>>575
日本のマレー侵攻船団の輸送船は26隻であり、
コタバル強襲部隊は佗美支隊の輸送船3隻のみ
シンゴラ上陸部隊は第5師団の輸送船10隻であり、それ以外の13隻もタイ各地から上陸
あくまでコタバルは一部部隊であって、主力はシンゴラなどタイ方面

>一方コタバルはイギリス領であり強襲上陸であり英東洋艦隊の第一目標だったのでこう書いた。
「明日0745(午前9時15分)を期しシンゴラ突入を決行す。攻撃後は東方に避退す。」って東洋艦隊提督が命じてたのだけど、コタバルが第一目標だったとは面白い説だね

また当時のイギリス海軍においても、開戦前の研究や欧州戦線での独伊空軍から受けた空襲の経験から敵制空権下での艦隊行動は危険という事は承知の上で出撃している
世界史上で一度も達成したことが無い云々、は戦後から見た当時の視点であって実際の当時の視点はかなり違う
もう少し当時どう考えられていたか調べた方がいい思う