果南「はいはい」スタスタ… ルビィ「え?え??なに???」アワアワ
花丸「な、なにするずら…!?」
曜「ルビィちゃんつっかまーえた!」ガシッ
ルビィ「ピギャッ!?よ、よしこちゃあん!」ジタバタ
果南「ごめんね、花丸ちゃん。ちょっとだけ付き合ってよ」スルリ
花丸「え、ええ…っと…??」
善子「えっ、これ…なん……」タジ…
…ドン
善子「あっごめんなさ――」
千歌 ニコォッ
善子「…………え?」
千歌「善子ちゃんも、つかまえたー♡」
………………
……… ルビィ「スクールアイドル部!?」キラキラ
花丸「すくーるあいどる…?」
善子「なにそれ」
千歌「っかーーー、これだから高校生になり立ての子はァ!」
曜「イマドキの高校生の流行りといったら、なんといってもスクールアイドルなんだよ!これ常識ね!」
果南「チカも曜も知ったばっかりでしょ」
千歌「果南ちゃんよりは知ってるもん!」
果南「私よりは、ね」
曜「むむ〜っ?なんだか含みのある言い方ですなー」
果南「私は確かにスクールアイドルのことなんて知らないよ、それはチカの方が少しくらい知識があるかもね。でも、」チラッ
果南「昨日今日知ったばっかりのチカなんかより、よっぽど詳しい人がすぐ近くにいると思うんだけどね」 千歌「チカより詳しい人ぉ〜?そんなのいないよ!だって、ふふん、伝説のスクールアイドルμ'sが何人グループか答えられる人いる?作詞、作曲をそれぞれ誰が担当してたか言える人は?曲名を三つ言える人は?果南ちゃん、どれか一つでも言える?」
果南「ぜーんぜん。さっぱりだよ」
千歌「ほ〜らね!だからみんなはこのスクールアイドル博士ちかちーに黙ってついてきてくれたらそれで――」
果南「ルビィちゃん」
ルビィ「!」
果南「いいよ」ニコッ
花丸「ルビィちゃん――?」
ガタッ
ルビィ「今では伝説のスクールアイドルと呼ばれてるμ'sは、結成当初は三人でした!それからちょっとずつメンバーが増えたみたいだけど、曲が公開されたのは三人の次が七人のとき、その次は九人!それでグループとしては完成です!」
善子「おお…っ!?」
曜「る、ルビィちゃん…!?」
千歌「………へー?」ポカン ルビィ「作詞の担当は活動当時二年生の園田海未ちゃん!有名な日舞のおうちで自分もやってて、あと部活は弓道もかけもちしてて、活動の後半では生徒会にも所属してて、メンバーの中で一番忙しいってゆわれてました!
作曲は活動当時一年生の西木野真姫ちゃんが担当してました!お医者さんのおうちで頭がすっごく良くて、あとカレシいない歴が十七年!あっでもμ'sが九人になって最初の曲は真姫ちゃんじゃなくてことりちゃんが作詞したみたいです!」
千歌「え、あ、そうなの…」
ルビィ「曲名?好きな曲でしたっけ?うーん、うーん…みんな大好きだけど、三つ選ぶんだったら…うーん…花陽ちゃんのソロ曲の『なわとび』と、みんなで歌った『スノーハレーション』と、えっとー…あと一つならぁ…」ウーンウーン…
果南「ストップストップ。もういいよ、ルビィちゃん」ポン
ルビィ「あ!『ぷわぷわーお!』かな!」
善子「もういいってば」チョップ
ルビィ「ゅ。よしこちゃんがたたいた!」
善子「叩いてないわよ。上からなんか落ちてきただけ」つチョコ
ルビィ「チョコレート!?」
善子「せっかくだからあんたにあげるわ」
ルビィ「ほんと!?やったー!」モキュ
花丸「流れるようにルビィちゃんを宥めたずら…」
果南「友情の為せる技だね」ウンウン 果南「ま、それよりもあっちかな。あの様子なら話はすぐにまとまりそうかも」
花丸「話?どういうこと?」
果南「ま、見てなよ」
曜「ルビィちゃんすっごいね!スクールアイドルに詳しいんだ!」
ルビィ「ぴっ!?あ、えっと、昔から好きだったから、その…」
曜「ちかちゃん、これは逸材だよ!ちかちゃんの目に狂いはなかったね――」
千歌「――――」 曜「ちかちゃん…?」
ルビィ ハッ
ルビィ「あのあの、ごめんなさい千歌ちゃん、ルビィちょっと知ってることだったからって調子に乗っちゃって、千歌ちゃんの気持ち考えてなくって、だからその、」
千歌「――っルビィちゃん!!」
ルビィ「わっ!な、なに…!?」
千歌「チカ達と一緒にスクールアイドルをやってください!!」バッ
ルビィ「へ…?」
曜「私からもお願い!ルビィちゃんが仲間になってくれたら百人力だよ!お願いしますっ!」ゞ
ルビィ「へ?へ??」オロオロ
果南「やれやれ…」 果南「チカ、曜。一旦頭上げて。説明もしてないのに仲間になってなんて、ルビィちゃんだって困っちゃうじゃん」
ルビィ「い、一体なんのお話なの…?」
果南「チカがね、言い出したんだよ。『浦の星にスクールアイドル部を作ろう』って」
ルビィ「す――スクールアイドル部を…!」
果南「うん。なんかそのミューズ?とかってのに刺激されちゃったみたいでさ、真っ先に私と曜が誘われたんだ」
ルビィ「それで…」
果南「私も曜もスクールアイドルなんて知らないし、そもそもアイドルなんて柄じゃないって断ったんだけど…ほら、ね?相手がチカだからさ」
――千歌『いつから知ってるとか、向いてるとか向いてないとか、そんなの関係ない!「やりたい」って気持ちがあればそれが第一歩になるんだよ!』
――千歌『チカが!果南ちゃんとよーちゃんと、やりたいんだ!』
果南「根負けしたってわけ。わかるでしょ?」
ルビィ「あはは…なるほど…」
果南「そんで私達の次は、ってなって――」
ルビィ「ルビィ達に声をかけてくれた…」
果南「そういうこと」b 千歌「ルビィちゃん!いやルビィちゃん先生!」
ルビィ「せ、先生!?」
曜「ルビィちゃん先生って」
千歌「μ'sってすごいんだね!スクールアイドルってすごいんだよね!知ったのはついこの間だけど、チカどうしてもやりたくなっちゃって、でも本当はスクールアイドルのことなんかほとんどなにもわかってなくて…だから!」
千歌「ルビィちゃんの力を貸してほしいの!私達が精いっぱい輝くために!」ガシッ
ルビィ「ぁ…」
曜「ルビィちゃん!私からも改めてお願いっ!」ガシッ
果南「ルビィちゃんさえイヤじゃなければ、ね。私も一緒にやってみたいな」ポン
ルビィ「ぅ、でも、ルビィ…からだも小さいし、どんくさいし、ダンスだって好きってだけで全然上手にできないし、千歌ちゃん達に迷惑かけちゃうに決まってるから…」ゴニョゴニョ
ポン ポン
ルビィ「!」ハッ 花丸「ルビィちゃんのこと、よろしくお願いします。絶対に、千歌ちゃん達にとってかけがえのない存在になるから」
善子「せっかく手に入れたリトルデーモンの時間を明け渡すのは惜しいけど、自分がやりたいことさせてあげないとね。…む、謀反を起こされたって困るし!」
ルビィ「はなまるちゃん…よしこちゃん…」
善子「ルビィ。やりたいことはやっていいのよ。誰に迷惑がかかっても関係ない、あなたがやりたいんだから」
花丸「そうだよ、ルビィちゃん。でもまる達ができるのはここまでだから、最後の一言は自分で――ね?」
ルビィ「――――」 ルビィ「千歌ちゃん!」
ルビィ「曜ちゃん、果南ちゃん!」
ルビィ「ルビィ、スクールアイドルがやりたいです。だから、仲間に入れてください!」
果南 ニッ
曜「だってさ、リーダー」
千歌「もっっっちろん、大歓迎だよ!ありがとうルビィちゃん!」
ルビィ「あとはなまるちゃんとよしこちゃんも仲間に入れてください!」
千歌「最初からそのつもりだよ!」
花丸「!?」 善子「!?」 果南「これで一気に六人か〜、いきなり大所帯になったね」
花丸「いやっ、待って、まるまでやるとは言ってないずら!」
曜「あっはっはっは、諦めなよ花丸ちゃん。もう無理だから」
花丸「無理ってなに!?ルビィちゃんはめたの!?」
善子「謀反が早いわ!誰が私達まで巻き込めって言ったのよ!」
ルビィ「ルビィがやりたいからやるの!誰に迷惑がかかっても関係ないから!」
花丸「善子ちゃァァァん!!」
善子「うおおおおおおっ!!」
千歌「さーさーさーさー、さっそくこっちで入部希望の紙にお名前を書きましょーねー」
ルビィ「かきましょーねー」
花丸「いやああああっ!なんだか悪徳勧誘のにおいがするずらああああっ!」 善子「私は書かん!書かんぞぉ!意地でも書かないんだから!」
果南「善子ちゃんの漢字ってこれで合ってる?」カキカキ
曜「うん。あと子どもの子だよ」
善子「ちょおおおおおっ!それは反則でしょ!代わりに名前書くのは違法でしょ!………漢字間違っとるんかい!!こっちの字よ!」カキカキッ
果南「記名ありがとう、善子ちゃん」ニコッ
善子「はあ…っ!!」ガビーン
千歌「よっしゃー!目標のμ'sと同じ九人まで、あと三人!」
善子「カウントすなーーーーっ!」 …そんな形で、前触れなくやってきた嵐に巻き込まれて、私はルビィとずら丸と一緒にスクールアイドル部とやらに加入させられることになったのよね。
それはほんの一時間にも満たないあっという間の強引な出来事だったけれど、私は――たぶんずら丸も、不思議と嫌な気持ちとか『無理やり感』みたいなものは感じていなかった。
いや、無理やりであったことは疑いようもない事実なんだけど、やっぱり――「別に嫌じゃなかった」っていうのが、素直かつ適切な表現かしらね。
私は知り合ってからそこまでの半年間で、ずら丸はもっと長い付き合いの中で、『高海千歌』という少女が持つ引力を充分に知ってしまっていたんだもの。
その証拠に、ずら丸は帰りのバスでずーっとぐちぐち言っていたのが嘘かと思うくらい、次の日から放課後になるとルビィと手を取って楽しそうに教室を飛び出していくようになった。
私は――違ったけどね。
*** ***
放課後
ルビィ「はなまるちゃん、よしこちゃん!部活行こう!」
花丸「すくーるあいどる部…!」
ルビィ「うん。大丈夫、ルビィだって運動得意じゃないもん。一緒に頑張ろう!」
花丸「ルビィちゃんの熱意には負けたずら。今さら『やっぱりやめる』なんて言わないから平気だよ」
ルビィ「えっと、よしこちゃんは…」キョロ
善子の席 カラッポ
花丸「…もう行っちゃったみたいだね」
ルビィ「うゅゅ…やっぱりだめかあ…」
花丸「でも正式に部員にはなったんだから。根気強く誘い続けてたら、きっといつか一緒にやってくれるよ」
ルビィ「そうだよね…!」
花丸「そのときには善子ちゃんが頑張ったって追い付けないくらい上達してるように、たくさん練習するずら!」
ルビィ「おーっ!」
………………
……… 部活動。
部活動、ねえ。
中学でも特に部活には入ってなくて、放課後には挨拶と同時にすたこらさっさと教室を飛び出すのが毎日のことだった。
帰ってからすることと言えば、ゲームか、昼寝(夕寝?)か、趣味の動画配信か。
要は、生産的な時間ではなかったわけだけど、だからって興味もないのにわざわざ部活を選んで時間を割くのが正しいとは思えなかったから、気にしたことなんかなかった。
それに、今ここで部活なんてやっても…
善子「スクールアイドル部…」
わっかんない。
昨日ルビィに熱弁されたけど、結局は歌って踊る部活ってことよね。
歌うのは嫌いじゃないけど、踊るなんて考えたこともない。
あの子達と――あの人達とやればそれなりに楽しい時間になるのかもしれないけど、うーん…
やっぱり、今はいい。
もっと明確に時間を費やしたいことがある、今は。 善子「着いたっ」
ノックを三回。
「どうぞ」
短く返る声に、心は躍る。
善子「ただいまっ」ガチャ
ダイヤ「生徒会室は貴女の家じゃないわよ、ヨハネ」
善子「放課後最初に戻ってくるところなんだから、家みたいなものよ!」
ダイヤ「なんですか?それは」クスッ
悪いわね、ルビィ。
この時間は、何物にも代えられないのよ。
………………
……… カリカリカリ、カリカリカリ…
書類に、ノートに、ペンを走らせる音だけが響く室内。
窓の外から届く元気な声々は実に学校らしいBGMとなって、私達の間に満ちる。
ダイヤ「今日は、なにか変わったことはあった?」カリカリ…
善子「!」
善子「よくぞ聞いてくれましたっ!」
ダイヤ「?」
善子「一昨日の小テストが返ってきたんだけどね…」ゴソゴソ
善子「じゃじゃーーんっ!」つ『100点』
ダイヤ「あら!」 善子「へっへーん、どう?どう!?頑張ったでしょ!」
ダイヤ「ええ、とっても。しかも苦手な生物ではありませんか。偉いわ」
善子「えへへー、…」モジモジ…
善子「………」ジッ
ダイヤ「………」ジッ
ダイヤ「こちらへいらっしゃいな」ニコッ
善子「!」ピクッ
善子 テテテテッ
ダイヤ「よく頑張りましたわね。この調子で引き続き頑張りなさい」ナデナデ
善子「へへ…えへへ……うんっ!」 ダイヤ「そういえば」
善子「んー?」
ダイヤ「ルビィに聞いたわよ。ヨハネ、貴女スクールアイドル部に入部したのでしょう?」
善子「あー…うん、一応ね」
ダイヤ「そう。せっかくの高校生活だもの、打ち込めるものを見つけて思いきりやってみることは、必ずあなたの糧になるわ」
ダイヤ「ところで、練習はいつからなの?」
善子「………………………今日、みたいね…」
ダイヤ「…今日?」
善子「とぅ、today」
ダイヤ「………」
善子「………」
ダイヤ「こ、こんなところでなにをしているのですか!早く練習へお行きなさいな!」
善子「うわ〜〜〜ん、絶対言われると思ったーーー!」
ダイヤ「当然でしょう!」 ダイヤ「確か、中学時代は帰宅部だったのでしょう?必ずしも部活動をやるべきとまでは思っていないけれど、入部した以上はきちんと練習に参加しないとだめよ」
善子「ううー…だってー…」
ダイヤ「やりたいと思ったから入部したのではないの?」
善子「いや、入部について私の意思はほとんど関係なかったかしらね…」
ダイヤ「そうなの?………」
ダイヤ「わかりました。それではわたくしから話をつけましょうか」ガタッ
善子「え?話?」
ダイヤ「嫌がるものを無理やり引き込むような真似はしていないと信じたいけど、千歌ちゃんは昔からこれと決めるとなりふり構わない部分があるのも事実だもの。善子さんの入部は本人の同意に伴わないものだったと話せばきっとわかってくれるでしょう。
大丈夫よ、入部の事実を遡って取り消すようにするから、今回のことがあなたの内申で不利にはたらくことはないから――」
善子「あああああああ待って待って待って平気よ平気!!」ガシッ ダイヤ「きゃっ!?っと、危ないではありませんか。だめよ、親しい相手だからといって自分の意見を呑み込んでは。嫌なことは嫌と言えて、それでも変わらない関係でいられることこそが、本当の絆であって…」
善子「いやいや!えっと、入部したのは確かにいつもの千歌さん節だった感じがするんだけど、イヤってわけじゃないの!ただ、今はまだ練習に参加する気になれないっていうか…」
ダイヤ「そ、そうなの?それはなぜ?」
善子「そもそもこっちでは部活とか………うう、放課後は部活の他にやりたいことがある、から…」
ダイヤ「やりたいこと…?」
善子「うん……」モジ…
ダイヤ「だって貴女、放課後はここで課題をやるくらいのことしか…」
善子 モジモジ…
ダイヤ「………」
ダイヤ「一人では課題をさぼってしまうから…?」
善子「違ぁう!!あなたと一緒にいたいからよ、ばか!!――あっ」
ダイヤ「…!わたくしと?」 善子「あ、や、今のはそういうんじゃなくて、あのほら、私一人っ子だし親が共働きだし、こんな風に放課後誰かと一緒に過ごせるのが嬉しくて、別に必ずしもダイヤじゃなきゃいけないってことじゃないんだけど、いやでもダイヤがいいんだけど、
そのうちちゃんと部活動には顔を出すようにするからまだしばらくはあなたとの時間を過ごしていたいっていうか、あのあのあの――」アワワ…
ダイヤ …フフッ
ダイヤ「わかりました、わかりました」
ダイヤ「意図せぬ部へ入部し、それが重荷になっていてはいけないと思っただけよ。貴女が前向きに受け止めているのならば、わたくしは特に口を出したりしませんわ」
善子「え、あ、うん…」
ダイヤ「誰かといたいということならば、それこそ千歌ちゃん達の方が人数も多いし明るく楽しいとは思うけれど――」
善子「そんなことない」
ダイヤ「え?」
善子「明るくなくても、楽しくなくても、たった一人でも」
善子「私は、ダイヤがいいんだもん」
ダイヤ「善子さん…」
善子「ヨハネ」
ダイヤ「…ふふ。はいはい、ごめんなさい、ヨハネ」 ダイヤ「なにがよいのかはわからないけど、こうしてわたくしを慕ってくれるのはとても嬉しいわ。千歌ちゃん達のことだから、ここからさらに無理に練習へ連れ出すことはしないでしょうしね。貴女が納得できるまで待ってくれることでしょう」
善子「うん」
ダイヤ「さて、それじゃ――貴女がわたくしのことを『明るくもなく楽しくもない』と思っていることが判明したところで、執務に戻りましょうか」ガタ…
善子「!!」
善子「え、ちが、あれは言葉の文でほんとにそう思ってるわけじゃ――」
ダイヤ「あーあ、ヨハネにそんな風に思われていたなんて、悲しいわねー」カリカリ…
善子「違うの、違うのダイヤ。私はあなたと話すの好きよ。ねえ」
ダイヤ「ヨハネ!課題は進んでるの?」
善子「進んでない」
ダイヤ「進めなさい」 善子「えぅー…怒ったの?ダイヤぁ…怒った…?」オロオロ…
ダイヤ「怒ってませんから、課題を…」
善子「ダイヤが怒って拗ねちゃったから、あっちで反省してるわ」
ダイヤ「ちょ!そういうのはいいから、課題をなさい!」
善子「反省」テシッ
ダイヤ「反省と言うならばせめて正座をなさい!おサルさんですか貴女は!」
案外キレるツッコミに頬を緩める。
私が、千歌さんでもルビィでもなく、あなたといたい理由。
理解を深めてほしいのはユーモアじゃなくてもっと他のものだけど――そんなニブチンなところも、あなたにしかない魅力よね。
*** ***
『重須、重須です…』
善子「ありがとうございましたぁ…」ペコ
運転手さんに頭を下げて、バスを見送る。
普段はそんなことしないけど、なんだか責められているような気持ちをごまかすために、なんの意味もない免罪符。
ここから歩いて25分。
あー、もう。ほんとに気が重い。
この気分に歩みを任せたら一時間コースになりかねないので、意識して足はきびきび動かす。
九時半が十時でも関係ないわよね…なんて。
善子「てゆーか、そう。不公平よ!家が遠い人には登下校時刻の配慮をしてほしいものね!」
とかなんとか一人でぐちぐちぼやきつつ。
ヨハネ、浦女に入って何回目かになる遅刻です…
………………
……… 善子「人の気配、ナシ!」
そろり、そろり、壁に寄り添いつつ下足室への道。
体育がないと、授業中の学校はしんと静まり返っているもの。
静寂を守るように足取りを踏んでいるうちはぎりぎりセーフ。
事実はそんなこと全くなくて、たとえ教室まで誰にも見つかることなく辿り着けたとしても、そのまま職員室に出頭しなくちゃいけないんだけど。
半分くらいはヤケクソで、今の状況を楽しもうとしてみたり。
いよいよ先生も「やれやれ」ってカオをしてくれなくなってきて、一年とは言えそろそろヤバいかもなー… 善子「到着っ」
第一コース、下足室まではクリア。
いそいそと上履きに履き替えて人心地。
さて、第二コースは素直に職員室か時間稼ぎに教室か、運命を決める二者択一が――
「津島善子さん」
善子「にゃっ!?」ビクッ
聞き馴染んだその声は、嬉しいような最悪のような…
ダイヤ「また遅刻しましたわね」ニコッ
善子「あ…はは、ダイヤ…おはよーございます…」
やっぱり、一番会いたくない人だったかも…
………………
……… 昼休み、生徒会室
ダイヤ「お昼は?」
善子「お弁当」サッ つ弁当箱
ダイヤ「まさか、それを作っていて遅刻したなどという…」
善子「い、いやいやまさか。これはママ――じゃなくて、仮の同居人が作っておいてくれたものよ」
ダイヤ「そうですか。それならば、今回も寝坊なのね?」
善子「はい…」
ダイヤ「目覚まし時計の用意はしてなかったの?」
善子「かけてたんだけど、布団に巻き込まれてて…音が全然聞こえなくて…」
ダイヤ「まったくもう…」
善子「それより、ほら。早くごはん食べましょうよ!せっかくのお昼休みがなくなっちゃうわ!」
ダイヤ「貴女が言うことですか!…でも、それもそうね。食事の場でお説教するのは頂けませんから。頂きましょうか」
善子「………」
ダイヤ「なんですか?」
善子「今の、ダジャレ…?」
ダイヤ「…………は!?た、たまたまよ!くだらないことを言ってないで、食べるわよ!」
善子「はーい。いただきまーす」
ダイヤ「頂きますっ」フンス 善子「ね、ダイヤ」
ダイヤ「はい?」
善子「…なんでもない」
ダイヤ「そう」
元々よく喋る方ではないけど、特に食事中はほとんど会話をしようとしないから。
ダイヤが小さく頷くと、室内はまた控えめな咀嚼音だけになる。
昼休み、二人きり、生徒会室、お昼ごはん。
中学時代からやや常習気味だった私が浦女に入って初めて遅刻をした日、ダイヤが声を掛けてくれてから、遅刻した日は決まってこうするようになった。
遅刻の理由から始まって、なぜなぜ分析と再発防止策。
三回ほど繰り返されたあたりでそれもなくなって、ただ一緒にごはんを食べるだけになってきたけれど。
私だって、入学式の日に宣言した手前、それなりに頑張っているし実際中学時代よりは寝坊も遅刻もぐんと頻度が減った――ん、だけど… 善子「この時間が悪いのよねえ」
ダイヤ「なにがですか?」
善子「ううん、一人言」
ダイヤ「そう。食事中のおしゃべりは行儀が悪いわよ」
善子「ふーんだ。これちょうだいっ」ヒョイ
ダイヤ「あっ!?なにをするのですか!取っておいたのに!」
善子「へー、そうなの。ごめんごめん。食べないからいらないのかと思ったのよ」モグモグ
ダイヤ「わたくしがプチトマト好きなの知ってるくせにぃ…」ジワッ
善子「あーもう、ごめんってば。代わりにヨハネの方のトマトあげるから」ヒョイ
ダイヤ「だったら始めから取らないで!」ウーッ
善子「交換したい気分だったのよ」
ダイヤ「…取る前にきちんと言いなさいな、それくらい」
善子「はいはい」
ごめんね、ダイヤ。
遅刻をしなくなるには、もう少しかかるみたいだわ。
*** ***
ある日の放課後。
いつものように生徒会室でダイヤと二人、それぞれお仕事と宿題に向かっていると――
コンコン
善子「!」
ダイヤ「どうぞ」
千歌「こんにちはー、ダイヤちゃん!」ガラリッ
梨子「だ、ダイヤちゃん…!?」
曜「失礼しまーす!」ゞ
果南「や」ノ
ルビィ ヒョコッ
花丸「失礼します。善子ちゃんも、さっきぶり」
梨子「し、失礼します…!」
ダイヤ「また大勢で来ましたね。あら、そちらの方は…?」
千歌「ふっふっふー、聞いて驚けぇダイヤちゃん!」バーン
曜「なんとこちらは我らがスクールアイドル部の新メンバー、桜内梨子ちゃんにあらせられられられるでありますぞ!」バーン
梨子「られが多いような…」 ダイヤ「ほう、新メンバーですか」
梨子「ご挨拶が遅れました、生徒会長。私、二年生で千歌ちゃんと曜ちゃんと同じクラスの桜内梨子といいます」ペコッ
ダイヤ「これはこれは、ご丁寧にありがとうございます。本校の生徒会長を務めます、黒澤ダイヤですわ」ペコ
梨子「………」ソワソワ
ダイヤ「ふふ。いづらいですよね、生徒会室など」
梨子「そ、そんなことは…」
千歌「緊張しなくてだいじょーぶだよ、梨子ちゃん!」
曜「そーそー!ダイヤちゃんお堅いけど優しいから!」
梨子「だから、どうして二人ともさっきからそんなに気軽なの!?相手は三年生だよ!?しかもちゃん付けって…」アワワ
ダイヤ「構わないのよ。千歌ちゃん達とは昔馴染みだから、今さら高校へ入学した程度のことで、上下関係を気にするような間柄ではないの」
梨子「そうなんですか…?」
ダイヤ「ええ。東京からいらした梨子さんにとっては馴染みがたい感覚かもしれませんけどね」
梨子「あれ?私、東京から来たなんて言いましたっけ」 ダイヤ「直接は伺っていませんが、梨子さんは校内でも有名ですからね。二年次に編入してくる例など、あまりないから」
梨子「あぅ、有名って…」
千歌「ちょっとちょっとーダイヤちゃん!梨子ちゃんが困ってるじゃーん!」
曜「そーだよ。梨子ちゃんはこの通り恥ずかしがり屋さんなんだから、言葉には気を付けていただきたいね!」
ダイヤ「はいはい、気を付けます気を付けます。梨子さんも、なにか学校生活で困ったことがあったら遠慮なく訪ねてきてくださいね。それと、わたくしのことは気軽に『ダイヤ』と呼んでくださいな」
梨子「は、はい…ありがとうございます。えと、ダイヤ…さん」
ダイヤ「結構」ニコッ
千歌「お〜?ダイヤちゃんがチカ達には見せない優しい表情をしてますな〜」
曜「昔は私達にもあんな笑顔を向けてくれてた時期があったのにねえ…」ヨヨヨ…
ダイヤ「ついでに、そこのおばかさん達にいたずらをされたら真っ先に報告なさい。よく言って聞かせますから」
千歌「ひ、ひぃっ!?」
曜「梨子ちゃん!信じてるからね梨子ちゃん!」
梨子「あ、あはは…わかりました…」 果南「お、向こうの話も終わったみたいだね」
善子「向こうのって…あなた達もスクールアイドル部の一員でしょ」
果南「ははは。梨子ちゃんはチカ達が口説き落としたチカ達の同級生だからね。それに、」ニヤ
善子「…なに」
花丸「部の一員だって言うなら、善子ちゃんだって同じずら」
善子「うっ」
ルビィ「ねえ、そろそろ一緒に練習しようよ。よしこちゃん」
善子「わ、私は…まだ…」
ダイヤ「そういえば、部を発足してからもう三ヶ月ほどになるのね。その間、ヨハネは…」
ルビィ「一回も練習に来てくれてないよ!」
善子「あっこら、なにチクってるのよ!」
花丸「わざわざ言わなかったとしても、毎日ここにいたんだからそれくらいダイヤさんもわかってるよ」
善子「そうだけど…っ」 ダイヤ「梨子さんが新たに加わり、部員は六人。アイドルグループとしては、それなりに見える人数になったわね」
千歌「そーだよ!ここから私達は、輝きを目指してもっともっと力強く走り出していくんだよ!」
千歌「だから、どうかな。ダイヤちゃん」
ダイヤ「………」
善子「どう、って…なにが?」
ルビィ「あれ?よしこちゃん、聞いてない?」
善子「え、なにを?」
花丸「ダイヤさんも、スクールアイドル部にお誘いしてるんだよ」
善子「えっ…!そうなの!?」
ダイヤ「……ええ、実はね」コク 曜「ダイヤちゃんは背が高くて美人さんだし、お家の稽古事で踊りもやってるからね。スクールアイドルには適任だと思うんだ」
千歌「生徒会のお仕事もあって、お家のこともあって、チカ達なんかより何倍も忙しいのはよくわかってる。でも、やっぱり私がスクールアイドルってものをやるなら、ダイヤちゃんには隣にいてほしいなって思うから」
花丸「おらも。内浦には素敵な人がいっぱいいるけど、その中で一番魅力的な女性はダイヤさんだと思うずら」
果南「私達で手伝えることがあるなら、生徒会の仕事とやらは分け合えばいいしね」
ルビィ「ルビィも、おねいちゃんとスクールアイドルがやりたいな。ずっと憧れてたものを、ずっと憧れてたおねいちゃんと」
千歌「梨子ちゃん、東京ではピアノやっててね。どうしてもってお願いしたら、作曲してくれるって」
千歌「作詞は私と花丸ちゃんでなんとかやってみるし、衣装はよーちゃんとルビィちゃんがメインで指揮してくれる。練習のメニュー作ったりするのは果南ちゃんがやってくれるって」
千歌「これで、なんとか格好つく活動ができそうだと思う。やっと走り始められるようになったんだ。だから」
千歌「改めて、どうかな。チカ達と一緒に、スクールアイドルを――やりませんか?」
………………
……… カリカリカリ、カリカリカリ…
普段よりワントーン落ちたように聞こえるその音は、今の私の気持ちをそのまま表しているようだった。
つまり、
善子「なんで、返事しなかったの」カリカリ…
ダイヤ「なんでって、千歌ちゃん達に言った通りよ。まだやりたいこともあるからもう少し考えたい。それだけですわ」カリカリ…
善子「なによ、やりたいことって」カリカリ…
ダイヤ「家のこととか、生徒会のこととか、他にも――ね。毎日放課後の時間を部活に割こうと決断するにはまだ時間が、 善子「でもやりたいんでしょ?スクールアイドル部」
ダイヤ「………」
善子「やりたくなかったら、やるつもりがなかったら、返事を保留になんかしないでしょ」
他の誰でもない、あなたなんだから。
ダイヤ「やりたくない、とは言いませんわ」 ダイヤ「昔から、千歌ちゃん達は放課後になるとやれ駄菓子屋さんへ行くだの、やれ秘密基地へ行くだの、それはそれは楽しそうなことを毎日のようにしていたわ」
ダイヤ「内浦はこんな地域ですから、学年の垣根もそうなかったし、果南さんやルビィという存在もあって、わたくしもよく誘われてはいたけれど…家は厳しくお稽古事も多く、その誘いに応じられた回数など本当に高が知れているの」
ダイヤ「だから、彼女達が――大好きな幼馴染み達がいよいよみんなで一つ大きなことをやってみようというときに、そこに加わりたいという気持ちは確かにあるわ」
善子「だったら、その気持ちに素直に従えばいいだけじゃない。思考力も発言力もなかった昔とは違う、今は高校生になって一家の一員として力強く立ってるあなたのこと――部活に入っちゃだめなんて言われないでしょ?」
善子「その足を止めているものは、なに?」
ダイヤ「………」
善子「…やっぱり、私…なんだ」
ダイヤ「!」
善子「私が毎日ここに来るから、部活に入ってなお顔を出すことなくここに来るから、気を遣わせてるのよね」
ダイヤ「気を遣っているというわけではありません」 善子「いいの、わかってる。…わかってた。生徒会のメンバーでもない私が毎日お仕事を手伝うんでもなくここに来てることが、ダイヤにとってどうなのかなって考えてないわけじゃないもの」
善子「一人でお仕事に集中することもできないし、かと言って私が拠り所にしてるのをわかってて『来るな』なんて言えない。ダイヤがなにも言わないで受け入れてくれてることに甘えてたわ」
善子「スクールアイドル部に誘われてることを私に言わずにいたのも、あなたの優しさよね。…ううん、今日まで私の前でその話をしなかった千歌さん達の優しさでもある、のか。みんなに気を遣わせて、へへ…たくさん迷惑かけちゃったわね」
善子「ごめんなさい、ダイヤ。明日からは来ないようにするから、あなたは自分の気持ちに素直に――」
ダイヤ「明日からここに来ず、どうするつもりなの?」 善子「え?」
ダイヤ「放課後。ここに来ないとしたらどうするつもりなの?善子さん」
善子「え、っと…それは、どこか…図書室で宿題するか、帰るか…」
ダイヤ「……………はあああ〜」
善子「えっ」
善子「な、なに!?なにその反応!?くそでか溜め息ってやつよ、それ!」
ダイヤ「部活動に行くという発想はないのですか、貴女に」
善子「…あー」
ダイヤ「善子さんが毎日ここに来るのは、わたくしと共に過ごしたいと思ってくれているからなのですよね。であれば、どうですか」
善子「どう、って…?」
ダイヤ「わたくしがスクールアイドル部に参加して練習へ行くのだとすれば、貴女もそうすることで目的は達し得ると思うのだけど」
善子「え、あー………あ、確かに…?」 ダイヤ「それとも、わたくしを含むみんなで一緒に部活動に興じるのでは不満で、やはりここで二人きりの方がよいかしら」
善子「うぐ…」
本音の本音では、どっちかと言えばもちろん二人きりがいい。
ここで頷けばダイヤは「仕方がありませんわね」と私の意思を尊重してくれるのだろう。
でも、私が求めてるのはそういうことなんだっけ。
ダイヤの、みんなの願いを押さえ込んでまでそうしたいんだっけ。
この時間を手放したら、ダイヤとの繋がりはなくなってしまう?
答えはイエスなのかノーなのか、この時間がダイヤの中で私と私以外を分かつ要素の一つであることは疑いようがない、と思う、けれど。
これしきの時間を手放した程度のことで、二度と『特別』そのものから陥落してしまうほど、この気持ちは軟弱なものじゃ――
善子 グ…ッ 善子「やりましょう、スクールアイドル部。一緒に」
ダイヤ「お返事まで随分とかかりましたね」ニコッ
善子「うるさい。色々考えたの」プイッ
ダイヤ「ふふ…そうね。貴女が物事をよく考える方なのは、充分に承知していますわ。だからこそ、多少無理やりにでも背中を押す誰かが傍にいてあげるべきだということも」
善子「無理、させてない?」
ダイヤ「ええ。むしろ、やっと我慢をしなくてよくなるのだとすっきりしたくらいよ」
善子「我慢は、させてたわよね…」 ダイヤ「本当は、スクールアイドル部に誘ってもらったとき、わたくしは二つ返事で承諾しようと思った。けれどそうしなかったのがなぜだか、わかる?」
善子「それはだから、私がここに来てるから…」
ダイヤ「半分正解。正しくは、貴女が部活動に行きたがっていなかったから、です」
善子「え…?」
ダイヤ「誘ってもらったスクールアイドル部というものが、とても楽しそうなことであった、それ以上に、貴女と同じ部であったことが嬉しかったのよ」
ダイヤ「わたくしはね、善子さん」
ダイヤ「なにか楽しいことをするのならば、貴女と一緒がよかったということよ」
善子「………っ!?」//
善子「そ、それってどういう…」
ダイヤ「さて、それではさっそく千歌ちゃん達に返事をしにいくとしましょうか。『もう少し時間を』と言って、30分も待たせてしまったわ」ガタ
善子「ちょ、待ちなさいよダイヤ!ねえ今のどういうこと!?なんで私と一緒がいいの!?」
善子「ねえってばーーーー!!」
‐‐‐
ダイヤ「それでは、本日よりお世話になります」ペコ…
ダイヤ「なにをぼーっとしているの。貴女も挨拶をなさいな」グイッ
善子「きゃんっ。や、だって私は四月に入部してたし――」
ダイヤ「練習に参加するのは今日が初めてなのでしょう。だったらきちんと挨拶をするのが礼儀というものよ」
ダイヤ「ほら、一緒に」
善子「もー…わかったわよ。今日からよろしく」ペコッ
ダイヤ「よろしくお願いいたします」ペコ
千歌「やったー!とうとうダイヤちゃんが仲間になってくれたよ!」
果南「うん。これで一気に雰囲気も引き締まりそうだね」
花丸「随分な重役出勤ずらね〜、善子ちゃん」
善子「ヨハネよ!そもそもから強引に入部させられたんじゃないの。ってかなんであんたそんなに馴染んでんのよ!」
花丸「練習はきついし難しいけど、身体を動かすのはやっぱり気持ちよくて楽しいよ」 ルビィ「よしこちゃんとおねいちゃんと一緒にスクールアイドルできるなんて、夢みたい…!嬉しいな…」
善子「あー…まあ、その、なに。待たせて悪かったわね」
ルビィ「ううん。やっぱり無理やりでイヤだったのかなとか考えちゃってたから、よしこちゃんが来てくれて、ルビィすっごく嬉しいんだよ」
善子「ふ、ふん!やってみて楽しくなかったらすぐにやめてやるんだから!」プイッ
ダイヤ「始める前からなにを言うのですか、貴女は」ポコッ
善子「んにゃっ」
ダイヤ「皆さんより開始が遅れる分、きちんと練習に励んで足を引っ張らないように気を付けるわ。ただし、約束した通り――」
千歌「うん、わかってる。練習に参加できるのは、平日の放課後は週に三回だよね」
ダイヤ「ええ。身の回りの繁閑に応じて余裕があればもっと参加するし、逆に少なくなってしまう時期があるかもしれないけれど、ひとまずは週に三回を基準として私事や公務との配分を調整させてくださいな」
曜「と言ってもダイヤちゃんのことだし、週三でも私達なんかよりよっぽど早く上達しちゃいそうだよね」
花丸「だから問題は善子ちゃんずらね」
善子「んなっ…!なんでこっちに矛先が向くのよ!」
善子「わ、私がその気になれば下等な人間どもの限界動作をこの身に宿すことなど、造作もないことです」フッ ダイヤ「ヨハネの指導も、一緒にいる時間はわたくしができるように努めますので」
ルビィ「休み時間とかだったらルビィ達にも教えられるもん、大丈夫だよ!」
梨子「せっかく各学年にメンバーがいるんだから、部としての練習の時間以外も有効に使わないとね」
千歌「あ、梨子ちゃん、その件なんだけど…実は現文の宿題でちょび〜っとわからない部分があってですね…」
曜「あ、実は私も日本史の宿題をやり残しててですね…」
梨子「ええ!?二人とも、それ随分前に出されたやつだよね!?」
千歌「いやーははは、スクールアイドル活動のことで頭がいっぱいで」
曜「太陽と海に囲まれた内浦ではなかなか勉強が難しくて」
梨子「言い訳しないの!っていうか曜ちゃんは言い訳にもなってないから!」
ダイヤ「…部活動に専念するあまり、学業が疎かにならないようにね」
梨子「うう…はい、しっかり面倒を見ます…」
千歌「よろしくー梨子ちゃん!」
曜「頼りにしてるであります梨子ちゃん!」
梨子「ちょっとは自分で解決する努力をしなさい!!」
果南「はいはい、そんじゃそろそろ練習に入るよー」
「「「はーーーい」」」
………………
……… 善子「た、だい……」フラ…
善子「ま」バタン
覚束ない足取りをなんとか舵取りして、もつれ気味にベッドへと倒れ込む。
時刻は19時半。
軽いウォーミングアップと発声練習の後、ほんの一時間程度ダンスの真似事と筋トレをしただけのはずだってのに、身体をこれまでに覚えがないほどの疲れが覆っている。
善子「うそでしょ、これが…これから放課後、毎日……」
善子「…………」
善子「辞めよう」ボソッ
辞めよう。辞めよう辞めよう。
そうよ、元々ここで部活に参加するつもりなんかなかったんだし、ルビィにだってちゃんと「楽しくなかったらすぐにやめる」って予防線も張っておいたし、そもそも入部させられたのだって騙されたみたいなもんだし、こんなきつい思いをしてまで続ける理由なんかない――――
善子「…………」 ――ダイヤ『さて、それではさっそく千歌ちゃん達に返事をしにいくとしましょうか。「もう少し時間を」と言って、30分も待たせてしまったわ』ガタ
ふと脳裏に甦る、昨日のワンシーン。
――ダイヤ『正式にスクールアイドル部へ入部させていただきます』
――千歌『ほんと!?ほんとにほんと!?やったーーーっ!』
――ダイヤ『明日からはヨハネ共々練習にも参加するわ』
――千歌『ありがとうダイヤちゃん!善子ちゃん!』
――ダイヤ『ただ、それにあたって、一つだけお願いしたいことがあるの』
――千歌『うん。なに?』
――ダイヤ『平日の放課後、週に二日は生徒会の公務や私事に割かせてほしいのです。もちろん皆さんの活動に後れを取ることがないよう自主的な復習には努めるという前提で』
――千歌『もちろんいいよ!ダイヤちゃんが忙しいのはよくわかってるもん』
――ダイヤ『ありがとうございます。それとね……』 そうして、今日が練習の初日だったわけで。
運動へっぽこコンビの相方だと思ってたずら丸もひぃひぃ言いながらなんだかんだ練習についていってるし、ルビィなんか息を切らしながらも弱音は少しも吐かない。
桜内先輩だけは途中休み休みって感じだけど、あの人はそもそも作曲メンバーらしいし…
ダイヤだって持ち前の器用さと踊りへの慣れで初日から当然のようにメニューこなすし。
つまり、実質私が最下位。
こんな辱しめを受けてまで部活に打ち込むなんて、そんな旧世代のスポ根マンガみたいな話が――話が――……
善子「…………んもうっ!!」ガバッ ――ダイヤ『それとね……』
――千歌『まだあるの?』
――ダイヤ『わたくしが練習に参加しない二日のうち片方は、ヨハネも参加できないわ』
――千歌『ほえ?』
――善子『え!?』
――ダイヤ『週に一度は勉強を見てあげることにしているの。その分、練習の後れが出ていたらわたくしがきちんとお稽古をつけておくから』
――ダイヤ『それだけ、受け入れてほしいのです』
――善子『…………っ!』
――千歌『ダイヤちゃんと善子ちゃんが仲間になってくれるっていうならなんでもおっけいだよ!じゃあそーゆーことで、今日からスクールアイドル部は八人だーーっ!!』
善子「仕方なく!仕方なくなんだからね!なんかちょっとでも後輩いびりみたいなのされたらマジのマジですぐ辞めてやるんだから!ママーっ、晩ごはんー……ってえ、今日遅い日じゃないのよ!もーーーーっ!!」
それから間もなくして『最後の一人』として理事長が連れてこられて驚いたことは――また別のお話、ね。
*** ***
意識もぼんやりとした朝。
ばたばたと聞こえるのはママが身支度を整える音。
教師も人間なのね、なんてぬくぬくと頬を緩ませる。
津島母「善子、いい加減に起きなさいよ!ママもう出るからね、わかった!?」
善子「んぅー…はーい…」ノ
津島母「一年だからって気を抜かないのよ!遅刻なんかしたら許さないからね!それじゃ、行ってきます!」
善子「だってまだ私が起きるには早いしー」
ガチャガチャと響く施錠の音に呑まれなくても、元から聞こえるはずなんかない声量。
パパはもっと早いし、ママが出ていった後の我が家にはキーンとした静けさが訪れる。
これこれ、この朝独特の静かな感じが…またちょうどよく眠気を誘うもんだから……いやあ二度寝しちゃうのだって仕方ないってものよ………ね………………ぐう。
「なにを悠々と二度寝しているの」
ぐう………………え? ダイヤ「なるほど、こうしてお母様もお父様も出てしまわれて一人になってしまうことが寝坊、ひいては遅刻の一因になっていたのね」
善子「は、え、あれ…ダイヤ…?」
ダイヤ「ええ、ダイヤよ。おはよう、ヨハネ。さ、早く布団から出て顔を洗ってきなさいな」
善子「え、えええ…ちょちょちょっと待って、思考が追い付かないわ」
ダイヤ「………」
善子「今日は平日、時刻は早朝、ここは私ん家であなたは内浦の黒澤邸に住んでて、いや、えっと――なに、してるの…?」
ダイヤ「それだけ饒舌に話せるのなら目も覚めているでしょう。さあ、朝ごはんを車内で済ませたくなければ早くなさいね」スタスタ…
善子「いや待てえーーーーい!!」ガバッ
善子「質問に答えていきなさいよ!なんであなたが平日のこの朝早くからうちにいるのよ!」
ダイヤ「そんなに気にすることですか?」
善子「気にするでしょうよ!黒澤邸からここまで結構かかるわよ!?」
ダイヤ「それこそ草木もまどろむほどの早朝というわけでもないのだから、躍起になって追及する点でもないでしょう」
善子「んっおおおお…絶妙に噛み合わない温度感がもどかしい…っ!」ワナワナ…
ダイヤ …ハァ ダイヤ「遅刻されては困るから、その通り遠路はるばる家の者に無理を言って迎えにきたのよ。インターホンを鳴らす直前にお母様が出ていらして、その旨を伝えてお邪魔させていただいたのですわ」
ダイヤ「こんな早朝と言うけれど、こんな早朝にわたくしがここにいるのがどういうことか考えて、できれば無為にしないでほしいものね」
善子「そ…っれ、は…あなたが勝手にしたことで………わかったわよ、二度寝の気分でもないし、ちゃんと用意するってば」
ダイヤ「結構」ニコッ
善子「でも、どうしてこんなに早いのよ。いくらなんでも早過ぎるじゃない。こんなの何時に着くと思ってるのよ」
ダイヤ「………」ポカン…
善子「…なにそのカオ」
ダイヤ「ヨハネ、貴女まさか忘れているの…?」
善子「え、なにを?」
ダイヤ「今日から、スクールアイドル部の朝練に参加するのよ…?」
善子「……………………ぁ」
善子「あーーーー〜〜〜〜っっ!!!」
………………
……… in 黒澤カー
善子「むり…無理こんなの毎日なんて死んじゃう…」ウッウッ
ダイヤ「死にません。ルビィだって花丸ちゃんだって同じようにしているのだから」
善子「だってあの子達は近いもん!今から支度し始めてもいいくらいじゃないの!私だけこんなに遠いのに ダイヤ「善子さん」
ダイヤ「わ、た、く、し、も。本当は今から支度を始めればいいのよ」ニコッ
善子「あ、ぅ――………」タジ…
善子「…スミマセンでした」(超小声)
ダイヤ「わかればよろしい」フンス
善子 ムー…
ダイヤ「ああ、そうそう。早いうちに朝食を済ませなさいな。激しい動きはないみたいだけど、それでもできるだけ食事との時間は空けておいた方がよいですわ」
善子「あ、うん」ガサ
ダイヤ「あそこまで急いで出ずとも、朝食を食べる時間くらいはあったのに」
善子「いーの。ごはんは席に着いてお行儀よく食べましょうなんてガラでもないから…」モグモグ
ダイヤ「食べながら喋らない!」
善子「えー…」モグモグ… 善子「ごちそうさまでした」
ダイヤ「はい」
善子「ダイヤは朝ごはんは?」
ダイヤ「もちろん済ませてきましたわ」
善子「え…だって、え……何時に起きたのよ、それ…」
ダイヤ「草木もまどろむ時間帯に、かしらね」
善子「げえ…」
善子「パンとかおにぎりとかにすれば、この車の中で食べられるのに」
ダイヤ「わたくしは、食事は席に着いてお行儀よく食べましょうというガラなのよ」フフ
善子「あー、うん。そうよね、そりゃそうか…」
ダイヤ「なぜそんな声を出すのですか」
善子「ううん。そうすれば一緒に朝ごはん食べられるのになって思っただけよ。でもさすがに黒澤家の長女サマに車中食を勧めるわけにはいかないわ」
善子「だったら家で食べてからでもいっか…」ボソッ
ダイヤ「………」
‐‐‐
ダイヤ「さあヨハネ、着替えたなら出るわよ」
善子「まだ平気でしょ?今日は朝ごはん食べてくからもう少し待ってもらえる?」
ダイヤ「ぶっぶーですわ!!」
ダイヤ「今日はわたくしもおむすびを持ってきましたから、車内で朝食にするわよ!ほら、早く靴を履きなさいな!」
善子「えー!?」
*** ***
ダイヤ「毎日ありがとうございます。行ってきます」
善子「ありがとうございます。行ってきまーす」
「行ってらっしゃい、ダイヤ。善子さん。気を付けて」
控えめな音で走り去る黒澤カーを見送って、今朝も部室までの道を二人で行く。
善子「なんか、毎日悪いわよね」
ダイヤ「毎朝車を出してもらっていること?」
善子「うん。黒澤家に仕えてるのに、私のために毎朝二時間くらい割いてもらっちゃってさ」
ダイヤ「………まあ」
ダイヤ「以前より早起きしてもらうことにはなったけど、朝は特になにをしているわけでもなかったから」
善子「そうなの?てっきり朝ごはんから用意してくれてるんだと思ってた」
ダイヤ「………」
ダイヤ「それにしても、言い出すのが遅かったですわね。もう送ってもらうようになって二週間になるわよ」
善子「んな…っ!や、悪いなーってはずっと思ってたもん!なんとなく今まで話題にしてなかっただけで、ちゃんと考えてはいたもの!」アセアセ
ダイヤ「はいはい」クスッ
善子「信じてない笑い方やめーーーっ!!」// 善子「つまり私が言いたいのは、うちからはバスで行ってもいいんじゃない?ってことよ」
ダイヤ「ほう」
善子「ちゃんと調べたんだから」
善子「うちのバス停を6時半に出るやつに乗れば朝練には間に合うわけよ。ただ、ダイヤの家からこっちに来るバスは一番早くても6時20分くらいのやつだから、それだと全然間に合わないの」
善子「だからダイヤをうちに運ぶのだけお願いして、うちからはバスで行く形にして先に帰ってもらえば、拘束時間が減るでしょ。ね、どう?」
ダイヤ「わたくしも貴女を迎えにいくにあたって、その辺りのことは当然調べたし考えたわ。考えたし、そう申し出たのよ」
善子「…必要ないって?」
ダイヤ「端的に言えば、そう言われたわね。それで短縮できる拘束時間はせいぜい40分といったところだけど、だったらそんなに変わるものでもないから、とね」 善子「そうなの?でもここでの40分って半分に迫るくらいの時間よ?」
ダイヤ「わたくしに言われても、本人がそう言うのだからそうなのでしょう。それに――」ジッ
善子「…なに」
ダイヤ「拘束時間を気にするのならば、そのような小細工の前に、もっと根本から解決できる手段があると思うのだけど」
善子「……………」
善子 ハッ!!
ダイヤ「起こすだけならば電話で結構、自力で起きられるならばそれすら不要ですわよ」
善子「や、ぅ、ぐぬぬぬ…っ」(葛藤)
ダイヤ「でもね。運転手への配慮はともかく――」
そう言ってダイヤは、たまに見せるいたずらっぽい笑みを浮かべた。
ダイヤ「わたくしは存外この朝の時間を気に入っているから――まだしばらくは、甘えてくれてよいのよ」
*** ***
果南「じゃ柔軟始めるよー」パン
千歌「よーちゃん、梨子ちゃん!日陰確保したよー!」
梨子「走ってまで日陰を確保するのね…」
曜「その元気があるならどこでも柔軟できそうだよね」
鞠莉「あー、ちかっちズルいよぅ!今日はマリー達に日陰譲って〜!」
千歌「いひひー、早い者勝ちなのだー」イヤイヤ
鞠莉「むーっ。じゃあマリーがちかっちと組むー!」
曜「じゃー果南ちゃんとやっちゃおー!」ゞ
果南「梨子もおいでよ。今日は入れ替えっこだね」
ダイヤ スッ (無言)
善子 スッ (無言) 花丸「今日はまるが先に柔軟役やるずら」
ルビィ「あ!そういえばね、昨日調べ物してたら柔軟体操の効果を上げる方法が載ってたんだよ」
花丸「そんなのあるんだ。どうするの?」
ルビィ「えっとね〜」
果南「お、なになに?いい情報なら私らにも教えてほしいな」
ワイワイ
果南「ダイヤ達もこっちに――」
ダイヤ「少しずつ伸びるようになってきましたね」
善子「ふふん、そうでしょ。お風呂上がりに少しやってるんだもの」
ダイヤ「よい心がけですわ」
ダイよし グッグッ
一同「「「………………」」」
‐‐‐
キーンコーンカーンコーン
花丸「お昼ごはんの時間ずら〜っ♡」ワーイ
善子「ずら丸、今日は?」
花丸「じいちゃんがさんどいっち作ってくれたんだよ!」
善子「へえ、珍しいわね」
ルビィ「ルビィもサンドウィッチにしてもらった〜」
善子「えー!二人ともお揃いなわけ!?ずる!」
ルビィ「よしこちゃんは?」
善子「フツーにお弁当よ」
花丸「こんなこと言っちゃいけないけど、栄養バランスはさんどいっちよりお弁当の方がいいよね」
善子「そうだけどー。二人がサンドウィッチなら私もそうしてもらえばよかった」ムー
ルビィ「まあまあ。今度みんなで合わせよ」
善子「うん」 花丸「それじゃ、手を合わせて。いっただっきまー ダイヤ「ヨハネ」ガラ
花丸「…す?」
ルビィ「おねいちゃん」
善子「じゃ私、ダイヤとお昼食べるから行くわね。また後でね」タタタ
<ダイヤもサンドウィッチ?
<あら、なぜ知っているの?…ああ、ルビィね
<私もサンドウィッチにすればよかった〜
<分けっこしましょうか
<うん!
花丸「………」ポカン…
ルビィ「…ルビィ達とお揃いにする必要、ないじゃん…」
‐‐‐
果南 ムムム…
鞠莉「かーなんっ。どうしたの?」
果南「あー、ごめん。ちょっと考え事してた」
鞠莉「なにか悩み事じゃないでしょうね〜」ジト…
果南「そんなんじゃないってば。柔軟の組合せどうしようかなってね」チラ
善子 ポケーッ (上の空)
鞠莉「oh. 善子のことね。考えるくらいならマリーが貰っちゃうわ。さー柔軟始めましょ!マリーは善子とやるー!」イェーイ!
果南「あっ鞠莉…」
<ずるーい!チカも善子ちゃん狙ってたのにー!
<この前ちかっちが言ったでしょ、早い者勝ちデース!
<あれは日陰だけー!善子ちゃんチカとやろーよー!
<ダーメーー!マリーとやるのー!
<どっちでもいいわよ…
果南「はは…」 果南「それじゃ15分休憩ね」パン
善子「ふう…」ペタン
ルビィ「お疲れさま、よしこちゃん」
善子「ああ、ルビィ。お疲れさん」
ルビィ「慣れてきた?」
善子「ぼちぼちね。どっちかと言うと朝練で早起きするのがきついかな」
ルビィ「よしこちゃん、朝ニガテだもんね」
花丸「お迎えが必要なほどにね」ヌッ
善子「どっから湧いてきてんのよ、あんたは」
花丸「ルビィちゃんと善子ちゃんの間から」
善子「なんでよ。てかヨハネだから」
花丸「なんでルビィちゃんには指摘しないのにまるにだけ言うずら!」
ルビィ「うゅ?」
善子「ルビィはいいのよ、ばかにしてる感じないから」
花丸「まるも別にばかになんかしてないよ」
善子「いや、してる感じある」
花丸「ないよ」
善子「我が名は?」
花丸「善子」
善子「ほら」
花丸「いや事実でしょ」
ルビィ「あはは…」 曜「ジュースじゃんけんやる人ー!」
千歌「はいはいはいはーーい!梨子ちゃんもやる!」
梨子「やるって言ってないよ!?」
果南「おっ、やるやる〜」
鞠莉「マリーもしたい〜」
ルビィ「あー!ルビィも参加するー!よしこちゃんとはなまるちゃんは?」
花丸「じゃあまるも。行こ、善子ちゃん」
善子「私はいいわ、まだあるから」
花丸「あ…そう?」
善子「行ってきていいわよ」
ルビィ「うん…」
<あれ、善子は?
<まだあるからいいって
<そっか…
善子 ゴク…ゴク…
善子 …プハ
善子「はあ…」
善子 ボーッ
果南「…………ね、善子、 ガチャ ダイヤ「遅くなりましたわ」
曜「あ、ダイヤちゃん」
善子「!!」
果南「あれ、ダイヤ。生徒会…」
ダイヤ「ええ。今週は職員会議がなかったので、生徒会に下りてくる執務が普段より少なかったのよ。今からでも参加してよいかしら」
千歌「もっちろん!今ちょーど休憩時間でね、ジュースじゃんけんやるとこだよ!」
ダイヤ「あらそう。それならわたくしが買ってきますわ」
梨子「え?そんな、じゃんけんに負けたわけでもないのに…」
ダイヤ「よいのです。練習に遅れたことへのささやかなお詫びと、どちらにせよわたくしも自分の飲み物を買いにいきたいので」
鞠莉「それならマリー cola がいいなー!」
千歌「チカはリアルゴールド!」
曜「私はモーニングショット!」
梨子「三人ともスポーツに適したものにしなさい!」
「「「えーーー」」」 ダイヤ「なんでもいいから、各自決まった?」
果南「はは…この人数分、一人じゃ無理でしょ。一緒に行こうか」
ダイヤ「いえいえ、果南さんは身体を休めていてくださいな。ヨハネ」
善子「!」ピクッ
善子「ちょうど私も飲み終わったとこだから付き合ってあげるわ!仕方がないわねー!」タタタッ
ダイヤ「ではすぐに買って戻ってきますから」
<汗くらいきちんと拭きなさい。風邪を引くわよ
<えー、だって拭いてもまたすぐかいちゃうもーん
<それでも拭くの
<やだー、めんどくさいー。そんな言うならダイヤが拭いてー
<まったくもう…
一同「「「………………」」」
花丸「善子ちゃん、まだ残ってるからいいって…」
果南「うん、まあ、いいじゃん…好きにさせてあげよ…」
曜「そうだね…」
果南 ゴソゴソ… つスマホ
『今日は生徒会執務にかかります。ヨハネのことよろしくね』
果南「あの二人は、まったく…」ヤレヤレ
*** 1レスごとの長さが異常。
次は今晩…にできるのではないかと。 ***
七月に入ると、練習は激しさを増した。
主には、雨に邪魔をされて思うように身体を動かせないのが苦痛で仕方なかった特定の人達の憂さ晴らしのような側面が強かったみたいだけど。
果南「さあ!さあさあさあ!やるよ練習!」
曜「果南ちゃん隊長!今日のメニューはどうするでありますか!?」ワクワク
果南「今日は地面も乾いただろうし階段ダッシュがやりたいね。そうだ、階段ダッシュと言えば淡島だ!じゃあ船着き場までランニング、その後淡島で階段ダッシュ十往復でどうだろう!?」
曜「えーー、十往復…」ションボリ…
果南「…………」
果南「じゃあ二十往復だ!」
曜「いぇーーーーー!!」フゥーッ
果南「鞠莉!30分後に出発できるように船呼んどいて!みんな、5分後に校門集合!」
鞠莉「ノーーーーーーッよ!!!」ブッブー!
それと… 千歌「危なかったね、鞠莉ちゃんまでノリノリだったらどうしようかと思ったよ…」
鞠莉「ノンノン。あの筋肉ちゃん達と同じ menu なんて人間の女子高生にはこなせないよ。やるなら二人で勝手にやってなさいっての!」プンプン
果南「さてじゃー今日はステップ確認をメインにやりまーす…」
曜「えーー、ステップ…」
果南「…………」
果南「じゃー歌の練習もやりまーす…」
曜「いぇーーーーー…」
梨子「あんなに意気消沈されると、ちょっと可哀想にもなりますけど…」
千歌「だめだよ梨子ちゃん!よーちゃんと果南ちゃんにスキを見せたら骨の髄まで筋肉にされるよ!」
梨子「か、過去になにかあったの…」
ルビィ「ステップと歌の練習かあ」
花丸「まるはステップの方を見てほしいかも」
ルビィ「ルビィは歌の方が気になるかな。よしこちゃんは?」
善子「私はステップね。最近あんまり動けてなかったし」
鞠莉「じゃ、せっかくだし step training と vocal training で二班に分かれよっか!」 果南「ステップは私が見るよ。歌は梨子にお願いしていい?」
梨子「あ、はい」
鞠莉「なーんで梨子なの?マリーじゃ trainer に不足だとでも言うのかしら!」
果南「や、鞠莉はステップを強化したいからこっちに入ってもらいたいんだよ。新曲遅れ気味でしょ」
鞠莉「アラ?」
千歌「チカは歌〜」
曜「私もサビ前の音ちゃんと取れるようになっておきたいかなー」
果南「一年生は、まると善子がステップ、ルビィちゃんが歌でいいのかな」
一年生ズ「「「はーーい」」」
鞠莉「ちょうど四人ずつになったわね」
果南「そんじゃ各班に分かれて、練習開始ね!」
善子「………」
それと、七月に入ってから、少し生徒会業務が多忙になったらしい。
授業と登校義務がない「夏休み」という期間に、まさか生徒会の面々だけお仕事のために登校させるわけにはいかないから。
夏休み明けに困らないように、との先取りまで含めて、ここから終業式までの半月ほどはそれなりに忙しくなる、ん、だってさ… のんびりと書類整理をしていればよかったこれまでと違って、校内各所を飛び回る必要もあるとかで。
――善子『え、放課後も…?』
――ダイヤ『とは言っても一時的に、終業式まで、よ。果南さんがやっと身体を動かせるとうずうずしていたし、練習はできるだけ休まない方がよいわ』
――ダイヤ『宿題でわからないところがあったら、夜ならば電話をしてくれてもよいですから。だから放課後は部活動に集中なさいな』
――善子『………わかった…』
毎週一回の『お勉強の時間』も、なし。
生徒会業務が忙しい状態で一日でも部活に顔を出せる日を多くするために、朝も早めに行ってお仕事。
お昼だって呼び出されることがあってゆっくりできないし。
終業式までって、それ実質夏休み明けまでじゃないのよ。
なんか、なんかぁ…
鞠莉「よーしーこ」
善子「え?」ハッ… 鞠莉「今マリーがなんて言ったか聞いてた?」ジーッ
善子「あ、えと、最初に録画したやつ観て自分の課題を見付けよう、って…」
鞠莉「正解」
善子 ホッ…
鞠莉「でも言ったのはマリーじゃなくて果南ね」
善子「えっ」
鞠莉「ハァ…練習中は練習に集中しなさい。身体も動かすんだから、ぼーっとしてたら怪我しちゃうわよ」
善子「ぅ、はい…ごめんなさい…」シュン
果南「…鞠莉。それとまるも、ちょっと部室に行こっか」
鞠莉「ン?いいけど」
花丸「ぱそこんなら持ってきてるよ?」
果南「練習は後回し。先に済ませておきたいことがある…かなん」
………………
……… 部室
果南「善子さー、もうダイヤに好きって言っちゃいなよ」
善子「 」
果南「ってゆーか、好きなのはわざわざ言わなくていいと思うんだけど、付き合っちゃいなよ」
善子「 」
鞠莉「え、エット…果南…?」
果南「ん?鞠莉もまるもわかってるでしょ?ダイヤと善子が好き同士なの」
鞠莉「や、ウン、もちろんわかってる…よくわかってないのは曜とちかっちくらいだと思うけど…」
花丸「それにしたって直球に言い過ぎだと思うずらぁ…」
果南「全員はっきりわかってるんだから、遠回しに言う必要なんかないじゃん。私そういうのニガテだし」
善子「ぅ、ぁの、なに………」
果南「ぶっちゃけあれでしょ、ダイヤが練習に来ないとき善子が上の空なことが多いのって、淋しいからでしょ?だったらちゃんと付き合っちゃえば休みの日とか一緒にいられるから解決じゃん」
善子 /// プシューッ
鞠莉「か、果南が…」
花丸「なんだか的確な恋愛指南を…」 果南「付き合ってるからって練習に支障が出たら困るけど、ダイヤのことだからそういうのなさそうだし、どっちかと言うと今の状態が続くと善子が怪我とかしちゃいそうで怖いしね」
鞠莉「それは、まあ…確かにね…」
善子「べ、別に私は―― 花丸「善子ちゃん」フルフル
花丸「今さら『ダイヤのことなんかなんとも思ってない!』とか言われても説得力ないずら」
善子「……っ、…口真似しないで。似てないからっ」フンッ
善子「………」
鞠莉「………」
果南「………」
善子「…もしかして、私…みんなの邪魔になってる、わよね。ダイヤがいない日に集中できてないってことくらい、自分でもわかるもの…」 果南「あー、違うんだよ善子。邪魔になってるとかじゃないんだよ。ね?」
鞠莉「そうね」
果南「なんていうか、」
善子「うん…」
果南「もどかしい」
善子「うん、ごめんなさ……え?もどかしい…?」
鞠莉「正直もどかしいわ」
善子「え、マリまで…もど…」
花丸「まだるっこしいずら」
善子「あんただけ感想違うんかい」 果南「もっと一緒にいたい系のわがままを言いたいけど、ダイヤ忙しいしあんまり構ってほしそうにしてウザいって思われたらイヤだしな、うう…」イヤイヤ
善子「………」
果南「って感じの気持ちが滲み出てて、もどかしい」
善子「今の私の真似!?」
鞠莉「どーしてダイヤに遠慮なんかするのよ。もっと甘えたらいいのに」
善子「だ、だって…ダイヤ忙しいし、そりゃもっと一緒にいたいけど、構ってほしいって言ってわがままだなとか…ぅ、ウザいとか思われたら…やだもん…」
花丸 (ほぼほぼ合ってる)
鞠莉「思わないでしょ。よりによって善子相手に」
善子「そんなんわかんないじゃない!」
花丸「あー…鞠莉ちゃん、それは…」
鞠莉「ホワ?」
善子「周りから見てたらもどかしくてまだるっこしいのかもしれないけど、そんな簡単に『好きって言っちゃえ』とか、私には考えらんないのよ…!
ダイヤが私の気持ち受け止めてくれる保証なんかないし、もしかしたらそれが原因でもう今みたいな時間過ごせなくなっちゃうかもしれないのに…!!」
鞠莉「……………ぇ…」
善子「なによ!甘えたいけど、拒否られたらって思うと怖いし…マリや果南センパイみたいにストレートに好意を伝えられるほど器用じゃないもん、私!」 鞠莉「エー………?ねえハナマル、もしかして、善子…」ギギギ…
花丸「いやー、うん…まるが見るに、たぶん…」
善子「なによぅ」ムーッ
果南「拒否られるわけないじゃん。ダイヤあんなに善子のこと大好きなのに」
まるまり「「っちょおおおおおおおおお!!」」
果南「へ?」
花丸「果南ちゃんのばかぁ!どうしてそういうことあっさり言っちゃうの!」
果南「え、なに?言っちゃだめなことだったの?全員はっきりわかってるって言ったじゃん」
鞠莉「それは善子からダイヤへの LOVE のことでしょ!」
果南「ダイヤが善子のこと好きなのも同じことでしょ」
花丸「同じじゃないよ!そっちは知らない人もいたずら!」
果南「チカ達いないんだからいいじゃん」
鞠莉「ちかっち達のことじゃないわよ!ダイヤから善子への LOVE を知らないコがこの場に一人いたのよ!!」
果南「は〜〜?いないでしょそんなの。私も鞠莉もまるもわかってたことなんだから…………って、んん………?」
善子「…………っ」/// カァァァァァ…ッ
果南「……また私、なんかやっちゃったかなん…?」 色々なことを、考えたことがないと言ったら嘘になる。
どうして私に優しくしてくれるの?
どうして私とお昼ごはんを食べてくれるの?
どうして私を見付けたとき声をかけてくれたの?
どうして迎えにきてくれるの?どうして放課後一緒にいてくれるの?どうして、どうして、どうして、どうして。
それってもしかして、私があなたに寄せる想いと、同じ理由だったりするの――――?
パン!と自分の頬を張る。
思い上がるなよ、津島善子。と。 ダイヤはとてもできた人だし、私は妹であるルビィの友達だし、ここは内浦だし、生徒会長だし、ごはんは誰かと食べた方が美味しいし、知り合いがいたら誰だって声をかけるし、
そうしない理由がないでしょ。そうでしょ。
だから、思い上がるなってば。
期待をするな。嬉しいと思うな。胸を弾ませるな。喜ぶな。
落差を生むだけのそんな感情は、全て、全て、押し殺せ。
これまでだって、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もそうやって押し殺してきたっていうのに――
善子「ダイヤが、私の、こと……」
ああ、だめだ。
はっきりと言葉にされてしまったからには、もう意識の外になんてやれないわ。 花丸「…………善子ちゃん、」
じんじんと頬に響く静寂は、そんなか細い声で破られた。
善子「ねえ、ずら丸。あんた、私と再会した日…初めて黒澤邸に行ったあの日、もう、気付いてたのよね」
花丸「……うん」
善子「そうなんだ。私って、わかりやすいのかな」
花丸「…どうかな。でも、結構露骨かも」
善子「どう?十何年ぶりに再会した私の気持ちを一瞬で見抜いたあんたからしてさ、どうなのよ」
善子「ダイヤは、私のこと、………へへ…」
花丸「ダイヤさん、は――
鞠莉「ダイヤは善子に LOVE よ」
善子「………マリ…」
鞠莉「ずっと幼い頃から見てきたもの。好きなもの、嫌いなもの、嬉しいカオ、怒ってるカオ、マリーはなんだってわかる自信があるわ」
鞠莉「ダイヤは、善子に LOVE だよ」
果南「そう。だから、だからね」
果南「初めてダイヤに訪れたこの恋を、私たちは絶対に叶えてほしいって、そう思ってるんだよ」
………………
……… 果南「また明日ね」
鞠莉「ねー果南、歩いて帰りましょうよー」
果南「え、淡島まで?私はいいけど鞠莉平気なの?」
鞠莉「その気遣いは練習で発揮してほしいわ。ウン、ヘーキよ。だから、ね。ちかっち達も一緒に歩かない?」
千歌「へー?チカはいいよ、たまに歩くし。梨子ちゃん大丈夫かな、うちまで歩ける?」
梨子「あ、私もなんだ…みんなと一緒なら大丈夫、かな」
曜「ちかちゃんが歩いて帰るなら私もー!」
鞠莉「ルビィとハナマルも行くでしょ?」
ルビィ「みんなが歩くなら…?」
花丸「歩くことには吝かじゃない、ずら…?」
善子「…えっと」
ルビィ「沼津まで歩くのは、ちょっと…遠いよね…」
善子「うん…そうね」
鞠莉「さすがに無理かしら。ウーン仕方ない、それじゃ善子はおとなしく bus で帰りなさい。さーてみんな行くわよ、また明日ね善子!」チャオ!
善子「え、ええ…??」
鞠莉「ダイヤ、まだ帰ってないみたいよ」ボソッ
善子「はぁ…」
善子「…………ん!?」
鞠莉「take it easy, 善子♡」
………………
……… 善子「ていきっりーじー、じゃないわよ」
ぽつりと呟く。
なんて言われたのかわかんなかったけど、たぶん「上手くやりなさいよ」的なことよね。
そんなこと言われたって、どうしろってのよ。
こちとら唐突に突き付けられた事実に面喰らうばっかりで、頭も気持ちも整理が追い付いてないっていうのに。
でも…
――果南『ぶっちゃけあれでしょ、ダイヤが練習に来ないとき善子が上の空なことが多いのって、淋しいからでしょ?』
まさか、ああも的確な指摘をされるなんて。
淋しい。そう、淋しいんだ、私は。
――果南『もっと一緒にいたい系のわがままを言いたいけど、ダイヤ忙しいしあんまり構ってほしそうにしてウザいって思われたらイヤだしな、うう…』
だけど、その気持ちを素直に言えないでいる。 言いたいことはいっぱいある。
言いたいことはいっぱいあったの。
朝のお迎えも、一緒のお昼も、特別な放課後もなくなって、言いたいことはいっぱいある。
声をかけてくれた日、浦女に入学した日、黒澤邸で再会した日、一目あなたを見たあの日から、言いたいことがいっぱいあったはずなの。
それでも、怖くて言えなかった。
配慮ができない奴だと思われたくない。自分のことしか考えてない奴だと思われたくない。
言いたくて伝えたくて仕方ないたくさんのことを、怖くて言えなかったの。
私にかけてくれる言葉が、割いてくれる時間が、向けてくれる笑顔が、特別でもなんでもないって知ることになりそうで。
だったら、そんなことになるくらいなら、今の関係に甘えてしまった方がよっぽどいい。
幼馴染みとも、同級生とも、妹とも違う立ち位置で、あなたの裾を掴んでいる方が、よっぽど、いい。
そうすれば、私がここを去るまでの間なあなあにしていれば、それなりに仲の良い二人として過ごしていられるんだから。
善子「それが、一番いいって、わかってるもん――」
――ガラリ。 すぐ横で引き戸から蛍光灯の灯りが走り抜けて、
ダイヤ「それでは下校いたします。さようなら」
喉にはなにかがつっかえたみたいになって、
善子「ダイヤ」
ダイヤ「ヨハネ…!?」ビクッ
――果南『ダイヤあんなに善子のこと大好きなのに』
――鞠莉『ダイヤは、善子に LOVE だよ』
ダイヤ「てっきりみんなもう帰ったものだと…」
善子「ダイヤ」
――花丸『ダイヤさん、は――
見つめる瞳は薄暗い廊下にも規則正しく輝いて、
善子「私、あなたが好き。好きなの。朝もお昼も放課後も、土曜日も日曜日も一緒にいたい。私をあなたの、隣にいさせて」
ダイヤはぽかんと口を開けて、大きく大きく目を見開いて、
ダイヤ「やっと言ってくれましたか」
それから、
ダイヤ「明朝から、またお迎えにあがりますわ」
きゅうっと口元を綻ばせて、薄く薄く目を細めた。
‐‐‐
ダイヤ「まったく善子さんってば、わたくしが提案するなにもかもに頷くばかりで、自分からは希望の一つも言ってくださらないのだから。
ダイヤ「わたくしだけが空回りしているようで、何度この手を引っ込めようと思ったことか。
ダイヤ「それでいざ貴女との時間を手放さなくてはならないという段階に至っても随分な物分かりの良さを示すばかりで、食い下がって引き留めてもくださらないのだから。
ダイヤ「これにはさしものわたくしも、やはり自分の一人相撲でしかなかったのだと内心貴女への気持ちを諦めかねないところだったわ。
ダイヤ「なにが善子さんに今回の一歩を踏み出させてくれたのかは知る由のないことだけれど、その勇気を忘れることなく、今後もわたくし達が隣同士にい続けるため奮闘してくださいな。
ダイヤ「………もう、先ほどからへらへらと笑って。聞いているの?」
善子「――うん、聞いてるわ♡」
私、頑張るからね。
ちゃんと隣で見守っててよね。
*** ***
それから私達は、それまで以上に一緒に過ごす時間が増えた――ダイヤは忙しかったしスクールアイドル部の練習も活発になっていったし、実際に増えていたのかはわからないけど、少なくともそうなるようお互いに努力をした。
一つ。
ダイヤと頻繁にラインのやり取りをするようになった。
スクールアイドル部のグループラインがあったから連絡先を知ってはいたんだけど、個別でやり取りしたことはほとんどなかった。
…そもそも知り合ってから一年が経ち、放課後の時間を一緒に過ごしていながらラインの交換すらできていなかったことは、特筆するほどに恥ずべき点かもしれないけど。
千歌さんや曜さん、ずら丸やルビィなんかとはあんなにもあっさりと交換できたっていうのに。
そうそう、ダイヤはラインだと口調や態度が随分と軽いのよね。
え?これほんとにダイヤ?アカウント乗っ取られてない?ってくらい。
だから、ラインのやり取りから対面に切り替わったり、その逆のときなんかは、結構びっくりする。 ダイヤ『おはヨハネ。起きた?』
善子『まだ起きてない』
ダイヤ『嘘だー!起きてなかったら私は誰とラインしてるの』
善子『どうも、善子の母です。いつも善子がお世話になっています。今日は体調が悪いみたいで学校を休ませようと思います』
ダイヤ『じゃーもーお迎えいかないー』
『ダイヤがスタンプを送信しました(そっぽ)』
ダイヤ『善子さんにお大事になさるようお伝えください』
『ダイヤがスタンプを送信しました(あっかんべー)』
善子『ごめん、うそ』
善子『ちゃんと起きたから迎えにきて』
ダイヤ『嘘をつくコにはおしおきです!』
善子『月に代わって?』
ダイヤ『おしおきよ!』
『ダイヤがスタンプを送信しました(セーラームーン)』
善子「いやセーラームーンのスタンプ持ってるんかいw」
ピンポーン
ダイヤ「おはようございます。きちんと起きられたようで、偉いですわね。あら、後ろの髪がはねているわよ」
善子「やっぱあなたじゃないでしょ今までの!?」
ダイヤ「は、はい…?」
…みたいなね。
*** 今晩はここで。
また明日更新します
帝立要塞都市… メイ*; _ ;リ やっと付き合えたのね‥嬉しいわ‥ ***
とある日の放課後。
ルビィ「遅くなりましたぁ」ガチャ
練習着にも着替えず、みんな部室に集合していた。
果南「お、これで全員揃ったね!」
パーティ帽子に鼻メガネの超ノリノリな果南センパイが嬉しそうに声を上げる。
千歌「はいルビィちゃん!オレンジジュース!」
曜「飲み物も全員に行き渡ったみたいだね!」
みんなで囲うテーブルにはジュースやお菓子が所狭しと並んでいる。 梨子「こ、これ全員分毎回やるの…?」
鞠莉「モッチロン!一方的にやってもらいっ放しなんて、マリーの pride が許しまセーーン!」
そんなハイテンションな空気の中、私はとても居心地が悪かった。
花丸「それじゃ、今日の主役である善子ちゃんから一言頂くずら」
なぜなら、
善子「えー…家族以外に誕生日を祝ってもらえるなんて思ってませんでした、嬉しいです」ペコ…
果南「なんだか暗いぞー!かんぱーーーい!」
「「「かんぱーーーーーーい!!!」」」
ダイヤ「…………かんぱーい」ジトーッ
善子 (――ダイヤが私の誕生日を知ったのが今日この場でのことで他の七人の誰よりも遅かったせいで非常に不機嫌なせいでーーーす…っ!!)
………………
……… 曜「ここで今日お誕生日の善子ちゃんに質問であります!」
千歌「おーっ、出たー!よーちゃんの誕生日恒例質問!」
花丸「待ってました〜」
曜「ズバリ、善子ちゃんは何歳になったのでありますか!?」
善子「え!?…そりゃ、16歳…だけど…」
曜「いぇーー!オットナーーー!」
千歌「ふぅ〜〜〜っ!」
梨子「……え、なにその質問…する必要あった…?」
ルビィ「曜ちゃんはお友達のお誕生日会では必ずこの質問をするんですよ!」
果南「私らの恒例行事だよね〜」
梨子「そ、そうなんだ…」
鞠莉「ねー、曜。マリーには訊かないの?」
曜「鞠莉ちゃんには先月きいたから来年まできかないよ!」
鞠莉「エーーーッ!つまんな〜い!」
梨子「………???」
善子「は、ははは…相変わらず変な人たちね〜…」チラッ
ダイヤ「………」ムッスーー チビ…チビ…
善子 (これまで見たことないくらいの仏頂面でオレンジジュースちびちび飲んでるゥ!!) 善子 ススス…
善子「ぁ、ダイヤ…えへへ。私、こんな風に友達に誕生日のお祝いしてもらうのって初めてなのよ。う、嬉しいものね〜」
ダイヤ「………そうですね。わたくしも友人の一人として貴女の誕生日を祝うことができてとても嬉しいわ」ブスーッ
善子 (うわー!割と本気で拗ねてるーー!) ガーンッ
善子「こ、こんな端っこで一人でいないでさ、あっちでみんなとお話ししましょうよ…」
ダイヤ「………今日は金曜日ですけれど」
善子「う、うん…?そうね」
ダイヤ「………明日は土曜日だから前倒しで今日お祝いしただけであって実は善子さんの誕生日は明日であるなどということは」
善子「な、……ない、かなあ…」
ダイヤ「………そうですか」フイッ
善子 (これ誰よりも最初に祝いたかったって拗ねてるやつだー!ふぅーーかっわうぃーー!!) ヒャッホー! ダイヤ「前回然り」
善子「う、うん…?」
ダイヤ「誕生日を祝うと言えど、プレゼントはなし。部員が多いだけに都度用意することは負担になるため、部費と各員のカンパによってささやかなお祝いの会を催すに留めることに決まったのよね」
善子「そ、そうね。九人もいると毎月かってくらい誰かの誕生日があるし、毎回プレゼント買うってのは、ね…高校生にはちょっと重いもんね…」
ダイヤ「ですが」
ダイヤ「たった一人の大切な相手に贈り物を用意するくらいのことはできます」ギロッ
善子「…………ぅ」
ダイヤ「貴女と過ごす初めての誕生日に贈り物を用意できなかったという事実は、きっと永劫わたくしの心を苛み続けるのでしょうね」
善子「え、永劫って…」
善子「私が言ってなかったのが悪いんだから、別にダイヤのせいじゃないじゃない。その気持ちが嬉しいし、どうしてもって言うんなら月曜にでもくれれば――」
ダイヤ「わたくしの誕生日は一月ですが、貴女はどうするつもりなの?日付を耳に入れないように努め、万が一知ってしまったとしても当日に贈り物は用意せず座していると?」
ダイヤ「絶対に、そんなことはないでしょう…?」
善子「………………………ないです。」 ダイヤ「うわああああああああんっ!やっぱりわたくしだけがヨハネに誠意を見せることができなかったという業を背負ったままこの先ずっと歩んでいくことになるんだーーーっ!」ビエエエッ
善子「えっ!?ちょ、ダイヤ!?ダイヤさん!?」アセ
果南「え?ダイヤ…?」
曜「善子ちゃん、主役がそんな端っこで――って、ダイヤちゃんどうかしたの…?」
ドヨ…
ダイヤ「うえええん…」メソメソ
善子「や!ちが!私がいじめたわけじゃないわよ!ちょっとダイヤ、あなたそんな思い切り泣いたことなかったじゃない!とりあえず泣き止んでよ!」オロオロ
花丸「善子ちゃん…お誕生日に浮かれるのはいいけど、大切な人を泣かせちゃだめずら…」
善子「ちっちちち違うの!勘違いだってば!」 NGワード警告が出て次のレスが書き込めません
どこがまずいのか全く見当がつかないんですけど、どうしたらいいですか… 帰り道
ダイヤ「…先ほどは申し訳ありませんでした」
善子「や、別に、誤解も解けたし気にしてないから」
ダイヤ「そうですか…」
善子「にしても、うん、嬉しかったかも。ダイヤがあんなに感情を露にするくらい私のことを考えてくれてたなんて」
ダイヤ「それは、だって…当然のことではありませんか。ヨハネだって反対の立場だったらショックを受けたでしょう」
善子「…うん」
ダイヤ「本来ならば、日付が変わり誕生日になったと同時に電話あるいはラインでお祝いの言葉をかけるべきだったというのに」
善子「そこまで必死こいて誕生日祝うことなんかないでしょ」
ダイヤ「?」
ダイヤ「鞠莉さんと果南さんとはそうしているのだけれど」
善子「あ、ああ…そうなんだ…」 善子 テクテク… チラッ
ダイヤ ショボン…
善子「あー…そういえばね、今日ママ遅いのよね」
ダイヤ「そうなのですか?」
善子「なんか同僚の人と集まるとかで、うん、遅いの。だから私帰っても一人なのよね」
ダイヤ「はあ…」
善子「だからさ、その…もしよかったら、その……」
善子「ダイヤんとこ、泊まりにいっても…いい、かな?とか…幸い明日は土曜日だし…」
ダイヤ「!」
ダイヤ「え、ええ結構です!お出でなさいますか!?」
善子「迷惑じゃないかしら、こんな当日に突然」
ダイヤ「全然!迷惑だなどと、そんなことは!文句を言うお父様がいたら我が家から追い出しますわ!」
善子「お父さんに優しくしてあげて」
ダイヤ「急ですからたいしたおもてなしはできないけど、ぜひ来てほしいわ」ギュ(手)
善子「ぅぁ……// そ、そう?だったら、えへ…行っちゃおうかな」
ダイヤ「はい!」ニコッ ダイヤ「さっそくお母様に連絡しておかなければ。ああ、携帯電話を手元に置いていないかもしれないからルビィにも連絡しておきましょう。まだお夕飯の用意に取り掛かっていなければいいのだけど」
善子「ダイヤのとこって、普段どんな晩ごはんなの?」
ダイヤ「どうって、特別なことはありませんわよ。和食中心のことが多いくらいね」
善子「それはあなたが洋食を嫌がるからでしょ?」クスッ
ダイヤ「そ!んな、ことは…洋食は全部が全部ニガテというわけではありませんし…」ゴニョゴニョ
ダイヤ「それより、せっかくの誕生日なのだからケーキを買いにいきましょう!松月さんはこの時間もう閉まっているから、そうね…駅の方まで行けば開いているお店があるでしょうか…」
善子「ケーキ屋さんねえ。うちの周りにあるのもだいたい19時に閉まっちゃうからなあ」
ダイヤ「やはり準備が遅かったから…」シュン 善子「………ねえダイヤ。ケーキって、なにも買うばっかりじゃなくてもいいと思わない?」
ダイヤ「へ?」
善子「スポンジとクリーム買って、一緒に作ってみましょうよ」
ダイヤ「つ、作る…!?ケーキを自分で!?」
善子「ルビィがいるからなんとかなると思うし。ね、どう?」
ダイヤ「や…やってみたいですわ!やりましょう!」
善子「そう来なくっちゃね。運転手さん、買い物にも付き合ってくださるかな」
ダイヤ「もちろん、付き合っていただきます。ではルビィを連れて駅の方まで行きましょうか」
善子「うん!」 黒澤家
ダイヤ「ただいま戻りました」
善子「お、お邪魔します」
ルビィ「おかえりなさーい。今日よしこちゃん泊まるんだね!やったー!」
ダイヤ「そうよ。ルビィ、もう出られる?」
ルビィ「でれるよ!お父さんもいつでも行けるって!」
ダイヤ「そう、連絡ありがとう。ヨハネ、鞄はどうする?」
善子「持っていくわ。もしよかったら、家にも寄ってほしいんだけど…着替えとか持ってきたくて…」
ダイヤ「ええ、寄っていただきましょう」
善子「毎日朝も帰りもお願いしちゃって、本当に悪いわ」
ダイヤ「わたくしがお願いしていることなのだから、ヨハネが気にする必要はありませんわ。部屋に鞄を置いてくるから、戻ったらすぐに出ましょうか」
ルビィ「はーい」
善子「おっけー」 善子「ね、ルビィ。あなたケーキって作ったことある?」
ルビィ「あるよ。簡単なやつだけど」
善子「そう。ケーキ作りたいんだけど、手伝ってくれない?」
ルビィ「ケーキ作るの!?あ、よしこちゃんのお誕生日ケーキでしょ!一緒にやるー!」
善子「ダイヤってお菓子作りとかできるの?」
ルビィ「んー…ごはんは作ってくれるけど、お菓子作ってるのは見たことないかも」
善子「どヘタだったりして」
ルビィ「ぷっ。おこられるよー、よしこちゃんw」
善子「あんたも笑ってるじゃないw」
ダイヤ「オホン…」
よしルビ ビクゥッ!
それから、ルビィに手を引かれ、ダイヤに背を押され、すっかり乗り慣れてしまった黒い車内へ。
すでに運転席にスタンバイしてくださっている、これもどこか慣れ親しんだ気になってしまった運転手さん。
女三人寄れば姦しい…私は特に喋っていないけれど、運転手さんにあれやこれやとルートの注文をつける姉妹の声を聞きながら、私は少しだけ物思いに耽っていた。
思い出すのは、今日の、無事に誤解が解けて騒動も収まった最後の片付けタイムのこと――… ――千歌『さー、片付け片付け!はいよーちゃん、こっちは燃えるゴミ!梨子ちゃんは燃えないゴミ!集めて集めて!』
――梨子『こういうのは意外とテキパキしてるのね…』
――曜『普段からお家のお手伝いで美渡ちゃんに厳しくやられてるからねー』
――花丸『次は来月の千歌ちゃんずらね〜』
――鞠莉『毎月 party で楽しいね!』
――果南『善子。ちょっといいかな』
――善子『ん?』
――果南『私と善子でゴミ捨ててくるよ。貸して』
――千歌『おっ、果南ちゃん気が利くぅ!』 ――善子『…それで、なに?誤解は解けたと思ってたけど、まだ私がむちゃくちゃ言ってダイヤのこと泣かしたと思われてるの?』
――果南『ううん、それは疑ってないよ』
――果南『…いや、疑ってることになるのかな』
――善子『この際だし、思ってることがあるならはっきり言ってよ』
――果南『善子がダイヤと知り合ったのって、去年の夏休みだったよね?』
――善子『は?なによ、急に。…そうよ、千歌さん達に連れられてルビィの家に行ったとき、初めて挨拶して知り合ったの。話したことあるでしょ』
――果南『ほんとにそれが最初?』
――善子『…なにが言いたいの?』
――果南『…………ダイヤがあんなに感情を剥き出しにしたことって、ないからさ』
――善子『ああ…』 ――果南『前に言ったようにダイヤにとっては初めての恋で、ダイヤが好きな人とどんな風に接するのかなんて知らないし、どんな恋愛観を持ってるかだってよく知らないから。そういうこともあるのかもしれないけど』
――善子『私もびっくりしたけど、まあ…それだけショックに思ったってことだった、んじゃ…ないかしら』
――果南『私は、たぶん鞠莉も、てっきり善子が先にダイヤのこと好きになって、アタックしてるうちにダイヤもその気になったんだってばっかり思ってたんだけど…』
――善子『…私もそう思ってるけど』
――果南『それにしてはさ、それにしては……』
――善子『……それにしては?』
――果南『…………善子との関係に対するダイヤの態度ってさ、最初からあんまりにも積極的だった…って、……思わない…?』
――善子『……………!』
――果南『…ごめん』
――果南『ダイヤのあんな様子見て、ちょっと戸惑ってたのかも。早く戻ろっか』
――善子『…うん…』 果南さんが言ったことに、私は「そんなばかな」とは、返せなかった。
誰にも言ってないことで、ダイヤと初めて会ったのはあの日ではなくて、その二日前――内浦こども祭りの日だったけど。
あのとき、ダイヤは私を認識していないはず。
私が勝手に憧れただけなのだから。
だから、ダイヤと「知り合った」のは、あの日だと言ってしまっていいはずで――
――果南『…………善子との関係に対するダイヤの態度ってさ、最初からあんまりにも積極的だった…って、……思わない…?』
それは、私だって何度も感じたことだから。
どうしてダイヤは。
私に想いを向けてくれるようになってからのことならば疑問はないけど、思えば、そう、ダイヤはずっと前から――それこそ、入学した最初の最初から――
ダイヤ「ではまずはヨハネの家に行きましょう。その間に買い物のお店を調べておきますわ」
そんな声にはっとする。
気が付けば、車は発進していた。
慌てて運転手さんに声をかける。 善子「ぁ、きょ…今日もよろしくお願いいたします」
ルビィ「じゃーお父さん、出してー!」
ダイヤ「ぁ」
善子「………………ぇ、お…とう……?」
ルビィ「ゅ?」
善子「ダイヤ…?」
ダイヤ ←向こう向いてる
――善子『なんか、毎日悪いわよね。黒澤家に仕えてるのに、私のために毎朝二時間くらい割いてもらっちゃってさ』
――ダイヤ『………まあ。でもね。運転手への配慮はともかく――』
――善子『運転手さん、買い物にも付き合ってくださるかな』
善子「だ、ダイヤ…私…あなた、わかってたのになにも…」
ダイヤ「なんのことでしょう。嘘を言ったことはないと思いますが」
善子「だ…っ、ダイヤーーーー!」
ルビィ「しゅっぱーつ!」
ふと私の心に拡がったもやもやした思いは、それから続く姉妹の騒がしく甘えた言葉の数々に掻き消されて、すうっと姿を消していって。
ダイヤとご家族に囲まれて、引き続き楽しい誕生日会になったのだった。
*** もう少し投下したかったけど無理そうです
続きは今晩になるかと。 ***
善子「――へ?生放送に?」
ダイヤ コクコク
ふとした会話。
ギラリと堕天した私の挙動に訝られたことはこれまで一度もなかったけど、まさか。
善子「え?ダイヤ、そういうの、興味あるの?」
共に過ごすうちに、とうとうダイヤにも前世の――天界で共有していた時間の記憶が甦ったとでも――
ダイヤ「そのようなユニークな記憶はないけれど」
善子「あ、はい」 ダイヤ「これまで、ヨハネの傍にいながら、あまり貴女自身の趣味に触れてこなかったじゃない」
善子「そうね」
ダイヤ「わたくしにはヨハネの趣味に関する知識があまりないけれど、だからこそ知ってみたいと思うの」
善子「な、生放送とはどんなものなのかを?」
ダイヤ クスッ
善子「なんで笑うのよ!」
ダイヤ「わたくしが知りたいのは、貴女のことよ」
ダイヤ「堕天使ヨハネの姿を、もっともっと見てみたいのですわ」
………………
……… in 善子の部屋
善子「…で、それを今日決行しちゃうあたりがあなたの強いところよね…」
ダイヤ「善は急げ、でしょう。夏季休暇などあっという間に過ぎ去ってしまうのですから」
善子「善かしらねえ」
ダイヤ「善よ」
ダイヤ「恋人のことをより知りたいと思う気持ちが、悪であるはずがないじゃないの」
善子「――…っ、じゅ…準備するから待ってて!」//
ダイヤ「なにか手伝えることは?」
善子「へーき!」
どうしてこの人、恥ずかしげもなくこういうこと言えるのかしら。 『ヨハちゃんねる』
『ヨハちゃんねる の放送が開始しました』
ユラ… ボウッ
善子「――さて、我がリトルデーモン達。急な召集にも関わらずよく集まってくれたわね。呼びつけたのは他でもないわ」
善子「来なさい、デビアス」
ダイヤ「皆さん、ごきげんよう。ヨハネ様の最上級リトルデーモン、デビアスと申します。以後、お見知りおきを」ペコ
善子 (おお…思ったより雰囲気合ってるわね…)
【コメント】デビアスちゃんキタ!
【コメント】やっぱりこの人かw
ダイヤ「…なぜこのような反応なの?まるでわたくしの存在をすでに知っていたかのような…」
善子「ふっ、愚問ねデビアス。最上級リトルデーモンたるあなたの存在を、私がリトルデーモン達に知らせていないと思ったの?」
ダイヤ「この場でわたくしのことを語っていたわけね」
善子「端的に言うとね」 【コメント】デビアスちゃん学校は?
ダイヤ「太陽と生命の躍動を前に、学校になど通っていられませんわ」
(訳:夏休みですわ)
【コメント】デビアスの衣装も凝ってるなー
ダイヤ「ふふふ…よいでしょう。ヨハネ様より賜ったのよ」
【コメント】おねいちゃん今日帰ってくるの?
ダイヤ「夕飯までには帰るわ」
【コメント】――――――
ダイヤ「――――――」
善子 (よ、よし…ところどころ変ではあるけど、意外と噛み合ってる感じがするわね。さすがダイヤ、)
――ダイヤ『ルビィにいくつか見せてもらって、きちんと予習をしてきたわ!』ドヤッ
善子 (意味わかんないとこに熱心で助かったわね) 善子 (余裕ありそうだし、定期放送でやろうと思ってた儀式でもやっちゃおうかしら――) ゴソゴソ…
ダイヤ「――なろうと思い成ったのではなく、ヨハネ様とわたくしの想いが通じ合った結果としての必然よ」
善子「…………ん!?」バッ
【コメント】ヨハネ様から告白したってこと?
【コメント】どこまで進んだー?
【コメント】出会いはどんな感じだったの?
【コメント】デビアスちゃんはいつからヨハネ様のこと好きだったの?
善子「ーーーーーっ!!?」ギョッ
ダイヤ「禁断の呪文はヨハネ様が唱えてくださったわ。最近は共に歩むとき手を繋ぐようになってきたわね。出会いは秘密です。わたくしがヨハネ様を慕うようになったのは、厳密には… 善子「ストップストップストーーーップ!!」ガバッ ダイヤ「もが…っ、なにをするのですか」プハ
善子「なにを誘導に乗せられて色々なこと話しちゃってるのよ!」
ダイヤ「いえ、ご安心なさい。雰囲気を壊さぬよう、きちんとデビアスとして対応していたから」
善子「そーゆーこと気にしてるんじゃないから!」
【コメント】ヨハネ様ヘタレそう
ダイヤ ムッ…
ダイヤ「そういう言い方は頂けないわね、ヨハネは関係に丁寧なだけです」
善子「だから答えなくていいから!素がァ!素が出てますよデビアスさァん!」
ダイヤ「だって今この方ヨハネのことをからかうみたいに…」
善子「いいのいいの!こういうキャラで売ってるだけだから大丈夫だから!だからとりあえずコメントに反応するのはやめなさい!」
ダイヤ「ヨハネがそう言うのなら…」
【コメント】ヨハネ様から滲み出る童貞感
ダイヤ「いい加減になさい!戯れにしても度が過ぎていますわよ!ヨハネが優しいからと甘えるのも大概に――ッ」
善子「はい終了終了ォーー!デビアスちゃんでしたありがとうございましたァーー!」カチー 善子「まったくもう…」
ダイヤ「…なにかまずかったかしら」
善子「や、うーん…悪いことしたわけじゃないんだけど、うーん…」
善子 (ダイヤが私との関係を恥ずかしがって隠したがるよりは全然マシ…か)
善子「インターネットでは些細な情報から身元が特定されたりするから、気を付けなきゃいけないってことよ」
ダイヤ「ああ、なるほど。その点はうっかりしていたわね…」
善子 (スクールアイドルやってる以上、身元の特定もなにもないけどね…)
善子「でもま、初めてにしてはなかなかだったわね。デビアスもそれなりに様になってたし」
ダイヤ「ふふん、そうでしょう。この黒澤ダイヤにかかれば、やってできないことなどないのだから」
善子「はいはい、さすがさすが…」ハタ… 善子「そういえば」
ダイヤ「はい?」
善子「ダイヤって私の堕天使をからかったことないわよね」
ダイヤ「はぃい?なんですか、今さら」
善子「や、ほら、初対面の人ってまず戸惑ったりするんだけど、ずら丸なんか未だにからかうし…でもダイヤはさ、最初からなんかすんなり受け入れてくれたな、って…」
ダイヤ「そうね。わたくしにとってはそう不思議なものではないというか、むしろ得心したというか――」
善子「??」
ダイヤ「…いえ。つまり、それも立派なヨハネの個性なのだから、『受け入れる』というほどたいしたことではないと、ただそれだけですわ」
善子「ぅ、えへへ…そっか」
ダイヤ「貴女が自分の振る舞いたいように振る舞えて、その上でわたくしと共に過ごす時間を心地よく感じてくれたら、それ以上は望むべくもないわね」ニコッ 善子「……」モジモジ
ダイヤ「来ますか?」スッ
善子「うんっ!」ギューッ
ダイヤ「よしよし、善子さんは甘えん坊さんなのですから」ナデナデ
善子「ダイヤが優しいのが悪いのーっ」ギュウ
ダイヤ「ふふふ…よいのですか?堕天使ヨハネ様がリトルデーモンに甘える姿など、皆さんにお見せして」ナデナデ
善子「誰も見てないもん」スリスリ
ダイヤ「リトルデーモンの方々は人にあらず、ということね。難しい線引きですが」ナデナデ
善子「………………ん?」
ダイヤ「どうかしましたか?」
善子「え?」バッ 『ミュートモード』
【コメント】ヨハネ様デレデレじゃん
【コメント】どう見てもデビアスちゃんの方が主だろ
【コメント】おれも最上級リトルデーモンになりたいお
【コメント】もしかしなくても切り忘れっぽいな
【コメント】よしこちゃんかわいい
善子「な、な、な…………っ!?」ワナワナ…
ダイヤ「あらあら。ほら、主従が反転して見えているようですわよ。声は聞こえていないようだけどね」手フリフリ
善子「んにゃーーーーーーっ!!!」///
*** ***
部活動に追われ、宿題に追われ、友達と遊び、家族と出かけ、沼津より内浦で過ごす日の方が圧倒的に多かった、今年の夏休み。
その終わりも近づいてきた日曜日のこと。
すっかり日常となってしまったバスの揺れに身体を預けて、流れる景色をぼーっと眺める。
そわそわ、どこか落ち着かなくて、寝付きがよくなかった昨夜をやり過ごし。
重い瞼をこすりながらリビングに出て、出勤直前のママとの会話。 ――善子『おはよう』
――津島母『おはよう、善子。今日行くの?』
――善子『うん、行く』
――津島母『そう、ありがとう。花丸ちゃんたちもいるんでしょ?』
――善子『まあね。…夏休みも日曜日もお仕事なのね』
――津島母『ねー、本当に。こんなに大会が多いって知ってたら顧問なんかやらなかったのに』
――津島母『そうそう、善子。出るのお昼前よね?』
――善子『そのつもり』
――津島母『だったら、あれ、目を通しといて。来週の金曜だって』
――善子『…わかった』
――津島母『よし、それじゃ行ってくるわね』
――善子『暑いみたいだから、気を付けて』
――津島母『善子もね』
――善子『…………』
『×××××× ××に関する説明会 詳細案内』 こぼれそうになる溜め息を、ぐっと噛み殺す。
わかってたこと、なんだから。
それよりも、今は目の前の楽しいことを考えよう。
『オキシーテック前、オキシーテック前です…』
もう何百回と聞いたのに、降りるのはこれで二回目だ。
今年もやってきた。
『内浦こども祭り』
さて、今日も暑くなりそうね。
………………
……… 「おねーちゃんこっちこっちー!」
善子「待てえーーーい!」
ピューッ パシャッ
善子「冷たあっ!?」
「へへー、めいちゅう!」
善子「やったわね、こんのぉ…逃がすかぁーーー!」
「うわーっ、逃げろー!」
善子「ふふっ、甘い…ガーナチョコより甘いわよ」ギラン
「ここまでおいでーっ…」
曜「捕まえたでありますっ!」ガバッ
「うわー!よーねーちゃんだー!」ジタバタ
善子「ナイス曜さん!」
ピューッ パシャッ
曜「んぎゃあ冷たーっ!!」
千歌「今だ逃げろー!」
善子「あっ…こら待てーーー…って千歌さんかい!!逃がすな曜さん、追え追えーーー!」
………………
……… 曜「おっと、もうこんな時間だね」
千歌「体育館に行かなきゃだね!みんなー、体育館行くよー!」
「「「はーーーい」」」
曜「ほら善子ちゃん、一番前に行かなきゃ!」
善子「あ、私…先に行っててもらってもいい?」
曜「へ?いいけど…」
善子「ありがとう、すぐ追いかけるから!」タタタ…
千歌「よーちゃん、善子ちゃんの分までスペース確保しないと」
曜「う、うん…」 善子「子どもってどこからあんなにスタミナ湧いてくるのかしらねー…」
私だって、毎日それなりに筋トレや体力作りをしているのに、なんて。
喧騒が遠い廊下を一人、ぶつくさと呟きながら早歩きで進む。
今年のこども祭りも、後はダイヤの挨拶から始まる閉会式をもって終了となる。
小学生が、お金をかけずに用意できるものなんて、そうたくさんあるわけじゃないから。
出し物の並びは去年とほとんど変わらなかったように思うけれど、今年は去年よりも楽しかった気がする。
勝手に慣れたから?自分から参加したから?友達と一緒だったから?
どれもそうと言えばそうなんだろうけど、きっと、それだけじゃなくて。
午前のうちに確認しておいた、特別教室を覗く。
「あら、もうダイヤちゃんの挨拶が始まる時間じゃない?」
善子「はい。これだけ、終わる前に買っておきたくて――」
………………
……… in 体育館
曜「善子ちゃーん、こっちこっちー!」ノシシシ
善子「あ、の、人は…私の名前を大声でっ…」// ソソクサ
善子「――ちょっと!こんな人混みの中で恥ずかしいことしないでよ!」
曜「え?私なんか変なことした!?」
善子「んもー…っ」
曜「あれ?善子ちゃん、それ…」
千歌「二人とも。挨拶始まるよ!」
ようよし「「やばっ」」
ダイヤが出てくる、そのことが反射的に私と曜さんの背筋をぴんと伸ばす。
だけど、それはほんの一瞬のことで。
ダイヤ「皆さん、ごきげんよう。浦の星女学院生徒会長を務めます、黒澤ダイヤでございます」
その姿が私の心にもたらすのは、冷や汗をかくような緊張感でも、息を呑むような高揚感でもなくて。
ただひたすらに、胸が温かく、誇らしくなるような、安心感だけだった――
………………
……… 『――以上で、内浦こども祭りを終わります。内浦小の生徒は自分たちの持ち場に戻って、片付けを始めてください…』
曜「いやー、今年もたくさん遊んだねー!」ンーッ
千歌「そうだねー。今年も晴れてよかった〜」
曜「こども祭りの日って雨だったことないよね」
千歌「ね!内浦の子ども達がみんな良い子だからだね!」
曜「どーする?辻宗さんでアイスでも食べる?」
善子「あ、私は…」
千歌「善子ちゃんは行くとこがあるんだよね」
善子「!」
曜「ありゃ、そうなの?」
千歌「だからよーちゃん、チカと二人で行こ!」
曜「うん。じゃーまたね、善子ちゃん…って、あれ?結局それ…」
曜さんが指差すのは、私がぶら下げたモノ。
閉会式の前から携えているそのモノこそ、今年のこども祭りが楽しかった一番の理由。
善子「またね、千歌さん。曜さん。よい休日をね」
そう、私は、行くところがあるから。
………………
……… ダイヤ トコ…
善子「ダイヤ!」
ダイヤ「あら、ヨハネ。てっきり千歌ちゃん達と帰ったのだと思っていたわ」
善子「あの人達は辻宗商店にアイス食べにいったわ」
ダイヤ「行かなくてよかったの?」
善子「うん。私はまだやることが残ってるから」
ダイヤ「やること?」
こくりと首を傾げるダイヤに、ラムネを突き出す。
善子「一日お疲れ様。私と一緒に、お祭りを楽しんでくれる余裕はある?」
ダイヤ「………!」
ダイヤ「ええ、もちろんですわ」ニコッ
夕焼けの中、校庭の隅。
すっかりぬるくなったラムネを二人で飲みながら、私は今日の武勇伝をたくさん語って聞かせたのだった。
*** あと二回…の更新で、たぶん完結するのではないかと思います。
プレゼントってなにがだめなの… ***
<イチ ニッ サン シー ゴー ロク ナナ ハチッ パンパン
<まる少し遅れてるよー、ルビィ今のステップ忘れないで!
<よーしお疲れー。15分きゅーけー。
<つかれたぁぁあ…
『練習予定表』
『22日(金) 善子…お休み』
<この後どうしよっかー
<ユニット練習でいいんじゃない?
<ギルキスがよければそうしよ
<はーーーい
………………
……… 『間もなく、小田原。小田原です。小田原の次は、鴨宮に停まります…』
制服に身を包んで、一人、東海道線に揺られる。
ここから先は滅多に行くことがない。
今頃みんなは部活動の真っ最中で、基礎ステップ練が終わったくらいかな。
お休みの人がいたらユニット練がしづらくなっちゃうのよね、今日はなにしてるのかな。
時間帯のせいなのか、エリアのせいなのか、車内にはお世辞にも多いと言えない人数の乗客しかいない。
ふと、自分だけが世界から切り離されるような疎外感に襲われる。
私が寄り道をしている間にもルビィやずら丸は新しいステップを覚えて、千歌さんや曜さんや梨子さんは苦手な音域を克服して、果南センパイやマリは難しい動きとシビアな歌声をみんなに浸透させて。
そして、ダイヤはもっともっと先へ―― 善子「ッ!」ガタッ
こみ上げる感情が口から出そうになるのをなんとか抑える。
大丈夫、大丈夫…
――善子『私、たくさん頑張るから。だから、ちゃんと見ててね』
――ダイヤ『ええ、もちろんよ』
置いていかれたりなんかしない。
ダイヤが私を置いていったりするはずなんか、ないんだから。
どれだけダイヤの歩みが速くて、私の歩みが遅くて、二人の速度に差が生まれたって、きっと待っていてくれる。
だからこそ私は頑張ろうと思えるのよ。
少しでも追い付きたいと思うから。
だから、心配することなんかなにもない。
そうよね、ダイヤ。
善子「………たとえば私達の進む道が分かれたって、大丈夫…よね……」
………………
……… 「遠いところ、よくお越しくださいました」
善子「こちらこそ、お時間を取っていただいてありがとうございます」ペコッ
「ほお…随分と礼儀正しいですね。うちの子達にも見習ってほしいものですよ」
善子「母がしっかりと育ててくれたので」
「お母様には何度かお会いしたことがありますよ。熱心でよい先生です」
善子「そう、なんですね。あんまりお仕事の話は聞かないので、新鮮です」
「そうですか。まあ、自分の娘に仕事の話はしたくないかもしれませんね。でも機会があればぜひそんな話をしてみてください、きっと今以上にお母様のことが好きになりますよ」
善子 …コクン
「年頃の子には恥ずかしい話でしたかね。それでは、本題に入りましょうか」
善子「はい。よろしくお願いします――」
………………
……… ダイヤ『もしもし、ダイヤです』
善子「あ、ダイヤ…今へーき?」
ダイヤ『ええ、先ほど練習が終わったところよ。見計らってかけてきたのでしょう?』
善子「うん」
ダイヤ『今はまだ東京ですか?』
善子「うん。さっき用事が終わってね、電車待ってるとこ」
ダイヤ『それで後ろが騒がしいのね。やっぱり東京は人が多い?』
善子「そうね、この数時間だけで内浦で一年間に会う以上の人数とすれ違ったんじゃないかしら」
ダイヤ『東京と比べられてしまっては、内浦が叶うはずはありませんわね。けれど、内浦の人達はみんな良い人よ。それは東京どころか日本のどこにも負けませんわ』
善子「………そうね」
ダイヤ『? ヨハネ…?』
善子「なんでもないわ。人が多過ぎて疲れちゃった。帰りの電車では爆睡しちゃいそう」
ダイヤ『貴女、もしかしてなにか悩み事でも――』
善子「あっそろそろ電車来るから、一旦切るわね。起きたらラインするから!」
ダイヤ『ヨハ プッ
善子「……………っ」
………………
……… 『10番線、沼津行電車、ドアが閉まります…』
ゆっくりと電車が走り出す。
窓の外には、溢れんばかりの人、人、人。
それぞれ背も服装も性別も、向いてる方も歩く速さも視線の先も全然違う。
その奥には、色とりどりの電車が交差する。
各駅停車、快速、特急。
当駅停まり、当駅始発、北行き、南行き、東行き、西行き。
始めは目で追える速度だったのに、気付けば視点を定めるのも難しいほどにびゅんびゅんと景色が流れていく。
今から私は沼津に帰る。
ほんの数時間いたばかりの東京から離れられるそんな事実が、ほっと胸を撫で下ろしたくなるほどで。
帰った先、沼津に、私の居場所はまだあるよね…?
また拡がりかけるイヤな感情を圧し殺すように、私はぎゅっと目を瞑った。
………………
……… ダイヤ「お帰りなさい」
場所は沼津駅南口、時刻は18時半。
夕陽というには明る過ぎる陽射しが残る中、事もなげに微笑んで手を振るダイヤの姿。
善子「え、なん…」
ダイヤ「なんですか、幽霊でも見たような表情で。一万人の人とすれ違って、わたくしの顔を忘れてしまいましたか?」
善子「や、そんなことないけど…なんでここにいるの…?」
ダイヤ「そうねえ。『起きたらラインする』とおっしゃったのに、今の今まで放っておいたわたくしがお出迎えしたら、さぞ驚くわよねえ」
善子「うっ…」
じとりと責めるような目付きで、スマホを振って見せるダイヤ。 そう、いや、確かに、熱海くらいから目は覚めていたけど、なんとなく画面を眺めているばっかりで。
結局ダイヤに連絡することもなく沼津に着いちゃった、って、いうのに…
善子「まさか、ずっと待ってたの?」
ダイヤ「いいえ。善子さんが到着する時刻を推定して、それに合わせて来たのよ」
善子「推定って、どうやって…」
ふ、とキザったらしく口角を上げて。
ダイヤ「お電話を下さったとき、後ろからは喧騒と併せて駅のアナウンスが聞こえていたのよ。その内容から察するに、あのとき善子さんがいたのはJR東京駅のホーム。それだけ分かれば、そこから沼津へ行く電車を調べることなどルビィにだってできるわ」
善子「で、でも東京から沼津の電車なんか何本も走ってるし…それに私、あの後すぐ乗ったってわけでもないのに…」
ダイヤ「そうね。善子さんが乗ったのは東京駅を16時27分に出発する電車でしょう?」
善子「!?」
ダイヤ「簡単なことですわ。一人で遠出することなど滅多にない善子さんは、電車の乗換えを極力減らしたいと思うはず。貴女が電話を下さった16時以降の便の中で、最も乗換えが少なく最も出発が早いものこそが――16時27分東京駅発、18時39分沼津駅着の便、ということよ」ドヤッ
善子「……………か、」
推理が完璧過ぎて、もはや少し気持ち悪い…!
ダイヤ「さて。ここからはお説教の時間よ」
………………
……… 産まれてから最も身近にあった景色。
ママと、パパと、多くはないながらもその時々の友達と、いつだって私の日常だった風景。
その中を、ダイヤと並んで歩く。
去年の私には想像もできなかったことね。
夢に見て、憧れて、それで終わりだったはずの、未来。
たとえどれほどの時間だったとしても、この未来を歩めていることが、言葉にならないくらい――嬉しくて。
それと同時に――切なくて。
ダイヤ「今日はなにをしていたのですか」
善子「…東京に行ってたわ」
ダイヤ「それは知っています。東京で、なにをしていたのですか」
善子「…ぁ ダイヤ「遊びにいっただけ、などとすぐにばれるような嘘はおやめなさいね。部活動まで休んで」
善子「べ、別に部活動だって毎日毎日休みなく参加しなきゃいけないってわけじゃないでしょ。そもそもからして、入りたくて入ったってものでもないんだから――」
ダイヤ「夏休みに、制服を着て、一人で」
ダイヤ「東京へ遊びにいったとでも?」ジッ
善子「…っ」ビク… ダイヤ「勘違いをしないでちょうだいな。わたくしは部活動に来なかったことを責めているのでもないし、言いたくないことを聞き出そうとしているわけでもないの」
ダイヤ「ただ、貴女が迷い、悩んでいるのならば、話を聞かせてほしいし力になりたい。それだけなのですわ」
善子「……………」
その言葉に嘘がないことくらい、私にもわかる。
私がここで黙り続ければ、ダイヤはきっと追及してこないのだろう。
今日の練習がどんなだったか、千歌さんや曜さんがどんな風にふざけていたか、話してくれるのだろう。
言いたくないことならば、聞かないでいてくれる。
だったら――
ガサ…
善子「…これ」つ紙
ダイヤ「読んでも?」
善子 コクン…
ダイヤ「…………――――!」
『××高等学校 編入に関する説明会 詳細案内』
『日時:8月22日(金) 13時より』
ダイヤ「三月、ですか?」
善子「…うん。今年度いっぱい」
ダイヤ「そう」
まるで感情を匂わせない声音で、ダイヤは短く呟いた。
ダイヤ「決まっていたことなのね」
善子「――ぅ……っ」ジワ…
善子「うわぁぁぁああん………っ」ポロポロ……
善子「私っ、わた… 内浦を出たくない…!ダイヤっ、ダイヤぁ……離れたくないよぉ…っ」ボロボロ…
優しい抱擁に包まれて、鼻に馴染んだシャンプーの香りとわずかな汗のにおいに、私は涙を流し続けた――
………………
……… 善子「元々ね、浦女には一年生の間だけ通うって約束だったの。浦女にっていうか、こっちの高校に…ね。
善子「パパの会社が東京に本社を移転することになって、その引き抜きで東京に行くことに決まったの。ママも一旦教師を辞めて、パパの生活のサポートに専念するってことで。もちろん私もついていく。
善子「こっちの高校には進学しないで、中学卒業した時点で先にママと東京に移るっていう選択肢もあったわ。でも私は高校なんてどこでもよかったし、三年間同じ高校に通いたいとも思ってなかったから、パパと同じタイミングでいい、ってママに任せたの。
善子「そうする方が、ママも一年長くこっちで教師を続けられるし、パパとも離れずにいられるから。…まあ、立ち上げ準備?とかでパパは頻繁に東京に行っちゃうから、そんなにいつも家にいられるわけじゃないんだけど。
善子「その話が決まった頃は、周りに合わせて適当に沼高か沼商にでも行くんだろうなーって考えてたわ。特別に仲良しな友達もいなかったし、適当に一年過ごしたら東京の高校に編入して、そしたらまた違う人間関係も作れるかな、とか。
善子「でも、ね。
善子「私は、沼高にも沼商にも行かなかった。今そうしてるように、浦女を選んだの。浦女に行きたいって、パパとママにお願いして。片道一時間のバス通学なんて大変だって何度も言われたけど、どうしてもって。
善子「そしたら、一年間なんだからできるだけ私のしたいにようにさせたいってママが。来年からは自分のわがままに付き合ってもらうんだから私の希望はできるだけ聞こうってパパが。
善子「『善子がこんなに強く希望してきたことなんて、これが初めてだから』って、喜んで背中を押してくれたわ。
善子「だから、頑張ったわ。別に浦女はレベルが高い高校じゃないけど、万が一にだって落ちたくなかったからね。あなたも知ってる通り、毎週ってくらい内浦まで来て、ルビィやずら丸と一緒に勉強した。そして、ちゃんと合格できた……」 ダイヤ「………」
善子「…ふふ、なによそのカオは」
ダイヤ「…いえ。善子さんがどれだけ本気で努力していたかは、それなりに近くで見ていたから知っているつもりだけれど。どうして、
善子「どうしてそんなにも浦女に固執したか、でしょ?」
善子「――あなたがいたからに、決まってるじゃない」
ダイヤ「! わたくしがいたから…?」
善子「私はね、ダイヤ――あなたと同じ、あなたが通う浦の星女学院に通いたかったのよ。少しでもあなたと同じ景色を見て、あなたの傍にいたいと思ったの。たとえ一年間だけだとしても、ね」
善子「実際、あなたとは二つ離れてるわけだから、一年間しか通えないってことはなんの不都合もないと思ったのよ。私が沼津を離れなきゃいけないとき、それはあなたが卒業するときなんだもん」
ダイヤ「…それは思考が錯綜しているのではありませんか?」
善子「どういうこと?」 ダイヤ「貴女がわたくしと出逢ったのは、浦の星の受験対策を行うために我が家を訪れたときのことでしょう。つまり、浦の星への進学を志すに至る原因がわたくしにあるというのは時間的に矛盾が 善子「ないわよ、矛盾なんか」
ダイヤ「…っ、ですが…」
善子「だって、私があなたに初めて出逢ったのはそのときじゃないんだもの」
ダイヤ「え…!?」ドキッ
善子「その二日前。なにがあったか、覚えてる?」
ダイヤ「………二日前…?」
善子「…わけ、ないわよね」クス
善子「実はね、黒澤邸であなたと会った日の二日前って、 ダイヤ「内浦こども祭り…」 ……えっ」
善子「な、なんでそんなのパッと出てくるの…!?」ヒキ…
ダイヤ「貴女から言い出しておいてなにを引いているのですか!」
善子「や、だってえ…」 善子「でも、うん、そうなの。去年のこども祭りの日、なの。私がダイヤに初めて出逢ったのは」
ダイヤ「………」
善子「記憶になくて当然よ。閉会の挨拶をするあなたを、私が一方的に認識しただけなんだもの」
ダイヤ「…!」
善子「千歌さんと曜さんに連れられてね、あなたが挨拶する様子を眺めたの。…息を呑んだわ。カッコいいとか、美しいとか、そういう余計なことを考えるよりも前に、ただね」
善子「憧れたの」
善子「それでね、千歌さん達からあれは浦女のヒトだって聞いて、…私は進路を決めたのよ」
ダイヤ「そういうこと、だったの……」
善子「それからは驚きの連続よ。
浦女に入学して遠くから眺めていられればそれでいいって思ってたヒトと、二日後には再会しちゃって、勉強を教えてもらったりたまに遊んだりできるようになっちゃって、そうかと思えば入学してからも面倒を見てもらえて、同じ部活に入って、そんで――」
善子「こんな関係に、なれたんだもの」
善子「夢よ、夢。こんなの夢みたい。私はこの一年間、とてつもないほど幸せな夢の中にいるような気分でいっぱいなの。だからね、
ダイヤ「…わたくしの話も、させてください」
善子「え?」 胸の内にあった色々なものを吐き出してしまって、どこか一人ですっきりして。
自分に言い聞かせようとした言葉は、ダイヤの神妙な声によって遮られた。
善子「ダイヤ…?」
こちらをまっすぐ見つめる翠緑の瞳は、なぜか――ふるふると潤いを纏っていて。
ダイヤ「打ち明けたいことがあるのは、貴女だけではないわ」
ダイヤ「言わずにおこうと思っていたことを、こうなっては、わたくしだって話したい」
ダイヤ「貴女に知ってほしいことが、わたくしにだってあるのです――」
………………
…………
…… ダイヤ「はー…もうイヤ…」
一歩一歩、ぼふりぼふりと聞こえそうなほどに重い足取り。
とうとう歩くのをやめて、私はその場にうずくまった。
しかしそれも、下手に腰を下げすぎるとお尻が濡れてしまうため、ぎりぎりの中腰を保たざるを得なくて。
ダイヤ「……もうっ!」
やり場のない気持ちを口から漏れるに任せて、すぐに再び立ち上がる。
ダイヤ「こんなことなら、出かけなければよかった」
大きな溜め息。
ここ数十分のうちに何度も頭を駆け巡った思いが、ついに言葉となってしまう。 つい今朝方のこと。
――ダイヤ『お、お母様…本気ですか!?』
――黒澤母『仕方がないでしょう。車も出せないし、バスも通らないのですから』
――ダイヤ『いえ、だったら無茶をせずに今日は行かないという決断が賢明なのでは…』
――黒澤母『平気です。これくらいのことで欠席するなど、黒澤の名折れですからね。大丈夫、道はわかりますから』
――ダイヤ『頑固な………わかりました、わかりました。ではわたくしも一緒に行きますわ』
――黒澤母『まあ。母一人では不安だとでも、』
――ダイヤ『いえいえ。わたくしも書店に行きたい用事があるのです。せっかくこうなったのですから、久し振りに一緒に歩きませんか』
――黒澤母『そうですか、そういうことなら…』
――ダイヤ『コートを取ってきますので、待っていてくださいな』
――ルビィ『おねいちゃん、出かけるなら気を付けてね』
――ダイヤ『ええ、ありがとう。…もし出せそうだったら、帰りは車を寄越してほしいとお父様に伝えておいてくれる?』ヒソ
――ルビィ『わかった』ヒソ
――黒澤母『ダイヤさん、出ますよ。早くなさい』
――ダイヤ『はいはい、すぐに参りますわ!』 やはりあのとき、無理にでもお母様を引き留めておくべきだった。
ただでさえ長い道のりを、しかもこんな状態の道をお一人で行かせるわけにはいかなかったとは言え…
――ダイヤ『なんとかお父様が来てくださることを祈りたいものね…』
旧知の方々との集まりに行くと言って聞かないお母様と連れ歩くこと二時間余り、どうにか目的地まで送り届け、ついでと書店に寄ったり様変わりした町の中を散策したりしていたのがよくなかった。
物珍しさに高揚していた気分も落ち着いた辺りで、脚から腰から慣れない長距離移動の疲労がどっと押し寄せた。
残った体力と気力を振り絞って帰路に着こうとしたところで、はたと気付く――
――ダイヤ『あれ…?』
大切に身に着けていたペンダントがなくなっていることに。 昨年、テレビドラマの影響で爆発的な人気を生んだペンダント。
それくらいなら世の時流によってはたびたび起こり得ること。
昔から流行り廃りに目敏く、また綺麗なものや可愛いものに目がなかったルビィとは対照的に、私はあまりそういう事柄へ関心を向ける方ではなかった。
けれど、そのペンダントにはなぜだか妙に惹かれてしまい、学校帰りの足で沼津まで買いにいってしまった。
それからというもの、初めて自ら「欲しい」と感じて購入した特別感も相まって、大切にしてきたというのに――
ダイヤ「確かに着けて出たのに…」
ダイヤ「なくし、ちゃった…」
慌てて来た道を辿る。
よく目立つ赤色で、決して小さいものでもない。
目を凝らして捜せば、きっとすぐに見付かる――と、思ったのに… 一時間も経っただろうか。
目的を定めることもないままふらふらと敷いた足取りを完璧に辿ることはできず、ただただ私の身体と心には疲労が溜まっていくばかりで。
毎日のように着脱を繰り返したせいで、チェーンは随分と弱くなっていた。
わかっていたのに、あまり知識がないことも手伝って放ったらかしにしてしまっていた。
これは、そんな怠惰な自分への罰なのか――
弱気な考えが脳裏をよぎるのと心が折れてしまうのは、ほとんど同時だった。
ダイヤ「こんなことなら、出かけなければよかった」 高価なものでもない。
人から貰ったものでもない。
諦めてしまおう、そう決意したときだった。
うわーーー、と、叫び声のようなものが聞こえた気がした。
ダイヤ「聞き間違い…かな…」
それくらい遠い声だった。
どうせこれ以上捜す当てもない身、足は自然と声の方へ向いていて。
もたもたと覚束ない足取りを数歩、人通りも車通りもない町に、その影を見付けた。 白銀ばかりを映す視界の中、その中央に黒い影。
遠目だから黒く映ったわけではない。
本当に黒い。
髪から、服から、靴まで、余すところなく真っ黒。
正直、人影なのかどうかも確信が持てなかった。
視線は釘付けにされ、吸い寄せられるように足は前に出続けた。
そして、
ウスァーーーー!という奇怪な声を放って、その人影の元から大きな鳥が飛び立っていった。
冷静になって思い返せば、あの鳥は恐らくトンビで、食べ物を狙って人に襲い掛かり、目的が達せられたのか否か飛び去ったのだとわかるけれど。
そのときの私には、その姿がとても神々しく映った。
黒装束に身を包み雄々しく両手を掲げて、遥か大空へと使いの鳥を放つ、まるで――そう、天使かなにかのように見えたのだ――
やがてその人影は去り、相当に後れ馳せながら辿り着いたその跡で、私はなくしたペンダントに巡り合った。
沼津市で「観測史上最大」と叫ばれた、豪雪の日のことです。
……
…………
……………… ダイヤ「それから半年ほどが経ち、内浦こども祭りの日、千歌ちゃん達と並んで座る貴女を壇上から見付けてはっとしたわ。なぜかしらね、貴女があのときの人影なのではないかって、確たる裏付けもないままに感じたの。
ダイヤ「そしてその二日後。
ダイヤ「次は我が家で再会して、堕天使として振る舞う貴女を前にして――確信に変わった」
言葉を失う私にダイヤは微笑んで、首からチャラリと取り出した。
大きなハートマークにクラブ、スペード、わずかに欠けたダイヤが連なる形のペンダント。
ダイヤ「ほんの些細なことだけれど、貴女はわたくしの恩人なのよ。ずっとお礼を言いたくて、言えなくて…でも、これでやっと言えますわ」
ダイヤ「わたくしの大切なものを見つけてくださって、本当にありがとうございました」ペコッ…
善子「…………っ!!」
ダイヤ「夢のようだとは、わたくしこそ言いたいくらいです。だって、わたくしの方が、きっと貴女のことを先に慕うようになったのだから。一目貴女を見た日から――ね」
──
────
──────
『伊豆長岡、伊豆長岡に到着です…』
最後に大きく揺れたかと思うと、電車は停止した。
ぱらぱらと降りる人達に続く。
家からここまで乗換え三回。
善子「今の私にとっては電車の乗換え回数なんて、ちょっと面倒くさいかどうかの基準でしかないのにね」
スマホで確認した時刻は、きっちり定刻。
ローカル線なのに偉いわ、誉めてつかわす。
これなら、懐かしい町並みを歩く時間は充分にありそうだ。
数週間前に届いた嬉しい案内。
――千歌『やっほー善子ちゃん、元気?』
――千歌『今年のお盆って、こっち来れないかな』
――千歌『みんなで集まりたいねって!』
ちょうどよく停車するみとしー行きのバスに向かい、私は少しだけ駆け足になった。
*** 次で最後です
レス数は多いですが、頑張って最後にします そんな気はしてたけどスレタイはやっぱり善子じゃなくてダイヤだったか ◇◇◇
じりじりと熱気を放つアスファルトに打ち水を終え、ついでと郵便受けを覗く。
ダイヤ「んー…あら?」
よく見る営業チラシに紛れて、一通の葉書。
どうにも公的なものに見えないそれは、なんと消印すら捺されていない。
それもそのはずで。
『ダイヤちゃんへ
今日は同窓会なので、忘れずに来てね!
千歌』
要約するとそんな旨のことが可愛らしい色と筆跡で綴られている。
昨晩か今朝のうちに、わざわざ投函しにきてくれたということなのだろうけれど…
ダイヤ「あの子はなにか、昔からわたくしのことを勘違いしているきらいがあるわね」
それでも嬉しくなってしまうのだから、やっぱり人を見抜く目があるのかも――なんてね。 ルビィ「うゅーー………」グテー
ダイヤ「ほらルビィ、しゃんとなさい。みんなに笑われるわよ」スッ
ルビィ「ゅ。なにこれ?」
ダイヤ「千歌ちゃんからのお手紙よ」
ルビィ「ぷぷ…おねいちゃん忘れてそうって思われたのかな」
ダイヤ「断じてそんなことはありません!千歌ちゃんなりの気遣いに決まっているでしょう」
この春から短大生となったルビィは、今は夏期休暇ということで帰省し、日がな一日こんな調子でだらだらしている。
以前は厳しかったお母様もルビィが家を出たことが思いの外寂しかったのか、すっかり甘くなってしまったし。
まったく、本当にきちんと勉強をしているのかしら…
ルビィ「六時からかー。おねいちゃん今日は?」
ダイヤ「特に予定はないわよ。午後には同窓会に持っていくお菓子なんかを買いにいこうと思ってるけれど」
ルビィ「そっかー。ルビィも行くから行くときゆってー」
ダイヤ「はいはい」 居間に転がるルビィを放置して自室へ引っ込む。
同窓会。
高校生活最後の濃厚な一年間を共に過ごした仲間達と。
とは言え遠方からの帰省を要する善子さんと梨子さんの予定を最優先としたことで、全員揃ってとはいかなかったけれど。
ダイヤ「善子さん…」
思わず口をついて出るその名に、ほうっと口元が綻ぶ。
彼女が沼津を出てから、そう何度と会えるわけではなくなってしまった。
前に会ったときから、髪は伸びたかな。身長は変わらないか。
まだ時間はたっぷりとある。
少しくらい、想い出に身を寄せても構わないだろうか。
こんなときは、決まってそうするのだ――
──────
────
── 子ども達のよく通るお喋りの声に、キュ、と音が響く。
これが我が校の生徒なら、そして私に立場があるならば、一言目は静かになさいと一喝するところだけれど。
生憎ここは浦の星女学院ではないし、私はただの挨拶者だ。
私が名乗っただけのことでお喋りをやめてくれればよいのだけど、さて、どうかな…
と、いうのはどうやら杞憂だったようで。
壇の中央へ辿り着く頃にはお喋りはすっかり止んでいて、集う視線を一身に請け負う。
うん、やはり内浦の子ども達はいい子ばかりね。
ダイヤ「皆さん、ごきげんよう。浦の星女学院生徒会副会長、黒澤ダイヤでございます」 八月も半ば、照り付ける夏の陽射しが最も強くなる頃、内浦小学校の子ども達が主体となって催される『内浦こども祭り』。
もうずっと昔から、浦の星の生徒会長が閉会の挨拶を行うこととなっている。
今年も例に漏れずその予定だったのだけれど、
――ダイヤ『わたくしが代わりに?』
――『ええ、ごめんなさい。どうしても外せない用事と被ってしまって、地域の大切な行事だとはわかってるんだけど…だめかな?』
――ダイヤ『いえ、そういうことならば引き受けるに吝かではありませんが、慣例に反して副会長が挨拶をするなどと、皆さんが受け入れてくださるかどうか…』
――『あはは、そんなことなら大丈夫に決まってるじゃない』
――ダイヤ『え?』
――『この内浦に住んでて、黒澤さん家のダイヤちゃんが前に立つことを受け入れられない人なんか一人もいないわよ』
…との見立て通り、長年続く家のおかげで、現生徒会長に代わり私が挨拶者を務めることに異論の声は聞こえてこなかった。 形式的な挨拶を終え、自分の言葉を紡ごうとしたとき。
最前列に座る千歌ちゃんと曜ちゃんを見付けた。
こういうときは決まって最前列に並んでくれるのよね。
それでいて安易に手を振ってきたりもしないのだから、いい子達ばかりの内浦で、中でも抜群にいい子なのはあの子達に違いない――
ダイヤ「……!」
子ども達に並んで膝を抱える千歌ちゃんと曜ちゃん。
その隣にもう一人、同年代の見知らぬ顔。
内浦に知らない顔などそうそうないし、ましてや同年代ともなれば有り得ない。
つまりあの方は内浦ではない、この地域の外から来た方で――――いや。
あの、方は………
◇◇◇ ◇◇◇
ダイヤ「改めて。わたくし、黒澤ダイヤと申します。すでにご存知かとは思いますが、ルビィの姉です」
善子「あ、は、初めましてっ。私は津島善子です、千歌さんと曜さんとはこの間知り合って、ずらららっ花丸とはさっき再会して、て、る、ルビィとは友達になったばっかりですっ」
微塵も予期していなかった不意の再会から二日。
事態はとうとう意味がわからなくなっていた。
あの日私をペンダントのもとへと導いてくださった天使――もとい、津島善子さんが、目の前にいる。
自己紹介を交わしている。
どうやら千歌ちゃん達から花丸さんを経由し、そのままルビィと知り合うに至ったらしい。
一昨日見た表情から察した通り、千歌ちゃん達とも知り合ったばかり、大方いつもの「千歌ちゃん節」に巻き込まれただけのようだ。
ダイヤ「あら、では皆さんとまだお付き合いは短いのですね。それならばわたくしも遜色なく善子さん達の交友の輪に加わることができるかしら」
今から築いていく関係ならば、そこに一人くらい加わったって、なにも悪いことはないはずね。 ダイヤ「今日はどちらから?」
善子「ぬ、沼津から…バスで…!」
ダイヤ「まあ、沼津からいらしたのですか。暑い中よく来てくださいましたわ。ゆっくりしていってね」
善子「ひゃ、ひゃいぃ…っ!」
すでに他の子達とはある程度お話ししたようで、しばらく善子さんの関心を頂けるみたい。
それならばこの機会を活かさない手はないと、当たり障りのない話題から少しずつ距離を詰めていく。
…ところで、どうして善子さんはこんなにも緊張した様子なのかしら? 様々な話を交わしているうちに、やがて、善子さんに変化が見られた。
ダイヤ「さ、先ほどルビィが言ったことは気にしないでくださいな。わたくしだっていついつでも気を張っているわけではありませんから、ああいう失敗だってたまには…」
善子「……え、ルビィ?失敗?ごめんなさい、ちょっとぼーっとしてて聞いてなくて…」
ダイヤ「ああいえ、それならばよいのです」
善子「うう…せっかくお話ししてるのに、私…」
ダイヤ「突然色々なことを話してしまったせいね。こちらこそ気が利かなくて、わたくしが呼ばれたのは確か――」ゴソ…
善子「…………かくなる上は…」ボソッ
ダイヤ「はい?なにか言いましたか?」
もう少し話していたかったけれど、そもそも私がこの場に呼びつけられたのには理由があって。
問題集を差し出そうとしたところで、
善子「ギランッ!」バッ
ダイヤ「!?」 善子「我が得た情報によれば、あなたはこの地を統べる者の末裔だとか。この堕天使ヨハネに取り入ることで神々の力を奪おうとしているのではあるまいな…?」フッ
ダイヤ「………だ、てん…し」
善子「…あの、コホン…人間というのは姿かたちに捕らわれるものだからな。人間界へ紛れるにあたっては、その、形から入る方がいいかと思いこうして人間と同じ風にゴニョゴニョ……」//
ダイヤ「…なるほど!」
善子「へ?」ビクッ
ダイヤ「なるほど、なるほど…堕天使…」
ダイヤ「そうですかそうですか、そういうことでしたか…!」
善子「え?はい?どーゆーこと…??」
ダイヤ「天使ならぬ堕天使であれば、黒装束に身を包んでいるのも納得できるものね」ウンウン
善子「えと、そりゃまあ……」
きょとんと呆ける善子さんに、うんうんと頷いて見せる。
自分から話題を振っておきながらこちらが同意したら困惑するとは意味がわからないけれど、とにかく、これで私は腑に落ちた。
あの方は、善子さんは――堕天使だったのね。 ダイヤ「堕天使ヨハネ、ですか。ヨハネさんとお呼びしても?」
善子「も…もちろん!ふふ、さっそく我の真名を口にするとはよい心掛けね!」
ダイヤ「ヨハネさんはなぜ浦の星へ行こうと?」
善子「く…ククク、それは冥界からの囁きにより決したこと…!」
ダイヤ「冥界…うふふ、運命ということですか。素敵ですわね」
善子「運命、そう…これは運命よ。我とここに集うリトルデーモン達の数奇なる運命によって導かれたことなのです!」
ダイヤ「ええ、そうね。きっとそうですわ」
それから善子さんは熱心に勉強を続け、果てには花丸ちゃんをも凌駕するほどの理解度を有して浦の星の入試に挑み、無事――私達と学窓を共にすることとなったのよね。
◇◇◇ ◇◇◇
あれは善子さんが入学して、まだひと月も経たない頃だった。
「今日はここまで。来週は本文の読解に進むので予習をしておくように」
ダイヤ「英熟語の表現はイメージと結び合わせることで理解しやすくなるわね。帰ったら本文中の熟語表現を重点的に予習するとしましょうか………ん?」
復習と予習のポイントをまとめていると、ふと窓の外に違和感を覚える。
視線を移すと、…むむ。あれはどうやら遅刻生徒、しかも一年生のようね。
ふてぶてしくも一限目が終わると同時に登校してきたようだ。
貴重な休み時間を割かせないでほしいのだけど、気付いてしまったものは無視できない。
果南「あれ、ダイヤどっか行くの?」
ダイヤ「ええ、少し。二限目が始まるまでには戻りますか――ら……んん!?」バッ
果南「あ、ダイヤぁ!次、教室移動だからねー?」
そんな果南さんのお声掛けに返すことも忘れて教室を飛び出す。
ああ、なんてこと…まさかよりにもよって…… ダイヤ「津島善子さん」
善子「ぃひぃぃっ!!?」ビクッ
善子「…ぁ、ダイヤ…驚かさないでよ。その…おはよう、偶然ねこんなところで会うなんて…」ススス…
ダイヤ「職員室はそちらではありませんよ?遅刻屋さん」
善子 ギクッ
善子「…な、なんのことかしら。私はちょっとコンビニに行ってきた帰りで…」
ダイヤ「それも校則違反です」
善子「ぅ」
ダイヤ「だいたい最寄りのコンビニまで往復どれだけ掛かると思っているの」
善子「うっ」
ダイヤ「加えて、コンビニへ往復するのになぜ通学鞄を持っていく必要があったの」
善子「うううっ」
ダイヤ「おとなしく白状なさい」
善子「ご………ごめんなさぁぁーーーいっ!」
………………
……… 善子「失礼しまーす…」
ダイヤ「いらっしゃい」
同日、お昼休み。生徒会室。
本来ならば無用の生徒が立ち入って、ましてや昼食の場にしていい部屋ではないのだけれど。
生徒会指導の名目であれば、それを咎められることもない。
ダイヤ「お昼ご飯は持ってきましたか?」
善子「うん」
ダイヤ「よろしい。さて、昼食を取る前に、なぜ呼ばれたかわかっているわね?」
善子「…だ、ダイヤもお団子ヘアーにしたくなったけど自分じゃできないから私に」
ダイヤ「遅刻の件です」
善子「ハイ…」
ダイヤ「それと、お団子ヘアーくらいわたくしでもできます」
善子「あっハイ…」 ダイヤ「わたくしが認知したのはこれが初めてだけれど、遅刻したのは何回目?」
善子「浦女に入ってからは初めてです…」
ダイヤ「浦女に入ってからは?中学時代にも経験がある、いえ…その物言いは常習犯だったのでは…」
善子「ぎく…」
応接用の椅子に座る善子さんと二人。
本当に話したいことはこんなことではないけれど、立場が、職務が、そうせよと囁く。
あるいは、自分から誰かをお昼に誘ったことなど初めてで、建前が与えられていることに胸を撫で下ろしているのかもしれなかった。 蓋を開けてみたら、善子さんの遅刻はやはりそこそこ常習的なもので、それから何度か同じ口実でお昼の時間を共にしては。
やがて、建前だけの会話など少しずつなくなっていき――
善子「それより、ほら。早くごはん食べましょうよ!せっかくのお昼休みがなくなっちゃうわ!」
ダイヤ「あなたが言うことですか!…でも、それもそうね。食事の場でお説教するのは頂けませんから。頂きましょうか」
たまに遅刻してほしいなんて願う生徒会長は、いけないコなのでしょうか。
◇◇◇ ◇◇◇
「ごめんなさいね、黒澤さん。帰り際に引き留めてしまって」
ダイヤ「いえ、構いません。お役に立ててよかったです。それでは、失礼いたします」
「はい。気を付けて」
丁寧に戸を閉め、一息ついてから。
下足室まで駆け足で向かう…ものの、すぐにスマートフォンを取り出して、その速度を落とす。
ダイヤ「さすがに間に合わないわね…」
となれば無用な駆け足は事故の原因となりかねないだけの危険な行為、気の焦りに任せて続けるのは愚行と言える。
いっそ、という気持ちでこれ見よがしの牛歩で行く。
…これはあまりに子どもっぽいかしら。 校門を出たところで、さて、どちらを歩こうか。
バス停を利用するのであれば整備された道を行くけれど、その必要もないし、やや足元に不安が残る山道でショートカットをするか。
しかし近道になるとは言え、整備が行き届いていない道を下るのはいかがなものか。
普段はバスの時間に合わせて学校を出るため、あまり悩むことのない二択に戸惑う。
うーん…せっかくだし冒険気分で山道を下りてみようかな…
と、踏み出した瞬間。
アガァーーー、と奇怪な声が響いて、視界の奥から黒い鳥が飛び立った。
ダイヤ「………」
以前にもこんな光景があったような、確かあのときは…
その思考がしっかりと結論へ辿り着くよりも早く、私の足はその方向へと歩み始めていた。 ――結果的に、大正解。
ダイヤ「……!」
遥か坂の下に肩を落とす影は、紛れもない、善子さんだ。
大方ささやかな不運にでも見舞われ寸でのところでバスに乗り遅れた、といったところに違いない。
あの後ろ姿が雄弁に物語っている。
やがて善子さんはとぼとぼと歩き出す。
下のバス停から出るバスを逃した場合、沼津方面の方々は、確か重須まで歩くのだと聞いた記憶がある。
まさか沼津まで歩くはずはないので、きっと善子さんも例に漏れないはずだ。
それならば、それならば…
心なしか早足になり、私は善子さんの後ろ姿を追い掛けた。 一声。
名前を呼べば、きっと聞こえる距離。
付かず離れずを保ちながら、迷う、迷う、迷う。
呼んでもいい?
迷惑がられない?
善子さんは一人で過ごすのが好きだと言っていた。
そうでなくとも、とりわけ親しい間柄でもない上級生と二人で歩くなど、誘われれば断れるものでもないだろうし。
この歩調を少しずつ落としていけば、重須でバスを待つ彼女を追い越すときに何気ない挨拶をして通り過ぎることもできる。
彼女にとってはそっちの方がいいのでは?
気まずい思いをしてほしいわけではない。
名前を呼びたいのも、ほんの数分の帰り道を共にしたいと思うのも、どれも私一人の勝手な欲求で。
それに付き合わせるなんて――でも、こんな機会は滅多にない――声をかけて、怪訝な表情を返されたら――まずいと感じたらすぐにそのまま追い抜けばいいのでは――だって――私は――――
ダイヤ「………っ、」
ダイヤ「善子さーん」
勇気を振り絞る、こんな気持ちは――いつぶりのことかしら。
◇◇◇ ◇◇◇
千歌『ダイヤちゃん』
千歌『今いいですか?』
夜、自室で勉強をしていると、千歌ちゃんから連絡。
なぜこの子はラインを介して話すときだけ敬語になるのだろう。
と言いつつ、やはり慣れていない敬語はできるだけ使いたくないのか、こう切り出してきたときはだいたい電話で話したがる。
ダイヤ「もしもし、ダイヤです」
千歌『あ、ダイヤちゃんこんばんは!夜にごめんね』
ダイヤ「構わないわよ。どうしたの?」
千歌『あのね、うーん…』
ダイヤ「………」
千歌ちゃんは気持ちが先行して行動することが多く、話し始めたはいいものの言葉が続かないということがたびたびある。
昔からのことなので慣れっこだけれど。
千歌『スクールアイドルって知ってる?』 ダイヤ「スクールアイドル…」
ダイヤ「それはまあ、知ってるけれど」
特に知識が深い分野でもないが、存在はもちろん知っている。
昨今どんどん流行り始めているし、かねてよりルビィが随分とご執心だったこともあるし、なかなか無知でもいられない。
加えて、それはつい先ほどルビィの口から嬉しそうに聞かされた言葉で。
ダイヤ「スクールアイドルがどうかしたの…」
と口にしつつ、その実、スマートフォン越しにもわかる興奮を押さえきれない様子に、次に千歌ちゃんが紡ぎそうな言葉の予想はついてしまう。
すすす、と受話部分を耳から離す。
千歌『チカと一緒に、スクールアイドルやりませんか!!』
…ほらね。
‐‐‐
あれから、返事は保留にしている。
アイドルの真似事をして歌って踊る高校生グループ。
いくつか動画を観てみたりルビィに話を聞いてみたりして、なるほど、千歌ちゃんが目を輝かせるのにも頷けるものだと思った。
曜ちゃんと果南さんは相当に早い時点から巻き込まれ済みで、とうとう先日はルビィと花丸ちゃんも誘われたという。
ちなみに多くの場合、千歌ちゃんから誘われることは同時に参加することを意味する。
そして、必然―― 善子「………」カリカリカリ…
熱心に課題へ取り組む善子さん。
遅刻の回数が増えてきた頃にはもしかして不良なのではないかと疑ったこともあるけれど、根がまじめなのは昨年からよく知っている。
話を聞くに、どうやら朝に弱いことと、様々な不運に見舞われる体質が原因のようだ。
体質というのは認識の問題で、つまりは意識。
病は気から、ではないが、不運にばかり目を向けていては自らそちらへ近づくことになる。
よいことに目が向くよう、少しずつ意識を変えてあげれば、きっと『体質』を変えるのはそう難しくない。
ダイヤ (さて…)
本音を言えば、千歌ちゃんの誘いに乗ることは構わないと思っている。
最近はそこまでお稽古が多くもないし、生徒会長としての執務だって部活動に時間を割けないほどではない。
なによりも楽しそう。
ただ、返事を保留にしている唯一の理由は、 善子「ねえダイヤ、わかんない問題があるんだけど…」
ダイヤ「どれ?見せてご覧なさい」
先日三人揃って千歌ちゃんから勧誘を受けたというルビィと花丸ちゃん、そして善子さん。
ルビィが前のめりに参加の返事をしたのは予想通りながら、その勢いにつられて善子さん達も入部を決意したと聞く。
ただし、なんだかんだと言いながらも積極的な花丸ちゃんと比べて――
ダイヤ「この『the 形容詞』という表現は口語に近いけれど、覚えておいた方がよいですわね」
善子「はえ〜。ありがと、ダイヤ!残りは頑張ってみる!」
ダイヤ「ええ」 私がスクールアイドル部へ入部すると言ったら、善子さんはどうするだろうか。
本当は、本人がよほど嫌でないのならば部活動には参加してほしい。
そこには青春を謳歌してほしいという老婆心も多分にあるけれど、それだけではなくて。
体力不足、遅刻癖、人付き合いへの苦手意識。
短くない時間を共に過ごしてきて見えてきた善子さんのこれらの点を、部活動――特に運動部ならば解消に近付けることができると思うから。
みんなが練習に慣れてきたら朝練も始めたいと千歌ちゃんは言っていたし、やや私に依存気味の人付き合いも、あのメンバーの中でなら無理なく拡げていけるだろう。
これこそ余計な気回しと言われればそれまでだけれど、傍にいられる間に、できることがあるならしてあげたいと思っているのも紛れもない事実。
そうして一人悶々と考えているうちに――
ダイヤ「梨子さんが新たに加わり、部員は六人。アイドルグループとしては、それなりに見える人数になったわね」
千歌「そーだよ!ここから私達は、輝きを目指してもっともっと力強く走り出していくんだよ!だから、どうかな。ダイヤちゃん」
千歌「チカ達と一緒に、スクールアイドルを――やりませんか?」
刻限が目の前に突き付けられ、私は腹を割って話す覚悟を決めた。
………………
……… 善子「なんで、返事しなかったの」カリカリカリ…
善子「やりたくなかったら、やるつもりがなかったら、返事を保留になんかしないでしょ」カリカリカリ…
再び二人になった生徒会室、プリントに目を落としてシャーペンを走らせるまま、善子さんの言葉。
ダイヤ「やりたくない、とは言いませんわ」
ここまで来れば心根を隠すつもりなどない。
胸の内を吐露する私と、自責する善子さん。
ダイヤ「彼女達が――大好きな幼馴染み達がいよいよみんなで一つ大きなことをやってみようというときに、そこに加わりたいという気持ちは確かにあるわ」
善子「だったら、その気持ちに素直に従えばいいだけじゃない」
善子「私が毎日ここに来るから、部活に入ってなお顔を出すことなくここに来るから、気を遣わせてるのよね」
やがて善子さんが導き出した結論は、
善子「ごめんなさい、ダイヤ。明日からは来ないようにするから、あなたは自分の気持ちに素直に――」
――そうじゃない。 ダイヤ「明日からここに来ず、どうするつもりなの?」
善子「え、っと…それは、どこか…図書室で宿題するか、帰るか…」
欲しい言葉は、結論は、そうではない。
遅々として進まない問答に、あっさりと根負けして。
ダイヤ「部活動に行くという発想はないのですか、貴女に」
私は貴女に部活動へ参加してほしいし、
ダイヤ「善子さんが毎日ここに来るのは、わたくしと共に過ごしたいと思ってくれているからなのですよね。であれば、どうですか」
部活動へ参加したいし、
ダイヤ「わたくしがスクールアイドル部に参加して練習へ行くのだとすれば、貴女もそうすることで目的は達し得ると思うのだけど」
それになにより――
ダイヤ「それとも、わたくしを含むみんなで一緒に部活動に興じるのでは不満で、やはりここで二人きりの方がよいかしら」
――と、この問いかけは我ながら悪手だったと後々反省したけれど…
善子「やりましょう、スクールアイドル部。一緒に」
そう。
その答えが聞きたかったのよ。
………………
……… ダイヤ「正式にスクールアイドル部へ入部させていただきます」
千歌「ほんと!?ほんとにほんと!?やったーーーっ!」
子どものようにぴょんぴょんと跳ねて純粋な喜びを伝えてくれる千歌ちゃん。
その後ろでじっと耳を傾けてくれる果南ちゃん以下皆さんにゆっくりと視線を送りながら、
ダイヤ「ただ、平日の放課後、週に二日は生徒会の公務や私事に割かせてほしいのです」
ダイヤ「それとね……」
好意に甘えて、ほんの少しのわがままを混ぜてみる。
ダイヤ「わたくしが練習に参加しない二日のうち片方は、ヨハネも参加できないわ」
ダイヤ「週に一度は勉強を見てあげることにしているの。その分、練習の後れが出ていたらわたくしがきちんとお稽古をつけておくから」
目を見張る善子さんのことはわざと気付かないふりをして。
ダイヤ「それだけ、受け入れてほしいのです」
千歌「ダイヤちゃんと善子ちゃんが仲間になってくれるっていうならなんでもおっけいだよ!」
せっかくの大切な時間を全て返上するような真似は――決してしないんだから。
◇◇◇ ◇◇◇
『スクールアイドル部!(9)』
千歌『明日から朝練やるからね!みんな遅れないよーに!』
果南『チカこそね』
梨子『寝坊しても待たないからね』
花丸『リーダーが遅れるなんて絶対に許さないからね』
千歌『みんなひどい!だいじょーぶだもん!』
千歌『ねーよーちゃん!』
千歌『よーちゃん??』
梨子『曜ちゃんは明日に備えて寝るって連絡がありました』
千歌『まだ八時だよ!?』
ダイヤ「…朝練」
かねてより告知されていた朝練の初日が、とうとう明日に迫る。
遅刻候補筆頭の千歌ちゃんはなんだかんだで家の近い曜ちゃんや梨子さんがなんとかするだろうけれど、問題は。 ダイヤ「………」ムムム…
それから約一時間盛り上がったグループラインも落ち着き、誰の発言もなくなった。
しかし、結局既読は7のままで。
ダイヤ「ゲームに熱中するとスマートフォンを見なくなる癖は治させないといけないわね」
加えて、入部前の名残でグループラインの通知はオフにしたままのようだったし。
個人チャットでメッセージを入力し、いざ送信というところで――手を止める。
どうせなら、迎えにいってしまおうか。
朝は格段に早くなるけれど、起きるのは苦手ではないし、なによりそうすれば減ってしまった二人の時間をいくらか埋められる。
ふふ、我ながらなんとよいアイディア。
ダイヤ「善子さんの驚く顔が目に浮かぶわ♪」ウキウキ
――程なくして、始発バスでも到底間に合わないことを悟った私は、お父様に送迎をお願いしたのだった。
◇◇◇ ◇◇◇
早朝に起きておむすびを用意しお父様と30分ほどのドライブ、善子さんを叩き起こして車に戻り、朝食を交えて三人でのドライブ(お父様はほぼ喋らなくなるけれど)。
学校に着けば一時間の朝練、授業、生徒会業務、お昼も善子さんと共にし、放課後には練習か生徒会かお稽古かお勉強。
週末は家事をしたりお稽古をしたり、部活をしたり友人と遊んだり。
そんな風に日々が慌ただしく過ぎていき、私はとても満たされていた。
これまで『黒澤家の長女』という立場を言い訳にして我慢してきた様々なことを――青春を、存分に満喫していた。
お母様は私が年相応に過ごすことを喜んで応援してくださったし、気心の知れた仲間達との時間は楽しかった。
なにより、いつでも傍に善子さんがいる。
それだけでこの日々はこれまで過ごしてきた十数年間にも匹敵するほどの幸せと言えた。
そんな日々に陰りが差したのは、間もなく梅雨も明け、七月に入ろうかという頃だった―― ダイヤ「明日の天気は晴れ、降水確率は10%ね。明後日からもほとんど晴れ模様」
止まない雨の中、果南さんと曜ちゃんを宥めるのに苦労した季節がやっと終わる。
あの二人はやはりアスリート体質だとでも言おうか、身体を思い切り動かせないことは常人の何倍も苦になるらしい。
雨の勢いが弱まるごとに二人で屋上へ飛び出してはほんの一、二分だけ跳び回ってすぐにまた屋内へ引っ込む、ということを繰り返していた日もあったっけ。
中途半端に濡れるのが問題なら最初から海で練習すればいいと果南さんが騒ぎ出したこともあった。
果南さんが屋上に屋根を作ると言い出して曜ちゃんがオーモスでありったけの段ボールを貰ってきたときは、さすがに慌てて全員で説得したわね。
雨で朝練が休みになりがちだったのは少し残念だったけれど、明日からはまた再開できそうだ。
ダイヤ「改めてお父様にお願いしておくとしましょうか」
ぼさぼさ髪の堕天使サマを思い浮かべて微笑ましくなりながら、お父様の部屋を訪ねた。 黒澤父「どうしても必要なことか?」
ダイヤ「――え、はい…?」
黒澤父「必要なことなのであれば、車を出すこと自体は構わない。善子さんは挨拶や気遣いがきちんとできるいい子だし、ダイヤの部活動を応援したい気持ちももちろんある」
ダイヤ「は、はい。いつも感謝していますが…」
ダイヤ「…その…?」
黒澤父「ダイヤ」
ダイヤ「はい」
黒澤父「毎朝迎えにいくことが、本当に善子さんの為になるのか?」
ダイヤ「…!」
黒澤父「朝が苦手だという話は聞いたが、毎朝の様子を見るに血圧が極めて低いようでもない。体質の問題ではないとしたら、朝が苦手なのは善子さん本人の努力しだいでなんとでもできるのではないか」
黒澤父「ダイヤが毎朝迎えにいくことそのものが、今、善子さんが朝に弱い原因となってしまっていないかな」
ダイヤ「そ、れは…」 黒澤父「………ダイヤ」
ダイヤ「は、はい」
黒澤父「これが善子さんじゃなくても、ダイヤは同じようにしたか?」
ダイヤ「え?それはどういう…」
黒澤父「例えば、一人だけ沼津方面に住んでいて朝がとても弱く放っておいたら朝の練習に遅刻しかねないのが千歌ちゃんだったとして、花丸ちゃんだったとして、ダイヤは同じように毎朝迎えにいっていたか?」
黒澤父「これまでのどんな日よりも早い時間に起きて、おむすびまで用意して、毎朝毎朝迎えにいっていたか?」
ダイヤ ドキッ…
黒澤父「ダイヤ。おまえは、」
黒澤父「善子さんと特別な仲なのではないだろうね――――?」
………………
……… 電話帳から善子さんを呼び出し、発信する。
ねっとりと聞こえる呼出音が、このまま終わらなければいい。
お父様にあんな風に言われて、私は、
――ダイヤ『そ…れ、は…』
――ダイヤ『お父様のおっしゃる通り、お迎えが必要かどうか検討してみます。ですから、やはりしばらくは結構です…』
そう返すことしかできなかった。 善子さんのことを好いていないのではない。
為になるのかどうかを考えなさいとの言葉も本心だろう。
けれど最も懸念しているのは、
――黒澤父『ダイヤ。おまえは、善子さんと特別な仲なのではないだろうね――――?』
ダイヤ ブルッ…
それは黒澤家の娘であることを自覚せよという言外の責と、それ以上に、善子さんが女性であることをわかっているだろうなという絶対的な圧で。 ダイヤ「………っく」
善子『も、もしもし?』
ダイヤ「………!」
ダイヤ「…よしこさん……」
善子『うん。どしたの?珍しいわね、電話してくるなんて』
戸惑う声の中に嬉しそうな弾みが見えるのは、私の思い違いだろうか。
言わなければならないこと、その弾みを奪うこと――
ダイヤ「…明日は朝練だけど、迎えにはいけないわ」
善子『…………え…』
ダイヤ「し、七月は生徒会のお仕事が忙しくてね。なかなか練習に出られる時間が取れなさそうなの」
善子『…そう、なの…』
ダイヤ「……ええ」
貴女とお話しすることが、こんなにも楽しくないなんて。
翌日、善子さんは、一人でも遅れることなく朝練へと顔を出した。
‐‐‐
一週間ほどそんな日が続いた。
朝とお昼と放課後と、生徒会やお稽古がどうこうと理由を付けて善子さんとの二人の時間を取らない日が。
伝えるとき、善子さんは決まって悲しそうな表情を浮かべるけれど、それきりで。
食い下がって引き留めてくることは一度もなかった。
日常の過ごし方が元に戻っただけで、なにも変なことはない。
むしろ最近の方が異常、常とは異なっていたのだから。
もしかすると、なんだかしつこい先輩との時間が減って、善子さんとしては肩の荷が降りたのかもしれない。
それならそれでいい。
元々私は周りの方々と同じリズムで日々を送っていたわけではないのだから。
立場と責務を思い出すだけだ。
『今日も善子さんのこと、』
入力しかけたメッセージを全て削除して、生徒会室へと足を向けた。
………………
……… 「この三通、確認してもらってもいい?」
ダイヤ「はい」
先生からプリントを受け取り、そのまま隣で目を通す。
『夏期休暇中の学校開放について』
仕事をしているうちは余計なことを考えずに済む。
お稽古も同じ。
『××年度卒業見込中学生向け 学校説明会について』
部活動に打ち込むのでもそれは変わらないけれど、ふとした拍子に善子さんの表情を見咎めてしまうから。
正直、こうしている方が幾分か気が楽だ。
やがて、もう一度慣れる日が来るはずだから――
『内浦小学校開催 内浦こども祭りについて』
ダイヤ「…………っ」
――このままで、いいんだ。
………………
……… 「…うん、毎度のことながら完璧ですね。遅くまでありがとう」
ダイヤ「いえ。これが職務ですから」
鞄を手にし、先生にお辞儀をする。
窓の外はとっぷりと暮れつつあり、校内には灯りも音も残っていない。
私は、
――黒澤父『ダイヤ。おまえは、善子さんと特別な仲なのではないだろうね――――?』
あのとき、なぜはっきりとそんなことはないと言えなかったのだろう。
そう言っていれば、今頃、隣には変わらず彼女の笑顔があったはずなのに。 一言、そのような関係ではない、と言えば。
部全体のためにも遅刻をされては絶対に困るのだとでも言えば、それでお父様は納得してくださったに違いないのに。
わかっていたのに、
――善子『あ、は、初めましてっ。私は津島善子です』
――善子『あのね、私、たくさん頑張るから。だから、ちゃんと見ててね』
――善子『やりましょう、スクールアイドル部。一緒に』
その一言は、どうしても言えなかった。
ダイヤ「…それでは下校いたします。さようなら」
善子「ダイヤ」 ダイヤ「ヨハネ…!?」
職員室を出ると、目の前に善子さんがいた。
ダイヤ「てっきりみんなもう帰ったものだと…」
最終バスの時間は過ぎている。
部内の伝達事でもあった?
グループラインでも電話でもよかったのでは。
部長の果南さんでもチームリーダーの千歌ちゃんでもよかったのでは。
どうして、なぜ、今、ここに、貴女が――
善子「ダイヤ」 しかし、拡がっていくそんな戸惑いにも似た思考は、あっさりと蹴破られて。
善子「私、あなたが好き。好きなの。朝もお昼も放課後も、土曜日も日曜日も一緒にいたい。私をあなたの、隣にいさせて」
よくできていると自負していた私のおつむは、なに一つだって考えられなくなってしまった。
ただ、
ダイヤ「やっと言ってくれましたか」
ダイヤ「明朝から、またお迎えにあがりますわ」
そんな言葉を吐き出すだけで精いっぱいだった。
‐‐‐
それから私たちは、それまで以上に一緒に過ごす時間が増えた。
お父様に改めてお願いをして朝の時間を取り戻したし、お昼はほとんど毎日一緒に食べたし、放課後はお母様の帰りが遅いという善子さんが我が家へ寄ることもあった。
すぐに夏期休暇に入ったから、お互い時間を工面して二人で出掛けることなんかもあった。
お誕生日のケーキを作ってみたり、善子さんの生放送とやらへご一緒してみたり、内浦こども祭りさえも共に過ごすことができたり。
そうして想い出を積み重ねていった私達は、
『××高等学校 編入に関する説明会 詳細案内』
『日時:8月22日(金) 13時より』
善子さんのささやかな秘め事が露呈したことで、大きな決断をしなければならなくなったのだった。
──
────
────── ルビィ「おねいちゃん、お母さんが呼んでるよ」ヒョコ
ダイヤ「――え?」
ルビィ「考え事してたの?」
ダイヤ「ああ…うん。久し振りに会う皆さんのことをね」
ルビィ「えへへ、楽しみだね」
ダイヤ「そうね。とっても」
立ち上がり、すれ違い様に頭を撫でていく。
ダイヤ「お母様は居間?」
ルビィ「うん。お茶のんでる」
ダイヤ「少し早いけれど、お話が終わったら買い物に出ましょうか。支度をしていなさいな」
ルビィ「はーい!」
ルビィの頭から消えたツインテールに、時間は流れるものね…と呟いてみた。
◇◇◇ ***
千歌「えー、本日はお日柄もいい中、えー…」
梨子「できないならそんな定型文組み込もうとしなきゃいいのに…」
花丸「身の丈に合った言葉を選ぶ方が自然ずら」
千歌「もー、いーじゃん!私だってカッコよく挨拶してみたいのー!」
梨子「すでにできてないから」
プシッ
果南「曜、ビールでいい?」
曜「果南ちゃんのお好きなよーに!なんでも付き合うよ!」ゞ
ダイヤ「お酒はいつ開けますか?」
果南「ごはんの後にしようよ」
ダイヤ「はぁい…」
ルビィ「おねいちゃんビール嫌いだから…」
千歌「こらそこー!私達ほったらかしてフライングしなーい!」
花丸「善子ちゃん呑めるんだっけ」
善子「そこそこ」
梨子「あんまり強そうなイメージないけどね。無理しないのよ」
善子「ふっ…笑止。格の違いを見せつけてあげるわ!」
千歌「あーーーもーーーっ!!」
千歌「乾っっっ杯!!」
「「「かんぱーーーい!!」」」 ルビィ「見て〜、千歌ちゃんおねいちゃんにお手紙くれたんだよ」つハガキ
ダイヤ「!? なぜ持ってきたのですか!?」
曜「おー、かわいいことするねーちかちゃん」
千歌「えへへ〜。ダイヤちゃんなんかこーゆーの忘れてそうだなーって思って」
ダイヤ「はあ!!?」
ルビィ「ぷふっ」
曜「あー、わかる。ちょいちょい抜けてるよねダイヤちゃん」
ダイヤ「誰が抜けているというの!忘れるわけがないでしょう、こんな大切な集まりを!」
ルビィ「そういえばおねいちゃん、鞠莉ちゃんは結局来られなかったの?」
ダイヤ「へ?お断りがあったのでしょう?」
千歌「えー?あったけど、その後ダイヤちゃんからもっかい聞いてみてくれるって言ってたやつでしょ?」
ダイヤ「え…?」
曜「あれ、まさかダイヤちゃん…それ忘れてたんじゃ…」
ダイヤ「え?え…??」サーッ…
ルビィ「…w」
千歌「…ふふっ」
曜「…あんまりやっちゃ可哀想かな」
ダイヤ「?? ……………!」ハッ
ダイヤ「あーなーたーたーち〜〜〜〜!!」
ちかようルビ「「「きゃーーーーっ!」」」キャッキャ 果南「善子どうよ、会社は」
善子「なんで会うたび聞くのそれ」
果南「私らがいなくて周りとちゃんとやれてるのか心配だなーってね」
花丸「その気持ちはわからんでもないずら」
善子「大丈夫よ、やれてるってば。もう二年目になるのよ?あなた達よりよっぽど社会人できてるんだから」
果南「ほーー、言うじゃん。その言葉に嘘がないか確かめないとね」
善子「え?」
果南「まる、ダイヤのお酒持ってきて」
花丸「ここに」スイッ
善子「だああああっなしなしなし!そういうのヤだ私!」
果南「え〜」
花丸「そこそこ呑めるって言ったのに〜」
果南「いいよーだ、じゃあまるとやっちゃうもんねー」
花丸「果南ちゃん、おらまだ19歳だよ」
果南「え〜」
善子「え〜じゃないわよ」 曜「梨子ちゃんはこっちに来る前に住んでたとこに戻ったんだよねー…って、あれ?梨子ちゃんは?」
ルビィ「さっきまでいたと思うけど…」キョロ…
ドタドタドタドタ
「ちょっ待っ引っ張らないで…!」
曜「梨子ちゃんの声だ」
ルビィ「誰かと一緒みたい、すごい足音…」
スパーーーンッ
鞠莉「チャオーーーッ!☆」
千歌「うわー鞠莉ちゃんだー!」
果南「おー、鞠莉じゃん。来れないのかと思ってたよ」
鞠莉「ワガママ言って抜けてきちゃった!」
ダイヤ「ワガママを自称する形で抜け出してきたの…」
花丸「まーまー、カタイこと言いっこなしだよダイヤちゃん」
善子「その引き摺ってるやつなに?」
鞠莉「梨子よ!そこまで迎えにきてもらったの!」ブイッ
梨子「」チーン
善子「どう見てもそっちが連れてこられてるじゃないのよ」
鞠莉「梨子ってば。寝てないで!マリーが来たんだからここからまだまだ盛り上がれるわよね!?みんなでシャイニーするわよーーーっ!」
「「「おーーーーーーっ!!」」」
梨子「ぉ……ぉ〜…」ピクピク…
ルビィ「む、無理しないで…」
………………
……… 鞠莉「マリーの wine が飲めないってゆーの!?」
果南「鞠莉こそ!私の酒が飲めないっての!?」
鞠莉「そんな smell プンプンのもの飲ーまーなーいぃぃ!!」
果南「ブドウジュースでイキってるなんてお子ちゃまじゃん!」
鞠莉「ンマーーーーッ!Italian の叡知をバカにしたわね!」
果南「エイチってなにさ!意味わかんないこと言わないでよ!」
鞠莉「やるってのー!?」
果南「臨むところだよ!」
梨子「ちょ、ちょっと二人とも…ケンカは…」
鞠莉「ちかっちー!そのクサい水を注いでちょーだい!」
千歌「あっハイ」
果南「曜!ブドウジュース持ってきて!」
曜「ああ、うん」
梨子「まだ飲むのぉ〜〜っ!?」
ルビまる スヤァ… ワーワー ギャーギャー
ダイヤ「他のお客さんの迷惑にならないのかしら」
善子「昼の間に千歌さんが一組一組お話ししておいたんだって。常連ばっかりだから『賑やかでいい』なんて言われたらしいわよ」
ダイヤ「だとしても騒ぎ過ぎでしょう…」
善子「ま、どうしてもまずかったら美渡さんが止めにくるんじゃないの?それまでは好きにさせときましょ」
ダイヤ ムムー…
善子「へたに口出すと巻き込まれかねないわよ。中心があの二人なんだから、あなたは特にね」
ダイヤ「ぅ……それもそうね。やめておきましょうか」
善子「それが賢明だと思う」
ダイヤ「まだ飲みますか?」
善子「ダイヤが飲むなら付き合うわ」
ダイヤ「ではあと一杯だけ」トプ
善子「三回目よ、それ言うの」
ダイヤ「本当に、意外と飲めるわね」
善子「体質かな」トプ
ダイよし「「かんぱい」」 ダイヤ「…ではITリーダーになったのね。二年目なのに凄いことですわ」
善子「リーダーなんて名ばかりよ。ちょっとパソコンとかに詳しいからって、面倒な役を若手に押し付けただけなんだから」
ダイヤ「そうだとしても、信頼していない人に任せたりはしないものよ。胸を張りなさいな」
善子 グイ
善子「…ぷぁ」
ダイヤ「随分一気に行きましたね」
善子「あなたは人をその気にさせるのが上手いわよね」
ダイヤ「え?」
善子「昔からそう。嫌味なく誉めてくれるから、なんだかとっても嬉しくて…頑張ろうって、思わされる」
ダイヤ「そうかしら…」
善子「その代わり、自分のことになった途端に要領は最悪になるけどね」
ダイヤ「そんなことはありません」
善子「……上手くやれてるの?」
ダイヤ「……お陰様で」
善子「そう」
善子「なら、いいわ」グイ
*** ***
翌日。
『沼津駅』
ダイヤ「昨日も伊豆長岡だったのでしょう?」
善子「うん。ま、そっちのが近いし」
ダイヤ「久し振りに沼津へ来たくなったのですか?」クス
善子「…そんなとこ」
善子「悪いわね、わざわざ駅まで付き合ってもらって」
ダイヤ「いえ、わたくしが好きでしていることですから」
善子「ありがとう。………じゃ、改札くぐるわ」ス…
ダイヤ「はい……」
――善子『それじゃ、改札くぐるわ…』
ダイヤ「――――――――っ!」
ダイヤ「善子さん!!」ガシッ
善子「…っ!」 善子「な、…なに?」
ダイヤ「あ、いえ…その…」
善子「…電車、来ちゃうから……」
ダイヤ「そうね、そうね…」
善子「うん…」
ダイヤ「……」
善子「……」
ダイヤ「もう、こちらには…戻ってこないの…?」
善子「…あっちで就職しちゃったし」
ダイヤ「善子さんなら、どこでだって上手くやっていけますわ…」
善子「…家族も向こうにいるし」
ダイヤ「でも、でも…こちらには果南さんや千歌ちゃんや、曜ちゃんとか…休みにはルビィだって帰ってくるし、それに――わたくしも――」
善子「ダイヤ」
ダイヤ ビクッ…
善子「その話はさ、もう、たくさんしたじゃない――」ニコ… ダイヤ「ぁ……ぁぅ、でも…でも……ッ」
――善子『またいつかこっちに戻ってこられたら、ねえ、また…私と…』
ダイヤ「わた、わたくしはっ……」
――ダイヤ『今は、前だけを向いて歩き出しなさいな』
ダイヤ「善子さんの枷にならないようにと、本当は、ずっと…貴女と……」
――善子『ダイヤ、夏休み会いにいってもいい?』
――ダイヤ『大切な時期でしょう。もう少し落ち着いてからになさい』
ダイヤ「貴女が…あな、た…がっ……」
――『三日前』
――善子『今夜電話できない?』
――ダイヤ『……………っ』グッ…
善子「私を強く送り出してくれたのは、他でもない。あなたじゃないの」スッ
――黒澤父『ダイヤ。おまえは、善子さんと特別な仲なのではないだろうね――――?』
ダイヤ「わた、し…っ」
――善子『私っ、わた… 内浦を出たくない…!ダイヤっ、ダイヤぁ……離れたくないよぉ…っ』
ダイヤ「わたくしだって――離れたくなんか、なかったのに……っ!!」
ダイヤ「――――――ヨハネぇっ!!!」
善子 ……ピタ
善子 クルッ
善子「善子よ。」
ダイヤ「ぁ……ぁあっ…」
ダイヤ「ぁぁぁぁぁあああああ………っっ」
【SS】一目貴女を見た日から 終わり
以上です。
長いことお付き合いいただきありがとうございました
Hi-Fi CAMP の『恋』を元に書いてみましたが、正直、ダイよしは手に余り、扱いきれませんでした…
参考
https://youtu.be/ioMNNpMr870 部屋の中で呻いてる
書いてくれてありがとう
最高だったよまた書いてくれ 手透きの時間に少しずつ書き溜めるので完成は遅くなると思いますが、次なにかカプの希望などあるでしょうか よしルビ、ちかよし、かなよし…あたりですね
最近μ'sの同人誌を読んで若干そっちに気持ちが揺れている部分もあるのですが、無印はもうあまり需要なさそうですか? うみにこ、ことぱな、ダイせい…なるほど
にこ推しなのですが、好き過ぎて上手く扱えなかったりしてこれまであまり触れてきませんでしたね
ダイせいはややギャグに寄りそうですが、普通に二人暮らしの日常モノを書くのもいいですね μ'sならことまき
Aqoursならようダイが見たいです
マイナーだし難しいかもだが おお…そこで終わるのか
悲恋で終わるのは悲しいなあ ほのぱな、よしルビ、ようまる、ようダイ
などが見てみたさあります >>382
カプものだと、まるりあ、ちかよし、かなりこ、あたりです こうして見ると、やっぱり様々なカプ需要があるものなのですね
無限に時間があればどれも書いてみたいですが、そうもいかないのが悔しいです…
ご意見ありがとうございます 序盤で高校1年生の間って書いてたり鳥の描写を重ねてたり凄いな
伏線も描写も丁寧で鮮やか
素晴らしいSSをありがとう 作者さんがまだ見てるか分からないけど
にこにーのカプならうみにこ、ことにこが見たいです
無印もサンシャインも読みたい このラスト凄い
ヨハネと呼びかけて、善子よ、と返す
堕天使であるヨハネに心を奪われたダイヤの想い、過去と決別する善子の姿が浮かんで泣きそうになった
だからヨハネよ!が印象深いだけになおさら ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています