0001名無しで叶える物語(とばーがー)2022/09/18(日) 00:40:59.12ID:zBgHanJE
Day1
彼方「朝香さん、ここ座ってもいい?」
果林「……あら、珍しいこともあるのね。もちろんよ」
学内のカフェでひとり物思いに耽っている同級生。机に置かれた肘の前にはブラックコーヒーが湯気を立てて主人に存在をアピールしている。
それを敢えて無視するように、まるで相手を焦らしているように、私が知る限りずっと、彼女は窓の外を眺めていた。
彼方「何してたの?」
果林「見て分からないかしら」
彼方「うーん……私が来るのを待っていた、とか」
果林「私を名字で呼ぶような人を?」
彼方「やっぱり違う?」
果林「違うわね」
彼方「ちぇ……」
0100名無しで叶える物語(とばーがー)2022/09/20(火) 20:25:58.73ID:SDWh9nMR
Day3 Morning
テスト開始のチャイムが鳴る。記念すべき最後の教科は英語。朝香さんに数日間の補習をした、あの英語だ。
用紙をめくって、名前を書いて、軽く問題を見渡す。
彼方(…………うんうん、大丈夫だね)
先日見た過去問と同様の難易度だと思う。これなら半分くらい時間を残して終われそうだ。
彼方(……お、これは……)
初めて見る問題の中に紛れていたのは、先日朝香さんが答えられなかったあの問題。
彼方(もしこの問題を間違えてたらお説教だねー……)
なんて、まだ出来てもいない朝香さんの答案を勝手に添削しながら問題を解き進める。
『Keeping a diary, you'll enjoy your life much better.』
彼方(……『日記を付けることでより人生を楽しめるでしょう』。分詞構文だね〜)
朝香さんの解答どころか、半ば問題そのものを添削しながら解き進めていく。テストはきちんと解ければ楽しい時間だ。
0101名無しで叶える物語(とばーがー)2022/09/20(火) 20:29:05.60ID:SDWh9nMR
そんな調子で進めていくと、あっという間に最後の問題を終えてしまった。ホワイトボードの上の時計を見ると、本当にまだ半分近く時間が余っている。
彼方(見直しするにも……長いよねえ……)
解いたばかりの問題を見直すのはすぐに終わってしまった。本当に見直しとして意味があるのかと言われると微妙だけれど、テスト時間中にクールダウンタイムなど大して置けないのだから仕方ない。
彼方(……うん。あとは朝香さんでも眺めよう)
と、最前の席に座る朝香さんの方を向く。席替えがあってもテストの時はこの順で座ることになるから、テスト時間中はこれからも暇つぶしに困らなさそうだ。
その朝香さんは、少なくとも手が全く止まってはいないようだった。
彼方(朝香さんに教えてただけあって、英語は本当に早く終わったなあ……)
彼方(ある意味朝香さんに感謝かも)
輝くような深い藍色の髪が今日もただ美しい。照りつける陽射しの下であの髪がふわっと踊るようなことがあれば、本当に綺麗だろうな。
彼方(今年、空梅雨なのかな?)
梅雨時だというのに、今日も普通に陽が照っている。単に晴れているというよりは快晴で、もはや梅雨が明けたのかのよう。
0102名無しで叶える物語(とばーがー)2022/09/20(火) 20:33:16.55ID:SDWh9nMR
教室内に目を戻すと、当たり前だけどそれぞれがそれぞれの様相を呈している。カンニングの疑いを受けることなく教室内の雰囲気をつかめるのは最後列の特権だ。
頭を抱える者、ペンが止まっている者、軽快な音を鳴らして回答している者、何度も紙をめくる者。
それぞれの動作が、テストの終了が近づくに連れてどんどん速くなるのを感じる。秒針の音はずっと一定のペースなのに、それすらも速まって聞こえる。
朝香さんに視線を戻すと既にペンを置いていた。時間は残り少ないのでこれがどういう意味なのかは聞いてみないと何とも言えない。
彼方(……せっかく彼方ちゃんが教えたんだから英語はちゃんと点数取ってよね〜……)
見直しをしているならそれでもいい。さすがに朝香さんが既に全問正解しているというのも考えにくいので、見直しで何かしら間違いを見つけて欲しい。
彼方(…………がんばれ……)
念を送っているうちに何かに気づいたらしい朝香さんが消しゴムとペンを再び手に取った。
彼方(おお?何か直したのかな?)
朝香さんは相当に焦っている様子で書いた文字を消している。それはそうだ。もう秒針が一周する余裕は残っていない。
彼方(途中回答で残さないようにね〜……)
0103名無しで叶える物語(とばーがー)2022/09/20(火) 20:37:04.28ID:SDWh9nMR
観察しているうちに終わりを告げるチャイムが鳴る。さあ、朝香さんの点数は終わらずに済んだのかな。
「はーい。筆記用具置いてー!名前確認して後ろから回答用紙を回してくださーい」
試験監督の言葉で用紙を前の生徒に渡す。一週間のテストはさすがに長かったけど、それだけに終わったときの開放感はひとしおだ。
彼方「ふわぁーーー…………つかれたあ……」
「テストお疲れ様でしたー。じゃあ、ここで初めての席替えをしたいと思いまーす!」
その言葉に急にどよめくクラスメイトたち。一方の私は不安になる。
彼方「席替え……やだなあ……」
今の席より良い席なんて、ここから更に窓側の1列しかない。窓際の最後列こそ至極の場所だ。今の私の席は窓際から2列目、窓からは離れる確率が圧倒的に高い。
それでも私の感情とは裏腹に、朝香さんから新たな席を決める紙のくじを引き始める。
決まった席は教師が入力すると全員のタブレットにすぐ表示されるシステムがあるらしいのに、それほどペーパーレス化の進んだ虹ヶ咲でも、くじそのものの電子化は不評だったらしい。
0104名無しで叶える物語(とばーがー)2022/09/20(火) 20:42:52.72ID:SDWh9nMR
くじを引き終えて教壇から戻ってきた朝香さん。教師が入力して私のタブレットに表示された朝香さんの席は私の理想の席の一つ前。
果林「♪」
なんて、いつかの授業みたいに私にウィンクひとつよこす朝香果林。キミはずっと最前列にいる方が勉強に集中できていいんじゃないかな。
彼方「……」
そんな意思をこめて無言の視線を送りつけても、既に席に着いて私に背を向けてしまった朝香さんに受け取ってはもらえなかった。
その後もくじを引いていく生徒の狂喜だったり叫喚だったりが順番に続く。
彼方「……きたか」
ついに私の番になってしまった。重い足取りで教卓へ向かう。教師が期待と不安の入り交じる表情をしていた。
「近江さん、お願いだから中央の最前列を引いてね?」
彼方「え、どうしてですか?」
「最後列まで起こしに行くのが大変なのよ」
その言葉に教室がどっと賑やかになる。
0105名無しで叶える物語(とばーがー)2022/09/20(火) 20:46:17.79ID:SDWh9nMR
彼方「いえいえ〜……彼方ちゃんよりもその席にふさわしい人がいたんですけど……」
と、後ろをちらと見る私。その視線が向けられていることに気づいた朝香さんが不満を漏らす。
果林「ちょっ……私だっていうの!?」
またもや喚き立つクラス。教師も私に同意してくれる。
「確かに朝香さんもだよねー」
果林「先生までっ……ほらっ、早く引きなさいよっ」
自分の劣勢を悟ったのか話を逸らす朝香さん。でも正論なのでくじを引く。
彼方「…………どれどれ〜」
「…………」
正面の教師が祈るような面持ちで見つめる中、くじを開く。
0106名無しで叶える物語(とばーがー)2022/09/20(火) 20:51:07.33ID:SDWh9nMR
彼方「……やった〜!」
「えっ……」
なんて、私の歓声に言葉を失う教師。私は勝ち誇った笑みを背景に、くじをその顔の前に掲げる。
「うわ〜……よりによって……」
あまりにも悔しそうに私の名前を入力したのを見て、後ろを振り向く。その先には私の名前の位置を見たらしい、唖然とした顔の朝香果林。
果林「うそ……」
彼方「ふふんっ」
今日も、貰ったウィンクを朝香さんに返して席に戻った。
0107名無しで叶える物語(とばーがー)2022/09/20(火) 20:56:42.14ID:SDWh9nMR
全員の席が確定したところで移動する。私はすぐ左隣に移動するだけなので楽ちんだ。
既に新たな席に着いていた私の前に、決まり悪そうな表情でやって来る朝香さん。
彼方「これからよろしくね〜」
果林「……ええ、よろしく」
彼方「テスト、どうだった?」
果林「まあまあかしら」
特に不審な様子もなく告げられる。朝香さんが隠し事に向いていないのはこの数日でよく分かっているから、恐らく嘘はついていないのだろう。
彼方「最後急いで直してたみたいだけど」
果林「見てたの?大丈夫よ。ちゃんと最後まで書けたわ」
0108名無しで叶える物語(とばーがー)2022/09/20(火) 21:00:28.88ID:SDWh9nMR
彼方「あの問題、答えられた?」
果林「In the morning, to avoid seeing the friend I really do not want to see, I pretended to have a cramp in my leg.」
完璧な発音で、今度こそキメにキメて回答する朝香果林。称賛の口笛を返した。
彼方「それは良かった。……じゃあ、この後遊びに行かない?」
虹ヶ咲は二学期制で、前期の中間試験が終わると夏休みまでに定期試験はない。つまり、多少はっちゃけても問題ないのだ。
果林「突然ね……」
彼方「行かない?」
果林「……ええ、いいわよ」
満面の笑みで返してくれる朝香さんに、私の顔も思わず綻んだ。
0109名無しで叶える物語(とばーがー)2022/09/20(火) 21:03:43.37ID:SDWh9nMR
荷物をまとめて外に出ると、茹だるような熱気、とニュースでリポーターが形容しそうな暑さが制服の上から纏わりついてきた。
彼方「うわっ……暑いねー……」
果林「そうねえ……」
暑いということに同意しておきながら割と飄々とした様子で彼女は答える。本心がどうか知らないけど、私は早く涼しいところへ行きたい。
彼方「どこに行く?私、雑貨屋に行きたいな」
朝香さんの意見を求めるのと同時にスマホを取り出して良さそうなスポットを調べる。
果林「雑貨屋?楽しそうでいいわね」
彼方「でしょ?……ん?」
飛び込んできたのはお天気アプリの通知。雨雲レーダーの見やすさと予報精度が売りらしいそれが教えてくれたのは、関東地方の梅雨明けだった。
0110名無しで叶える物語(とばーがー)2022/09/20(火) 21:04:49.77ID:SDWh9nMR
果林「どうしたの?」
彼方「……朝香さんっ!夏が来たよっ!」
高校生としての初めての夏に、胸が弾んで、思わず飛び跳ねた。
Day3 Morning End
0111名無しで叶える物語(とばーがー)2022/09/20(火) 21:06:13.80ID:SDWh9nMR
ありがとうございました。他のシリーズもやりたいので次のDay3 Afterschoolでこのスレでの投稿は終わりにすると思います。Day4以降はまた立てます。
いいかなかりをありがとう
渋に上がってた過去シリーズも読んでみたから続き楽しみです
0113名無しで叶える物語(らっかせい)2022/09/20(火) 22:36:56.03ID:xaCi1X+h
いいかなかりが読めたので今日もよく眠れそうです。ありがとう
0114名無しで叶える物語(もんじゃ)2022/09/21(水) 09:34:52.04ID:3VgTPLGd
あ〜距離が近づいていく二人がたまんね〜
短期集中連載のシリーズものはテンション上がる
続きも楽しみにしてます
0116名無しで叶える物語(SB-iPhone)2022/09/21(水) 12:13:06.96ID:K2xaG+1w
ありがとうございます
0120名無しで叶える物語(とばーがー)2022/09/22(木) 23:49:39.34ID:KP6GS2oS
Day2 Afternoon EndがAfterschoolになってますね。Day2はAfternoonが、Day3はAfterschoolが正しいです。
というわけで、Day3 Afterschool、スタートです。
0121名無しで叶える物語(とばーがー)2022/09/22(木) 23:51:56.13ID:KP6GS2oS
Day3 Afterschool
朝香さんと一緒にショッピングモールにやって来た私は、外界との気温の違いに歓喜した。
彼方「すーずしーい!」
果林「はしゃぎすぎよ」
彼方「この涼しさは天国だよ?朝香さんは暑くないの?」
学校を出たときも涼しい顔をしていた朝香さん。でも、その額には自慢の髪がじっとり張りついている。水も滴る良い朝香さんを見る前に梅雨が明けてしまったのは残念だ。
果林「平気よ」
彼方「髪、ぺったりしてるよ?」
果林「…………」
下手な嘘をついて、バレると黙り込む朝香さん。季節が変わっても変わらないものはある。
彼方「涼しいでしょ?」
果林「……ええ」
0122名無しで叶える物語(とばーがー)2022/09/22(木) 23:54:12.40ID:KP6GS2oS
彼方「まずはお昼にする?」
果林「そうね。どんなものがあるのかしら」
彼方「うーん……朝香さんでも大丈夫なもの……」
ショッピングモールは飲食店も充実しているけれど、食事を管理している朝香さんでも問題なく食べられるものというとほぼ壊滅のイメージだ。どうしたものか。
果林「私のことは気にしなくていいわよ」
彼方「え?いいの?」
果林「なにも、口にしたら死ぬわけじゃないもの。たまに友達と遊びに行くときくらい食べたい物を食べるわ」
彼方「ありがとう。…………あ……」
朝香さんの言葉に思わず声が漏れる。朝香さんはこういうときも、聞き漏らさず反応してくれる。
果林「どうしたの?」
彼方「……ううん!なんでもないよっ!」
すぐに朝香さんから顔を背けて、案内マップを探した。
0123名無しで叶える物語(とばーがー)2022/09/22(木) 23:57:35.34ID:KP6GS2oS
食事を手に入れてテーブルに向かい合って座る。手元にあるのは、世界一有名なチェーンのハンバーガー。いつぞやのかわいいぬいぐるみと同じく、あの朝香さんと同じ画角に入るとあまりにもミスマッチな代物だ。
彼方「ねえ、写真撮っていい?」
果林「ええ、いいわよ」
あの時と違って撮影も快諾された。どうせなら一口かじりついたところを、と思って機会を窺う。
果林「……食べないの?」
彼方「朝香さんが食べたら食べるよ」
果林「そう……」
包み紙を広げて食べ始めようとする朝香さん。ソースが髪に付かないようにするために紙の位置を随分と念入りに調整している。その調節が終わったところで、手元のハンバーガーに視線を落としながら、朝香さんの目がこちらを捉え続けていたのに私は気づく。
その視線を不審に思いながらシャッターチャンスを待っていると、ついに朝香さんがハンバーガーにかじりついた。
彼方「いまっ……!」
0124名無しで叶える物語(とばーがー)2022/09/23(金) 00:00:52.48ID:/CkcCI90
問題の一口を飲み込んだところで朝香果林が声をかけてくる。
果林「…………ねえ、今の写真、見せてもらえる?」
彼方「見せる必要ある?」
果林「どんな風に写ったか気になるじゃない」
どんな風に写ったかは、恐らく自分自身が一番よく知っているはずだ。ムスッとした顔でスマホを差し出す。
彼方「……ほら、こんなだよ」
そこに写っているのは、朝香果林というよりも、ハンバーガーの包み紙で顔を作った朝香果林のマネキンだった。目も口も鼻も、全てがただの包装紙に覆い隠されてしまっている。
彼方「わざとやったでしょ」
果林「さあ、なんのことかしら」
彼方「次は外さないからね……」
0125名無しで叶える物語(とばーがー)2022/09/23(金) 00:04:25.93ID:/CkcCI90
果林「初めて食べたけど、美味しいわね……」
彼方「そうだねー……ん?」
さらっと流しそうになったその言葉は、よくよく考えれば異様なものだった。
彼方「朝香さん、食べたこと無いの?」
果林「…………ええ、ないわ」
彼方「そんな人いるの!?」
果林「まあ、ここにいるわね」
そうは言っても、幼い頃からずっとモデルを目指して食事を管理していた訳でもないはずなのに、どうして。
果林「地元になかったのよ」
彼方「どこに行ってもあるのがこのチェーンのいいところだよ?」
そんな場所があるのだろうか。一体どこに。
0126名無しで叶える物語(とばーがー)2022/09/23(金) 00:08:31.15ID:/CkcCI90
果林「じゃあ当ててもらいましょうか」
彼方「うーん…………ヒントもらえる?」
果林「そうねえ……」
そこで長考する朝香果林。その顔色を見るに、あまり優しいヒントは出してくれなさそうだ。
果林「私、寮住まいじゃない?」
彼方「そうだね。知ってるよ?」
果林「虹ヶ咲って海外からの留学生も多いし、うちの寮って国内からの生徒にはなかなか狭き門なのよ」
果林「だから……私は、それなりに遠いところから来た、ということよ」
それはそうだろう。東京都内で近くにこのチェーンがないところがある、なんて考えられない。
彼方「それだけじゃ……難しいなー……北海道か、九州か……」
0127名無しで叶える物語(とばーがー)2022/09/23(金) 00:11:15.05ID:/CkcCI90
果林「……ふふっ……そうねえ……」
しばし悩んだ朝香さんは、人差し指を頬に当てて、いかにも楽しそうに第二のヒントを告げる。
果林「車のナンバーは品川だったわ」
彼方「…………は?」
思わず硬直する。彼女は今なんと言ったのだろうか。
品川ナンバー。……私の認識が間違っていなければ、ここからひとつ隣に行けばもう品川ナンバーの地域のはずだ。
彼方「………………?」
第一、品川は東京の地名だ。北海道や九州に品川ナンバーの地域があるわけがない。
彼方「東京にそんな場所あるわけ無いじゃん!」
果林「いいえ?あるのよ、それが」
……残念な事に、朝香さんは嘘が下手だ。
どうにも本当にあるらしい。そんな場所が、都内に。
彼方「……………………こうさーん…………」
0128名無しで叶える物語(とばーがー)2022/09/23(金) 00:15:12.24ID:/CkcCI90
果林「ふふっ…………答えはね、離島よ」
彼方「離島……?」
言われてはっとする。たしかに離島ならばおかしくはない。
果林「私、八丈島出身なの」
彼方「はちじょう……じま……」
もちろん名前は聞いたことがあるけれど、実際にそこ出身です、なんて言われると相当な衝撃がある。
彼方「そっかー…………ひとり暮らし、大変じゃない?」
果林「…………そ、そうね」
彼方「?」
またもや何かを誤魔化したらしい朝香さん。何を隠したいのか分からないけど、本当にどこまでも飽きない人物だと嘆息する。
果林「ほらっ、早く食べましょ!」
0129名無しで叶える物語(とばーがー)2022/09/23(金) 00:18:39.49ID:/CkcCI90
テストが終わった解放感を噛み締めると、ファストフードを食べただけでは満たされきっていないと感じる。
いくら楽しい時間といえど緊張はするのだ。それだけに欲も大きい。
彼方「朝香さん、アイス食べない?」
果林「……遠慮するわ。あなたひとりで食べたら?」
彼方「そう……?」
やはり厳しかったようで、私の提案は退けられた。私の表情を見た朝香さんが、慌てて言葉を付け加える。
果林「私のことは本当に気にしなくていいのよ?行きましょう?」
彼方「……うん」
果林「ほら、行きましょう?」
朝香さんへの罪悪感と、何に対してか照れくさい気持ちで、少し俯いて朝香さんについて行った。
彼方「…………ありがと」
0130名無しで叶える物語(とばーがー)2022/09/23(金) 00:21:45.64ID:/CkcCI90
彼方「…………」
彼方「……………………」
彼方「……………………あれ?」
何かおかしな雰囲気を感じて目線を上げると、朝香さんがいなかった。
彼方「どこに行ったんだろ……」
朝香さんが何も告げずにどこかへ行く類の人だとは思えないけれど、とりあえず壁際で朝香さんを待つ。
彼方「…………こないな……」
さすがにおかしいと思ったのでスマホを取り出す。朝香さんとのチャット画面を開こうとして固まった。
彼方「…………あ、連絡先、交換してない…………」
学校と寮を移動するだけだった私たちには、これまでその必要性がなかったから、すっぽり抜け落ちていた。
彼方「うーん……探すしかないか……」
0131名無しで叶える物語(とばーがー)2022/09/23(金) 00:26:28.47ID:/CkcCI90
どこから手を付けたものかと悩んでいたとき、館内放送の軽やかなチャイムが響く。
『お客様のお呼び出しを申し上げます。八丈島からお越しの、近江彼方さま、近江彼方さま。お伝えしたいことがございます。至急、3階、総合案内所まで、お越し下さいませ』
彼方「……………………」
その放送を聞いて唖然とする。私は近江彼方だけれど、八丈島から来てはいない。
でも、八丈島から来ている人間が朝香さん以外にいるとは到底思えない。八丈島から来た近江彼方なんてもってのほかだ。
彼方「……行くしかないかー……」
彼方「まったく……雰囲気ぶち壊しだよ……」
放送にあった3階へ向かう。ハンバーガーチェーンの目の前にある吹き抜けになったエスカレーターを降りて、マップを探すよりも前に総合案内所とやらが目に入った。
ああ、あのどこにいても輝く藍色の髪、全身から放たれる自信のオーラ。背を向けていても分かる。間違いなく朝香さんだ。
彼方「…………朝香さん…………」
色々と台無しだと呆れながら歩みを進めた。
彼方「お待たせ、果林ちゃん」
0132名無しで叶える物語(とばーがー)2022/09/23(金) 00:31:26.90ID:/CkcCI90
果林「…………うっ…………」
こちらを渋々といった様子で振り向いた朝香さんは、一面真っ赤な顔を私に見せる。
彼方「果林ちゃん、迷子?」
果林「うるさいわよっ!」
彼方「うちの果林ちゃんがご迷惑をおかけしました…………」
『……い、いえ、合流できたようで何よりです……』
彼方「ほら行くよ、果林ちゃん」
果林「……ええ……」
来た道……と言う程のものでもない一直線のルートをエスカレーターへ向かって戻る。朝香さんからは声をかけてこなかった。
彼方「ねえ朝香さん、アイス食べに行こうとしてたんだよね?」
果林「え?ええ、そうよ?」
0133名無しで叶える物語(とばーがー)2022/09/23(金) 00:35:02.39ID:/CkcCI90
彼方「一体どこの店に行こうとしてたの?」
果林「どこって…………」
返答に困る朝香さんをよそに上りのエスカレーターに乗る。先刻までいた6階に戻って、件のハンバーガーチェーンを指さした。
彼方「あそこでハンバーガー食べたよね?」
果林「ええ、食べたわね」
若干ながら調子が戻ってきた朝香さん。その口、もう一度閉じさせてあげよう。私は掲げた指をそのまま横に滑らせる。
彼方「反対向いて?…………あれ、何かわかる?」
果林「……なにかしら」
彼方「あれはたぶん日本一有名なアイスクリームのチェーンだねー……」
果林「……………………」
0134名無しで叶える物語(とばーがー)2022/09/23(金) 00:38:48.07ID:/CkcCI90
さっきは返答をもらえなかった質問をもう一度投げかける。
彼方「一体どこの店に行こうとしてたの?」
果林「分かってたなら先に言いなさいよっ!」
彼方「いやー……まさか朝香さんがここまでの方向音痴だとは…………」
果林「うるさいわよっ!」
そろそろ聞き慣れたセリフを心地よく受け流しながら店に入る。朝香さんもちゃんと迷わずついてきた。
彼方「本当にいいの?」
果林「ええ、私はいいわ」
彼方「そう……」
後ろ髪を引かれながら一人分のアイスをオーダーする。試験終了のご褒美としていつもより多めに頼んだ。
0135名無しで叶える物語(とばーがー)2022/09/23(金) 00:42:12.79ID:/CkcCI90
席に座って、口の中で一口目を溶かしたところで、先ほどからの疑問を朝香さんにぶつけてみる。
彼方「ねえ朝香さん、いっつも遅刻ギリギリに来るのって、もしかして方向音痴だから迷ってるの?」
私の失礼な質問に対して、朝香さんも呆れた様子で返してくる。いや、呆れたのは私の方なんだけど。
果林「そんなわけないでしょう?いくら私でも、毎日通る通学路で迷子になんてならないわよ」
彼方「説得力ないよ?」
が、そこはやはり嘘が苦手な朝香果林、これも嘘ではなさそうだ。
果林「さあ、どうでしょうね」
彼方「むー……」
飲み込めなくて苦々しい疑問を、甘いアイスで流し込んだ。
0136名無しで叶える物語(とばーがー)2022/09/23(金) 00:46:45.45ID:/CkcCI90
果林「私からも聞きたいのだけど……」
なんて、もったいぶって大仰に尋ねる朝香さん。口が塞がっている私は代わりにスプーンを振って返答する。
果林「雑貨屋には、何を買いに行くのかしら」
彼方「んー…………」
今度は咀嚼した質問と共にアイスを飲み込む。答えは簡単だ。
彼方「日記帳だよ」
果林「あら、あなた日記付けてるの?」
彼方「ううん。今日から付けようと思って」
果林「へえ……」
僅かにいぶかしんでいる様子の朝香さん。あるいは感心でもしているのだろうか。
彼方「朝香さんも付けてみたら?」
果林「いえ、私はいいわ」
彼方「漢字の練習になるかもよ?」
果林「…………」
黙り込む朝香果林。若干ジト目でこちらを見つめている。
0137名無しで叶える物語(とばーがー)2022/09/23(金) 00:50:42.95ID:/CkcCI90
彼方「いいと思うけどな〜。クールモデルが日記付けてる姿って」
果林「…………分かったわ。私も買うわね」
言ってみるものだ。正直、朝香さんは絶対に乗らないと思っていた。
彼方「ひらがなで誤魔化しちゃダメだよ?」
果林「分かってるわよ!」
本当に分かっているだろうか。私も読ませてもらわないと実効性がないかもしれない。逆に私のは見せないけど。
彼方「…………あ、そうだ」
果林「どうしたの?」
彼方「朝香さん、結局、いつデビューするの?」
果林「ああ…………」
0138名無しで叶える物語(とばーがー)2022/09/23(金) 00:54:32.53ID:/CkcCI90
果林「もうすぐよ」
彼方「え?そうなの?」
てっきりもっとずっと先のことなのかと思っていた。
果林「まだ高校に入ったばかりでしょう?せめて最初のテストが終わるくらいまでは学校に慣れた方がいいんじゃないか、ってことでね」
彼方「そっかー……。じゃあ、もうすぐ雑誌に載った朝香さんが見られるってことだね」
果林「ええ、そうよ」
彼方「そっかそっかー。出る雑誌の情報とか教えてね?」
果林「もちろんよ」
にっこり笑う朝香さん。クールを売りにしているらしいけど、こういう優しい笑顔もいいものだと思う。
彼方「撮影中の自撮りとかも送ってね?」
手に取ったスマホを軽く振ってアピールする。
果林「それは……まあ、撮ったらね」
0139名無しで叶える物語(とばーがー)2022/09/23(金) 00:58:23.58ID:/CkcCI90
玉虫色の返事をくれる朝香さん。目線を手元に戻すと、手に持ったスマホに思い出すものがあった。
彼方「……あ!」
果林「なに?どうしたの?」
彼方「連絡先!交換しないと……」
果林「…………ああ、確かにしてなかったわね」
なんて涼しい顔をする朝香果林。私は涼しくなかったというのに。
彼方「交換しないとまた迷子呼び出しになっちゃう……」
果林「迷子呼び出しじゃないわ。お伝えしたいことがあっただけよ」
彼方「係員の人、困惑してたよ〜?」
困惑と言うより、むしろ引いていた。
彼方「それに八丈島から来てないしー」
果林「どこに住んでいるのか分からなかったし、学校名を出すわけにもいかなかったんだもの。仕方ないでしょう?」
彼方「仕方ないのは朝香さんの迷子の方だけどね?」
0140名無しで叶える物語(とばーがー)2022/09/23(金) 01:04:19.44ID:/CkcCI90
彼方「朝香さん、一口食べる?」
果林「……それじゃあ、いただくわ」
ダメ元で勧めてみたけれど、今度は首を上下に振ってくれた。
彼方「うんうん。これはデビューの前祝いだよ?」
私がスプーンを突き出すと、呼応して朝香さんも顔を近づけてくる。
彼方「はい、あ〜ん」
果林「……あーん……」
外を歩いてきたときとも、迷子になったさっきとも別の理由で顔を熱くする朝香さん。向こうを照れさせると私は案外照れずに済んだ。
彼方「美味しい?」
果林「……え、ええ、美味しいわ」
しばらく熱が冷めなかったその顔は、ばっちり写真に残しておいた。
Day3 Afterschool End
0141名無しで叶える物語(とばーがー)2022/09/23(金) 01:06:34.44ID:/CkcCI90
0142名無しで叶える物語(SB-iPhone)2022/09/23(金) 01:13:10.14ID:YvkYxscP
鳥羽にこんな逸材がいたとは…隣県から応援しとるで
次スレでもよろしゅう
0146名無しで叶える物語(みかん)2022/09/23(金) 20:06:22.64ID:kqU3Kpmr
描写がうまいけども小説家かな
ひとまず乙
思ったより早く八丈島出身って教えてもらいましたね
続編も他シリーズも応援してます