【SS】千歌 「生きるために何を喰らう」
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あぁ……柔らかい。
でも、しっかりとした筋肉の形。
触れていたい。いつまでも
……たい
この感触が、最近たまらなく好きだ
……べ……い
「千歌ちゃん……? ぃ……たぃ…」
…………べたい……
ねぇ、もっと触らせててよ。
「千歌ちゃん……!」
「ねぇっ……千歌……ちゃ……!!!」
爪に暖かい液体が滲むのを感じる。
●●ちゃんの温もり
「…………か……!!! か……ち……!!」
千歌 「好き……っ……これっ……もっと……」
もっと、この感触を。味あわせて。
「千……か! ……ちゃ……!!」
もっと、もっともっともっともっともっと
────食べさせて
ーーーーーー
ーーーー
ーー 千歌 「あーーーーーーーっ!!!」
平日の朝。
目覚ましをかけた時間の40分後に起床し、髪を結びながら食卓に駆け込んだ私は叫んだ。
モーニング珈琲の看板の角度が少しずれる。
志満 「もぅ、何? 朝から大きな声で」
千歌 「志満ねぇ聞いてよ! 美渡ねぇが私のみかん食べた!」
美渡 「あんたが起きるの遅いのが悪いんでしょーが! ってか朝からみかんって」
千歌 「私の分食べておきながら何をぉっ…!」
美渡 「だいたい、あんたご飯なんか食べてる時間ないでしょ。もう曜ちゃんと梨子ちゃん来てるし」
千歌 「だからこそみかんなんだよ! みかんならバスの中でも食べられるんだもん!」 志満 「はいはい、もう分かったから。台所のみかん一個持っていきなさい」
千歌 「ありがと志満ねぇ! やっぱり持つべきものは優しい姉ですなぁ。美渡ねぇ、怒ってばかりだとまたシワが増えるよ?」
美渡 「なんだとこのバカ千歌ぁっ!!」
千歌 「へっへーん……ってわぁぁ!? こんなことしてる場合じゃなかった、行かなきゃ!」
美渡 「あんたから吹っかけてきた癖に! てか私元々シワなんかないっつーの!」
千歌 「あぁもう分かったって! 行ってきまーす!」
美渡 「もう分かったってなんだよ! ……ったく、朝から騒がしいったらありゃしない」
志満 「あら? 誰かさんも同じだと思うけど」
美渡 「そ、それは……っ! あいつが絡んでくるからで……」
母 「あっ、ちょっと千歌ちゃん!」 千歌 「もぅ何お母さん!? 私もう行かないと」
台所からとったみかんと、洗濯され綺麗に畳まれた練習着をカバンに入れながら返事をする。
母 「授業参観の手紙。今書くからちょっと待ってて」
千歌 「どうせ不参加でしょ? 直接先生に言っとくからいいって!」
母 「まぁそうだけど……」
千歌 「それじゃもう行くから! あっ、今日晩御飯いらない!」
母 「えっ、ちょっと千歌ちゃん!」
美渡 「はぁーあ。やっとうるさいのがいなくなった」 志満 「お母さん、一度くらい行ってあげればいいのに。もう私たちだっているんだから」
母 「いいのよ、大丈夫。それに私、人の多いところあんまり好きじゃないし」
志満 「でも……」
美渡 「お母さんがいいって言ってるし無理強いすることないって。それに千歌だって、かっこ悪いとこお母さんに見せたくないだろうし」
志満 「もう、美渡ちゃん!」
美渡 「うっ、なんだよ。私なりに気遣ってるのに」
志満 「どこがよ」
美渡 「……しかしあいつ、大丈夫かよ。最近家でほとんど食べてないけど」
母 「お友達との時間も大切でしょ」
美渡 「けど」 志満 「部活で運動もしてるし、健康そのものじゃない。それに前、お友達と食べたもの見せてもらったけど、バランスもちゃんと考えてたよ」
美渡 「……ならいいんだけど」
母 「なんだかんだ言って、心配なんだ。千歌ちゃんのこと」
美渡 「ち、違うって! スクールアイドルやってんのに、太りでもしたらと思って」
志満 「やっぱり心配なんじゃない」
美渡 「だから違うってーっ!!!!!」
ーーーーーー
ーーーー
ーー 教室の扉を開けると、先に登校したクラスメイト達が雑談をしたり、座って本を読んだりしているのが見えた。
むつ 「あっ、千歌。おはよー!」
よしみ 「曜と梨子も。毎朝千歌の介護ご苦労さん」
梨子 「本当よ。今日も全然起きてこなくて、心配したんだから」
千歌 「うぅー……」
いつき 「あー、ごめん千歌。席借りてるよー」
いつきちゃんは私の椅子に座っていた。手にはスマートフォンが横向きで持たれていて、むっちゃんとよしみちゃんは私の席を囲むように立ち、その画面に目を落としていた。
千歌 「全然いいよー。って、何見てるの?」
曜 「もしかして、また“アマゾン”?」 よしみ 「うん、そうだよー。今朝新しい動画がアップされたんだ」
千歌 「えっ、うそ!? 見せてみせて!」
梨子 「はぁ……千歌ちゃん達、本当に好きね。アマゾン」
千歌 「だってカッコイイんだもん。梨子ちゃんも見なよ、ほら!」
梨子 「わ、私、グロテスクなものはちょっと」
むつ 「そこがまたいいんじゃない。あっ、ほら! 今朝出たのは蝶みたいなやつだね」
千歌 「わぁぁ……今回はどんな風に倒すんだろう」
私たちが夢中になってみている動画。それは最近沼津で話題沸騰中の謎のヒーロー、“アマゾン”の動画だ。
1年前。沼津市内の廃ビルで、大規模な爆発事故が起きた。それからというもの、市内のあちこちで昆虫のような特徴を持った、人型の怪物が現れるようになった。
その怪物を倒すため、突如現れた謎のヒーロー、それが“アマゾン”だ。 怪物 『グゥォォォァォァァァ!!!』
アマゾン 『ふんっ……! たぁっ!!』
千歌 「出たぁ! アマゾンの得意技、回し蹴り!」
曜 「おぉ……流石の身のこなし。軸足が全然ぶれてない」
いつき 「スーツアクターの人も大変だよね、こんな暑い中」
千歌 「スーツアクターなんかじゃないって! アマゾンは本物! 沼津のピンチを救いに来た、正義のヒーローなんだから!」
よしみ 「はいはい」
千歌 「むぅ、やっぱ信じてない」 バイクのハンドルのようなものが備わったベルトを腰に巻き、エメラルドグリーンのスーツに身を包んだアマゾンは、赤い複眼をギラリと光らせ、怪物の猛攻を鮮やかに避けながら攻撃を繰り返す。
町興しのための見世物だの、世間では色々と言われているが、私はこのヒーローを本物だと信じている。だってこんなにカッコイイのに、作り物なわけないじゃん。
アマゾン 『はぁぁ……ッ!』ギュゥゥゥゥンッ!
千歌 「あっ、来るよ! 必殺技!」
アマゾンがベルトのハンドルを回す。
必殺技を繰り出す合図だ。
アマゾンの手の甲から、赤黒い血管のようなものが溢れ出す。それらはやがてひとつに纏まり、剣のような形になった。その剣を、怪物の脇にくい込ませる。
梨子 「ひぃっ……!」
むつ 「うっわぁ……今回も派手だなぁ」 怪物 『ウブッッ……ガァァッ……!!』
アマゾン 『はぁっ…はぁっ…てやぁぁッ!』
アマゾンは怪物の右脇にくい込ませた剣を一気に上に振り上げる。剣は怪物の脇、胸、そして左肩と順番に切り裂いていき、怪物の体は真っ二つになった。
千歌 「やったぁー! 倒した倒したぁっ!」
いつき 「うっわぁ……また怪物が黒いドロドロに。どんな仕組みなんだろう」
よしみ 「ね。作り物にしてはよく出来すぎだよね」
千歌 「だから作り物じゃないって! この怪物もきっと、宇宙からやってきた生命体とかで」
むつ 「はいはい、分かったから」
携帯の画面を閉じ、むっちゃんは軽く溜息をつきながら私に席を渡す。
席に座ろうとしたところで、さっきまで近くにいた梨子ちゃんが見当たらないことに気付いた。 怪物 『ウブッッ……ガァァッ……!!』
アマゾン 『はぁっ…はぁっ…てやぁぁッ!』
アマゾンは怪物の右脇にくい込ませた剣を一気に上に振り上げる。剣は怪物の脇、胸、そして左肩と順番に切り裂いていき、怪物の体は真っ二つになった。
千歌 「やったぁー! 倒した倒したぁっ!」
いつき 「うっわぁ……また怪物が黒いドロドロに。どんな仕組みなんだろう」
よしみ 「ね。作り物にしてはよく出来すぎだよね」
千歌 「だから作り物じゃないって! この怪物もきっと、宇宙からやってきた生命体とかで」
むつ 「はいはい、分かったから」
携帯の画面を閉じ、むっちゃんは軽く溜息をつきながら私に席を渡す。
席に座ろうとしたところで、さっきまで近くにいた梨子ちゃんが見当たらないことに気付いた。 千歌 「あれっ、梨子ちゃんは?」
曜 「あっちで耳塞いで屈んでる。おーい、梨子ちゃん! もう終わったよー」
梨子 「うぅ……見えない聞こえない見えない聞こえない」
いつき 「ちょっと今日のは刺激が強すぎたねぇ。ってか結局見てたのね」
梨子 「だって、私だけ仲間外れみたいで」
曜 「だからって無理することないのに」
千歌 「あっ、じゃあさ! 今日の衣装の買い出しついでに、気晴らしにカラオケ行こうよ!」
曜 「あーごめん。そのことなんだけどさ。今日水泳部の方行くことなっちゃって」
千歌 「えー! まぁ仕方ないか、今日は2人で」
梨子 「千歌ちゃんごめん、私も今日早く帰ってくるようにってお母さんに言われちゃって」
千歌 「梨子ちゃんまで!?」 曜 「そういうことなら、買い出しはまた別の日に行こうか」
千歌 「ううん、いいよ私一人で行く。晩御飯いらないって言っちゃったし」
梨子 「でも大変じゃない?」
千歌 「大丈夫。今回はそんなに量買うわけじゃないし。ルビィちゃんたちも、材料早めに欲しいって言ってたから」
曜 「そっか。ごめんね千歌ちゃん、負担かけちゃって」
千歌 「だから大丈夫だって」
キーンコーンカーンコーン
むつ 「あっ、ホームルーム始まっちゃう」
ホームルームでは、高校生活2回目の夏休みが近付いていることもあり、休みの安全な過ごし方なんかの話を聞かされた。
でもきっと、夏休みと言っても毎日学校に来ては、練習漬けの日々になるんだろう。蝉の五月蝿い声を聞きながら、そんな充実した日々を期待しては、心を踊らせていた。
ーーーーーー
ーーーー
ーー 千歌 「えっと、これとこれは買った。これは……あっちで買った方が安い、かな?」
放課後。買い出しに来た私は商店街の真ん中で、梨子ちゃんが書いてくれたメモを指でなぞりながら、残りの買い物をチェックしていた。メモの右下には、『ちゃんと全部買ったか確認すること!』と、手描きの象から出た吹き出しに書かれていた。
象? うん、多分象だろう。鼻長いし。
千歌 「というか私、信頼されてないなぁ……」
次の目的の店は、商店街から少し外れた場所にあった。近道をしようと、街灯もない裏道を通る。まぁまだ夕方だし、大丈夫だろう。
千歌 「うぅ、狭いなぁ。一番最初に行くべきだった」 持っていた荷物が時々、壁のパイプやらに引っかかる。苦戦しながら進んでいると、後ろで何かの物音がした。
千歌 「ひっ……!?」
振り返ると、先程までなかった一斗缶が、白い糸のようなものに覆われて転がっていた。
千歌 「なにあれ、どっから……?」
千歌 「…………上?」
見上げると、そこには蜘蛛がいた。
いや、顔の見た目は蜘蛛で間違いない。しかし体の形は、人間そのものだった。手足はありえない角度に曲がり、まるで蜘蛛の足のようだった。口から大量の糸を吐き出し、壁に巣を作って張り付いていた。
一目で理解する。あれは怪物だ。
千歌 「あっ……わぁぁぁぁっ!!??!?」
怪物 『キュルルルルル!!!!』 怪物は糸を私に向けて吐き出し、右手に抱えていた荷物を奪い取った。
千歌 「あっ、返して!」
怪物 『キュル……キュルルルル……』
怪物は口から生えた触覚のようなものを器用に使って、レジ袋の中身を物色する。食べ物を探しているのだろうか? やがて目当てのものがないとわかると、中身をレジ袋ごと大量の糸でくるみ、私に向けて投げつけてきた。咄嗟に手のひらで顔を守り、目を瞑る。
千歌「うぅっ!!! …………あれ?」
手に何かが当たる感覚はしなかった。恐る恐る目を開けると、私の前に誰かが立っていた。その人が差し出した手には、糸でくるまれた私の荷物が握られていた。その後ろ姿に、私は見覚えがあった。 千歌 「あ……アマゾン!!」
アマゾン 『…………たぁっ!』
アマゾンは驚異的な飛躍力で、怪物の元へと飛びかかる。怪物の腹へ重いパンチを一発入れると、すかさず手刀で蜘蛛の巣を切り始めた。壁から糸が全て外れ怪物は地面へと落っこちてきた。
千歌 「すごいすごい! やっちゃえ!」
アマゾン 『……っ! 早く逃げて!』
怪物 「キュルルルルフルル!!」
怪物は私に向けて糸を吐いてきた。私を守ろうと差し出したアマゾンの腕に糸が絡みつき、そのままアマゾンの体は怪物の方へと引き寄せられる。そして怪物はあろうことか、アマゾンの首筋に思いっきり噛み付いた。 アマゾン 『うがぁっ……ぎっ……!』
千歌 「あ、アマゾン!!」
噛まれた首筋から、黒い、血のようなものが吹き出す。マスクのせいで表情は見えないが、アマゾンが苦しんでいるのが、声だけでもよくわかった。
怪物 「フルルルルルゥッ……フゥッガァァッ!!」
ブチブチブチッ!!!
アマゾン 『あぁぁぁぁっ!!!!!?!?』
怪物が、スーツごと首筋を喰いちぎった。血だけでなく、黒い肉片のようなものが見え、私は吐き気を催した。
アマゾン 『はぁっ……はぁっ……!』
アマゾンは地べたに這いつくばりながら、肩を抑えて痛みに悶える。怪物は、その隙を見逃さなかった。吐き出した糸は徐々に硬化していき、鋭い槍のような形になった矢先、アマゾンの右足のふくらはぎを貫いた。
アマゾンの絶叫が、路地にひびきわたる。
アマゾン 『だぁぁぁぁっ!!!?!?』
千歌 「アマゾーーンッ!!」 足から糸が抜かれると、アマゾンの体から黒い煙が溢れ出し、アマゾンの体を包み込む。やがて煙が晴れ、そこに見えたのは、変わり果てたアマゾンの姿だった。
──いや、本当にそこにいるのはアマゾンなのだろうか? だって、煙が晴れた場所に倒れていたのは……
千歌 「……果南、ちゃん?」
果南 「はぁっ……あぅっ……ぐぅっ……!」
間違いなく、そこに居たのは果南ちゃんだった。先程噛みちぎられた場所からは血が溢れ出し、右足にも穴が空いていた。
腰には、アマゾンが身につけていた、特徴的なベルトが巻かれていた。
千歌 「果南ちゃん……どうして」
果南 「はぁっ……千歌、逃、げて…っ!」 果南ちゃんはフラフラと立ち上がり、怪物の方へと向き直る。そしてベルトのハンドルを左手で強く握りしめた。
果南 「…………アマゾンッッ!!」
ハンドルを回し、果南ちゃんが叫ぶと、果南ちゃんの体から熱風が発せられた。あまりの風圧に、目を瞑らずにいられなかった。
千歌 「うぁっ……あっつ……」
目を開くと、そこにはアマゾンがいた。しかし、傷は全く治っていない。ボロボロだ。必死に怪物に立ち向かうも、怪物の猛攻を、もはや避けることさえできていない。
すぐにまた変身が解け、今度はベルトが電磁波のようなものを発しながら、果南ちゃんの体から外れてしまった。
果南 「はぁっ……! くっそぉ……っ!!」ガッ!
果南ちゃんはそれでもなお戦おうと、ベルトを手に取る。 千歌 「無理だよ果南ちゃん、そんな体じゃ!」
果南 「千歌は逃げて!! これは、私にしか!」
千歌 「やだ、絶対に逃げない! 果南ちゃんを置いてなんて、そんなこと!!!」
果南 「いいからっ!! 千歌!!」
私の手を振りほどこうとする果南ちゃんの力は、あまりにも弱々しかった。私は果南ちゃんの手から、ベルトを奪い取る。
果南 「……!? 千歌、何を!」
千歌 「……これを使えば、アマゾンになれるの?」
果南 「ダメだよ! それに、そのベルトは私にしか使えない!」
手に持ったベルトを眺める。ベルトの中心部には、アマゾンの複眼のようなものが輝いていた。それと目が合った時、体の中で、“何か”が疼くのを感じた。 千歌 「うぐぅっ……!? な、なに……これ!」
私の手は、勝手に……いや、私の意思だろうか。ベルトを相手に向け、そして思いっきり自分の体へと当てる。すると、ベルトの帯は勝手に体に巻かれ、腰をギュッと締め付けた。
果南 「そんな……どうして?」
千歌 「……たしか、こう、だよね」
左手をゆっくりと動かし、ハンドルを握る。心臓の音が、何故かよく聞こえた。怪物はそんな私を見て、鋭く硬化させた糸を吐き出してくる。
果南 「千歌ッ!!!」 ─ハンドルを回した。すると自分の体は黒いドロドロとしたものに覆われ、やがて熱風を発しだした。向かってきていた糸はその熱風に焼かれ、炎を上げて燃えだした。怪物が慌てて糸を切り離す。
やがて、ドロドロも煙も晴れた。自分の体を見ると、いつの間にか果南ちゃんと同じようなスーツに身を包んでいた。しかし果南ちゃんとは違い、自分のスーツはみかん色に染まっていた。
千歌 『これが……アマゾン』
果南 「変身、した? どうして……」
怪物 「キュルルルルル!!!!」
怪物が吐き出した糸は的確に私の左腕を捉える。私はそれを利用し、一気に怪物を引っ張り、自分の元へと引き付けた。ものすごい勢いで飛んでくる怪物の体を、右腕で貫いた。
怪物 「キュルルラララァッ!!!!?」 千歌 『ふんっ……!』
そのまま左腕に巻かれた糸を噛みちぎり、ベルトのハンドルを回す。右腕がどんどん赤く染まり、煙を発し始める。力が漲ってくるのを感じた。
千歌 『はあぁぁぁぁ……でやぁぁっ!!!』
そのまま右腕を振り上げ、怪物の頭頂部まで一直線に切り裂く。腕から黒い血のようなものが滴り落ちて、自分の顔に降りかかる。
怪物は断末魔をあげながら黒いドロドロへと姿を変え、溶けていった。怪物がいた場所には、赤い球体を囲む黒いドロドロと、『0252』と書かれた鉄製の小さなプレートのようなものが残されていた。 千歌 『……勝った、の?』
果南 「…………うん」
千歌 『……はぁ…………』
ベルトを外すと、黒い煙に体が包まれ、やがて元の姿に戻った。
千歌 「……果南ちゃん、これって一体」
果南 「……千歌は知らなくていい」
千歌 「でも」
果南 「いいから!! ……このことは、誰にも言わないで。いい?」
千歌 「それはいいけど、病院! 酷い怪我だよ、直ぐに行かなきゃ!」
果南 「いいって言ってんの!!」
千歌 「ひっ……果南、ちゃん?」
果南 「…………返して、それ」 果南ちゃんはベルトを指さす。ゆっくりとベルトを差し出すと、果南ちゃんは力強くベルトを取り上げ、黒いドロドロの中から番号の書かれたプレートを拾い上げたかと思うと、赤い球体を躊躇い無く踏み潰した。
グショッという音とともに球体は跡形もなくなり、黒いドロドロと共に消えていった。まるで怪物なんていなかったかのように、綺麗さっぱりドロドロは無くなった。
千歌 「ねぇ果南ちゃん、やっぱり怪物って、作り物じゃないんだよね!? アマゾンも!」
果南 「……この傷見ればわかるでしょ、見世物のために、ここまでやらない」
千歌 「じゃあ、あの怪物は何!? 果南ちゃんは何で戦ってるの!? それにこのベルトは」
果南 「千歌ッ!!!」
私の言葉を遮るように、果南ちゃんは叫んで私をにらみつけた。 果南 「何も知らなくていい。知ろうともしなくていい。……いや、しない方がいい」
千歌 「どうして……」
果南 「……千歌が、幸せでいるために」
果南ちゃんはフラフラと、どこかへ歩き出した。追いかけようとしたが、突如激しい目眩に襲われ、その場に座り込んでしまった。
薄れいく意識の中、果南ちゃんが足を引きずって路地の外へ消えていくのを、ただ見つめていた。
ーーーーーー
ーーーー
ーー 意識を取り戻した時、辺りはすっかり暗くなっていた。目の前には、糸でくるまれた買い出しの荷物が転がったままになっていた。幸いなことに糸は乾燥しきっていて、荷物から剥がすのは容易だった。
千歌 「ただいまー……」
家に着いた頃には、私の疲労はピークに達していた。果南ちゃんのこと、アマゾンや怪物のことで頭がいっぱいで、そこに戦いの疲れも押し寄せ、頭痛がしてくる。
母 「おかえり。……って、どうしたの? ひどい顔色じゃない」
千歌 「あーえっと、ちょっと頭痛がね」
母 「ご飯はちゃんと食べられたの?」
千歌 「あっ、ご飯……」
すっかり忘れていた。思い出したかのように、お腹が急に鳴り出す。
母 「もぅ、本当に大丈夫? 今作るから、手洗ってらっしゃい」
千歌 「うん。そういえば、美渡ねぇと志満ねぇは?」
母 「もう11時よ。寝てるわよ」
ハッとして時計を見る。まさかこんなに遅くなってたなんて。一体どれだけの間、私は気を失っていたんだろう。 手を洗い、食卓につく。お母さんは小さく鼻歌を口ずさみながら、ご飯を作っている。
千歌 「ごめん、こんな遅くに作らせちゃって」
母 「あら何? いつもは早く早くって急かしてくるくせに」
千歌 「私が帰ってくるの、待っててくれてたんでしょ? 連絡も出来なくて、ごめん」
母 「どうせ曜ちゃん達と一緒にいたんでしょ? 連絡もなしに遅くなるなんて、今に始まったことじゃないじゃない」
千歌 「ううん、今日は一人だったの。買い出しだったんだけど、みんな都合悪くなっちゃって」
母 「てことは、この時間までずっと一人だったの?」
千歌 「うん、ごめん……」 お母さんは軽くため息をつき、ゆっくりと歩み寄ってくる。怒られるのだろうと、ぎゅっと目を瞑る。
母 「……えいっ」ピンッ
千歌 「いてっ」
軽くデコピンをされた。うっすらと目を開けると、母は笑っていた。そして目の前には、ホカホカのご飯、ハンバーグ、サラダが並べられていた。
母 「今夜残った分と冷凍だけど、我慢してね」
千歌 「……ううん、ありがと。いただきます」
不思議な感覚だ。食べる手が止まらない。アツアツで、口の中を軽く火傷しそうになるのに、そんなのお構い無しと言わんばかりに箸は進む。
なんだかいつものご飯より、何倍も、何十倍も美味しく感じた。 千歌 「ごちそうさま……ふぁぁ……」
母 「さっさとお風呂入って寝なさい。明日も早いんだし……あら?」
千歌 「…………すぅ…………んぅ……」
母 「はぁ、全くもう。流石に昔みたいに、上まで運べないわよ。本当、いつまで経っても子どもみたい」
母 「……おやすみ、千歌ちゃん」
ーーーーーー
ーーーー
ーー 梨子 「足りないっっっ!」
千歌 「うぅ……ごめんなさい」
次の日。部室で梨子ちゃんに買い出しの荷物を渡した私は、ご覧の通り怒られていた。
千歌 (そっかぁ……あの怪物と戦った時、最後の1つを買いに行く途中だったんだよなぁ)
曜 「しかも一番大事な生地を買い忘れるなんて、千歌ちゃんらしいというか」
千歌 「忘れてたわけじゃないもん」
梨子 「じゃあなんでここに無いの!?」
千歌 「ご、ごめんなさい……」
曜 「まぁまぁ、梨子ちゃん。昨日言った通り、そんなに急ぎで必要なわけじゃないから」
梨子 「曜ちゃんは甘すぎ」
千歌 「さっすが曜ちゃん! 優しい幼馴染がいてくれて千歌は嬉しいよぉ」 梨子 「調子いいんだからもう……。じゃあ今日、3人で生地買いに行くわよ、いい?」
曜 「了解でありますっ!」
千歌 「結局3人で行くことになっちゃったね」
梨子 「って!! 千歌ちゃんのせいでしょうがぁぁぁ!!!」ムギューッ!
千歌 「ひ、ひらいひらい! ほっへひっはらないれぇ〜!!」
ダイヤ 「さっ、その辺にして、そろそろ朝練始めますわよ」
手を叩いて合図をしたのはダイヤさんだった。先に屋上へ向かおうとするダイヤさんを、ルビィちゃんが呼び止める。
ルビィ 「お姉ちゃん、まだ鞠莉ちゃんと果南ちゃんがきてないよ?」
ダイヤ 「鞠莉さんは家の用事、果南さんは……体調が優れないということで今日はお休みです 曜 「えっ、そうなの? 千歌ちゃん知ってた?」
千歌 「えっ、ううん……」
梨子 「心配だね、お見舞いとか」
ダイヤ 「必要ありませんわ」
ダイヤさんが食い気味に答え、梨子ちゃんの言葉を遮る。なんだか冷たい感じの言い方に、空気が一瞬凍りつく。
花丸 「な、なんで必要ないんずら?」
ダイヤ 「あっ、いえ……。その、みなさんに伝染ったら良くないと思い……」
善子 「風邪でもひいたの?」
ダイヤ 「そう風邪! 果南さんは風邪なんですの」
梨子 「そっか、なら押しかけるのも悪いですね」
ダイヤ 「そういうことです。さ、行きますわよ」 そそくさと部室をあとにしたダイヤさんに続いて、ほかのメンバーも屋上へと向かう。私はというと、昨日の果南ちゃんのことを思い返して、その場に立ち尽くしていた。
千歌 (あんな怪我をしたんだもん、当然だよね。ちゃんとあの後、病院に行ったのかな)
曜 「……千歌ちゃん?」
千歌 (ダイヤさんに連絡出来たってことは、無事だったってことだよね、よかった)
曜 「千歌ちゃん」
千歌 「また怪物が出たら、戦うのかな? あんな体でまた変身したら……」ブツブツ
曜 「千歌ちゃん!!」
千歌 「わぁぁっ!!?」 曜 「わぁっ!? や、やっと気付いた」
千歌 「あ、ごめん。呼んでた?」
曜 「ずっとね。どうしたの千歌ちゃん、なんかブツブツ言ってたけど」
千歌 「えっ、声にでてた!?」
曜 「うん、変身するとか、戦うとかどうとか」
千歌 「あぁえっと、ゲーム! ゲームの話!」
曜 「はぁ……なぁんだ、びっくりした。でも大会近いんだから、練習には集中してね」
千歌 「うん……ごめん」
曜 「千歌ちゃんは、私たちのリーダーなんだからさ」 曜ちゃんは私に手を差し伸べる。
千歌 「リーダー……うん、そうだね」ギュッ
曜 「えへへっ、行こっ! 全速ぜんしーん!」
私の手を引いて、曜ちゃんは階段を駆け上がる。曜ちゃんの柔らかい手。でもガッシリとしてて、細くて。その手に包まれるのは、すごく心地よかった。すごく……
千歌 (すごく…………)
────あれっ
なんだろう、この感覚。
ーーーーーー
ーーーー
ーー 本日はここまでとさせていただきます
続きはまた今日の夜に投下します や〜がて〜星がふーる〜星がふる〜頃〜
千歌ちゃんが食べたのは私痛かったのは私
死んだのは私 千歌ちゃんが食べたのは私痛かったのは私死んだのは私 千歌ちゃんが食べたのは私痛かったのは私死んだのは私 果南 「どういうことか説明して」
鞠莉 「ホワッツ?」
ホテルオハラの一室。
高く登った陽の光が、テラスから眩しく部屋に入り込む。部屋の中央に佇む鞠莉を、果南は眉間にシワを寄せながら問い詰めていた。
鞠莉 「酷い怪我だったのに、傷跡すら残ってない……。流石の治癒力ね、果南」
果南 「はぐらかさないで」
鞠莉 「……千歌っちについてのことなら、私もunbelievable な気持ちなんだよ?」 果南 「アマゾンに変身できるのは、“アマゾン細胞”を宿している者だけ……そう言ったのは鞠莉だよ」
鞠莉 「確かに言ったケド、だからって私がアマゾン細胞についてなんでも知ってるわけじゃない。果南だって分かるでしょ?」
果南 「だけど……っ!」
鞠莉 「私だって、“あの時”から何もせずただ果南を見守ってたわけじゃない。個人的に、アマゾン細胞について調査はしていた」
鞠莉 「……そうよ、あの時から、ずっと」
ーーーーーー
ーーーー
ーー 〜1年前〜
果南 「……鞠莉」
ダイヤ 「鞠莉……さん?」
鞠莉 「果南、ダイヤ!? どうやってここに……って、また窓から入ってきたの?」
果南とダイヤは口をパクパクさせ、言葉が出てこないという様子だった。鞠莉は留学中のはずだったからだ。ホテルに向かって飛んでいく鞠莉のヘリコプターを見た果南とダイヤは、大急ぎで鞠莉の部屋へと駆け込んできたのだ。
果南 「なんで? 留学はどうしたのさ」
鞠莉 「……そんな場合じゃ、なくなったのよ」
ダイヤ 「何か、あったんですの?」
鞠莉 「……パパが、死んだ」 果南 「そう、だったんだ……。じゃあ、お葬式のために戻ってきたんだ」
鞠莉 「それもあるけど」
果南 「けど?」
鞠莉 「……私、もう海外には戻らないことになった」
ダイヤ 「何故です? お葬式が終わったら、もうここにいる意味はないのでは?」
鞠莉 「後始末を、しなくちゃいけないから」
果南 「後始末? 鞠莉がさっきから何言ってるのか、さっぱり分からないよ」
鞠莉 「……二人には、伝えておかなきゃね」
鞠莉は自分の胸に手を当て、瞳を俯かせる。そして何かを決意したように、真っ直ぐに二人を見つめ直し、話を続けた。 鞠莉 「この間の爆発事故、知ってる?」
果南 「廃ビルであった事故? それなら近場だし、知ってるけど」
鞠莉 「私のパパはね、あの事故で死んだの」
果南 「まさか。だって、あの事故で負傷者は出なかったってニュースで言ってたよ?」
鞠莉 「でも本当のことなの」
ダイヤ 「そもそも、何故あのような場所に鞠莉のお父様が?」
鞠莉 「……あそこは、廃ビルなんかじゃない。立派な研究施設よ。オハラグループの、ね」
果南 「研究施設……?」
鞠莉 「あのビルの地下では、秘密裏にある研究が行われていた。でも予期せぬ事故が起こって、あの爆発事故につながった」
鞠莉 「……そこで研究されてたのが、“これ”」
そう言って鞠莉は、ベッドの上に置かれていたアタッシュケースを開いて見せた。そこには1本の注射器と、バイクのハンドルのようなものが備えられたベルトが入っていた。 果南 「……これは?」
鞠莉 「アマゾン細胞。研究員の間では、『人喰い細胞』なんて呼ばれてたみたい」
ダイヤ 「アマゾン細胞? 聞いたことありませんわ、そんなもの」
鞠莉 「とある企業の研究によって生み出された、人工の細胞よ。これはタンパク質……特に人間の細胞を好んで喰らい、成長する」
果南 「だから、『人喰い細胞』ってこと?」
鞠莉 「オハラグループはこのアマゾン細胞を作った企業の命令で、あのビルでこの細胞を人型にまで育て上げる研究を行っていた」
果南 「…………。」
鞠莉 「もちろんパパも、あの場所にいたわ。だから、実験中の事故に巻き込まれて……」
果南 「ねぇちょっと待って。結局、鞠莉が日本にいなきゃ行けない理由ってなんなの? それに後始末って?」 鞠莉 「……あの爆発によって、大量の実験体が街に放たれてしまったの」
果南 「人喰い細胞が!? それってまずいんじゃ」
鞠莉 「研究は最終段階に入っていて、実験体達はほぼ人間と見分けがつかないほどになっていた。だから、今のところは実験体が逃げ出したことは気付かれてない」
鞠莉 「でも、それは研究所で“覚醒”が抑えられていたおかげ。時が来れば、奴らは人喰いを始める」
鞠莉 「私は事故の責任をとって、その逃げ出した実験体たちを駆除することになった」
果南 「なんで鞠莉が!? 関係ないじゃんか!」
鞠莉 「あの事故は、紛れもなくオハラグループの失態。パパがいない今、代表はこの私よ」
ダイヤ 「そんな……」 鞠莉 「そこでアマゾン細胞を作った企業から渡されたのが、このベルト」
果南 「何これ……瞳みたいなのもついてて、なんだか不気味」
鞠莉 「これを装着すると、アマゾン細胞の力を適切な形で引き出すことが出来る」
鞠莉 「アマゾン細胞は、元々人間を強化するために開発されていた。その治癒力やパワーは圧倒的で、人間が及ぶものじゃない」
鞠莉 「だから、逃げ出したアマゾン達を倒すには、こっちもアマゾンの力で応戦するしかないの」
果南 「……鞠莉が戦うってこと?」
鞠莉 「それが私の役目。……仕方ないのよ」 ダイヤ 「……何故、このような話を、私達にしたんですの?」
鞠莉 「──お別れを、言うためよ」
果南 「…………は?」
鞠莉 「さっきも言ったでしょ? このベルトは、アマゾン細胞の力を引き出す。ということは、このベルトの使用者はアマゾン細胞を宿してなくてはいけない」
果南 「ただの人間じゃ、使えないってこと? ……って、鞠莉ッ!! あんたまさか!?」
鞠莉 「……私は、今から人間じゃなくなる」
鞠莉は瞳に涙を浮かべながら、アタッシュケースから注射器を取り出す。 鞠莉 「アマゾン細胞を体内に取り込む。そうすれば、このベルトを使ってアマゾン達と戦えるようになる」
果南 「馬鹿っ!! よしなよ、鞠莉がそこまでする必要どこにも!!!」
鞠莉 「私にしか出来ないのっ!! これが、パパの為にもなるんだよ」
果南 「お父さんの……?」
鞠莉 「アマゾン細胞を作った企業は、オハラグループなんかより、圧倒的に大きな力を持っている。私がやらなきゃ、オハラグループの未来は……」
鞠莉 「パパが守ってきた、このホテルも……働いてる人たちも……全部失う」
ダイヤ 「だから、やるしかないと?」 鞠莉 「アマゾン細胞を取り込めば、たちまち人の細胞は蝕まれていく。もしかしたら、二度と人間の姿には戻れないかもしれない」
鞠莉 「だから最後に、二人に会いたかった。……話しておきたかったの」
果南 「鞠莉……」
鞠莉 「……私ね、ずっと謝りたかった。あのときのこと」
果南 「あの時?」
鞠莉 「東京で、私たちが歌えなかった時。私がもっとしっかりしておけば、あんなことにはならなかったかもしれない」
ダイヤ 「鞠莉さん……違います、あの時私達はっ!!」
鞠莉 「果南、ダイヤ! ……私に、素敵な世界を。箱入り娘だった私に、沢山新しい世界を見せてくれて、本当にありがとう」
鞠莉の頬に涙が伝う。震える手で、注射器を腕の関節部分に近付ける。 果南 「……っ!!! 鞠莉ッ!!!」
果南は鞠莉から、注射器を力ずくで取り上げる。瞳を閉じ、息を整えたかと思うと、果南は自分の腕に、ゆっくりと針を刺した。
ダイヤ 「果南さんっ!?」
鞠莉 「果南っ!!? やめて、ダメぇっ!!」
果南 「……いっつもそうだよ、鞠莉は。一人で抱え込んで、一人で我慢して、一人でなんとかしようとする」
果南は鞠莉を真っ直ぐに見つめながら、注射器の押し子をゆっくりと押し込んでいく。中に入っていた液体が、果南の体内に流れ込んでいく。 果南 「……鞠莉はもう、十分苦しんだ。傷ついた。だから、今度は」
鞠莉 「果南……?」
果南 「だって私たち、親友で……し……っ……がっ……ッ……あがぁっ……!!??!?」
ダイヤ 「果南さん!!」
突然、果南は頭を両手で抑えて苦しみ出した。床に倒れ込み、痛みに耐えきれないという様子でのたうち回る。
鞠莉 「果南ッ! これをつけて! 早く!!」
鞠莉は咄嗟にベルトをアタッシュケースから取り出した。暴れ回る果南を全身で押さえつけながら、ベルトを腰に取り付ける。 果南 「あぁぁっっっがぁっ!!!! あ"あ"っだぁっっっぁぁぁぁっ!!!!」
果南は何の説明も受ける訳でもなく、ベルトのハンドルを握る。本能のまま動く獣のように、自然と体が動いているようだった。
真っ赤に充血させた瞳をカッと見開き、空を裂くような、絶叫とも取れる叫びを上げながら、ハンドルを勢いよく回す。
果南 「アァァマァァァゾォォォォンッッ!!」
果南の体から熱風が溢れ出し、鞠莉とダイヤは後ろへと吹き飛ばされる。風圧に耐えきれず、窓ガラスは一瞬にして粉々に割れた。
恐る恐る目を開くと、そこにはエメラルドグリーンのスーツとマスクに身を包み、赤い瞳を輝かせる不気味な怪物がいた。
──アマゾンを狩るアマゾン。
誕生の瞬間であった。
ーーーーーー
ーーーー
ーー 果南 「あれから私は戦い続けた。鞠莉の為に」
鞠莉 「果南……」
果南 「私はこれ以上、鞠莉が傷つくのを見たくなかった。だから私が代わりに、アマゾンになった」
果南 「……傷つくのは、私一人で十分だった」
鞠莉 「今でも後悔してる。……私があんなこと打ち明けなければ、果南がアマゾンになることもなかった」
果南 「あれは私の意思だよ。鞠莉が気負うことなんてない」
鞠莉 「でも…っ」
果南 「それよりっ!! ……千歌のことだ」
果南は一歩一歩、ゆっくりと鞠莉に歩み寄り、問い続ける。 果南 「一年前も言ってたよね、アマゾンに変身できるのはアマゾン細胞を持ってる人だけだって」
果南 「アマゾンに変身したってことは、千歌が実験体だったか、私みたいに自らアマゾン細胞をとりこんだとしか考えられない」
鞠莉 「……何が言いたいの?」
果南 「分かるでしょ。千歌と私は幼馴染だ。まず実験体ってことはありえない」
果南 「──鞠莉、あんた千歌に、何かしたの?」
鞠莉 「さっきも言ったわよね? 私は後悔してる、周りを巻き込んでしまったことを」
鞠莉 「ダイヤが自分もアマゾンにして欲しいって言ってきたのを断ったのも、それが理由」
果南 「……。」 鞠莉 「私がこれ以上、自分から被害者を増やそうとするわけないじゃないッッ!!」
果南 「……っ! 鞠莉……」
鞠莉 「……離して。痛い」
無意識に、果南は鞠莉の胸ぐらを掴んでしまっていた。慌てて鞠莉から手を離し、2,3歩後ずさる。
果南 「ご、ごめん……つい」
鞠莉 「千歌っちのことは、私も注意して見ておく。変身できたってことは、アマゾン細胞の存在を完全に否定できない」
果南 「うん……そうだね」
鞠莉 「もし千歌っちがアマゾン細胞を宿していたとしたら、変身した影響で、今まで抑えられていた衝動が開放される可能性だってある」
果南 「……それって、まさか」 鞠莉 「──人喰いを始めるかもしれない」
果南 「……私のせいだ、私があんなのに苦戦したせいで」
鞠莉 「果南は悪くない。今はとにかく、最悪のケースを想定しながら、そうならないように見守るしかない」
果南は頷き、部屋を出ていこうとする。
鞠莉 「果南、忘れ物」
鞠莉は机の上にあった包を果南に投げ渡す。
果南 「……ありがと、最近は“コレ”が無いと、てんでダメでさ」
鞠莉 「ここで食べてもいいのよ? 後始末が大変でしょ、血とか」 果南 「ううん、いいんだ。それに、“コレ”を食べてるところ、人に見られたくない」
鞠莉 「…………そっか」
果南 「じゃ、また」
鞠莉 「……バーイ、果南」
鞠莉が見た果南の背中は、いつも以上に小さく見えた。色々なものの重圧に耐えきれず、曲がってしまっているような背中。禍々としたオーラが、果南の体から溢れている。
穴が開くほどの大怪我だったのに、すっかり完治した果南の足を見て、鞠莉は果南に気付かれないよう、静かに涙を流した。
ーーーーーー
ーーーー
ーー 梨子 「なんとか買えたわね」
千歌 「ごめんね、私が買い忘れたばっかりに」
曜 「いつものことだから、大丈夫だよ」
千歌 「……曜ちゃん、今さりげなく酷いこと言わなかった?」
曜 「えっ、そうかな」
千歌 「ふふっ、でもありがと。いつもこうやって付き合ってくれて」
放課後。買い出しを終えた私達は、商店街をブラブラ歩いていた。せっかく来たのでどこかでお茶を、と思ったが、商店街は人で賑わっていて、どこもなかなか空いていない。
曜 「なんか、いつも以上に賑やかだね」 梨子 「本当。なんか、あまり見かけない人もいるわね」
曜 「もしかして、アマゾン効果!?」
千歌 「……っ」ピクッ
梨子 「千歌ちゃん?」
その時だった。遠くの方で悲鳴が聞こえた。
私たちが向かおうとしていた方向から、何人もの人が駆けてくる。
曜 「何かあったのかな?」
梨子 「さぁ……」
周りにいる人達の中から、何人かがカメラを一点に向け始める。そこには、まるで蜂のような黄色と黒の縞模様で下半身を彩られた、人型の怪物が立っていた。羽をバタバタと動かしながら、逃げ惑う人たちを威嚇しているようだった。 曜 「あっ、噂をすれば!」
千歌 「……っ!! まずい、曜ちゃん梨子ちゃん、逃げて!」
怪物を見て、昨日のことが脳裏をよぎる。果南ちゃんの生々しい傷跡を思い出し、頭痛がしてくる。
曜 「大丈夫だって千歌ちゃん、作り物なんだし。うっわぁ、私初めて生で見たよ!」
梨子 「すごいリアルね……何で作らてるのかしら」
千歌 「そんなこと言ってる場合じゃないって、逃げて、早く!!」
梨子 「どうしたのよ、そんなに必死に……」
千歌 「あぁ、もうっ!!」
2人の手を強引に引っ張り、怪物から逃げる。そんな私たちに、怪物は標準を定めたように見えた。
曜 「ちょっと千歌ちゃん!?」 千歌 「はぁっ……はぁっ……!」
怪物 『シュゥゥゥッ!!! フゥッ!!!!!』
ビュンッ!!
空を切る様な鋭い音と共に、何かが飛んでくるのを感じた。その途端、曜ちゃんの手が力なく私の手から離れ、曜ちゃんはその場に座り込んでしまった。
曜 「いっ……つぅ……っ」
梨子 「曜ちゃん!?」
見ると、曜ちゃんの左足には刃物で切込みを入れられたように浅く裂けた傷口が出来ていて、そこから血が流れ出ていた。
傍には巨大な蜂の針のようなものが転がっていた。間違いない、アイツがやったんだ。
曜 「な、なにこれ……っ!!」 梨子 「もしかして、アイツがやったの!? ちょっと、いくらなんでもやりすぎよ!」
千歌 「だから、あいつは危ないんだって! 立てる、曜ちゃん?」
咄嗟にハンカチをポケットから取り出し、曜ちゃんの傷口を抑える。ハンカチに染みた血が、私の掌にも伝ってきた。
──ドクンッ
千歌 「うぐっ……!?」
途端、激しい頭痛に見舞われた。
梨子ちゃんは私のハンカチと自分のハンカチを結んで傷口を抑える。
私はその行動を……いや、“血が滲み出ている曜ちゃんの傷口”を凝視していた。
段々と呼吸が荒くなっていく。私は自分の手が徐々に、曜ちゃんの傷口に向かっていくのに気が付いた。
千歌 (えっ……私、何をしようと?)
考えても止まらない。私の手は徐々に傷口へと近づいて行く。徐々に、徐々に…… アマゾン 『でやぁぁぁっ!!!!』
怪物 『シュヤァァァァッ!!??!?』
怪物の悲鳴と、聞き覚えのある雄叫びを聞いてハッと意識が戻る。
梨子 「あっ、アマゾン!」
曜 「助けに来てくれたんだ……」
千歌 「……果南ちゃん、あんな体で」
梨子 「果南ちゃん?」
千歌 「っ! 今のうちだよ、早く!!」
梨子 「あっ、うん! 曜ちゃん、肩を」
曜 「あ、ありがと……つぅっ……!」 曜ちゃんの腕を2人で抱え、怪物から逃げる。取り敢えず、路地裏に身を隠すことにした。曜ちゃんをそっと座らせる。
梨子 「なんなのよあれ……! 作り物なんじゃ!」
千歌 「違うんだよ、あれは本物……それにアマゾンも実は」
怪物 『グギャァァァァッ!!!』
ブチブチブチッ!!
遠くから怪物の悲鳴と、肉がちぎれる様な音が小さく聞こえてきた。その音に、私の体は強く反応した。
千歌 「あがっ……あぁぁぁっ!!!!」
梨子 「ち、千歌ちゃん!?」
体から力が溢れ出るのを感じた。
まずい、このままじゃ自分が自分じゃなくなる。そんな気がした。 千歌 「はぁっ……あぁぁぁっ!!」ダッ!
梨子 「千歌ちゃん!? どこに行くの!」
本能のままに駆け出す。私の体は全速力で、音のする方へと向かっていく。そして視界に怪物を捉えた瞬間、私は怪物に向かって、人間では考えられない跳躍力で飛びかかった。
千歌 「うぉぁぁぁぁぁっ!!!!!!」ガシュッ!
果南 『千歌っ!?』
アマゾン……いや、果南ちゃんが驚いて私の名前を呼ぶ。私は怪物の顔面を切り裂いていた。私の体は人間のままだったが、右手だけがまるでアマゾンの鉤爪のようなものに形を変えていた。
果南 『どうして……っ!! 千歌!!』ガシッ!
千歌 「離してっ!! 離してっ!!」
鞠莉 「……千歌っち」 千歌 「はっ……はぁっ……鞠莉……ちゃん??」
果南 『ッ! 鞠莉、いつからそこに……。あぁ、それより早く!! どうにかして!』
鞠莉 「もう限界だよ。……やっぱり千歌っちの体には」
遠くで見ていた鞠莉ちゃんが持っていたカバンの中から何かを取り出し、果南ちゃんに投げ渡す。
果南 『ベルト……? なんで?』
鞠莉 「いざってとき用の予備よ。早く、千歌っちの体に!!」
果南 『でも、そんなことしたら!!』
鞠莉 「そのまま放置するより何倍もマシ! そのまま怪物になってもいいの!?」
果南 『ぐっ……! あぁぁっ、くっそぉ!!』
果南ちゃんが私の体を強引に抑え、ベルトを腰に巻き付ける。すぅっと、頭の中を支配していた狂気が収まっていくのを感じた。徐々に呼吸も落ち着き、まるで体力を使い果たしたかのようにその場に座り込んでしまった。 怪物 『シュゥゥゥッ!!!』
果南 『ったく、こっちは忙しいってのに!』
容赦なく怪物は襲いかかってくる。私を守りながら、果南ちゃんは応戦する。
梨子 「千歌ちゃん!!!」
曜 「大丈夫っ!!?」
遠くから、私を追ってきた2人の声が聞こえる。怪物は、その声に反応し、目線を果南ちゃんから2人に切り替える。
千歌 「……っ! やめろっ!!!」
ベルトのハンドルを強く握りしめ、力任せにひねる。
千歌 「アマゾンッッッ!!!!」 変身した私を見て、2人は驚き固まる。
梨子 「千歌……ちゃん?」
曜 「あれって、アマゾン……?」
千歌 『うぉぉぉっ……たぁぁぁっ!!!』
一心不乱に鉤爪で怪物の肉を抉っていく。怪物の悲鳴、吹かかる血のような黒い液体。それらが私の心を奮い立たせる。
千歌 『ふぅっ……ふぅっ……うぅぉぁッ!』
右手を怪物の腹部から体内へとくい込ませていく。後ろから、梨子ちゃんの嗚咽が聞こえる。体内を漁ると、心臓のようなものが指先に触れた。私はそれを鷲掴みにし、体外へと抉り出す。
怪物 『シュヤァァァァッ!!??!?』 果南 『……ふんっ!!』
私の掌の上で脈打つ心臓のようなものを、果南ちゃんは殴り潰した。プシュッと黒い液体を吐き出しながら、潰されたものと怪物の体が同時に溶けだしていった。
果南 『……千歌』
果南ちゃんはベルトを外し、元の姿に戻る。私も同じようにベルトを外す。
梨子 「えっ……果南ちゃん!?」
曜 「嘘、アマゾンの正体って、果南ちゃんだったの!?」
鞠莉 「ちょっと、人前であまり姿を……」
果南 「みんなあの戦いを見て逃げてったよ」 梨子 「鞠莉ちゃんまで、どうして……」
千歌 「はぁ……はぁっ……」
曜 「千歌ちゃん!」
足を引きずりながら、曜ちゃんが歩み寄ってくる。
果南 「曜、大丈夫?」
曜 「私は大丈夫。でも、千歌ちゃんが」
千歌 「私も大丈夫だよ。怪我もしてないし」
曜 「でも、様子が変だった」
梨子 「果南ちゃん、これってどういうことなの?」
果南 「……見ての通りだよ、私はアマゾン。そして、千歌も」 鞠莉 「あの怪物は、本当に人を襲う。世間で噂されてるような、見世物なんかじゃない」
千歌 「はぁっ……はぁっ……」
梨子 「その、ベルトは?」
鞠莉 「これは、怪物退治の為にオハラグループで開発したものよ。これを使えば、ああやって変身して戦えるの」
曜 「あの怪物はなんなの? なんで急に現れたの?」
果南 「あれは……」
鞠莉 「それはまだ調査中よ。正体はまだ分かってない」
果南 「……っ!? 鞠莉!」 鞠莉 「いい? これからあの怪物に出会ったら、すぐに逃げること。正体はわからないけど、人を襲う害虫であることは確かだから」
曜 「う、うん……分かった」
梨子 「千歌ちゃんは、いつからこんなことを?」
千歌 「変身したのは、昨日が初めてだったんだ。私も混乱してて……」
曜 「よくわかんないけど、こんな危険なことよくないよ。果南ちゃんも!」
梨子 「そうよ、こういうのは警察とかに……」
果南 「あいつらの力には、アマゾンの力じゃないと太刀打ちできない」
曜 「なら、そのベルトを警察とかに」
鞠莉 「それは出来ない。このベルトが使えるのは、特定の人だけだから」
梨子 「特定の人……って?」
鞠莉 「……とにかく、千歌っち」
鞠莉ちゃんは突然話を打ち切り、私の方へと向き直す。 鞠莉 「そのベルトは千歌っちに預ける。もし危険を感じたら、それを使いなさい」
果南 「ちょっと鞠莉っ!!」
果南ちゃんは鞠莉ちゃんを強引に引っ張り、私たちから離れた場所でなにやら話を始めた。
果南 「どういうつもり……? これ以上被害者を増やさないって言ったじゃんか」
鞠莉 「こうなった以上仕方ない。それに千歌っちも戦いに参加してた方が、私も監視しやすい」
果南 「……アマゾン細胞のこと、なんで隠したの。それに怪物の正体も」
鞠莉 「必要以上に喋るものじゃない。それは1年前の、私自身の教訓。それに……」
果南 「それに?」 鞠莉 「考えてみなさい。千歌っちはもう2人も殺している。そんな状態で、あいつらが元は人間の姿をしていた、なんてことを知ったら」
果南 「……っ!」
千歌 「ねぇ、なんの話ししてるの?」
果南 「……千歌」
鞠莉 「ちょっと相談。でももう決まったわ」
千歌 「決まった?」
鞠莉 「千歌っち、果南と一緒に戦ってくれる?」
果南 「鞠莉っ!!」
梨子 「でも、危険なんじゃ」 千歌 「ううん、やるよ、私」
曜 「千歌ちゃん……」
千歌 「よく分からないけど、このベルトを使えるのは選ばれた人だけなんでしょ? なら、戦うべきだと思う」
果南 「でも、毎回あんな上手くいくわけじゃない!」
千歌 「それは分かってる。昨日の戦いを見れば、痛いほどわかる」
千歌 「でも、ただ見てるだけなんてできない。せっかくこの力があるなら、やらなきゃ」
梨子 「千歌ちゃん……」
千歌 「曜ちゃんが怪我したのを見て思ったんだ、守らなきゃって」
鞠莉 「……じゃあ、これからよろしく」
千歌 「…………うんっ!」
果南 「…………。」プイッ 果南ちゃんは何も言わず、その場から立ち去って行った。果南ちゃんを追って、鞠莉ちゃんもその場をあとにした。
曜 「まだ、信じられなや。ベルトで変身して戦うなんて、まるでアニメみたい」
梨子 「本当に大丈夫なの? こんなこと、やっぱりやめた方が」
千歌 「果南ちゃんは1年も戦い続けてたんだよ? 力になれるなら、私はそうしたい」
曜 「……千歌ちゃんっ!」ギュッ
千歌 「曜ちゃん……」
曜 「危なくなったら、すぐに辞めてね? 千歌ちゃんに何かあったら、私……」
千歌 「うん、ありがと……」 千歌 (あれっ……そういえば)
ふと思い出す。昨日の果南ちゃんの戦い、そしてあの痛々しい傷跡を。あんなの、一晩で治るようなものとは思えなかった。
千歌 (果南ちゃん、どうしてもう完璧に治ってたんだろう……?)
曜ちゃんの体の熱を全身で感じながら、そんな疑問が悶々と頭の中で渦巻いていた。
ーーーーーー
ーーーー
ーー 本日はここまでとさせていただきます
続きはまた明日の22時頃に投下します
よろしくお願いします 次の日の昼休み。
いつも通り、机を3つくっつけて曜ちゃんと梨子ちゃんの3人でご飯を食べる。
だけど私は、開いたお弁当箱とずっと睨めっこしていた。
梨子 「……千歌ちゃん、食べないの?」
千歌 「えっ……うん、なんか食欲でなくて」
曜 「珍しいね、いつもの千歌ちゃんならお昼休み入って10分もしない内に食べ切っちゃうのに」
千歌 「なんか、ご飯の時になると、戦ってる時のことを思い出す……というか」
梨子 「あんな戦い方してたら、食べる気もなくしちゃうよね」
曜 「でも、何か食べないと体に毒だよ。ほら、みかん持ってきてるよ」 千歌 「あ、ありがと」
皮を剥き、一切れ口に入れる。
口の中でプシュッと果肉が弾け、甘さに満ちた果汁が口内を潤す。それが──
たまらなく不快だった。
千歌 「…………?」
曜 「おいしく……なかった? 新鮮なの持ってきたんだけど」
千歌 「えっ、ううん! おいしいよ、とっても」
梨子 「そうだ千歌ちゃん、私今日お弁当にハンバーグ入れてきたんだけど、食べる?」
梨子ちゃんがお弁当を開けると、中には手作りであろうハンバーグがキラキラと輝いていた。思わずゴクリ、と喉が鳴る。
千歌 「お肉……っ! それなら食べれそう!」 曜 「本当に美味しそうだよね、梨子ちゃんのハンバーグ。本当に手作りなのかなって位」
梨子 「手作りだよっ!?」
曜 「いや、別に疑ってるわけじゃ」
千歌 「じゃ、遠慮なくいただきまーす!」
噛めば噛むほど溢れ出る肉汁。柔らかく綻んでいく肉の感触に、歯や舌が喜んでいる。
鞠莉 「ハァーイ、千歌っち」
曜 「鞠莉ちゃん、なんで2年生の教室に?」
鞠莉 「千歌っちに差し入れをdeliveryしに来たのよ」
千歌 「差し入れ?」
鞠莉ちゃんが包を机の上に置き、広げた。中からは大量のゆで卵が出てきた。
梨子 「わぁ、ゆで卵!」 千歌 「こんなに沢山……どうして?」
鞠莉ちゃんは私達に顔を近づけ、小声で話し始めた。
鞠莉 「アマゾンの力の源はタンパク質。普段からしっかり取っておくのが大切よ」
千歌 「そうなんだ」
曜 「だから千歌ちゃん、お弁当に食欲がわかなかったのかな? 千歌ちゃんのお弁当、どちらかと言うと和風って感じだし」
梨子 「おうちが旅館だから、仕方ないのかも」
千歌 「晩御飯みたいに、お弁当も洋食にして欲しいのになぁ」
鞠莉 「とにかく、タンパク質の補給はしっかりしておくこと。戦闘中に切れたら、それこそ命の危機に繋がる」 千歌 「分かった、ありがとう鞠莉ちゃん!」
鞠莉 「もしもの時はよろしくね、Ciao!」
梨子 「……ねぇねぇ、千歌ちゃん。ゆで卵1個だけ頂戴?」
千歌 「本当に梨子ちゃん好きだよねぇ。はい、どうぞ」
梨子 「ありがとう!!」
むつ 「うわっ、なにそのゆで卵の数」
曜 「あっ、むっちゃん」
梨子 「1人? 珍しいね」
むつ 「よしみといつきも、購買にパン買いに行ったんだけど、まだ戻らなくて」
その時、外の方から悲鳴が聞こえた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!?!?」 千歌 「!? 今の声……」
むつ 「よしみの声だ!」
大急ぎで声のした方へ駆け出す。
よしみちゃんは中庭にいた。尻もちをついて、怯えるように震えていた。
よしみちゃんの目の前には、小さな触覚を生やした黒い甲虫のような姿をした怪物が立ち、威嚇していた。
曜 「大変だ! どうして学校に!?」
梨子 「どこから入ってきたんだろう? とにかく、みんなを避難させないと!」
危機感を覚える私たちとは裏腹に、何人かの生徒は怪物に携帯を向けている。先生が避難を呼びかけるが、応じない生徒は多い。 千歌 「まずい……ここで変身したら、みんなにバレちゃう!」
果南 『でやぁぁぁっ!!!』
「でたーー!! アマゾン!」
「いっけぇ!!」
曜 「果南ちゃん! よし、今のうちによしみちゃんを!」
梨子 「千歌ちゃんは、どこかで隠れて変身を!」
千歌 「う、うん分かった!」
果南ちゃんの戦いに、みんなは夢中になって携帯を向ける。曜ちゃんはその隙によしみちゃんの腕を掴んで怪物から逃げる。
私は梨子ちゃんとその場から離れ、人のない場所を探した。幸い、体育館裏には人がいなかった。
千歌 「よし、ここでなら!」
梨子 「はやく!」
千歌 「──アマゾンっ!」 大急ぎで中庭へもどる。果南ちゃんはまだ怪物と戦っていた。
千歌 『果南ちゃん、助けに来たよ!』
「なにあれ、新しいアマゾン!?」
「オレンジ色のアマゾンだ! すごい!」
千歌 『オレンジじゃなくて、み・か・ん!』
果南 『千歌! コイツ硬い。二人がかりで行くよ!』
千歌 『うん!』
果南ちゃんと同時に、ハンドルを回す。
私と果南ちゃんの腕から、ノコギリのような刃が生えてくる。果南ちゃんはすかさず怪物の背後に回り込み、首元目がけて走る。 千歌 『挟み撃ちだ! でやぁぁっ!!』
怪物の首を私と果南ちゃんの刃で挟む。
怪物は呻き声をあげながらもがく。
果南 『うぉぉぉおおおぉぉ!!!』
千歌 『はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
切り裂くように腕を横に振る。
怪物の首から黒い液体が吹き出し、そのまま怪物の体は溶けていった。
果南 『……ふぅ』
千歌 『果南ちゃん、人気のない所へ。ここで変身解いたら、みんなにバレちゃうよ』
果南 『うん、そうだね』
体育館裏に向けて駆けだす。しかし途中、果南ちゃんは思い出したかのように怪物の溶けた跡の場所に戻り、何かを拾った。 千歌 『……果南ちゃん?』
果南 『あぁ、ごめん。さ、行こう』
変身を解き、また中庭へ戻ると、人だかりが出来ていた。
むつ 「あっ、千歌! どこにいたのさ!」
千歌 「あっ、うん……ちょっとね」
よしみ 「勿体ないなぁ、ここにいれば、新しいアマゾンも見られたのに!」
千歌 「そうだったんだ……見たかったなぁ」
いつき 「かっこよかったよねぇ」 千歌 「……果南ちゃん、さっき何拾ったの?」
果南 「あぁ、これだよ」
そう言って、果南ちゃんは銀色の小さなプレートを見せてきた。0322、と書かれている。
千歌 「これ、前にも拾ってたよね」
果南 「集めてるんだ。なんというかその……倒した数を覚えておくため、に」
千歌 「へぇ、私にも見せ……」
果南 「ダメ!」
手を伸ばしかけた時、果南ちゃんは咄嗟に銀色のプレートを握った手を私から遠ざけた。
千歌 「えっ……」
果南 「あっ、ごめん……でもダメなんだ」 千歌 「むぅー、ケチ」
果南 「わ、私、そろそろ戻るから」
そう言って果南ちゃんは、そそくさと中に戻って行った。
千歌 「果南ちゃん……?」
ーーーーーー
ーーーー
ーー 果南 「鞠莉」ガチャッ
鞠莉 「理事長室にノックもなしに入ってくるなんて、マナーがなってないよ」
果南 「これ、さっきの怪物から出た」
そう言って果南は、銀色のプレートを鞠莉に渡す。鞠莉は同じようなプレートがいくつも入った箱に、それをしまう。
鞠莉 「だいぶ集まってきたね、“実験体の管理チップ”」
果南 「今、何枚だっけ」
鞠莉 「うーんと、ざっと300枚くらい?」
果南 「……あと、何匹いるの」
鞠莉 「上からの報告では、全部で3000。だからあと、2700ってとこかな」 果南 「はぁ、骨が折れるよ」
鞠莉 「でも大丈夫、今は千歌っちもいるし、それに“あの計画”も順調に進んでる」
果南 「……アマゾン一斉駆除作戦、だっけ」
一瞬、理事長室に静寂が流れる。
鞠莉 「その時はちゃんと果南と千歌っちは避難させる。安心して」
果南 「……千歌は、どう思うかな」
鞠莉 「あいつらが人間だって知らないのよ。きっと大丈夫よ」
果南 「でも、今日は危なかった」
鞠莉 「と、言うと?」
果南 「……怪物が消えた跡に、これが残ってた」 果南はそう言って理事長席の机に、あるものを広げた。
鞠莉 「これって……」
果南 「見ての通り、浦女の制服だよ」
制服は、中で何かを爆発させたように所々が裂け、焼け落ちていた。
果南 「これを見たら、さすがに気付かれたかも。あの怪物が、元は“浦女の生徒”だったことを」
鞠莉 「…………。」
果南 「やっぱり、私は伝えるべきだと思う」
鞠莉 「果南……!」 果南 「覚悟の問題だよ。遅かれ早かれ、いつかは知ることになる」
果南 「なら、早めに知っておいた方が、本人のためだ」
鞠莉 「でも……」
果南 「覚悟もなしにこんなこと続けてたら、千歌の心はきっと壊れる」
鞠莉 「…………そう、ね」
鞠莉は理事長席に深く座り、深呼吸をする。
鞠莉 「来たるべき時が来たら、伝えるわ」
果南 「来るべき時って……! いつなのさ!」
鞠莉 「それは……」 果南 「千歌のためでもあるんだ、これは。しっかり、考えておきなよ」
果南は足音をわざとらしく立てながら、理事長室を後にする。
鞠莉 「……来るべき時」
鞠莉 「それは、果南が決めることになる」
鞠莉 「きっと…………ね」
ーーーーーー
ーーーー
ーー ──それからも、私の戦いの日々は続いた。
千歌 『でやぁぁぁっ!!!!』
怪物 『キリリュュュュゥッ……』プシャーッ!
10体も倒す頃になると、体はすっかり戦いに慣れていた。新たなアマゾンの出現に、街の人達の熱気も以前より増していた。
曜 「千歌ちゃん!」
千歌 「曜ちゃん、大丈夫だった?」
曜 「うん。ありがとう、助けてくれて」 曜ちゃんはいつも心配してくれている。でも、戦いの方は順調だ。大きな怪我を負うことも無く、あれから1ヶ月が経とうとしている。曜ちゃんは、戦いを終えた私に抱きついた。
曜 「……うん、ちゃんと生きてる」
千歌 「曜……ちゃん?」
曜 「あれから、毎日考えるんだ。もし千歌ちゃんに何かあったら、って」
曜 「こうして、千歌ちゃんの温もりを感じてると、そんな不安も忘れる」
千歌 「曜ちゃん……」
曜ちゃんの熱が、全身に伝わる。私も曜ちゃんのことを抱きしめる。掌が曜ちゃんの背中に触れる。 腕に柔らかく当たる感触……曜ちゃんのほどよい肉付きが、こうして触れるとよく分かる。
曜 「ちょっと千歌ちゃん、くすぐったいよ」
夢中になって体を撫で回す。思わず、抱きしめる力が強くなっていく。こうすると、より感触が伝わるから。
曜 「千歌……ちゃん?」
千歌 「はぁっ…………はぁっ…………」
どうしてこんなにも惹かれるんだろう。
何故か、曜ちゃんのことを見る度、どうしようにもない衝動に駆られる。肌を密着させれば、それもより強くなる。
あぁ……柔らかい。
でも、しっかりとした筋肉の形。 触れていたい。いつまでも
……たい
この感触が、最近たまらなく好きだ
……べ……い
曜 「千歌ちゃん……? ぃ……たぃ…」
…………べたい……
ねぇ、もっと触らせててよ。
曜 「千歌ちゃん……!」
曜 「ねぇっ……千歌……ちゃ……!!!」 爪に暖かい液体が滲むのを感じる。
曜ちゃんの温もり
「…………か……!!! か……ち……!!」
千歌 「好き……っ……これっ……もっと……」
もっと、この感触を。味あわせて。
「千……か! ……ちゃ……!!」
もっと、もっともっともっともっともっと
────食べさせて
「バカ千歌ッッッ!!!!」
千歌 「…………ッ!!!?!??」 気がつくと、私は家にいた。息が荒くなっているのが、自分でもわかる。口の周りが、何故かベタつく。
千歌 「……あ、……れ? 私…………」
美渡 「聞いてるのかって、バカ千歌!!」
千歌 「み、美渡ねぇ!? なんで……」
だんだんと意識がはっきりしてくる。私は食卓にいた。腰には、ベルトが巻かれたままになっていた。
美渡 「なんだよその食べ方。さっきからずっと呼んでんのに気付かないし」
千歌 「食べ方……?」
目の前を見ると、自分の分であろうハンバーグが、まるで犬が食べたかのようにあらゆる方向から雑に食い散らかされていた。 そして口の周りには、デミグラスソースがベッタリとついていた。
箸には……なにもついていなかった。というより、使ったような痕跡がなかった。
千歌 「なにこれ……どうして……」
美渡 「どうしてって、あんたが息切らしながら『肉……肉……っ!』なんて言いながら帰ってくるから、お母さんが作ってくれたんだろ」
千歌 「私が……?」
美渡 「出来上がった途端箸も使わないで犬みたいに食い始めるし、どうしたんだよ」
全く覚えがなかった。それに私はさっきまで曜ちゃんと……。
美渡 「それに帰ってきた時、なんであんな血まみれだったんだ? 怪我したわけでもなさそうだったし」
千歌 「血……?」 その言葉を聞いて、だんだんと思い出してきた。曜ちゃんを抱きしめ、そのあと急に襲ってきたあの感覚。
凄まじい悪寒がした。
口も拭かないまま、曜ちゃんに電話をかける。電話に出た曜ちゃんは、明るく私の名前を呼んだ。
曜 『千歌ちゃん、どうしたの?』
千歌 「曜ちゃん! ……私、私っ!」
曜 『ちょ、ちょっと、本当にどうしたの?』
千歌 「私今日、怪物と戦って、曜ちゃんを助けて!! その後……私、何を……」 曜 『何をって、普通に帰っただけだけど』
千歌 「私、何か変なことしなかった!?」
曜 『……特には』
千歌 「本当に!?」
曜 『ほ、本当だって、本当。あっ、私お風呂入るところだったから切るね』
千歌 「あっ……うん。ごめん」
曜 『じゃあ、またあとで』
ツー、と電話の切れた音が鳴る。
曜ちゃんは何も無かったと言うが、時間が経てば経つほど、あの時の記憶が蘇る。曜ちゃんを強く抱き締めて、徐々に自分を忘れて、それで──
千歌 「あぁっ……! もうっ!!」 美渡 「わぁっ!? なんだよ、急に大声出して」
千歌 「……ちょっと、頭冷やしてくる」
勢いよく玄関の扉を開き、駆け出す。夜風に当たれば、少しは心も落ち着くだろうと思った。
ーーーーーー
ーーーー
ーー 曜 「何をって、普通に帰っただけだけど」
曜 「……特には」
曜 「ほ、本当だって、本当。あっ、私お風呂入るところだったから切るね」
曜 「じゃあ、またあとで」
電話を切り、目の前の人物へ向き直す。
鞠莉 「……千歌っちから?」
曜 「うん、意識戻ったみたい」
鞠莉 「そう……」 曜は、梨子と一緒に鞠莉の部屋に来ていた。
曜 「ねぇ。千歌ちゃん、本当にどうしちゃったの?」
梨子 「最近、特に様子がおかしくて」
鞠莉 「具体的には?」
曜は黙って服を脱ぎ、上半身をあらわにした。肩には、痛々しい噛み跡。そして所々に、爪がくい込んだ傷があり、血が滲んだ跡が残っていた。
曜 「……今日、千歌ちゃんに襲われた」
梨子 「…………。」 曜 「最近、一緒にいる時、たまに千歌ちゃんの意識がはっきりしない時があった」
鞠莉 「……もう分かったから、服を着て」
曜 「ねぇ鞠莉ちゃん、教えて。千歌ちゃん、どうしちゃったの?」
梨子 「アマゾンとして戦うようになってからなの! 千歌ちゃん、急に頭を抑えて苦しみ出すし、食事も、まるで獣みたいに……」
鞠莉 「…………千歌っち」
曜 「何か知ってるんでしょ!? 教えてよ、千歌ちゃんの体に、何が起きてるの!?」
鞠莉 「……私も、つい最近知ったことよ。果南もまだ知らないこと」 梨子 「何を?」
鞠莉 「…………もし」
鞠莉 「もし千歌っちが、“元々人間じゃない”って言ったら、あなた達は信じる?」
ーーーーーー
ーーーー
ーー 千歌 「はぁっ……はぁっ……」
走った。家の前の通りをひたすらに。
それでも、考えがまとまることは無かった。
思い出そうとしても、曜ちゃんに私が何をしたのか、全く思い出せない。だが、あの時の感覚は何となく覚えている。
あの時私を襲ったのは、“食欲”だ。
千歌 「うぅっ……うわぁぁぁっ!!!」
自分が怖い。最近、意識が薄らいでいくことが度々あった。その時のことを、私は覚えていない。私一人だけ、時間が飛ばされる感覚。その時私は、何をしているのだろう?
千歌 「はぁっ……はぁっ……ん?」 ふと、道の傍らに、頭を抱えてうずくまっている人を見つけた。苦しそうに呻き声を上げながら、体が細かく震えている。
千歌 「あの……大丈夫……ですか?」
男 「近づかないくれっ!!」
千歌 「えっ……?」
男 「あぁっ……肉っ……肉っ……」
千歌 「肉?」
男 「最近、自分を抑えられないんだ。人を見ると、食欲が……!」
千歌 「それって……」 男 「でも嫌だ……人を食べるなんて……」
男 「あぁ……肉が!! 肉がぁっ……!」
その言葉を聞いて、美渡ねぇに言われたことを思い出した。
美渡 『どうしてって、あんたが息切らしながら『肉……肉……っ!』なんて言いながら帰ってくるから……』
千歌 「私と……おんなじだ」
男 「離れてくれ! じゃないと俺は……俺はぁっ……!!」
男の人は突然立ち上がった。そして頭を抑え大声をあげながら、その人の体は瞬く間に煙に包まれた。
男 「あぁぁぁ"ぁぁぁ"ぁっ!!!!!!!」 千歌 「うぅっ……!?」
煙の中から現れたのは、クワガタのような見た目をした、人型の怪物だった。
千歌 「えっ……怪物……なんで!?」
怪物 『フシャァァァァッ!!!』
怪物は私に襲いかかる。そんな、さっきまで人間だったのに、どうして?
千歌 「うぅっ……! アマゾンッ!」
ベルトのハンドルを回し、変身する。
だがいつもみたいに戦えない。だって、彼は怪物じゃない、人間だった。
千歌 『お願い……目を覚まして!』 怪物 『フシャァァァァッ!!! シャァァァッ!』
千歌 『ぐぁっ……!』
果南 「何してんの千歌っ!」
千歌 『…! 果南ちゃん!』
果南 「アマゾン!!」
偶然居合わせた果南ちゃんも参戦する。果南ちゃんは容赦なく、いつものように怪物を攻撃する。
千歌 『だめ果南ちゃん! この人は怪物じゃない!!』
果南 『いいや、これは人間じゃない! 今までのと同じ、怪物だ!』 千歌 『人間じゃ、ない…?』
果南 『とぉりやぁぁぁぁっ!!!』
果南ちゃんが回し蹴りをすると、怪物の頭は180度回転し、そのままボトンと音を立てて落ちる。そしてその体は、ドロドロと溶けだし、いつもと同じように、赤い球体と番号の書かれたプレートを残して消えた。
千歌 「な、なんで……さっきまで、人間だったのに」
果南 「……千歌、何度も言うけど、これは人間じゃない」
千歌 「でもっ!」
果南 「姿形は人間でも、こいつらは怪物……アマゾン細胞で出来た、実験体なんだ!」 千歌 「アマゾン細胞……実験体……? 果南ちゃん、さっきから何を」
果南 「この機会に、知るべきだ。……千歌が今まで、何と戦っていたのか」
千歌 「えっ……」
そして果南ちゃんは、怪物の正体について、語り出した。
ーーーーーー
ーーーー
ーー 本日はここまでとさせていただきます
レス、大変励みになります。ありがとうございます
続きはまた明日の22時頃に投下します 乙
浦女の生徒まで実験の被害者なのか…
こりゃ真実知ったらキツイな このくらい淡白な地の文の方が読みやすいなSSだし
あ、今のはタンパクと淡白を… 梨子 「じゃあ……千歌ちゃんの体には」
曜 「アマゾン細胞が流れてるってこと?」
鞠莉からアマゾン細胞のこと、そして千歌の秘密を聞かされた2人は、驚き固まっていた。
鞠莉 「アマゾンに変身できるのは、アマゾン細胞を宿している人だけ。……ずっと疑問だった、何故千歌っちが変身できたのか」
曜 「果南ちゃんは自分からアマゾンに。そして、千歌ちゃんは……」
鞠莉 「……千歌っちが人喰いを始めたのは、アマゾンに変身したことで、アマゾン細胞が活性化したから」 梨子 「てことはこのままじゃ、千歌ちゃんまであの怪物みたいに!?」
鞠莉 「可能性は否定できない。千歌っちは、今までのケースに当てはまらない全くの例外なの」
鞠莉 「……悪いことは言わない。千歌から離れなさい」
梨子 「そんなっ!」
鞠莉 「2人のためなの! このままじゃ、いつ食べられてもおかしくない」
曜 「千歌ちゃん……」
曜は、千歌に襲われた時のことを思い出していた。
ーーーーーー
ーーーー
ーー 曜 「い……たぃ…よ、千歌……ちゃ……!」
千歌 「ふぅーっ……!! ふぅーっ!!」
千歌は、完全に理性を失っていた。
ただ本能のままに肉を求める。肩に噛み付いた千歌の歯が、徐々にくい込んでいく。
曜 「千歌……ちゃ…! お願い……やめ…て!」
曜 「千歌ちゃん!!!!」
千歌 「……ッ!!!?!??」
突然、ハッとしたように千歌は体を大きくのけぞらせ、曜の体から離れた。曜は咄嗟に自分の肩を抑え、流血を止めようとする。 曜 「はぁっ……千歌ちゃん、大丈夫……?」
千歌 「あっ…………あぁぁっ……!!! 食べ……た? 私が、曜……ちゃん……を!?」
曜 「私なら大丈夫! 大丈夫だから!」
千歌 「ふぅっ……はぁっ……うっ…うわぁぁぁぁぁっ!!!!!」
曜 「千歌ちゃん!!」
突如叫びを上げながら走り出した千歌は、夜の闇の中へと消えていった。
ーーーーーー
ーーーー
ーー 曜 「……私、それでも千歌ちゃんといる」
鞠莉 「曜!」
梨子 「私も同じ。曜ちゃんから、襲われた時の話を聞いた」
曜 「千歌ちゃんは、本当は食べたがってなかった。今一番苦しんでるのは、千歌ちゃんだ」
鞠莉 「でも、そんな葛藤も次第に……」
曜 「だからこそ、私たちがそばにいなくちゃいけない! ……支えが必要なんだ」
梨子 「それが出来るのは私たち。なら、ここで見捨てる訳にはいかないでしょ?」
鞠莉 「二人とも……」 鞠莉は諦めたかのように深く溜息をつき、2人にトランクケースを渡した。
曜 「これは……?」
鞠莉 「アマゾン細胞を破壊するガスよ。危なくなったら、これを千歌っちに」
梨子 「でも、こんなものをかけたら!」
鞠莉 「もしものときのため。まずは自分の身の安全を、第一に考えなさい」
曜 「……使わないよ、私」
鞠莉 「いいから持っておきなさい、これは命令よ」
梨子 「鞠莉ちゃん……」
鞠莉 「あなた達が自分で対策できないなら、私がこのガスで千歌っちを処分する」
曜 「ッ! ふざけるなっ!!」ガッ! 梨子 「曜ちゃん!!」
鞠莉 「そうしないために、あなた達が持っておきなさい。分かった?」
曜 「……っ!」
梨子 「行こう、曜ちゃん」
曜は鞠莉から手を離し、トランクケースを持って鞠莉の部屋をあとにしようとする。
鞠莉 「分かって曜。これが、人類の為なよ」
曜 「……千歌ちゃんだって、人間だよ」
バタンッ
ーーーーーー
ーーーー
ーー 千歌 「じゃあ……私は今まで、人を殺してたって言うの?」
果南 「だからあれは人じゃない。姿かたちは人でも、アマゾン細胞が作り上げた仮面に過ぎない」
千歌 「でもさっきの男の人、私見覚えがあった。海開きの時も、海岸にいた」
果南 「普段はそうやって、人間の生活に紛れ込んでるんだ」
千歌 「ちゃんと生きてた! 会話もしてた! それこそ、他の人間と、何も違わなかった!」
果南 「だけどアマゾンだ!!」
千歌 「っ……!」 果南 「ひとたび覚醒すれば、人としての理性を失い、怪物になって、人喰いを始める」
千歌 「そう、だけど……!」
果南 「私だって、もう自分のことは、人間じゃないと思ってる」
千歌 「そんな……!」
果南 「あいつらは人間じゃない。人間のフリをしているだけ」
果南 「だから、何も気に病むことは無い。今まで通り、戦えばいい」
千歌 「でもっ……私」 果南 「その覚悟がないなら、戦いから身を引くんだ。私一人でも、やれるから」
千歌 「果南ちゃん……」
千歌 「ねぇ、ひとつ気になるんだけど」
果南 「何?」
千歌 「果南ちゃんは、アマゾンに変身するために、アマゾン細胞を自分から注射したんだよね?」
果南 「うん、その通りだよ」
千歌 「じゃあ、なんで私は変身できるの? 実験体でも、注射をしたわけでもないのに」 果南 「それは……私にもわからない。鞠莉に聞いたけど、知らないの一点張りだった」
千歌 「私、最近変なの! 時々意識がなくなったり、頭痛が酷かったり……それに、それに……っ!!」
千歌 「私、曜ちゃんを……! 曜ちゃんを!!」
果南 「千歌……あんた、まさか」
千歌 「違う!! 食べてない、食べてない! 私は人を食べたりなんかしない!!」
千歌 「人を見て、美味しそうとか……! そんなこと思ってない……思ってないよ……」
果南 「千歌……」 千歌 「私は……私はぁぁぁぁぁああぁっ!!」
私はその場から逃げるように走り去った。
果南ちゃんは、追いかけてこなかった。
果南 「やっぱり、千歌の体には……」
果南 「どういうことなのさ、鞠莉……!」
ーーーーーー
ーーーー
ーー ──あれから1週間。
私は、戦わなくなっていた。
怪物の正体が、私たちと同じように生活していた人間だったと知り、戦う気力を失くしてしまった。
むつ 「千歌ー! ほら、新しいアマゾンの動画アップされたよ!」
机に伏していた私に、むっちゃんが携帯でアマゾンの最新動画を見せてくる。
千歌 「果南ちゃん……相変わらず……」
果南ちゃんの手によって、アマゾンは無残に切り刻まれ、その体を溶かしていく。
千歌 「人間だったのに……生きてたのに!!」
むつ 「ち、千歌……? どうしたの?」 千歌 「見せないでッ! こんなもの、見たくもない!! 見たくない!!」
いつき 「千歌!?」
曜 「ごめんね、千歌ちゃん最近アマゾンのこと好きじゃなくなったみたいでさ」
よしみ 「えっ、そうなの? あんなに好きだったのに」
梨子 「千歌ちゃん、行こ」
千歌 「うぅぅ……うぅ……っ!!」
曜 「果南ちゃんは、千歌ちゃんのことを思って話してくれたんだよ。ね?」
千歌 「あぁぁ……っ……あぁっ……!!」 梨子 「もう、千歌ちゃんは戦わなくていいの。果南ちゃんの戦いも、もう見ないようにすればいい」
千歌 「ごめん……なさい……ごめんなさいっ……!」
曜 「千歌ちゃん……」
千歌 「毎日夢に出てくる……! 私が殺した……アマゾン達が!」
梨子 「違う、千歌ちゃんは悪くない! 覚醒してしまった以上、倒すしかなかった!」
千歌 「でも……っ!! でも!!!」
鞠莉 「……千歌っち」 千歌 「鞠莉ちゃん……」
曜 「何か、用?」
鞠莉 「そんなに冷たくしないでよ。大事な話をしに来たのに」
梨子 「大事な話?」
鞠莉 「今夜、私の部屋に来て。果南も呼んである」
千歌 「何を……するの?」
鞠莉 「準備が整ったのよ。これで、全てが終わる」
曜 「終わる? 一体何が?」
鞠莉 「千歌っちと果南の戦いが、よ」
ーーーーーー
ーーーー
ーー その日の夜。言われた通り私達は、鞠莉ちゃんの部屋に来ていた。果南ちゃんは、先に到着して待っていた。
激しい雨が、窓を打ちつけている。
千歌 「戦いが終わるってどういうこと?」
鞠莉 「……前々から準備はしていた。そして今日、ついに整ったのよ!」
果南 「そっか、ついに完成したんだね」
梨子 「ねぇ、どういう事?」
鞠莉 「──アマゾン一斉駆除作戦」 千歌 「えっ……」
鞠莉 「通称“トラロック”。アマゾン細胞を破壊する薬を街中に撒くのよ」
曜 「何、それ……」
鞠莉 「その薬は、水と混ざることによって化学反応を起こし、アマゾン細胞を破壊するガスになる」
果南 「だから、今日みたいな大雨の日にする必要があったわけか」
鞠莉 「この作戦を発動すれば、たちまち街はガスで満たされ、アマゾンは一匹残らず死滅する」
梨子 「でもそんな強力なガス、人間にも影響が!」 鞠莉 「そこは心配nothing! 人には全く影響がないよう開発させたわ」
千歌 「なんで、私たちを呼んだの?」
鞠莉 「アマゾン細胞を破壊するガスを街に放つのよ? あなた達が街にいたままだと、二人とも死んじゃうもの」
果南 「…………待って」
鞠莉 「what?」
果南 「私が危ないことは分かる。でも千歌は? 千歌の体には、アマゾン細胞は流れてないはずだ」
梨子 「……。」
曜 「……。」 千歌 「そうだよ、なんで私まで避難させたの」
鞠莉 「……ここまで来たら、話すしかないね」
鞠莉 「千歌っち、あなたはアマゾン細胞を宿している。その体にね」
千歌 「…………えっ」
果南 「やっぱり……そうだったんだね」
千歌 「なんで……! 私は実験体でもない! アマゾン細胞を注射もしてない」
鞠莉 「それは……」
鞠莉ちゃんが言いかけたところで、部屋の中にブザーの音が鳴り響いた。 鞠莉 「……準備が出来たみたい。私の合図一つで、作戦はスタートする」
千歌 「っ! 待って!」
果南 「千歌?」
千歌 「……そのガスって、まだ覚醒してないアマゾンにも影響があるの?」
鞠莉 「もちろん。だから“一斉駆除作戦”なんじゃない」
千歌 「まだ……人間のままの人も?」
鞠莉 「果南から聞いたんじゃなかったの? あれは人間じゃないのよ」 千歌 「違う!! みんな生きてる。私たちと同じように!」
鞠莉 「今はそうでも、いつかは人喰いを始める」
千歌 「でも今はっ!!!」
果南 「千歌!!」
千歌 「果南……ちゃん?」
果南 「やるしかないんだよ。この計画が成功すれば、鞠莉は自由になれる」
千歌 「でも……っ」 果南 「危険因子は、さっさと潰しておくべきだ。違う?」
曜 「果南ちゃん……」
千歌 「……私ね、思ったの。さっきの話を聞いて」
鞠莉 「話?」
千歌 「私の中にアマゾン細胞があるって話。全部繋がった。最近理性を失いそうになることも」
千歌 「鞠莉ちゃんや果南ちゃんの考え方で言えば、私も人間じゃないんだよね」
梨子 「千歌ちゃん、それは……」
千歌 「でもね、これだけは言える。私はちゃんと生きてた」 千歌 「曜ちゃんや梨子ちゃんと同じように、考えて、悩んで。食べて、眠って」
千歌 「今、覚醒してないアマゾン達も、一緒だと思う。人間と同じように生きてる」
曜 「千歌ちゃん……」
千歌 「一週間前、私の目の前で覚醒した男の人が言ってたことが、ずっと焼き付いてる」
男 『最近、自分を抑えられないんだ。人を見ると、食欲が……!』
男 『でも嫌だ……人を食べるなんて……』
千歌 「あの人は、人間が好きだったんだよ。だから、食べたくないって悩んでた」 鞠莉 「……何が言いたいの」
千歌 「こんな作戦、やらせない。今を生きてるアマゾン達の未来を奪うなんて、させない」
果南 「千歌っ!!」
千歌 「アマゾンにだって、生きる権利はある! 勝手に作られて、勝手に殺されるなんて、そんなこと、許されるはずない!」
鞠莉 「……物わかりが悪いわね、千歌っち」
千歌 「それは鞠莉ちゃんの方だ!! 覚醒したアマゾンを倒さなきゃいけないのは分かる。でも、まだ覚醒してない人達は?」 曜 「……そうだよね、そこまでする必要は」
果南 「曜まで、何を!」
千歌 「……どうしても、作戦を決行するって言うなら」
私は鞠莉ちゃんを睨みつけながら、ベルトを腰に巻く。そして、ハンドルを力強く握りしめる。
千歌 「──私が止める」
果南 「千歌ッ!」
千歌 「ア"マ"ゾン"ッ!!!」
放たれた熱風が4人を襲う。
変身した私は、鞠莉ちゃんに飛かかる。 果南 「くそッ!! アマゾンッ!!」
鞠莉ちゃんに手が届く寸前で、同じく変身した果南ちゃんに止められる。そのまま、私は果南ちゃんに投げ飛ばされる。
千歌 『ぐうっ!!』
梨子 「千歌ちゃん!!」
果南 『……千歌とは、戦いたくなかった』
曜 「やめて、果南ちゃん!!」
果南 『これは鞠莉のためなんだ。鞠莉を自由にするためにッ!!』 果南ちゃんは私に飛びかかってくる。果南ちゃんの首をつかみ、応戦する。
容赦なく腕についた刃を腹部に当てられ、血のような黒い液体が吹き出る。
千歌 『ぐぅっ……!! あぁぁっ!!!』
空いていた右手を伸ばし、果南ちゃんの顔を殴り付ける。大きくよろけ、その隙にすかさずこちらも刃を首元に当てる。
梨子 「やめてっ、二人とも!!」
千歌 『アマゾンは……生きてるんだ! それを邪魔する権利は、人間にはないッ!』
果南 『アマゾンを駆逐するのは人間に課せられた責任だ! それを果たすことが世の中の、鞠莉のためなんだ!』
果南ちゃんからも首に刃を当てられる。
お互い同時に首をかっ切り、血が吹き出す。 曜 「千歌ちゃん!!」
果南 『はぁっ……! うぉぉぉおおぉ!!』
千歌 『はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
お互い飛びかかろうとした、その時。
プシュゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ!!!
千歌 『…………はぇ……っ?』
私の体が、白い煙に包まれた。
私の体は力なく崩れ落ち、所々から煙を吹き出し始め、変身が解ける。
千歌 「なん……で……っ」 微かに開けた視界の先には、鞠莉ちゃんがスプレー缶のようなものを自分に向けているのが見えた。
鞠莉 「……アマゾン細胞を破壊するガスよ。作戦にも使われる、ね」
曜 「ッ!! ふざけるなぁっ!!!」
曜ちゃんが鞠莉ちゃんを殴りつけた。
鞠莉ちゃんは大きくよろけ、窓に頭を打ち付ける。
梨子 「曜ちゃんっ!!」
果南 『鞠莉っ!』
鞠莉 「心配……ないわ。この程度の量なら、アマゾン細胞は自己修復できる。少しだけ、気を失うだけよ」 千歌 「そん……な……!」
鞠莉 「作戦を実行している間、少しだけ眠っててちょうだい、千歌っち」
千歌 「だめっ……やめ……てっ……!!」
視界がだんだん狭まっていく。
鞠莉ちゃんは携帯で誰かに連絡をした。窓の外で、ドローンのようなものが何十、何百と飛んでいくのが見える。
鞠莉 「あのドローンが、街中に薬を撒く。これで、全てが終わる」 千歌 「はぁっ……あぁ……っ……」
曜 「そんな……」
果南 「これでよかったんだよ、これで」
千歌 「違う……こんなの、間違……っ……て」
暗闇に視界が支配される。遠くで、曜ちゃんと梨子ちゃんが私の名前を呼び続けている。
大粒の涙が、頬を伝うのを感じたのを最後に、私の意識は完全に途切れた。
ーーーーーー
ーーーー
ーー 千歌 「──────っ!!」ガバッ!
目を覚ますと、部屋は曜ちゃんと梨子ちゃん、そして私の3人だけになっていた。
千歌 「………鞠莉ちゃんと果南ちゃんは?」
梨子 「鞠莉ちゃんはプレートの回収。果南ちゃんは、ガスが落ち着いたから、生き残りを駆除しに行くって……」
千歌 「生き残り……。ということは、作戦は」
曜 「うん、実行されちゃった。……鞠莉ちゃんの計画通りにね」
千歌 「そんなっ!!」
慌てて窓の外を見ると、街の至る所から白い煙が立ち上っていた。 曜 「あの白い煙が、死んだアマゾンから出てる煙なんだって」
千歌 「そんな……あんなに、沢山」
梨子 「千歌ちゃん……」
千歌 「こんなのって……ないよ! 酷すぎるよ!!」
曜 「うん、そうだよね……」
千歌 「今を楽しく生きてるアマゾンだって、きっと沢山いた! なのに突然こんな……!」
千歌 「うぅ……ぐぅっ……! あぁぁっ……あぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」 梨子 「……千歌ちゃん、もう帰ろう」
曜 「ここにいても辛いだけだよ。一緒に帰ろう」
千歌 「うぅっ……ごめん、なさい……! 何もしてあげられなくて!! ごめんなさいっ…!」
曜 「千歌ちゃん……」
ーーーーーー
ーーーー
ーー 梨子 「…………なに、これ」
梨子ちゃんと曜ちゃんは、私のことを心配して、家までついてきてくれた。
曜 「どう……なってるの、これ」
だけど、私たちを迎えたのは、あまりにも残酷な光景だった。
梨子 「ねぇ……っ! 千歌ちゃん、何これ!? どうなってるの!?」
千歌 「わかんない……わかんないよ……!」
全身から力が抜けていく。
目の前の現実を、頭が理解しようとしない。
──私たちの目の前にあったのは、外壁がボロボロに壊れ、屋根は崩れ落ち、家具や布団などが乱雑に外へと投げ出された、十千万旅館だった。
ーーーーーー
ーーーー
ーー 本日はここまでとさせていただきます
また明日の夜10時頃に、続きを投下します
よろしくお願いします ああ…
千歌ちゃんがアマゾン細胞持ってるということはそういうことか… 千歌 「アマゾンッ!!」
曜 「ま、待って千歌ちゃん!」
変身した私は、建物の屋根から屋根へと飛び移りながら、全速力で街を駆ける。
十千万旅館には、お父さんだけが残されていた。お父さんは、
父 『み、みんな虫みたいな怪物になって、どこかへ……!』
とだけ言い残し、意識を失ってしまった。
千歌 (美渡ねぇ、志満ねぇ……それにお母さん。どこへ行ったの? それに、“虫みたいな怪物になった”って) 千歌 『そんな……! そんなはずない! そんなこと、あっていいわけない!!!』
梨子 「千歌ちゃん、待って!!」
曜 「なんで……気付かなかったんだろう」
梨子 「曜ちゃん?」
曜 「鞠莉ちゃんに言われたこと、覚えてない? 千歌ちゃんがアマゾン細胞を宿してる理由」
梨子 「なんでってそれは……。っ!!」
曜 「くそっ! 分かってたはずなんだ、こうなるって! なんであの時、何がなんでも鞠莉ちゃんを止めなかったんだろう!」
梨子 「お願い……! みんな、無事でいて!」
ーーーーーー
ーーーー
ーー ──美渡ねぇは、海岸沿いの道の途中に倒れていた。体は所々が乾いた地面のようにボロボロに崩れ、その隙間から白い煙を吹き出していた。その体を、豪雨が容赦なく打ちつける。
美渡ねぇの前には、今まさにトドメを刺さんとする、アマゾンがいた。
果南ちゃんだ。
千歌 『やめろぉぉぉおおぉぉッ!!!!』
果南 『!? 千歌……っ!』
上空から飛びかかった私は、果南ちゃんの顔面を鉤爪で抉るように引っ掻く。
両方の複眼を繋ぐような傷跡がつき、果南ちゃんは絶叫しながら大きくよろめく。
美渡 「……ち…………か……?」
千歌 『うぉぁぁぁぁぁッッッ!!』 その隙を見逃さなかった。ベルトのハンドルを引き抜くと、ハンドルの先端が鞭のような形に姿を変えていく。
果南ちゃん目掛けて鞭を振る。赤黒い鞭はみるみるうちに果南ちゃんの体に巻き付き、締め上げていく。
果南 『うぎっぃっ……千歌っ……!!』
千歌 『はぁっ……はぁっ!! だぁぁぁぁぁっ!!!!』
大きく振りかぶり、果南ちゃんの体を宙へ投げ、そのままアスファルトに叩きつける。
果南 『だぁぁぁぁぁっ!!?!?』
果南ちゃんは全身から電磁波のようなものを発しながら崩れ落ちる。全身が赤黒い液体に包まれたかと思うと、白い煙を上げながら変身が解けた。
果南 「はぁっ……はぁっ……! いっ……」 美渡 「か、果南……ちゃん!?」
千歌 『美渡ねぇっ!!』
私も変身を解き、美渡ねぇに駆け寄り、体を抱き上げる。その体は、あまりにも軽かった。
美渡 「千歌……。ははっ、そっか。あんたらが、アマゾンだったんだ」
千歌 「美渡ねぇ! しっかりして!!」
美渡 「最近様子が変だと思ったら……。気付けないなんて、姉失格だな」
千歌 「そんなことない……っ! 美渡ねぇっ!」
美渡 「……ごめんな、千歌。私、アマゾンだったんだ」
口から血を流しながら、美渡ねぇは私たちがアマゾン細胞を持つ理由を、語りだした。
ーーーーーー
ーーーー
ーー 〜一週間前 鞠莉の部屋〜
鞠莉 「千歌っちのお母さんは、アマゾン細胞の最初の実験体だった」
梨子 「最初の、実験体?」
鞠莉 「25年前、まだアマゾン細胞を人型に成長させる技術がなかった時」
鞠莉 「まずはアマゾン細胞が人間に適応するかどうか実験するために、千歌っちのお母さんは体にアマゾン細胞を移植された」
曜 「そんな……!」
鞠莉 「でも、実験は失敗。移植した瞬間に暴走し、研究所を脱走。足取りも掴めなかった」
鞠莉 「彼女はこの街で暮らし、ひとりの人間として生活し始めた。結婚もして、幸せに暮らしていたわ」
鞠莉 「でも彼女は、千歌っちが中学生になるまで気付かなかった。……自分が産んだ子ども達にも、アマゾン細胞が宿っていることに」
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ーー 美渡 「私たちにアマゾン細胞が宿っていることに気付いた母さんは、私たちが覚醒しないために、料理に混ぜたりしながら、毎日少しずつ私たちに人肉を食わせた」
千歌 「だから、私……お母さんの料理にしか食欲が湧かなかったんだ」
美渡 「千歌……っ。母さんと志満ねぇは、まだ生きてる」
千歌 「……っ!」
美渡 「2人は、生き残ったアマゾン達を連れて、人里から離れたところに逃げてる。でもあんな状態じゃ、捕まるのも時間の問題だ」
千歌 「そんな……」
美渡 「あんたしかいないんだっ!! 生き残ったアマゾンを……母さんと志満ねぇを守れるのは、あんたしかいないっ!!」 千歌 「私が……?」
美渡 「……頼む。みんなを…………守って──」
千歌 「…………美渡ねぇ?」
美渡 「────。」
千歌 「ねぇ…………返事してよ、ねぇっ!!」
果南 「……っ!!」
千歌 「ねぇっ……! 美渡ねぇ!! あぁぁ……っ……あぁぁぁぁっ!!!! あぁぁぁっ!!」
果南 「…………これで、わかったでしょ千歌」
千歌 「……っ!!」 果南 「アマゾンは悲劇しか産まない。存在し続ける限り、負の連鎖は止まらない!」
千歌 「…………ちがう」
果南 「今しかないんだ!! 今アマゾンを殲滅すれば、もう誰も傷つかないッ!!!」
千歌 「違うッッッ!!!!」
果南 「…………千歌?」
千歌 「アマゾンが悲劇を産むんじゃない! 人間が勝手に、アマゾンの存在を悲劇にしているだけだっ!!!」
果南 「この分からず屋っ……!」
千歌 「果南ちゃんは、美渡ねぇと過ごした日々を忘れたの!? 人間が何もしなければ、みんな幸せなままだった!!」
果南 「それは……っ!」 曜 「千歌ちゃん!」
梨子 「よかった、いた!!」
私を見つけた曜ちゃんと梨子ちゃんが駆け寄って来る。
私は美渡ねぇの亡骸を抱え上げ、ゆっくりと立ち上がった。
曜 「嘘……そんな……!」
千歌 「……ごめん、曜ちゃん、梨子ちゃん」
梨子 「千歌ちゃん……?」
千歌 「私、行くよ。アマゾン達を守れるのは、私だけだから」
ゆっくりと、ベルトのハンドルを握る。
曜ちゃんが私の名前を叫びながら、駆け寄って来る。 完結してから最初から読もうと思ってるから、早く最後まで貼っちゃってくれ 千歌 「──────アマゾン」
激しい熱風が、3人の目をくらます。
その隙に私は、美渡ねぇの亡骸を抱きながら勢いよく飛び、3人の前から姿を消した。
曜 「…………千歌、ちゃん?」
果南 「……あの、バカッ!!」
曜 「千歌ちゃぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!」
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ーー ────あれから、数ヶ月。
私たちアマゾンは、人里離れた山奥に身を潜めながら生活していた。
母 「……千歌ちゃん、ご飯」
千歌 「うん、ありがとう」
千歌 「…………あなたの命、いただくね」
黒いドロドロに包まれた赤い球体を口に運ぶ。アマゾンの心臓だ。
母 「……少ないけど、我慢してね」 千歌 「いいの。これしか食べないって決めたのは、私だから」
母 「みんな、納得したことだから。気にしないでね」
千歌 「うん…………ありがとう」
私たちは、覚醒してしまったアマゾンの肉を食べて生活していた。
こうすれば、私たちアマゾンは人を襲うことなく、穏やかに暮らすことが出来る。
覚醒してしまったアマゾンは私が狩り、お母さんがそれを調理してアマゾン達に振る舞う。非人道的なように思われるかもしれないが、人間に危害を加えず生きるには、こうするしかなかった。
母 「……ねぇ、千歌ちゃん。たまには、みんなのところに戻ってあげたら?」 千歌 「ううん、いいの。これが私の決めたことだから」
母 「千歌ちゃん……」
千歌 「それに、私がいないうちにもし……」
その時、遠くの方でアマゾン達の叫びが聞こえた。
「うわぁぁぁぁぁっっ!!!!」
「また来た……“アイツ”がぁぁぁっ!!」
千歌 「……ほら、噂をすれば」
母 「……お願いね、千歌ちゃん」
千歌 「うん。じゃ、行ってくる」
残りの肉を一気に頬張り、声の聞こえた方へと駆け出す。そこには逃げ惑うアマゾン達。
そしてその先には、いつものように、鋭い眼光でこちらを睨む果南ちゃんが立っていた。 千歌 「もういい加減、諦めてよ。果南ちゃん」
果南 「何度返り討ちにあっても、私の意志は変わらない。アマゾンを、殲滅する」
千歌 「どうして、そこまで」
果南 「鞠莉のため……いや、違うか。もう私の目的は、変わりつつある」
千歌 「それって……どんな?」
果南 「……千歌には、関係ない」
そう言って果南ちゃんは、静かにベルトのハンドルを握る。それに合わせて私もハンドルを握り、構える。
千歌・果南 「「アマゾンッッッ!!!」」
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ーー 梨子 「……曜ちゃん」
放課後の教室。
机に伏している曜に、梨子が声をかける。
梨子 「……練習、行かないの?」
曜 「なんか、行く気起きなくて」
梨子 「一年生のみんなは、もう先に始めてるよ」
曜 「……もう、千歌ちゃんはいない。鞠莉ちゃんどころか、最近はダイヤさんも練習に来ないし」
梨子 「だからって、辞めるの? 千歌ちゃんが帰ってくる場所を残しておくって言ったのは曜ちゃんだよ」
曜 「……厳しいなぁ、梨子ちゃんは」
曜は体を起こし、大きく伸びをする。 梨子 「……後悔、してる?」
曜 「何を?」
梨子 「千歌ちゃんを止められなかったこと」
曜 「ううん、全然。だって、あれが千歌ちゃんの選択だから」
梨子 「…………そっか」
曜 「練習、行こっか」
梨子 「うん。みんな待ってるよ」
曜 「……みんな、か」
梨子 「そう……。“みんな”待ってる」
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ーー 果南 「ぐぅっ……! 今回も、派手にやられたなぁ……ははっ」
腹に空いた大きな傷を手で抑えながら、果南は海岸をヨロヨロと歩く。しかしついに力尽き、砂浜の上に大の字になって倒れる。
ダイヤ 「……果南さん」
果南 「ダイヤ……! どうしてここに」
ダイヤ 「その様子だと、またやられたみたいですね、千歌さんに」
果南 「もう一発喰らってたら、流石にやばかったよ。でも、命を奪うまでしないのが、千歌らしいというか」
静かな波の音だけが、二人の間に流れた静寂の中に響く。 ダイヤ 「……果南さん」
果南 「何さ」
ダイヤ 「アマゾンになったこと、後悔したことありますか?」
果南 「……ない、とは言えない。むしろ、最近は後悔ばかりだ」
ダイヤ 「そうですか……」
果南 「でもその度に、後悔しても無駄だなって思う」
ダイヤ 「どうして?」
果南 「あの時の私には、この選択肢しかなかった。自分を犠牲にしようとしてる鞠莉を、ただ見てるなんてできなかった」
ダイヤ 「…………。」
果南 「結局私は、意志を持ってるようで持ってない。敷かれたレールの上を歩いてることを、バレないようにしてるだけだ」
ダイヤ 「だから、千歌さんに勝てないと?」
果南 「……その通りだよ。多分私は一生、千歌には勝てない」
果南 「ねぇ、なんで今更そんなこと聞いたの?」 ダイヤ 「……そうですね。今後の参考、といったところでしょうか」
果南 「参考? ……一体何の?」
ダイヤ 「……果南さん。私は毎日が後悔の連続でした。戦い続ける果南さんの姿を見て、何も出来ない自分を責め続けていました」
果南 「ダイヤ?」
ダイヤ 「だからこそ、鞠莉さんを救える力を持つあなたが諦めるような素振りを見せるのが、憎くて仕方ありません」
そう言って、ダイヤはカバンからおもむろに何かを取り出し、静かに涙を流した。 ダイヤの手に握られていたのは、ベルトだった。果南や千歌のものとは違い、鋭い瞳が一つだけデザインされたそのベルトを、ダイヤは力を込めて腰に巻く。
果南 「ダイヤ……? なに、そのベルト……」
ダイヤ 「……もう果南さんでは成し遂げられないことを、この私がっ……!」
ダイヤの手には、注射器のような形をしたカートリッジが握られていた。それをベルトのスロットに差し込み、押し子を掌で力強く押し込む。
果南 「ダイヤ……? あんたっ!!」
ベルトにデザインされた瞳が黄色く光る。それと同時にダイヤの瞳も、黄色に輝く。 ────────────────────
ダイヤ 「──────アマゾン」
──────────────────── 放たれた熱風が瀕死の果南を襲い、果南の体は瞬く間に炎に包まれる。
果南 「うぁ……っ……! あぁぁぁぁっ!!」
炎に包まれる視界の先に、一体のアマゾンが立っていた。機械的で、真っ赤なスーツに身を包んだそのアマゾンは、果南を鋭い目付きで睨んでいた。
果南 「ダイヤ……ッ!! なんで……なんでっ! あぁぁぁぁっっ!!!!!」
ダイヤ 『……果南さん、あなたではもう』
────鞠莉さんを守れない。
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ーー パリィンッ!!!!
鞠莉 「っ!!?」
自分の部屋で一人黄昏ていた鞠莉は、突然鳴った大きな音に驚き振り向く。
棚の上にあった写真立てが、床に落ちているのが見えた。
鞠莉 「……どうして」
写真立てを拾い上げて目に飛び込んだのは、ダイヤ、果南と一緒に撮った写真だった。
スクールアイドルを結成して、初ライブの後に3人で撮った写真だ。
ガラスには亀裂が入り、まるで3人の間を裂くように割れていた。
何故か、とてつもない悪寒がした。
鞠莉 「…………果南?」 ーーーーーー
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ーーー
ーー
【SS】千歌 「生きるために何を喰らう」
完 これにて Season1 完結です。
次回はSeason2として
【SS】ダイヤ 「生きるために何を捨てる」
に続きます。
まだ正確な目処はたっていませんが、年内に投下できるようにしたいと思います。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。沢山のレス、大変励みになりました。
次回作も、よろしくお願いします ちなみに果南ちゃんと千歌ちゃんが使用していたのが『アマゾンズドライバー』
ダイヤちゃんが使用していたのが『ネオアマゾンズドライバー』です
ご存知ない方は是非一度検索してみてください。めちゃカッコイイです >>207
そもそもアマゾンつながりでアマプラで制作されてるから当然と言えば当然 もっとグロを‥ 読むだけで吐き気がするくらいのグロを‥ アマゾン=グロだぜよ >>210
結構オリジナルの展開も入れた形にしたのでどうかなーと思っていたので、そう言っていただけると嬉しいです。ありがとうございます
>>211
アマゾンズはストーリーの雰囲気が本当に好きだったので、今回はそれに重点を置いて書きました。過激なアクションもアマゾンズの魅力なので、Season2ではちゃんと書き込めるようにしたいです ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています