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しずく「ハンカチ、落とされましたよ」
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0001名無しで叶える物語(茸)
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2022/05/16(月) 21:48:46.19ID:EFoLSInc
特別なことなんて何一つない日々だった。

頭を揺らすアラームで目を覚まし、表示された【月曜日】という単語に憂鬱にさせられながら、今日もまた仕事かと悪態をつく。

ギリギリまで眠っていた顔に冷や水を叩きつけて意識を引っ張りだして、買溜めしておいた200ml程度の野菜ジュースを紙パックを握り潰すように胃に流し込むだけの朝食

ずぼらに歯磨き、最後にクリーニングに出した記憶さえ曖昧なヨレたスーツに着替えて家を出て、満員電車に揺られ、押し出され、前が詰まっていたのに舌打ちをされる

電車の中から見えた流れていく景色のように、自分の人生もその他大勢と溶け込んでいて、いてもいなくても変わらないのではないかと考えてしまう。

そんな日々――

「ハンカチ、落とされましたよ」

――そんな日々に、赤い色が差した。
0953名無しで叶える物語(茸)
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2022/06/04(土) 14:58:52.74ID:fvaw2D11
映画を見終わったあと、
2人で映画館の近くにあるカフェへと足を運んでいた。

元々、お台場に来たのがお昼少し前で、そこからジョイポリスに行き、
特別、空腹を感じていないということもあってお昼を少し過ぎた後から映画を見たため、
時間としてはやや中途半端に感じられるが、
休憩もかねてカフェにでも行こうか? と、誘ったのだ。

「良い感じにゾクゾクとする映画でしたね……」

しずくちゃんはそう言いながら、
さすりさすりと腕の辺りを摩るそぶりを見せて、カフェラテを一口飲む。

しずくちゃんと一緒に見たホラー映画は、猟奇的だったり、
怪物的なものの多い洋画ではなく、呪いの類を主流とする邦画だった。

蓄積されていく怨嗟が浮かばれることなく人間という受け皿を失い、
どのような影響を周囲の人々に及ぼしていくのかという呪い。
人を脅かすことを目的としているのではなく、
ただただ、呪う理不尽さ。その恐怖を描く映画は、なかなかに、総毛立たせるものがあった。

しずくちゃんが言っていた通り、
登場タイミングや役柄などをよくよく知っているだろう主人公サイドの人達は、
まるでそれを全く知らないかのような自然な驚きや恐怖心を感じさせ、
映画館の暗さ、静けさ、冷えた空気がまた、臨場感を味わわせてくれて……と。

しずくちゃんと映画の内容について話していると、
注文していたサンドイッチが運ばれてきて、しずくちゃんは「美味しそう」と、可愛らしく笑って。

「……このサンドイッチは四角く切られていませんね」

当たり前のことではあるけれど、
あの日に食べたように、一口で食べられる程度の大きさに切られていたりはせず、
しずくちゃんはちょっぴり残念そうな顔をして。

「これだと……食べさせてあげられない……」

いや、それは……と、
お祭りの喧騒に隠れているわけでもないのに出来るわけがないと思って。
もしかして、あの時も狙ってやっていたの? と、聞いてみると、
しずくちゃんは顔を赤くして、ふいっと、逸らす。

「……言ったじゃないですか。【運命の女神は、積極果敢な行動をとる人間に味方する】って。あれでも内心、すっごくドキドキしていて気が気じゃなかったんですよ?」

……かわいい。と、思わず言ってしまうと、
しずくちゃんはさらに顔を赤くして「はやく、頂きませんかっ」と、急かしてきて。
それがまたとっても可愛らしくて……思わず、笑みが零れてしまう。
0954名無しで叶える物語(茸)
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2022/06/04(土) 15:36:47.55ID:fvaw2D11
気恥ずかしさを誤魔化すみたいに、しずくちゃんは黙々とサンドイッチを食べている。

けれど、時折こっちをちらちらと見ていたり、
頬が赤く染まっていたり、
一つ一つにどうしようもないほどに愛らしさを感じてしまいながら、
結局、自分も誤魔化してるなぁ。と思いながらサンドイッチを食べていると……。

「あっ……お兄さん――」

はたと声を上げて席を立ったしずくちゃんは、
テーブルに手をついてぐっと体をこっちに伸ばして。

「付いてますよ」

手に持っていた紙ナプキンでこっちの口元を拭って、また席に座る。

不意を突かれて呆然としてしまって、
手に持っていたサンドイッチから、
ずるずるとトマトがお皿の上に滑り落ちて、べちゃりと音を立てる。

「ふふっ……お兄さんは、意外とおっちょこちょい。なんですねっ」

しずくちゃんに笑われてしまったけれど、
そんなことなんて。と思ってしまうくらいに、しずくちゃんに心を踊らされる。
いや、弄ばれているのだろうか。
しずくちゃんとの関係は確実に進展していて、
だから、弄ばれているというのも少し違うのかもしれないけれど……。

――あんまり動揺させないでくれ。我慢が利かなくなる

念のためにとそう言うと、
しずくちゃんははっとして自分の手にある紙ナプキンを見て、
それからこっちのことを見て、
そうして、耳まで赤くしながら「ご、ごめんなさい……」と、
ちょっぴり嬉しそうに感じる声で、謝ってきた。
0955名無しで叶える物語(茸)
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2022/06/04(土) 16:20:47.80ID:fvaw2D11
しずくちゃんに動揺させられる軽くない軽食を済ませてから、
食後の運動もかねて、お店を見て回ることにした。

もう一回ジョイポリスという選択肢も出たには出たけれど、
食後の運動とするには、いささか胃への暴力が過ぎるため、自然と却下された。

「お兄さんて、1人でお買い物するときって色々と見て回りますか?」

もう当たり前のように手を繋ぎ、
歩調を合わせて並んで歩きながら、しずくちゃんはそんなことを聞いてきて。
どうだっただろう。と、今までの自分を思い返す。

目的以外の場所、目的にない物
そこに足を運んだり、手に取ったりするだろうか。
考えて、どちらかと言えば目的のところにしか行かないかな。と、答える。

「そうなんですね……私は、ついつい色々と見ちゃうんです。たまにこれの使い道って何だろう? って思うようなものがあったりして、説明を読んで面白いなぁ……って、なったりしちゃって……」

しずくちゃんはあり得ないほど可愛らしいく言いながら、
続けて「だから、いつもお買い物に時間かかったりしちゃうんです」なんて、困った笑顔を浮かべる。

普段からすっごく楽しそうに買い物してるんだろうなぁとか。
興味津々で説明を読んでるのも可愛いんだろうなぁとか。
考えているだけでも……もう、全てが幸せに感じられてしまう。

これからそんなしずくちゃんを見て回るのか……と、
冗談めかして言ってみると、しずくちゃんは恥ずかしそうにしながら、
精一杯の反抗とでも言うように、ぎゅっと手を握ってくる。

「……お兄さんのばか……っ……」

でも、可愛らしくて……怒りきれていない感じがして。

ごめん。と、喜びを押し殺しながらしずくちゃんの手を優しく握り返すと、
しずくちゃんはその繋がりに引かれるように、こっちへと体を寄せてきてくれた。
0956名無しで叶える物語(茸)
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2022/06/04(土) 16:51:12.13ID:fvaw2D11
男にとっては、ウインドウショッピングが苦痛だと言われているのを聞いた覚えがある。

しずくちゃんにも話した通り、
基本的に目的のものを買い、それで終わりにしてしまう自分もまた、
そうして余計に歩き回るよりも、
もっと有意義に時間を使えるのではないか。と考えてしまったり、
他にもやりたいことがあるから。と、切り捨ててしまったりとするため、
今まではその説に同意していた――けれど。

「お兄さんお兄さんっ、これ可愛くないですかっ!」

と、グイグイと手を引いて、気になった物を手に取って、
見てくださいと言わんばかりに見せてくるしずくちゃんだったり……

「こういうのもあるみたいですよ? 面白いですねっ」

なんて、あんまり見慣れない商品を手にし、説明文を見て、
面白いと、楽し気にしているしずくちゃんだったり……。

とにもかくにも、歩き回ると疲れるだとか、無駄に時間を使うだとか、
そんな考えなんて全く湧き出てくることもなく、
ただひたすらに、しずくちゃんの可愛らしさを感じ、楽しさと喜びに幸せを感じさせられて、
逆に、こっちからこんなものもあるよ。と、しずくちゃんの手を引いたりしてしまう。

何だ。ウインドウショッピングも楽しいじゃないか。と、
名も知らない提唱者への手のひら返しをしながら、お店を見て回って。

「お兄さん的には、こういうのも可愛いって思います?」

しずくちゃんはそう言いながら、
ジャンパースカートと呼ばれる類のものを合わせて、こっちに見せてくる。
胸元が開いているドレスのようなものや、首のあたりまでを覆ってくれているようなワンピースほどのものではなく、
腰の辺りから肩掛けの部分まではベルト程度の幅のもので、中にブラウスなどを合わせて着るものらしい。

――何を着ても可愛いよ。

なんて、本音をぶちまけてしまうと、
しずくちゃんは「それはそれで嬉しいですけどっ」と、ちょっぴり頬を膨らませて。

「……お兄さんに選んで欲しいんです」

と、店ごと買えるなら買ってしまいたくなるようなことを言われて、
苦悩に苦悩を重ね「お兄さんっ、私が悪かったですからっ」とまで言われるほど長考し、
2着ほど選んで、しずくちゃんにプレゼントすることにした。
0958名無しで叶える物語(茸)
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2022/06/04(土) 17:35:37.72ID:fvaw2D11
しずくちゃんが一緒だったこともあって、楽し過ぎたショッピング。

結局、洋服のほかには、しずくちゃんのトレードマークと言えるリボンを買ったりして、
少しだけ、荷物が出来てしまった。
いや、荷物というのはあまりにも不躾だし、お土産や思い出……と、言いたい。

「お兄さんって……本当に目的の物しか買わないんですか?」

ちょっぴり訝し気に言うしずくちゃんは、
けれど「でも、ありがとうございます」なんて言って、破顔する。
目的のものしか買わないはずだった。

それは今までのことで、きっと、これからはそんなことはなくなるのだろう。
だって、しずくちゃんが隣にいると、
しずくちゃんがあまりにも楽しそうで、嬉しそうで、幸せそうで。

その喜びを、楽しさを、幸せを。
もっと、もっと、もっと……と、思い、
どうしても、踏み込んでいってしまいたくなるから。

「お兄さんっ」

くいくいっと手を引かれて、しずくちゃんの方を見ると、
しずくちゃんはゲームセンターの方を指さす。

「ちょっとだけ寄って行きませんか?」

ディナーにはまだ少し早いと思って、
しずくちゃんの導きに従ってゲームセンターへと向かう。

クレーンゲームやメダルゲーム、アーケードゲームなど、
色々なものがある中で、しずくちゃんは大型のメダルゲームの機械のところで立ち止まる。
中でいろいろな仕掛けが動いており、
プレイヤー側の主な操作は左右に動かせるメダル投入口にメダルを入れ、
動く台座の上に射出する。というだけのものでシンプルだ。

しずくちゃんがやりたいならと100枚ほどのメダルを払いだして空いている場所に座ると、
しずくちゃんはその隣に並んで座る。
椅子は長椅子で仕切りがないため、ぴったりとくっついてくるしずくちゃんに緊張させられてしまう。
0959名無しで叶える物語(茸)
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2022/06/04(土) 17:56:08.97ID:fvaw2D11
どきどきとしながら、
メダル、入れないの? としずくちゃんに言うと、
しずくちゃんは「そうですね」と言いながら、メダルを1枚手に取り、
投入口を左右に動かし、狙いを定めて――メダルを射出する。

中に差し込まれているような形になっている射出路の上をころころとメダルが転がり、
動く台座の下部分、押されていく部分にあたって、落ちる。
それを見届けてから、自分も少しだけ……と、メダルを投入する。

最初の1枚は台座の上、2枚目は下、3枚目は上の台座にあるコインに重なり、
4枚目は動く台座に立てかけられるような形になって。
あんまりセンス無いなぁ。と思っていると、しずくちゃんの視線を感じて、目を向ける。

あんまり慣れてないんだ。なんて、
上手くできないことの言い訳をすると、
しずくちゃんは「そうなんですね」なんて、言って可愛らしく笑う。

そうして――腕の辺りに頭を預けてきて。
ゲームしないの……? と、聞くと。

「……本当は、これをしたかったわけじゃないんです」

なんて、しずくちゃんはゲームの音量にかき消されないくらいに近くで、答える。

「このゲームならこうして隣に座れるって……思っただけなんです」

……えっ。

と、もうしずくちゃんの前では何度してしまったかもわからない動揺をして、
間の抜けた声を漏らしてしまったけれど、
それでもしずくちゃんは可愛らしく笑うくらいで、離れようとはしなくて。

「映画館では仕切りがあって、カフェでは向かい合っていて、だから……少し、もう少しだけ近くにいたいなって」

しずくちゃんは「迷惑ですか?」と、心配そうに聞いてくる。
積極的すぎるかもしれない、攻めすぎているかもしれない。
そんな女の子は引かれてしまうかもしれない……と、色々と怖いこともあるのだろう。と、思って。

――嬉しいよ。

と、正直に答えてあげると、
しずくちゃんは「……お兄さんのその優しいところも好きです」なんて、囁いてきた。
0960名無しで叶える物語(茸)
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2022/06/04(土) 18:26:07.62ID:fvaw2D11
交換した手前、使わないのもと思ってメダルを少しずつ使っていく。
しずくちゃんは自分でやるよりも、
こっちがやっているのを見ている方が良いといった様子で、
時々数枚取っては左側の投入口を使い、メダルを投入して。

減っては増えて、減っては増えて。
イベントが数回起こってもどれもうまくいかなくて。
マイナスの方が多く、
メダルも少なくなってこれでだめなら最後であろうイベントが動き出す。

「お兄さん、これでメダルを一杯手に入れられたら、プリクラ撮りませんか?」

失敗したら撮らないの? と聞くと、
しずくちゃんは「そんなこと聞かないでください」なんて、
寄り添いながら、手を握ってきて。

「これは確率の問題ですけど、私達にとっては運試しですから」

イベントの行く末を見守りながら、
しずくちゃんは「だから……」と、続けて。

「運命を感じてみたいと思いませんか? そんな、言い逃れの出来ない証拠を作ってしまってもいいんだって、後押しになる運命を」

しずくちゃんがそう言って笑うと、
まるで、そうすると決めていたかのように、大当たりのファンファーレが鳴り響く。
大量のメダルが排出され、メダルの受け皿には見たこともないほどの量のメダルが次から次へと出てきて。

「……ふふっ。撮って、くれますか?」

しずくちゃんは賭けに勝っても、あくまで強行する気はないといった様子で
こっちの同意を求めてくる。
プリクラは、しずくちゃんも言っていたような物的証拠になるものだ。
とはいえ、家のどこか、見つからない場所に隠しておけばいいのだけれど。
しずくちゃんはきっと、そんな後ろめたいものとして扱う気はないだろう……。

だとしても。

――良いよ。撮ろう。

そう答えると、しずくちゃんは「はいっ」と、嬉しそうに笑った。
0961名無しで叶える物語(茸)
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2022/06/04(土) 19:09:56.64ID:fvaw2D11
排出されてしまった大量のメダルは、
また次回来た時に使えるように、預ける。
しずくちゃんが友達と来た時に使えるようにしずくちゃんの名義で。と言ったけれど、
しずくちゃんは「お兄さんとまた来たいです」と言って、断った。

プリクラなんて、機械を見るのも何年ぶりだろうか……と、
機械を見ていると、しずくちゃんはこっちを見て来て。

「……お兄さん、お1人でプリクラは?」

撮れると思ってる? と聞き返すと、
しずくちゃんはそんなこと出来るわけがないことを分かっているからか
可愛らしく笑って「ですよね」と、言う。

「なら……撮るのは初めてですか?」

窺うようなしずくちゃんに、いや……と、思い出しながら否定し、
十数年近く前、まだ高校生だった頃。
文化祭だったか、体育祭だったか。
その打ち上げで撮ったのが、最初で最後だった気がする。と、答える。

「……その時、女の子はいたんですか?」

多分いた……と答えてから、しずくちゃんがむっとしているのに気づいて。
いや、クラスメイトだから。特別なことは何もなかったから。と、
はっきりと否定しても、しずくちゃんは「かもしれないですけど」と、呟く。

そうして、しずくちゃんは抱き着くようなポーズで撮ったり、
隣でただ可愛らしくピースをしているものだったり、
こっちの手と、しずくちゃんの手で、ハートマークを作っていたりと。

数回の撮影を行い、あと一つ……となって。

「お兄さん。ちょっとだけ屈んでくれませんか? 今のままだと、身長差があって……」

撮りたいポーズでもあるんだろうか。
そう思いながら、しずくちゃんに言われるがまま屈むと
しずくちゃんは撮影側からこっちと向かい合って「もう少し……こう」なんて言いながら、
調整し、しずくちゃんが「そのままで」と言った姿勢で止まる。
若干、中腰で辛さがあったけれど、しずくちゃんのためだし、数分もかからないだろうし。と。
我慢を決め込んで。

機械的な、撮影までのカウントが聞こえてくる。

さんっ……にぃ……と、残り1秒になったタイミングで、
隣で可愛らしくピースをしているだけだったしずくちゃん。

勢いよくこっちに向き直ったかと思えば、肩に手を置いて――

「――んっ」

――かしゃっ……と、決定的な瞬間に撮影が行われて、固まってしまう。

唇ではないけれど、しずくちゃんから頬への口づけをしている1枚。
しずくちゃんは静かに、ゆっくりと離れて……数歩下がると、

「……私だって、女の子だから嫉妬するんです」

こっちの目を見て……気恥ずかしそうにそう言った。
0962名無しで叶える物語(茸)
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2022/06/04(土) 19:24:53.79ID:fvaw2D11
しずくちゃんは今どきの盛り方をしたりはせず、
そのシンプルなまま終わらせて……一目見て嬉しそうに笑うと、
大事にお財布へとしまい込む。

「お兄さんもどうぞっ」

お財布に入れておいた方が良い? というと、
しずくちゃんは「そこまでは望みませんよ」と、まだ赤い頬のまま首を振る。

「撮らせてくれただけで、満足してますから……家にでも置いておいていただければ、それで」

しずくちゃんはそう言うけれど、
でも、それはどこか寂しく思うのではないかと思って、
しずくちゃんと同じようにお財布の中へとしまう。

誰かに見られるような機会はほとんどないし、それに。
大事なものだから、落としも失くしもしなくなるお呪いみたいなものだよ。というと。
しずくちゃんは「……そうですね」と、恥ずかしそうに言う。

しずくちゃんがかわいくて、楽しそうで、幸せそうで。
まだ、頬に残る感触に胸を高鳴らしながら……時間を見てしずくちゃんに声をかける。

「……ドキドキ、しますね」

人目につかないところでした、ちょっとした背伸び。
そうして、恋人らしい手の繋ぎ方。
しずくちゃんの手は朝よりも温かく、
こっちの腕に身体が触れてくるのではなく、腕に寄り添ってきながらレストランに向かう。

あの日にもしたディナー。
あえて、今日も同じような時間、同じ場所を選んだ。
その時はまだ他人だったけれど……今はもう、変わっているから。

お店に着くと、桜坂ではなくこっちの苗字をしずくちゃんが口にする。
予約したのはしずくちゃんで、でも、あえて、そうしたいと言っていたからだ。

それもまた、可愛らしい背伸びなのだろうと……胸が熱くなる。
0963名無しで叶える物語(茸)
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2022/06/04(土) 19:47:23.92ID:fvaw2D11
「……良い、景色ですね」

夜も更け……と言ったものではないけれど、
逆に段々と暗くなりつつある夕焼けの景色が、穏やかで美しく感じられる。
それを見上げていたしずくちゃんは、
それに負けないほどに可愛らしく、綺麗な笑顔を浮かべて。

「まだ、終わっていないのに……まだまだ続けられることなのに、このまま一生であって欲しいと思ってしまうのは、今日一日がとても幸せだったから……かな」

しずくちゃんはこっちに言っているのか。
自問自答しているのか。
ちょっぴり悩んでしまうようなことを言ってくれるしずくちゃんは
胸に手を当て、深呼吸をし、何か大事なことを言おうとしているみたいに整える。

「昨日、お兄さんが帰ってくるのを待ってる間……少し、考えてたんです」

誰かの帰りを待っていた経験は、しずくちゃんにもたくさんあるだろう。
けれど、それは血のつながった身内や、
家ではなく、学校での一部だったりして、特別なものではなくて。

でも、それは……その場所で待っていてくれた経験は、しずくちゃんにとっても特別なものだったのかもしれない。

「アパートの階段を上ってくる音、廊下を歩く音。それが聞こえるたびに、お兄さんかもしれないって、ドキドキとして……そういうのが、誰かと一緒に暮らすってことなのかなって思って……」

しずくちゃんは頬を赤く染めながら、可愛らしく……柔らかい笑みを浮かべる。
胸が高鳴って、一瞬、呼吸さえも忘れさせるような。
そんな、しずくちゃんの表情。
なら一緒に暮らそう。なんて、言ってはならないことを言わされそうにさえなってしまう。

けれど――

「お兄さん。私が高校を卒業したら……一緒に暮らしませんか?」

しずくちゃんはその葛藤をいとも容易く乗り越えてくる。

高校を卒業するころには18歳を過ぎ、
大学に行くか、女優を目指して事務所や劇団に入れるよう努力したり、養成所に通ったり……色々と道はあるだろうけれど、
1人暮らしを始めることもあるだろう。

しずくちゃんはそれを、1人ではなく2人で……と、したいようだった。
0964名無しで叶える物語(茸)
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2022/06/04(土) 20:08:13.87ID:fvaw2D11
それは……と、考える。までもないほど、望んでもないことだった。
けれどしずくちゃんはそれでいいのだろうか。
一時の気の迷いで選んではいないだろうか。

「……だめ、ですか?」

きっと、しずくちゃんは考えていたのだろう。

こっちに気付いた時からずっと、
この人に近づいてもいいのだろうかと考えていたのと同じように。
しずくちゃんは考えて、悩んで、それでも。
進み続けたいと考えたのだろう。

でもそれは、こっちだって考えていたことだった。
本当にいいのか、しずくちゃんを幸せにしてあげられるのか。
自分以外の誰かの方が、しずくちゃんにとってより大きな幸せを与えられるのではないかと。
だからこそ、ストーカー行為だって打ち明けたわけで。

でも、それを受け入れてくれたしずくちゃんだから。
その先を望んでくれているしずくちゃんだから。

――駄目なんて言わない。けど、それは言いたかった。

さすがに言われ過ぎてるな。と、
自分が恥ずかしくなって、つい本音を零してしまう。

「だって……ストーカーさんでもいいって思うくらい、ですから」

しずくちゃんはそんなことですら、笑顔で受け入れてくれる。
普通なら受け入れくれないようなことをしずくちゃんは受け入れてくれた。
それは、受け入れてもいいと思うくらいに好感を抱いてくれていたということで。

――確かに。と、思わず笑ってしまいながら、
しずくちゃんとウインドウショッピングをしながらこっそりと買ったものをしずくちゃんに差し出す。

「お兄さん……?」

出したのは、大して高価でも何でもない、ただの指輪。
ありふれたものだからこそ、邪推を避けやすく、けれど、自分たちにとっては大きな意味を持たせられる。

――本当は、これを受け取って貰ってから、切り出すはずだった。

と、ちょっぴり残念に思って言うと、
しずくちゃんは受けろうとしていた手を引っ込めて

「なら……聞かせてくれますか?」

うるうるとしていた目元をぐいっと、ハンカチで拭って笑顔を見せる。
0965名無しで叶える物語(茸)
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2022/06/04(土) 20:24:10.78ID:fvaw2D11
しずくちゃんから切り出してくれていた手前、
もう、受け取って貰えるという安心感を感じられてしまっているけれど、
それでも……と、深呼吸をして、切り替える。

指輪を一度握りしめ、もう一度しずくちゃんの方に差し出す。

これからのことには、不安が多く、心配が多く、問題が多くて怖いかもしれない。
けれど、その不安も、心配も、問題も。
全てを必ず解決して、それ以上の幸せを与えてあげられるように努力する。

だからもしも、しずくちゃんがそれを信じてくれるなら。
これから先もまだ……一緒にいてくれる気持ちがあるのなら、受け取って欲しい。
そうして、全てが解決したら、堂々とできるだけのものに換えさせて欲しい。

真剣に向かい合い、本気の言葉をしずくちゃんに向けると、
しずくちゃんはぽたりと、涙を零して。

「……約束ですよ?」

しずくちゃんは、こっちに向かって左手を差し出してくる。
受け取るつもりはある。
けれど、それは自分でするのではなく、して欲しいのだろう。
と……、しずくちゃんに言われるまでもなく察して。

しずくちゃんの左手薬指に、指輪を嵌める。

「サイズ……ぴったりです……」

ずっと握っていたから。
指のサイズなんて分かり切っていることだったけれど、これはきっと、言うべき言葉があると思って――笑う。

――ストーカーだからね

そう言うと、しずくちゃんは「もうっ」と、
可愛らしく、嬉しそうに、弾むような声を漏らして。

「何言ってるんですかっ……」

なんて、自分の左手をとても大事そうに、胸に抱きしめた。
0966名無しで叶える物語(茸)
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2022/06/04(土) 20:38:56.63ID:fvaw2D11
「でも、これでお兄さんはもう言い逃れできなくなりましたよ」

しずくちゃんの嬉しそうな声に笑いながら、それは分かってるよ。と、堂々として答える。
それは分かっているし、それを覚悟したうえで、
しずくちゃんと一緒になっていきたいと思い、仮とはいえ指輪を渡したのだから。

「……ここまでしたなら、呼んでくれてもいいんじゃないですか?」

しずくちゃんはそう言うと、
こっちのことをまじまじと見つめてきて……
そう言えば、今までは可能な限り名前を呼ぶのは避けてきたなぁ。と思って。

――しずくちゃん。

と、呼んであげたのに、しずくちゃんの頬は違う。と言いたげに膨らむ。
察してくださいと言いたげなしずくちゃんの視線。
可愛らしく膨らんだ頬はちょっぴりと赤い。
しずくちゃんではないけれど、呼んでくれても。と言われる言葉。

「……一度だけ読んでくれたのに……」

しびれを切らしたしずくちゃんのその呟きで、気付いて。

――ごめん。しずく

と、謝りつつ呼んであげると「む〜……」としずくちゃんは唸る。
ちゃん付けをしない呼び方も違うのかと思えば、
しずくちゃんは「お兄さん……」と、言って。

「第一声がごめん。は嫌です……もっと、こう。この場に相応しいものがあるじゃないですか」

しずくちゃんはそう言いながら「ここまで言わせますか。普通……」なんて、
ぷいっとしてしまう。
それでも本気で起こっているとか、そう言うわけではないと分かる辺り、本当に可愛らしいと思って。

――その点も含めて努力するよ。

なんて、謝罪をせず、これから変えていくことを約束して。

――好きだよ。しずく

と、言いながら、ぷっくりと膨らんでいたしずくちゃんの頬を優しく撫でる。
0967名無しで叶える物語(茸)
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2022/06/04(土) 21:00:52.26ID:fvaw2D11
「私もお兄さんが好きです……大好きです」

ぷしゅ〜……と、しずくちゃん――いや、しずくの頬から空気が抜けていき、
触っていたこっちの手に手を重ねるようにして、しずくはすりすりと。可愛らしい仕草を見せる。

「……だから今は、このくらいで満足しておきます」

今出来るのは、このくらい、あるいは、頬に口づけをするくらいだろう。
家の中でなら、もしかしたら……唇同士くらいは、出来るかもしれないけれど。
それ以上のことは、しずくも自分も我慢していかないといけない。

でも、それが出来なければ最悪の場合、永久に離れ離れになってしまうから。
そうならないように、慎重にゆっくりと、
けれど、確かな繋がりを持ち続けて……いつの日か、問題がなくなる時を待ちたいと思う。

「でも、お兄さんがして欲しいなら、頬くらいは……良いですよ?」

――理性に攻めてこないでくれ。

可愛らしくとても危ないことを言うしずくにお願いすると、
しずくはやっぱり、とても可愛い笑顔を浮かべて「そうですね」と、口癖のようなことを言って。

「お兄さんも、私の気持ちを必要以上に煽らないでくださいね……キス、したくなっちゃいますから」

友愛であっても行われることのあるキス。
だからこそ、それを行うハードルは低く、もしもの時の解消法として思っておこうというのだろう。

気付けば、空に見えていた夕暮れの赤色は薄れて、暗くなってきている。

「……えへへっ」

けれど、目の前には、目があえば可愛らしく笑ってくれるしずくがいて、
そこには、決して薄れることのない赤色がある。

ただ色褪せて、景色の中に解け込んで消えていくだけだったはずの人生を、
これ以上ないほどに鮮やかに変えてくれた――大切な赤色が。

だから、これを守ろうと思う。
決して汚さず、踏み躙らず、守り――そして、
楽しく、嬉しく、幸せで、幸福に満ちた日々を、他の何者でもない自分が与えて行こうと、決意した。
0968名無しで叶える物語(茸)
垢版 |
2022/06/04(土) 21:03:21.96ID:fvaw2D11
以上で、おまけも終わりになります。
先月から約半月の間、お付き合いいただきありがとうございました。
0972名無しで叶える物語(えびふりゃー)
垢版 |
2022/06/04(土) 21:16:35.03ID:q+8/IML7
乙。1人の女の子をここまで魅力的に描ける事に感動した。
これはストーカーになるなという方が無理だわ…
素晴らしい作品をありがとうございました。
0975名無しで叶える物語(光)
垢版 |
2022/06/04(土) 21:22:09.44ID:aGSjkt9q
この文量と内容を社会人スケジュール(or学生)で毎日やって書ききるのは凄いと思う
しずくが最高に可愛くて最高だった

次スレやってくれても良いのになぁ…終わるの惜しい
0976名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2022/06/04(土) 21:23:39.14ID:czzVKIS2
完結乙
運命感じちゃうしずくは解釈一致したし、終盤の分岐でも色々なしずくが見れて良かった
また何か新しい題材見つけたら書いてほしい
0978名無しで叶える物語(SB-iPhone)
垢版 |
2022/06/04(土) 21:24:10.20ID:bIjeSOIm
俺嫁も地の文も普段なら読まないのに引き込まれる文章力と心情描写が見事
ここまで外野が感想で盛り上がるSSも久しぶりだったんじゃないか
今年のSS大賞候補を本当にありがとう
お疲れ様でした。
0979名無しで叶える物語(たこやき)
垢版 |
2022/06/04(土) 21:31:17.38ID:yTArDlkK
おお!完結した!
最高の物語をありがとう!
しずく最高に可愛かった!
それにハッピーエンドで良かった!
0980名無しで叶える物語(ぎょうざ)
垢版 |
2022/06/04(土) 21:31:36.59ID:v/ca+HHY
他ルートの構想も気になるけどもうスレ終わるのが残念
また面白いSSとか書いてくれたら絶対読みたいわ
0981名無しで叶える物語(光)
垢版 |
2022/06/04(土) 21:32:44.34ID:aGSjkt9q
>>974
これ支援イラストか…?
この1枚目みたいな表情させたのが自分だったとしたら死ぬ自信あるわ…
0988名無しで叶える物語(光)
垢版 |
2022/06/04(土) 22:00:17.96ID:aGSjkt9q
>>983
そりゃすごいな…
>>1は渋に上げ直して続きのSS書くとかしてくんないかな
このSSならしずく推し作れると思うわ
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垢版 |
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