「東京の夜景は綺麗だな。」
港の船の往来をぼーっと眺めながら、私の隣に立つ少女は呟いた。
寄せる波、通り過ぎる風、漂うカモメ、向こうへ行く汽笛、高速道路を走る車―すべてのサウンドエフェクトが君の一言を彩る。
彼女の「ね、そよ。」という呼びかけに軽く頷く。―
「ゆづ、すっかり東京に慣れてきたって感じするよね。」
「そう?」
少し照れてる。
「染まったんちゃう?」
「染まってないし!東京も好きやけど…脱田舎なんかしませんよーだ!」
「ほんと?」
「この前だってわらび食べたし。」
笑い合ったあとの少しの沈黙。波音ばかりが聞こえる港の夜の雰囲気は、少し寂しい。―
「…もう夏だね。」と、話しかけてみる。
「うん。夏の匂いってあるよね。」
「わかるかも。」
「和歌山だとね、もっと夏!ってわかる匂いがするよ。」
「ふーん。行ってみたい、今度。」
「じゃあ今度家に泊まりに来なよ。」
そう彼女は嬉しそうに微笑んで言った。
「やっぱり…夏は地元にいたい?」
「うん。一番落ち着くかな。でもこっちで過ごす夏も楽しいけどね、みんなといれるし。」
「みんなと?」
「うん。」
海を眺める彼女の横顔を見つめた。
「……寂しい。」
ふと言葉に出ていた。
「え?急にどうした…?」
「だって…。」
だって、今年の夏はさくらで君と過ごす最後の夏だから。
「わかるよ。私だって寂しいもん。でもまだ…そんなこと考えなくていいよ。」
私の目を見て彼女はそう言った。目を合わせていたら全部伝わってしまう気がした。全部、伝わってしまえ。
「…うん。」
3年前、君がいない日は当たり前で、2年前から君がいない日は当たり前じゃなくなった。来年、また君がいない日が当たり前になると思うと無性に怖くなって寂しくなった。
「今年の夏は、いっぱい楽しもう!」
2人の夏が始まる。最後の夏…だから…。
「…うん!…大好きだよ。」
「ひひ。私も。」
そっと両手を彼女の肩に添えた。頰を赤らめて困惑する彼女は、目を泳がせてから少しして私と目を合わせた。
君より少し背が高い私。正面、少し上から見下ろす君の顔。私だけが独占できる角度。
そっとくちびるを近づけた。
潮風が2人をすり抜けていった。
君がさっき言っていた夏の匂い。私にとってのそれは、たぶん君の匂いだ。
柑橘のように爽やかな君の匂い。