しずく「いぬ派」璃奈「ねこ派」かすみ「かすみん派っ!」
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璃奈「……」コソコソ
璃奈「」タタタタッ
しずく「」テクテク
しずく(……ん? あれは璃奈さん?)
しずく(何してるんだろう、こそこそ)
しずく(あ、校舎の裏に入った)
しずく(……)
しずく(ついてっちゃおうかな……?) 璃奈「……」
璃奈「……はんぺん、ご飯だよ」
璃奈「……大丈夫。食べるの、焦らなくていいよ」
璃奈「わたし、ここにいるからね」
しずく(あっ……猫さん)
しずく(そっか、噂のはんぺんちゃんだね)
璃奈「……」
璃奈「はんぺん、可愛い。いい子だね」
璃奈「よしよし。はんぺん。よしよし」
璃奈「……えっと、可愛いよ。はんぺん」
璃奈「よしよし。はんぺん、よしよし」ナデナデ
しずく(ふふ……璃奈ちゃん、大好きなんだね♪)
しずく(ちょっとおぼつかないけど、可愛がり方……)
璃奈「……ん? はんぺん? 誰かいるの?」
璃奈「……あ」
しずく「あ」 しずく「あ、あはは……ごめん、璃奈さん」
しずく「なんか気になって、ついてきちゃった」
しずく「別にこそこそする必要なかったんだけどさ」
璃奈「……」
璃奈「」バサッ
しずく「えっと……璃奈さん?」
しずく「璃奈ちゃんボード、白紙だけど……」
璃奈「見てた?」
しずく「え?」
璃奈「いまの、見てた?」
しずく「あ、うん。見てたけど……」
璃奈「……」
璃奈「いまの、ぜんぶ忘れて」
しずく「へ?」 しずく「な、なんで?」
璃奈「……わたし、しずくちゃんのためになんでもする」
しずく「はい? な、な」
璃奈「なにが望み? お金?」
璃奈「それとも何か作ってほしい?」
璃奈「いや、わかってる……かすみちゃんと上手くいくための薬だね」
しずく「は、はい?!?」
しずく「いやいやいきなりどういうこと?! どうしたの?」
璃奈「大丈夫。こんなこともあろうかと、すでに開発は試作段階」
璃奈「惚れ薬をモデルに開発したので効果は保障する」
璃奈「ひとたび飲めばメロメロにさせることができる」
璃奈「だからいま見たことは忘れて」
璃奈「もし望みなら卒業するまでなんでも作ると約束する。だから」
しずく「ちょ、ちょっと璃奈さん落ち着いて!」 しずく「別に私、変なもの見てないよ?」
しずく「はんぺんちゃんにご飯あげてただけじゃん」
璃奈「……」チラッ
しずく(あ、ボードから顔のぞかせた)
璃奈「……ごはんあげてる時、私の顔、見た?」
しずく「え、顔?」
しずく「いや……後ろ姿しか見てなかったけど」
璃奈「ほんと?」
しずく「うん、ほんと」
璃奈「……」
しずく「……なんか見られたら嫌なの?」
璃奈「だって私……すごく変な顔してたし」
璃奈「しかもひとりでに、はんぺんに話しかけちゃってた」
璃奈「これは……とんでもなく恥ずかしいこと」
しずく「そ、そんなことないよ!」
しずく「私もお家でオフィーリアに話しかけてるよ?」 璃奈「……それだけじゃなくて」
璃奈「……私、はんぺんといる時」
璃奈「ヘンな感じがするの」
しずく「変……なにが?」
璃奈「なんかいつもの自分と違う……というか」
璃奈「……とにかく、あんまり人に見られたくないの」
しずく「そっか。二人のせっかく時間、邪魔にしちゃってたってことかな?」
璃奈「ううん。大丈夫」
璃奈「ただ私が、勝手に恥ずかしがってただけ」
璃奈「しずくちゃんもはんぺん、撫でてあげて」
しずく「いいの?」
璃奈「もちろん。おいで?」 しずく「……よしよし」ナデナデ
しずく「かわいいね、はんぺんちゃん♪」
璃奈「……しずくちゃん、いぬ派じゃなかった?」
しずく「そうだね。家でオフィーリア飼ってるから」
しずく「でも猫さんも好き!」
璃奈「うん」
璃奈「昔と比べると、すごく大きくなったんだよ」ダキッ
しずく(あっ、はんぺんちゃんを抱きかかえて……)
しずく(すごく大切そうにしてる)
しずく「……璃奈さんがいっぱい可愛がってあげてたからだね」
璃奈「……私じゃなくて、愛さんだよ」
しずく「愛さん?」
璃奈「正直、最初は全然わかんなかったんだ。可愛がり方」
璃奈「猫はちっちゃなころから好き」
璃奈「でもその……私、思いっきり可愛がられたこと少ないから」
璃奈「どうすればはんぺんが喜んでくれるのかとか、わかんなくて」 しずく「そっか……」
璃奈「……あ、ごめん」
璃奈「暗い話しちゃった」
しずく「ううん。大丈夫だよ」
しずく「とにかく璃奈さんがこの子のことを大切にしてあげてるって伝わるよ」ナデナデ
璃奈「あ……うん」
しずく「……あっ!」
しずく「わかったかも!」
璃奈「?」
しずく「……もしかして璃奈さん」
しずく「この子といる時、表情出てきてるんじゃない?」
璃奈「え?」 しずく「はんぺんちゃんといる時、笑えてるんじゃないかな?」
しずく「だからその顔を……人に見られるの恥ずかしくなってるんじゃない?」
璃奈「わ、笑えてる……?」
璃奈「いや、それはない」
璃奈「はんぺんと一緒に居られて嬉しい。だけどそんなことは……」
しずく「ううん、そうだよ! きっとそうだよ!」
しずく「ちゃんと表情、出てきてるんだよ!」
璃奈「私が?」
璃奈「……そうなのかな」
しずく「うん! きっとそうだよ!」
しずく「変な感じがするのは笑えてるからなんじゃないかな」
璃奈「笑い慣れてないからってこと?」
しずく「うん。私もオフィーリアの前だと、すごく自分をさらけ出しちゃうから」
しずく「すごい気持ちわかるよ!」 璃奈(……ほんとかな)
璃奈(私、普通の人みたいに笑えるようになってるのかな)
璃奈(……そうだとしたら恥ずかしいけど、嬉しい)
璃奈(でも……そんな簡単にみんなの前では見せられないよ)
璃奈(やっぱり私は……)
しずく「だからそんな恥ずかしがる必要ないと思うよ?」
しずく「私は心から璃奈さんの笑ってるところ、見てみたいな♪」
璃奈「……ごめん。しずくちゃん、私ね」
璃奈「自分の笑顔に自信がないの」サッ
璃奈「こうやってボードで顔を隠さないと……やっぱり気になっちゃって」
璃奈「子供の頃から何年も感情を表に出すの我慢してたから」
璃奈「笑うの見られるの……すごい怖くなっちゃうんだ」
璃奈「私はしずくちゃんみたいに、上手く笑えないから」
しずく「えっ……」 璃奈「あ……ご、ごめん」
璃奈「……もういくね」
璃奈「せっかくだからはんぺんのこと、もっと撫でてあげて」タタタタタッ
しずく「ちょ、ちょっと璃奈さん!」
しずく「……いっちゃった」
しずく「……無神経だった……よね」
しずく「璃奈さんの心にずかずかと、私ったら……」
“ニャー”
しずく「あ……」
しずく「……」ナデナデ
しずく「……ふふふ、可愛いね♪」ナデナデ
しずく「……ねぇねぇ、教えてくれる?」
しずく「璃奈さん、どんな顔してたかな?」
しずく「……どんな顔したってって気にしないのにね」 しずくちゃんと私は、全然似ていない。
たぶん同好会の中で一番似ていないし、きっとソリも合ってないと思う。
それは決して嫌いだとかそんな浅はかな理由じゃない。
仲良くするのが苦痛だとか、しずくちゃんが苦手だからとか、そんなんじゃない。
むしろ私とは正反対のタイプだからこそ、すっごく尊敬している。
頑張り屋で演劇にもアイドルにも人一倍こだわるし、
いつも真面目なしずくちゃんが頼もしい。
でも実は子供っぽく、女の子っぽい部分もあって、お茶目なところも本当に可愛いらしい。
しずくちゃんが大好きだ。
だけど……
もし私がスクールアイドルを始めていなかったら。
かすみちゃんがいなかったら。
たぶん仲良くなることはなかったんじゃないかな、とも思う。
だって、無表情で無感情な私と、女優としてたくさんの表情と感情を併せ持つしずくちゃん。
……私としずくちゃんは、似ていない。本当に。 ――――――
……それはまだ私が二人と知り合って間もないころ。
その日の練習がひと段落して、校内スタジオで休憩をとっていた。
しずく「……」チラ
まだしずくちゃんと知り合ってほんの数日。
お互い気になってはいたけど、気軽にお話しできるような関係、とは言えなかった。
たぶんあっちも人見知りだと思うし、何より私が……無表情だし。
普通の人より話しかけるにはハードルが高かったんだと思う。
かすみ「ねぇねぇ! 二人ってさ〜」
かすみ「いぬ派? それともねこ派?」
そんなことを気にしてると、かすみちゃんがニヤニヤしながら話しかけに来た。
しずく「えっと、なに?」
かすみ「だから〜! 犬が好きか、猫が好きか!」
かすみちゃんのこれは……
私としずくちゃんの距離を近づけようとしてくれてるのかな?
いや、何も考えてないのかな?
かすみちゃんのこういうところ、ほんとに天性の才能だと思う。 しずく「うーん、どっちも好きだけど……いぬ派かな?」
しずく「やっぱり小さい頃から飼ってるしね」
かすみ「いいな〜、かすみんも小っちゃい犬飼ってみたい」
しずく「ふふふ♪ わんちゃんは可愛いよ?」
かすみ「りな子は?」
璃奈「……えっと」
かすみ「犬派か猫派か! どっちどっち?」
璃奈「私は……ねこ派かな」
璃奈「お家では飼えないけど、大好きなの」
かすみ「確かにりな子ってなんか猫っぽいよね?」
璃奈「……そうかな。でも猫の練習着も持ってる」
かすみ「むむっ……! なにその絶対可愛くなれそうなアイテム」 しずく「それで、かすみさんは?」
しずく「いぬ派? ねこ派?」
かすみ「……にっしっし! よくぞ聞いてくれました!」
かすみ「かすみんは……」
かすみ「……『かすみん派』でーーーす!!!」バーーーーーン!!!
しずく「」
璃奈「」
かすみ「やっぱりぃ〜? 犬よりも猫よりも圧倒的に可愛い存在って」
かすみ「かすみんしかいないでしょ〜♪」
かすみ「ほらほら、二人もかすみんのこと、いっぱい可愛がってくれていいよ!」
かすみ「いっぱい撫で撫でしてくれていいですよ〜、友達の特権で!」 璃奈「……しずくちゃん」
しずく「うん?」
璃奈「お家のわんちゃんの写真、見てみたい」
しずく「……うん! いいよ! えっと携帯に写真が……」
しずく「ちょっと待ってね、えーと……」
しずく「ほら見てこれ! 可愛いでしょ!」
璃奈「……うん。可愛い」
璃奈「大きいわんちゃん、ちょっと触るの怖いけど……」
しずく「確かに最初はそうかもね?」
しずく「でもオフィーリア、とっても賢くていい子なんだ」
しずく「きっと璃奈ちゃんでも触れると思うよ!」
璃奈「ほんと……?」
璃奈「……じゃあいつか、しずくちゃんのお家、行かせてね」
しずく「……うんっ!」ニコッ
これがきっと、しずくちゃんと初めて話せた瞬間。
いぬ派とねこ派でくっきり意見が別れて、合わないかもなんて思ったけど。
それでも私がしずくちゃんを初めて知れた瞬間だし、
しずくちゃんに私のことを知ってもらえた瞬間だと思った。
私にとっての嬉しい思い出。 かすみ「……」
かすみ「……って二人ともっ!」
かすみ「かすみんのこと、無視しないで〜〜〜!!!」 ――――――
ジャー……キュッ
璃奈「……ふう!」
家の洗面台で顔を洗う。
どれだけ顔を洗っても、私の表情はいつも曇ったまま。
璃奈「……だめだ」
やっぱりこれじゃダメだと思って、もう一度、顔を洗ってみた。
水でごしごし洗えばこの曇った顔も晴れやかになるんじゃないかなって。
笑ってみても、気にならないくらいの明るい顔になれるんじゃないかって。
ごしごし……ごしごし……
璃奈「……やっぱり、だめだ」
璃奈「……しずくちゃんみたいにお芝居でもしてたら」
璃奈「私もいろんな表情ができるようになるかな」 しずくちゃんは演劇部。
舞台も一つか二つ、見たことがある。
喜怒哀楽、本当にたくさんの表情を持っていて羨ましいなと思う。
だからきっとお芝居なんていう世界は……私にとって一番遠い世界。
それに考えられない。
お芝居のことはよくわからないけど、みんないろんな表情をもってお芝居してる。
舞台の上で、ああいう顔や、こういう顔。
どんな顔も見せなくちゃいけないなんて。
璃奈(……表情が出せてるんじゃないなんて)
璃奈(笑えてるんじゃないかって言ってくれたけど)
璃奈(私はそんなしずくちゃんみたいにコロコロ表情なんか変えられないよ) 璃奈「……なんて」
璃奈「私、変わるのが怖い、だけなのかな」
……もししずくちゃんみたいにいろんな顔ができたら。
はんぺんの前でも自分の顔が気にならずに済むのかな。
……きっとしずくちゃんの言う通りだ。
たぶんはんぺんと一緒に居られて、嬉しくなってたから笑いたいんだ。
あまりのキュートさに、きっとニヤニヤしたいんだ。
璃奈ちゃんボード……じゃなくて、きっと心から。
だけど物心ついたころから笑顔を忘れた私がその顔をするのには勇気がいる。
普通の人にはわからないと思う。なんでそんなことで悩むの、って思うよね。
でも私にとって、自分の“ありのままの気持ち”を表情にすることは。
何か否定されちゃうんじゃないかって。
間違った表情をしちゃって誰かを困らせちゃうんじゃないかなって。
すごく……怖いんだ。 璃奈「……でも変わらなきゃダメだよね」
璃奈「ずっとこのままじゃ……」
……笑えるようになれたら、きっともっと楽しくなる。
これからもいろんな人と繋がっていけるだろう。
怖いけど、少しでも。
しずくちゃんのような女優にはなれないけど、笑顔の練習をしてみようと思った。
璃奈「そしたらはんぺんといてももっと楽しくなるよね」
璃奈「……よし、決めた」 ――――――
璃奈「……というわけで、しずくちゃん」
璃奈「笑顔の練習、付き合ってほしい」
しずく「……うん?」
同好会の練習が終わって帰ろうとする時、璃奈さんが私の裾を引っ張ってそう言った。
背の低い璃奈さんが服を引っ張る姿はとても可愛い。
もしも私に妹がいたらこんな感じなのかなぁ……と思った。
しずく「えっと、笑顔の練習?」
璃奈「そう」
璃奈「笑いたくても、笑うの怖いから練習に付き合ってほしい」
璃奈「しずくちゃんは女優として一流」
璃奈「だから私に、最高の笑顔を演出してほしい」
しずく「一流じゃないよ、私なんか……」
璃奈「とにかくお願いします。座長」
しずく「ざ、座長じゃないから!」 ……そんなこと言われてもなあ。
笑顔の練習って、何を教えてあげればいいんだろう。
しずく「……そうだね、ぜひお手伝いしたいけど」
しずく「でも私でいいのかな?」
璃奈「いいに決まってる。適任」
璃奈「しずくちゃんの女優の経験があれば、私は自信を持って笑えると思う」
しずく「うーん……」
正直……自信がなかった。
だって、私は璃奈さんが思うほど私は明るい人間じゃ無いもん。
確かに見た感じではいい笑顔、いい表情をしてるように見えるかもしれない。
舞台の上なら“自分”と離れられるからどんな表情でもできる自信がある。
でも普段の私は……自分に自信がないから。
周りの目線を気にして、笑顔を作ったりするのに長けているだけ。
そんな付け焼刃みたいな表情を作るのが上手いだけだ。
しずく(私で……いいのかな) 璃奈さんが求めてるのはきっと、
『誰かに好きになってもらうための表情』じゃない。
『自分を好きになるための表情』だ。
たぶん私が教えてあげられる笑顔は、前者のほう。
後者のほうなら……私だって教えて欲しいくらい。
しずく「……私よりかすみさんとか、愛さんの方がいいんじゃない?」
璃奈「なんで?」
しずく「だってあの二人のほうが屈託のない笑顔というか……」
しずく「純粋な心からの笑顔というか……なんていうかな」
璃奈「?」
璃奈さんはあまりピンときてないのか首を傾げた。
璃奈「しずくちゃんは演技をしてるから。表情の作り方が上手いはず」
璃奈「きっと笑顔を作るには、二人よりもわかりやすい」
しずく(笑顔ってそんな演技とか、意識して作るものじゃないと思うけど)
しずく(自然に出てくるものというか……)
璃奈「お願い、しずくちゃん」
しずく(でも璃奈さんに頼られるのは、嬉しい)
しずく(なんとか璃奈さんの力になりたいな……)
しずく「……あ、そうだ!」
しずく「璃奈さん、連れていきたいところがあるんだ!」
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