理亞「冬の夜更けに?」聖良「はい。怪談話、です」
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聖良「……」カリカリ
聖良「……」カリカリ カリカリ
聖良「……」
カラン
聖良「……ふう。今日はこれくらいにしておきましょうか」
聖良「終わりがないのが勉強とはいえ……これだけ量をこなすのは流石に疲れますね」
聖良「まあ、今までスクールアイドルに専念していたツケと思えば」
聖良「たったこれだけで済んでいるのは有難いことでしょうか」 聖良(……最後の大会。私たちは決勝へ進むことすら出来なかった)
聖良(それが悔しくないと言えば嘘にはなりますけど……でも)
聖良(Aquorsの皆さんに――そして、理亞に後押しされて吹っ切れたというか)
聖良(それで一種の区切りが着いたのは確かです、ね)
聖良(特に理亞が、皆さんの助けがあったとはいえあそこまで自立、成長していたのは)
聖良(……喜ばしいことではありますけれど。同時に寂しくもあり、でしょうか)
聖良(ふふ、我ながららしくないことを考えるものですね) パタパタ... ガチャ
理亞「姉様」
聖良「? 理亞、まだ起きていたの」
聖良「スクールアイドルは身体が資本なんですから、夜更かしはよくないですよ」
理亞「ごめん、姉様。でも、何だか今日は寝付けなくて」
聖良「……ふぅ、仕方ないですね。では、理亞さえ良ければ少し話でもしませんか」
理亞「本当!? ……あ、でも姉様の、受験勉強の邪魔に」
聖良「今、区切りが着いた所ですから。気にしなくても大丈夫」
理亞「そう……良かった」パァァ
聖良(……この笑顔を見ていると、さっきの自問が馬鹿らしくなってきますね) 理亞「ねえ、姉様」
聖良「どうしました、理亞」
理亞「私、また姉様の怪談話が聞きたい」
聖良「怪談話……ですか」
理亞「うん。昔寝る前に色々と話してくれた、ああいう話が良い」
聖良「……でもあの時は、理亞が震えあがってしまって眠るどころじゃなかった気が」
理亞「……それは忘れて」 聖良「しかし……ふむ、怪談話」
理亞「ダメ? 姉さま」
聖良「そういうわけではありませんが……あまり手持ちの話もありませんよ?」
聖良「あの頃から話のストックががそれほど増えているわけでもないですし」
聖良「まあ、気分転換程度にはなるでしょうけど……それでも良い、理亞?」
理亞「勿論! だって姉様の怪談話、好きだもの」
聖良「……そう言われてしまっては敵いませんね」
聖良「では、始めましょうか。久しぶりの怪談話を」 第一夜 『小さいおじさん』
……さて、最初は軽い話から行きましょうか。私の方も、昔の感じを取り戻したいですし。
理亞は『小さいおじさん』って知っている?
そう。よくテレビで芸能人の人たちが見た、っていっているのを聞きますよね。
大きさはまちまちですが、大体手のひらに乗るくらいで。
ある時はこちらに声をかけてきたり、またある時は犬や猫に追いかけられていたり。
目撃談も全国各地で、そうそう、海外でも見たという噂があるみたいですよ。
一説によると、ホビットや妖精に由来するものじゃあないか……なんて噂があるみたいですが。
まあ、真相は依然、闇の中でしょうね。 どうして今この話をしたか……ですか?
それはですね、ここ函館でも『小さなおじさん』の目撃情報があるんです。
とは言っても、世間一般の『小さなおじさん』とは大分存在がかけ離れているようでして。
小学生くらいの大きさで、現れてもこちらに何をするでもない。
ただ通りを一人で歩いているだけ……そんな「幽霊」なんだそうです。
……不思議ですよね?
それくらいの身長の人なら普通に生きていてもおかしくはない。
私もそこが気になって。「出る」と噂の場所を探して、試しに行ってみたんです。 言うでしょう? 百聞は一見に如かず、って。
何事も、自分の目で確認できることは確認しておきたいですからね。
目撃談を集めるのは、そう難しいことではありませんでした。
同級生や、近隣の学校のスクールアイドルの皆さんに何人か見た人がいたもので。
そういった情報から……どうやら出るのは、函館駅の近くらしい、と。
ええ。意外と人の往来の多い所に出るものだと思いました。
それもあって、半信半疑でその場所へと向かってみたんです。 ……会えたかどうか、ですか?
はい。それはもう呆気なく。
あまりに簡単に遭遇できたものですから、少し気落ちしたくらいです。
やはり噂は噂でしかなくて、普通の人がその話の種として弄ばれただけなんだと。
そう思い、早々に踵を返そうとしたのですが……ふと、あることが気になったんです。
『ズルリ。 ゴギッ。』
遠くからこちらに近付いてくる彼に合わせて、音が鳴っていることに。 それが彼の足音だと気付くのには、そう時間はかかりませんでした。
『ズルリ、ゴキキ。』
彼の動きに合わせるかのように、音は聞こえてきましたからね。
いえ、しかし。何かを引き摺っているような、あるいは杖でもついているような。
そんな音が、果たして普通に歩いていて起こるでしょうか。
『ズルリ、コキッ。』
そんな疑問もまた、彼とすれ違う時には氷解したのです。 ……彼の足元。
そこにあるべき足がなかった。
いえ、これだと少々語弊がありますね。
正確に言うなら、彼の膝から下が無かったのです。
背が小さく見えていたのも、きっとそのせいでしょう。
……どうして、そんな状態になっているのか。それは私にも分かりません。
事故にしろ事件にしろ、「足を喪った男性が死亡」……なんて話はとんと聞きませんし。
手掛かりがない以上、私には断定しようがありませんから。 ……あるいは。
もしかしたら、彼は……てけてけが変じた姿なのかもしれませんね。
ほら、だって話の大枠は似ているじゃないですか?
『人の多いところに出る』『足を欠損した』『北海道特有の怪異』
これだけ類似点があるのですから、話が習合してしまったとしてもおかしくはありません。
……元は彼は、ただの塵芥に過ぎない、そんな霊の一体だった。
そこに、てけてけの話と要素が足された結果。
今も彼は、砕けた膝を引き摺り続けているのでしょう。
……なまじ強い『てけてけ』の知名度に引っ張られて、消えることすら許されずに。 ……これでこの話は終わり、です。
どうですか? 昔の調子は取り戻せていたでしょうか?
第一夜 『小さいおじさん』 終 第二話 『足跡』
さて、今日の話は……そうですね、怪談、怪談と。
それでは、こんな話にしましょう。
函館に住んでいる以上、雪というのはどうしても生活に関わってきます。
雪かきや雪下ろしを怠れば、住宅や屋根は潰される。
吹雪くことは勿論ありますし、副次的な路面の凍結だって洒落にならない。
しかし、雪が危険で、厄介なだけの存在かと言われれば、必ずしもそうではありません。
雪像やかまくら、それに幻想的な雪の結晶。色々な形で、見る人を楽しませてくれます。
……もちろん、理亞は言うまでもなく、分かっていますよね。 かくいう私も、一面に雪の積もった光景を見ると少し心が弾みます。
誰も足を踏み入れていない、ひたすらに真っ白な大地。
そこを踏みしめ、自分の足跡だけが残っていく……その瞬間が好きなんです。
……おっと、話が逸れましたか。
今から話すのは、そんな風に新雪の積もった、ある冬の朝の話です。 もう三、四年前になりますか。理亞が風邪をひいた日に、雪が積もったことがあったでしょう。
その次の日、熱も引かないのにランニングに理亞がついて来ようとして。
そうそう、あの時は不思議とぐずって最後は半泣きにまで……ふふ、ごめんなさい。
ともかく、そうして一人でランニングをすることになった日がありました。
冷たく澄んだ空気に、朝日に反射してきらきらと輝く氷の粒。
そして何より、早朝まで降っていたのか轍すらない雪の道。
普段通り……いえ、普段以上に張り切っていたのを覚えています。 コンクリートに比べれば些か走り辛いけれど、雪の上は慣れたものですし。
先程も言いましたが、新雪に足を踏み入れるのは気持ちが良い。
そうしてしばらく走っていましたが……丁度折り返して家に戻ろうと思った頃でしょうか。
道路の上に一人分の足跡があることに目が行きました。
どうも気が付きませんでしたが、私より先に雪の上を歩いていた子供がいたようで。
……ええ、足跡がとても小さなものでしたから。
それで、小さい子が朝早くから散歩でもしていたのだと思ったんですよ。 小さな足跡は点々と、私が来たのとは反対に伸びていて。
つい何とはなしに、その足跡を追いかけてみることにしたんです。
物珍しさと言うのも、もしかしたらあったかもしれません。
そうして道なりに……200mほど歩いたくらいでしょうか。
真正面に塀がくる形で、丁字路に差し掛かったんですが……
その丁字路の分かれ道の、両方。左右どちらの道にも足跡は続いていました。
まるで鏡に写したかと見紛うほどに、綺麗に二手に分かれていたんです。 左右一方なら、当たり前。正面の塀に伸びているなら、まだ分からなくもない。
多少身軽であったなら、塀を乗り越えられる可能性も否定できませんし。
ですが、左右両方の道に進む足跡があるのはどう見てもおかしい。
……そういうイタズラ? それは私も考えました。
いつか読んだ本の受け売りですが……バックトラック、と言うんでしたっけ。
進んで来た足跡をそのまま同じように踏んで戻る、という技能があるらしいです。
だからこれも……子供がするとは考えにくいですが。そうやって作ったのではないか、と。 試しに、左側の足跡を追ってみると……その先もまた丁字路だったんですが。
そこでも足跡は二つに分かれていました。さっきと同じ様相で。
その先も、またその先も。道の数だけ、足跡が分かれて増えていく。
最初の丁字路に戻って、右の足跡に切り替えても……こちらも結果は同じ。
次の三叉路も、その先に広がる十字路にも。逆にある分かれ道にも。
……もはや子供の仕業では説明できない。範疇を超えている。
早朝、雪が積もってから時間はそう経っていないというのに。
たったそれだけの時間で、これだけの足跡をズレなく用意するなど出来るはずがないのです。 奇妙、いえ、恐怖。とにかくその場にもういたくなかった。
恥ずかしいですが、脇目も振らずに家へと帰りましたよ。
……ええ。あの時息がいつもより上がっていたのは、そういうわけ。
あれは……結局、なんだったんでしょうね。
バックトラックと同じように、何かから逃げるための陽動として用いていたのなら。
いえ、それにしたって用意周到すぎます。
それならば……むしろ、逆だったのではないでしょうか。
何かから逃げるのではなく、何かを捕らえる。
好奇の目で近付いた獲物を、誘うための罠だとしたら―― ……いえ、この話はここで終わりにしておきましょう。
あれ以来――また理亞と二人で朝練をする様になってからは、一度も遭遇していませんし。
変に邪推するより……謎は謎のままであった方が。
やっぱり綺麗だと思いませんか?
第二話 『足跡』 終 第三夜 『シグマ』
小さいころ、どこかに行くことを禁止されたことはありますよね?
……まあ、無い人の方が珍しいと思いますけど。
大抵そういった禁則地にされる場所は、近所の沼や淵、山が中心でしょう。
もしくは廃墟など……要は、人の手が入り辛い所が多いですね。
そして当然、立ち入りを禁じている以上。そういう所には様々な危険が潜んでいる。
だから事前に注意を施して、子供が近づかないようにしているんでしょう。建前上は。 ええ、そうです。
禁則地になる場所には、危険以外の理由が付き纏っていることも多いんです。
それも、往々にして私たちに見せたくないものが混じっていることが。
私の友人……そうですね、Cとしましょうか。
Cもそのような禁則地を知っていた一人と言えるでしょう。
彼女はここより北にある、小さな村の出身だったのですが……
事のあるごとに、祖母からこう言い付けられて育ったそうです。
『北の山はね、深くまで入っちゃだめだ。シグマに食われちまうから』 ここでいうシグマ……とは、Cは祖母から教わることはなかった様ですが。
イントネーションから、どうやらヒグマのことらしいと思っていたようです。
ヒグマという字は、漢字にすると「羆」と書きますよね?
ですから「四」と「熊」が組み合わさって、「シグマ」……それがきっと古い読み方だと。
それで祖母はその読み方を使っているのだと、Cは理解していたみたいです。
……ヒグマが出るだけなら、ただの注意で終わるんですが、ね。 Cが中学に入った頃。彼女の友人たちがその北山の奥を探検しようと言い出しました。
『北山にあるヨドコボシの下にはお宝が埋まってるらしい』
ヨドコボシ。これも村特有の呼び方らしいのですが……彼女もこの時初めて聞いた名前だそうで。
言いだしっぺの友人が言うには、北山にしか生えない茸の一種だと。
そして、どうやらその根元に宝があるという噂を聞き付けたようです。
噂はいつの時代も話の種。まして反抗期なら、言い付けに逆らいたくもなるもの。
『うちも親がそう話をしているのを聞いた』
『大人たちも時々北の山に深入りしているし、私らも行ってみないか』
……そんな友人たちの誘いに、Cが乗るのも仕方なかったのかもしれません。 探検当日。北の山の中を、Cと友人はずんずんと歩いて行きました。
奥へ奥へ、周囲の気配を警戒しつつ、ヨドコボシが無いかを探して。
そしてすっかり頂上近くまで着いた所で……友人の一人が声を上げました。
『ヨドコボシだ!』
彼女の指の先にあったのは……片手程もある大きな、毒々しい色の茸。
その群れが、斜面の下にぽつり、ぽつりと広がっていたのです。 ……はしゃぐ友人たちを尻目に、Cはその茸の異様さに身がすくんでいました。
だからこそ、斜面を下って地面に目を凝らす友人たちに一足遅れ。
そして気付いたのでしょう。
斜面の上の地面……森の中、一本の木の、その根っこのあたり。
そこに、同じ茸が生えているのにも。
ええ、そして。食べてはいけないと一目でわかるその茸。
その傘に――齧られた跡があったのにも。 あまりにも、遅すぎました。
Cを心配して友人たちが戻って来たその瞬間に。
ふらりと……森の奥から現れた、異形のヒグマ。
異様なほど痩せこけ、目は虚ろにくぼんでいて。
絶え間なく口から漏れ出しているのは、ふうふうという荒い息。
不気味なほど逆立っている毛並みは、ところどころがまだらに赤み。
だらんと手を下げ、二足で立ち上がっているのが、生理的嫌悪に拍車をかけていて…… 『ああああああああああああああ!!』
悲鳴を上げて逃げ出したCと友人。
それをヒグマ……いえ、シグマが追ったのです。
……はい。シグマという名前は、実際なんということはなく。
死の臭いを色濃く漂わせるから、「死熊」。
ただ、それだけのことだったと。 ……それからどうなったのかは、Cもほとんど覚えていないそうです。
ただ事実なのは、Cが生き延びていること。
それから誰かが――Cか友人かは分かりませんが、北山を燃やしたこと。
そしてCとその家族が、逃げるようにその村から引っ越したこと。
彼女が話してくれたのは、それくらいでした。 ああいえ、最後に。Cが村を発つ前に、祖母から話を聞いたみたいなんです。
昔からそういう村だったらしい、って。
ヨドコボシ。食べると星の様な幻覚が見えるから"夜床星"なのか。
あるいは、中毒者の様子から名前がついて"涎溢し"なのか。
いずれにせよ、誤食した熊がバケモノと化して山の中をうろつく代物。
表に出せない「そういうもの」を売った金でなんとか成り立っている村。
それがCの故郷だったのだと。 ……私たちが普段見ている、表の部分。
それだけが全てではありません。
羆が一つの茸によって、死熊へと転じたように。
バケモノが闊歩する山が、村を支える金脈であったように。
表裏というのは密接でいて、しかし異なる顔を持っているのですから。
……少し、教訓めいた最後になりましたが。今日の話はこれで終わりにしましょうか。
第三夜 『シグマ』 終 三度目の初投稿です。八話までこのペースで再投下、それから最終話投下しようかと
またお付き合い頂ければ幸いです
足下には、お気をつけください >>33
再放送ですが一部修正したところもあります むしろ1回目が17レスで落ちて2回目が12日間あったのだが (q|`˘ ᴗ˘)ʅʅ こまけぇことは . . .
. . \ っ \っ. . . ノJ(`σ_ σ´リノし いいんだなう
. . . . )_) ̄)_) . . . . /っ /っ . . .
. . . . . . . . . . . . . . .)_)てノ . . . . . .
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 第四話 『先走る影』
表があれば裏がある。日の射す所には影がある。
表裏が切り離せない関係であるのと同じように。
私たちと影もまた、非常に密に繋がっているわけです。
……当たり前のことだと、言いたげな顔をしていますね。
いえ、いいんです。それが普通の反応ですから。
ですが。映し身である以上、影は私たちと同じだけの能力、潜在性を有しています。
私たちが主導権を握っていられるのは、均衡が偶然こちら側に傾いているためで。
この事を忘れてしまえば……理亞も文字通り「足元をすくわれて」しまうかもしれませんよ? ……とある漫画家の描いた短編集にも、似たような話が出てきます。
ある気弱な主人公が、影に肉体を乗っ取られてしまう話なんですが。
兆候として、影が薄くなり。その反面、肌の色は段々と黒く変質し。
実体となった影の代わりに、影の国へと押し込められてしまう。
……最終的には、主人公は肉体を取り戻して無事に終わるんですけどね。
ただ、現実でも全てが漫画の様にいくかというと、早々は上手くいかないのです。 もし立場のひっくり返った状態でつり合いがとれてしまったら。
そこから私たちが力の差を覆すのはほぼ不可能に近いです。
……それだけ影の方が、支配力が強くなってしまった証ですからね。
ですから、私たちはその前に手を打たなければならないのです。
そのためのコツとして、影の兆候を見逃さないこと。
均衡が崩れつつある時には、必ず影に異変が起こるはずですから。
おおよそ見られるものとしては……やはり、自身と影との「ずれ」でしょうか。 ええ。普段影を制御できているのもまた、私たちが無意識に押さえつけている賜物であって。
あちらが優位になるほど、当然影の方が身体に先行して動いていく。
そのために、少しずつずれが生じていくのです。
これがひどくなった状態が……俗に言う、「影が消えた状態」ですね。
まあ、仮にそこまで進行してしまったなら、身体を取り返すのは絶望的でしょうけど。 ……そういえば。
先日、Aqoursの一年生の皆さんが泊まりに来ていたじゃないですか。
今は一旦、いろいろなことは隅に置いておきますが。
その時、花丸さんからこんな話を聞いたんです。
『マルの見間違いかもしれないんですけれど……』
『善子ちゃんの影が、少し変なんです』って。 どうやら新曲のPVを内浦で撮っていた時のことらしく。
皆で走っていくシーンを、映像の中に入れようとしたみたいなんですが。
休憩時間につい、善子さんが花丸さんの膝枕で眠ってしまったそうで。
その時に、千歌さんの思い付きというか、サプライズというか。
『よーし! じゃあ、このままドッキリで善子ちゃんを起こしちゃおう!』
……よくやりますよね。そのまま撮影を始めたそうなんです。 狙い通り、善子さんは花丸さんの膝から落下してしまって。
『ちょっと! 撮影を始める前にちゃんと起こしなさいよ!!』
そんなことを言いながら、他のメンバーより出遅れたそうなんですよ。
そしてそのまま、花丸さんのすぐ後ろを走っていたらしいんですけど。
ひょいと前の方を見ると……何故か、善子さんの影がある。
思わず振り返ってみれば、そこには善子さん本人がいたままで。
しかし皆の半歩前にも先頭を切るかのように、善子さんの影が蠢いていた……とのことです。 ……はい。そのまさか、かもしれません。
あまりにも状況が、似すぎています。しかもこれが事実なら、相当進行している。
花丸さんの言う通り、見間違い……であればいいんですけど、ね。
……どうか彼女が呑まれないことを、切に願うのみです。
第四話 『先走る影』 終 第五夜 『二枚舌』
……理亞、大丈夫ですか? 眠くはない?
そうですか……いえ、昨日の今日ですから、てっきりつかれているものかと。
平気ならいいんです。それだけ理亞がまた強くなったのでしょう。
では今日の話ですが……ふむ、こんな話はどうですか。
慣用句の一つに、「二枚舌」という言葉があります。
相手や場所によって違ったことを言ったり、矛盾したことを言ったり。
まるで舌が二枚あるかのように嘘をつく様子を表した言葉ですよね。 実は昔は、同じ意味合いの言葉として「陰舌(かげじた)」という言葉もあったらしいです。
嘘は陰気なものだから、というのもあるのですが。
ほら、爬虫類……トカゲなんかは、舌が二つに分かれているじゃないですか。
なので、トカゲ舌からとって「陰舌」という言葉が使われていたそうですよ。
……信じましたか?
すみません、今のはほんの冗談で……ふふ、ごめん、謝りますってば。 こほん。今のような軽い冗談ならいざ知らず。
普段から嘘をつき。すっかり二枚舌となっているような人たちは、いつしかしっぺ返しを喰らうものです。
口から零れて、ぐるりと巡り巡った嘘に、自然と押し潰されてしまうんですよ。
……さて、では逆に。「嘘をつくから二枚舌になる」のではなく。
「二枚舌になったから嘘をつくようになった」人の場合はどうでしょうか。
ええ、いたんです。私の友人にそういう人が。
……もっとも、彼女は相当特殊なケースだったのかもしれませんけど。 彼女……そうですね、Yとしましょう。Yは中学、高校と付き合いのあった友人でした。
まあ、付き合いがあったとはいえ、一緒に遊ぶことは少なかったですけれど。
彼女は友人が多かったですし……それに、私にはスクールアイドルがありましたから。
ですが、Yは快活というか、そういうことを気にせずに分け隔てなく接する子でして。
こう……クラスにいるだけで場が騒がしく、華やかになる。そういう人っていますよね?
はい。Yもそういうタイプでした。
それに運動も出来るし、手先も器用で……時々、調子に乗って変な失敗もしていましたけど。
でも、それもまた愛嬌というか、彼女の人となりの一部として機能していたのでしょう。
事実、私もそんな彼女の横にいるのは、心地よかったと記憶していますから。 ……あれは、二年生になって少し過ぎた頃ですか。
桜の花が幾分か残っていましたから、五月の上旬くらいだと思います。
私が昼休みに廊下を歩いていると、何やら走ってくるYとすれ違いました。
はて、部活の昼練か。それとも呼び出しか何かでしょうか。
そんな風に適当に当て推量をしながら、何気なく声をかけたんです。
おや、部活ですか、と。 『うん、今から昼練!』『違うよ、委員会の当番忘れててさ!』
飛んできた返答は二つ。思わず首を傾げました。
所々重なりあった、正反対の答えを告げるその声は。そのどちらとも彼女のものだったからです。
どういうことかと考えるうちに、Yの姿は見えなくなってしまいました。
……その時は、てっきり彼女の冗談かとも思ったのですが。
次の日から次第に、彼女の言動に矛盾が目立つようになっていったのです。 初めて遭遇した時ほどは露骨ではありませんでしたが。
それでも、数分前に『知っている』と言ったことを聞けば、『知らない』と答えたり。
……いえ、その程度ならまだ良かったかもしれません。
教室の位置、曜日、人の名前、天気。食い違う発言が飛び出る回数は、日を追うごとにひどくなっていきました。
その割に本人は普段通りに、けろっとしているのです。
まるでそんな発言なんか、最初からしていないかの様に。 ……冗談で済ますには、無理が出てきたあたりでしたか。
友人たちが集まって、Yを説得しにかかったのです。
『言い方は悪くてごめん。でも、最近、変なことを言ってる自覚はある?』
『もしかしたら、何かの病気かもしれない。一度様子を診てもらった方がいい。』
友人たちがかけていたのはそんな感じの言葉だったと思います。
でも、Yだけはどうにもどこ吹く風でして。やはり気付いていなかったらしく。
困ったように笑いながら、こう言ったのです。
『『もう、みんなして。変なとこなんてどこにもないじゃん』』 ……その場にいた全員が、息を呑みました。
彼女の喉から出たのは……彼女の声ともう一つ。地を這うかの様な、低い声。
何より驚いているのは彼女自身で。咄嗟に口を手で押さえたのですが。
『どうしたの? みんな黙っちゃって』
Yの声が重なっていない分、はっきりと聞こえる、野太い声。
それが彼女の口から、漏れ出ていたのです。
その声を最後に、Yは教室を飛び出して行き。私たちは……暫く呆然とするばかりでした。 それきり。Yの声を聞くことはありませんでした。
その日からYは学校を休んでいましたし……
彼女と次に顔を合わせることが出来たのは、葬儀場でしたから。
……ええ。自殺だったそうです。舌を噛み切ったことによる、窒息死。
多分、Yはあそこでやっと、もう一つの声に気付いたのでしょう。
それまで自分の声に重なっていて気付かなかった、二つ目の声に。
そして、それから逃れるために……自死を選んだのでしょう。 しかし、何故Yが。あんなに幸せそうだったのに。
通夜も粛々と終わり、そんなことをぼんやりと考えていたのですが。
不意に、誰かの喋り声が耳に飛び込んできました。
『……ショック死じゃないの? 窒息死って』
『ええ。どうにもそうらしいわ』
『でも親御さんは可哀想ねぇ、これで二人とも亡くしたことになるんでしょう?』
口ぶりから察するに、Yの親族の方々らしかったのですが。
彼女らの話す「二人とも」という部分が、不思議と引っかかったのです。 そのままこちらへ流れてくる話を聞くに。
Yはどうやら元々……二卵性の双生児だったようなのです。
ところが、生まれる直前というところでもう一人が亡くなってしまい。
それでYだけが生まれてきた、と。
……それならきっと、そのもう一人の仕業なのでしょう。
幸せに暮らすYに嫉妬したか、寵愛を貰えなかったことへの八つ当たりか。
そういった怨恨がYの中に根付き、そして絡みつく様にして……
このような結果を、引き起こしたのでしょう。 何故そう決めつけるか、ですか?
……彼女の死因は窒息死だって、言ったじゃないですか。
実はですね。彼女の舌、ちゃんと繋がって残っていたらしいんですよ。
これも親族の方々からの又聞きなので、信憑性は怪しいですけれど。
……ですが、これが本当なら。彼女は誰の舌で、窒息したのでしょうか。 ……二枚舌は、舌禍に通ず、といいます。
どういう形であれ、二枚舌は不幸を呼ぶのでしょうね。
それが……自身に起因するものでなくとも、きっと。これで話を、終わります。
第五夜 『二枚舌』 終 ……二枚舌は、舌禍に通ず、といいます。
どういう形であれ、二枚舌は不幸を呼ぶのでしょうね。
それが……自身に起因するものでなくとも、きっと。これで話を、終わります。
第五夜 『二枚舌』 終 第六話 『分霊』
今日はまた少し、毛色の違った話にしましょうか。
怪談というよりは……霊や怪奇現象、見知らぬものに対する知識。
そういった話に近いかもしれません。
今回は……人の魂。これに焦点を当てた話をしようと思います。 人の魂というのは、とかく分裂しやすい代物です。
他の依代に宿るものに比べて、どうも繊細なんでしょうね。
何か精神的に強い衝撃を受けると、簡単に二つ、三つと分かれてしまう。
ショッキングな出来事から精神を守るために、人格を複数産みだすような人がいますよね。
あれと仕組みは同じです。人の魂も消滅を防ぐために、分裂をするんですよ。
そして受ける衝撃が大きい程、魂も細かく散り散りになって、しかしその数は増えていく。 まあ、分裂しやすいとはいえ、ある程度の強度はありますから。
魂が割れる人、割れない人というのは結構な個人差があります。
生きている内から分裂する人もいれば、ずうっと魂が一つのまま過ごしていく人もいますしね。
……ただ、統計的な話にはなりますが。
人の魂が一番分かれやすいタイミング、というのもまた存在しているんです。
一体どんな時か、分かりますか? ……そうです。答えは、人が死ぬ時。
肉体から放れるという過程がある以上、何らかの要因で魂が分裂することは珍しくありません。
特に変死や怪死と言われるような死は、相当なショックを伴うらしく。
聞いたところによれば、非業の死を遂げた一人から十一人もの幽霊が生まれたこともあるそうでして。
とにかくそういった死に方をする人ほどに、魂は分裂しやすいんだとか。
ええ、そして。この様に分裂した人たちは、そのまま双子の幽霊になることが多いそうなんです。 双子の幽霊は、分裂の具合によって様々な形態が見られます。
どちらもほぼ同じ性質を備えた、単純に二人に増えたような者。
お互いに魂を分け合ったかのように、どちらも不完全な状態の者。
はたまた、お互いが真反対の性質になっている者……挙げればキリがありません。
……ですが、一個だけ。そんな彼らにも共通している部分はあるんですよ。
例えば双子の絆が、どんな状況で有ろうと断ち切れないのと同じように。
どのような双子の霊であれ、その間には強固な絆が結ばれているんです。 ……この縁の強さ。私たちにとっては厄介極まりません。
二人に増えているとは知らず、片割れのみに気をとられていたならば。
残った他方に、いとも簡単に襲われてしまうでしょう。
もちろんこれは、手練れであろうと関係はありません。
いくら有能な除霊師や霊能力者とはいえ。過去の経緯を調べ、入念に対策を練ったところで。
もし相手が増えている、そのことを失念していたならば。
片割れを祓ったところで、激昂した相方に呪われる、という危険もありますからね。 ……それにしても。一人分の魂が、二人に、三人にと裂かれて、増えていく。
その様子を想像するに……いえ。出来れば、体験したくはありませんね。
増えた自分に遭遇するのも、嫌な理由の一つではありますけれど。
文字通り、身を裂く想いを何度も経験するというのは……私も遠慮願いたいですから。
第六話 『分霊』 終 第七夜 『人二倍の愛』
そういえば、あと三週間もすればバレンタインですか。
とはいえ私は受験前ですから、何かできるわけでもないですけれど。
理亞は今年誰かにあげる予定は……いえ、そうでしたね。
友達に、お店の常連さん。あとはAqoursの一年生の皆さんにも渡すんでしょう?
……大丈夫ですよ。理亞のお菓子作りの上手さは私がよく知っています。
あとは人一倍の想いを込めれば、きっと喜んでもらえますから。 そう。想いというのは、不思議なものです。
薬にも毒にも……人を喜ばせることも出来れば、死に至らしめることだってある。
……いえ、すみません。一つ、嫌な話を思い出しました。
怪談といえば怪談なのでしょうけれど……聞きたいですか?
……そうですか。では、今日の話はこれにしましょうか。 昔々、私たちの学校に通う先輩たちが引き起こしたお話です。
私もかつて先輩から話を聞いたので、多分この話はそうやって口伝されてきたのでしょう。
……いつの事やら。我が校にはかつて、とある一組のカップルがいました。
この二人がまたですね、非常に仲睦まじかったようで。
授業時間すら、くっついて離れない。そうまことしやかに噂される程には互いを愛していたそうです。
多少の誇張はあるとは思いますが……それくらい幸せそうな二人だったんでしょうね。 そんなある日、カップルの片方――便宜上、KとMと言いましょうか。
Kの方が、最近誰かに後を付けられているのだと。Mに相談をしたのです。
Mと別れた後の帰り道、背後で誰かがじいっと、こちらを見ている気配がする。
それも一度ではなく何回も。そしてついに、学校でも同じ視線を感じるようになった。
自分ひとりなら我慢も出来たが、君を巻き込むとなったら話は別だ、と。
Mを愛するがため、Mを案じる内容の告白でした。 それを聞いたMもまた、Kを深く深く愛していました。
恋慕だけでなく、独占欲に近い何かもあったのかもしれません。
今まで以上にKにベッタリと寄り添い、視線の主を自ら探し。
その裏で、小さな噂に至るまで情報や手掛かりを精査し、整理していく。
そういった執念の甲斐あってか……すぐに犯人は見つかりました。
Kの家の近くに住む、一学年下の後輩。彼女もまたKを慕っていたのです。 うろたえるKと静かに彼女を見つめるMを前に、後輩は淡々と話し始めました。
別に二人の仲を邪魔だてしようとは思ってはいなかったのだと。
ただ、バレンタインも近いことだし、Kさんに感謝とプレゼントをしたかっただけ。
バレンタイン当日に渡すのはMさんに悪いから、その前に渡そうと機を伺っていたのだと。
うつむいた彼女の手にあったのは、丁寧にラッピングされた四角い小箱。
詳しくは私も知りませんが……きっと、中身はチョコレートだったのでしょう。 二人は後輩の言い分をじっと聞いていました。が、不意に。
Mは後輩に歩み寄り、彼女の手を取ってこう言ったのです。
『だったら、今度二人で一緒に作りましょう。チョコレート!』
出てきたのは、歓喜に近い誘いの声。
Mが優しい性格だったのか、それともKを慕う同胞の存在に心を許したのか。
ともかく、Mは後輩に対して好意的だった。それを見てKは、胸をなで下ろしたようです。
事件の方もそうですが……Mと後輩の間に軋轢が生まれるのでは、と心配していたのかもしれません。 ……そうして日は経ち、バレンタイン当日。
Mに呼ばれて、彼女の家にKは招かれました。
後輩と二人で、想いを込めてチョコレートを作ったから、と。
さぞかしKの心中は晴れやかだったことでしょう。
そんな落ち着かないKの元に、Mが持ってきたのは……ハート型のプレゼント。 苦戦したのか、少々歪になった包装の下からは、ピンク色の小箱が顔を覗かせており。
その中には、色々な形をあしらったチョコレートがいくつも入っていたのです。
お礼もそこそこに、少し大きめのチョコレートを一つ口に運ぶK。
その様子を笑顔で眺めながら、MはKへと語りかけます。 『愛情ってものは、込めれば込めるほど美味しくなるんだって。そうあの子が言ってたの』
チョコレートの中には、ぐにぐにとした何かが隠れているようで。
『あの子と私で、二人分。人二倍の愛が詰まっているんだからまずいわけがないって』
噛み砕こうとして。歯に触れる異物感。鼻の奥から広がる鉄の匂い。
『私はもちろんだけど。作るのは、あの子の方が頑張ったんだよ』
甘さを引きはがすように襲いくる、強い酸味。
『だからね。まだまだいっぱいあるけれど』
思わず、吐き出して。その先にあったのは。 .
『ちゃんと美味しくたべてあげてね』
……人の、耳。 私が聞いたのは、ここまでです。
……後輩「と」作ったから二人分、ではなく。
後輩「で」作ったから二人分。
そこに至るまでに、何が起きたかは私たちに知る由がない。
ですが。彼女の嫉妬か、後輩の情怨にあてられたか。
あるいはそれらの積み重ねが、異常な空気を作りだしたのか。
ともかくそういった屈折し歪んだ感情が、隠し味になってしまって……この有様を引き起こしてしまった。 人の想いは、時に美しく。されど時に、人を狂わせる。
このことは、心に留めておく必要があると思います。
……ふう。長く話していると、どうにも疲れますね。こういう時には甘いものが一番です。
……ああ、理亞も食べます? チョコレート。
第七夜 『人二倍の愛』 終 第八話 『成り代わり』
おや……もうこんな時間ですか。意外と早いものですね。
それでは今夜もまた、話をするとしましょう。
「成り代わり」という単語に聞き覚えはありますか?
ふむ、ないですか。では、影法師。ダブル、もしくはドッペルゲンガー。
……ああ、こちらは聞いたことがある、と。
やはりこちらの方がメジャー、というか一般的なんですよね。 「成り代わり」……これは、影法師やドッペルゲンガーに似た怪異の一種です。
ただし、完全に同じものを指している訳ではない。
大まかな特徴に類似点こそあれ。その実体は似て非なるものなんですよ。
そして、これが成り代わりの恐ろしいところでもあるんです。
……順を追って、一つずつ説明しましょう。 まずはいわゆる、ドッペルゲンガーと呼ばれるものについて。
非常にざっくりした言い方をすれば、ドッペルゲンガーは「自身の分身体」とでも言えましょう。
同じ人物が同じ時間に、違う場所に存在する。こういう現象を引き起こすのが彼らの役割でして。
本人がいないところで目撃情報を与える、といった話は色々な所で聞きますね。
他に目立った特徴とすれば……周囲の人間と会話をしない、とか。
これに関しては、最近薄れてきているかもしれません。
体験談なんかでも、ドッペルゲンガーの声は本人と同じ声だった、そんな話が見受けられますし。
まあ、そういった体験談が真っ赤な嘘の作り話だったのか。
もしくは彼らが出会ったのが生き霊などの違う怪異か、はたまた時代の流れによる変化か。
このどれかだとは思いますけどね。 あとは、本人に縁ある所に出現すること。忽然と現れ、忽然と消えること。
それから……死や災難の前兆として、信じられていることくらいですか。
他人が出会った場合はまだましなようですが、自分が出会った場合は……どうにも。
自分のドッペルゲンガーにうっかり対面して、動揺し。
それを思わず殺そうとしたら自分が死ぬ羽目になった、なんて逸話もあるくらいで。
最終的に迎える結末は……あまり良いものではありません。 一応、対策らしい対策はあるようです。
通説では、「お前は誰だ」と問いかけることなどがありますね。
つまり、相手の存在……自分が何かという部分を揺らがせる。
こうして敵の正体を暴くことで相手を無効化する、という考え方です。
……そして、この対処法の確立。
これこそが、成り代わりをより厄介なものにしていると言えるでしょう。 成り代わりもまた自身の分身を作りだす怪異ですが、目的が違う。
彼らは不意に現れるドッペルゲンガーと違い、「誰かと成り代わる」ことを目的としているのです。
そのため、会話も普通に行いますし、性格や仕草、癖なども非常に本人と似通っている。
出現場所もより限定的なものになっており、現れる時間帯もまた規則的です。
あたかも本人に紐付くように……じわじわと、彼らの生活を塗り替えていくかのようにして。
少しずつ立場を奪っていき、憑いた本人の自己存在を揺らがせていく。
そうやって最後には本人と成り代わり……誰にも気付かれないようにして、社会へと溶け込んでいくんです。 そうしてこの成り代わる性質上、彼らにはドッペルゲンガーと同じ対策法は効きません。
いえ、むしろ逆効果。それこそ彼らの思う壺ですね。
「お前は誰だ」という問いかけに反論できてしまう以上、効果は相当薄い上に。
彼ら自身は、多少なりとも「自分は宿主本人である」という自我を有しています。
ですから、彼らの成り代わりを促進してしまう。
そしてこの自己確認の問いかけは、実は相手だけでなく自身の存在をも揺らがせる。
相手が黙するドッペルゲンガーだからこそ使える諸刃の剣だったわけで。
それが相手に効かない以上……ただの自殺行為に成り下がってしまうんです。 では、どうすれば良いか。答えは簡単です。
相手を貶めて弱らせることが出来ない以上、選択肢は一つ。
自我を強く持つこと。成り代わることの出来ない確固たる意志を持つことが対策になるんです。
「自分は自分だ」という意識が相手より強ければ、早々に成り代わられることはありません。
そうしているうちに、彼らは諦め……もっと成り代わりやすい相手へと移り変わっていく。
……現状こうやって、やり過ごすしかないのです。 ですから……無理に相手をCRASH MINDしようとはしないこと。
大切なのは、SELF CONTROL……少々、強引すぎましたか。すみません。
ですが、くれぐれも忘れないようにしてくださいね。
先にいった二つは、成り代わりを相手にする上で非常に大事なことです。
間違っても「お前は誰だ」なんて問いかけはしないこと……絶対ですよ? ……ふう。話し込んでいたら、すっかり遅くなってしまいましたね。
明日も早いですし、もう寝た方が良さそうです……ええ、それでは。
おやすみなさい、理亞。
第八話 『成り代わり』 終 一応ここまでが再投下分です
少し間を空けて、最終話投下しようと思います 二枚舌の多重投稿が地味に怖さに拍車かけてるよな
まさかな 第九話 『ついぞ、集いて』
……さて、困りました。
というのも、もう私には話せる怪談話が残っていません。
なので今から即興で一話、話そうかと思います。
理亞はここまで……そう、八話ですか。
聞いていて、何か違和感を感じませんでしたか? 私が理亞に語った怪談。
その話の軸となる部分に、何かしらの偏りを感じませんでしたか?
もっと、具体的に言うならば。
やけに「二」、あるいは「対」に関する話が多くありませんでした?
……やっと。気付きましたか。 「二つの話」が、一つに融合する話。
一つのものが「二つに増える」話。
表と裏、光と影。二つはいずれも「対になるもの」であり。
「双子」の因果はたとえ死せども、「二枚舌」になって残り続ける。
生者のものに留まらず、死後の魂も「二つに分裂する」という話。
「二人分の愛」が籠った、一つの贈り物の話。
そして。一人が二人に増え……また一人へと戻っていく。
そんな「二面性」を持った、成り代わりに関する話。 もっともこれだけではありません。
八話の中にもまた指向の似通っていた話があり。
それらもある種のペア……すなわち対になっている。
幾重にも幾重にも……時には、あちらを無意識に誘導しては話を紡ぎ。
ここまで私が拘っていた理由、分かりますか?
そちらの方が都合が良いからですよ。
話数をこういった話で重ねるごとに、私たちの均衡は揺らぎ、曖昧になり。
私にとっては非常に理想的な環境になっていくからです。 御託はこれくらいにしておきましょうか。
さあ、理亞。目を反らさないで。
そんなに怯えないで、こちらをしっかり見てください。
大丈夫、私からの問いかけはこれで最後ですから。
……あなたの目の前にいるのは。こうやって話をしているのは。
一体、誰でしょうか? バツンッ!!!
「ひゃっ!?」
「……停電ですか!? また、急に……」
「姉様! 姉様!?」
「理亞、大丈夫?」
「姉様!? どこ、どこにいるの!?」
「ちょっ……と待ってて、ブレーカーを見てきます」
「! 姉様、待って!! お願い!!」 パチッ
聖良「……災難でしたね。すぐに直って助かりました」
理亞「姉様!!」ギューッ
聖良「おっと……どうしました? 抱き付いてくるなんて珍しい」
理亞「姉様……怖い……すっごく、怖かった……」
聖良「……理亞ったら。大丈夫ですよ、もう平気です」ナデナデ
理亞「姉様……」ギュ 聖良「それにしても、理亞がこんな調子だと困りましたね……」
理亞「?」
聖良「理亞、今日の怪談はやめた方が良さそう?」
理亞「……え?」
理亞「姉様……いま、なんて?」 聖良「いえ、だから今日の怪談はとりやめにしようと」
理亞「待って……さっきまで姉様、話してたじゃない。怪談」
聖良「まさか。第一、今日のことは理亞に言っておいたじゃないですか」
聖良「塾の講習会があるので、いつもより帰りが遅くなります、って」
理亞「……私、そんなこと聞いてない」
聖良「……どういうこと?」 聖良「私は確かに昨日の夜、理亞に伝えたはずですけど」
理亞「本当に聞いた覚えがないの!」
理亞「昨日の怪談を聞く前も聞いた後も、姉様はそんなこと言ってなかったはず……」
聖良「……ちょっと待ってください、理亞」
聖良「私が昨日、理亞に怪談話をしたと。そう言うんですね?」
理亞「そう、だけど……」
聖良「それこそありえません。昨日は二人で夜練をしていたじゃありませんか」 理亞「……は?」
聖良「そもそも理亞が言い始めたことですよね?」
聖良「『怪談のストックがないなら一日おきで良い』」
聖良「『その代わり、間の日には夜練に付き合ってほしい』」
理亞「……違う、違う! 違う!」
理亞「それを言ったのは、私じゃない!」
理亞「姉様は、ずっと! 毎日、私に怪談を話してた!!」 理亞「はぁ、はぁ……」
聖良「……」
聖良「……ねえ、理亞」
理亞「……その、姉様」
聖良「一つだけ、聞きたいことがあるんですが、良いですか?」
理亞「私も、一つ姉様に聞きたいことがあるの」
聖良「ええと……気を悪くしないで欲しいんですが、その……」
理亞「失礼なことを聞いてごめんなさい。でも……」
聖良・理亞「「今私の目の前にいるのって……」」 .
「「本当に、ネエサマ??」」
「「本物の、リアナノ??」」
…
……
………
「……はあ。せっかく、忠告までしておいたんですけどね」
「ちゃんと自我を強く持て、と。確固たる意志を持て、と。
間違っても『お前は誰だ』と、自己を揺らすようなことを言うのは絶対にダメだ、と」
「……忠告なんか関係ない。この二人があまりにも鈍すぎただけ」
「それは……そうなんでしょうけど。我ながら、呆気ないというか」
「というか、むしろ狙ってやっていたんじゃないの?」
「……やっぱりお見通しですか」 「さて、兎にも角にも……明日からの動きは大丈夫そうですか?」
「もちろん。いつも通り生活すればいいんでしょ?」
「ええ。私も普通に過ごします……変な失敗はしないように」
「そんなこと分かって……ふあーぁ」
「おや、もう眠いんですか」
「何だか、身体が疲れてるみたい」
「……では、そろそろ寝ましょう。明日も早いですからね」 .
聖良「……それでは、おやすみなさい。『理亞』」
理亞「うん。おやすみなさい、『姉様』」
『理亞「冬の夜更けに?」聖良「はい。怪談話、です」』 終 貴重な支援や保守、ありがとうございました。
方向付けの重視をしながらとはいえ、内容やら口調やらで手こずり申し訳ありません。
あげくスレを落としたのも大問題でして……大オチもパッとせず、本当にごめんなさい。
そういえば。私事ではありますが、今回で累計五十話に届いたんですね
折り返しまで、なんだかんだ辿りつけたのは驚きです。
百物語の達成は、まあ……夢のまた夢な気がしますけど。
残り50話の完結はそれこそ文字通り話半分に受け取って頂ければ。
こんな感じですかね?
改めまして、読んでいただきありがとうございました。質問などあればどうぞ (q|`˘ ᴗ˘)乙 ノJ(`σ_ σ´リノし コレは乙じゃなくて姉様の髪型なんだから!…また読ませてね。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています