凛「冬の大三角形」
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夜空を見上げてた。
満天の星空を見上げてた。
届かない光を、じっと、見つめて。
その輝きに憧れて。
星が降るのを、待っていた。 真姫「凛…凛!」
足音が聞こえた。
凛「真姫ちゃん?」
真姫「もう…馬鹿!」
駆け寄ってきた真姫ちゃんは力強く凛に抱きついた。
目元が少し濡れていた。
凛「真姫ちゃん…どうしたの?」
真姫「どうしたじゃないわよ、馬鹿っ…!勝手にいなくならないでよ!怖くて、泣いちゃうところだったんだから…。凛の、馬鹿っ!」 凛「ごめん…」
言葉では怒りを表現しながらもぎゅって抱き締めてくれる真姫ちゃんに、凛はどうしていいのか分からなかった。
真姫ちゃんの想いの正体が分からなかったから、凛は立ち尽くして、星空を見上げるしかなかった。 真姫「さ、湯冷めしないうちに早く寝ましょ。風邪なんてひかれたら迷惑だから、今度こそちゃんと寝なさいよね」
凛「ありがと。その、心配かけてごめんね」
真姫「別に、言うべきことを言っただけなんだから」
真姫ちゃんは凛を小屋(屋敷)に連れて帰るなり凛のためにお風呂を入れなおしてくれた。
高地の冬空の中、ただのパジャマで一人立ち尽くしていた凛の体は凍るほどに冷えていた。 半分夢の中だったというか、深夜に目が覚めて何かに誘われるようにしてそのまま外に出ていった凛にはなんか取り憑いてるかもしれない。
何か、強烈な何かを、凛は求めていた気がする。
真姫「…凛」
凛「ん?」
時々、凛は心がモヤモヤする時がある。
決まって真姫ちゃんは、辛い何かを我慢しているような瞳で凛を見るんだ。 真姫「…明日から、沢山遊ぶんだから、ワクワクしてないでさっさと寝るのよ」
凛「うん」
ただそこは、踏み込んではいけないような気がして。
今日から2泊3日の真姫ちゃんとの合宿、というより旅行。
明日に備えて、今度こそ、眠りに就いた。 真姫「凛、起きなさいよ」
凛「まだ眠いよー。10分後ー」
真姫「はあ?目を開けなさい。お母さんじゃなくて真姫ちゃんよ」
段々と意識が覚醒してくる。
落ち着かない布団のにおい、朝に聞くことのない声に目を開ける。
ゆるくウェーブのかかった赤髪に睫毛の長い知性的なつり目。 真姫「はい、おはよう。ちゃっちゃと着替えてよね」
凛「ん、おはよー、真姫ちゃん」
真姫ちゃんは、髪の毛をくるくるやりながらさっさとリビングの方に歩いていってしまった。
上体を起こして身体を伸ばす。
くあとあくびをしながら時計を見遣ると既に9時過ぎ。
結構な時間眠っていたらしい。
着替えなくちゃ。 そそくさとリビングに歩く。
もしかしたら朝食の支度とか全部任せちゃってるかもしれないと心配になった。
凛「おはよー」
真姫「おはよう」
テレビを眺めながら特にこちらに顔を向けることもなく真姫ちゃんは返事をした。
テーブルの上にはティッシュペーパーの箱と写真立てくらいのサイズのカレンダーがあるだけだったので、ちょっと安心した。 てくてくと近寄って真姫ちゃんの隣に腰掛けると、真姫ちゃんは見透かしていたように尋ねてきた。
真姫「朝食どうする?」
凛「んー」
作る的な意味か、それとも時間的な意味か。
真姫「私は料理できないから、外で買うなり食べることになるけど、何か希望はある?」 凛「真姫ちゃんは何でもいいの?」
真姫「まだあまりお腹空いてないのよ」
真姫ちゃんはこういうところで変な気遣いはしない。
なら凛も別に後でいいかな。 凛「今食べると後で食べられなくなっちゃうから、凛もいいや」
真姫「そう。食べたくなったら我慢せず教えなさいよ」
真姫ちゃんは視線の先のテレビの電源を切った。
それから準備をして10分後に屋敷を出た。
山奥なのにセコムしてて驚いた。 真姫ちゃんの車で一時間少々移動すると、観光街が見えてくる。
観光街といっても結構地味なところっぽい。名前聞いたことないもん。
ただ、窓から見える古びた建物の風景に、既視感を覚えた。
小さい頃に見たことがあるようなあの既視感に似た、朧気な記憶と重なる気がする。
以前家族とでも来たのだろうか。 真姫「…凛?」
凛「ううん、あのね、見たことある気がしたんだよ、ここ。ほら、夢の中で見た、みたいな」
真姫「そう」
真姫ちゃんはただそれだけ応えた。
まあ、気のせいだろう。 凛「そういえばさ、どこに行くの?」
真姫「まあ、ここの辺りは充実してるから、見て興味あるのあれば入るわよ」
凛はスマホを取り出して、この地域で有名なものを幾つか検索してみた。
凛「凛ね、りんご狩りがしたい」
真姫「どこよそれ」 凛「さっむー!」
雪こそ降っていないものの、標高がある程度ある地域の冬は東京の冬とは比べ物にならない寒さだ。
車でぬくぬくしていた身体には攻撃的な空気の冷たさ。
鼻が痛い。 真姫「さ、寒い…温泉行きましょ、ほら車に乗って」
凛「温泉ってどこにあるの?」
真姫「ここから家に戻ってさらに40分ほど逆方向に走ったところよ」
凛「逆戻りだよ!」
ガタガタ震える真姫ちゃんを引っ張って入り口を目指す。
真姫「ここだってとんだ方向違いじゃない…」
凛「まあまあ」
真姫「凛ってりんご好きだったのね」
凛「そうだよー」 制限時間が30分に設定されている。
これが短い。
凛「真姫ちゃん、何ぼーっとしてるの、勿体無いよー?」
真姫「嫌よ。みっともないじゃない。そんなに欲しいなら幾らでも買ってあげるってば」
凛「買うりんごと狩るりんこは別物なの、すっごく新鮮で美味しいよ、食べればわかるよ、はい」
真姫「じゃあ一口。……美味しい」
凛「ね」 真姫「もうシーズンだって微妙に過ぎてるのに。みずみずしい…」
凛「だからもっと持って帰ろ!」
真姫「やめときなさいよ、それ以上採っても腐らせるだけだから」
凛「そうかなあ」
真姫「ええ、それに多く採れば日数は持つけど、比例して鮮度も落ちるじゃない。美味しいままになんてしておけないし、この美味しさを味わえるのは、当人だけ」
凛「そっか、果物は悪くなっちゃうよね」
真姫「だからその、もう一口」
凛「真姫ちゃんかわいい!」
真姫「からかわないで!」 こんな風に談笑しながら美味しそうなりんごを選別していると、本当にあっという間だった。
りんごの入った袋をぶら下げて車へ向かう。
真姫「次、どこか希望ある?」
凛「真姫ちゃんはお腹空いてる?」
真姫「まあ、朝からりんごしか食べてないし」
凛も大した量は食べていない。
片手でスマホを取り出して、名物っぽい食べ物、お店を探してみる。
袋を積み、助手席に座ってから、凛は真姫ちゃんに画面を見せた。
真姫ちゃんはそれとにらめっこしながらナビに住所を打ち込んでいった。 真姫「凛」
真姫ちゃんはそこで一呼吸置くように間を置いた。
真姫「また離れたところを選んだわね…。まあ美味しそうだからいいけど」
凛「えへへ、ごめん。地名が全然分からなかったから」
なぜ、凛は嘘を付いてまで遠くを選んだのか。
見えない何かから身を遠ざける自分のことを見つめるのが怖くて、考えるのをやめた。 お蕎麦。
中華そばの日本風たるそば。
ラーメンはここから出来たに違いないと思った。
お蕎麦超美味しい。
真姫「うどんも悪くない」
凛「お寿司屋さんにも行って手巻き寿司しか食べないくらい不自然だよ、お蕎麦で有名なお店なのに」 真姫「お品書きに書かれている以上は選択肢の一つでしょ。や、コシがあってこれは長年の研究とセンスがないと作り得ない完成された一品よ」
凛「お蕎麦の方が評価されてるんだもん」
真姫「私はそもそもうどんだからいいけど、その天ぷらはどう言い訳するのよ」
凛「ざる蕎麦にはねぎとわさびが付くように天ぷらもセットなの」
真姫「それ天ぷらは別メニューでしょ」 まあ一口貰って納得したけどね。
今まで食べたうどんの中で一番だった。
でも天ぷらとそばはセットだと思うんだよね。
白米にはカレーだし、ラーメンにはチャーシュー。
一つでも足りないと、もはや完成し得ないと思う。 あんまり移動距離が長かったから(主に凛のせい)日の短い今の季節だど太陽が高くない。
その太陽も今や灰色の雲に隠されてしまって結構薄暗い。
真姫「微妙な時間ね。他に、ある?希望」
凛「んー、えっとね」
凛はまたスマホを操作し始める。
真姫ちゃんは黙ってそれを見つめている。 凛「ここが良いな」
スマホの画面を見せる。
極力近づかないように、家を挟んで反対側の観光スポットを選んだ。
ただ、ここからはそう遠くないはずだ。
凛は、真姫ちゃんに向けていた画面から顔を上げると、目があった。
画面ではなく顔を見ていた証拠だ。 すぐに真姫ちゃんは、その目をそらして長い睫毛を伏せて、辛さを堪えるような顔をした。
凛は、怖くなった。
真姫「ね、凛。聞いといてなんだけど、私にも行きたい場所があるのよ。付き合ってくれないかしら」
凛「…」
真姫ちゃんは腕時計を見て、窓から覗く空を見て、また目を伏せた。
真姫「初めに向かっていた観光街の一角がね、観光スポットになっているの」
その気まずそうな様子は、あの観光街で言い出せなかったことから来る気まずさでは無いことは簡単に想像がついた。 凛達は、互いにそんな遠慮はしない、あたたかい関係のはずだ。
そう思った瞬間、薄ら寒い何かを感じた。
真姫「今からでも…ゆっくりできる時間はないけど、少しはまわれるから、その…どう、かしら」
凛「嫌だよ」
つい反射的に、考えるよりも先に言葉が出てしまった。
真姫「…凛」 もう泣き出しそうなくらい辛そうな瞳があった。
凛の何がそんなに醜いの。
そんな顔しないで。
どう受け止めればいいの。
何もかも。
知らないよ。 凛「あの街は、もう、行きたくない」
真姫「…っ」
固唾を呑んだ音が聞こえた。
真姫「どうして、行きたくないの?」
瞬時に、意志の強い瞳へと変わっていた。
負けじと、凛は答える。
凛「あの街は怖いんだよ。悪夢を、思い出させるから」
真姫「それって、どんな悪夢?」
凛「…」 憶えてなどいない。
知る訳がない。
夢なんてのは、意識が極限に低い状態で頭が勝手に描く妄想なのだから。
真姫「…私達、去年もここに合宿しに来たの」
猛烈な雨が降り出した。
叩きつけるような雨が、周りのすべての音を飲み込んだ。
凛「真姫ちゃん、何言ってるの?」
合宿じゃないし、ここに来たのも初めてだよ?
冗談めかすように、凛は言った。 大雨の中、そのまま屋敷へ帰った。
どちらにせよ観光などできる気分では無かったけど。
車中の気まずい沈黙は、ある程度雨音が打ち消してくれた。
ただ、凛の頭の中では、真姫ちゃんの言葉が延々とリピートされていた。 凛「お邪魔します」
真姫「おかえり、でいいわ」
凛「うん」
真姫「…」
優しい真姫ちゃんは私にどう接すぺきか悩んでいるみたいだったけど、凛は何も考えたくなかった。
凛「ちょっと寝るね」
真姫「…わかった」
持っていたバッグだけ床に放ると、ベッドに倒れ込んだ。
眠くなんてないけど、何も考えたくなくて。ただ考えたくなくて。
妙に既視感を覚えてしまうこの屋敷を忘れたくて、枕に顔を埋めて、瞼を閉じた。
悪夢を忘れれば、夢の続きを見られる気がする。
眠れるはずなんてないのに。 それから、起きていたのか眠っていたのか、よく覚えてない。
真姫ちゃんに色々と声をかけられた。それだけは言えた。
気が付けば、外は真っ暗になっていて、パジャマになっていて、隣で真姫ちゃんが寝ていた。
雨は降り続いているようだった。
時計は夜中を示している。
昨日のことなんて忘れて、招かれるように、私は外に出た。
セコムを操作している自分は、自殺でもするつもりなのだろうか。
真姫ちゃんは、朝方になって凛がいないことを知る。
その時、凛は、どこにいるんだろうな。 ほとんど無意識に動く足は、昨日と同じところで立ち止まった。
夜空を見上げた。
そこにあるのは、曇天。
雨雲。
肌を裂くように冷たい雨を降らし続ける、雲。
そこには、星は見えなかった。
手を伸ばしてみた。
星も、光も、輝きも、希望も、夢も、何も見えなかった。
少したりとも届かなかった。
ただ手に触れるのは、残酷なまでに冷えた雨。 冷たい、寒いと感じた。
意識が更に遠のいた。
このまま腐って風化して雨になれたらいいと思った。
天に向かって伸ばしていた右腕を支える力がなくなって、そのまま地面に倒れ込んでしまおうとしたとき、体が支えられた。
力強く抱き締められて、動かない右手はそのあたたかみを感じる手で握られた。
真姫「馬鹿なんだから…っ」
凛「真姫ちゃん…?」
凛の意識が、少しずつはっきりしてくる。 真姫「無いものを求めないでよ…。無くなったなら、受け止めるしかないじゃない…。逃げて、繕って、段々と壊れていくの見せられる気にもなってよ、馬鹿。もう、嫌なの、こんなの。嫌だよ、凛、嫌だよ。もう、いなくならないで」
大声で泣いて、怖がって、わがままのように叫ぶ真姫ちゃんを、安心させてあげたくて、抱きしめ返した。
そうするしかないんだと思ったから。
しばらく二人で、雨に打たれながらそうしていた。 凛「真姫ちゃん…私、どうして」
真姫「凛。凛はね、遠く彼方へと行ってしまった懐かしいものを求めたのよ。その手を伸ばしたの。でも、どうしたって、最新の技術を使っても、巨額の費用を支払ったところで、どうしても得られないものなのよ」
凛「なら…凛はどうすればいいの?」
真姫「逃げないで。受け止めて。そうするしかないから。どんなに怖くても、きっと、そうしなくちゃいけないの」
凛「きっと、壊れちゃうよ」
真姫「壊れない。ううん、壊れるかもしれないけど、私が治してあげる。ずっとそばで支えてあげるわ。だから心配しないでこれでも医者の卵なんだから」 それでも。
こんなに優しい友人に支えられても。
凛は、受け止めてしまっていいんだろうか。
受け止めてしまったら、そこで、全部、その忘れがたい何かの物語は終わってしまうのではないだろうか。
真姫「…言っとくけどぐじぐじしてどんどん壊れてく方が失礼ってもんでしょ。学んで、心に残して、次に進んでくれた方が、嬉しいんじゃないの」
凛「でもさぁ…!」
真姫「うん」
凛「忘れたく、無いよ…。色んなことが起こって、色んな経験して、結局、どんなに大切なことも、薄れて、紙みたいになって、結局さ、幼い頃の宝物って捨てちゃうんだよ?!」
真姫「捨てないわよ!」
凛「捨てたくないよ!」
真姫「なら、そんな事言わないで」
凛「どうしようもないじゃん」 真姫「いいえ。誓ってもいい。凛と私は、絶対に忘れない」
凛「…」
真姫「一生で、一番の友達でしょ…?…凛の……凛のっ…凛の花陽への想いって、そんなものなのっ…?」
凛「…かよちん」
その、長い間禁じてきた名前を聞いて、視界が滲む。
真姫「スカート、履けるようになって、嬉し涙流すほど喜んでたのよ。その彼女のせいにして、立ち止まって、現実逃避してどんどん壊れてって、それが仕方がない選択なの?」
凛「ダメ…」
真姫「なら、信じなさいよ、彼女の為に。どんなに怖くても、私が側にいるから。消えたりなんてするはずがないんだから。親友として、共に信じてよっ…」
真姫ちゃんは、凛の右手を更にぎゅっと握った。
そのあたたかさは、何も掴めなかった、凍った右手を溶かした。
凛「…うわあぁぁぁっ」 3日目の朝。
昨夜は全身がしもやけになるのではと心配するほど寒かったけど、凛も真姫ちゃんも幸い風邪をひいた感じはしない。
普段通りでないことといえば、二人して目が腫れぼったい。
生憎未だ雨は降り続いているものの、凛の心は非常にすっきりしている。おそらく真姫ちゃんもそうだろう。長い間迷惑をかけたものだ。
今日の予定は確認せずとも決まっていた。
真姫「さ、出るわよ」
凛「うん!」 昨日の観光街を車で走る。
今なら去年来た際の鮮明に思い出すことができる。
いや、何時でも思い出すことは出来たんだと思う。
ただ、重い蓋をしていただけだ。 更に10分程行くと、お寺だの瓦屋だの古めかしい建造物が並ぶ一角に到着した。
車から降り、傘をさしてから、真姫ちゃんはそっぽを見ながら口を動かした。
真姫「希望は?」
凛「希望?」
真姫「場所」
一瞬迷って、でもはっきりと。
凛「去年と同じようにまわりたい」
真姫「ふうん」
髪の毛をくるくるする真姫ちゃんの横顔が緩んでいるように見えた。 凛達は、覚えている限り同じところを同じ順番でまわった。
時折凛が涙ぐんで立ち止まると、決まって真姫ちゃんが「もう、拭きなさいよ」などと言ってハンカチを差し出してくれた。
凛は昔からずっと面倒かけっぱなしな気がするよ。 特に印象深かったのは、昼食で入ったレストランとか、
真姫「どれ頼んだか覚えてない。これでいいわね」
凛「あ、それかよちんが頼んだやつだよ」
真姫「…あー思い出した」
凛「それのパンと白米選べるので白米選んで」
真姫「さらに白米単品で4皿くらい追加注文してたやつね」
凛「あ、すみませーん、これと白米大盛り4つ」
真姫「ぅええ!」 博物館で見かけたよく分からない牛とか、
凛「あーこれ撫でるとご利益ある牛だ!」
真姫「だから違うって言ったでしょ。それは北野天満宮の牛。全く正しい覚え方しないんだから…」
凛「撫でようよー」
真姫「また怒られても知らないわよー」
警備の人「…ゴホン」
凛「えーあー」 観光地によくある顔がくり抜かれてる看板とか、
凛「はいチーズ」
真姫「誰が撮るのよ…」
凛「はは、じゃあ一人ずつだね」
真姫「これ一人で顔出すの恥ずかしいんだけど…」
凛「きっといるよ」
真姫「いる訳ないじゃない」
凛「…しゅん」
真姫「ば、馬鹿っ、冗談に決まってるでしょ?いるわ超見えるわ」
凛「ぷぷっ」
真姫「はっ…もぉー凛に騙されたー!」 お土産の小物屋さんとか。
凛「凛が買ってったストラップ見つからないなあ」
真姫「同じの買っていってもしょうがないし、良いんじゃない」
凛「あ、このお菓子!買って帰ろ」
真姫「ふうん、私も」
凛「あっ」
真姫「どうしたの?」
凛「これ」
真姫「…あっ」 時間を忘れて、二人で、街を巡った。
思い出しながら。
大切な何かを思い出しながら。
そこに、二人で新しい記憶を、重ねていった。
決して上書きはしない。そう誓った。どんどん、積み木のように重ねていって、大きくするんだ。
二人で、支え合っていく、その第一歩。
今はほとんど支えられてる状態だけどね。 あっという間に真っ暗になった。
もう、家に帰らなければならない。 真姫「もうこんな時間ね…。ちょっと遊び足りなかったかも」
凛「真姫ちゃんがそんな事言うなんて珍しいね」
真姫「たまにはいいでしょ」
ここで恥ずかしがらない真姫ちゃんは、それなりに感傷に浸ってるのかもしれない。
真姫「とっくに予定時刻過ぎちゃった。明日は遅刻ね」
吹っ切れた様子で滴る雫を避けようともせず傘を閉じる。車に乗りこもうとしている。 凛「その、えっと、ありがとう。ありがとうございます、真姫ちゃん」
真姫「は、はぁ?なにいきなり、恥ずかしいんだけど、お、置いてくわよ」
凛「はははっ、ちょっと置いてくは酷いよー」
考えてみれば、真姫ちゃんはどうして再びここに誘ったのか。記憶を閉ざしていた凛を誘った理由は、一つしかない。
壊れた凛を治すためだ。 過去を鎖で縛って見ぬふりをしていた凛とのコミュニケーションは、きっと薄ら寒いものに感じていただろう。
それまでの三人間ではまるで有り得なかったもので、それに違和感を覚えてこそ真姫ちゃんは友達という友達を作ることがなかったんだと思う。
なら、そんな変わり果てて時間と共に悪化していく凛のことを優しい真姫ちゃんは見ていられなくて当たり前で、勇気を出してでも更生させてやりたかったに違いない。
もし彼女自身が彼女の為の行為だと思っているとしても、優しさはつまるところ自己満足でしかない。自己満足へのプロセスに他人にいい影響を与える度合いを持ってしてそれを「優しさ」と呼ぶ。 真姫ちゃんは優しい。
どんな理由であれ、嬉しく感じたのなら、それは感謝すべきことなんだ。
真姫「だから、別にあんたのためじゃないんだから!」
だから、凛は感謝したい。真姫ちゃんに。彼女に。凛の親友達に。
感謝するところから始めたい。 真姫「合宿を思い出すなぁ、って感慨深そうに呟いてたわね」
凛「確かに、忘れ物とか使いっぱなしのものがないかとか確認してると合宿を思い出すね」
真姫「懐かしいわ。今度はまたカレー作りたい」
凛「三人でつくったねー」
真姫「え?」
凛「え?あ、ああ、真姫ちゃんは失敗させたくないってお米だけ炊いてくれたんだよ」
真姫「思い出した」 凛「べちょべちょですって怒ってたけど」
真姫「だから言ったのに…」
凛「…今度こそ、美味しく作ろうね」
真姫「…二人で作れるかしら」
凛「それまでに練習しようよ」
真姫「たくさん必要ね」 凛と真姫ちゃんはこの屋敷に想いを残しながら、一つ一つの部屋を周り、確認し、電気を消していく。
玄関まで来てしまった。
真姫「凛」
凛「うん」
凛は、その重い扉を開いた。
閉じていた心の扉を開くように。
引きずっていた過去と別れるように。
そこに、別れを告げた。
──ばいばい。
凛「また、来年かな」
真姫「予定。開けておかなかったら怒るんだから」
既に車には荷物を積み終えている。
目を袖でぐしぐし擦ってから車に乗り込んだ。 小一時間ほどした後、信号はおろか道とすら思えないような場所で停車した。
凛「真姫ちゃん?」
真姫「降りて」
説明も無くそう言われ、意味もわからずシートから腰を上げる。
真姫「こっち」
さっさと前方に進んでいる真姫ちゃんを追いかける。
凛「真姫ちゃん、どうしたの?」
真姫「いいから。あと3分真っ直ぐ前を見て歩いて。ここ足場悪そうだから気を付けてよね。というか…いや。寒いから、これだけ着なさい」
どこに持っていたのかコートの一つを凛に渡した。
凛「…ありがと」
凛はあたたかいコートを羽織った。 真姫「到着」
凛「え?ここ?」
特に見当たるオブジェクトといえば木製のベンチとテーブルと周囲を大きく丸く囲っている花壇…。
まあ実は、車を出た先が木々一つない開けた場所ということには気付いていた。
だから予想はついてはいた。
ただ、去年と同じここに、あの道なき道を縫って出てくるとは思っていなかった。
だから記憶と結び付いた瞬間顔を上げていた。 ──星空。
3,4時間前まで降り続いていた雨の母体である雲は完全に消え、見渡しのいい広大な夜空には宝石を散りばめたような星々が燦然と輝いていた。
凛「うわあ、凄い、なにこれ、綺麗!すっごく綺麗だよ」
真姫「まあ、ベストコンディションね」
凛「晴れてて、真っ暗で、最高の場所で、冬ってこと?」
真姫「プラス、さっきまで雨降ってたでしょ。雨の後って、空気中の細かいチリとかホコリが雨と一緒に流れ落ちるから、一層遠くのものが鮮明に見えるの」 雨があってこその星空よ、と真姫ちゃんは独り言のように呟いた。
そこにどんな意味が込められていたのかは分からない。
ただ、辛い経験の上に今がある、と伝えていることだけは感じられた。 凛「こんなに綺麗だとさ、本当に手が届きそうだよね」
真姫「錯覚よ」
凛「そうかな」
真姫「そうよ」
凛「たまには、錯覚もいいよね」
真姫「…夜中に外を彷徨ったりしなければ」
凛「もうしないよ」
真姫「なら好きにすれば」
凛「…うん」
真姫「…」
凛「手、繋いでいい?」
真姫「な、何言い出してんの、そ、そっちなの?いや、凛がそうなら、ていやいやそうじゃなくて同性愛に対する…」
凛「右手」
真姫「あ、ああ。もう、脅かさないでよね。…好きにすれば」
凛「…うん」 思い思いに広がる星は一つ一つが自分を主張するべく輝き続けている。
凛「星って寿命あるんだよね」
真姫「ええ。地球で使う一年を単位とすると人間には想像すらできないような桁になるけど」
凛「じゃあ、ほぼ無限だね」
真姫「圧倒的に膨大な数字なら、ある意味人間にとってはそうかもね」
星は、永遠だ。
ちっぽけな人間には、実質無限に等しい。
だから、無くなることはないのだろう。 昼間になって、季節が変わって、一時的に見えなくなったとしても、失われるものではない。いつでもそこにあって、必ず見つかる。
風化も、劣化も、消失も消滅も、絶対にしない。忘れない限り、探すことをやめない限り、有り続ける。
来年も、探しにこよう。
「また来年にゃー」
「予定が合えばね」
「絶対に来ようね♪」
写真立てサイズくらいのカレンダーの背表紙に、それぞれの文字が残されていた。
去年のものだったので、買い替えて、もちろん二人分の文字を書き残しておいた。
去年のカレンダーは、かなり悩んだ挙句、置いてきた。
引きずるのは、彼女の好きな溌剌とした姿の凛じゃない。
また来年、見に来ればいいだけの話だ。
一年後、成長した姿でここに来れると良いな。 ─
凛「ね」
真姫「何?」
凛「冬の大三角形ってさ」
真姫ちゃんは空いている右手で空高くに手を伸ばした。
真姫「あれと、あれと、あれ」
凛「眩しい」
真姫「当たり前でしょ」
凛「…そうだね」
真姫「そうよ」
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