そういえば、ニサルガダッタ・マハラジがバガヴァッド・ギーターを最高の教えと評していた対話録を読んだ記憶があります。
そして、ギーターを読むときは、アルジュナ側の視点ではなく、自分がクリシュナであり、自分が真理を語っているものとして読みなさい、と質問者にアドヴァイスをしていました。
マハラジの属していた宗派も、出家ではなく、在家で各々の役割を果たしながら修行するのを奨励していたので、似たものがあるのかもしれませんね。