曜「でも、ひいてて楽しくないんだ」

梨子「気が乗らないって言った方がいいのかな。相性が悪いのかも」

曜「相性」

梨子ちゃんは穏健そうに見えて意外と好き嫌いがはっきりしているタイプだ。
しいたけを蛇蝎の如く嫌っていた時期や、プレリュードの溺愛ぶりを見るにそれは明らかだろう。

梨子「プロのピアニストならコンディションも相性も関係なしに、いつだってノリノリでひけるんだと思うの。結局は私が未熟ってこと」

曜「それはしょうがないんじゃない?プロじゃないんだし」

梨子「そうね」

でも、と彼女は続ける。

梨子「それでも私はプロになりたい。子供の頃から憧れだったプロのピアニストに」

いつになく真剣な目をしている。空気に気圧される。

曜「プロってことは……卒業したらどうするの?」

梨子「内浦からは離れることになるわね」

あっさりと言いのける。

梨子「ねえ、曜ちゃん」

曜「なに?」

梨子「恋敵が消えて、嬉しい?」


静寂の音が音楽室に響く。