X



骨董屋シリーズだよ
0001名無し百物語2019/08/17(土) 06:16:39.58ID:Pg36qsM1
創作の骨董屋を主人公にした話を書いていきます
0002名無し百物語2019/08/17(土) 06:19:51.36ID:Pg36qsM1
食いたい鋺の話

じゃあ話をさせてもらいますよ。わたしね、昔は骨董屋をやってて、
店を持ってたんです。今はいろいろあってやめちゃいましたけどね。
ほら、骨董って曰く因縁がかぶさってる物が多いでしょ。
だから、なかなか商売を長く続けるのが難しいんです。
いろいろと障りが出てきて。え? 長年やってる人を知ってるって。
まあねえ、そういう人はまっとうな商売をしてるんですよ。
危険な物にいっさい手を出さないっていう。
お前は違ったのかって? ああ、はい。私が骨董に関わったのは、
戦後の混乱期なんです。あのころはもう、何でもありで。
闇市、闇米、密造酒・・・食ってくためにはしかたなかったんです。
でね、骨董の世界では稼ぎどきでもあったんですよ。
0003名無し百物語2019/08/17(土) 06:21:09.71ID:Pg36qsM1
ほら、田舎の旧家なんかがたち行かなくなって、先祖代々のお宝を売りに出す。
それを私らが二束三文で買いつける。ええ、ほんらいの値打ちの百分の一も
いかない値段でね。それで、さっき、まっとうな商売って言いましたが、
じゃあ、まっとうでない商売ってのはどういうもんかというと、
2つあるんです。ひとつは、明らかに障りのある品物を扱うこと。
ええ、ええ、それを持ってれば不幸になるってやつです。
これはね、いろいろあるんです。いかにも人の血を吸っていそうな脇差とかも
あれば、見た目はなんでもないような茶器とかもあります。
障りのあるものを、どうやって見分けるかって? 
それはね、勘というしかないですね。骨董屋って、昔は、
何代も続けて同じ商売をやってる場合が多かったんですよ。
0004名無し百物語2019/08/17(土) 06:21:42.39ID:Pg36qsM1
だから、子どものころから古物に囲まれて育って、そこで、
これはいいもの、これはよくないものっていう勘が自然に養われる。
よくない物の2つ目は、盗品や盗掘品です。
お寺の仏像が盗まれたとか、今でもときおり話を聞くでしょ。
あと、これはさすがに今はないけど、古墳を勝手に掘っかえして出てきたもの。
でね、この2つは重なってることが多いんです。
ああ、なかなか話が前に進みませんね。ある夜です。
店番をしてて、そろそろ閉めようかってときに、若い男が2人、
風呂敷に包んだ古物を売りに来ました。どっちも人相がよくないやつらで、
ひと目でまっとうな人間じゃないってわかりました。
いや、そんなことはおくびにも出さず品物をみせてもらいましたよ。
0005名無し百物語2019/08/17(土) 06:22:14.61ID:Pg36qsM1
まず、銅の鏡。それから鉄刀ですね。どっちも錆だらけでしたが、
鏡のほうは売り物になりそうでした。あと、6〜7世紀の土器も何個かあったんですが、
これは売り物にはならない。それとね、銅の鋺(かなまり)です。
この品揃えで、古墳の盗掘品ってわからなけりゃモグリですよ。
よっぽど買い取りを断ろうかとも思ったんですが、
そいつらに暴れられても嫌ですからね。ごく安い値を言ってみたんです。
そしたら、そいつら顔を見合わせてましたが、「それでいいから、置いてく」
って言ったんです。金を受け取ると逃げるようにいなくなりました。
でね、問題はその銅の鋺だったんです。今ね、銅の鋺っていったら、
仏具しかないですよね。けど、古墳時代だと、貴人が食器に使ってた場合が多いんです。
だからそれも、故人が日常使用してたものとして、古墳に副葬したんでしょう。
0006名無し百物語2019/08/17(土) 06:22:46.49ID:Pg36qsM1
持ってみるとずっしりと重く、錆がほとんどありませんでした。
色は黒ずんでましたが、少し磨いたらねっとりとした黄色い光を放って。
でもね、そのとき「ああ、これはよくない」って私の勘がささやいたんです。
でも、買い取った以上、売り物です。店の目立つところに飾って、
早めに売ってしまえばいいと思いました。でね、陳列棚じゃなく、
小ぶりのガラスケースに入れて店頭に置いたんです。
いや、売れませんでしたね。お客さんはみな関心を持つんです。
いわれを聞いたり、値段を尋ねたり。でも、値は安くしてあるのに買わない。
この世界は、客のほうも半玄人みたいな人ばかりだから、やっぱりわかるんでしょうねえ。
でね、鋺を置いて3日目でした。朝に売り物を見て回ってたときに、
鋺の中に、ころんと黒いものがあったんです。
0007名無し百物語2019/08/17(土) 06:23:09.45ID:Pg36qsM1
「ん、何だ?」と思ってケースに顔を近づけてみると、コガネ虫の頭。
胴体はかじりとられたようになくなった頭だけです。
もちろん鋺を取り出して表に捨てました。・・・このときはまだねえ、
そんなに不思議には思わなかったんです。ガラスケースと言っても、
すき間はありましたからね。何かの具合で入り込んだんだろう。
それくらいにしか考えなかったんですが・・・それから3日後くらいですね。
夜中に、店のほうでガタガタ音がしたんです。でも、戸締まりはしっかりしてましたし、
ネズミだろうって思いました。昔は蝿も蚊もネズミも、どこの家にもたくさんいましてねえ。
今の人はわからないでしょうが、ネズミ捕りでつかまえたネズミを、
ドブに沈めて殺したりしてましたからねえ。でも、骨董屋ですし、
ネズミが食べるものなんてない。そう思って寝直しました。
0008名無し百物語2019/08/17(土) 06:23:31.11ID:Pg36qsM1
翌朝、店に出ると、あの鋺のガラスケースの全面が赤黒く染まってまして。
血じゃないかと思いました。調べるとガラスの内側に飛び散ってて、
鋺の中には、大きなネズミの頭があったんです。
これはさすがに、おかしいと思うでしょ。すき間があるとしても、
ネズミが入ることはありえない。まして頭だけになるなんてね。
で、店の中を探しても胴体はなかったんです。そのときにふと、「鋺が食った」という
考えが頭に浮かびました。まあ、そんなことがあるはずはないんですが。
ガラスの血は拭きとって、ありえない飾り方ですが、
鋺をひっくり返して、底が見えるように置いたんです。それから、相変わらず鋺に
買い手はつきませんでしたが、おかしなことはなくなったんです。
ただ・・・あるとき、お客さん来てたんですが、その人が、
0009名無し百物語2019/08/17(土) 06:23:55.06ID:Pg36qsM1
「さっき、店に立派な装束を着た、昔のお公家さんみたいな人が入ってったが、
 あれ何だい?」って聞いたんです。「いやいや、そんな人は来てませんよ」
そう答えるしかなかったです。その夜です。夢を見ました。
お客の話に出てた貴人なのかもしれませんが、それが暗い中に座っていて、
「食いたい、食いたい、もっと食いたい」ってつぶやくんです。
顔は面長で、時代劇に出てくるように眉を剃ってましたが、その額のとこから
ぼこっとネズミが頭を出したんです。ネズミは「チイチイ」と鳴き、
それに貴人の「食いたい」の声が重なって・・・そこで目が覚めました。
心臓が動悸を打ってましたが、怖いというより気がかりな夢で、
電灯をつけて店に行ったら、あの鋺がケースからなくなってたんです。
ええ、どこにも見あたりませんでした。
0010名無し百物語2019/08/17(土) 06:24:21.95ID:Pg36qsM1
でも、鋺がないのを見て、なんだかほっとしたのを覚えてます。
大間違いでしたけども。でね、当時、うちには8歳の息子がいたんです。
「腹減った」って言うのが口癖の。まあ、どこの子どももそうでしたけどね。
戦時中、終戦直後よりはいくらか食糧事情はよくなってましたが、
食べるもののない時代で、金があったとしても、食品そのものがないんです。
その子が、めずらしく夕食を残しまして、「腹が痛え」って言うんです。
さわってみると、蛙みたいに胃のあたりがふくれてました。
「何か食ったのか?」 「なんも」それで、いつまでも治らないようなら医者に
連れてくしかないと思ったんですが、しばらくして「寝る」って言いまして。
「腹は?」 「よくなった」で、その夜のことです。
寝ていると、ガチャンと店で何かが割れる音がしました。
0011名無し百物語2019/08/17(土) 06:24:47.57ID:Pg36qsM1
「あ、売り物が落ちたか」そう思って見に行くと、表のガラスが割れて
戸が開いてたんです。「!?」すぐ外に出ました。当時は商店街でも街灯は少なくて、
暗い中にしゃがみ込んでいる影がったんです。影は「うまし、うまし」って
言いながら、側溝に顔を近づけてて。子ども・・・息子?
「お前か? 何してる」襟首をつかんでこちらを向かせると、
顔のまわりが黒くなってたんです。手からカランと何かが落ちました。
息子は「食いたい、もっと食いたい」そう言ってて、明るいところに連れてきて見ると、
顔についてるのは泥、鋺の中にも泥。側溝の中をすくって口に流し込んでたんです。
すぐ医者に連れてきましたが、疫痢になって3ヶ月入院しましたよ。
鋺は、その日のうち市場に出しました。・・・ただねえ、あれから数十年たった今も、
噂を聞くんです。障りの強い鋺が出回ってて、何人も死んでるって話を。
0012名無し百物語2019/08/17(土) 06:25:33.56ID:Pg36qsM1
さむどの屏風の話

こんばんは。この間、物を食らう銅の鋺の話をしたものです。
他に骨董品にまつわる怖い話はないのか、ということでしたので、
もう一つだけお話したいと思います。屏風ですね。
「さむどの屏風」と呼ばれるものがありまして。
なんでその名で呼ばれるのかは、私にはわかりません。
それと、今どこにあるかもわからないんです。というのは、この屏風、
所有者が代わるたびに、描かれている絵も変わりますんでね。
いや、屏風絵を描きなおしてるってことではないんです。
不思議なことに、自然に絵柄が変化する。どういうことかって?
まあまあ、それをこれから話していくんですよ。
あれは、高度成長期と呼ばれた昭和40年代の始めのことでした。
0013名無し百物語2019/08/17(土) 06:25:54.01ID:Pg36qsM1
ええ、日本全体が活気にあふれてたころでね。
まあ、骨董屋はそういう景気のよしあしにはあまり左右されない商売ですが、
わたしのところも少し店構えを大きくしたんです。
で、店に置く品を増やそうと思って、仕入れた中にあったのがその屏風です。
何気なく市場に出てたんです。4曲物でした。ああ、4曲ってのは、
屏風の面のことを言うんです。全体を4つに折りたたむことができるから4曲。
それと、屏風を構成する1枚1枚のことは扇と言います。
いやあ、最初はたいしたものじゃないと思ったんですよ。
時代は江戸中期頃ですかねえ。表装はよかったんです。
骨もしっかりしてたし、いい紙を使ってました。
そこを見極めて仕入れたんですが、値段のこともありました。
0014名無し百物語2019/08/17(土) 06:26:12.74ID:Pg36qsM1
異様に安くてね。ただこれは、絵が悪いせいだろうと考えてたんです。
屏風絵は、墨絵で田舎の山野を描いたものでした。
山の間にさびしい道が続いてまして。秋なんでしょうねえ。
ススキらしきものが道の両側に生えてましたから。
ええ、薄墨がさらに薄くなって絵柄が消えかけ、判然としなかったんです。
まあでも、さっき話したように表具はいいから、
これ買っていって、新たに仕立て直すお客さんがいるんじゃないかと考えまして。
でね、店の奥のほうに広げて立てかけてたんですが、
特におかしなことはなかったです。で、ある日ですね。
店に2人連れのお客さんが来ました。どちらも50年配で、
顔が似てたから、兄弟なんだろうなって思いました。
0015名無し百物語2019/08/17(土) 06:26:33.61ID:Pg36qsM1
そのうちの一人が「兄さん、あの屏風じゃないか」って店の奥を指さしまして。
そしたら、年上に見えるほうが、「亭主、あの屏風は売り物かね」って聞いて。
「ええ、そうですよ」 「値はいかほど?」
ここで少し考えたんですが、20万って言ってみました。
これね、仕入れ値の10倍なんです。ただ、骨董の値段なんて、
あってないようなもんですから。いくら高くてもほしい人はほしい。
まあ、まからんかって言われたら交渉に応じるつもりでしたけど。
ところが、2人は一瞬顔を見合わせてから、「買わせてもらう」って
即決したんです。これにはちょっと驚きました。わたしの鑑定眼が曇ってて、
価値のある品に安い値をつけたんじゃないかと。
でも、どう考えてもそんな高いものには思えない。
0016名無し百物語2019/08/17(土) 06:26:54.20ID:Pg36qsM1
兄弟は現金でその屏風を買い、その日のうちにトラックが来て運んで
いったんです。うーん、儲けたのか、それとも儲けそこねたのか、
わたしにはよくわかりませんでした。それから・・・
1ヶ月ほどして、そのときの兄弟の兄のほうが店に来まして。
印象に残ってたんで覚えてたんです。で、開口一番、
「ここで買った屏風、引き取ってもらえないかね」って。
「ははあ、買い戻せってことですか?」 「いや、金はいらんから」
「どういうことです?」 「それが、家が手ぜまで置けなくなった」
「・・・・」こんなやりとりがあって、屏風が戻ってきました。
変な話ですよねえ。まあ、古物を買っていったお客さんが、
すぐに返しにくるってこともないわけじゃないんです。
0017名無し百物語2019/08/17(土) 06:27:14.53ID:Pg36qsM1
ただ、金はいらないって言われたのが気になりましてねえ。
だって、骨董屋はいくらもいるんだし、そっちに売ればなにがしかの値段には
なるでしょう。でね、返ってきた屏風ですが、見ると絵が変わってたんです。
よく似た絵柄ではありました。藁葺の田舎家がいくつか建ってる中を道が続いてて、
遠くのほうに歩いてる人の姿がかすかに見える。でも、男か女かもわからない。
紙は同じものが使われてるように思えました。ああ、絵をはりかえたのか、
だからただで引き取ってくれってことなのか。でも、わたしには、
前の絵も新しいのも、どっちも同じツマラナイものに思えましたけども。
それから、半年くらいたったんです。屏風のほうは、ずっと売れないし、
関心を示すお客さんもいなかったから、蔵にしまってました。
で、その日、わたしは同業者の会合の帰りで、信号待ちをしてました。
0018名無し百物語2019/08/17(土) 06:27:33.00ID:Pg36qsM1
そしたら、「おや、○○骨董屋さんじゃありませんか」こう声をかけられて、
そっちを見たら、見覚えのある顔で。でも、誰だかはわからなかったんです。
「ほら、お店で屏風を買った」それで、あのときの弟さんのほうだと気づきました。
「その節はどうも」 弟さんはちょっと躊躇した様子でしたが、
「これから時間ありますか、どうです、そこらでコーヒーでも」 「いいですよ」
こんな感じで、近くにあった喫茶店に入ったんです。
ここから話すのは、そこで弟さんとしたものです。
「あの屏風、お兄さんが返しに来られたんですけど、絵をお変えになった?」
「ああ、いや、なんというか、自然にああなったんです」 「どういうことです?」
「じつはですね、そのあたりのことを聞いていただきたくて、お誘いしたんです」
「ははあ」 「あの屏風、さむどの屏風って言うんですが、ご存知でしたか?」
0019名無し百物語2019/08/17(土) 06:28:25.47ID:Pg36qsM1
「いえ、不勉強で」 「ここから話すのは、身内の恥になることですが、
 どなたかに聞いていただかないと心が休まらなくて」 「どうぞお話しください」
「わたしらの親父なんですが、70歳を過ぎて呆けが始まりまして」
「はい」 「ただ体のほうはなんともなく、
 体格もいいですから、暴れはじめると手がつけられなくて」
「はい」 「親父は若い頃、ある組に入っていて、背中には彫り物もあるんです」
「はい」 「だから暴れだすと、年老いたおふくろはもちろん、
 われわれ兄弟でもどうにもならなかったんです」 「施設などもありますよね」
「それが、なんとか一度入ったんですが、暴力のために追い出されてしまいまして」
「ははあ」 「それで、あの屏風がお宅の店にあることを人づてに聞いたんです」
「どういうことです?」 「あれね、昔からあるもので、
0020名無し百物語2019/08/17(土) 06:28:47.96ID:Pg36qsM1
 自分の親がどうにもならなくなったときに使うんです」 「・・・」
「あの夜も、酒を飲んで荒れてた親父をなだめすかして、兄といっしょに
 どうにか寝かしつけたんです」 「はい」 「で、その枕元に屏風を立て回しました」
「?」 「朝になったら、親父がいなくなってたんです」 「??」
「もちろん警察に連絡しまして、呆けがかかってたことも話しました」
「警察が捜索したってことですよね」 「ええ。でも1ヶ月たっても見つかっていません」
「そういう話は耳にしますよ。徘徊って言うんですか、
 呆けた年寄りがふらっといなくなって、そのままっていうのを。
 おおかたは川とかに落ちたりしてるのかもしれませんが」
「それで、屏風の絵が変わってたんです」 「意味がわかりません」
「あの田舎家のある景色ね、われわれ兄弟が子どもの頃に住んでた土地なんです」
0021名無し百物語2019/08/17(土) 06:29:12.11ID:Pg36qsM1
「・・・」 「遠くに向かって歩いてる人がいたでしょう」
「はい」 「あれ、親父なんです。夢の中で屏風に入っていった」
「まさか」 「ええ、そう思うのは当然です。わたしも最初、知人からその話を聞いた
 ときにはまったく信じませんでしたから。でも、見てたわけじゃないけど、
 親父が消えてしまったのも、絵柄が変わってたのも事実です」
「うーん、それが本当だとして、自分の親じゃないとダメなんですか?」
「そういう話です。あの屏風、まだお店に?」 
「ええ、蔵にしまってあります」 「そうですか・・・」
この後、コーヒーを飲み終えてすぐ別れました。その後は会ってませんね。
屏風ですか? その後しばらくして市場に出しました。え、わたしの親に使う?
いやいや、そんなことは少しも考えませんでしたよ。
0022名無し百物語2019/08/17(土) 06:29:52.86ID:Pg36qsM1
扉の掛け軸の話

今晩は。前に何度かおじゃました元骨董屋です。ほら、鋺とか屏風、鏡の話をした。
また一つ、奇妙な事件に関わったので、やってきました。
ええ、私はもう骨董屋は引退してるんですが、ときおりね、目利きを頼まれるんです。
立派な言葉で言えば鑑定ってやつです。ほら、テレビで「何でも鑑定団」なんて番組を
やってるでしょ。でもねえ、私から言わせれば、鑑定なんて言葉を使うのは、
うさん臭いやつが多いんですけどもね。それで先月、その旧家におじゃましまして。
私らが古物を仕入れる場合、方法は大きく3つあるんです。
一つは店買い。そう、お客さんが持ち込んだ品物を買わせていただく。
これはね、ピンキリですけど、あんまりいいものはありません。
それと、盗品に気をつけなくちゃならない。だから、悪いけどね、
店に来たお客さんの人品骨柄は、しっかり見定めさせてもらいます。
0023名無し百物語2019/08/17(土) 06:30:15.00ID:Pg36qsM1
それはそうでしょ。貧乏くさい、骨董の知識なんてなさそうな人間が、
すごいお宝を持ってきたとしたら、やはり怪しみますよね。
次が市場買いです。ええ、仲間内の市で仕入れる。でも、これでいいものは買えません。
あたり前ですが、いい品だったら自分の店で売るでしょ。
3つ目が、宅買いです。はい、個人のお宅に出張して買い取る。
これが一番期待できます。でね、宅買いにも2種類あるんです。
まずは、亡くなった方が生前に骨董を集めていたのを、まとめて買い取る場合。
ただこれも差があって、一般のお年寄りが年金でちょこちょこ集めてたのと、
大会社の社長だった方とかのコレクションじゃまるで違います。
あと最後ね、その地方の旧家が解体されるときに、蔵にしまい込まれてたお宝を
一気に買い取る場合。これは大きな商売になりますよ。
0024名無し百物語2019/08/17(土) 06:30:39.97ID:Pg36qsM1
ああ、すみません。内輪話が長くなってしまって。でね、先月、目利きを頼まれたのは、
長野のほうにある古いお屋敷で、当主の方が事故で亡くなられたんです。
狩猟を趣味にされてたみたいで、山で猟銃事故があったみたいなんですね。
で、当主の死をきっかけに、子どもたちが遺産分けをすることになり、
屋敷も、お宝類も一切現金化してしまおうってことだったんです。
私が頼まれたのは、もちろん、現役の古物商じゃないからです。
ね、自分が商いするわけじゃないから、公正な評価ができる。
そう思われたんでしょうね。でねえ、すごいお宝ばかりでしたよ。
江戸中期頃のものが多かったんですが、中には室町と思える硯箱の逸品もありました。
で、その中で一つだけ、評価に困る品物があったんです。
掛け軸でした。表装は古かったですが傷みはなく、
0025名無し百物語2019/08/17(土) 06:30:55.97ID:Pg36qsM1
いい拵えでした。でも、絵柄がどうにも判断のつかないもので。
扉が描かれてあったんです。おそらくはかなり古式の、神社の扉です。
賽銭箱や鈴のようなものはなく、ただの固く閉まった扉。
でね、その前に空の三方が一つ置かれてる。ほら、神道で使う供物を乗せる台ですよ。
ねえ、おかしな絵柄でしょう。絵そのものは上手いも下手もない、
写実的なもので、正直、時代もわかりませんでした。使われてる顔料の分析をすれば
判明するかもしれませんが、そこまではねえ。もちろん署名や落款はなし。
で、値はつけられないです、って正直に言ったんです。そしたら、
お子さんの一人から、こんな話を聞かされまして。
この掛軸は、故人がとても大切にしていて、普段は厳重にしまってあるのが、
ときおり出されて、奥の和室の床の間に飾られることがあった。
0026名無し百物語2019/08/17(土) 06:31:18.89ID:Pg36qsM1
故人は、株の取引、為替、先物買いなんかを手広くやられていたようで、
その掛け軸が持ち出されるのは、大きな取引の前が多かったそうです。でね、
故人は山に入って、野兎なんかを撃ってきては、その掛け軸の前に投げ出すように置く。
あと、猟期でないときは、ペット屋から小動物を買ってくる。
で、絞めてから同じようにする。畳が血で汚れたりもしたそうです。
それで、その部屋には故人が一人で籠もり、家人は朝まで絶対に入れずに一晩を過ごす。
故人は夜が明けると、憔悴した面持ちで出てきて、まず風呂に入る。
それから大飯を食ったんだそうです。ええ、中肉中背の人で、普段は晩酌をして
食事はあまりとらなかったのに、おかずなしで、おひつに山盛りの飯を平らげたそうです。
それとね、不思議なことに、その部屋に持ち込まれた狩猟の獲物の動物が、
どこにもなくなっていたんだそうです。
0027名無し百物語2019/08/17(土) 06:31:35.85ID:Pg36qsM1
でね、これに関して、相続人の一人の息子さん、といっても50代くらいでしたが、
「私は一度だけ部屋をのぞいたことがある」とおっしゃられて。
その人が結婚前でまだ実家にいたとき、例によって故人が白兎を持って部屋に籠もった。
息子さんはその儀式に前々から興味を持っていたので、
夜中の3時ころに、その部屋までそっと近寄って、小さく小さく横手の襖を開け、
こっそり中をのぞいてみたんだそうです。そしたら、床の間の掛け軸を前に、
故人がきちんと正座し、目を前方に据えている。
でねえ、掛け軸の前に置かれてるはずの白兎がない。おかしいと思って見回すと、
なんとね、絵の中の三方に兎がのせられていた・・・
ええ、絵の中に入っちゃったってことですね。息子さんはひどく奇異に感じましたが、
音をしないように襖を閉め、それで戻ってきたそうです。
0028名無し百物語2019/08/17(土) 06:32:21.68ID:Pg36qsM1
で、翌朝、故人が部屋から出てきたんですが、いつもと違って、手で兎の足をつかんでいて、
しかもその兎は、まだ獲ったばかりだったのが、ズルズルに腐っていたそうです。
それと、故人の額に、?の字型の傷があり、血がしたたっていました。
故人は部屋から出てくるなり「不興をかった、何故だあ!!」
大声でそう叫ぶと、そのまま布団に入って3日3晩起きてこなかったそうです。
息子さんが責められるとかはありませんでしたが、そのときの取引は大損で、
一時は家が傾いてずいぶん困窮したそうです。ですから、それ以来、
部屋をのぞくことはしなかったということでした。
でね、故人は70歳を過ぎても、ときどき大きな取引をしてましたが、
亡くなる直前、子どもらの家族が実家に呼び集められまして。
ええ、故人からみたら、ひ孫にあたる幼児も何人かいたんです。
0029名無し百物語2019/08/17(土) 06:32:49.69ID:Pg36qsM1
で、それまでは小さい子をかわいがることなどあまりなかった人なのに、
夕食の席で小さい子どもを一人ひとり抱きあげて、頭をなでたり頬をさわたりしたそうです。
それから、その掛け軸を出してきて、奥の部屋に飾った。
でも、その翌日、急に猟にいくと言い出し、鉄砲を持って一人で山に入り、
そこで亡くなったんですね。自分の鉄砲で頭を撃ち抜かれて。
警察は自殺も疑ったそうですが、そこは旧家ですから、猟銃事故ということにしてもらって、
葬式を終えた。でね、故人の奥さんはとうに亡くなってましたから、
最初のほうで話したように、子どもたちはその家を畳むことにして、
すべてをお金にかえて遺産分けすることになったんです。
ですが、調べてみると、現金は思いの外、少なかったんです。借金こそなかったものの、
おそらく投機の失敗が続いていたんでしょうねえ。
0030名無し百物語2019/08/17(土) 06:33:10.47ID:Pg36qsM1
で、私ね、よせばいいのにスケベ心を起こしまして。その掛け軸、もっと専門的に
目利きしたいと言って、借りてきたんですよ。だってねえ、気になるじゃないですか。
これもおそらく、何かしら命を持った古物なんでしょう。
引退はしましたが、そういう興味は失っていない。でね、自分の家に持ってきて、
和室の床の間にかけてみたんです。ええ、私は今、一人暮らしで、
迷惑をかける家族はいませんから。掛け軸を前にして、つまみなしで焼酎の
ロックを飲んでました。そうやって朝まで過ごすつもりだったんです。
何が起こるか?起こらなくても、それはそれでよしと思って。
夜中の12時を過ぎても何も起きませんでした。ただのつまらない絵柄の掛け軸。
少々飽きてきまして、焼酎の杯も進みました。
それで、2時を回った頃ですか。少しうとうととして・・・
0031名無し百物語2019/08/17(土) 06:33:36.04ID:Pg36qsM1
獣臭かったんです。ものすごく強い獣臭。それで目を覚まして、
反射的に掛け軸のほうを見ました。そしたら、三方はそのままでしたが、
絵の中の神社の扉が少し開いていたんです。ええ、数cmほどでしたけど。
でね、その間に目が見えたんです。人間のものではない片方の目。
黒目がちで、強い青い光を放っていると思いました。「あっ!!」そう叫んで
私が立ち上がると、「ビシャーン」大きな音をたてて絵の中の扉が閉じたんですよ。
それっきり、朝まで何事もありませんでした。でね、その掛け軸の中のもの、
それがまだ生きてることがわかりましたんで、依頼人の方たちには、
売るのはやめて、どこぞの有名な神社へ奉納するよう進言したんですよ。
まあこれで、今回の話は終わりです。え、掛け軸の中のもの?
それはわかりません。私はあくまで骨董屋で、神職とかではありませんからねえ。
0033名無し百物語2019/08/17(土) 06:37:32.40ID:Pg36qsM1
高砂人形の話

あ、前に2度ほど おじゃまさせていただいた元骨董屋です。
ここの世話人の方に、まだ話があるだろうって言われまして。
それでまた来てしまいました。ただ、今晩する話は、あまり怖いものじゃないんです。
それでも、よろしければってことで。あれは、わたしが50代に入ったばかりの頃
でしたね。ええ、骨董屋としても脂の乗り切った時期です。
そのくらいの齢になれば、仲間内の信用もできますし、馴染みのお客さんも増え、
鑑定眼も培われて、まず贋物をつかませられるってことはないんです。
だからねえ、何であんな買い取りをしたかいまだによくわからないんです。
ある日ですね、店じまいしようかという時間に、若いお客さんが来たんです。
で、ひと目で買い取りのお客さんだってわかりました。
少し話をしたら、案の定、これはいくらで売れますかって、
0034名無し百物語2019/08/17(土) 06:37:54.40ID:Pg36qsM1
バッグから、年代がかって黒くなった木彫りの人形を一体取り出しまして。
高砂人形の片割れでした。ああ、高砂人形はご存知ですよね。
翁媼(おうおう)人形とも言います。熊手を持ったおじいさんと、
箒を持ったおばあさんの人形がセットになってるものです。
これは縁起物で、おじいさんが持つ熊手には、財をかき集めるという意味、
おばあさんが持つ箒には、邪気を払うという意味が込められています。
また、2体そろって夫婦円満、長寿息災の願いが込められているんです。
で、そのお客さんが持ってきたのは、熊手を持ったおじいさんのほうだけ。
ああ、これは買えないと思いました。2体セットでないと価値がないものなんです。
ただ、ちょっと心惹かれるところもありました。
すごく彫りが精緻だったんです。たんなる土産物のレベルではない。
0035名無し百物語2019/08/17(土) 06:38:09.68ID:Pg36qsM1
木彫りで、どこにも銘などは入ってなかったので、時代はわかりません。
けど、かなり手ずれで黒ずんでましたので、古いものなのは間違いない。
でね、高いお金は払えませんでしたけど、買い取ることにしたんです。
いちおういわれは聞きましたが、お客さんは「わからない」
片割れの人形はどうしましたかと尋ねても「わからない」と答えるだけで。
まあでも、犯罪がらみのものとも思えませんでしたので、それで。
店の人形などを集めてある棚の奥のほうに置いておきましたよ。
で、その日以来です。店の売り上げがぱたっと止まっちゃったんですよ。
その頃の売り上げは、サラリーマンの方の年収の3倍近くあったんです。
これ、高いと思うかもしれませんが、骨董屋の場合は、
買い取りで払う金額もそこに含まれてますから。
0036名無し百物語2019/08/17(土) 06:38:38.26ID:Pg36qsM1
ええ、わたしらの商売は、売って儲け、買って儲けの2段になってるんです。
同業者の中には、「往復ビンタで儲ける」なんて言う人もいるほどで。
それが、店の品がパタリと売れなくなってしまってね。
お客さんはそれなりに来て、ケースの中の品を出して見せたりもするんですが、
最終的に買ってくれないんです。あともちろん、カタログ商売もしてましたが、
そちらのほうの注文も一切なし。それとね、店に品物を持ち込んでくるお客さん、
これが1人も来なかったんです。そんな状態が2ヶ月も続きました。
原因は、考えたんですけどわかりませんでした。
あの高砂人形のせいだなんて、思ってもみませんでしたよ。
それで、わたしらは、仲間内で市をやってるんです。
ここまで現金収入がないと手詰まりで、
0037名無し百物語2019/08/17(土) 06:38:55.79ID:Pg36qsM1
ああ、いくつかの品を市に出さなくちゃならないなあ、って思ってたんです。
市に出せば、必ず買い手はつきます。ですが、お客さんに売るより、
ずっと儲けは少なくなっちゃうんです。最終手段なんですよ。
で、市に出す品を選んでいるとき、迷ったんですが、
あの高砂人形も箱に入れたんです。その夜、夢を見ました。
わたしは一人、明るい白い砂の浜辺にいて、一本の松の木を見上げてる。
その松は盆栽のように曲がりくねった枝ぶりで、
樹齢数百年はあるように思えました。松の向こうは海で、
遠くに白い帆をはった舟が一艘浮かんでまして、ちっとも怖いところのない夢で、
むしろお目出たいような心持ちでいるとき、
どこからかわたしの名前を呼ぶ声が聞こえる。何度も何度も聞こえる。
0038名無し百物語2019/08/17(土) 06:39:20.04ID:Pg36qsM1
そこで目が覚めまして、居間にある電話が鳴ってるんだってわかりました。
ええ、当時は携帯電話なんてなかったですし、家族は全員寝ている。
それで、わたしが起き出して出ると、実家にいる兄貴からでした。
同居しているわたしの母親が、急に具合が悪くなって入院した。
医者は家族や親戚を呼びなさいと言ってる、お前今から来れるか、そんな内容でした。
もちろん行くしかないんですが、真夜中でしたので、
夜明けを待って家族を起こし、事情を説明して、一番の電車で出かけたんです。
兄貴が言ってた病院に着くと、母親はたくさんの管がついた状態で、
今日、明日が峠だろうって話でした。それで、兄貴の家族とともに見守ってましたら、
午後になって血圧が上がってきたんです。それと心電図の動きもよくなって、
医者は、「これは持ち直したようです」って言いました。
0039名無し百物語2019/08/17(土) 06:39:36.50ID:Pg36qsM1
まあ、一安心ですよね。それから1時間ほどたって、母親はぱちりと目を開け、
酸素吸入器を振り払って、「○○いるか?」って聞いたんです。
○○は私の名前です。「ああ、母ちゃん、ここにいる」そう言うと、
「仙台、骨董市場、すぐいけ」こうつぶやいて、また寝入っちゃったんです。
わたしに言ったのは間違いないですが、意味はわかりませんでした。
それから、もう1日母親のそばについてまして、意識は戻りませんでしたが、
「容態は安定している」という医者の言葉を信じて、
いったん帰ることにしたんです。その途中、ちょうど同じ方向でしたので、
仙台に寄りました。何度か来てましたし、知ってる同業者もいたんで電話すると、
その日、人形会館というところで骨董市場が開いてるって話を聞きました。
ええ、行ってみました。その地方の同業者だけの会です。
0040名無し百物語2019/08/17(土) 06:39:51.59ID:Pg36qsM1
わたしはよそ者でしたが、訳を話すと仲間に入れてくれました。
そこで・・・ここの方々ならもうおわかりかもしれませんが、
あの高砂人形の片割れらしきものを見つけたんです。箒を持ったおばあさんの人形。
値は安かったし、競り合う人もいませんでした。
で、手に入れたそれを店に持ち帰って、適当な台座を見つけ、
おじいさんの人形と並べて飾りました。するとね、気のせいかもしれませんが、
店の中がぱっと明るくなった感じがしたんです。
その夜、また夢を見ました。前に見た夢と同じ場所、
白砂の敷かれた浜辺の松の木の前に立っている。
ただ、前と違うのは、松の木の根本に小さなおじいさん、おばあさんがいて、
わたしのほうを向いて何度も何度も頭を下げる・・・そんな内容だったんです。
0041名無し百物語2019/08/17(土) 06:40:07.91ID:Pg36qsM1
あと、話すことはあまりないですね。1週間ほどして、
わたしの母は意識を取り戻し、容態はどんどんよくなって、
歩いたり食事をとったりできるようになったんです。
兄貴たちもすごく喜んでました。それで、母に
「最初に病院に来たとき、俺の名前を呼んで、
 仙台の骨董市って言ったのを覚えてるか?」って聞いてみたんです。
母はかぶりを振って、「仙台なんて行ったこともないし。ただなあ、
 寝てる間、じいさん、お前の父さんが出てきて、こっちに来るなって言ったのは
 覚えてる」こんな話をしました。まあ、俗に言う臨死体験なんでしょうねえ。
ちなみに、わたしの父は当時から30年前、まだ若い50代で急死してるんです。
「まだあの世にくるなってことだな」そう笑って帰ってきました。
0042名無し百物語2019/08/17(土) 06:40:25.46ID:Pg36qsM1
まあこんな話なんです。ああ、もう一つだけ不思議なことがありました。
店に飾ってあった2体の人形、ほこりをはたいてるときに気がついたんですが、
両方の足元から、細い根っこみたいなのが数本出て、つながってたんです。
うーん、何十年、ひょっとしたら100年以上も前に伐採された木ですから、
そんなことはありえないと思うでしょうが、骨董の世界では、
その程度のことは、ない話じゃないんですよ。ええ、高砂人形は、
二度と離れ離れにならないよう、蔵のほうに移動させまして、わたしが店をたたむときに、
ある神社にお預けしたんです。今もそこにあるんだと思います。
それから、店の売上は回復して、前以上に繁盛するようになりました。
母はその後、10年以上生きて92歳で亡くなりました。
父が迎えに来たんでしょうかねえ、そのあたりはなんともわかりません。
0043名無し百物語2019/08/17(土) 06:45:17.49ID:Pg36qsM1
夢二の鏡の話

こんばんは。この間、「さむどの屏風」の話をした元骨董屋です。
他に古物にまつわる話はないかって言われまして、今晩も来させていただきました。
でもこれ、そんなに怖い話じゃないんです。
まあ、ちょっとした事件はありましたけど。もう何十年も前のことです。
市でね、三面鏡を仕入れたんです。銅に錫メッキをした枠にガラスをはめ込んだ鏡。
化粧机の上に置いて使う小ぶりのやつでね。大正時代のものです。
品のいい金属彫刻がほどこされてまして、まさに大正ロマンを感じさせる。
それで、わたしが勝手に「夢二の鏡」って名づけまして。
竹久夢二はご存知ですよね。たおやかな美人画で有名な。
いかにも、あの夢二の絵の中の人物が使いそうな鏡だったんです。
ケースには入れず、店の前面の棚に飾っておきました。
0044名無し百物語2019/08/17(土) 06:45:50.88ID:Pg36qsM1
ちょっと余談になりますけど、骨董の鏡って、
けっこう誤解してる方がおられるんです。例えば、江戸時代の花魁が、
大きな姿見で着物の着付けをしているとか、三面鏡を開いて化粧してるとか。
でも、江戸時代に板ガラスを使った大きな鏡なんてないんですよ。
ええ、明治以前の鏡は金属を磨いたものです。
板ガラスが輸入されるようになったのは、明治の10年ころですかね。
ですから、それ以前には手鏡ていどのものしかなかったんです。
もちろん西洋のアンティークにはありますが、うちでは扱いません。
ああ、すみません、話を続けます。まあね、簡単には売れないだろうとは思ってたんです。
だって、骨董屋に一人で来られる女の方なんてまずいません。
今はどうかしりませんが、わたしらの頃は骨董趣味の女性なんて、まずいなかった。
0045名無し百物語2019/08/17(土) 06:46:11.08ID:Pg36qsM1
その鏡、商品ですから、もちろん毎日磨いてました。やはり古いものなので、
ガラスにゆがみもあったんですが、くもりはなく、物ははっきり映りましたよ。
でね、ある日、わたしの中学2年になる娘が、
店にいて、背伸びしてその鏡をのぞいてたんです。
右を向いたり、左を向いたり、すました顔をしたり、口を開けたり。
そこにわたしが入っていって声をかけました。「どうした、その鏡、気に入ったかい」
「あ、びっくりした。お父さん、おどかさないでよ!
「お前が店の品を見てるなんて珍しいと思ってね」
「この鏡、すごくきれいに映る。自分じゃないみたいに」
「うーん、ゆがんで少し凸面になってる部分があるみたいだから、そのせいかなあ。
 お前が気に入ったなら、部屋においてもいいぞ」
0046名無し百物語2019/08/17(土) 06:46:36.06ID:Pg36qsM1
「あ、いらない。きれいな鏡だけど部屋の雰囲気に合わないし、
 私、今、鏡見てるようなヒマはないから」娘は中学でバレー部に入ってまして、
背も私よりかなり高かったんです。それが県の大会でチームが優勝しまして、
あと1ヶ月で全国大会があったんです。オリンピックで日本の女子バレーチームが、
「東洋の魔女」なんて言われた頃からは時間がたってましたが、
テレビのアニメでバレーボール物をやってたりした時期でした。
当時はね、スパルタ訓練はあたり前で、娘はまだ中学なのに、
帰りが9時を過ぎることもよくあったんです。
でね、それからちょくちょく、朝の登校前とか、夜に店の電気をつけて、
娘がその鏡をのぞいてることがあったんです。10分以上も鏡の前にいて、
戻ってくるとボーッとした顔をしてる。
0047名無し百物語2019/08/17(土) 06:46:53.86ID:Pg36qsM1
まあでも、きつい練習の疲れや大会前の緊張を、そうやって娘なりにほぐしてるんだと
思って黙ってたんですよ。でね、ある晩です。娘が練習から戻って、
「御飯いらない」って部屋から出てこなかったことがありまして。
ちょっと驚きました。その頃の娘の食べる量はわたしよりずっと多かったですから。
で、その3日後ですか。妻からこんな話を聞かされたんです。
「○○子から相談されたんだけど、あの子、男子バレー部の3年生のキャプテンから、
 つき合ってくれないかって言われたみたい。ずっとバレー一筋にやってきた子だから、
 それでちょっとショックを受けてるみたい」
娘が妻に相談したんでしょうね。これはわたしも対処に困りましたが、
男親が口を出すのも難しい話だし、なるようにしかならんだろうと思いました。
ただ、大事な全国大会に影響が出なければいいなと。
0048名無し百物語2019/08/17(土) 06:47:13.19ID:Pg36qsM1
それとですね。小さい頃から男みたいな娘でしたけど、
その頃 急に、親の私から見ても、きれいだなって思えるときがあったんです。
頬が紅をさしたような色になり、唇も化粧したみたいに赤くて。
でもね、それは年頃になったからで、あの鏡のせいだとは露も思わなかったです。
でね、これも妻から聞いたんですが、その男子のキャプテンとのことは、
とにかく全国大会が終わるまで保留、それから返事をするって、
娘がその男の子に言ったってことでした。それから1週間後くらいですね。
夜、12時過ぎ、トイレに起きまして、廊下を通るとき、
店のほうがぼうっと光ってることに気がつきました。見に行くと、
あの三面鏡が開いてて、その中から光が漏れ出てたんです。
もちろん、店を閉めるときに鏡は閉じてました。
0049名無し百物語2019/08/17(土) 06:47:32.29ID:Pg36qsM1
おかしいな、と近づいていくと、不意に、鏡から人が抜け出してきました。
「えっ?」和服を着た日本髪の女性で、芸者さんみたいな感じでした。
「えっ えっ?」その女性は、すーっと滑るように店の通路を動き、
表戸の前まで行きました。そして私のほうを振り向き、それ、娘の顔だったんです。
「あ、お前!」娘の顔をした女はにこりと笑い、にじむようにして
戸の外に消えたんです。鍵を開けてみましたが、女の姿は通りにはなく、
それから心配して見に行った娘の部屋では、娘は布団をはねとばして眠っていました。
わけがわからなかったんですが、長年古物を扱ってると、
不思議なことはいくらもあるので、気になりつつも寝たんです。
・・・2時間後くらいですね、夜中の1時を過ぎてたと思います。
表戸をドンドンと叩く音がして、起き出して出てみると、
0050名無し百物語2019/08/17(土) 06:47:51.98ID:Pg36qsM1
40年配に見える酔っ払いが2人いました。で、「女が今、この店に入っていったから
 出してくれ」ってことだったんです。着物姿の艶やかな女性が角に立っていて、
酔っ払いたちを誘うように流し目をした。で、後についていったら、
わたしの店の前でふっと姿が見えなくなった・・・こんな内容だったんです。
「そんな人はいませんから。警察を呼びますよ」そう言って帰ってもらいました。
まあ、こんなことがあったんです。それから2週間後、
娘のバレーの全国大会がかなり遠くの県でありまして、
わたしたち夫婦で応援に行ったんですが、2回戦で負けてしまいました。
でも、その試合は接戦で、娘のチームに勝った相手が優勝したんですよ。
大会が終わって、娘は抜け殻のようになり、店の鏡を見ることもなくなりました。
どうやら、男子キャプテンとのことも立ち消えになったみたいです。
0051名無し百物語2019/08/17(土) 06:48:15.58ID:Pg36qsM1
これで話は大体終わりなんですが、後日談というか。
あの鏡はずっと売れないでいたので、そろそろ蔵にしまおうかと考えていたときに、
70過ぎの男性と、その孫かと思える20代の女性が来店しまして、
老人のほうが「ああ、ここにあった。あの鏡だ」と棚の上を指差し、
「夢二の鏡」をかなりの額で買っていかれたんです。
それから半年後、その老人が一人で店を訪れまして、
菓子折りのようなものを手渡してよこしまして。意味がわからず、
事情を聞きましたところ、あの鏡、なんでも縁結びの力を持ったものだ、
って話でした。前に店にいっしょに来られたのは、やはりお孫さんで、
どういうわけか縁遠く、婚期が遅れていたのが、あの鏡を前にして
毎日化粧をするようになってから、すぐに良縁がついて、
0052名無し百物語2019/08/17(土) 06:48:31.36ID:Pg36qsM1
結婚が決まったので、そのお礼に来たということだったんです。
わかったような わからないような話でしたけど、「それはおめでとうございました」
そう言って、菓子折りは遠慮なくいただいておきましたよ。
・・・娘は、高校に進学しても競技は続けて、高校選抜にも選ばれたんですが、
ヒザを怪我してしまいまして、そこでバレーを断念したんです。
身長の伸びもとまってましたし。今となってはそのほうがよかったかもしれません。
高卒後に就職して、すぐ職場の人と結婚し、子どもが3人できたんです。
その長男が、わたしにとっては初孫でした。
ええ、あの鏡の力を借りなくても、良縁が見つかったってことです。
え? 鏡ですか。さあ、今はどこにあるんでしょうか。
噂は聞きませんね。世に出回ってはいないようです。
0053名無し百物語2019/08/17(土) 07:32:55.24ID:Pg36qsM1
兵隊人形の話

ああどうも、またおじゃましてしまいました。
ここで何度かお話をさせていただいた、元骨董屋です。
もうだいぶ昔になるんですが、私がまだ若い時代にあったことを
思い出しまして。ええ、その話をしにやってきたんです。
あれは、私が30代の後半のときです。自分の店を持って3年目、
まだまだかけだしのひよっこで、目利きもままならず、
よくまがい物をつかまされてた時代のことですよ。
え、店を持つのが遅かったんじゃないかって? ええまあ、
私は高校卒業してからすぐ、大きな骨董屋に丁稚奉公みたいにして
入ってたんです。当時はみんなさそうでしたよ。親の跡をついで
骨董屋になるのならともかく、この商売をやろうと思ったら、
0054名無し百物語2019/08/17(土) 07:33:21.06ID:Pg36qsM1
まずはどこぞの店に奉公して、そこでね、目利き、今の言葉でいう
鑑定眼を身につけさせてもらったんです。
ええ、住み込みで雑巾がけから何からやりました。
お給金など、ないも同然ですよ。戦後の混乱期でしたから、
飯を食わせてもらえるだけでもありがたい。
そこでね、市でのセリの仕方やら、古物の手入れの方法なんかを、
一から学んだんですよ。ああ、すみません。昔話が長くなってしまって。
それでね、小さいながらも自分の店を持ちまして、
せまい中に自分の気に入った古物をずらりと並べてね、
今考えると、あのころが一番幸せだったかもしれません。
売り上げも、親子3人食っていけるくらいには上がってたんです。
0055名無し百物語2019/08/17(土) 07:33:42.03ID:Pg36qsM1
あ、はい、結婚しておりまして、娘はまだ小学校前だったと思います。
本題に入ります。店じまいしてから、その日の売り上げを数えて、
帳簿につけるんですが、それがどうも合わなかったんです。
もちろん多いなんてことはない、毎日、100円、200円足りない。
100円ぐらいケチ臭い話だと思うかもしれませんが、
今とは貨幣価値が違ってまして、まだ百円札があったころなんです。
おかしいなあ、と考えて、でも、どうして足りないのかわからない。
そのころはもちろんレジなんかなくて、小箪笥に売り上げを入れてたんですが、
それを背にしてずっと私が店番をしてるんです。
ですから、誰かが持ち出すわけはない。ええ、私がね市に出たり、
出張買い取りにでかけてるときは、店は閉めてました。
0056名無し百物語2019/08/17(土) 07:34:04.13ID:Pg36qsM1
女房? いや・・・女房を疑うことはなかったです。
毎日ではありませんでしたが、女房は近くの食堂に働きに出てましたし。
それでね、面倒でしたが、現金が入ったときには、
いちいち奥の間にある金庫に入れるようにしたんです。
それで、お金が足りなくなるのは収まりました。まあ、いったんはね。
その金庫の鍵は、私が首からヒモでぶらさげて、
腹巻きに入れてましたんで、誰も開けることはできないはずだったんですが。
そうするようになって3日目くらいですか、夜中に、
いっしょの部屋に寝ていた娘が、急に大きな声で泣き出して、
私も女房も起きてしまったんです。電気をつけて、
「どうした、怖い夢でも見たか」と聞きましたら、
0057名無し百物語2019/08/17(土) 07:34:23.33ID:Pg36qsM1
娘が言うには、顔が水をかけられたようにひんやりして、
目を覚ますと、自分の顔の上を大きなカエルが通っていくところだった。
こんな話をしまして。まあね、それだけなら夢だと思いますでしょう。
表戸も裏戸もしっかり閉めてあるし、カエルなど入ってこれるはずがない。
そもそも、店の近くに水場などないんです。
ですから、「よしよし、夢だよ」と言って寝かしつけたんですが、
翌朝、金庫を開けると、前の日の売り上げの中から、
百円札だけがすべてなくなっていたんです。
これには驚きました。だってね、頑丈な耐火金庫で、大人の男2人でも
持てないほどの重さなんです。しっかり鍵もかけてある。
ただほら、前夜の娘のことがあったでしょう。
0058名無し百物語2019/08/17(土) 07:34:38.88ID:Pg36qsM1
金庫のある奥の間には、私たち家族が寝てる部屋を通らなくちゃ行けない。
何か、娘が見たというカエルと関係があるんだろうと思いました。
ですが、店にはカエルの置物などなかったんです。
ただ、お金がなくなるのが始まったのは、私が市で古物を仕入れてきた
翌日から始まったのはたしかなので、そのときに買った品のどれかが
悪さをしている。そうとしか考えられませんでした。
でね、どうしたかっていうと、私が奉公していた老舗の骨董屋の主人、
かつての私のお師匠さんでもあるんですが、その人のところへ
相談に行ったんです。お師匠さんはそのころ、もう店は息子さんにまかせて
隠居していて、悠々自適の生活をされていましたが、
私が訪ねると、隠居部屋に案内されてお茶を出していただきまして。
0059名無し百物語2019/08/17(土) 07:34:58.42ID:Pg36qsM1
事情を話しますと、面白そうな顔をして聞いておられたんですが、
「それはやはり古物だなあ、何かの古物の仕業だろう。
 といっても、ここで正体はわからん。お前の店に行って目利きして
 やってもよいが、それよりもいい物を貸してやろう」
そう言って立たれ、奥の蔵から紙の箱を持ち出してこられました。
で、中に入ってたのが、じつに意外なものだったんです。
何だと思いますか? それがね、兵隊の人形でした。
ええ、西洋アンティークってやつです。高さ15cmくらい、
赤い布の服を着て毛皮の軍帽をかぶり、立派なヒゲをたくわえた軍人が、
腰に4cmほどのサーベルをさした、いかめしい人形。
ブリキなどの金属ではなく、木彫りに見えました。
0060名無し百物語2019/08/17(土) 07:35:17.74ID:Pg36qsM1
意外だと思ったのは、お師匠の店は西洋のものは一切あつかってなかった
からです。お師匠は「これな、ちょっと場違いかもしれんが、
 お前の店のどこか棚の上に一晩置いといてみろ。
 翌朝にはきっと面白いことになってるから」こうおっしゃっり、
私は重々お礼を言って、その箱をいただいて戻りまして、
店の一番高い棚の上にあげといたんです。
その夜は、娘が起きることもなく、何事もなくて、
朝起きたときに金庫の中を見ましたが、お金はなくなっていませんでした。
それで、店に出ましたら、兵隊人形が棚の上になかったんです。
まあ、せまい店ですので、探したらすぐに見つかりました。
奥に大きめのガラス戸棚があって、それなりに値打ちの品を入れてるんですが、
0061名無し百物語2019/08/17(土) 07:35:35.48ID:Pg36qsM1
その中に倒れていたんです。拾い上げると、腰のサーベルが抜かれて
なくなってる。よくよく見ますと、戸棚の中に掛けてある掛け軸の一枚、
それの下のほうに、針のようにサーベルが突き立っていたんです。
でね、その掛け軸なんですが、中国の禅画を模倣したような絵柄で、
ススキの野に老人が立ち、こちらに背中を向けて月を見ており、
その足もと、草の間からわずかに顔をのぞかせているカエルの頭を、
縫い留めるようにしてサーベルが刺さってる。ははあ、と思いました。
夜中に娘が見たというのはこのカエルか。いちおう納得はしたんですが、
まだ、問題は解決してませんよね。なくなったお金がどこにいったのか。
掛け軸を外して調べてみても、裏側にもどこにもない。
それで、兵隊人形を返しがてら、手土産を持ってその掛け軸、
0062名無し百物語2019/08/17(土) 07:35:58.21ID:Pg36qsM1
またお師匠のところに持っていったんです。話を聞くと、お師匠は笑って
掛け軸を見て、「この欲深じいさんが、手下のカエルをつかってお前の金を
 くすねておったのか。まあ、百円札しか盗らないのはかわいいものだが。
 それにしても、この掛け軸、本物の中国製だぞ、値打ちの物だ」
そう言って、その場で表具職人を呼んで、絵柄の部分、これは本紙と言いますが、
注意深くはがさせたんです。そしたらどうです。なくなった百円札、
それがびっしりしわを伸ばして、表具の側に貼りつけられていたんですよ。
ねえ、不思議な話でしょう。絵の中のカエルが抜け出したのも、
鍵がかかった金庫からお札がなくなったのもね。それが、私が古物の
持つ力を知った最初なんです。その掛け軸はお師匠に引き受けてもらいました。
あと、兵隊人形は、革命前のロシアのものだということでしたね。
0063名無し百物語2019/08/17(土) 07:36:44.20ID:Pg36qsM1
吊る掛け軸の話

どうも今晩は。また来てしまいました。こちらに何度かおじゃまさせて
いただいたことのある、引退した骨董屋です。はい、また、たちのよくない
古物とかかわってしまいました。それが、今回のはかなりの難物なんです。
何十人も人が死んでいますし、そのうち一人はわたしの責任です。それで、
ここにいるみなさんのお知恵を拝借したいと思いまして。1ヶ月ほど前の話です。
ほら、わたしはもう引退したので、店も売り物もすべて手放してしまったんですが、
鑑定だけはまだ細々とやってるんです。老後の小遣い稼ぎということもありますし、
何よりもね、やはり古物からは離れられないんですよ。
それに、ときとして思わぬ眼福にあずかることもありますから。
あ、すみません、いらない話ですね。夕刻、わたしの家に来られたのは、
40代ほどに見える男性でした。地元の大手建築会社で部長をされておられる
0064名無し百物語2019/08/17(土) 07:37:01.89ID:Pg36qsM1
ということで、たいそうお金のかかったスーツを着ておられました。
それで、一幅の掛け軸を持参しておられたんです。わたしのことは、
取引先の方からお聞きになられたそうです。上がっていただいて、
まずはその掛け軸を拝見したんですが、何とも言いようのないものでした。
桐箱から出してみると、表装はお金がかかっていましたが、ごく新しいものです。
まあこれは本紙、つまり書画の部分だけが年代物ということは普通にあります。
ところがです、巻いてあったのを開いてみると、その絵は・・・木炭で描かれた
細密画だったんです。木炭画はご存知でしょう。写真のように描くことができます。
つまり現代の洋画ってことです。普通は洋画を掛け軸になんかしないでしょう。
どんなに古く見積もっても明治後半以降で、美術品とは言えても、
骨董とは言い難いものです。それと絵柄がまた奇妙で。
0065名無し百物語2019/08/17(土) 07:37:24.38ID:Pg36qsM1
和室の内部を描いたものでしたが、畳一枚ほどの空間を隔てて床の間がある。
かなりお金のかかった造作です。で、その床の間には品のいい翡翠の香炉が
置いてあって、その後ろに一幅の掛け軸がかかっている。
でね、その絵の中の掛け軸にも、やはり同じ床の間の絵が・・・
これは、と思って天眼鏡を出してみました。すると、その中にもまた掛け軸が。
あの、合せ鏡ってご存知ですよね。鏡を2枚、角度をつけて向かい合わせると、
どこまでもずっと鏡が続いてるように映る。あんな感じです。
ただまあ、鏡の場合は光のとどく力の限界がありますから、どこかで
見えなくなってしまうんです。ましてね、人間が描いたものなら、
いくら細密でもすぐに見えなくなるはずです。それが、どこまでも続いてるように
見えるんですよ。ありえないことでしょう。
0066名無し百物語2019/08/17(土) 07:37:44.23ID:Pg36qsM1
その絵には、サインも落款も一切なし。「これは、どういうものですか」
わたしが尋ねると、その方は「いや、先月亡くなった親父の和室にあったんです。
 親父は70代ですが、現役で建設会社の社長をやっておりました。
 それが・・・まあ、知ってる人は知ってるので言ってしまいますが、
 自殺だったんです。鴨居で首をくくって。もちろん警察の捜査が入りましたが、
 自殺で間違いないということでした。遺書はなかったです。けど、
 そもそもね、自殺する動機が思いあたりません。会社の経営は順調ですし、
 私生活でも悩んでる様子はなかったんです。翌日、早朝からゴルフの予定が
 あって、母に支度をさせてたんです。それが、その夜に一人で
 和室にこもって、翌朝母が見にいくとぶらさがってた・・・」
「その和室にあったのが、この掛け軸ということですね」 
0067名無し百物語2019/08/17(土) 07:38:04.14ID:Pg36qsM1
「そうです。でも、このせいで親父が死んだなんて、そのときは誰も考えて
 ませんでした。それでね、この1ヶ月、お恥ずかしい話ですが遺産相続で
 揉めてたんです。結局、兄が会社を継ぐことになりまして、
 形見分けのときに、この掛け軸をもらっていったんです」
「ははあ、お父様は他にも骨董を集めてたりとか」 「いえ、そんな趣味はなく、
 家にある掛け軸もこれだけです」 「どうやって手に入ったかおわかりですか」
「母の話だと、自殺の3日ほど前に宅配で送られてきたということです」
「それ、送り主は」 「いや、親父は見たでしょうが、包み紙なんかも
 捨ててしまってわかりません」 「うーん、じゃあ、お父様の死と、
 この掛け軸の関係を疑ったのはどうして」 「それが、気に入ったと言って、
 掛け軸を持っていった兄が、3日前に自殺したんです。
0068名無し百物語2019/08/17(土) 07:38:23.76ID:Pg36qsM1
やはり首吊りで。その現場、兄の家には私も行きましたが、その部屋の
 床の間にあったのがこの掛け軸・・・。兄もね、親父と同じで死ぬほどの
 動機なんてないんですよ」 「やはり遺書もなしで」 「はい」
「わかりました。この掛け軸、数日預からせてもらっていいですかね」
「差し上げてもかまいません。この掛け軸のせいではないのかもしれませんが、
 持っていたくないんです」 というわけで、手元に置くことになったんです。
いえ、わたしのところは、妻はもう亡くなって、子どもたちは別の県で
仕事についてますから、誰にも迷惑はかかりません・・・
そのときはそう思ったんです。でね、家の二階の和室に飾りまして、
夜、ずっと起きて掛け軸を見ていたんです。え、怖くなかったかって?
いえ、もうわたしも年ですし、不可思議なものを見ることができるなら
0069名無し百物語2019/08/17(土) 07:38:41.05ID:Pg36qsM1
それはむしろ楽しみに近いつもりでした。でね、1日目の夜は何もなし。
あとね、日中は少しその掛け軸のことも調べてみたんです。まずは昔の
仕事仲間に電話をかけました。洋画の木炭画の掛け軸の噂を知ってるかって。
でも、何の手がかりもなし。ネットでも調べました。こう見えても
パソコンはできます。けどそれも無駄骨でしたね。絵に、これといった
特徴がないんです。まるで写真をトレースしたような正確な絵で、
作者の姿が見えない。2日目の夜です。やはり朝方まで何も起こらず、
もう寝ようかとしたとき、絵の中で何かがサッと動いた気がしたんです。
いや、画面を右から左に揺れるように大きなものが横切って、一瞬でしたので
はっきりしませんでしたが、人間の体のようにも思えました。
それ1回きり。あとね、そのときだけ、強いお香の匂いがしたんです。
0070名無し百物語2019/08/17(土) 07:39:00.23ID:Pg36qsM1
白檀ですね。おそらくは絵の中にある香炉からのものなんでしょう。
で、3日目の夜です。ほら、相談者のお父様は、掛け軸が来てから
3日目に亡くなったって話だったでしょう。ですからきっと何かがあるだろうと。
その晩は、眠ってしまわないようコーヒーなどもずいぶん飲んでたんですが、
掛け軸の前に座って、午前2時ころですね、やはり同じ強いお香の匂いがして、
ふっと気が遠くなってしまった。気がつくと和室に倒れてたんです。
絵の中の和室ですよ。床の間があって香炉と掛け軸があって・・・
わたしの頭のすぐ上に人がぶら下がってました。浴衣を着た壮年の男性で、
頭を垂れ口から赤い泡を吹いてて、ひと目で死んでいるとわかりました。
・・・面識がないんですが、家に来られた相談者の兄さんなのではないかと
思ったんです。立ち上がると、畳の感触がしっかり足の裏にあり、
0071名無し百物語2019/08/17(土) 07:39:19.06ID:Pg36qsM1
とうてい夢とは思えませんでした。なるべく首吊りを見ないようにして、
床の間に近づいていきました。お香の匂いがいっそう強まり、
掛け軸を見たとき、目の前がぐにゃんとゆがみ、私は肩から畳に倒れました。
はい、同じ和室・・・なんですが、違っていたのは鴨居からぶら下がっている人物。
老人で、最初に首を吊った社長なんでしょう。やはり下を向いて、
足は畳に届かずぶらぶら、片方の目玉が飛び出しかけていました。
・・・これが何度くり返されたでしょうかね。10回ではきかないでしょう。
わたしは掛け軸の中の掛け軸の中、奥の奥へとどんどん入り込んでいったんです。
そのすべての部屋で、首を吊った人がいました。年齢は様々でしたが、
みな男性でしたね。え、どうやって戻ってこれたかって?
いや、十何回目かのときにね、床の間の香炉を蹴り倒したんですよ。
0072名無し百物語2019/08/17(土) 07:39:38.15ID:Pg36qsM1
気がついたら自分の部屋に戻っていました。ただね・・・危ないところだったんで
しょうねえ。わたし、手にネクタイを持ってたんですよ。仕事を引退してから、
もう何年もネクタイなんてしめる機会はなかったんですが。
それでね、詳細はまったくわからないながらも、これは到底わたしの手に負えるもの
ではないと考えまして。知り合いのお寺さんに持っていったんです。
ええ、これまでも何度か、いわくつきの古物を供養していただいてたんです。
だから今回も大丈夫かと思ったんですが、安易でした。ご住職はこころよく引き受けて
くださったんですが、その夜にお寺が小火を出したんです。ご家族は無事で、
亡くなったのはご住職だけでした。体に火傷はなく、煙による窒息死ということです。
でも、燃えたのは外の護摩壇だったんですよ。掛け軸はお寺のどこにも
見つからなかったんです。燃えてしまったならいいんですが、そうでないとしたら。
0073名無し百物語2019/08/17(土) 07:41:23.78ID:Pg36qsM1
海を探す話

あ、どうも今晩は。また来てしまいました。はい、いつもの引退した
骨董屋です。今回も、古物にかかわる話をさせていただきます。
あれは、私が結婚して4年目ですか。一人娘が3歳になった頃でした。
やっと自分の店舗が持てて、それははりきってましたね。
自分の未来には広く豊かな世界が開けている、そんな感じに思ってましたよ。
いや、それは不安もありました。骨董というものに対する不安です。
みなさん、骨董と聞くと、まず頭に思い浮かべられるのが、
真贋ということじゃないかと思います。たしかにね、偽物をつかませられるのは
大恥です。でも、そんなことはめったにあるもんじゃない。
骨董の世界は深いんです、気が遠くなるほどにね。
その古物がつくられた時代、作者、それと様式。わずかな様式の違いで
0074名無し百物語2019/08/17(土) 07:41:38.86ID:Pg36qsM1
値段が何十倍にも跳ねあがる、それが骨董です。あ、すみません、
本題とは関係のない話で。あれは6月の夕方でした。そろそろ店を閉めようか
というときに、若い男性が一人来られたんです。20代後半くらいの。
ああ、買い取りだなって思いました。案の定、その方が車から運び出して
きたのは、高さ1mほどのガラスケースに入った西洋の人形、
いわゆるアンティーク・ドールってやつです。ひと目見て、
断ろうと思ったんです。西洋物はいっさいあつかってなかったですから。
「ああ、すみませんが・・・」そう言いかけたとき、
娘がひょこっと土間に降りてきまして。で、ガラスケースのほうに
歩み寄ってきて、「このお人形、ここにいたいって」こう言いました。
娘はね、普段は店に入ることはないんですよ。
0075名無し百物語2019/08/17(土) 07:41:51.42ID:Pg36qsM1
ほら、黒ずんだ大黒様とか、そういうのが置いてありますでしょ。
それらが怖いって言ってね。でも、そのときだけは違ってた。
でね、私も変に思って、その男性から話だけは聞いてみたんです。
そしたら、母親がまだ若くして亡くなって、遺品といってもその人形くらい。
独身者が持っててもしかたないので、値段はいくらでもかまわないから、
売れるかどうか聞きにきたということでした。どうも母子家庭だったようです。
まあね、私の店には置けませんが、市に出すことはできます。
ケースから出してみたんですが、なかなか不思議なものでした。
作者は不明ながら、フランス製で間違いなし、おそらく50年はたっている。
ただ、顔がねえ、真っ直ぐな黒髪で、目も黒かったんです。
その手の人形って金髪か栗毛で、黒髪なんて初めて見ました。
レスを投稿する


ニューススポーツなんでも実況