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善子「ヨハネの可愛い先輩」
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0001名無しで叶える物語(フンドシ)
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2018/04/30(月) 19:07:52.78ID:hWnnYc4C
 私の学校生活はそれなりに満ち足りていた。
 入学早々、自己紹介で少しだけ失敗したりもしたが、今では笑い話に出来るくらいにはなった。
 それくらい、スクールアイドルの活動は充実しているのだけれど、何か少しだけ、物足りなさも感じていた。
 その物足りなさの正体は自分でもわからなかった。


善子「あれ、梨子ちゃん?」

 放課後、今日は練習も休みで、なんとなく手持ち無沙汰になったので中庭に行くと、一つ上の先輩、梨子ちゃんがいた。
 エプロンを着け、手にはパレットを持って。どうやら絵を描いているようだ。

梨子「よっちゃん」

善子「へぇ、上手いものね」

 覗きこんだキャンパスには風景画が描かれていた。完成まで後2,3割といった所だろうか。
 その本格的な様は流石は元美術部だと思った。

梨子「そんなこと、ないよ。暇だったから描いているだけだし」

 梨子ちゃんは顔を赤らめて私の言葉を否定した。彼女はそうだ、どこか自分に自信が持てていない、引っ込み思案なところがある。
 私が言えた口ではないが、もう少し自分に自信を持って良いと思うのだけれど。

善子「あるわよ、そんなこと。ねぇ、少し見ていてもいい?」
0002名無しで叶える物語(フンドシ)
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2018/04/30(月) 19:08:53.19ID:hWnnYc4C
 他にやる事も無いため、私はなんとなく絵を描く所を見ていたいと思った。

 そう、最初は純粋に、絵に対する興味だった。

梨子「う、うん。別に、いいけど」

 やはり、他の人がいると集中できないのだろうか、どこか歯切れの悪い返事をされる。
 とはいえ、許可は貰ったのだ。遠慮なく見させてもらおう。
 心配しなくとも、無闇に話しかけたりはしないから。

善子「では遠慮なく」

 そう言って私は梨子ちゃんの少し後ろに腰を下ろした。

 それから、しばらく梨子ちゃんが絵を描く様子を眺めていた。
 初めの方は少し緊張していたような梨子ちゃんも、暫くする頃にはそれも解けたのか、思うが侭に手を動かしているように見えた。

 絵が描かれる過程を見るのは存外楽しく、梨子ちゃんが手を動かす毎に、キャンパスの中は少しずつ、完成度を高めていく。少し前の状態よりも確実に良くなっていくのがハッキリとわかる。
 思えばこうして人が絵を描く所を見るのは初めてだった。何時も見るのは完成品ばかりか、もしくはまっさらな白紙のどちらか。0か100しか知らない私にとって、こうして過程を眺める行為は、新鮮で中々に楽しめるものがあった。
0003名無しで叶える物語(フンドシ)
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2018/04/30(月) 19:09:21.57ID:hWnnYc4C
梨子「何も話さないの?」

 突然梨子ちゃんにそう言われ、ハッとした。そういえば、梨子ちゃんの絵を描く所を見始めてから、私は一言も発していなかった。自分でも気付かないくらい、私は夢中になっていたようだ。

善子「邪魔しちゃあ、悪いかと思って」

梨子「ふふ、そこまで気にしなくてもいいのに」

善子「実はちょっと見入っちゃっていたのよ。凄いものね、さすがは元美術部」

梨子「そ、そんな事ないって」

善子「いいえ、このヨハネを虜にするなんて、大したものよ。卓越している。冠絶する人材だわ。流石はヨハネのリトルデーモン!」

梨子「ちょっと、褒めすぎ! それにリトルデーモンになった覚えはありません」

善子「クックック……。ねぇ、また絵を描いている所を見せてもらっても良い?」

梨子「え? うん、別にいいけど」

善子「ありがとう、リリー」

梨子「り、リリー? 私の事なの?」

善子「素敵な名前でしょう?」

梨子「うーん……」


 こうして、私と梨子ちゃん改めリリーの二人の時間は始まった。
0004名無しで叶える物語(フンドシ)
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2018/04/30(月) 19:12:00.69ID:hWnnYc4C
 私の目的が絵からリリーに変わり始めるのにそう時間はかからなかった。

善子「リリー、チョコ食べる?」

梨子「今ちょっと手が」

善子「じゃあ、はいあーん」

梨子「ん」

梨子「美味しい」

善子「でしょう? ヨハネイチオシのチョコレートなんだから」

 最初は絵を描いている所を見せてもらう以外にも、二人でいる時間が増えた。
 リリーといる時間は落ち着く。リリーは私を甘えさせてくれるし、リリーも私といる時は楽しそうにしていると、少なくとも私にはそう見えた。
 私はリリーとの時間が好きだった。
 なんとなくずっとこんな時間が続くと思っていたが、ある日変化が訪れた。
0005名無しで叶える物語(フンドシ)
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2018/04/30(月) 19:12:38.14ID:hWnnYc4C
梨子「あの、よっちゃん。急にこんな事言われて、迷惑かもしれないし、駄目だとはわかっているんだけど」

 いつものように二人で過ごしていると、突然リリーが真剣な面持ちで話し始めた。

梨子「私、よっちゃんの事が好きなの」

善子「え、リリー」

梨子「女の子同士だし、よっちゃんにその気は無いのはわかっているけど」

善子「……」

梨子「どうにかなりたいっていう訳じゃあないの。ただ伝えたくて……。ごめんなさい」

 リリーの目には僅かに涙が浮かんでいるように見えた。余程真剣に悩んだ末の告白なのだろう。
 正直、私にそっちの気は全く無かったし、リリーの事はリトルデーモンとして――仲のいい友達として――好きではあったが、そういう、所謂女の子として、という目で見たことは無いはずだった。
 “はず”というのは、つまり、今私の目の前で、顔を赤らめながら必死に告白をしているリリーを見ていたら、断るのももったいないと思ってしまったのも事実だった。
0006名無しで叶える物語(フンドシ)
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2018/04/30(月) 19:14:01.59ID:hWnnYc4C
善子「謝る必要などないわ、リリー。神でさえ嫉妬するこの堕天使ヨハネの美貌。リリーが惹かれるのも無理は無い」

梨子「えっ、あー、うん」

善子「ククク、禁忌の恋、それこそ堕天使たるヨハネに相応しい。そう、そろそろ下界の男共には飽きてきたところ。同性を喰らうというのも面白い!」

 本当は飽きるどころか、実は会話すら殆どした事ないのだけれど。こう言っておけば格好がつくだろう。

梨子「よっちゃん、私、真剣なんだよ? あまり、茶化さないで――」

 リリーが言い切るよりも前に、その唇を塞ごうと、私は自らの唇をリリーの口許へと運んだ。

梨子「痛っ!」

善子「うぐっ」

 しかし、私の思い描いた図とは裏腹に、唇は唇を捉えられず、代わりに私の前歯がリリーの前歯にヒットする形となった。

 慣れない事はするものではない。漫画やアニメでよくある、カッコいいシーンを真似したつもりだったが果たしてそれは失敗に終わった。
 私は口許を押さえながら、恐る恐るリリーの様子を伺うと、リリーも突然の事に驚いたのか、涙目になりながらこちらを睨んでいた。
0008名無しで叶える物語(フンドシ)
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2018/04/30(月) 19:14:42.17ID:hWnnYc4C
梨子「何するの〜!?」

善子「い、今のは間違いよ! リリー、目を瞑って!」

梨子「え? う、うん」

 記念すべき、我が初キッスが、このような不恰好なものであってはならない。
 私は今度こそ、基本に忠実に、シンプルな形でファーストキスをやり直そうと、リリーに目を瞑ってもらった。

 これが本当のファーストキス。誰に繕うわけでもないが、心の中でそう呟いた。
 そして私はリリーに悟られぬよう、小さく深呼吸をした後、少しだけ背伸びをして、烙印を押すようにその唇を重ねた。

善子「ど、どう? こ、恋人の、契約の、キスよ!」

 初めてのキスはそんな感じだった。私も格好つけてはみたものの、初めてのことで緊張したし、恥ずかしかった。顔の赤さは誤魔化せまいと思ったが、された方のリリーは今までに見たことが無いくらい顔を赤くしていた。
 私はそれを見て、素直に可愛い、と思ってしまった。
0009名無しで叶える物語(神都グランドカナン)
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2018/04/30(月) 19:15:43.82ID:uevJtCT0
支援
0010名無しで叶える物語(フンドシ)
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2018/04/30(月) 19:16:17.13ID:hWnnYc4C
梨子「本当に、いいの?」

善子「いいのよ!」

梨子「ふえぇ」

善子「な、何泣いているのよ!」

梨子「だって、嬉しくて」

善子「全く……」

 誰かにここまで想われるというのは悪い気がしない。それが女の子同士でも、今のリリーを見ていると決して半端な気持ちではないとわかるから。
 私は"面白そうだから"なんて理由でリリーの気持ちに答えたけれど、リリーの事を好きな気持ちに間違いない。
 その好きの気持ちが私とリリーで違うのかもしれないけれど。
 私がリリーを可愛いと思った事と、そして、リリーがそうなのか、女の子は皆そうなのかわからないけど、リリーの唇が、マシュマロみたいに柔らかくて、癖になりそうだと思った事も、また間違いなかった。
0011名無しで叶える物語(フンドシ)
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2018/04/30(月) 19:21:54.14ID:hWnnYc4C
 恋人同士になったといっても、私とリリーは特に変わることは無かった。二人で遊びに行ったり、絵を描いたりして、のんびりと過ごす。
 お互いの家に泊まりに行く頻度は増えたけれど、まだ一線は越えていない。
 ただ、変わったことも少なからずある。
 そう、例えば。

善子「リリー」

梨子「んっ」

 私とリリーは頻繁にキスをするようになっていた。
 リリーの可愛いところはたくさんあるが、キスするときのリリーは特に可愛い。
 キスする前に、未だに顔を赤らめて恥ずかしそうにする姿も、キスした後に嬉しそうに笑う姿も、私は好きだった。
 艷やかな柔らかい唇にも、私は夢中になった。

 しかしリリーは恥ずかしがりやなので、未だにキスをするときは私からしている。いつかはリリーからして欲しいけど、それにはまだまだ時間がかかりそう。

 私は思ったよりも、リリーに夢中になっていたらしい。
0013名無しで叶える物語(フンドシ)
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2018/04/30(月) 19:24:22.03ID:hWnnYc4C
 そんな日々にも転機は訪れる。
 なにせ、私もリリーも女の子同士。
 こうした恋人の日々に思うことがないわけでもない。

モブ子「でさ、やっぱり、この学校にもあるらしいよ」

モブ美「へー。いくら女子高だからって、それはないよねぇ」

モブ恵「男子いないから、仕方が無いんじゃない? そんなの、本当の恋愛じゃないと思うけど」

モブ子「遊びじゃない? 一時の気の迷いっていうか」

 なんて、クラスメイトの会話が聞こえてきた。
 女子同士、なんて受入れられないのはわかっていたけど。でも、本当の恋愛じゃあないなんて言われるのは心外だ。私とリリーは本気なのに。
 こんな言葉無視していればよかったのに、気にしなければよかったのに、その時の私はどうしようもなく不安になってしまった。
 「本当の恋愛じゃないと思うけど」という、クラスメイトの言葉が深く胸に突き刺さったまま、私はリリーに会いたくて堪らなくなった。リリーはこの恋についてどう思っているのだろうか、そんな事がどうしても気になってしまった。

 私とリリーは、本気だよね。遊びなんかじゃあ、ないよね?
0014名無しで叶える物語(フンドシ)
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2018/04/30(月) 19:25:11.96ID:hWnnYc4C
善子「ねぇ、リリー。私が、男の子を好きになったから別れて、って言ったら、どうする?」

 わかっている。こんな馬鹿なこと、聞くものじゃあない事くらい。
 でも私は不安で、リリーに引き止められたくて、「つまらない冗談はやめて」って笑って流して欲しくて、「冗談でもそんな事を言わないで」なんて怒ってほしくて、聞いてしまった。

梨子「え……」

梨子「うん……仕方ないよね」

 だから、そんな諦めたように笑わないでよ。

 その先は聞きたくない。

梨子「別れようか」

 それを聴いた瞬間、私は反射的にリリーの前から駆け出していた。

 結局、私だけが勝手に本気になっていただけ。馬鹿みたいだ。
 始まりは軽い気持ちだったのに、知らないうちに熱くなって。でも、それは私だけだったみたい。リリーはあの時、真剣だって言ってくれたのに。
 そうだ、最初はリリーのほうが私を好きだったはずなのに。いつの間にか、私のほうがこんなにリリーを好きになっていたんだ。
0015名無しで叶える物語(フンドシ)
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2018/04/30(月) 19:30:21.21ID:hWnnYc4C
 そんな事を考えていると、涙が出そうになってきた。
 いっそ大雨でも降ってくれれば思い切って泣けるのに、こんなときに限って私の不幸体質はなりを潜め、空は私の心とは裏腹に爽やかな青さが広がっているだけだった。

 学校を飛び出してからしばらくして、頭も冷えると私は完全に時間を持て余すこととなった。
 バスまではまだあるし、この田舎ではどこかで時間を潰すのも難しい。

 どうしたものかと立ち尽くしていると、後ろからよく知った声が聞こえてきた。一番よく知る、一番聞きたかった声。

梨子「よっちゃん!」

善子「リリー……?」

 振り向くと、そのままリリーは私の許に飛び込んできて、抱きしめられた。

梨子「ごめん、よっちゃん、ごめん……私、やっぱり別れたくない。男の子によっちゃんを取られるなんて、我慢できないよ」

梨子「私の一方的な思いで、よっちゃんを縛り付けておくのはよくないって思ったから、よっちゃんがもし別れを切り出してきたら、きっぱり諦めようと思っていたんだ」

梨子「でも、ダメだったみたい。よっちゃんと離れたくない」

 私の一番聞きたかった言葉を、時間差でかけられるなんて。まるで図ったかのようなタイミングに、私は全てリリーの思惑通りなのではという気さえしてくる。それほどまでに、私はリリーに対して一喜一憂している。
0016名無しで叶える物語(フンドシ)
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2018/04/30(月) 19:31:51.55ID:hWnnYc4C
 けど、もうそんな事はどうでもいいくらい、今はリリーの言葉が嬉しかった。

善子「馬鹿ね、一方的なわけないじゃない」

梨子「だからよっちゃん、別れるなんて、言わないで!」

善子「そもそも、私は別れるなんて言ってないわよ?」

梨子「え、でも」

善子「”別れて、って言ったらどうする?”って聞いてみただけよ? むしろ、私がリリーに別れようって言われたのよ」

梨子「え?」

梨子「ええー!? ま、待ってよっちゃん、あれは、その、ヒドイよ!」

 これはせめてもの仕返し。
 私はわざと悪戯っぽく、大袈裟に落ち込んだフリをした。

善子「あー、リリーにフラれちゃったなぁ」

梨子「待って! 取り消し! あの言葉は取り消すから!」

善子「うーん。じゃあさ」

 私は少し考えた後、一つ、まだリリーにしてもらっていない事があるのを思い出した。今が、絶好のチャンスではないだろうか。
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2018/04/30(月) 19:43:45.44ID:hWnnYc4C
善子「リリーからキス、して」

梨子「えっ!? うん、わかった……」


梨子「いくね? よっちゃん」

 私はいつもリリーがそうしているように、目を瞑ってリリーを待った。
 私からするのは慣れているのに、される側ではまた違った緊張感がある。
 そういえば、ここは往来の真ん中だ。こんなところで、私達は何をやっているのだろう。なんて、変に冷静になった思考は、唇に当たったよく知る感触によって再び遮られた。
 

梨子「ど、どうだった……?」

善子「クククッ、ここに再び契約は交わされた! これよりリリーは我がパートナーとして、一生我に付き従うのよ!」

 リリーは不安げにキスの感想を求めてくるが、私は口許に手を当てて大袈裟な演技で返すしか出来なかった。

 この、緩みきった頬が元に戻るまで、口許の手はどけれそうにない。

オワリ
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