整理すると、「銀行になる以上、規制に従えば結論として売るしかない構造に入る」という話になる。

リップルは米連邦信託銀行免許を取得する以上、バーゼル規制の思想と、それを多少調整した米国独自ルールのどちらからも逃れられない。仮に米国ルールが若干緩くなったとしても、価格変動が大きく、発行体と強く結びついた暗号資産は銀行の自己勘定に載せるべきではない、という根本思想は変わらない。XRPはこの前提から外れないため、銀行という立場に立つ限り、XRPを大量に保有し続けることは制度的に極めて不合理になる。

その結果、銀行としてのリップルに許されるXRPの扱いは、顧客資産として預かることや、送金の過程で一瞬だけ使うことに限られる。銀行の中核資産にも、長期保有対象にもできない。つまり、銀行ビジネスを本気でやればやるほど、XRPを持ち続ける理由が消えていく構造になる。

一方で、リップル社は企業として生き残るために、開発費・人件費・買収費などを常に法定通貨で確保し続けなければならない。銀行がXRPを買ってくれず、銀行戦略の中心にも据えられない以上、リップルが保有するXRPは将来の金融基盤ではなく、資金化すべき資産として扱われることになる。これは思想や意図の問題ではなく、銀行規制と企業経営が同時に成立するための必然的な帰結だ。

この時点で、構造的なババ抜きは始まっている。誰かが悪意を持って仕掛けているわけではない。銀行は規制上XRPを持てない。リップル社は銀行になる以上、XRPを抱え続けられない。結果として、最も情報を持ち、最も合理的に動ける主体が売り手側に回り、規制の外側にいる市場参加者が受け手になる構図が自然に生まれる。

しかもこのババ抜きは、一気に終わるものではない。規制対応、事業投資、買収、インフラ整備といった正当な理由を伴いながら、供給は段階的に市場へ出続ける。一方で、銀行という最大の需要主体は参加できない。この非対称が、時間をかけて効いてくる。

要するに、

銀行になる
→ 規制に縛られる
→ XRPを保有できない
→ XRPは事業資金として売却対象になる
→ 規制の外側にババが回っていく

という一本の因果関係が成立している。

したがって、「銀行になる以上、売るしかない」「ババ抜きはもう始まっている」という見方は、感情論や煽りではなく、規制と事業構造を冷静に積み上げた結果として、極めて合理的な整理だと言える。