鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 3

1名無しを整える。2018/06/14(木) 06:16:59.12ID:QDZvGNkZ
前スレ:鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 2

2名無しを整える。2018/06/14(木) 06:20:28.40ID:QDZvGNkZ
前スレ>529
『I AM THAT 私は在る』
【31 注意を過小評価してはならない】(つづき)

 質問者 あるチベット人のヨーギは、神は目的をもって世界を創造し、ある
 計画にしたがって維持していると書いています。その目的は善であ
 り、計画はもっとも賢明なものです。
 マハラジ
 それらはみな一時的なものだ。
 私は永遠について語っている。
 神と宇宙は来ては去っていく。
 アヴァターラ(神の化身)たちは終わりなき継続性のなかでつぎつぎと現れ、
 最終的に私たちは源に帰っていく。
 私はすべての神と彼らの宇宙、過去、現在、そして未来の時間を超えた源に
 ついてのみ語っているのだ。
 質問者 あなたはそれらをみな知っているのでしょうか? それらをみな覚
 えているのでしょうか?
 マハラジ
 数人の子どもたちが舞台の上で劇を演じているとき、注意を払ったり、覚え
 ていなければならないようなことが何かあるだろうか?
 質問者 なぜ世界の半分が女性で、半分は男性なのでしょうか?
 マハラジ
 彼らの幸福のためだ。
 非個人性(アヴィヤクタ)は関係性のなかでの幸福のために個人性(ヴィヤ
 クタ)となる。
 グルの恩寵(おんちょう)によって、私は個人性と非個人性を等しい目で見
 ることができるのだ。
 私にとって二つはひとつだ。
 生のなかで、個人性は非個人性のなかに溶け去る。
 質問者 どのようにして個人性は非個人性から出現するのでしょうか?
 マハラジ
 二つはひとつである実在の相にほかならない。
 ひとつをもうひとつに先んじて語ることは正しくない。
 これらすべての観念は目覚めの状態に属するのだ。
 質問者 何が私を目覚めの状態に連れ出すのでしょうか?
 マハラジ
 すべての創造の根底には欲望がある。
 欲望と想像が互いを促進し、増強しあう。
 第四の状態(トゥリーヤ)は純粋な観照、無執着の気づきであり、醒(さ)
 めた、世界のない状態だ。
 それは空間のように、何であれそれが包括しているものに影響されない。
 身体的、精神的苦痛はそれに達しない。
 それらは外側の「そこ」にあり、一方、観照はつねに「ここ」にあるのだ。
(´・(ェ)・`)
(つづく)
うー・・・ちょぴっと難しいのである。

3名無しを整える。2018/06/14(木) 06:25:28.45ID:QDZvGNkZ
鬼和尚の仏教勉強会 購読ゼミバックナンバー
鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 2
http://fate.5ch.net/test/read.cgi/keihatsu/1514881490/

4名無しを整える。2018/06/14(木) 06:31:24.85ID:QDZvGNkZ
鬼和尚の仏教勉強会 購読ゼミバックナンバー
1)「潜在意識、マーフィーの法則」(くまのへっぽこ脱出大作戦)
http://fate.5ch.net/test/read.cgi/keihatsu/1491878919/199
2)「マハムドラ-の詩」>>305
http://fate.5ch.net/test/read.cgi/keihatsu/1491878919/305
3) 「信心銘 」>>389
http://fate.5ch.net/test/read.cgi/keihatsu/1491878919/389
4)「真理のことば(ダンマパダ)」>>562
http://fate.5ch.net/test/read.cgi/keihatsu/1491878919/562
5)ブッダのことば(スッタニパータ)>>782
http://fate.5ch.net/test/read.cgi/keihatsu/1491878919/782
スッタニパータ、533番〜1072番
http://fate.5ch.net/test/read.cgi/keihatsu/1509160394/1
6)『I AM THAT 私は在る』

(´・(ェ)・`)つ

5名無しを整える。2018/06/14(木) 20:25:11.52ID:QDZvGNkZ
>>2
『I AM THAT 私は在る』
【31 注意を過小評価してはならない】(つづき)

 質問者 実在とは何でしょうか? 主観的なものでしょうか、それとも客観
 的なものでしょうか? 私には客観的宇宙が実在であり、私の主観
 的精神は絶えず変化し、はかないものだと考える傾向があります。
 あなたは内なる主観的状態を実在と主張し、外的な具体的世界の実
 在を否定しているようです。
 マハラジ
 主観も客観もともに変化し、はかないものなのだ。
 それらには何の実在性もない。
 無常なるもののなかに永遠なるものを見いだしなさい。
 それはあらゆる体験のなかにある、ひとつの不変の要因だ。
 質問者 この不変の要因とは何でしょうか?
 マハラジ
 あなたがそれを見る能力をもつまでは、私がそれにさまざまな名前を与えた
 り、いろいろな方法で指し示したりしたところで、助けにはならないだろう。
 視界のかすんだ人は、あなたがいかに彼に見るように促しても樹の枝の上に
 いるオウムを見ないだろう。
 よくても、あなたの示す指を見るくらいだろう。
 まずあなたの視界を清めることだ。
 じっと見つめることよりも、どう見るかを学びなさい。
 そうすればあなたはオウムを見るだろう。
 見ようとする熱望も必要だ。
 自己知識には明晰(めいせき)性と真剣さの両方が必要なのだ。
 あなたにはどんなに小さなことでも、日々の生活のなかで理解したことを誠
 実に適用することで成熟していくハートとマインドが必要となる。
 ヨーガには妥協といったものは存在しない。
 もしあなたが罪を犯したいのなら、全身全霊で、こそこそせずに罪を犯しな
 さい。
 誠実な聖者にとって徳がそうであるように、罪もまた誠実な罪人には良き戒
 (いまし)めとなる。
 その二つが混ざり合った状態がもっとも悲惨なのだ。
 妥協ほど効果的にあなたを妨げるものはほかにない。
 なぜなら、それは真剣さの欠如を表し、真剣さなしには何も為しえないから
 だ。
(´・(ェ)・`)
(つづく)

6名無しを整える。2018/06/14(木) 20:58:14.65ID:QDZvGNkZ
>>2
> 非個人性(アヴィヤクタ)は関係性のなかでの幸福のために個人性(ヴィヤ
 クタ)となる。
> 生のなかで、個人性は非個人性のなかに溶け去る。
>これらすべての観念は目覚めの状態に属するのだ。
↑これは、どういう意味でありましょうか?
>>5
> 視界のかすんだ人は、あなたがいかに彼に見るように促しても樹の枝の上に
 いるオウムを見ないだろう。
 よくても、あなたの示す指を見るくらいだろう。
 まずあなたの視界を清めることだ。
 じっと見つめることよりも、どう見るかを学びなさい。
 そうすればあなたはオウムを見るだろう。
↑これは、視界のかすんでいるひとは放っておいて、自分の視界を清めなさいと言うことでありましょうか?

(´・(ェ)・`)つ

7名無しを整える。2018/06/15(金) 21:57:24.64ID:F8LH7j27
>>5
『I AM THAT 私は在る』
【31 注意を過小評価してはならない】(つづき)

 質問者 私は禁欲生活の価値を認めます。しかし実際には、私はぜいたくば
 かりしています。快楽を追い、苦痛を避けることは、私のなかにと
 ても深く染み込んでいて、理論上はとても生き生きとした私の高い
 目的意識も、日々の生活に根を下ろしていないのです。私のことを
 正直ではないと言ったところで助けにはなりません。なぜなら、私
 はただどうやって正直になればいいのかわからないからです。
 マハラジ
 あなたは正直でも、不正直でもない。
 精神状態に名前を与えることは、あなたの容認、または否認を表すことくら
 いしか役に立たないからだ。
 問題はあなたのものではない。
 それはただあなたのマインドの問題なのだ。
 あなたをあなたのマインドから分離することからはじめなさい。
 あなたはマインドではなく、その問題もあなたのものではないと思い起こす
 ように堅く決心しなさい。
 質問者 私は「私はマインドではない。私はその問題に関わらない」と自分
 にくり返し言いつづけるかもしれません。しかし、マインドもその
 問題もそのまま残るでしょう。だからといって、それは私が充分真
 剣ではないからだ、もっと真剣になりなさいとは、どうか言わない
 でください。私は知っていますし、認めもします。ただどうか教え
 てください。どうすればいいのでしょうか?
 マハラジ
 少なくともあなたは尋ねている。
 はじめるには充分だ。
 熟考し、驚き、道を見いだすことを熱望しなさい。
 あなた自身を意識し、マインドを見守り、充分な注意を払いなさい。
 即座の結果を求めてはならない。
 あなたが気づく範囲内では、どんな結果もないかもしれない。
 知らぬ間に、あなたの精神状態は変化を遂げ、より慈愛の感情と行為の純粋
 さが見られるようになるだろう。
 それらを目的とする必要はない。
 あなたはそれらの変化を観照するだけだろう。
 なぜなら、現在のあなたは不注意の結果であり、あなたの変化は気づきの結
 果だからだ。
(´・(ェ)・`)
(つづく)

8鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/06/15(金) 22:08:42.24ID:rpYrD16P
>>6 個人性とは仮想された自分の観念なのじゃ。
 非個人性とは自他の観念の無い状態なのじゃ。
 自他の観念は条件付けによって起こるものじゃ。
 それが親等との関係性によるものなのじゃ。
 そして欲が起こり、自分が在るという観念になるのじゃ。
 それが解消されるのは生があるときだけなのじゃ。
 しかしその観念もまた目覚めた者にのみ理解できるだけなのじゃ。

 そのようなものじゃ。
 自ら実践して観察も進歩していくのじゃ。
 

9名無しを整える。2018/06/15(金) 23:14:23.82ID:F8LH7j27
>>8
鬼和尚、ありがとうであります。
個人性とは自我があると言う観念のことであり、非個人性とは無我のことでありますね。
意味がわかって、スッキリしたであります。
(´・(ェ)・`)つ

10名無しを整える。2018/06/16(土) 06:27:32.86ID:aohnTm++
>>7
『I AM THAT 私は在る』
【31 注意を過小評価してはならない】(つづき)

 質問者 ただ気づくことが、なぜそれほどの違いをもたらすのでしょうか?
 マハラジ
 今まではあなたの人生は暗く(タマス)、落ち着かない(ラジャス)ものだ
 った。
 注意力、油断のなさ、気づき、明晰性、元気、活力はみな真の本性(サット
 ヴァ)とひとつであること、統合の現れなのだ。
 タマスとラジャスを中和し、調和させることはサットヴァの本質なのだ。
 サットヴァは自己の誠実な僕(しもべ)であり、つねに注意深く、従順だ。
 質問者 私は単なる注意を通してそれを知るようになるのでしょうか?
 マハラジ
 注意を過小評価してはならない。
 それは関心であり、愛なのだ。
 知るため、行うため、発見するため、あるいは創造するためには、それにハ
 ートを捧げなければならない。
 それが注意力を意味する。
 あらゆる祝福はそこから流れだすのだ。
 質問者 あなたは「私は在る」に集中するよう勧めましたが、これもまた一
 種の注意力なのでしょうか?
 マハラジ
 そのとおりだ。
 分割されない注意を、あなたの人生のなかのもっとも重要なもの、あなた自
 身に与えなさい。
 あなたの個人的な宇宙の中心があなたなのだ。
 中心を知らずに何を知ることができるだろう?
 質問者 ですが、どうやって私自身を知ることができるのでしょうか? 私
 自身を知るには、私自身から離れなければなりません。しかし、私
 から離れているものは私ではありえません。ですから、私が私と見
 なしてきたもの以外は、私を知ることができないのです。
 マハラジ
 まったくそのとおりだ。
 鏡の反映にしか自分の顔を見ることができないように、あなたは汚れのない
 純粋な意識の鏡に映るあなたのイメージしか知ることはできないのだ。
 質問者 どのようにしてそのような汚れのない鏡を得ることができるのでし
 ょうか?
 マハラジ
 言うまでもなく、汚れを取り除くことによってだ。
 汚れを見て、それを取り除きなさい。
 古来の教えは完全に有効だ。
(´・(ェ)・`)
(つづく)

11名無しを整える。2018/06/16(土) 14:03:41.27ID:aohnTm++
>>10
ここに書かれてることは、すばらしくわかりやすいであります。
何度も他の言葉で読んできたことでありますが、心に染みるであります。
(´・(ェ)・`)つ

12鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/06/16(土) 22:50:16.03ID:dyXwETVU
>>9 よかったのじゃ。

注意して観察する力は常に人に在るものじゃ。
それを発揮するだけでよいのじゃ。
自分には無理だとか思わないでよいのじゃ。
大乗の者はそれを仏性と呼んだのじゃ。
誰でも仏になれる性質なのじゃ。

13名無しを整える。2018/06/17(日) 08:47:00.26ID:lN4bki+P
>>12 鬼和尚

観察、観察といって実践していると、最後にはノイローゼになる。

日常生活が出来なくなる。

書を捨てて、外へ出よう。 

仕事をしよう。義務を果たそう。

観察など蹴飛ばし、行動しよう。

14名無しを整える。2018/06/17(日) 10:18:43.93ID:/fPnHiCi
>>10
『I AM THAT 私は在る』
【31 注意を過小評価してはならない】(つづき)

 質問者 見ることとは何でしょう、取り除くこととは何でしょうか?
 マハラジ
 完全な鏡の本性とは、あなたには見ることはできないということだ。
 何であれあなたが見ることができるものは、汚れであらざるをえない。
 それに背を向け、捨て去りなさい。
 質問者 知覚可能なものすべてが汚れなのでしょうか?
 マハラジ
 すべては汚れだ。
 質問者 世界全体が汚れなのですか?
 マハラジ
 そのとおりだ。
 質問者 何とひどい! では宇宙は何の価値もないのですか?
 マハラジ
 それは途方もない価値をもっている。
 それを超えていくことによって、あなたはあなた自身を実現するのだ。
 質問者 それでは、いったいなぜその存在を現したのですか?
 マハラジ
 それが終わるときにあなたは知るだろう。
 質問者 終わりが来るのですか?
 マハラジ
 そうだ。
 あなたにとっては。
 質問者 いつそれが始まるのでしょうか?
 マハラジ
 今だ。
 質問者 いつそれが終わるのでしょうか?
 マハラジ
 今だ。
 質問者 今、終わりませんが?
 マハラジ
 あなたがそうさせないのだ。
 質問者 私はそうさせたいのです。
 マハラジ
 あなたはそうしない。
 あなたの全人生がそれにかかっているからだ。
 あなたの過去と未来、欲望と恐れ、すべてがその根を世界に下ろしている。
 世界なしにあなたはどこにいるだろう?
 あなたは誰だろう?
 質問者 しかし、まさにそれこそ、私が見いだしたかったものなのですよ。
 マハラジ
 そしてまさにそれこそ、私があなたに言っていることなのだ。
 立脚地の彼方を見いだしなさい。
 そうすればすべてが明かで、容易になる。
(´・(ェ)・`)
(おわり)

15名無しを整える。2018/06/17(日) 10:28:50.29ID:/fPnHiCi
>>14
汚れとは、観念のことでありましょう。記憶のことでありましょう。
それらを取り除き、あるがままを観察せよでありますね。
(´・(ェ)・`)つ

16鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/06/17(日) 22:21:59.93ID:MGGRiOSz
>>13 ならないのじゃ。
 そのように仕事や義務とかで心を病む者の方が多いのじゃ。
 それがわからないおぬしは未だ仏陀の法を学び修める準備が出来ていないのじゃ。

>>15 そうじゃ、観念に囚われずに進むのじゃ。
 実践する者だけが進歩していくのじゃ。

17名無しを整える。2018/06/18(月) 02:58:27.29ID:IVWGzPMB
鬼和尚の言う準備について語って下さい

全てを棄てる事、真理を欲する事、死苦八苦から逃れたい事でしょうか?

18名無しを整える。2018/06/18(月) 06:33:08.88ID:xoIOBcGs
1『I AM THAT 私は在る』
【32 生は至高のグルだ】

 質問者 私たち二人は遠くの国からやってきました。ひとりは英国人で、も
 うひとりはアメリカ人です。私たちの住む世界は破滅しようとして
 います。私たちは若いので心配しているのです。年老いた人びとは
 死を迎えることを望んでいますが、若い者たちにはそのような希望
 もありません。私たちのうち、何人かは殺すことを拒絶するでしょ
 うが、誰も殺されることを拒絶することはできません。私たちは生
 きている間に世界を正すことができるでしょうか?
 マハラジ
 何があなたたちに世界が破滅すると考えさせるのだろう?
 質問者 破壊的兵器は信じがたいほどの可能性をもつようになりました。私
 たちの生産能力自体もまた、自然や文化と社会的価値を破壊するほ
 どになったのです。
 マハラジ
 あなたは現在について語っている。
 それはつねに、どこでもそうだったのではないだろうか?
 しかし、悲惨な状況は地域的で、一時的なものかもしれない。
 ひとたびそれが過ぎれば、忘れ去られてしまうだろう。
 質問者 差し迫っている破局の規模は信じがたいほど大きなものです。私た
 ちは爆発のただなかに生きているのです。
 マハラジ
 人はそれぞれひとりで苦しみ、ひとりで死ぬ。
 数字とは無関係なのだ。
 死においては、ひとりの死も百万人の死も重さは同じだ。
 質問者 自然は何百万人も殺しますが、それが私を恐れさせることはありま
 せん。そこには悲劇、あるいは神秘があるかもしれませんが、残酷
 さはないのです。私をぞっとさせるのは、人間のつくり出した苦し
 み、破壊、荒廃です。その創造と破壊において自然は荘厳なもので
 す。しかし、人の行為のなかには卑劣さと狂気があります。
 マハラジ
 そのとおりだ。
 確かにあなたの問題は苦しみと死ではなく、その根底にある卑劣さや狂気に
 ある。
 卑劣さもまた、狂気のひとつの形ではないだろうか?
 そして狂気はマインドの誤用ではないだろうか?
 人類の問題はマインドの誤用のなかにのみ存在するのだ。
 自然と精霊の持つすべての財宝は、マインドを正しく使うことのできる人に
 開かれている。
(´・(ェ)・`)
(つづく)

19鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/06/18(月) 20:59:40.07ID:0uoofXLc
>>17 そのような心構えも必要な準備と言えるじやろう。
 更に自らをも捨てる心構えも必要な準備なのじゃ。
 いま自分と思っているものをも最後には捨てる心構えが無ければ悟りの道も完全ではないのじゃ。

 全てを捨てても捨てる主体である自分は残ってしまうのじゃ。
 それがない状態をイメージすることも困難であるからのう。
 主体である自らを捨てる心構えが必要なのじゃ。

20名無しを整える。2018/06/18(月) 22:32:29.83ID:xoIOBcGs
ふむふむ。
修行者には、自我があるのでありますから、その自我で取り組む修行でありますから、やっぱり心構えは必要でありますね。
(´・(ェ)・`)つ

21名無しを整える。2018/06/19(火) 14:57:20.95ID:yOsR91GG
自殺に近いが肉体死じゃ無い
自分に絶望みたいな?

22名無しを整える。2018/06/19(火) 20:55:26.82ID:A/ggy6Si
>>18
『I AM THAT 私は在る』
【32 生は至高のグルだ】(つづき)

 質問者 正しいマインドの使い方とは何でしょうか?
 マハラジ
 恐れと強欲がマインドの誤用の原因だ。
 正しいマインドの使い方とは愛、生命、真実、そして美への奉仕にある。
 質問者 言うは易く、行うは難しです。真実の愛、人間への愛、善意の愛―
 ―なんというぜいたくでしょう。世界を正すには、それらは山ほど
 必要です。でも誰が与えるというのでしょうか?
 マハラジ
 あなたは真実と愛、知性と善意をどこかほかのところに永遠に探し求め、神
 や人に嘆願することもできるが、すべては無駄なことだ。
 あなたはあなた自身のなかから、あなた自身とともにはじめなければならな
 い。
 これが容赦ない法則なのだ。
 顔を変えることなく、イメージを変えることはできない。
 あなたの世界はあなた自身の反映だということを、まず悟りなさい。
 そして反映のあら探しをするのはやめなさい。
 あなた自身に注意を払い、精神的にも感情的にもあなた自身を正しなさい。
 身体は自動的に、それにしがたうだろう。
 あなたは経済的、社会的、政治的改善に関して多くを語る。
 改善と改善者であるマインドは放っておくがいい。
 愚かで、強欲で、冷酷な人にどんな世界がつくり出せるというのだろうか?
 質問者 もし私たちがハートを変えるのを待たねばならないのなら、私たち
 は際限なく待たなければならないでしょう。あなたの助言は完全性
 への助言です。それはまた絶望への助言でもあるのです。すべてが
 完全なとき、世界も完全となる。何と役に立たない決まり文句でし
 ょう。
 マハラジ
 私はそうは言っていない。
 私はただ、あなた自身を変えずに、世界は変えられないと言ったのだ。
 私はすべての人を変える前にとは言っていない。
 他者を変えることは不必要だし、不可能だ。
 だが、もしあなたがあなた自身を変えたなら、他の誰も変える必要はないと
 わかるだろう。
 画像を変えるにはただフィルムを変えるだけだ。
 あなたは映画館のスクリーンを攻撃したりはしない。
 質問者 どうしてそんなに自分に確信がもてるのですか? あなたが話して
 いることが正しいと、どうやって知るのですか?
 マハラジ
 私は私自身に確信があるのではない。
 私はあなたに確信があるのだ。
 あなたに必要なことは、内側でしか見つからないものを外側に探そうとする
 のをやめることだけだ。
 行動する前に、あなたの視点を正しなさい。
 あなたは深刻な誤解に苦しんでいる。
 あなたのマインドを澄ませ、ハートを浄(きよ)め、生を神聖なものにしな
 さい。
 これがあなたの世界をもっとも速く変える道だ。
(´・(ェ)・`)
(つづく)

23鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/06/19(火) 22:13:19.62ID:Z/zpWE7W
>>20 そうじゃ、心構えによって結果も違ってくるのじゃ。
 実践あるのみなのじゃ。

>>21 そのようなことも人によっては必要じゃろう。
 自分とか主体とかに対する執着を捨てるのじゃ。
 難しいことではあるがのう。
 出世間の道は世間の道とは違うのじゃ。
 世間の者が大事にする自分とか主体をも捨てなければならないのじゃ。

24名無しを整える。2018/06/20(水) 00:56:18.42ID:MWauuTPm
>>22
> あなたの世界はあなた自身の反映だということを、まず悟りなさい。

これは心が現象化しているということでしょうか

25名無しを整える。2018/06/20(水) 19:41:06.19ID:OsELgFru
>>22
> 顔を変えることなく、イメージを変えることはできない。

 顔を変える とは、表情を変えると言う意味でありましょうかね。
笑顔でいるか、暗い顔でいるか、怒った顔でいるか、みたいな。
(´・(ェ)・`)つ

26名無しを整える。2018/06/20(水) 19:51:15.17ID:OsELgFru
>>22
『I AM THAT 私は在る』
【32 生は至高のグルだ】(つづき)

 質問者 数多くの聖者や神秘家が生まれ、死んでいきました。彼らは私の世
 界を変えませんでした。
 マハラジ
 どうして彼らに変えられるだろう?
 あなたの世界は彼らのものではなく、彼らの世界もあなたのものではない。
 質問者 かならず、すべてに共通の現象の世界があるはずです。
 マハラジ
 物体とエネルギーと物質の世界のことだろうか?
 仮に物体と力の共通世界が在るとしても、それは私たちの住む世界ではない。
 私たちの世界は感情と観念の、好感と反感の、価値の尺度の、動機と刺激の、
 概して精神的世界なのだ。
 生物学的には、私たちの必要はわずかばかりだ。
 私たちの問題は異なったレベルのものだ。
 欲望と恐れ、そして誤った観念から生じた問題は、マインドのレベルでしか
 解決できない。
 あなたは自分のマインドを克服しなければならない。
 そしてそのために、あなたはそれを超えていかなければならないのだ。
 質問者 マインドを超えていくとはどういうことでしょうか?
 マハラジ
 あなたは身体を超えているはずだ。
 そうではないかね?
 あなたは自分の身体の消化作用、循環作用、排出作用を綿密に追っているわ
 けではない。
 それらは自動的に行われている。
 同様に、マインドも注意を呼び起こさずとも、自動的に働くようになるべき
 だ。
 マインドが何の欠陥もなく働くようになるまで、これは起こらない。
 私たちはほとんどの時間、マインドと身体を意識している。
 それらは絶え間なく助けを呼んでいるからだ。
 苦痛と苦しみは身体とマインドが注意を引こうと叫んでいるのだ。
 身体を超えていくためには健康でなければならない。
 マインドを超えるにはマインドに完全な秩序をもたらさなければならない。
 混乱をそのままあとに残してマインドを超えていくことはできない。
 混乱はあなたの足をひっぱるだろう。
 「自分の問題は自分で片づけなさい!」は普遍の法則のようだ。
 そして、それは公正な法則でもある。
(´・(ェ)・`)
(つづく)

27鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/06/20(水) 21:19:45.42ID:Ur9zmJC+
>>24 認識が世界を反映しているのじゃ。
 自ら認識した世界がその者の世界なのじゃ。
 それ以上の世界は存在しないのじゃ。

>>25 なにやら翻訳がおかしいようじゃ。
 マインドとかの間違いかもしれん。
 

28名無しを整える。2018/06/20(水) 22:00:46.24ID:Rf3qpsna
>>22
コピペ元はアセンション資料館ですか?
参考までに>>22の"あなたは真実と愛、知性と…(略)…どんな世界がつくり出せるというのだろうか?" の原文です↓
You can spend an eternity looking elsewhere for truth and love, intelligence and goodwill, imploring God and man
-- all in vain.You must begin in yourself, with yourself --
this is the inexorable law. You cannot change the image without changing the face.
First realise that your world is only a reflection of yourself and stop finding fault with the reflection.
Attend to yourself, set yourself right -- mentally and emotionally. The physical will follow automatically.
You talk so much of reforms: economic, social, political. Leave alone the reforms and mind the reformer.
What kind of world can a man create who is stupid, greedy, heartless?
(サイトGREATMASTER.INFOより引用)

29名無しを整える。2018/06/20(水) 22:25:52.09ID:OsELgFru
>>28
ありがとうであります。
changing the face. をググってみたら、
>change the face of
の様相[方法・方式]を一変させる

とあったであります。

インド語→英語→日本語 で、ここまでわかりやすく翻訳していただいて、みなに感謝であります。
(´・(ェ)・`)つ

30名無しを整える。2018/06/20(水) 22:31:32.31ID:OsELgFru
>>28
コピペ元はコピペ元にご迷惑にになるといけないし、読めなくなってしまったら残念なので、秘密であります。
(´・(ェ)・`)つ

31名無しを整える。2018/06/20(水) 22:39:09.10ID:OsELgFru
>>27
翻訳がおかしかったようでありますね。
(´・(ェ)・`)つ

32名無しを整える。2018/06/21(木) 06:29:10.69ID:+V8I3JdQ
>>26
『I AM THAT 私は在る』
【32 生は至高のグルだ】(つづき)

 質問者 あなたがどうやってマインドを超えたのか、尋ねてもよいでしょう
 か?
 マハラジ
 グル(師)の恩寵(おんちょう)によってだ。
 質問者 彼の恩寵はどのような形を取ったのでしょうか?
 マハラジ
 彼は、何が真実なのかを私に告げたのだ。
 質問者 あなたはそれについてどうしたのでしょう?
 マハラジ
 私は彼を信頼し、それを覚えたのだ。
 質問者 それですべてですか?
 マハラジ
 そうだ。
 私は彼と彼の言ったことを覚えていたのだ。
 質問者 それで充分だったというのですか?
 マハラジ
 これ以上何をする必要があるだろう?
 グルと彼の言葉を覚えていることは相当なことなのだ。
 あなたへの私のアドバイスはさらにやさしいものだ。
 ただ、あなた自身を覚えていなさい。
 「私は在る」はあなたのマインドを癒し、それを超えていくのに充分だ。
 私はあなたを迷わせたりしない。
 なぜそうする必要があろうか?
 私があなたから何を欲するというのだろう?
 私はあなたの幸福を願っている。
 それが私の本性なのだ。
 どうしてあなたを惑わせたりするだろうか?
 一般的な常識でさえ欲望を満たしたいのならそれを思いつづけなさいと言う。
 もしあなたが自己の本性を知りたいと望むなら、あなたの存在の秘密があば
 かれるまで、つねに自己をマインドに思いつづけるべきだ。
 質問者 なぜ自己想起が真我の実現をもたらすのでしょうか?
 マハラジ
 なぜなら、それらは同じ状態の二つの側面だからだ。
 自己想起はマインドの領域内にある、真我の実現はマインドを超えてある。
 鏡のなかに映っているイメージは、実際は鏡のこちら側にある顔のものなの
 だ。
 質問者 まったくそのとおりです。しかし、目的は何でしょうか?
 マハラジ
 他者を救うためには、人は救いの必要性を超えていなければならない。
 質問者 私が望むのは幸福だけです。
 マハラジ
 幸せになるために、幸せで在りなさい。
(´・(ェ)・`)
(つづく)

33鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/06/21(木) 22:35:53.08ID:b74xcedO
>>31 そうじゃったか。

自我の観念を厭離するためにはそれを観察しなければならないのじゃ。
自我は邪魔者で在るが悟りへの道でもあるのじゃ。
常にそれが何であるか観続けるならばそれに気づく瞬間も速やかに訪れるのじゃ。  

34名無しを整える。2018/06/22(金) 22:38:27.54ID:gwWyNR46
>>32
『I AM THAT 私は在る』
【32 生は至高のグルだ】(つづき)

 質問者 他者のことは彼ら自身にまかせておきましょう。
 マハラジ
 あなたは孤立していないのだ。
 あなたが分かち合うことができない幸福は偽物だ。
 分かち合うことができることだけが、真に望むべきことなのだ。
 質問者 おっしゃるとおりです。しかし、私にはグルが必要でしょうか? 
 あなたの言われることはシンプルで納得のいくものです。私はそれ
 を覚えているでしょう。でも、これがあなたを私のグルにするわけ
 ではありません。
 マハラジ
 重大なのは個人を礼拝することではなく、あなたのすべきことへの帰依の深
 さと確固たる姿勢なのだ。
 生そのものが至高のグルだ。
 その教えに注意を注ぎ、その命令に従順でありなさい。
 その源を人格化するなら、あなたは外側にグルをもつ。
 あなたがそれを生から直接得るならば、グルは内側にある。
 内面の外面であるあなたのグルの言葉を覚えていなさい。
 自問し、熟考し、それとともに生きなさい。
 それを愛しなさい。
 それに合うように成長し、それとともに成長しなさい。
 それを自分のものにしなさい。
 それをすべて果たすならば、あなたはすべてを得るだろう。
 私はそうしてきた。
 グルと、彼が私に言ったことに、すべての時を捧げたのだ。
 質問者 私の職業は作家です。何か私に特別な助言をいただけますか?
 マハラジ
 執筆は才能と技術の両方だ。
 才能を成長させ、技術を発展させなさい。
 望む価値あることを、正しく望みなさい。
 人びとの間を行くとき、群衆のなかでも自分の道を見いだすように、自分の
 方向を失わずに多くの出来事からあなたの道を見いだすのだ。
 もしあなたが真剣ならば、やさしいことだ。
 質問者 何度となくあなたは真剣であることの必要性を話されました。しか
 し、私たちは単一の意志をもつ者ではありません。私たちは欲望と
 必要、本能と衝動の集積です。それらは互いに混ざり合い、ときに
 はあるものが、あるときは別のものが支配し、しかも長続きしませ
 ん。
 マハラジ
 必要というものはない。
 欲望だけだ。
 質問者 食べ、飲み、自分の身体を保護すること、生きることは?
 マハラジ
 生きようと望むことは基本的な欲望だ。
 他のすべてはそれに依存している。
(´・(ェ)・`)
(つづく)

35名無しを整える。2018/06/22(金) 22:51:19.45ID:gwWyNR46
>>33
くまにとりまして自我は記憶であります。
反応としての感情に、記憶の中にある言葉があてがわれ、物語のなかに巻き込まれて苦しむのであります。
自我の苦の原因はすべて、言葉=観念=記憶であります。
その観念を思い起こしていることに気づき、その気付きにとどまることができれば粗方の苦は厭離できるであります。
けど、それは、意識的にそうあろうとする意思が働いてるときだけであります。
(´・(ェ)・`)つ

36鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/06/22(金) 23:53:05.73ID:mlV/mNOA
>>35 それが心の中で働いていることを観察するのじゃ。
 観察が完全にできれば永久に消えるのじゃ。

 
 死を恐れ逃避することからさまざまな苦悩も起こるものじゃ。
 それは実際には完全に逃避できないものであるからのう。
 観察する事が出来れば死の恐れも、死そのものも無いと気づくのじゃ。
 死に拠っても変化しない意識があるだけなのじゃ。

37名無しを整える。2018/06/23(土) 00:24:03.40ID:WDMZk1uf
>>36
鬼和尚、ありがとうであります。
(´・(ェ)・`)つ

38名無しを整える。2018/06/23(土) 07:17:41.17ID:MgBd9URg
鬼和尚の「実践」は誤魔化しワードじゃな。

何故なら、言葉や観念ではない、「実行」だから。

誰も反論できない、ずるいワードじゃ。

39名無しを整える。2018/06/23(土) 16:25:22.46ID:tXin/5i2

40名無しを整える。2018/06/23(土) 18:46:20.18ID:WDMZk1uf
>>34
『I AM THAT 私は在る』
【32 生は至高のグルだ】の3回目(つづき)

 質問者 私たちは生きています。なぜならば、そうしなければならないから
 です。
 マハラジ
 私たちは生きている。
 なぜなら感覚的存在を切望しているからだ。
 質問者 普遍的なことがらは、間違いのはずがありません。
 マハラジ
 もちろん間違いではない。
 その時と場所においては間違ったことなど何もない。
 しかし真実に関心を持ち、実在に関心を持つならば、あなたはすべてを、あ
 なたの人生そのものを疑わなければならない。
 感覚的必要性、知的体験を主張することによって、あなたは真理の探究を安
 楽の追求へと狭めてしまうのだ。
 質問者 私は安楽ではなく、幸福を探しているのです。
 マハラジ
 マインドと身体の安楽を超えて、あなたはどんな幸福を知っているというの
 だろう。
 質問者 何かほかにあるでしょうか?
 マハラジ
 自分で見いだしなさい。
 あらゆる衝動を疑いなさい。
 どんな欲望も正当化してはならない。
 身体的、精神的所有物を解き放ち、私利私欲を離れ、発見に対してオープン
 でありなさい。
 質問者 ただ聖者や賢者のそばで生活することだけで解放へ導き、ほかに何
 の手段も必要ないというのが、インドの霊的な伝統の一部です。な
 ぜあなたは、人びとがあなたのそばで生活できるようにアーシュラ
 ムを組織しないのでしょうか?
 マハラジ
 ある組織を設立したとたん、私はその囚人となる。
 実際問題として、私はすべての人に開かれている。
 共有の屋根や食事が人びとをより歓迎するわけではない。
 「近くに生きること」とは、同じ空気を呼吸するという意味ではない。
 それは信頼し、したがい、師の善意を無駄にしないことだ。
 グルをつねにあなたのハートのなかに保ち、彼の教えを覚えていることが、
 本当に真実とともに生きることだ。
 身体的距離の近さが重要なのではない。
 あなたの全人生を、師への信頼と愛の表現にするがいい。
 これが真にグルとともに生きることだ。
(´・(ェ)・`)
(つづく)

41名無しを整える。2018/06/24(日) 16:18:54.13ID:rpwy5DFz
     |lililililililililili/ .ヽlili|     /:::::::,ヽ#"ヽ` "゛/ :::::|
    ililililil ilili〆 /⌒ lili/     /::::::/ .,,=≡, ,,≡=, l::::::|
    (ili -・=V  =・- V)      i::::::l゛ .,-・= ,!. =・- l::τ
     ゚li "  (・_・)ヽ l*      |:::::|  :⌒ /.. iヽ ⌒u|::i
     )人  > ⇒(  人(      (i::i″   ,ィ__)   i/
     _ __:ヽ、__  __,イ_        ヽ  U / ::::/:::〈   i
   /;:;:/゚。 ⌒。゚\;ヽ        ヽ_ ノ::``ーー''ヽ _/
   |:;:;:;:;Y * /;く;:\      __人  ` ̄´ 人_
   |;:ヽ:;:;: \ ̄/;:;/;:;:\   /: : : : : ` " λ  : :ヽ: :\
   |:;:ヽ:;:;:;:;ヽ/, / ⌒つニ/⌒ ヽ: : : :\ /▼ヽ/: :く: : : \
   |;:;:\;:;:;:// /<  二二)(二二): : : : : :\▲/:_・:/: :_: : : :ヽ__
   |:;:;:;:\;:;:|| | <  __)ゝ__人: : : : : : : ▼// ̄__つ (__)
    ;:;:;:;:;\:;| |  <___ノ  (___): \: : : : : :// / <  __)(____)
            ヾヽニニ/ヽ--'/: : : : : :\: : : :| | | < ___) (__)

                反 知 性 主 義 者

42名無しを整える。2018/06/24(日) 19:30:28.81ID:3naUKhye
>>40
『I AM THAT 私は在る』
【33 すべてはひとりでに起こる】

 質問者 ジニャーニ(賢者)は死ぬのでしょうか?
 マハラジ
 彼は生と死を超えている。
 私たちが避けることができない生まれ、そして死ぬということは、彼にとっ
 ては不動のなかの動、不変のなかの変化、永遠のなかの終焉(しゅうえん)
 という表現として見なされる。
 ジニャーニにとっては何も生まれず、何も死なず、何も続かず、何も変わら
 ない。
 すべては時を超えて、あるがままだということが明らかなのだ。
 質問者 あなたは、ジニャーニは超越していると言いますが、何を超えてい
 るのでしょうか? 知識を超えているのでしょうか?
 マハラジ
 知識は現れては消える。
 意識は存在のなかに立ち現れ、存在から立ち去る。
 それは日々起こる出来事であり、観察されることだ。
 私たちはみな、ときどき意識的であり、ときどきそうではない。
 私たちが意識のないとき、それは暗黒、または空白として現れる。
 だが、ジニャーニは彼自身が意識的でも無意識的でもなく、ただ純粋に気づ
 いていて、マインドの三つの状態*とその内容の観照者だと知っているのだ。
 ( *訳注 「マインドの三つの状態」:目覚め、夢見、眠りの状態。)
 質問者 この観照はいつはじまるのでしょうか?
 マハラジ
 ジニャーニにとっては、はじまりも終わりもない。
 塩が水に溶けるように、すべては純粋な存在のなかに溶けていく。
 智慧とは永遠に非実在を否定していくことだ。
 非実在を見ることが智慧なのだ。
 その彼方には表現不可能なものがある。
 質問者 私のなかには、「わたしは身体だ」という確信があります。もちろ
 ん、私は智慧から語ってはいません。しかし、自分自身を身体、
 「身体―精神」、あるいは純粋なマインドと感じる状態はいつはじ
 まるのでしょうか?
 マハラジ
 意識のはじまりに関して語ることはできない。
 時間とはじまりという観念は意識のなかに在るのだ。
 何であっても、そのはじまりに関して語るには、そこから外に足を踏みださ
 なければならない。
 そしてひとたび外に出れば、そのようなものはけっして存在していなかった
 ことがわかる。
 ただ実在だけが在り、そのなかにそれ自身として独立した存在を持つものは
 ない。
 波が海から分離することができないように、生きるものすべても存在に根づ
 いているのだ。
(´・(ェ)・`)
(つづく)

43鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/06/24(日) 21:49:58.00ID:bbovpo3d
>>37 どういたしまして、またおいでなさい。


意識とはいつから始まったとか、どのくらいの大きさとか思考するのも観念によるものじゃ。
時間も距離も広さも観念により作り出されたものなのじゃ。
観念を超えて感じられれば永遠が実感できるのじゃ。

44名無しを整える。2018/06/25(月) 20:29:38.67ID:L6Pbnugk
>>42
『I AM THAT 私は在る』
【33 すべてはひとりでに起こる】(つづき)

 質問者 今ここで私が尋ねているのは事実です。「私は身体だ」という感覚
 はいつ起こるのでしょう? 誕生時に起こるのでしょうか? ある
 いは今朝起こったのでしょうか?
 マハラジ
 今だ。
 質問者 しかし、昨日もそれがあったのを私は覚えていますよ!
 マハラジ
 昨日の記憶も今にしかない。
 質問者 しかし、確かに私は時間のなかに存在しています。私には過去と未
 来があります。
 マハラジ
 あなたがそう想像するだけだ、今。
 質問者 はじまりがあったはずです。
 マハラジ
 今がある。
 質問者 では、終わりは?
 マハラジ
 はじまりのないところに終わりはない。
 質問者 しかし、私は自分の質問を意識しています。
 マハラジ
 偽りの質問には答えられない。
 それはただ偽りとして見られるだけだ。
 質問者 私にとってそれは実在です。
 マハラジ
 あなたにとって、いつそれが実在として現れたのか。
 今だ。
 質問者 ええ。それは私にとって、まったく実在です、今。
 マハラジ
 あなたの質問のどこが実在なのだろうか?
 それはマインドの状態だ。
 どんなマインドの状態も、マインドと同様実在ではありえない。
 マインドは実在だろうか?
 それはそれぞれが一時的な状態の集まりにすぎない。
 一時的状態の連続をどうして実在として考えられるだろうか?
 質問者 糸に通した数珠玉のように、出来事は出来事の後に続いていきます。
 永遠に。
 マハラジ
 それらはみな、「私は身体だ」という基本的観念の糸に連なっているのだ。
 しかし、これもまた精神的状態で永続せず、ほかのすべての状態のように来
 ては去っていく。
 「身体―精神」の存在という幻想がそこにあるのは、ただ、よく調査しなか
 ったからだ。
 未調査という糸にすべてのマインドの状態は連なっている。
 それは暗室の暗闇のようなものだ。
 一見、それはそこにあるように見える。。
 だが、ひとたび扉が開かれたら、暗闇はどこへ行くだろうか?
 どこへも行きはしない。
 なぜなら、それはそこにはなかったのだ。
 すべてのマインドの状態、すべての名前と形のある存在は、未探求と未調査、
 想像と軽信のなかにその根を下ろしている。
 「私は在る」と言うことは正しいが、「私はこれだ、私はあれだ」と言うこ
 とは、探求せず、確かめずにいたこと、精神的弱さ、無関心の現れだ。
(´・(ェ)・`)
(つづく)

45鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/06/25(月) 22:36:08.88ID:5aISlCTT
覚えているから自分が在る、記憶によって実在があるというのが記憶への依存なのじゃ。
自己の実在の感覚も過去の記憶の観念なのじゃ。
今ここにはないものじゃ。
それが自我のなりたちなのじゃ。

46名無しを整える。2018/06/26(火) 22:42:09.03ID:5KPUx2pf
>>44
『I AM THAT 私は在る』
【33 すべてはひとりでに起こる】(つづき)

 質問者 もしすべてが光なら、どのようにして暗闇は現れるのでしょうか?
 光のただなかで、どうして暗闇がありうるでしょうか?
 マハラジ
 光のただなかに暗闇はない。
 真我を忘れることが暗闇なのだ。
 真我ではないものごとのなかに没頭するとき、私たちは真我を忘れてしまう。
 それは不自然なことではない。
 しかし、なぜ過剰な執着のために真我を忘れることがあろうか?
 体験者と体験の両方の源である真我をけっして忘れないことのなかに智慧が
 あるのだ。
 質問者 私の現状では、「私は身体だ」という観念は自然にやってきます。
 一方、「私は純粋な存在だ」という考えは、何か真実として、しか
 し体験されてはいないものとして強要されなければならないものな
 のです。
 マハラジ
 そうだ。
 サーダナ(修練)は自己の純粋な存在を強いて思い起こさせることにある。
 何か特定の存在としてではなく、特定の存在の総計としてでもない。
 宇宙を構成する、すべての特定のものの全体としてでもない。
 すべてはマインドのなかに存在する。
 この身体でさえ莫大な数の知覚感覚の統合でしかなく、そのそれぞれもまた
 心理的状態にすぎないのだ。
 もしあなたが「私は身体だ」と言うなら、見せてみなさい。
 質問者 ここにあります。
 マハラジ
 あなたがそれを想うときにだけあるのだ。
 マインドも身体も断続的状態だ。
 つかの間の記憶の総計が、存在しているという幻想をつくり出す。
 はかなきもののなかで何が永遠なのか、非実在のなかの実在を調べなさい。
 それがサーダナだ。
 質問者 私が自分を身体なのだ、と考えていることは事実です。
 マハラジ
 あらゆる方法で自分自身を考えてみなさい。
 ただ、身体という観念をもちこんではならない。
 そこにはただ感覚、知覚、記憶、そして観念の流れがあるだけだ。
 身体とは抽象的観念であって、多様性のなかに統合を見いだそうとする私た
 ちの傾向にすぎず、それは何も間違ったものではない。
(´・(ェ)・`)
(つづく)

47鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/06/26(火) 22:50:45.95ID:aEpol7GU
肉体というものはあるがそれはあると認識すれば観念になるのじゃ。
観念の認識は実際のものごととは違うのじゃ。
肉体でさえ詳細に観察してみれば自分が思っていたり、記憶していたりするのと違うことがわかるのじゃ。
観念の自分の肉体はもっと足が長く、胴が細く、美男美女であるかもしれん。
しかし、本当に観察してみればそうでもないとわかるのじゃ。
実践が全てなのじゃ。

48名無しを整える。2018/06/26(火) 23:12:38.83ID:5KPUx2pf
>>47
記憶が、あるがままの観察をじゃまするのでありますね。
思い込みを排して常に新鮮な気持ちで観察しなけりゃいけないのでありますね。
(´・(ェ)・`)つ

49名無しを整える。2018/06/27(水) 18:28:33.62ID:a9VuguYi
>>46
33の2『I AM THAT 私は在る』
【33 すべてはひとりでに起こる】(つづき)

 質問者 「私は身体だ」と考えることはマインドの欠点だと、私は言われま
 した。
 マハラジ
 なぜそんなふうに言うのかね?
 そのような表現は問題を生むだけだ。
 真我がすべての源でありすべてなのだ。
 それが最終目的地だ。
 それ以外には何もない。
 質問者 身体の観念が強迫観念になれば、それは過ちなのでしょうか?
 マハラジ
 身体の観念は何も間違いではない。
 「私は身体だ」という観念さえ間違いではない。
 ただ自己をひとつの身体に限定することが過ちなのだ。
 実際には、すべての存在、すべての形態は私自身のもの、私の意識のなかに
 ある。
 私は何か、と言うことはできない。
 なぜなら言葉は何が私ではないか、しか描写できないからだ。
 私は在る。
 そして、私が在るゆえにすべては在る。
 私は意識を超えている。
 それゆえ、私とは何かを意識のなかで表すことはできないのだ。
 それでも、私は在る。
 「私は誰か?」という質問に答えはない。
 いかなる体験もそれに答えることはできない。
 なぜなら、真我は体験を超えているからだ。
 質問者 しかし、それでも「私は誰か?」という質問は役に立つはずです。
 マハラジ
 その答えは意識内にはない。
 それゆえ、意識を超えていくことを助けるのだ。
 質問者 私はここに在ります。この瞬間に。そのなかの何が実在で、何がそ
 うではないのでしょうか? さあ、どうか私の質問が間違っている
 とは言わないでください。質問を疑問視することでは、どこにも到
 達しません。
 マハラジ
 あなたの質問は何も間違ってはいない。
 不必要なだけだ。
 あなたは「今ここに私は在る」と言った。
 そこで止まりなさい。
 これが実在だ。
 事実を質問にすり替えてはいけない。
 そこにあなたの過ちがあるのだ。
 あなたは知ることでも、知らないことでもなく、マインドでも物質でもない。
(´・(ェ)・`)
(つづく)

50鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/06/27(水) 22:53:17.40ID:ZL9czPv0
>>48 そうじゃ、全ての先入観を排除して観るのじゃ。
 それが真の観察なのじゃ。

 どれほど質問をしても実在にはたどり着けないのじゃ。
 質問して考えるのは観念のうちのことであるからのう。
 観念を止めて全ての注意を集めた真剣な観察だけが人を実在に導くのじゃ。
 実践が全てなのじゃ。
 

51名無しを整える。2018/06/27(水) 23:02:18.57ID:a9VuguYi
>>50
(´・(ェ)・`)つ
鬼和尚、ありがとうであります。

52名無しを整える。2018/06/28(木) 20:08:41.99ID:8X5sR9dy
>>49
『I AM THAT 私は在る』
【33 すべてはひとりでに起こる】(つづき)

 質問者 たった今、ひとりの少年が問題をもってあなたのところに来ました。
 あなたは彼にわずかな言葉を投げかけ、彼は去っていきました。あ
 なたは彼を助けたのですか?
 マハラジ
 もちろんだ。
 質問者 どうしてあなたはそんなに確かなのでしょうか?
 マハラジ
 助けることが私の本性だからだ。
 質問者 どうやって、それを知るに至ったのでしょうか?
 マハラジ
 知る必要はない。
 それはそれ自身で作用するのだ。
 質問者 それでも、あなたはある表明をしました。それは何に基づいていた
 のでしょうか?
 マハラジ
 人々が私に言うことに基づいてだ。
 だが、その証明を求めているのはあなただ。
 私には必要ない。
 ものごとを正すのは私の本質なのだ。
 それがサティヤム、シヴァム、スンダラム(真、善、美)なのだ。
 質問者 ある人があなたにアドバイスを求めに来て、あなたは彼にアドバイ
 スします。それはどこから来るのでしょうか? そして、何の助け
 によるものなのでしょうか?
 マハラジ
 彼自身の存在が彼のマインドに影響を与え、反応を引き起こすのだ。
 質問者 では、あなたの役割は何なのでしょうか?
 マハラジ
 彼と彼の自己が私のなかにともに入ってくるのだ。
 質問者 なぜ真我はあなたなしで彼を助けないのでしょうか?
 マハラジ
 だが私が自己なのだ!
 あなたは私が分離していると考えている。
 それゆえの質問だ。
 「私の自己」と「彼の自己」というものはない。
 ただ真我が、すべての存在の真我があるだけだ。
 名前と形、マインドと身体の多様性に迷わされて、あなたは多様な自己を想
 像するのだ。
 私たちはともに自己なのだ。
 ただ、あなたには確信がないだけだ。
 この個人的自己と普遍的自己の話は、初歩的な学生の段階だ。
 超えていきなさい。
 二元性にとどまってはならない。
(´・(ェ)・`)
(つづく)

53鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/06/28(木) 22:21:46.33ID:xZutOywh
>>51 どういたしまして、またおいでなさい。

悟った者も悟りを求める者達の道標になるだけなのじゃ。
人は自ら悟りを求めて本心を観なければならないのじゃ。
道標があれば近道を知り、迷った時も行くべき道を知ることができるのじゃ。

54名無しを整える。2018/06/30(土) 01:41:25.92ID:6ewsPsEk
>>52
『I AM THAT 私は在る』
【33 すべてはひとりでに起こる】

 質問者 ふたたび助けを要している人の話に戻りますが、彼があなたのもと
 に来たとします。
 マハラジ
 もし彼が来るなら、助けを得るのは確実だ。
 なぜなら彼は助けを得る宿命で来たからだ。
 何も空想的なことではない。
 ある人を助けて、別の人を拒むということは、私にはできない。
 皆が救われる。
 それが法則だ。
 ただ必要によって助けの形が異なるだけだ。
 質問者 なぜ彼はアドバイスを得るためにここに来なければならなかったの
 でしょうか? 彼は自分の内面からそれを得ることはできないので
 しょうか?
 マハラジ
 彼はそれを聞かないだろう。
 彼のマインドは外側に向かっているからだ。
 だが、すべての体験はマインドのなかに在る。
 彼が私のもとに来て助けを得ることも、すべて彼のなかに在る。
 彼自身の内側に答えを見つけるかわりに外側からの答えを想像したのだ。
 私にとっては、私はなく、人もなく、与えるということもない。
 すべてはマインドのなかの光のきらめきにすぎない。
 私は永遠の平和と沈黙だ。
 そのなかには何も現れない。
 なぜなら、現れるものはすべて消え去るからだ。
 誰も助けを求めず、誰も助けを差しだしてはいない。
 誰も救われてはいない。
 それらはすべて意識のなかの現れにすぎないのだ。
 質問者 それでも救う力はそこにあります。誰か、あるいは何かがその力を
 表しています。神、真我、宇宙的心、名前は何であれ。名前はとも
 かく、事実が重要です。
 マハラジ
 これは「身体―精神」の見地だ。
 純粋なマインドはものごとをあるがままに意識のなかの泡としてみる。
 その泡は現れては消え、それ自体実在を持たずにふたたび現れる。
 それらに何の特定の原因を帰することもできない。
 それぞれがすべての原因であり、すべてに影響を与えているからだ。
 それぞれの泡が身体であり、それらすべての身体は私のものだ。
 質問者 あなたにはすべてを正しく行う力があると言われるのですか?
 マハラジ
 私から離れた力というものはない。
 それは私のなかに本来固有のものなのだ。
 創造力とも言えよう。
 ひと塊(かたまり)の金から多くの装飾品をつくり出すことができ、それぞ
 れがみな金として残る。
 同様に、私が何の役で現れ、どんな演技をしようとも、私は私として残る。
 「私は在る」は不動で、揺るがず、依存しない。
 あなたが宇宙、自然と呼ぶものは私の自発的創造性だ。
 何であれ、起こることは起こる。
 だが、すべては喜びのなかに終わるのだ。
(´・(ェ)・`)
(おわり)

55名無しを整える。2018/06/30(土) 01:43:41.05ID:6ewsPsEk
>>54
不二一元でありますね。うむ。
(´-・(ェ)・-`)つ

56名無しを整える。2018/06/30(土) 21:01:44.06ID:6ewsPsEk
>>54
『I AM THAT 私は在る』(つづき)

【33 すべてはひとりでに起こる】

 質問者 愚かな母親がメチルアルコールを飲ませたために、盲目となってし
 まった少年がいます。私はあなたに彼を救うようお願いしたいので
 す。あなたは慈悲にあふれ、助けの手を差しだしています。どのよ
 うな力であなたは彼を救うのでしょうか?
 マハラジ
 彼に起こったことは意識に記憶されている。
 それは消されることなくそこにある。
 意識が作用するだろう。
 質問者 私があなたに願い出たことが、何か違いをもたらすでしょうか?
 マハラジ
 あなたの願い出たことも少年の盲目となったことの一部なのだ。
 彼が盲目なため、あなたは懇願した。
 あなたは何もそこに加えたわけではない。
 質問者 しかし、あなたの救いは新たな要因となるでしょうか?
 マハラジ
 いいや。
 すべては少年の盲目となったことのなかに含まれている。
 すべてがそのなかにある――母、少年、あなた、私そしてその他のすべてが。
 それはひとつの出来事なのだ。
 質問者 こうして少年の事件について語り合っていることさえ、定められて
 いたということでしょうか?
 マハラジ
 それ以外ありうるだろうか?
 すべてのことがそれらの未来を含んでいる。
 少年は意識のなかに現れた。
 私はその彼方に在る。
 私が意識に命令を下したわけではない。
 気づきの本質はものごとを正すことだと私は知っているのだ。
 意識にその創造物の面倒を見させなさい!
 少年の嘆き、あなたの哀れみ、私がそれを聞き、意識が働きかける。
 すべてはひとつの単一の事実だ。
 それを構成要素に分割しておいて、それから質問をするのは止めなさい。
 質問者 なんとあなたのマインドは奇妙に働くのでしょう?
 マハラジ
 私ではない、あなたが奇妙なのだ。
 私は正常だ。
 正気だ。
 私は、ものごとをありのままに見る。
 それゆえ、何も恐れることがない。
 だが、あなたは実在を恐れているのだ。
(´・(ェ)・`)
(つづく)

57名無しを整える。2018/06/30(土) 22:08:15.65ID:L7BdUFKi
Y1U

58鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/01(日) 00:42:32.22ID:HJg6615U
全ては一つであるとマハラジは何度も教えているのじゃ。
違う言葉や言い方で説いているのじゃ。
時間も空間も自他も無い全てが一つの境地はそれを感じない者には理解できないのじゃ。
ただ実践によってたどり着けるのじゃ。

59名無しを整える。2018/07/01(日) 12:45:12.52ID:NW/B3NRk
>>56
『I AM THAT 私は在る』
【33 すべてはひとりでに起こる】(つづき)

 質問者 なぜ私は恐れるのでしょうか?
 マハラジ
 あなた自身についての無知と、恐れていることに気づいていないことが、あ
 なたを恐れさせるのだ。
 恐れないふりをしてはならない。
 まず、無知の壁を破壊しなさい。
 人びとは死を恐れている。
 彼らが死を知らないからだ。
 ジニャーニは死以前にすでに死んでいる。
 彼は何も恐れるようなことはないと知っているのだ。
 あなたが真我を知る瞬間、何も恐れるものはなくなる。
 死は自由と力を与える。
 世界から自由となるためには、世界に対して死ななければならない。
 そうすれば宇宙はあなた自身のものとなる。
 それはあなたの身体、表現とその道具となる。
 絶対的な自由としてある幸福は、どんな描写をも超えている。
 その反対に、自由を恐れている人は死ぬことができない。
 質問者 つまり、死ぬことができない人は、生きることもできないというこ
 とでしょうか?
 マハラジ
 どう言うかはあなたの自由だ。
 執着は束縛であり、無執着が自由だ。
 切望することは奴隷となることだ。
 質問者 もし私が救われれば、世界も救われるということでしょうか?
 マハラジ
 概して世界は助けを必要としない。
 人は過ちを犯して不幸となる。
 それが気づき、ジニャーニの意識が入ったとき、それは正される。
 それが彼の本性なのだ。
(´・(ェ)・`)
(つづく)

60鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/01(日) 22:33:14.20ID:HJg6615U
自らの本心に気づかなければ恐れもなくならないのじゃ。
偽りの心を捨てる覚悟が必要なのじゃ。
本心を見極めてアートマンに至るのじゃ。

61名無しを整える。2018/07/06(金) 08:51:38.79ID:rG7vBbLN
>>60

本心を観察すればバラ色かいな。

それよりも、

癌の痛みで苦しんでいる患者を助けてやれよ。

62鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/06(金) 23:39:52.70ID:y7qCube6
↑医者が助けるじゃろう。
光線療法が効くのじゃ。

63名無しを整える。2018/07/07(土) 16:58:49.34ID:6JJmoRR8
>>62

鬼は知らんぷりかいな。医者に任せてしまって。

全ては心がなせる業だろ?

鬼自身が何とかせんかい?

日頃偉そうなこといいまっくてるんだから。

64鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/07(土) 22:55:59.90ID:RAEaMoCb
医者にいくことを勧めるのもわしの業なのじゃ。

65名無しを整える。2018/07/08(日) 14:08:13.64ID:wiNZ1gKu
>>64
その程度の事なら、俺でも言えるし、
主婦でも子供でも言えるよ。

悟りを開いた鬼和尚がその程度なの。

 全ては心がなせる業だろ?

 鬼自身が何とかせんかい?

66鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/08(日) 21:58:08.23ID:5zBD5iR4
↑言ってないということは言えないからなのじゃ。
おぬしも精神科にいくことを勧めるのじゃ。

67名無しを整える。2018/07/10(火) 17:48:53.74ID:73Yqyw49
>>66
鬼さんよう、

そこまで屁理屈こいて、恥ずかしくないの?

恥知らずだからこそ、言葉尻を捕らえても言い訳する性格じゃな。

悟っても、屁理屈こねる性分だけは無くならんとみえる。(大爆笑)

68鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/10(火) 21:59:32.39ID:azCKTdYZ
↑他人が屁理屈こいて恥ずかしく見えるならば自分がそうであるからかもしれん。
 何が恥ずかしいのか自分の本心を観察して確かめるのじゃ。

69名無しを整える。2018/07/11(水) 20:09:34.63ID:SecSlJfp
>>68
つ鏡
鬼の良心で決まる。

70鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/11(水) 21:34:24.84ID:znl8PFii
↑おぬしの利用心なのじゃ。

71名無しを整える。2018/07/12(木) 09:03:29.70ID:uPHMJFKw
>>70

あーいえば、こーいう。

屁理屈上手なオームの「上祐」なみの鬼和尚。

恥ずかしい姿は、ガマの油を超える。


悟っても、却って悪くなるの見本じゃ。

72鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/12(木) 22:12:53.47ID:fCxNsJiQ
↑他人が上祐とか恥ずかしいと思えるならば自分が上祐で恥ずかしいのかもしれん。
自らの本心を観れば恥ずかしさもなくなるじゃろう。

73名無しを整える。2018/07/18(水) 15:04:35.18ID:9O0WnFYk
あ?
宗教板で相手にされ無くなって、どこに消えたのかと思ったら、こんな所で邪説を吹聴していたのか?

お仕置きだな。

74仏教初心者2018/07/18(水) 15:48:58.34ID:Rbi4cfsq
鬼和尚はなぜ仏教僧でないのに和尚を名乗るのですか?

75鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/18(水) 21:16:35.20ID:W7tGLdPs
↑わしに夢中じゃな。

76名無しを整える。2018/07/18(水) 21:35:32.18ID:2HATEuwH
鬼も、皮肉を言うようになったか。

爆笑。

77仏教初心者2018/07/18(水) 22:30:00.07ID:Rbi4cfsq
>>75
で、鬼和尚はなぜ仏教僧でないのに和尚を名乗るのですか?

78名無しを整える。2018/07/18(水) 22:58:14.84ID:+CuL5w+c
このスレも遂にジャンキー糞凡愚に発見されてしまったか

79鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/19(木) 21:20:18.03ID:laGti95+
↑わしに熱中じゃな。

80仏教初心者2018/07/19(木) 21:21:29.91ID:8CrzXz9y
>>79
で、鬼和尚はなぜ仏教僧でないのに和尚を名乗るのですか?

81名無しを整える。2018/07/20(金) 02:52:25.14ID:gz6iqeeS
なぜジャンキー糞凡愚は自演ばかりするんですか?

82仏教初心者2018/07/20(金) 14:24:21.90ID:5nEduYev
必死ですねw

83鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/20(金) 22:20:05.31ID:9hHh2aX7
↑わしに必死じゃな。

84仏教初心者2018/07/20(金) 22:36:45.22ID:5nEduYev
>>83
で、鬼和尚はなぜ仏教僧でないのに和尚を名乗るのですか?

人を誤魔化して自己啓発?

85名無しを整える。2018/07/21(土) 14:29:30.74ID:oqSBN34R
パタンジャリのヨーガスートラ
第一章 
1.1 これよりヨーガを明細に説く。

1.2 心の作用を止滅することが、ヨーガである。

1.3 その時、見る者【自己】は、それ本来の状態に留まる。

1.4 その他のときは、【自己は】心の様々な作用に同化した形をとっている【ように見える】。

1.5 心の作用には五種類あり、それらは、苦痛に満ちたもの(煩悩性のもの)、あるいは苦痛なきもの(非煩悩性のもの)である。

1.6 それらは、正知、誤解、言葉による錯覚、睡眠、そして記憶である。

(´・(ェ)・`)つ

86名無しを整える。2018/07/21(土) 19:27:50.63ID:T+i148wx
222 名前:マジレスさん :2018/07/21(土) 18:51:10.66 ID:efN/DF80
自作自演なら誰も困らん
自問自答なら誰も惑わされん

あろうがなかろうがどっちでも良い

87名無しを整える。2018/07/22(日) 08:56:45.88ID:ekxWVH7N
>>85
パタンジャリのヨーガスートラ
第一章
1.7 正知のよりどころは、直接的知覚、推理、及び聖典の証言である。

1.8 誤解は、あるものに対する知識が、その実態に基づいていないときに起こる。

1.9【基盤となる】実態がなく、単に言葉だけを聞いて生ずる心象は、言葉による錯覚である。

1.10 無を把握の対象として成り立つ心の作用が睡眠である。

1.11 過去に経験し、今も忘れられていないものを対象とする作用が意識に戻ってくるとき、それが記憶である。

(´・(ェ)・`)つ

88鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/22(日) 23:30:45.21ID:BfOmqwhB
パタンジャリのヨーガスートラはサマーディによる悟りを目指すものなのじゃ。
分類すればサマーディヨーガということになるじゃろう。
集中によって忘我に成り、無我から悟りを目指す道なのじゃ。
才能のある者には容易であるが、そうではない者には厳しい道なのじゃ。 

89名無しを整える。2018/07/22(日) 23:54:50.08ID:f5e9uQ/B
で、鬼和尚はなぜ仏教僧でないのに和尚を名乗るのですか?

人を誤魔化して自己啓発?

90名無しを整える。2018/07/22(日) 23:55:15.41ID:f5e9uQ/B
またこれかな?

222 名前:マジレスさん :2018/07/21(土) 18:51:10.66 ID:efN/DF80
自作自演なら誰も困らん
自問自答なら誰も惑わされん

あろうがなかろうがどっちでも良い

91名無しを整える。2018/07/23(月) 17:27:22.90ID:p6yHUIx1
パタンジャリのヨーガスートラ
第一章
1.12 これらの心の作用は、修習(アビイアーサ)と離欲(ヴァイラーギヤ)によって止滅される。

1.13 これら二者のうち、心に不動の状態をもたらそうとする努力が、修習(アビイアーサ)である。

1.14 修習は、長い間、休みなく、大いなる真剣をもって励まれるならば、堅固な基礎を持つものとなる。

1.15 見たり聞いたりした対象への切望から自由である人の、克己の意識が離欲(ヴァイラーギヤ:無執着)である。

1.16 プルシャ【真の自己】の悟得によってグナ【自然(プラクリティ)の構成要素】に対してさえ渇望のなくなったとき、それが至上の離欲(ヴァイラーギヤ)である。

1.17 【サムプラジュニャータ・サマーディ:区別ある三昧】(有想三昧)には、論証性(尋)、反射(伺)、歓喜(楽)、及び純粋な我−性(我想)が伴う。

(´・(ェ)・`)つ

92名無しを整える。2018/07/23(月) 17:47:50.45ID:bWrBei+y
で、鬼和尚はなぜ仏教僧でないのに和尚を名乗るのですか?

人を誤魔化して自己啓発?

93鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/23(月) 22:38:23.80ID:7+EVOGGG
ヨーガスートラでは修業の実践を修習(アビイアーサ)というのじゃ。
日々の修習(アビイアーサ)なくして進歩は無いのじゃ。 
日々の修習(アビイアーサ)によって至上の離欲(ヴァイラーギヤ)にも到達できるのじゃ。
 
サマーディにもいくつかの段階が有り、ヨーガスートラでは最初の段階から説いていくのじゃ。

94仏教初心者2018/07/23(月) 22:42:52.30ID:icpnlnG6
>>93
で、鬼和尚はなぜ仏教僧でないのに和尚を名乗るのですか?

人を誤魔化して自己啓発?

95名無しを整える。2018/07/24(火) 20:10:43.63ID:ns2j772m
>>91
パタンジャリのヨーガスートラ。
第一章
1.17 【サムプラジュニャータ・サマーディ:区別ある三昧】(有想三昧)には、論証性(尋)、反射(伺)、歓喜(楽)、及び純粋な我−性(我想)が伴う。

1.18 心の作用の完全停止が確固不抜に修められることによって、後に残るのは印象(サンスカーラ:行)のみとなる。これがいま一つのサマーディ【アサムプラジュニャータ・サマーディ:区別なき三昧】(無想三昧)である。

1.19 単に物質的身体を去って天界の神格たる状態に至った者、あるいは自然(プラクリティ)〔自性〕に没入した者には、再生がある。

1.20 その他の者〔ヨーギーたち〕は、堅信、努力、念想、三昧、叡智を通して、このアサムプラジュニャータ・サマーディを得ることができる。

1.21 強い情熱をもって修練する者には、これ【アサムプラジュニャータ・サマーディ】は非常に速やかに来る。

(´・(ェ)・`)つ

96鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/24(火) 22:58:14.10ID:LL10J6D6
有想三昧にはまだ論理思考があり、我という思いも残って居る。
無想三昧にはそれらはなくもはやサンスカーラだけとなる。
サンスカーラとは今の言葉で言えば潜在意識とかになるじゃろう。
それは日常では意識できない心の働きであり、心を支配するものじゃ。

97仏教初心者2018/07/24(火) 23:03:10.17ID:l+FT0YIT
自問自答して楽しいの?

98名無しを整える。2018/07/25(水) 15:00:02.21ID:iCwUcljk
>>96
>印象(サンスカーラ:行)
↑記憶と照合される以前の、あるがままの観察のことでありますかね。
行とは、受、想、行、識 の行でありますか?
(´・(ェ)・`)つ

99名無しを整える。2018/07/25(水) 15:04:36.22ID:iCwUcljk
パタンジャリのヨーガスートラ。
第一章
1.22 成功のために要する時間はさらにまた、その修練が穏和であるか、中位であるか、非常に熱烈であるかによって異なる。

1.23 神【イーシュバラ】への完全な帰依によっても【サマーディ】は達成される。

1.24 イーシュバラとは、いかなる苦悩(煩悩)、行為(業)、行為の結果(業報)、欲望の内的印象(業遺存)によっても染められていない無常のプルシャである。

1.25 彼の中には、一切知の種子が完全に備わっている。

1.26 彼は時間によって制限されないがゆえに、太古の師達にとってさえも師である。

(´・(ェ)・`)つ

100鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/25(水) 22:30:52.93ID:z+RgXu39
>>98 そのようなものじゃ。
 漢字では行と翻訳されているのじゃ。

 神への帰依によってもサマーディは達成されるのじゃ。
 勿論その神に対して元から強い信仰がなければならないがのう。
 信仰する神仏に身も心も捧げるのが真の帰依なのじゃ。
 真の帰依によってサマーディも訪れるのじゃ。

101名無しを整える。2018/07/25(水) 22:59:12.88ID:iCwUcljk
>>100
鬼和尚、ありがとうございます。
やっぱり、何らかの信仰は近道であるかもしれないでありますね。。
宗教団体に対する信仰でも個人に対すそれでもなく、苦からの解放を求める自分の思いに対する信仰みたいな気がするであります。
(´・(ェ)・`)つ

102名無しを整える。2018/07/26(木) 01:00:35.74ID:ih4YZhnH
自問自答して楽しいの?

103名無しを整える。2018/07/26(木) 01:47:17.11ID:2dM/oui9
Empty your mind.
Be formless, Shapeless, like water.
If you put water into a cup, it becomes the cup.
You put water into a bottle and it becomes the bottle.
You put it in a teapot it becomes the teapot.
Now, water can flow or it can crash. Be water my friend.

Bruce Lee


心を空にするんだ
形を捨てて
水のように
水をカップに注げは、水はカップとなり
水をビンに注げば、水はビンとなる
そして急須に入れれば急須になる
水は流れる事も砕く事もできる
友よ 水になるんだ!

ブルース・リー

104名無しを整える。2018/07/26(木) 06:38:28.94ID:2k3OCPA4
上善如水
水善利萬物而不爭
處衆人之所惡
故幾於道

居善地
心善淵
與善仁
言善信
正善治
事善能
動善時

夫唯不爭
故無尤


老子

ググってみたら、こんなのもあったであります。
(´・(ェ)・`)つ

105名無しを整える。2018/07/26(木) 08:30:50.32ID:2k3OCPA4
>>104
上善(じょうぜん)は水の若(ごと)し。
水は善(よ)く万物を利して而(しか)も争わず、
衆人(しゅうじん)の悪(にく)む所に処(お)る。
故(ゆえ)に道に幾(ちか)し。
居(きょ)には地が善く、
心には淵(えん)が善く、
与(まじわり)には仁が善く、
言には信が善く、
正(政)には治が善く、
事には能が善く、
動には時が善し。
それ唯(た)だ争わず、
故に尤(とが)め無し。

106鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/26(木) 22:10:27.85ID:CucKlNOM
>>101 そうじゃ、信仰があれば不可能なことも可能にできるのじゃ。
 科学が信じられている今では難しいことであるがのう。

 水は争わず、低いところに向かうので在るから道に近いものであるるというのじゃ。
 道とはタオというのじゃ。
 全ての根源であり、インドで言うアートマンみたいなものじゃ。

107名無しを整える。2018/07/26(木) 22:42:16.76ID:UUCL0C16
>>106
自作自演して楽しいかい?

道(タオ)は、アートマンとブラフマンを個別に比較すれば、ブラフマンの方が概念として近しいね。

また、馬鹿を露呈したね。

108名無しを整える。2018/07/26(木) 23:05:35.36ID:2k3OCPA4
>>106
> 信仰があれば不可能なことも可能にできるのじゃ。
やっぱり、しゅうきょう=信仰は必要でありますか?
くまは、宗教としてではなく、ブッタや、マハラジノ教えをちょぴっとづつでも日々心にとどめて行きたいと思ってるのであります。
老子もよいでありますね。
(´・(ェ)・`)つ

109名無しを整える。2018/07/26(木) 23:10:04.66ID:UUCL0C16
> 信仰があれば不可能なことも可能にできるのじゃ。

それはカルト。

「不可能」と「不可能に思われる事」は別だから。
信仰は「不可能に思われる事」の可能性を押し上げてくれる「可能性」があるに過ぎない。

110名無しを整える。2018/07/26(木) 23:40:57.41ID:UUCL0C16
>>858
馬鹿鬼のお仕置きの一例ねw
てか、間違いを指摘してるだけなんだけどw
必死過ぎw


106 名前:鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2018/07/26(木) 22:10:27.85 ID:CucKlNOM
>>101そうじゃ、信仰があれば不可能なことも可能にできるのじゃ。
道とはタオというのじゃ。
全ての根源であり、インドで言うアートマンみたいなものじゃ。



107 名前:名無しを整える。 [sage] :2018/07/26(木) 22:42:16.76 ID:UUCL0C16
>>106
自作自演して楽しいかい?
道(タオ)は、アートマンとブラフマンを個別に比較すれば、ブラフマンの方が概念として近しいね。

109 名前:名無しを整える。 :2018/07/26(木) 23:10:04.66 ID:UUCL0C16
> 信仰があれば不可能なことも可能にできるのじゃ。

それはカルト。
「不可能」と「不可能に思われる事」は別だから。
信仰は「不可能に思われる事」の可能性を押し上げてくれる「可能性」があるに過ぎない。

111名無しを整える。2018/07/27(金) 02:05:36.00ID:OJT2Shew
八尾市で一戸建て不動産物件をお探しなら【浪速建設株式会社】にお任せください。三重 評判 アパマンショップ八尾店
任意売却からすま相談室 烏丸リアルマネジメント株式会社 大阪営業所 浪速建設様の見解と致しましては
■営業部長 村上康雄 営業 矢野祐樹
【浪速建設】辰巳健太郎 橋本勝 営業 久保峰広 赤田真一
代表取締役 岡田常路

■浪速建設 岸本晃 が 偽造名刺で女騙して参加するのは許されるのか 婚活エクシオ シャンクレール常連 http://rio2016.2ch.net/test/read.cgi/sousai/1525759457/l50

スキン常路のやり方が大嫌い gm

112名無しを整える。2018/07/27(金) 08:19:51.10ID:GhxIlSUN
>>99
パタンジャリのヨーガスートラ
第一章
1.27 イーシュヴァラを言葉で表したものが、神秘音オームである。【オームは神の名であると同時に形である】

1.28 意味を熟慮しつつ、それを反復誦唱するがよい。

1.29 これを修することにより、すべての障害が消え、同時に内なる自己の智が開け初める。

1.30 病気、無気力、猜疑、散漫、怠惰、好色、盲見、不動の境地に至り得ない状態、獲得した地歩からの滑落−これらの心の散動が、その障害である。

1.31 心の散動に随伴して起きるものに、苦悩、失意、身体の震え、乱れた呼吸がある。

1.32 ひとつの対象に集中して修練を行なう【あるいは、ひとつの技術を用いる】ことが、障害とその付随物を防ぐ最良の方法である。

(´・(ェ)・`)つ

113鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/27(金) 23:03:04.11ID:qjqIPaTF
>>108 修業を続けるためには信仰も必要になる事が在るじゃろう。
 本当に悟れるのかとか、修業に疑いが出た時に信じることによって乗り越えられるのじゃ。
 
マントラも集中するための道具なのじゃ。
それ自体には何の力も無いものじゃ。
信じて実践することで力も発揮できるのじゃ。 

114名無しを整える。2018/07/27(金) 23:40:08.19ID:GhxIlSUN
>>113
くまは、お寺さんに行くと、般若心経や十三仏真言をとなえたりするであります。
神社へ行くと、その作法でお詣りするであります。
けど、神頼みはしないであります。
いつか、何かにすがり付きたいような事態にたちいたったら、やっぱりブッタを信仰するでありましょう。仏教ではなく。
(´・(ェ)・`)つ

115名無しを整える。2018/07/28(土) 09:00:30.39ID:3+KchHRl
>>106
自作自演して楽しいかい?

道(タオ)は、アートマンとブラフマンを個別に比較すれば、ブラフマンの方が概念として近しいね。

また、馬鹿を露呈したね。

116名無しを整える。2018/07/28(土) 09:06:48.98ID:IWiCMaJS
>>112
パタンジャリのヨーガスートラ
第一章
1.33 他の幸福を喜び(慈)不幸を憐れみ(悲)他の有徳を欣び(喜)不徳を捨てる(捨)態度を培うことによって、心は乱れなき静澄を保つ。

1.34 あるいはその静澄は、息の制御された排出、または保留によって保たれる。

1.35 あるいは微妙な感覚的知覚に対する集中が、心の不動をもたらす。

1.36 あるいは永遠の至福に満ちた、内なる無上の光に集中することによって。

1.37 あるいは感覚対象への執着を離れた聖者の心に集中することによって。

1.38 あるいは夢や深い眠りの中で得られる体験に集中することによって。

1.39 あるいは何でも心を高揚させるようなものを選び、それに瞑想することによって。
(´・(ェ)・`)つ

117名無しを整える。2018/07/28(土) 10:03:54.89ID:3+KchHRl
独身で母親と二人暮らしの中年おじさんが、クマのaaですか?

118鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/28(土) 22:17:33.74ID:ej7WAzMB
>>114 仏陀を信仰するとよいのじゃ。
 信仰によって疑いを乗り越えるのじゃ。

 対象はどんなものでも集中することでサマーディも訪れるのじゃ。
 対象はサマーディの成就と関係ないのじゃ。
 集中力が大事なのじゃ。

119名無しを整える。2018/07/29(日) 09:58:21.84ID:yHuDnH8f
>>116
パタンジャリのヨーガスートラ
第一章 
1.40 集中の修得は次第に拡大して、根源的原始から最も巨大なものにまで及ぶ。

1.41 自然の透明な水晶が傍らに置かれた物の色や形をとるように、作用が完全に衰微したヨーギーの心は、澄明・静然となって、知る者と知られるものと知との区別のない状態に達する。この瞑想の極点が、サマーディ(三昧)である。

1.42 名称と形態、及びそれらに関する知識が混入しているサマーディが、サヴィタルカ・サマーディすなわち思慮を伴うサマーディ(有尋三昧)呼ばれる。

1.43 記憶が十分に浄化されると、名称と属性の境界がなくなり、集中対象の智がひとり輝き出る。これがニルヴィタルカ・サマーディすなわち思慮を伴わないサマーディ(無尋三昧)である。

1.44 同様にして、精微な対象について修されるところの、サヴィチャーラ・サマーディ【反射を伴うサマーディ】(有伺三昧)とニルヴィチャーラ・サマーディ【超サマーディすなわち反射を伴わないサマーディ】(無伺三昧)は説明される。

1.45 精微さは集中対象として存在しなくなり、ただ定義しあたわざるものに帰着する。

(´・(ェ)・`)つ

120鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/29(日) 22:51:01.14ID:sf8wcs4R
サマーディが深くなっていくと集中の対象もなくなっていくのじゃ。
対象があるうちはまだ観念による分別があるのであるからのう。
神に集中した者が神を超えられない状態ではこのような対象のないサマーディには辿りつけないのじゃ。
神を超えてこそ対象の無いサマーディにも到達できるのじゃ。

121名無しを整える。2018/07/30(月) 00:26:50.78ID:e7gmoXmp
独身で母親と二人暮らしの中年おじさんが、
クマのaaですか?

www

122名無しを整える。2018/07/30(月) 07:49:34.95ID:bnVE+cpq
>>119
パタンジャリのヨーガスートラ
第一章
1.46 以上がサビージャ・サマーディ【有種子三昧】であり、そこにはまだ修行者を束縛や心的動揺に引き戻す可能性が残っている。

1.47 ニルヴィチャーラ・サマーディが純粋となったとき、至高の自己は輝く。

1.48 これがリタムバラー・プラジュニャー、すなわち絶対的な真理意識である。

1.49 この特殊な真理認識は、聞いたり、聖典から学んだり、推理したりして得られる知とは完全に異なっている。

1.50 このサマーディによって生ずる印象(サンスカーラ:行)は、他の全ての印象を消す。

1.51 この印象さえも拭い去られるとき、あらゆる印象が完全に消滅して、そこにはニルビージャ・サマーディ【無種子三昧】がある。

(´・(ェ)・`)つ

123仏教初心者2018/07/30(月) 17:34:51.89ID:1BiOgztj
ネットで覚者を名乗って説法とかwww

僧侶が行うならまだしも得度もしていないのに「鬼和尚」だ?

勿論、そんな茶番を信じる人はごく僅かだけど、「和尚」の名称に騙されて信じてしまった人もいるんじゃないの?

124仏教初心者2018/07/30(月) 17:35:29.83ID:1BiOgztj
しかも、もともと仏教の基礎知識も体験もろくに無いようだしw

仏教板には現役やリタイヤ僧侶もいれば、在家の見性体験者や研究機関勤務者とかいて、結局そこでは紛い物扱いされて相手にされていないしね。

自作自演・自問自答・自画自賛をしても、所詮は同一人物の猿芝居だから、一寸突っ込むとすぐ化けの皮がはがれるんだよねwww

125鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/30(月) 22:37:04.93ID:TSM3O7iu
最初の段階では意志によって強く対象に集中することでサマーディに達するのじゃ。
それから対象を無くし、サマーディに意志することなく入れるようになるのじゃ。
無意識のサマーディに入れるのじゃ。
そうすることで一切の観念を超えた境地に到達するのじゃ。
それには知識や思考ではなく日々の実践だけが必要なのじゃ。

126名無しを整える。2018/07/30(月) 23:15:58.99ID:bnVE+cpq
>>125
サマディーはくまには難しそうなので、「くまとは誰か」、「私はある」方式=できるだけ常に意識的であり続けるように心掛けてるであります。
感情や思考にできるだけ気付けるように心掛けて、日常を過ごすようにしてるであります。
仕事その他で時々強い感情に苦しむことがあっても、その苦しみの物語に無意識に巻き込まれることのないようにしつつ、感じていることをありのままに観察していれば、いつもよりちょぴっと時間がかかっても、消えて行くであります。
(´・(ェ)・`)つ

127仏教初心者2018/07/30(月) 23:24:02.44ID:1BiOgztj
独身で母親と二人暮らしの中年おじさんが、
クマのaaですか?

自作自演ご苦労様w

親孝行しろよ?

www

128名無しを整える。2018/07/31(火) 07:44:06.11ID:ybIVFzy1
>>122
パタンジャリのヨーガスートラ
第二章
2.1 浄化を助けるものとして苦痛を受け入れること、霊的な書物を研究すること、至高の存在に身を委ねることが、実行のヨーガである。

2.2 それらは、障害(煩悩)を最小にして、サマーディを達成させる。

2.3 無知、我想、執着、憎悪、生命欲が、五つの障害(煩悩)である。

2.4 無知(無明)は、それに続く他の諸障害 −それらは、(1)休眠状態であったり、(2)弱体化していたり、(3)遮断されていたり、(4)維持されていたりするが− の田地である。

2.5 無知(無明)とは、無常を常、不浄を浄、苦を楽、自己ならざるものを自己とみなすものである。

2.6 我想(アスミター)とは、いわば見る者【プルシャ】の力と、見る器官【身心】の力との同一視である。

2.7 執着(ラーガ)とは、快楽体験との同一視から来るものである。

2.8 憎悪(ドゥヴェーシャ)とは、苦体験との同一視から来るものである。

(´・(ェ)・`)つ

129名無しを整える。2018/07/31(火) 07:45:06.44ID:ybIVFzy1
>>128
2.6 我想、ば見る者の力と、見る器官の力との同一視 とは、どういうことでありましょうか?
(´・(ェ)・`)つ

130名無しを整える。2018/07/31(火) 21:37:32.73ID:+0/pOuvW
(鬼和尚)
>本当にそのような者が居ればわしにひれ伏して教えを求めるじゃろう。

いくらネットでもこうした事を言うのは教祖症候群(?)というか、明らかなキチガイですね。
精神がまともじゃありません。

131鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/31(火) 21:47:42.83ID:E4OpxIN0
>>126 サマーディの方法は才能が在るものにしかできないじゃろう。
 普通のサマーディでも難しいのに無種子三昧にまで行き着くのはかなり才能の在るものだけなのじゃ。
 
>>129 見るという能力によって、見る器官が主体と思うことなのじゃ。
 その働きによって自分が在るという認識も起こってしまうのじゃ。

132名無しを整える。2018/07/31(火) 21:53:19.50ID:+h+C7Iq9
>>131
独身で母親と二人暮らしの中年おじさんが、
クマのaaですか?

自作自演ご苦労様w

親孝行しろよ?

www

133名無しを整える。2018/07/31(火) 22:06:05.84ID:ybIVFzy1
>>131
鬼和尚、ありがとうであります。
>見るという能力によって、見る器官が主体と思うこと ・・・  その働きによって自分が在るという認識も起こってしまう
↑これならくまでも分かるであります!
いつもありがとうであります。
(´・(ェ)・`)つ

134名無しを整える。2018/07/31(火) 22:08:11.54ID:+h+C7Iq9
132 名前:名無しを整える。 [sage] :2018/07/31(火) 21:53:19.50 ID:+h+C7Iq9
>>131
独身で母親と二人暮らしの中年おじさんが、
クマのaaですか?

自作自演ご苦労様w

親孝行しろよ?

www

135名無しを整える。2018/07/31(火) 22:08:32.53ID:+h+C7Iq9
130 名前:名無しを整える。 :2018/07/31(火) 21:37:32.73 ID:+0/pOuvW
(鬼和尚)
>本当にそのような者が居ればわしにひれ伏して教えを求めるじゃろう。

いくらネットでもこうした事を言うのは教祖症候群(?)というか、明らかなキチガイですね。
精神がまともじゃありません。

136名無しを整える。2018/07/31(火) 22:12:16.84ID:+h+C7Iq9
自作自演して解説書から原文を引用して、
自問自答して解説書から解説を引用して、
最後に自画自賛。

www

137名無しを整える。2018/07/31(火) 22:14:35.40ID:+h+C7Iq9
OSHO
魂の科学―パタンジャリのヨーガ・スートラ


wwwwwwwwwww

138名無しを整える。2018/07/31(火) 22:20:19.27ID:+h+C7Iq9
ついに仏教は諦めて不二一元論のヒンズー教に鞍替えか?

www

139名無しを整える。2018/08/01(水) 06:16:51.73ID:23TCNqOX
>>128
パタンジャリのヨーガスートラ
第二章
2.9 生命欲(アビニヴェーシャ)は、【過去の経験から来る】独特の潜勢力から発し、賢人にさえもある。

2.10 これらの障害(煩悩)が微妙な状態にあるときは、始源の原因【=自我】に還元するところによって破壊することができる。

2.11 それらが活動の状態にあれば、瞑想によって破壊することができる。

2.12 カルマ【行為とその反作用】(業)の子宮の根は、これらの障害の中にあり、そうしたカルマが、見える生【現世】及び見えざる生【来世】における諸経験を引き起こす。

2.13 根因が存在する限り、その結実すなわち、様々な生類への再生と寿命と経験とがある。

2.14 カルマは、善業に起因するものは楽、悪業に起因するものは苦として結実(業報)する。

2.15 得たものを失うことへの恐怖と懸念、結果として心の中に残り新たな切望をひき起こす印象、心を支配する三グナの絶えざる相克、これらに鑑みるとき、識別ある者にとっては実にあらゆるものが苦である。

(´・(ェ)・`)つ

140鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/01(水) 22:43:53.18ID:5xtvOXGw
>>133 どういたしまして、またおいでなさい。

無明による個我の観念があれば今の世が有り、生まれかわることも在るものじゃ。
それは刹那の安楽と苦があるが、安楽も執着すれば苦になるのじゃ。
それ故に一切は苦であるとパタンジャリも説いているのじゃ。 

141名無しを整える。2018/08/01(水) 23:30:17.95ID:m35wHGgY
自作自演して解説書から原文を引用して、
自問自答して解説書から解説を引用して、
最後に自画自賛。

www

142名無しを整える。2018/08/01(水) 23:39:23.82ID:23TCNqOX
>>140
うむ。
永遠無限であれば、無限の可能性があり、人やくまが想像できることは既にあり、輪廻も当然でありますね。
永遠に苦しまなくても良いように生きたいし、死ねたらいいなと思うであります。
(´・(ェ)・`)つ

143名無しを整える。2018/08/02(木) 00:11:31.84ID:wCigcxLL
てか、仏教じゃねーしw

144名無しを整える。2018/08/02(木) 19:02:28.97ID:OpFoe0Ib
>>139
パタンジャリのヨーガスートラ
第二章
2.16 未来の苦は回避することができる。

2.17 その避け得る苦の原因は、見る者【プルシャ】と見られるもの【プラクリティ:自然】の結合である。

2.18 見られるものは、照明(プラカーシャ)・活動(クリヤー)・惰性(スティッティー)というグナの三つの性向を備え、元素(五大)と感覚器官から成っているが、その目的とするところは、プルシャに経験と開放(解脱)を与えることである。

2.19 グナの段階には、特殊のもの、特殊でないもの、定義されるもの、定義され得ないものの四つがある。

2.20 見る者とは見る力そのものであり、それ自体は純粋だが、心を通じて見るという現れ方をする。

2.21 見られるものは、見る者のためにのみ存在する。

(´・(ェ)・`)つ

145名無しを整える。2018/08/02(木) 19:10:48.61ID:OpFoe0Ib
>>144
> >>139
> パタンジャリのヨーガスートラ
> 第二章
> 2.16 未来の苦は回避することができる。
>
> 2.17 その避け得る苦の原因は、見る者【プルシャ】と見られるもの【プラクリティ:自然】の結合である。
>
>
> 2.19 グナの段階には、特殊のもの、特殊でないもの、定義されるもの、定義され得ないものの四つがある。
>
> 2.20 見る者とは見る力そのものであり、それ自体は純粋だが、心を通じて見るという現れ方をする。
>
> 2.21 見られるものは、見る者のためにのみ存在する。
> うー、難解な専門用語がでてきてしまったづあります。、
『「プルシャ」とは、目には見えない世界のこと(=空・無)。
「プラクリティ」とは、目に見える世界のこと(=色・有)。
目に見えないブラフマン=神も、プルシャ。
プルシャは、人間には見えないけれども、確実にあるもの。
自然の法則、真理、「なぜ?」という疑問を挟めないもの。
「プラクリティ」は、私たちが生活している、物質世界全てがプラクリティ。
肉体、ありとあらゆる物質は、全てプラクリティで
例えそれが微細で、肉眼では見られないものだったとしても、「物質」であるものは、全てプラクリティ』。

2.18を解説していたたけないでありましょうか?
(´・(ェ)・`)つ

146仏教初心者2018/08/02(木) 19:18:15.18ID:zMkzAt1x
自作自演して解説書から原文を引用して、
自問自答して解説書から解説を引用して、
最後に自画自賛。

www

147名無しを整える。2018/08/02(木) 21:44:13.24ID:H5Xg6E8A
>>146
自作自演してるという根拠は?
自問自答してるという根拠は?
自画自賛してるという根拠は?

148仏教初心者2018/08/02(木) 21:49:09.16ID:zMkzAt1x
>>147
鬼和尚に聞いて真偽を確かめりゃいいじゃないですかw

149名無しを整える。2018/08/02(木) 21:56:39.73ID:H5Xg6E8A
>>148
いや、それを言ってるのは君でしょ。
だから君に聞いてるの。

150仏教初心者2018/08/02(木) 21:59:18.51ID:zMkzAt1x
>>149
自作自演して解説書から原文を引用して、
自問自答して解説書から解説を引用して、
最後に自画自賛。

これのなにが気になるんですか?

www

151名無しを整える。2018/08/02(木) 22:03:36.14ID:H5Xg6E8A
>>150
>>147の質問には答えられないの?

152仏教初心者2018/08/02(木) 22:08:30.30ID:zMkzAt1x
>>151
だから、鬼和尚に聞いて真偽を確かめりゃいいじゃないですかw

153鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/02(木) 22:13:04.89ID:mGzsC2VN
普通、グナの三つの性質とはサットヴァ、ラジャス、タマスと呼ばれるものじゃ。
日本語訳の意味はあっているようじゃ。
物質的存在はプルシャが目覚めるためのものとしているのじゃ。
その教義そのものが全て目覚めるためのものであるがのう。
物質的存在が全て観察され、自他の区別がなくなれば悟りとしているのじゃ。

154名無しを整える。2018/08/02(木) 22:13:28.80ID:H5Xg6E8A
>>152
意思疎通ができないようだし、質問にも答えられないんだね。
君の発言が妄想で、考慮に値しないということがわかったよ。

155仏教初心者2018/08/02(木) 22:22:30.53ID:zMkzAt1x
>>154
意思疎通ができないようだし、君の発言が妄想で、考慮に値しないということがわかったよ。

156名無しを整える。2018/08/02(木) 23:04:30.23ID:OpFoe0Ib
>>153
鬼和尚、ありがとうであります。
見る者、見られるものと言う言葉が日常の用法と異なる意味で使われており、見る者とは、意識そのものみたいな意味で、見られる者とは、物質世界のことで、その外界を観察しつくせば、
意識そのものである「見る者」に、気づけといった理解で良いのでありましょうか?

くま書き込みを間違えてしまったのでありますが、くまが先に質問しようとしたのは、
2.18 見られるものは、照明(プラカーシャ)・活動(クリヤー)・惰性(スティッティー)というグナの三つの性向を備え、元素(五大)と感覚器官から成っているが、その目的とするところは、プルシャに経験と開放(解脱)を与えることである。

の中で、照明[プラカーシャ]=認識のこと
というのはググれたのでありますが、
活動(クリヤー)・惰性(スティッティー)というグナ が分からず、

2.18 の文章全体の意味合いがわからなかったので、お尋ねしたかったのでありますが、 これも、認識、活動、感情といった、身体=物質世界の経験を観察して、厭離することにより、意識そのものに至ると言う理解で良さそうでありますね。
(´・(ェ)・`)つ

157仏教初心者2018/08/02(木) 23:15:39.55ID:zMkzAt1x
自作自演して解説書から原文を引用して、
自問自答して解説書から解説を引用して、
最後に自画自賛。

www

158名無しを整える。2018/08/03(金) 07:48:39.77ID:tuCoiJZv
>>144
パタンジャリのヨーガスートラ
第二章
2.22 それ(見られるもの)は解脱した者にとっては破壊されているが、他の者にとっては共有財として存在し続けている。

2.23 所有する者(プルシャ)と所有されるもの(プラクリティ)の結合が、それら両者が各自の本性と力(シャクティ)を把握する原因である。

2.24 この結合の原因は無知(無明)である。

2.25 この無知がなければ、そのような結合も起こらない。それが見る者の独存位である。

2.26 途切れることのない明敏な識別が、その除去の方法である。

2.27 最終段階の智は、七重である。(人は(1)もっと知りたいという願望、(2)何かを遠ざけておきたいという願望、(3)何かを得たいという願望、(4)何かをしたいという願望、(5)悲しみ、(6)恐れ、(7)惑わし、の七つが終息するのを体験する)
(´・(ェ)・`)つ

159鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/04(土) 00:22:52.81ID:G0PbAIjU
グナの三つの性質であるサットヴァ、ラジャス、タマスと言葉は違うが性質の翻訳は同じなのじゃ。
サットヴァとは気づくこと、認識することなのじゃ。
ラジャスとは活動なのじゃ。
タマスとは惰性なのじゃ。
ラジャス、タマスで検索するとよいのじゃ。

大体の意味はそれでよいのじゃ。

160名無しを整える。2018/08/04(土) 00:53:44.96ID:TDgZUVkj
自作自演して解説書から原文を引用して、
自問自答して解説書から解説を引用して、
最後に自画自賛。

www

161名無しを整える。2018/08/04(土) 09:50:06.85ID:rbtFu7WH
>>158
パタンジャリのヨーガスートラ
第二章
2.28 ヨーガの諸支分を修練していくことによって次第に不純が消え、そこに明敏なる識別へと導く智が明け初める。

2.29 以下がヨーガの八支分である。【禁戒】【勧戒】【座法】【調気】【制感】【集中】【瞑想】【三昧】

2.30 ヤマ(禁戒)は、非暴力(アヒンサー)、正直(サティヤ)、不盗(アステヤ)、禁欲(ブラフマチャーリヤ)、不貪(アパリグラハ)より成る。

2.31 これらの大誓戒は普遍的なものであり、階層、場所、時間、環境等によって制約されない。

2.32 ニヤマ(勧戒)は、清浄(シャウチャー)、知足(サントーシャ)、苦行(タパス:苦痛を受容し、それをひき起こさないこと)、読誦(スヴァディアーヤ:霊的書物の研究)、
自在神への祈念(イシューヴァラ・プラニダーナ:自己放棄)より成る。

2.33 否定的想念によって攪乱されたときは、反対のもの(肯定的想念)が念想されるべきである。それがプラティパクシャ・バーヴァナである。

2.34 暴力等のような否定的想念または行為がひき起こされたとき、あるいはたとえそれらが容認されただけであっても、
そしてそれらが貪欲、怒り、迷妄(貪・瞋・痴:とん・じん・ち)のいずれによって煽られたものであっても、またそれらが穏和、中位、過激のいずれの度合いによってなされようとも、
それらは無知に根ざしており、確かな苦をもたらすものである。このように省察することも、プラティパクシャ・バーヴァナである。

2.35 非暴力(アヒンサー)に徹した者のそばでは、すべての敵対が止む。

(´・(ェ)・`)つ

162鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/04(土) 22:49:57.63ID:G0PbAIjU
ヤマ(禁戒)はしてはいけないことなのじゃ。
ニヤマ(勧戒)はすべきことなのじゃ。
してはいけないことをしり、すべきことを知って実践するのが修行者なのじゃ。

163名無しを整える。2018/08/05(日) 12:37:56.97ID:qk0N9UHj
>>161
パタンジャリのヨーガスートラ
第二章
2.36 正直(サティヤ)に徹した者には、行為とその結果がつき従う。

2.37 不盗(アステヤ)に徹した者のところには、あらゆる富が集まる。

2.38 禁欲(ブラフマチャーリヤ)に徹する者は、精力を得る。

2.39 不貪(アパリグラハ)が揺るぎないものとなったとき、自らの生の原因と様態が余すところなく照らし出される。

2.40 浄化によって、自分自身の身体への厭わしさ、他人の身体に触れることへの厭わしさが生ずる。

(´・(ェ)・`)つ

164鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/05(日) 23:26:29.80ID:PXshwP6v
戒の効果が説かれているのじゃ。
それがそのまま現実になるのではないのじゃ。
督励の為に説かれているのじゃ。

165仏教初心者2018/08/06(月) 07:23:09.53ID:kzleNmrZ
で、何故、仏教僧でないのに和尚とか騙るの?

166名無しを整える。2018/08/06(月) 09:23:48.98ID:jMWVezNn
>>163
パタンジャリのヨーガスートラ
第二章
2.41 さらに、サットヴァの浄化、心の愉悦、一点集中、自己実現への適合性を得る。

2.42 知足(サントーシャ)によって、無上の喜びが得られる。

2.43 苦行(タパス)によって、身体と感覚の不浄が消え、超自然力が得られる。

2.44 読誦(スヴァディアーヤ:霊的書物の研究)によって、自らの望む神霊との霊交が得られる。

2.45 神に全てを任せることによって、サマーディは達成される。

(´・(ェ)・`)つ

167鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/06(月) 22:28:46.59ID:YzJyNWLS
ここでも神への帰依によるサマーディが説かれているのじゃ。
本当に心の底から信仰している神がなければ無理で在るがのう。
信仰の薄れた現代では難しいじゃろう。

168仏教初心者2018/08/06(月) 22:44:12.67ID:a6hpLfcI
ついに仏教は諦めて不二一元論のヒンズー教に鞍替えか?

www

169名無しを整える。2018/08/07(火) 03:15:44.68ID:gOxPv5ug
>>168
いちいちいい加減な事を言っては絡んで来て、捨て台詞を吐いて消える。

困ったもんですね。

170名無しを整える。2018/08/07(火) 06:58:15.50ID:AOTj7gta
>>166
パタンジャリのヨーガスートラ
第二章
2.46 アーサナ(座法)は、快適で安定したものでなければならない。

2.47 自然な性向である落ち着きのなさを減じ、無限なるものに瞑想することによって、座位(アーサナ)は習得される。

2.48 以後その者は、二元性によって乱されることがない。

2.49 安定した座位(アーサナ)が得られたならば、呼気と吸気が制御されなければならない。これがプラーナーヤーマ(調気)である。

2.50 気息のはたらき(ヴリッティ)は、内部的、外部的、制止的のいずれかである。それらは時間と空間と数によって規定され、長、短のいずれかである。

(´・(ェ)・`)つ

171鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/07(火) 22:40:15.52ID:oQMXMPeI
座方と呼吸法が説かれているのじゃ。
背筋を伸ばして正しく座ることが出来ればそれだけでもサマーディは達成されるのじゃ。
それが習得されればもはや迷妄に陥ることもないのじゃ。
 

172名無しを整える。2018/08/08(水) 04:05:27.04ID:2TgNm4Jw
鬼和尚、サマーディは1〜2か月しか続きません。
サマーディの最初に必ずサティがあります。
そのサティの方が大事です。

>それが習得されればもはや迷妄に陥ることもないのじゃ。

私は2回サマーディを経験しましたが、そういうことはありませんでしたよ。
 

173名無しを整える。2018/08/08(水) 20:49:34.47ID:DA0+h/6A
>>170
パタンジャリのヨーガスートラ
第二章
2.51 プラーナーヤーマ(調気)には、内的あるいは外的な対象に集中しているときに起こる、第四の型がある。

2.52 その結果、内なる光を覆い隠していたヴェールが破壊される。

2.53 そして、心がダーラナー(集中)への適正を得る。

2.54 諸感覚がその対象から自らを撤退させ、いわば心そのものを模倣するとき、それがプラティヤーハラ(制感)である。

2.55 それにより、感覚に対する無上の統御が得られる。

(´・(ェ)・`)つ

174名無しを整える。2018/08/08(水) 20:52:30.75ID:DA0+h/6A
>>173
>2.54いわば心そのものを模倣するとき、それがプラティヤーハラ(制感)

←心そのものとは、静まった状態、無みたいなことでありましょうか?

(´・(ェ)・`)つ

175鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/08(水) 22:46:22.99ID:/dq9yTnN
>>172 それはまだ座方が習得できていないからなのじゃ。
 座方が習得できれば座るたびにサマーディに入れるのじゃ。
 そうすればもはやあれこれと迷う事無く進むこともできるのじゃ。
 自らの身が聖典が正しいことの証となるのであるからのう。

>>174 そうじゃろう。
 感覚が心を離れて自らありのままに至った時、無に等しくなるのじゃ。
 眼で見ても耳で聞いても自我は起こらないのじゃ。
 それが真の制感なのじゃ。

176名無しを整える。2018/08/09(木) 05:41:29.73ID:RWStm6+z
>>173
パタンジャリのヨーガスートラ
第三章
3.1 集中とは、心をひとつの場所、対象、あるいは観念に縛り付けておくことである。

3.2 瞑想(ディアーナ)とは、そうした対象への認識作用の絶え間ない流れである。

3.3 三昧(サマーディ)とは、この瞑想(ディアーナ)そのものが形を失ったかのようになり、その対象がひとり輝くときのことである。

3.4 同一の対象についてこれらの三者【集中(ダーラナー)、瞑想(ディアーナ)、三昧(サマーディ)】をなすことが、サンヤマ(綜制)と呼ばれる。

3.5 サンヤマ(綜制)の終了によって、知の光が生まれる。

3.6 サンヤマは段階的になされるべきである。

3.7 これらの三支(集中、瞑想、三昧)は、それ以前の五支(禁戒、勧戒、座法、調気、制感)よりも内的である。

3.8 これらの三支さえも、無種子三昧(ニルビージャ・サマーディ)にとっては外的である。

(´・(ェ)・`)つ

177鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/09(木) 22:08:41.42ID:TJJ/RT6B
集中の三段階が説かれているのじゃ。
最初は対象に心を留めるだけで精一杯じゃろう。
それがダーラナーなのじゃ。
それから意識せずとも対象に集中しているディヤーナに至るのじゃ。
それでもまだ対象と自己が在るのじゃ。
自己が対象に統一されて一つになった感覚がサマーディなのじゃ。
サマーディまで到達するのはなかなか難しいものじゃ。
観察を行えばディヤーナだけでも悟りは訪れるのじゃ。

178名無しを整える。2018/08/10(金) 07:58:23.05ID:vjQyt/a2
>>176
パタンジャリのヨーガスートラ
第三章
3.9 生起してくる印象(サンスカーラ:雑念)は、それに代わる新たな心の作用を生むところの抑止の努力の出現によって止滅される。この、新たな作用と心との結合の刹那が、ニローダ・パリナーマ(止滅転変)である。

3.10 ニローダ・パリナーマの持続状態は、習慣づけによって確実となる。

3.11【心】の散動が滅衰して一点集中が実現してくると、サマーディ・パリナーマ(サマーディへの進展:三昧転変)が現れる。

3.12 また、過去となってひいていく想念と、今まさに生起しつつある想念が等似であるならば、それがエーカーグラター・パリナーマ(一点集中:専念転変)である。

3.13 これ(以上の三つのスートラ)によって、物質元素と感官に関する、可視的特性と時間的位相と状態の転変も説明された。

3.14 本性的に、潜伏、生起、非顕現の諸相を経ていくのは、根底体(プラクリティ)である。

3.15 それらの諸相の連続が、進化(転変)に諸段階の存在する理由である。

3.16 進化のその三段階にサンヤマ(綜制)を施すことによって、過去と未来についての知が生まれる。

(´・(ェ)・`)つ

179鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/10(金) 23:02:17.29ID:gKLIEGqF
集中によって雑念が無くなるのがニローダ・パリナーマじゃ。
更に深く集中して対象と一体になるとサマーディに入るのじゃ。
想念の自己同一化が止まり、刹那に生滅する想念が一時に見られるのがエーカーグラター・パリナーマなのじゃ。
それができれば気づきが自在にあり、心の働きの全てを観ることも容易なのじゃ。

180名無しを整える。2018/08/11(土) 10:36:01.48ID:Fc5Os8Ni
>>178
パタンジャリのヨーガスートラ
第三章
17 通常は、語と、その意味と、その語の表象内容とを混同するために混乱が生ずる。いかなる生類により発された語(あるいは音)でも、それにサンヤマを施すことによって、その意味を知ることができる。

18 サンヤマによって自らの心的印象(サンスカーラ)を直感することにより、前生についての知識が得られる。

19 他人の身体の区別的特長にサンヤマを施すことによって、その人の想念を知ることができる。

20 だがそれは、その人の心の中でその想念を支えているもの(例えばその思いの背後にある動機等)にまでは及ばない。それはそのサンヤマの対象とはならないからである。

21 自らの身体の形態にサンヤマを施すと、観察者の眼の光を遮ることによって知覚の力に干渉し、身体を見えなくすることができる。

22 同様にして、音その他(触、味、香)の消失も説明される。

23 カルマには、速やかに発現するものと徐々に発現するものとの二種類がある。それらあるいは死の前兆にサンヤマを施すことによって、死期を知ることができる。

(´・(ェ)・`)つ

181鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/11(土) 21:40:46.48ID:O+q+UtH5
集中することで得られるさまざまな力について語っているのじゃ。
そのまま信じられるものではないが在る程度は正しいのじゃ。
集中力が強くなれば不可能も可能になるのじゃ。
それを目当てに修業する者も居るのじゃ。

182名無しを整える。2018/08/12(日) 07:31:22.46ID:t4kQoW0X
>>180
パタンジャリのヨーガスートラ
第三章
24 慈その他の徳性にサンヤマを施すことによって、それらを発する力を得る。

25 象その他の動物の力にサンヤマを施すことによって、それらの力を得ることができる。

26 内なる光へのサンヤマによって、微細なもの、秘匿されたもの、遠方のものを知ることができる。(例えば原子のように微細なもの、隠された財宝、遠隔の地など)

27 太陽にサンヤマを施すことによって、太陽系全体を知ることができる。

28 月にサンヤマを施すことによって、星の配置を知ることができる。

29 北極星にサンヤマを施すことによって、星の運行を知ることができる。

30 臍の神経叢(チャクラ)にサンヤマを施すことによって、身体の構造を知ることができる。

(´・(ェ)・`)つ

183名無しを整える。2018/08/12(日) 12:30:01.62ID:t4kQoW0X
>>181
うむうむ。
ある程度であるますね!
(´・(ェ)・`)つ

184鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/12(日) 22:45:07.71ID:SwEoNtcl
↑ そうじゃ、実際に集中することでその対象に関して詳しく知ることもできるものじゃ。
 かなり真実が語られているのじゃ。
 実践によって確かめられるのじゃ。

185名無しを整える。2018/08/13(月) 07:58:37.27ID:UxDEvrNB
>>182
パタンジャリのヨーガスートラ
第三章
31 喉の窪みにサンヤマを施すことによって、飢えと渇きが止まる。

32 クールマ・ナーディ(喉の下方にある亀の形をした微細な管)サンヤマを施すことによって、瞑想の座位の不動性が達成される。

33 脳天の光(サハスラーラ・チャクラ)サンヤマを施すことによって、神人(シッダ)たちを見ることができる。

34 また、(純粋な生活を通じて)自然に発露する知(プラティバー)の中で、全ての力はおのずから現れる。

35 心臓にサンヤマを施すことによって、心(チッタ)を知ることができる。

36 知性(サットヴァ:覚)とプルシャ(あるいはアートマン)とはまったく別のものであり、知性がプルシャのために存在するのに対して、プルシャはそれ自身のために存在する。
これを峻別しないところに経験の全てがあるのであって、この区別にサンヤマを行なうことによって、プルシャの知があらわれる。

37 この知(プラティバー)より、任意の直感による超自然的聴覚・触覚・視覚・味覚・嗅覚が生ずる。

(´・(ェ)・`)つ

186名無しを整える。2018/08/13(月) 08:04:56.78ID:UxDEvrNB
>>184
うむ。超難しそうでありますが、実践で確かめるしかないでありますね。
集中の対象のアートマンみたいな物でありますかね。
(´・(ェ)・`)つ

187鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/13(月) 22:05:10.86ID:ZrlTZaJD
↑そのようなものじゃ。
集中によって智慧と力は発現するのじゃ。
それを正しく自らの本心の観察に使うべきなのじゃ。

188名無しを整える。2018/08/14(火) 12:47:48.15ID:0EEDEen7
>>185
パタンジャリのヨーガスートラ
第三章
38 これら(超自然的感覚)は、(ニルビージャ)サマーディにとっては障害であるが、世俗的追及にあってはシッディ(力、霊能)である。

39 (心を身体に縛り付けている)原因を緩めることによって、また、心の働きの筋道を知ることによって、他人の身体に侵入することができる。

40 ウダーナ気(上向きの生命エネルギー)を支配することによって、水、沼沢、刺などの上に浮揚することができる。

41 サマーナ気(均等化のエネルギー)を支配することによって、身体が光輝に包まれる。

42 耳と虚空(エーテル)との関係にサンヤマを施すことによって、超常的な聴覚が得られる。

43 身体と虚空との関係にサンヤマを施すことによって、綿の繊維のように軽くなり、隠して虚空を飛ぶことができる。

44 TAH PRAKASAVARANA KSHAYAH.
身体の外にあって(身体によっては)確認されない想念派動に対してサンヤマを施すこと(マハー・ヴィデハすなわち大脱身)によって、自己の光を覆う緬紗が破壊される。

(´・(ェ)・`)つ

189鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/14(火) 22:40:38.03ID:sUZTJede
それらの力に囚われればサマーディに至る障害になるのじゃ。
世間で金や名声を得て修業をやめてしまうからのう。
欲に負けずに修業を続けるのじゃ。
力にも囚われずに進むのじゃ。

190名無しを整える。2018/08/15(水) 08:11:47.67ID:fhChcDNp
>>188
パタンジャリのヨーガスートラ
第三章
45 粗大及び微細な元素、それらの本質、相関性、合目的性にサンヤマを施すことによって、それらの元素に対する支配が得られる。

46 それにより、アニマその他のシッディがもたらされ、身体の完成が遂げられて、その機能が諸元素の影響による妨げを受けなくなる。

47 端麗、優雅、強靭、金剛石のごとき堅固さが、身体の完成である。

48 諸感覚の把握作用、それらの本質、それらの目的と我想との関係等にサンヤマを施すことによって、諸感覚に対する支配がえられる。

49 それより身体は、心と同じ速さで動く力、感覚の補助なしに機能する力、そして根本原因(プラクリティ)に対する完全な支配を得る。

50 サットヴァ(純粋な反映性)と自己との差異を認識することによって、存在のあらるる様態に対する至上位(全能)−それは全知である−を得る。

51 それ(=これら全てのシッディ)に対してさえ無執着であることにより、束縛の種子が破壊され、かくしてカイヴァリャ(独存)の状態が顕現する。

(´・(ェ)・`)つ

191鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/15(水) 22:45:42.68ID:WtY8pf1A
修業の途中に現れる全ての体験に囚われなければ悟りも訪れるのじゃ。
囚われてしまえばそこで止まってしまうのじゃ。
囚われることが魔と呼ばれるのじゃ。
魔に何かの力があるわけではないのじゃ。
囚われる心が魔を呼ぶのじゃ。

192名無しを整える。2018/08/16(木) 07:52:10.29ID:ZSeCkDeY
>>190
パタンジャリのヨーガスートラ
第三章
52 ヨーギーは、天人からの賞賛といえどもこれを受容するべきではなく、慢心の笑みさえ浮かべるべきではない。ふたたび望ましくないものに補足される恐れがあるからである。

53 連続する刹那のまさしくひとつにサンヤマを施すことによって、識別知が現れる。

54 かくして、種類、特徴、位置などが酷似しているために見分けのつかないものが、識別されるようになる。

55 全ての対象のあらゆる在り方を同時的に理解するその識別知が、解脱をもたらすところの直感知である。

56 静穏な心(サットヴァ)の清浄さが、自己のそれと等しくなるに至ったとき、そこにカイヴァリャ(絶対、独存位)がある。
(´・(ェ)・`)つ

193鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/16(木) 22:18:03.31ID:eKEeyTXI
体験にも囚われずに修業を続けていれば今まで見えなかったものも観えるようになるのじゃ。
それも集中力が強くなったためなのじゃ。
悟りを得るための観察力も身につくのじゃ。
その観察力が主体であった観念をも見抜く力となるのじゃ。

194名無しを整える。2018/08/17(金) 07:41:05.04ID:Gl93holR
>>192
パタンジャリのヨーガスートラ
第四章
1 シッディは、前生においてなされた修行、あるいは薬草、あるいはマントラ、あるいは苦行(タパス)、あるいはサマーディにおいてもたらされる。

2 ひとつの生類から他の生類への転変は、自然(プラクリティ)の流入によってひき起こされる。

3 付帯的事象は、直接には自然の進化をひき起こすものではない。それらは、農夫のように(農夫が自分の田に水を引き入れるために、水路を塞いでいる物を取り除くように)、障害物を取り除くだけである。

4 ヨーギーの我想(アスミター)のみが(人為に)発現する(その他の)心の原因である。

5 発現した多くの心の働きはさまざまだが、大元であるヨーギーの心は、それら全てに対する命令者である。
(´・(ェ)・`)つ

195鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/17(金) 23:20:43.99ID:E34bNlTO
ヨーギーの心がプラクリティの充実を果たした時、アバターを表すことができるというのじゃ。
業という付帯的な事象ではなく、ヨーギーの心が因としてアバターは成せるのじゃ。
それらは一つ一つ自らの心を備えているがヨーギーの心がその絶対的な命令者であるのじゃ。
 

196名無しを整える。2018/08/18(土) 10:08:50.13ID:sxRbCXwC
>>194
パタンジャリのヨーガスートラ
第四章
6 (そのようにして発現した心のうち)瞑想から生じたものだけが、カルマの刻印を免れている。

7 ヨーギーのカルマは白(善)くも黒(悪)くもない。しかし他の者の行為には、善と悪、そしてそれらの交じり合ったものの三種類がある。

8 これらの(行為)のうち、結実(業報)のための好条件がそろったヴァーサナー(潜在記憶)(習気:じっけ)だけが、特定の生において発現する。

9 欲望とその成就は、類・空間・時間によって隔てられているが、それらには連続性がある。(欲望の)印象と(欲望の)記憶とは、同一だからである。

10 生命欲は永遠であるので、印象もまた無始である。

(´・(ェ)・`)

197名無しを整える。2018/08/18(土) 10:31:24.29ID:sxRbCXwC
>>195
他の生類への転変=アバターを成す
でありますか?

これは、輪廻的な意味ではなく、凡夫が悟るみたいなことでありましょうか?
生命の進化には、意思が必要みたいなことでありましょうか?
(´・(ェ)・`)つ

198鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/18(土) 22:47:34.89ID:J3E5UcKN
そうじゃ、アバターを成すのじゃ。

輪廻ではなくヨーギーの能力によるものなのじゃ。
夢幻の如く生命を作り出す能力なのじゃ。
仏教では変化身と呼ばれたりするのじゃ。

199名無しを整える。2018/08/19(日) 06:48:39.53ID:aivqELXV
>>196
パタンジャリのヨーガスートラ
第四章
11 印象は、原因・結果・基板・支持によって成立しているので、それら四者の消滅に伴い、これら(=印象)も消える。

12 過去と未来は、位相差のゆえにそのような特性をもって現出しているところの、事象そのものの内にある。

13 顕現の状態であれ精妙な状態であれ、それらの特性はグナ性のものである。

14 事象の自己同一性は、グナの転変の一律性に基づく。

15 客体は同一であっても、それを受け止める心がさまざまであるから、認識はさまざまに異なるのである。

(´・(ェ)・`)つ

200鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/20(月) 00:14:03.40ID:9x1DwUux
グナとはサットヴァ、ラジャス、タマスの三つの心の性質なのじゃ。
客体が同一でも認識が異なるのはその性質の優位に違いがあるからというのじゃ。
同じものを観てもサットヴァが優位ならば智慧を持って見られるのじゃ。
ラジャスが優位ならば活動的なものとしてみるのじゃ。
タマスが優位ならば怠惰なものとしてみるのじゃ。

201名無しを整える。2018/08/20(月) 08:13:31.78ID:8C9IR9EZ
>>199
パタンジャリのヨーガスートラ
第四章
16 また、客体の存在は、ただひとつの心に依存しているのではない。もしそうであるならば、そのひとつの心がそれを認知しない場合、その客体はどうなるのか?

17 客体は、心がそれによって染められるか否かによって、その存在が知られたり知られなかったりする。

18 心の作用は、その主であるプルシャには常に知られている。プルシャは不変だからである。

19 心は、自ら輝くものではない。それはプルシャに知覚される客体だからである。

20 こころは、主・客を同時に知覚することはできない。(そのことから見ても、心は自ら輝くものではないことがわかる)

(´・(ェ)・`)つ

202鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/20(月) 21:35:31.86ID:9x1DwUux
心によってものがあるのではないというのじゃ。
ものはあるが心の状態によって知られたり知られなかったりするのじゃ。
主客を同時に知覚出来ない心は、それ自らが知覚されたものであるからであるというのじゃ。

203名無しを整える。2018/08/20(月) 22:16:32.29ID:8C9IR9EZ
>>202
観察されるものは、観察者ではないのでありますね。
(´・(ェ)・`)つ

204名無しを整える。2018/08/21(火) 06:25:39.84ID:XQgLf1uu
>>201
パタンジャリのヨーガスートラ
第四章
21 もし、ひとつの心がもうひとつの心によって知覚されるということがあり得るとするならば、それら(=心)は数限りなく在ることになって、結果として記憶の混乱が生ずるであろう。

22 プルシャの意識は不変である。その像を映すことによって、心は自己に気付くのである。

23 心は、見るものと見られるものの両方から染められることによって、あらゆるものを理解する。

24 無数の欲望を持ってはいるが、心は他者(プルシャ)のために存在するのである。それ(心)はプルシャと連合してはじめて機能することができるからである。

25 心とアートマン(自己)の区別を知る者は、心をアートマンと考えることが永遠に止む。

(´・(ェ)・`)つ

205名無しを整える。2018/08/21(火) 16:07:15.91ID:3ZihULZ7
【ベネズエラ、トルコ】 世界教師マ@トレーヤ、米日破綻で終わる通貨危機のラストに、予告通り初出現
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1534817246/l50

206鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/22(水) 00:01:16.30ID:0BnWFTFD
>>203 そうじゃ、観察されることで自我は観察者ではないと気付くのじゃ。

決して認識されない認識主体で在るアートマンに達すれば認識される心は止まるのじゃ。
それは認識されるものであるからアートマンではありえないのじゃ。
そのようにしてアートマンの道は成就されるのじゃ。 

207名無しを整える。2018/08/22(水) 07:11:36.51ID:zgw8kwY5
>>204
パタンジャリのヨーガスートラ
第四章
26 そのとき心は識別(ヴィヴェーカ)の方へと傾き、絶対(カイヴァリャ)に引き寄せられる。

27 その間隙にも、過去の印象(サンスカーラ)から来る雑念が生ずることはある。

28 それらは、前述の(サーダナ・パダ 1、2、10、11、26)諸障害(煩悩)の除去と同様の方法によって除去することができる。

29 完全なる識別によって最も高い報償に対してさえ全く無欲となった者は、不断の、明敏なる識別のうちにとどまるものであり、それはダルマメガー・サマーディ(法雲三昧)と呼ばれる境地である。

30 そのサマーディによって、全ての苦悩(煩悩)とカルマ(業)は終熄する。

(´・(ェ)・`)つ

208鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/22(水) 23:00:39.95ID:0BnWFTFD
全ての苦悩と業が消滅するのは観照が起きたからなのじゃ。
パタンジャリはサマーディによって観照まで至れると主張するのじゃ。
そのためには自我の観察が為されているのじゃ。
実践によって確かめる以外にないのじゃ。

209名無しを整える。2018/08/23(木) 09:15:00.50ID:DN3B0iox
>>207
パタンジャリのヨーガスートラ
第四章
31 かくして、知の全ての覆いと汚れが完全に取り除かれる。この知は無限であるので、なおも知られるべきものはほとんどない。

32 そのとき、三つのグナはその目的を遂げたので、転変の継起を終える。

33 (前述の)継起とは、刹那の不可分の連続である。そしてその刹那は、その転変の終極においてはじめて把握される。

34 かくして、もはやプルシャに仕えるという目的のなくなった三グナはプラクリティに還入し、かの無上なる独存の境地(カイヴァリャ)が現れる。それは、純然たる意識の力が自らの純粋な本性の内に安住することだといってもよい。

(´・(ェ)・`)つ

210名無しを整える。2018/08/23(木) 21:56:37.74ID:DN3B0iox
パタンジャリのヨーガスートラ
終わってしまったのである。
次は何にしようか思案中のくまであります。
(・(ェ)・)つ

211鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/23(木) 22:43:28.63ID:x0YjkDR+
悟りに達すれば全ての知られるものもなくなるのじゃ。
知識さえも悟りのための道具に過ぎなかったのじゃ。
全ての観念は無くなり、三つのグナさえもなくなるのじゃ。
全ては永遠の意識に回帰していくのじゃ。

212名無しを整える。2018/08/24(金) 06:46:14.84ID:4beYD8NR
ガーヤトリー・マントラ

om bhrbhuva sva
tat savitur vareya bhargo devasya dhmahi
dhiyo yo na pracodayt
オーム ブールブヴァハ スヴァハ
タット サヴィトゥル ヴァレーニャン バルゴー デーヴァッシャ ディーマヒ
ディヨー ヨー ナハ プラチョーダヤートゥ
(オーム 地よ、空よ、天よ
我らが、彼(か)の太陽神の愛でたき神の光輝を獲得せんことを
我が為に、彼が知性を鼓舞せんことを)


オーム ブールブヴァハ スヴァハ
タット サヴィトゥル ヴァレーニャン バルゴー デーヴァッシャ ディーマヒ
ディヨー ヨー ナハ プラチョーダヤートゥ
(オーム 地よ、空よ、天よ
我らが、彼(か)の太陽神の愛でたき神の光輝を獲得せんことを
我が為に、彼が知性を鼓舞せんことを)

オーム ブゥ ブヴァ スァファ
物質的な世界 微妙な心の世界  因果の世界
タァ サヴィトゥ ヴァアレェエニャム
あの  宇宙の究極の実在を  あがめます
バァゴォ デヴァアシャ ディイマヒ
この究極の輝き  叡智の実在を、 深く瞑想します


ガーヤトリー・マントラ
(´・(ェ)・`)つ

213名無しを整える。2018/08/24(金) 15:46:42.59ID:qxMzaP5A
バガヴァッド・ギーターはどうでしょう?

214鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/24(金) 22:45:54.20ID:/YLTWPUk
よいことじゃ。
オショーとか、クリシュナムルティでもよいのじゃ。
自ら選ぶとよいのじや。

215名無しを整える。2018/08/24(金) 23:10:09.87ID:4beYD8NR
>>213
ご提案、ありがとうどあります。
バガヴァッド・ギーター、調べてみたのでありますが、以前はネットで無料で読めたらしいのでありますが、残念ながら削除されてたであります。
ヴェーダとかも探してみたのでありますが、なかなかまとまったものがないのであります。
>>214
クリシュナムルティなら、色々あるでありましょう。
探してみるであります。
ありがとうであります。

今夜は、昨日の流れで準備した、十三仏真言を置いておくであります。

不動明王真言
ノウマク・サンマンダバザラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン

釈迦如来真言
ノウマク・サンマンダボダナン・バク

文殊菩薩真言
オン・アラハシャノウ

弥勒菩薩真言
オン・マイタレイヤ・ア・ソワカ

普賢菩薩真言
オン・サンマヤ・サトバン

地蔵菩薩真言
オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ

薬師如来真言
オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ

勢至菩薩真言
オン・サンザンザンサク・ソワカ

弥陀如来真言
オン・アミリタ・テイゼイ・カラ・ウン

大日如来真言
オン・アビラウンケン

阿しゅく如来真言
オン・アキシュビヤ・ウン

観自在菩薩真言
オン・アロリキャ・ソワカ

虚空蔵菩薩真言
ノウボウ・アキャシャ・ギャラバヤ・オン・アリ・キャマリ・ボリ・ソワカ

(´・(ェ)・`)つ

216名無しを整える。2018/08/25(土) 01:42:55.10ID:ogUmOfil
urlが貼れないのですが、「my library バガヴァッド・ギーター」とgoogleで検索すると、6つ目に表示されるサイトに全訳が載っていますよ。

217名無しを整える。2018/08/25(土) 05:37:02.16ID:COjHMvmq
>>216
どうもありがとうであります!
バガヴァッド・ギーターの購読ゼミにさせていただくであります。
(´・(ェ)・`)つ

218名無しを整える。2018/08/25(土) 05:55:48.87ID:COjHMvmq
バガヴァッド・ギーター
第一章
クル族の王、ドリタラーシトラは、こう言った。

「サンジャヤよ、この神々が守る聖なる地、
クルクシェートラに集った、我が軍勢を見よ。
我が息子と、敵のアルジュナは、何をしている。」

盲目の王に代り、サンジャヤは語り始めた。
彼は、神仙の力で、千里眼を与えられていた。
この物語は、サンジャヤが、語ったものである。

ドリタラーシタラの子、ドゥルヨーダナは、
布陣した、アルジュナの大軍を、眺めていた。
そして、軍師のドローナに近づき、こう言った。

「アルジュナ率いる、壮大なる敵軍を見よ。
あれは、貴方の弟子により、布かれたものだ。
そこには、アルジュナに匹敵する、勇士がいる。」

「偉大な戦士ドルパタ、強力な国王カーシ、
スバドラーの息子に、ドラウパディーの息子、
見なさい、彼らは、誰もが、勇敢な戦士である。」

「ドローナが率いる、屈強なる自軍を見よ。
これは、貴方の手によって、布かれたものだ。
そこには、ドローナに匹敵する、大賢者がいる。」

「最大の英雄ビーシュマ、常勝の士ドルナ、
ソーマダッタの息子に、ドローナ軍師の息子、
見なさい、彼らは、誰もが、聡明な戦士である。」

その時、高らかに法螺貝が吹き鳴らされた。
英雄ビーシュマの、獅子吼が呼び水となって、
戦場に鬨の声が響き渡り、遂に戦闘が始まった。

この凄まじい大音量は、天と地を引き裂き、
ハヌマーンを掲げる、敵の軍勢を切り裂いた。
(´・(ェ)・`)
(つづく)

219名無しを整える。2018/08/25(土) 09:06:02.41ID:COjHMvmq
>>218
ふむふむ。
天使と悪魔の戦いではなく、
勇敢な戦士と聡明な戦士の戦いでありますね。
徳のあるものどうしのたたかいでありますね。
(´・(ェ)・`)つ

220鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/25(土) 22:13:57.15ID:sT31TB3n
クリシュナ神を信仰する者の話なのじゃ。
カルマヨーガなのじゃ。
それは戦士階級の者には欠かせない教えとなるのじゃ。

221名無しを整える。2018/08/25(土) 22:57:49.30ID:COjHMvmq
>>220
なるへそ!戦場の指揮官に対する教えみたいなものなのでありますね。
仏教と使われる言葉や言い回しの共通な部分も多くありますが、ブッタの教えとの違いがいを考えながら読んでみるであります。
(´・(ェ)・`)つ

222名無しを整える。2018/08/26(日) 00:40:24.35ID:h4bysm6j
大昔のボンボンの長い甘えた理論を現代に学びたい人
   暇な人

223名無しを整える。2018/08/26(日) 05:02:21.15ID:uGw2uxDC
>>218
1バガヴァッド・ギーター
第一章(つづき)
ハヌマーンを掲げる、敵の軍勢を切り裂いた。
アルジュナは、クリシュナに向かって、言った。

「ああ、クリシュナよ、戦車を止めてくれ。
わたしは、誰と戦うべきか、分かっていない。
見よ、戦うべき敵軍に、我が親族が集っている。」

「クリシュナよ、敵陣に並ぶ、親族を見て、
我が口は渇き、皮は焼かれ、足は震えている。
心が苦しむ余り、立つ事さえも、ままならない。」

「戦いで親を殺して、良い報いが有ろうか。
どうして、王国の勝利を望むことが出来よう。
王国も、勝利も、彼らの為に、望んでいたのに。」

「師匠、父親、息子、叔父、その他の縁者。
彼らが私を殺そうとも、私は彼らを殺せない。
たとえ、全宇宙の為にも、況や、王国の為には。」

「我らを危める者を、我らが殺めるならば、
我らの方にこそ、その報いは降り懸るだろう。
それゆえ、殺されようとも、殺すべきではない。」

「心を乱された者が、罪を犯したとしても、
心を乱さない者が、法を侵すべき道理はない。
我が一族が罪を犯せば、全ての民族が法を侵す。」

「ダルマが破られて、アダルマが現われる。
アダルマは、この世の、カルマを汚していく。
カルマに歪められて、カーストが壊されていく。」

「宇宙の秩序である、カーストが壊れれば、
地獄の蓋が開いて、すべての人が地に落ちる。
地上の王国が滅びる、そんな類いでは済まない。」

「どうして、王権の為に、大罪を犯せよう。
真剣を掲げた彼らが、王権を捨てた私を殺す。
それこそ、私が望むべき、相応しい結末である。」

それだけ言うと、戦いの最中、彼は座り込んだ。
(´・(ェ)・`)
(おわり)

224名無しを整える。2018/08/26(日) 17:59:07.49ID:O8zBDl77
ぷぴぴ!(о´∀`о)

225鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/26(日) 21:36:34.94ID:ikZ7EIPX
殆どの宗教は殺人を罪としているのじゃ。
そのために武士の階級では苦悩が生じるのじゃ。
その階級の者のために戦闘的な教えが説かれるのじゃ。
日本では日蓮宗とかなのじゃ。
昔の武士は日蓮宗が多かったのじゃ。

226名無しを整える。2018/08/26(日) 23:18:07.39ID:/33YVkpx
嘘こけw

227名無しを整える。2018/08/27(月) 08:26:16.39ID:O4HnrcOf
>>223
バガヴァッド・ギーター 第二章

悲しみに沈む彼に、クリシュナは、こう言った。

「この危急に際して、その女々しさは何か。
アルジュナよ、悲劇に酔い痴れてはならない。
その弱気を、神々が歓ぼうか、賢者が喜ぼうか。」

アルジュナは、クリシュナに、このように語る。

「私が尊敬する、ビーシュマやドローナ達。
戦争だからと、どうして、彼らと戦えようか。
彼らの血で汚れた物を、食べて喜べると思うか。」

「我らが勝つべきか、彼らこそ勝つべきか。
どちらが良いのか、わたしには、分からない。
だた、彼らを殺したくない、それだけは解かる。」

「どちらが良いか、はっきり示して欲しい。
私は、悲しみの為に、真我が曇らされている。
私の迷妄を払えるのは、君の他に私は知らない。」

アルジュナに、クリシュナは、微笑んで言った。

「アルジュナよ、世に響く、賢者たる者は、
死についても、生についても、嘆かぬものだ。
君は、嘆く必要のない事で嘆く、言い訳じみて。」

「アルジュナよ、私にしても、君にしても、
我々は、今までに、存在しなかった事がない。
それゆえ、是からも、存在しなくなる事がない。」

「確かに、少年期、青年期、老年期を経て、
生まれた自我は、老いていき、死んでしまう。
しかし、真我は不滅ゆえに、再び生まれ変わる。」

「賢者は、それを見とめて、迷う事がない。
確かに、自我が生まれて、苦楽が生まれるが、
無常であることを見とめて、囚われる事がない。」

「楽が生まれると、必ず、苦が埋れている。
苦と楽や、生と死を、平等に見とめるものは、
楽を捉えようと、苦に捕らわれず、不死となる。」

「自我は不滅ではない、真我は不滅である。
真理を悟った者は、自我と真我の境界を見る。
アルジュナよ、遍く満ちる真実を、不滅と見よ。」

(´・(ェ)・`)
(つづく)

228鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/27(月) 22:50:51.62ID:nqlmhLZ4
不滅の真我とは認識できない認識主体なのじゃ。
在ると言えるのはそれだけなのじゃ。
それを知れば迷うことは無いのじゃ。

229名無しを整える。2018/08/27(月) 23:59:53.79ID:O4HnrcOf
うむ。
義務を果たす、とか、カースト、とかは、今まで講読会で読んだブッタの教えでさ、取り上げてげてなかったような気がするであります。
(´・(ェ)・`)つ

230名無しを整える。2018/08/28(火) 00:13:23.95ID:S7U1QP5S
そういえば、ニサルガダッタ・マハラジがバガヴァッド・ギーターを最高の教えと評していた対話録を読んだ記憶があります。
そして、ギーターを読むときは、アルジュナ側の視点ではなく、自分がクリシュナであり、自分が真理を語っているものとして読みなさい、と質問者にアドヴァイスをしていました。
マハラジの属していた宗派も、出家ではなく、在家で各々の役割を果たしながら修行するのを奨励していたので、似たものがあるのかもしれませんね。

231名無しを整える。2018/08/28(火) 03:21:55.26ID:dnM4kBZG
たびたび失礼します。
三つのグナの教えをみて感じたのですが、
これらの心のどの状況も苦を生むようにできているように思えるのです。
性格とはこれらの組み合わせにすぎないと説いた人もいます。
どの状況にも囚われないことが大事なのでしょうか。
自身に強くある性質がこれだと感じた場合、
それと真逆のことをすべきなのでしょうか。

232名無しを整える。2018/08/28(火) 03:24:44.12ID:r8vQoVVv
たびたび失礼します。
三つのグナの教えをみて感じたのですが、
これらの心のどの状況も苦を生むようにできているように思えるのです。
性格とはこれらの組み合わせにすぎないと説いた人もいます。
どの状況にも囚われないことが大事なのでしょうか。
自身に強くある性質がこれだと感じた場合、
それと真逆のことをすべきなのでしょうか。

233名無しを整える。2018/08/28(火) 03:24:59.48ID:72K+Amuy
たびたび失礼します。
三つのグナの教えをみて感じたのですが、
これらの心のどの状況も苦を生むようにできているように思えるのです。
性格とはこれらの組み合わせにすぎないと説いた人もいます。
どの状況にも囚われないことが大事なのでしょうか。
自身に強くある性質がこれだと感じた場合、
それと真逆のことをすべきなのでしょうか。

234名無しを整える。2018/08/28(火) 06:47:03.72ID:GfP00RWq
>>227
バガヴァッド・ギーター 第二章(つづき)

「彼が殺すと思う者、彼が滅びると思う者、
どちらも、私という者を、理解できていない。
真我は殺しもしないし、真我は殺されもしない。」
「彼は、決して生まれず、決して死なない。
彼は、不生であり、常住であり、不滅であり、
自我は殺められようとも、真我は危められない。」
「さながら、人々が、服を着替えるように、
魂は、古い体を捨てて、新しい体に着替える。
服を破った処で、彼を殺せたと言えるだろうか。」
「如何なる物も、彼を危めることは出来ず、
如何なる者も、真我を殺めることは出来ない。
真我は、不動であり、堅固であり、永遠である。」
「彼が、死なないと考えて、嘆くにしても、
彼が、死んでしまうと考えて、歎くにしても、
彼が嘆くことはない、彼は現れないものである。」
「生が生まれると、必ず、死が埋れている。
生れれば死んでしまい、死ねば生れてしまう。
避けられないことに、君は、嘆くべきではない。」
「無いものが、現われてから、消えていく。
あらゆる現れは、無から始まり、無に終わる。
どうして、この事実を、悲しむ必要があろうか。」
「ある者は、この事実を、見て驚くだろう。
又、ある者は、この真実を、聞き愕くだろう。
それでも、彼を見とめる者は、何処にも居ない。」
「一切の者の身体に宿っている、この魂は、
永遠不滅であり、殺すことなど不可能である。
だから、君は、このことを、嘆くべきではない。」
「クシャトリア、武人の義務から考えても、
真理を護る戦いより、優れるものがあろうか。
武人として、聖戦に挑めれば、冥利に尽きよう。」
「戦えば、天国の使者が、君を出迎えよう。
逃げるなら、義務を果せず、武人の名が廃る。
戦士が汚名を残す屈辱は、戦死よりも耐え難い。」
「君が逃げるなら、今まで称えていた者も、
卑怯者や、臆病者と、君を蔑むようになろう。
況や敵をや、これに勝る恥辱が、何処にあろう。」
「君が戦死すれば、天上で極楽を味わうし、
君が戦勝すれば、地上で栄華を味わうだろう。
アルジュナよ、立ち上がれ、戦う、決心をせよ。」
「幸か不幸か、損か得か、勝つか負けるか、
考えることなく、我を忘れ、戦うべきである。
そうすれば、決して、君は罪を負うことがない。」

(´・(ェ)・`)
(つづく)

235名無しを整える。2018/08/28(火) 06:48:15.97ID:GfP00RWq
>>230
おー!
マハラジさんおすすめでありましたか!
ありがとうであります。
(´・(ェ)・`)つ

236名無しを整える。2018/08/28(火) 22:31:56.93ID:erFeNzUj
格義仏教的な理解では、佛教の理解なんて一生無理だなw

237鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/28(火) 22:51:02.81ID:sxGBTmzC
>>229 そうじゃ、お釈迦様は産まれによるカーストの区別には反対であったがのう。
 それぞれの義務を果たすものがその職に在るものなのじゃ。
 修業するものがバラモンであり、商いをする者が商人なのじゃ。

>>233 三つのグナはどれも執着すれば苦になるじゃろう。
 しかし、サットヴァは知覚するものであり、苦を厭離できる性質のものでもあるのじゃ。
 よく使えば苦を厭離できるのじゃ。
 執着せずに使うとよいのじゃ。

238名無しを整える。2018/08/28(火) 23:49:47.78ID:GfP00RWq
グナについて復習

>2.15 得たものを失うことへの恐怖と懸念、結果として心の中に残り新たな切望をひき起こす印象、心を支配する三グナの絶えざる相克、これらに鑑みるとき、識別ある者にとっては実にあらゆるものが苦である。

>サットヴァとは気づくこと、認識することなのじゃ。
ラジャスとは活動なのじゃ。
タマスとは惰性なのじゃ。

>グナとはサットヴァ、ラジャス、タマスの三つの心の性質なのじゃ。
客体が同一でも認識が異なるのはその性質の優位に違いがあるからというのじゃ。
同じものを観てもサットヴァが優位ならば智慧を持って見られるのじゃ。
ラジャスが優位ならば活動的なものとしてみるのじゃ。
タマスが優位ならば怠惰なものとしてみるのじゃ。

専門用語に慣れなければなりますまい。
(´・(ェ)・`)つ

239名無しを整える。2018/08/29(水) 06:44:01.97ID:AklDBYN/
>>234
2バガヴァッド・ギーター 第二章(つづき)

「以上は、理論に於ける、知性の話をした。
以下は、実践に於ける、知性の話しをしよう。
知性を磨き上げれば、君は行為の束縛を離れる。」

「知性は、多くのものに、分けようとして、
真の知性は、一つのものに、集めようとする。
その念の力を、真我に集めて、人々は解脱する。」

「この実践には、無駄もなく、後退もなく、
それゆえ、この道を、少しだけ進むだけでも、
大いなる輪廻の恐怖が、減っていくことになる。」

「愚か者は、ヴェーダの華麗な詩句に酔い、
感覚の満足と、贅沢な生活に、心を奪われる。
様々な儀式を執り行い、天界に至ることを望む。」

「財宝の蓄積や、感覚の快楽に捕らわれて、
その追求のために、彷徨い続ける人の心には、
真理を愛して、神理に仕える、思いは生じない。」

「ヴェーダでは、善性と暗性と動性を説く。
アルジュナよ、いつも、善性を拠り所として、
執着を離れ、相対を脱却して、自己を統御せよ。」

「至る所に水が溢れる時、井戸は要らない。
同様に、真理を悟った者に、経典は要らない。
ヴェーダに溺れる者には、ヴェーダが未だ要る。」

「カルマとは、行為であり、結果ではない。
よって、行為の結果を、行為の動機とするな。
また、何もしないことに、囚われてはならない。」

「アルジュナよ、カルマを忠実に遂行せよ。
成否に捕らわれる、あらゆる余念を放棄せよ。
こうした、心の静寂を、ヨーガと呼ぶのである。」

「奉仕の精神で、行為の果報を期待しない。
一切の結果を、真我に委ねて、義務を果たせ。
報酬を期待するのは、雇われている人間である。」

「全智者に対して、自らを奉げた奉仕者は、
この世に於いて、自我を越えて善悪を離れる。
アルジュナよ、これこそが、行為の秘訣である。」
(´・(ェ)・`)
(つづく)

240鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/29(水) 22:28:46.15ID:JfRxzFkJ
>>238 そうじゃ、次の文もグナを説いているのじゃ。

「ヴェーダでは、善性と暗性と動性を説く」
 善性とはサットヴァのことなのじゃ。
 暗性がタマスであり、動性がラジャスなのじゃ。
 「アルジュナよ、いつも、善性を拠り所として、
執着を離れ、相対を脱却して、自己を統御せよ。」
というのがサットヴァによって観察し、執着を離れ、相対的な観念を脱却して自己を統御せよというのじゃ。
 

241名無しを整える。2018/08/30(木) 14:45:09.19ID:7b8NO5lq
>>239
バガヴァッド・ギーター 第二章(つづき)

悲しみに沈む彼に、クリシュナは、こう言った。

「仏性が、真理である、神と合一した者は、
行為の結果を捨てて、生と死の束縛を離れる。
そして、苦楽を越えた、憂い無き境地に達する。」

「仏性が現れて、迷妄の闇から抜け出すと、
過去に捕えたこと、未来に捉えるだろうこと。
すべてに超然として、心が囚われることがない。」

「君の心が、ヴェーダの詩句に惑わされず、
すべてを平等に捉える、自己の本性を悟ると、
三昧により、不動となり、神の意識に到達する。」

アルジュナは、クリシュナに、このように問う。

「クリシュナよ、真我に没入した者の意識、
智慧を具足した者の心とは、如何なるものか。
彼は、如何に語り、如何に座り、如何に歩むか。」

クリシュナは、アルジュナに、このように説く。

「アルジュナよ、感覚の欲望を悉く離れて、
自己の本性に満足し、超然として泰然とする。
純粋なる意識に、目覚めた者、彼を賢者と呼ぶ。」

「逆境に於いても、心が乱れることがなく、
順境に在っても、心が思い上がることがない。
貪瞋痴を越え、不動となる者、彼を聖者と呼ぶ。」

「好きなものを見ても、囚われることなく、、
嫌いなものを見ても、捕らわれることがない。
好き嫌いの感情を超越した者、彼を覚者と呼ぶ。」

「あたかも、亀が手足を甲羅に収める様に、
眼耳鼻舌身の対象から、感覚を引き払う者は、
完全なる智慧、プラジュニャーを得たと言える。」

「たとえ、禁欲を為して、快楽を離れても、
過去に味わった快楽は、記憶として残される。
それは、より良い物を味わい、越えるしかない。」

(´・(ェ)・`)
(つづく)

242鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/30(木) 22:51:44.79ID:x9XxRpd1
行為の結果を期待せずに行うのがカルマヨーガなのじゃ。
難しいことでは在るがのう。
それが出来れば修業にも成果を気にせず打ち込めるのじゃ。
精進すれば純粋な意識にも到達するのじゃ。

243名無しを整える。2018/08/30(木) 23:32:21.49ID:7b8NO5lq
>>242
うむ。
不思議なことは、まるっきり予期してないときにしか起こらないのであります。
して、起こっても、気のせいかなと思っている短期間に、繰り返し起こるのである。
で、よし!と思って、再現性を期待すると、テコでも起こらないのである。
不思議であります。
(´・(ェ)・`)つ

244名無しを整える。2018/08/31(金) 06:53:17.77ID:7R1dixOW
>>239
2バガヴァッド・ギーター 第二章
悲しみに沈む彼に、クリシュナは、こう言った。

「仏性が、真理である、神と合一した者は、
行為の結果を捨てて、生と死の束縛を離れる。
そして、苦楽を越えた、憂い無き境地に達する。」

「仏性が現れて、迷妄の闇から抜け出すと、
過去に捕えたこと、未来に捉えるだろうこと。
すべてに超然として、心が囚われることがない。」

「君の心が、ヴェーダの詩句に惑わされず、
すべてを平等に捉える、自己の本性を悟ると、
三昧により、不動となり、神の意識に到達する。」

アルジュナは、クリシュナに、このように問う。

「クリシュナよ、真我に没入した者の意識、
智慧を具足した者の心とは、如何なるものか。
彼は、如何に語り、如何に座り、如何に歩むか。」

クリシュナは、アルジュナに、このように説く。

「アルジュナよ、感覚の欲望を悉く離れて、
自己の本性に満足し、超然として泰然とする。
純粋なる意識に、目覚めた者、彼を賢者と呼ぶ。」

「逆境に於いても、心が乱れることがなく、
順境に在っても、心が思い上がることがない。
貪瞋痴を越え、不動となる者、彼を聖者と呼ぶ。」

「好きなものを見ても、囚われることなく、、
嫌いなものを見ても、捕らわれることがない。
好き嫌いの感情を超越した者、彼を覚者と呼ぶ。」

「あたかも、亀が手足を甲羅に収める様に、
眼耳鼻舌身の対象から、感覚を引き払う者は、
完全なる智慧、プラジュニャーを得たと言える。」

「たとえ、禁欲を為して、快楽を離れても、
過去に味わった快楽は、記憶として残される。
それは、より良い物を味わい、越えるしかない。」

(´・(ェ)・`)
(つづく)

245名無しを整える。2018/08/31(金) 18:39:10.56ID:wIEFquqL
鬼和尚、サットヴァ=阿頼耶識=観察する能力なんですか?

246鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/31(金) 22:28:46.63ID:uKc3ARP0
>>243 期待すると記憶による観念を見ようとしてしまうからなのじゃ。
 何の計らいも捨ててただひたすら集中するとよいのじゃ。
 実践あるのみなのじゃ。

>>245 サットヴァは心の性質であるから阿頼耶識ではないのじゃ。
 ものごとを認知する性質なのじゃ。
 阿頼耶識がもつ性質の一つとはいえるじゃろう。
 それをうまく使えばよいのじゃ。
 

247名無しを整える。2018/09/01(土) 08:14:59.07ID:7ScrrC5V
>>246
>何の計らいも捨て
と言うことの意味が、よくわかったであります。ありがとうであります!

> サットヴァは心の性質であるから阿頼耶識ではない。
(阿頼耶識)ものごとを認知する性質
(サットヴァは)阿頼耶識がもつ性質の一つ
 
で、ありますか?
(´・(ェ)・`)つ

248名無しを整える。2018/09/01(土) 08:24:59.20ID:7ScrrC5V
>>244
バガヴァッド・ギーター 第二章(つづき)

「アルジュナよ、感覚の欲求は強く激しく、
行を修めた者の心さえ、力ずくで揺るがせる。
不動の真我に、心を合わせる者は、智者である。」

「対象を見たり、対象を思ったりする事で、
人は、その対象に、愛着を感じるようになる。
愛着から欲望が生じて、欲望から嫌悪が生じる。」

「嫌悪から妄想が生じ、妄想で記憶が乱れ、
今までの教訓を忘れ、仏性が曇らされていく。
その結果、人々は、物質次元、現象界に落ちる。」

「解脱の道を歩んで、感覚を統御する者は、
真我の恩寵により、愛着と嫌悪から出離する。
現象界の、三重苦が消滅して、知性が安定する。」

「知性が、真我に回帰しようとしない限り、
感情も治められないし、仏性も修められない。
平安の境地に臨めないと、真の幸福も望めない。」

「あたかも、舟が風に吹き流されるように、
たった、一つの感覚でも、心を奪われたなら、
たちまち、人の仏性は、吹き飛ばされてしまう。」

「クンティーの息子である、アルジュナよ。
諸々の感覚の対象から、完全に撤退した者や、
完全に超越した者は、完全に覚醒したと言える。」

「愚者に夜であろうと、賢者には昼である。
愚者には昼であろうとも、賢者には夜である。
賢者は、他の生物とは、異なる見方をしている。」

「さながら、無数の川が流れ込んでいても、
海は泰然としていて、常に不動であるように、
他の欲が流れ込んでも、賢者は平然としている。」

「物欲や肉欲、すべての欲望を放棄した者、
支配欲や所有欲、あらゆる願望を出離した者、
このような人だけが、真実の平安に至るだろう。」

「これが、ブラフマンに到達する道である。
ここに到達した者は、一切の迷妄が消滅する。
臨終に際して、ここに至れば、光明に没入する。」
(´・(ェ)・`)
(おわり)

249名無しを整える。2018/09/01(土) 21:22:01.57ID:TS1gimP6
「アルジュナよ、感覚の欲求は強く激しく、
行を修めた者の心さえ、力ずくで揺るがせる。
不動の真我に、心を合わせる者は、智者である。」

真我に心を合わせるとは、無に集中するということでしょうか?

250鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/09/01(土) 23:22:53.42ID:Bwkvh45C
>>247 サットヴァはものごとを認知する性質なのじゃ。
 サットヴァは阿頼耶識のもつ性質の一つと言えるのじゃ。
 そのように理解すると善いのじゃ。

>>249 真我とはそれ自体は認識できない認識の主体なのじゃ。
 ただ見るだけのものなのじゃ。
 見る意識そのものなのじゃ。
 何かを見ても心にそれに対する好悪や愛着が無ければ真我に心を合わせたといえるのじゃ。
 ただ見たものごとを見たものだけであると認識するのじゃ。
 サマーディ、忘我、無我の認知なのじゃ。

251名無しを整える。2018/09/02(日) 08:29:39.98ID:uuWWb54e
>>250
鬼和尚、ありがとうであります。
> 真我とはそれ自体は認識できない認識の主体。

そのような主体があった方が、無我にたどり着く道のイメージを持ちやすくなる気がするであります。
(´・(ェ)・`)つ

252名無しを整える。2018/09/02(日) 08:43:05.79ID:uuWWb54e
バガヴァッド・ギーター 第三章

アルジュナは、クリシュナに、このように問う。
「クリシュナよ、果報を求める行為よりも、
知性を磨く行為の方が、優れているのならば、
どうして、わたしに、戦えと言われるのですか。」
「あなたが、曖昧な言い方をしているため、
わたしの心は、迷いを越えることが出来ない。
私にとって、最善の道は何か、明言して下さい。」
クリシュナは、アルジュナに、このように説く。
「この世で、真理を悟る道は、二つがある。
ヨーギーには、実践者の道、行為の道があり、
サーンキャには、理論家の道、哲学の道がある。」
「たとえ、作為を恐れて、行為を避けても、
すでに犯した罪からは、逃れられる事はない。
この世を捨てたとしても、越えられる事はない。
「好もうが、好むまいが、人というものは、
プラクリティのグナによる、カルマによって、
唯の一瞬たりとも、活動しないでは居られない。」
「体が動かなくても、心が動いているのは、
自らを欺く行為であり、彼は偽善者に等しい。
体が動いても心は動じず、これが放棄者である。」
「何もしないこと、無作為に徹するよりも、
何も囚われないこと、無頓着に徹するべきだ。
行為をしなければ、肉体さえ維持できなくなる。」
「アルジュナよ、真我のために、活動せよ。
さもなければ、行為に縁って、行為が導かれ、
この、現象界に縛り付ける、輪廻の原因となる。」
「はじめに、創造主は、万物を創造されて、
それぞれ、カルマを与え、このように言った。
行為を奉げなさい、願望は適えられるだろうと。」
「人々から供養を受けて、神々は満足して、
神々から加護を享けて、人々は安心している。
神に報いられ、神に酬いない者は、盗賊である。」
「自らが食べる物を、自ずから食べる前に、
神に対して奉げる者は、すべての罪を免れる。
味を貪り食べる者は、罪を食べるようなものだ。」
「すべての生物は、穀物により生きている。
すべての穀物は、恵みの雨により生きている。
天からの雨は、義務の遂行によって降って来る。」
「カルマは、ブラフマンから発されていて、
ブラフマンは、永遠普遍の至高の存在である。
だからこそ、カルマに不滅の存在が関って来る。」
「アルジュナよ、こうして、行為の車輪を、
すなわち、チャクラを、回転し続けない者は、
感官の快楽を貪り続けて、空しい人生を過ごす。」
(´・(ェ)・`)
(つづく)

253名無しを整える。2018/09/02(日) 13:48:07.23ID:RMgKZVR3
>>250
>真我とはそれ自体は認識できない認識の主体なのじゃ。

「それ自体は認識できない認識の主体」とは「私は在る」とか観照者と呼ばれているものですか?

鬼和尚さまが悟るとは認識を滅することだとおっしゃているのは、その「それ自体は認識できない認識の主体」が消えることですか?

だとしたら涅槃においては何も認識のようなものはないということでしょうか、あるいは別の認識があるのでしょうか

涅槃は知覚の対象にならないとか認識できないというような説明を見かけますが、認識できないものの存在が語られるのがよくわかりません

主客未分であるとき「それ自体は認識できない認識の主体」があり、主体は主客なき主体のまま在るのはわかりますが、
その先において主体と認識はどうなるのでしょうか

254仏教の超初心者2018/09/02(日) 14:04:08.27ID:TZoMLoVJ
先ず、

1.ここで鬼和尚と名乗っている者は、仏教僧ではないのに僧侶を騙る紛い物であること。
2.仏教とスレタイにはあるが、実際の内容は不二一元論であること。


本来、ヴェーダでは「真我(アートマン)とは何々であると定義できないもの」とされているので、「それ自体は認識できない認識の主体」とも定義され得ない。
本来、仏教では常・一・主・宰なる我という本体認めておらず、延いては「それ自体は認識できない認識の主体」等という、確認できないもの等形而上学上の問題については無記としている。


簡単に云うと、無認識であったことを後から認識するだけの事(無認識の認識)に他ならない。

255名無しを整える。2018/09/02(日) 19:59:44.95ID:SyRfW1bo
鬼和尚、ギーター2章のまとめをお願いします。

256名無しを整える。2018/09/02(日) 20:41:43.02ID:uuWWb54e
お願いします。
|∧_∧
|・(ェ)・)
|⊂ノ.
|`J

257鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/09/02(日) 23:44:13.29ID:e77ganDF
>>251 そうじゃ、それがアートマンの法であり、道なのじゃ。
 実践あるのみなのじゃ。

>>253 違うのじゃ。
 それはないのじゃ。
 アートマンはそもそも存在しないのじゃ。
 上に書いたようにそのような認識できないものがあるとしたほうが修業の目標になり、やり易いから説かれたのじゃ。
 そしてそれは正しい説き方なのじゃ。
 何か修業の途中で認識できるものがあればそれは幻影と言えるからのう。
   
 唯識論が概ね正しいのじゃ。
 記憶に依存した認識である阿頼耶識が消えれば本来の認識が現れるのじゃ。
 主体も客体も無く認識するのが本来の認識なのじゃ。
 それを9識というとものいるが、言葉で説かないほうが正しいとする者も居るから知られないのじゃ。
 どちらも正しいのじゃ。

>>255>>256 クリシュナが説いたのは、本来カルマヨーガであるが、ここではそれとともにアートマンの法やブラフマンも説いているのじゃ。
 ギーターが読むべきものとされているのはそのようにヴェーダの法を遍く解説しているところじゃろう。
 仏教で言えば法華経のようなものじゃ。
 重要な法を物語りに託してそれぞれ説いているものなのじゃ。
 ここまでは百科事典的なものといえるのじゃ。
 後に更に詳しく解説が為されるのじゃろう。
 

258名無しを整える。2018/09/02(日) 23:57:07.13ID:uuWWb54e
>>257
鬼和尚、いつもありがとうであります。  マハラジ、ギーターの二本立てになり、ご苦労をお掛け致しますが、よろしくお願いするであります。
どちらも、これから先が、ワクワクくまくまであります。
(´・(ェ)・`)つ

259名無しを整える。2018/09/03(月) 02:22:26.74ID:EO663O/v
>>258
別スレもあるんですか?
よかったらurl教えてください

260名無しを整える。2018/09/03(月) 02:34:32.26ID:EO663O/v
みつかりましたw

261名無しを整える。2018/09/03(月) 06:30:22.73ID:37cC01Vs
>>252
バガヴァッド・ギーター 第三章(つづき)

「一方で、自らの中に、アートマンを認め、
歓喜を帯び、満足を得て、安住している者に、
もはや、果たすべき業、義務は存在していない。」

「彼は、行為することで、得るものも無く、
また、行為をしないことで、失うものも無い。
そして、他の如何なる者にも、頼ることが無い。」

「よって、行為の結果に囚われることなく、
果すべき義務として、淡々と天命を遂行せよ。
そうしなければ、魂は、真我に回帰が出来ない。」

「例えば、ジャナカ王などが、挙げられる。
彼らは、義務の遂行により、覚醒に到達した。
君も、人々の手本となるべく、為すべきを為せ。」

「何事に於いても、偉人が行なったことを、
一般の人々は、同じように真似るものである。
指導者が範を示せば、彼に、全世界の人が倣う。」

「わたしは真我であり、この三界に於いて、
課せられていることなど、何一つとしてない。
それでいながら、なお、私は活動し続けている。」

「というのも、もし、私が活動しなければ、
誰もが私に倣って、活動しなくなってしまう。
私が活動しなければ、直ちに全世界が消滅する。」

「愚か者は、果報を求めて、活動をするが、
賢い者は、果報を求めないで、活動している。
その活動は、世の人を、正しく導くことである。」

「果報を求めない、賢者が活動しないとき、
果報を求めてしまう、愚者が混乱してしまう。
賢者は無償で活動して、奉仕の精神を倣わせる。」

「アルジュナよ、自我に囚われている者は、
サットヴァ、ラジャス、タマスの動きを見て、
自分が為している、働いていると考えてしまう。」

「しかし、一方、自我に捕らわれない者は、
自分の行為は、三つのグナの作用と見とめて、
決して、自分の行為に、捕らわれることがない。」

「アルジュナよ、三つのグナに惑わされて、
迷わされた人々は、現象界の活動に捕われる。
この姿は、囚われると見えず、越えると見える。」

「囚われた者に、不安を与えてはならない。
アルジュナよ、すべての行為を真我に任せて、
自らの行為と捕らえることなく、勇ましく戦え。」
(´・(ェ)・`)
(つづく)

262名無しを整える。2018/09/03(月) 17:54:33.10ID:EO663O/v
マハラジやギーターの言う「真我」は鬼和尚の「意識」と同じものではないんですか?

マハラジ  何ひとつ私によっては為されない。
すべてはただ起こるのだ。
私は期待しないし、計画も立てない。
ただ出来事が起こるのを見るだけだ。
それらが非現実だと知りながら――。

質問者 真我を実現した最初の瞬間から、あなたはつねにこのようだったのでしょうか?

マハラジ  いつものように三つの状態は交替する。
そこには目覚め、眠り、そしてまた目覚めがあるが、私には起こらない。
それらはただ起こる。
私には何も起こらないのだ。
そこには不変不動、難攻不落の岩のように動じない何か、ひと塊の純粋な存在―意識―至福がある。
私はつねにそのなかに在る。
いかなる苦痛も、いかなる災難も、何も私をそこから引き出すことはできないのだ。

質問者 それでも、あなたは意識しています!

マハラジ  そうとも言えるし、またそうでないとも言える。
そこには深く、広大無辺な、揺るぎない平和がある。
できごとは記憶のなかに記録されるが、それらには何の重要性もない。
私はほとんど気がつかないほどだ。

質問者 もし私があなたを正しく理解したとすると、修練によって培うことではこの状態はやってきません。

マハラジ  やってくるということはない。
それはつねにそうだったのだ。
発見はあった。そして、それは突然のものだった。
誕生とともにあなたが世界を突然発見したように、私は突然、真我の存在を発見したのだ。

質問者 それは雲がかかっていて、あなたのサーダナ(修練)が霧を晴らしたのでしょうか?
あなたの状態は永久なものでしょうか、断続的なものでしょうか?

マハラジ  絶対的に揺るぎのないものだ。
私が何をするにせよ、それは岩のように不動なのだ。
ひとたび実在に目覚めたならば、あなたは実在のなかにとどまる。
子供は子宮のなかに戻りはしない!
それはシンプルな状態だ。
極小よりもさらに小さく、極大よりもさらに大きい。
それは自明であるにもかかわらず、描写を超えた彼方に在る。

2632532018/09/03(月) 18:44:03.54ID:mgR0mCrc
>>257
そうですか。

上座部仏教で言われている心、心所、色(物質)、涅槃の4つがあるという見方は妥当ですか?

妥当だとした場合、「私は在る」「観照者」「無我の境地」「九識」はどこに対応するものでしょうか?

心=「私は在る」「観照者」「無我の境地」
心所
色(物質)
涅槃=「九識」

でしょうか?

心と完全に厭離することで本来の認識(九識)があらわれそれが悟りであるということでしょうか

264鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/09/03(月) 22:13:46.77ID:4d+sWj3y
>>262 真我は意識ではないのじゃ。
 それは悟りを得るための法なのじゃ。
 真我を実現して意識にたどり着くと言えるのじゃ。
 アートマンは月を示す指のようなものじゃ。
 
>>263 それらも修業の為に作られた観念なのじゃ。
 囚われてはいかんのじゃ。
 何も対応しないのじゃ。
 
 心というならばそれは唯識ではマナ識とかになるのじゃ。
 阿頼耶識を厭離できれば悟りなのじゃ。
 実践あるのみなのじゃ。

265名無しを整える。2018/09/03(月) 22:40:03.65ID:EO663O/v
>>264
>>262のマハラジ「私は突然、真我の存在を発見したのだ。 」
この部分はどう解釈すればよいのでしょうか?

266仏教の超初心者2018/09/03(月) 22:59:07.20ID:maWmGmHR
>>263
私は唯識に若干親しいので、その視座から五位で分析する場合は、以下に該当しませんでしょうか?

九識 → 心法
 (ただし第九識(阿摩羅識)は、唯識学では立てず、天台・華厳系にてたてられた識で、真如を示す 立ち位置ですのでよくは存じません)

「私は在る」 → 色法(認識である場合は心所法の慧?)
「観照者」 → 心所法(慧?)
「無我の境地」 → 心不相応行法(無想定、滅尽定) or 無為法(想受滅)

267名無しを整える。2018/09/03(月) 23:17:04.91ID:mgR0mCrc
>>264
あらゆる観念に捉われないというシンプルな導きですね。
ありがとうございました。

>>266
「私は在る」というのは二サルガダッタ・マハラジがよく話しているあらゆる認識に先だつ存在最初の感覚のことです。
観照者というのは非二元などでよく語られていますが定義が人によって少し違うように思います。
無我に関しては鬼和尚さまは自己の捉われはなくなったものの存在という認識の捉われが残っている小悟の状態として話されてるように思います。

鬼和尚さまの会話をいつも見ているのでこのあたりの鬼和尚さまの定義を理解したいと思い聞きました。

自分は唯識はまだあまり理解してないのでお言葉参考にして勉強してみたいと思います。
ありがとうございました。

268佛教の超初心者2018/09/03(月) 23:58:15.76ID:oODCE29n
>>267
成る程、そうですか。

>あらゆる認識に先だつ存在最初の感覚のことです。

佛教は現象(有為)については縁起説(此縁性や相依性等)なので「ありき」論はたてませんからね。
従って、マハラジ氏の「私はある」を佛教でいう五位説に当て嵌めるのは不適切でしたね。

>観照者というのは非二元などでよく語られて

その意味においても「観照者」も非佛の様ですから、同じく佛教でいう五位説に当て嵌めるのは不適切でしたね。

>鬼和尚さまの定義を理解したいと思い聞きました。

彼は佛教僧でないのは勿論、不二一元論者です。

269名無しを整える。2018/09/04(火) 06:45:09.92ID:Xo3ipGI9
>>261
3バガヴァッド・ギーター 第三章(つづき)

「もし、真我を信じて、私の教えに従がい、
いつでも、疑うことなく、行為をするならば、
いずれ、カルマの鎖を断ち、自由に成るだろう。」

「一方、真我を疑って、私の教えに逆らい、
いつでも、従うことなく、行為をしなければ、
いずれ、カルマの淵に落ち、破滅に至るだろう。」

「たとえ、優れた者でも、天命に縛られる。
つまり、あらゆる者は、本性に従がっている。
先天の性に逆らおうとしても、徒労に過ぎない。」

「感覚の対象に対して抱く、愛着と嫌悪を、
人は、よく修めることで、よく治めるべきだ。
この善悪の観念は、真理を悟る時に障害となる。」

「完全なる、他人の義務を引き受けるより、
不全だろうと、自分の義務を果し切りなさい。
他人の道で迷うよりは、自分の道で死ぬべきだ。」

アルジュナは、クリシュナに、このように問う。

「クリシュナよ、自分の意志に反してまで、
時に人は、罪深い行為に、駆り立てられるが、
このような、無意識の力は、何の力であろうか。」

クリシュナは、アルジュナに、このように説く。

「アルジュナよ、その力は、カーマである。
カーマとは、ラジャスから生じたものであり、
この欲界に現われる、最大の敵であると心得よ。」

「煙に巻かれている炎、塵で曇らされた鏡、
それから、子宮に包まれている胎児のように、
あらゆる生物は、それぞれ、欲に覆われている。」

「欲望という天敵に、意識は汚されている。
それは、底なしの谷のように、飽きを知らず、
燃え盛る炎のように、身と心を焼き焦している。」

「欲望は、眼と耳と鼻と舌と身と意に宿る。
欲望に狂わされた心は、仏性を覆い隠すため、
正しい道が解らなくなり、我々の魂を迷わせる。」

「バラタ一族の子孫である、アルジュナよ。
何よりも先ず自らの、五感を統御することで、
理論知と実践知を損う、欲望を滅尽することだ。」

「真我が現われないと、仏性は現われない。
仏性が現われないならば、精神は洗われない。
精神のない感覚は無く、感覚のない対象も無い。」

「それゆえ、私は、仏性よりも上位と知り、
至高の支配者である、アートマンを確立して、
カーマと呼ばれている、恐るべき敵を征服せよ。」
(´・(ェ)・`)
(おわり)

270名無しを整える。2018/09/04(火) 06:48:53.36ID:Xo3ipGI9
>>269
うー。
ギーターって、戦士に対する教えと言うことで、洗脳に悪用できるのではありますまいか?
(´・(ェ)・`)つ

271名無しを整える。2018/09/04(火) 07:47:24.05ID:bMjDWu5h
どんな教えでもその危険性はありますよね。

ダンマパダ311 茅草でも、とらえ方を誤ると、手のひらを切るように、修行僧の行も、誤っておこなうと、地獄にひきずりおろす。

272鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/09/04(火) 22:56:46.38ID:efTluV2k
>>265 悟ったということをアートマンによって現したのじゃ。
 アートマンは本来実現されず、発見されないものじゃ。
 しかし、そのように言わなければ衆生はわからないからいうのじゃ。
 悟りも得るものでも、開くものでもないが衆生の為に悟りを得たとか、開いたとかいうのじゃ。
 得るものも開くものも無い悟りもそのように語らなければならないのじゃ。
 アートマンも実現されず、発見されないがそのように語らなければわからない者のために実現したとか発見したと言うのじゃ。

>>267 そうじゃ、実践あるのみなのじゃ。
 またおいでなさぃ。

>>270 そうじゃ、オウムの者も実はカルマヨーガによって洗脳されていたのじゃ。
 組織の為に殺人も良いという教義であるからのう。
 気をつけなればいかんのじゃ。

273鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/09/04(火) 22:57:05.73ID:efTluV2k
>>265 悟ったということをアートマンによって現したのじゃ。
 アートマンは本来実現されず、発見されないものじゃ。
 しかし、そのように言わなければ衆生はわからないからいうのじゃ。
 悟りも得るものでも、開くものでもないが衆生の為に悟りを得たとか、開いたとかいうのじゃ。
 得るものも開くものも無い悟りもそのように語らなければならないのじゃ。
 アートマンも実現されず、発見されないがそのように語らなければわからない者のために実現したとか発見したと言うのじゃ。

>>267 そうじゃ、実践あるのみなのじゃ。
 またおいでなさぃ。

>>270 そうじゃ、オウムの者も実はカルマヨーガによって洗脳されていたのじゃ。
 組織の為に殺人も良いという教義であるからのう。
 気をつけなればいかんのじゃ。

274名無しを整える。2018/09/05(水) 06:21:04.37ID:EhZPyKyl
成る程ねぇ。

オカルト板で始まったスレに鬼和尚のコテハンで現れてレスしているうちに、本物の仏教僧と勘違いされて、

> 452 名前:本当にあった怖い名無し [sage] :
>2007/05/12(土) 00:34:05 ID:RT7LEuIb0
> なんでいつの間にか鬼和尚が仕切ってるような
> 流れになってるんだ?

になっていったんだな。
良識あるスレの住民からは非佛の指摘も出ていたけれど、勘違いした連中の声に掻き消されて・・・


事の始まりからして鬼和尚は胡散臭かった訳だ。

275名無しを整える。2018/09/05(水) 07:22:36.18ID:wdKJobBH
>>261
バガヴァッド・ギーター 第三章(つづき)

「もし、真我を信じて、私の教えに従がい、
いつでも、疑うことなく、行為をするならば、
いずれ、カルマの鎖を断ち、自由に成るだろう。」

「一方、真我を疑って、私の教えに逆らい、
いつでも、従うことなく、行為をしなければ、
いずれ、カルマの淵に落ち、破滅に至るだろう。」

「たとえ、優れた者でも、天命に縛られる。
つまり、あらゆる者は、本性に従がっている。
先天の性に逆らおうとしても、徒労に過ぎない。」

「感覚の対象に対して抱く、愛着と嫌悪を、
人は、よく修めることで、よく治めるべきだ。
この善悪の観念は、真理を悟る時に障害となる。」

「完全なる、他人の義務を引き受けるより、
不全だろうと、自分の義務を果し切りなさい。
他人の道で迷うよりは、自分の道で死ぬべきだ。」

アルジュナは、クリシュナに、このように問う。

「クリシュナよ、自分の意志に反してまで、
時に人は、罪深い行為に、駆り立てられるが、
このような、無意識の力は、何の力であろうか。」

クリシュナは、アルジュナに、このように説く。

「アルジュナよ、その力は、カーマである。
カーマとは、ラジャスから生じたものであり、
この欲界に現われる、最大の敵であると心得よ。」

「煙に巻かれている炎、塵で曇らされた鏡、
それから、子宮に包まれている胎児のように、
あらゆる生物は、それぞれ、欲に覆われている。」

「欲望という天敵に、意識は汚されている。
それは、底なしの谷のように、飽きを知らず、
燃え盛る炎のように、身と心を焼き焦している。」

「欲望は、眼と耳と鼻と舌と身と意に宿る。
欲望に狂わされた心は、仏性を覆い隠すため、
正しい道が解らなくなり、我々の魂を迷わせる。」

「バラタ一族の子孫である、アルジュナよ。
何よりも先ず自らの、五感を統御することで、
理論知と実践知を損う、欲望を滅尽することだ。」

「真我が現われないと、仏性は現われない。
仏性が現われないならば、精神は洗われない。
精神のない感覚は無く、感覚のない対象も無い。」

「それゆえ、私は、仏性よりも上位と知り、
至高の支配者である、アートマンを確立して、
カーマと呼ばれている、恐るべき敵を征服せよ。」
(´・(ェ)・`)
(おわり)

276名無しを整える。2018/09/05(水) 19:57:59.40ID:wB3xwv9O
真我に心を合わせている時は(できているのかわかりませんが)
行為する意欲もゼロになって体の動きも止まります
カルマヨーガはその状態で行為するということですが
どうやって行為するのでしょうか?

それとカルマヨーガとは結局どうやって悟りに至るんですか?
臨終に悟るんでしょうか?
「これが、ブラフマンに到達する道である。
ここに到達した者は、一切の迷妄が消滅する。
臨終に際して、ここに至れば、光明に没入する。」

277鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/09/05(水) 21:39:37.73ID:pTZ5b1lQ
>>276 行為に没頭してサマーディに至るのじゃ。
 よくあることじゃ。
 仕事に熟れた職人などはそのようにして名品を生み出すのじゃ。

 サマーディに至れば自我も見えて無我にもなるのじゃ。
 無我になれば認識も厭離できるのじゃ。
 

278名無しを整える。2018/09/06(木) 09:57:29.43ID:2pqiaI3x
バガヴァッド・ギーター 第四章

クリシュナは、アルジュナに、このように語る。

「この不滅のヨーガを、至上者である私は、
太陽神である、ヴィヴァスヴァットに教えた。
それから、彼が、人類の父であるマヌに伝えた。」

「こうして、ヨーガの道は、受け継がれて、
古の聖者達は、伝承の教えを守り継いで来た。
しかし、長い歳月を経て、この法統は失われた。」

「アルジュナよ、君は、私の真の信奉者だ。
だからこそ、君に、この原初のヨーガを説く。
君は、この人智を超えた、神秘を会得できよう。」
アルジュナは、クリシュナに、このように問う。

「クリシュナよ、太陽の神が現われたのは、
あなたの誕生の時より、遥かに昔のことだが、
どうして、あなたが、太陽神に授けられたのか。」

クリシュナは、アルジュナに、このように説く。

「私も、君も、何度も生まれ変わっている。
わたしは、前世のことを、全て覚えているが、
世の人々は、前生のことを、何も知らないのだ。」

「私は、生まれることも、死ぬこともなく、
万物の主にして、恒常不変たる真我であるが、
自己の本性に依存する、自己の幻影が出現する。」

「ダルマが滅びて、アダルマが栄えるとき、
私は、この現象界に、身体を現わすのである。
ダルマを伝える為なら、どんな時代にも現れる。」

「こうして、私の活動を、如実に知る者は、
この世の死に際して、魂が身体を離れた後に、
生まれ変わることなく、我が元に来るのである。」

「古より数多の人々が、全てを私に任せて、
執着と無智と憎悪を離れ、清浄となったのだ。
彼らは、熱により浄化され、私の状態に達した。」

「真我に奉げただけ、真我から与えられる。
すべてを私に任せれば、すべてが報いられる。
あらゆる人は、あらゆる道から、真我に向かう。」

「世の人々は、行為の成就と果報を求めて、
様々な神々を供養して、それらを願っている。
こうして、欲界の果報は、速やかに与えられる。」
(´・(ェ)・`)
(つづく)

279鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/09/06(木) 22:12:09.05ID:5yl/oK/1
クリシュナは自らがアートマンとして語っているのじゃ。
それもまた教えの一つではあるのじゃ。
アートマンに全てを捧げたものは全てを得るとは無我になり、悟りを得るからなのじゃ。
難しい道ではあるがのう。

280名無しを整える。2018/09/07(金) 06:35:58.54ID:Adin5zTF
>>278
バガヴァッド・ギーター 第四章(つづき)

「自然界にある、三グナとカルマに応じて、
わたしは、人間界を四つのカーストに分けた。
それでいて、わたしは、それらを超越している。」

「わたしは、如何なる行為も囚われないし、
また、真我は、如何なる果報も望んでいない。
私を悟った者も、行為や果報に縛られなくなる。」

「古来より、解脱した者は、誰であろうと、
こうして、真理を解して、行為を正していた。
よって、君も、先達に倣い、カルマを浄化せよ。」

「カルマとは何か、又、アカルマとは何か。
賢者でさえ、カルマを定義するのは、難しい。
カルマについて、今から、わたしが説明しよう。」

「アカルマは無活動、ヴィカルマは誤活動、
カルマ、つまり、活動の諸相は複雑であるが、
人は、カルマを正しく理解しなければならない。」

「カルマの中にも、アカルマを認めるもの、
アカルマの中にさえ、カルマを認めるものは、
如何に行為していても、相対を超越できている。」

「如何なる欲望も持たず、行動できる者は、
完全なる覚醒を得た者、覚者であると心得よ。
彼らは、真理の炎で、業を焼き尽した者である。」

「行為の結果について、捕らわれない者は、
カルマを作りながら、カルマに縛られないし、
自我を所有しない者は、ヴィカルマを作らない。」

「自然に得られたもので、満足を得ながら、
自他を比較して羨まず、成否に悩まない者は、
如何に活動していようと、縛られることがない。」

「現象界における、相対の利害を超越して、
自我を放棄して、無頓着に徹する者の行為は、
すべて、真我に対する供養となり、功徳となる。」

「ブラフマンの意識で、供養を行うならば、
ブラフマンの領域に、必ずや到達するだろう。

供物も、供養する者も、ブラフマン自身である。」

「種々の神々に、供養する修行者もいれば

ブラフマンに対し、供養する修行者もいよう。
音色を供える者もいれば、香を供える者もいる。」
(´・(ェ)・`)
(つづく)

281名無しを整える。2018/09/08(土) 00:21:09.68ID:E499kP5R
鬼和尚、3章のまとめもお願いします。

282名無しを整える。2018/09/08(土) 10:23:28.00ID:3ig6llpk
おねがいするであります。
|∧_∧
|・(ェ)・)
|⊂ノ.
|`J

283名無しを整える。2018/09/08(土) 10:32:22.51ID:3ig6llpk
>>280
バガヴァッド・ギーター 第四章(つづき)

「ある修行者は、感官や呼吸を供物として、
また別の修行者は、信念や苦行を供物とする。
ヨーガの八段階を実践して、ヴェーダを修める。」

「三昧に入るため、調気法を実践する者は、
入息と出息を供養し、最終的に呼吸が止まる。
また、ある者は、断食を為して、呼吸を止める。」

「供物の意義を知り、供養を実践する者は、
悪業の果報を清算して、心身を浄化しながら、
無上の甘露を味わい、永遠の楽土に入っていく。」

「甘露を得る者は、ブラフマンに到達する。
アルジュナよ、この供養を実践しないならば、
すべてのカルマは、究極の処、ダルマに通じる。」

「アルジュナよ、正しい導師に倣うことだ。
導師に仕えて、法則を尋ねて、真理を修めよ。
真我に至った覚者のみ、弟子に法を授けられる。」

「真理を悟った者は、幻影に迷うことなく、
あらゆる生き物は、真我の中に存在していて、
真我である私が、所有するものであると、知る。」

「たとえ、君が、悪人の中の悪人だろうと、
この偉大な、智慧の船に乗ることが出来れば、
あらゆる不幸の大海を、渡り切ることが出来る。」

「あたかも、森を、炎が焼き尽くすように、
全てのカルマは、智慧の炎で焼き尽くされる。
アルジュナよ、智慧が浄化の源泉であると知れ。」

「ヨーガを完成して、真我を楽しめる者や、
熱烈なる信仰を持って、欲望を制御する者は、
この無上の智慧を具えて、究極の平安に達する。」

「一方、無知にして、信心が足りない者や、
神から下ろされた、聖典を疑ってしまう者は、
現世においても、来世においても、不幸である。」

「果報を求めず、淡々と天命を果たす者や、
正しい智慧により、疑念や迷妄を払った者は、
自己の本性に徹して、業に捕らわれないと知れ。」

「君の心の迷いは、君の無智が原因である。
アルジュナよ、さあ、真理の剣で無智を祓い、
ヨーガにより武装して、立ち上がり自己と戦え。」
(´・(ェ)・`)
(おわり)

284鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/09/08(土) 22:07:56.02ID:lbdqVsKq
三章ではカルマヨーガによる義務の遂行が詳しく説かれているのじゃ。
真我の実現、或いは発見のためにと義務を遂行するのが修行者の務めであるというのじゃ。
義務の遂行を果たしてこそ覚醒もあると説かれたのじゃ。
制感によって欲から離れ、義務の遂行を果たせばいずれ、カルマの鎖を断ち、自由に成るというのじゃ。

285名無しを整える。2018/09/09(日) 08:42:11.43ID:ehf34qq9
>>284
うむ。
ここでは、戦士としての義務でありますが、日々の仕事や生活に誠実に取り組むことと受け止めれば良いのでありますね。
結果を恐れるのではなく、やるべきことをやれと言うことでありますね。

鬼和尚ありがとうであります。
(´・(ェ)・`)つ

286名無しを整える。2018/09/09(日) 08:55:16.09ID:ehf34qq9
バガヴァッド・ギーター 第五章

アルジュナは、クリシュナに、このように問う。

「先ず、あなたは、カルマを離れよと言い、
次に、あなたは、カルマを果たせと言われる。
どちらが正しいのか、ここに明言して頂きたい。」

クリシュナは、アルジュナに、このように説く。

「行為の放棄、すなわち、サンニヤーサも、
放棄という行為、すなわち、カルマヨーガも、
共に解脱に導く道だが、後者の方が優れている。」

「行為の果報に、好き嫌いを抱かない者は、
いつも、離欲と放棄を行じていると、心得よ。
彼は、あらゆる二元を越え、現象界を解脱する。」

「ヨーガの修行法、すなわち、実践の道と、
サーンキャの修行法、すなわち、理論の道を、
愚者は別の道と考えて、賢者は同じ道と考える。」

「ヨーガを行うことで、与えられる境地は、
サーンキャを学ぶことで、得ることが出来る。
一方を究める者は、双方を極めることが出来る。」

「放棄の行為、つまり、奉仕の行為をせず、
行為を放棄するだけでは、不浄のままである。
一方、ヨーガを行じるなら、ブラフマンに至る。」

「ヨーガを行じる者の心は、清らかであり、
すべての生物に対して、思いやりの心を持ち、
カルマを作っていようと、カルマに縛られない。」

「見ても、聞いても、触れても、嗅いでも、
味わっても、起きても、食べても、動いても、
覚者は、内心では、何もしていないと観ている。」

「話すときも、捨てるときも、取るときも、
五感が対象に触れていると、見とめるだけで、
覚者の心は、いつでも、超然として囚われない。」
(´・(ェ)・`)
(つづく)

287名無しを整える。2018/09/09(日) 08:58:54.66ID:ehf34qq9
>>286
>行為の放棄、すなわち、サンニヤーサ、
>放棄という行為、すなわち、カルマヨーガ

>放棄の行為、つまり、奉仕の行為をせず、
行為を放棄するだけでは、不浄のままである。
一方、ヨーガを行じるなら、ブラフマンに至る。

うむ。整理して進まないと、籾殻脳が混乱するであります。
(´・(ェ)・`)つ

288鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/09/09(日) 23:00:58.94ID:qKn0j4qW
四章ではこのヨーガの起源と理論が説かれているのじゃ。
クリシュナはアダルマ、非法が栄えた時にこの世に姿を現し、正法を説くというのじゃ。
相対性を超越し、自我も行為も無い者はブラフマンとなるのじゃ。
制感や呼吸法を行い、ヨーガを行いヴェーダを学ぶことでブラフマンに到達するというのじゃ。

>>287 そうじゃ、全てを放棄してヨーガを実践するのじゃ。

289名無しを整える。2018/09/10(月) 07:14:56.86ID:TvPMRNDo
>>286
バガヴァッド・ギーター 第五章

アルジュナは、クリシュナに、このように問う。

「執着の心を捨てて、為すべきことを為し、
その果報を、ブラフマンに供養している者は、
蓮の葉が水に濡れないよう、罪を寄せ付けない。」

「カルマヨーガを行う者は、執着を捨てて、
心身と知性を用いて、あらゆる活動を行うが、
それは、ひたすら、自らを浄化するためである。」

「ヨーガを行じれば、心から平安に達して、
ヨーガを行じなければ、絶えず不安に怯える。
これは、果報を求めるか、否かの、違いである。」

「体を持った魂が、三つのグナを支配して、
諸々の活動について、心が無頓着でいるなら、
不自然な行為が消えて、自然な感覚に安らげる。」

「この体に宿っている、真我というものは、
行為することもなく、行為させることもない。
現象界の三グナが、すべての行為を演じている。」

「善行を果たすにせよ、悪行を果すにせよ、
真我は、そのどちらにも、突き動かされない。
真我は不動であるのに、自我が苦悩してしまう。」

「真の道理によって、無明の闇を打ち破り、
真の光明を得たならば、疑問は悉く氷解する。
あたかも、太陽の下では、万物が明らかな如く。」

「心と知性を、真理に固定して不動となり、
真我に帰依して、すべてを真我に委ねたとき、
智慧によって、すべての迷妄を祓い、解脱する。」

「真理を修めた賢者は、慈愛に満ちていて、
選民も、賤民も、家畜も、犬も、牛も、象も、
差別することなく、万物を平等に観るのである。」

「すべてを平等に見て、心が安らかな者は、
すでに輪廻を越えていて、生まれ変わらない。
彼らは、ブラフマンの中に、安住し切っている。」
(´・(ェ)・`)
(つづく)

290鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/09/10(月) 23:16:03.07ID:Em9o2vUy
カルマヨーガでは行いの結果を求めずに行動することが常に協調されるのじゃ。
果報をブラフマンに捧げるとか言うのじゃ。
それがサマーディにいたる行いのヨーガなのじゃ。
そのようにして光明を得たなら万物を等しく見る平等性智がもたらされるのじゃ。

291名無しを整える。2018/09/11(火) 02:16:47.94ID:QK6+zuin
>>290
くま、瞑想とかできなくなってしまったので、せめて、意識的にあらうと思ってるのであります。カルマヨガを実践するであります。
(´・(ェ)・`)つ

292名無しを整える。2018/09/11(火) 09:03:06.10ID:QK6+zuin
>>289
バガヴァッド・ギーター 第五章(つづき)

「真理を修めることで、迷妄を越えた者は、
好いものに囚われず、悪いものに捕われない。
彼らは、二元を越えて、ブラフマンに安住する。」

「解脱した者は、外なるマーヤに捕われず、
快楽を離れて、内なるアートマンに囚われる。
ブラフマンに集中し、永遠に続く幸福を味わう。」

「仏陀は、快楽というものが続かないこと、
過ぎた後に、苦悩が訪れることを知っている。
それゆえ、このような、虚しい喜びに耽らない。」

「もし、体を捨てる前に、感覚を制御して、
欲情と憤怒を抑制することが、出来るならば、
その人は、現世においても、幸福になるだろう。」

「内なる幸福を得て、内なる歓喜を味わい、
内なる光明を見とめる、ヨーガの実践者こそ、
ブラフマンと合一をして、涅槃に達するだろう。」

「二元の善悪を超え、内なる喜びに溢れて、
全ての疑念を打ち払い、利他を実践する者は、
ブラフマンに回帰し、永遠の平安を得るだろう。」

「憎悪や物欲や肉欲、煩悩を放棄した者や、
自己の本性を知り、真我に至る精進する者は、
やがて、梵我一如の境地、一元の境地に達する。」

「外界との接触を離れて、眼を眉間に注ぎ、
鼻腔を通る、入息と出息を、均等にしながら、
心と感覚と知性を統御すれば、必ずや解脱する。」

「供養の究極の目的である、自在神であり、
生類の幸福を願っている、大慈悲神であると、
真我を、よく知る者は、シャーンティに達する。」
(´・(ェ)・`)
(おわり)

293鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/09/11(火) 22:12:24.92ID:uYECMjhj
ここではヨーガのさまざまな技法が解説されるのじゃ。
制感、眉間への集中、呼吸法、怒りや欲の放棄等なのじゃ。
それらを実践してアートマンに至れば、この世を離れた喜びが訪れるのじゃ。
そしてブラフマンに回帰して永遠の平安に住する者となるのじゃ。

294名無しを整える。2018/09/12(水) 07:20:22.27ID:AL1AxIHK
バガヴァッド・ギーター 第六章

クリシュナは、アルジュナに、このように語る。

「行為の結果に執着せず、義務を果す者は、
たとえ、供犠を為さず、祭儀を為さなくとも、
真の出家者であり、ヨーギーである、と言える。」

「真の離欲とは、ヨーガと同じものであり、
ヨーガの目的とは、神と合一することである。
欲望を放棄しなければ、ヨーギーにはなれない。」

「ヨーガの初心者では、行為を果たすこと、
ヨーガの熟練者では、行為に囚われないこと、
これが、八段階のヨーガを修める、定法である。」
「あらゆる事物に対する、欲望を捨て去り、
あらゆる感覚に於ける、快楽を貪ることなく、
無償で行為する者は、ヨーガの完成者と言える。」

「己の心次第で、向上もして、下向もする。
人は、己の心を治めて、自らを高めるべきだ。
我が心とは、我が親友であり、我が仇敵である。」

「心を克服できれば、心は最良の友であり、
心を克服できなければ、心は最大の敵である。
友となるか、敵となるか、我が心が決めている。」

「心を克服した者は、至上の我に到達する。
彼にとっては、幸福も不幸も、寒さも暑さも、
名誉も恥辱も同じであり、真我に安らいでいる。」
「真智により、真我に満足したヨーギーは、
感覚を統御して、ブラフマンに安住している。
玉であれ石であれ、すべてを平等に認めている。」

「己に好意を持つ者と、己に悪意を持つ者。
友も敵も、善人も悪人も、そして中立の人も、
すべてを平等に捉える者は、非常に優れている。」

「ヨーギーは、心を真我に対して集中して、
人里を離れた所、森の中に独り暮らしながら、
心を常に制御して、欲望と所有を捨てるべきだ。」

「アルジュナよ、ヨーガを実修する行者は、
人里を離れた所で、クシャの草を大地に敷き、
その上に、鹿の皮と、柔らかい布を被せて座る。」
「座は、高すぎる事も、低すぎる事もなく、
神聖な場所に定めて、意識と感覚を統御する。
彼は、心を鮮明にして、精神を一点に集中する。」

「頭と体を直線に保ち、鼻の先を凝視する。
心を乱さず恐れを抱かず、梵行の戒律を守り、
意識を制御しながら、真我に専心しようとする。」

「クンティーの息子である、アルジュナよ。
こうして、身口意を統御する、ヨーギー達は、
現象界を解脱して、真我である、私に回帰する。」

(´・(ェ)・`)
(つづく)

295鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/09/12(水) 22:46:44.11ID:WJHGbn27
第五章ではカルマヨーガの詳しい解説が説かれたのじゃ。
果報を期待せずに実践することがその要旨なのじゃ。
それによって行為は忘我の状態に導く方法となるのじゃ。
次の章では実践の方法が説かれるのじゃ。

296名無しを整える。2018/09/13(木) 02:06:14.68ID:y9SwEa1R
>鼻の先を凝視する。

これは目を寄り目な感じにして鼻の先を見るのでしょうか?
やってみたんですが、ぼやけてうまくできませんw

それとなぜ鼻の先が選ばれたのでしょうか?
眉間に集中するという話が以前出てきましたが、違いはありますか?

297名無しを整える。2018/09/13(木) 06:49:06.53ID:fKg81q0v
>>294
バガヴァッド・ギーター 第六章

「アルジュナよ、ヨーガを修めるためには、
食事が多すぎても、少なすぎてもいけないし、
睡眠が長くすぎても、短すぎてもいけないのだ。」
「食べることや、眠ることや、働くことや、
さらに、休むことや、楽しむことについても、
ヨーガを修めて、節度を保てば、苦悩が消える。」

「ヨーギーが、ヨーガを修めることにより、
物欲や肉欲を越えて、意識の動きを統御して、
真我に定住すると、ヨーガを完成したと言える。」

「風が吹かなければ、火が揺らがないよう、
心を完全に支配し得た、ヨーギー達の瞑想は、
真我に安定し切って、微動だにしないのである。」

「このように、自らの心を完全に支配した、
この無上の境地のことを、サマーディと呼ぶ。
これは、心を清め、自己の本質に安らぐことだ。」
「この素晴らしい境地に、定住するならば、
絶対の歓喜を味わい、真理を外れることなく、
彼は、絶対の幸福に達したことを、如実に知る。」

「加えて、この境地に、安定できたならば、
如何なる困難にも動じず、一切の苦悩を越え、
真実の自由である、絶対の自由を得るのである。」

「金剛の信念を以って、ヨーガを実修せよ。
一切の欲望を捨てて、全ての感覚を統御せよ。
仏性に導かれ、ひたすら、心を真我に固定せよ。」

「心というものは、頼り難くて揺らぎ易い。
何時だろうと、何処だろうと、迷走し続ける。
修行者は、心を断固として、真我の支配に置け。」
「いつでも、真我に安住する、ヨーギーは、
本当の意味で、無上の幸福を得たと言えよう。
彼の欲は静まり、罪を免れて心が安らいでいる。」

「こうして、現象界の汚染と束縛を脱して、
アートマンと合一し、揺るがないヨーギーは、
ブラフマンと交流して、絶対の歓喜に入るのだ。」

「真理を悟った者は、すべてを平等に見る。
万物に自己を見とめて、自己に万物を認める。
万物の中に真我を認めて、常に真我と共にある。」

「すべてを、自らに起こったことと考えて、
周りの苦楽を、自らの苦楽と見とめられる者、
自他を等しく見る者は、完全なヨーギーである。」
(´・(ェ)・`)
(つづく)

298鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/09/13(木) 21:47:13.81ID:7BV5C67r
>>296 ぼやけていてよいのじゃ。
 ただ集中する目標で在るだけなのじゃ。
 鼻先がいつでも目の前にあってやりやすいからなのじゃ。
 そしてサマーディにも入りやすいのじゃ。
 チベット密教のミラレパも弟子に鼻先に仏陀をイメージする行を教えたのじゃ。
 眉間に集中するのと同じなのじゃ。

299名無しを整える。2018/09/13(木) 21:56:57.82ID:fKg81q0v
>>298
鼻に集中するのは肉眼で見てやるのでありますか?
(´・(ェ)・`)つ

300名無しを整える。2018/09/14(金) 05:47:00.98ID:HiU+PL7X
「こうして、現象界の汚染と束縛を脱して、
アートマンと合一し、揺るがないヨーギーは、
ブラフマンと交流して、絶対の歓喜に入るのだ。」

ここのブラフマンとは何を指していますか?
鬼和尚の言われる「意識」でしょうか?

301名無しを整える。2018/09/14(金) 06:17:36.23ID:dGSuj86p
>>297
バガヴァッド・ギーター 第六章

アルジュナは、クリシュナに、このように問う。
「あなたは、平等の境地について説いたが、
クリシュナよ、わたしの動揺しやすい心では、
その不動の境地を見つけることは、甚だ難しい。」
「心は、絶えず揺れ動き、荒れ狂っている。
この頑迷な心を、わたしが、統御することは、
思いのままに、風を操ることより、困難である。」
クリシュナは、アルジュナに、このように説く。
「アルジュナよ、絶え間なく動いてしまう、
心を治めることは、確かに難しいことである。
しかし、それは、不断の修練により可能となる。」
「アルジュナよ、信念が揺らいでいる人が、
真の理を体得することは、極めて困難である。
しかし、努めて励むならば、必ずや達成できる。」
アルジュナは、クリシュナに、このように問う。
「初め信仰していたが、持続しなかった者、
初めこそ精進していたが、俗心に流された者、
こうした人は、その後、どんな運命を辿るのか。」
「こうして、真理の道を踏み外した人々は、
流される雲のように、消滅するしかないのか。
この問いは、あなたしか、答えられないものだ。」
クリシュナは、アルジュナに、このように説く。
「真理を悟るため、善行を積み重ねる者は、
今生でも、来世でも、破滅に至ることがない。
善業を重ねた者は、決して、悪趣には落ちない。」
「挫折した修行者は、次に天界に生まれて、
とても長い間、天における生活を楽しんだ後、
人間界に生まれ、豊かな貴族の家庭に生まれる。」
「あるいは、彼は、偉大なる智慧を有する、
優れた修行者の家に、生まれ変わる筈である。
このような出生は、人の世界において稀である。」
「アルジュナよ、このような家庭に生まれ、
彼は前世における、神聖な意識を蘇らせた後、
再び最高の目的に向けて、精進することになる。」
「前世で、聖なる意識を経験したがために、
彼は、無意識の内に、ヨーガの思想に魅かれ、
ヨーガを、学ぼうとしただけで、魂が歓喜する。」
「転生を繰り返し、修行を重ね続けながら、
あらゆる穢れを、洗い清めているヨーギーは、
この至上の目的に、最終的に帰り着くのである。」
「どの苦行者より、ヨーギーは偉大である。
いかなる知識人より、ヨーギーは偉大である。
あらゆる祭祀者よりも、ヨーギーは偉大である。」
「アルジュナよ、偉大なるヨーギーとなれ。
すべてのヨーギーの中で、最も優れた者とは、
信愛を奉げて、バクティヨーガを為す者である。」
(´・(ェ)・`)
(つづく)

302鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/09/14(金) 22:41:58.31ID:cavqIlil
>>299 そうじゃ、両目で見るのじゃ。
 あまり力を入れてみると痛くなるのじゃ。
 軽く見るぐらいにするのじゃ。

>>300 そうじゃ、意識なのじゃ。
 全てであるブラフマンと交流するので在るからのう。
 全てになるのじゃ。

303名無しを整える。2018/09/15(土) 12:14:44.57ID:nxIAO7Sl
道の半ばで挫折してしまった修行者について教えてください。
どこまでこれは本当でしょうか?

304名無しを整える。2018/09/15(土) 12:21:42.70ID:MJQD3Hwj
>>302
眉間に集中するのと同じように、目を閉じて、鼻先辺りに集中するのでもよいでありましょうか?
(´・(ェ)・`)つ

305名無しを整える。2018/09/15(土) 12:41:15.91ID:MJQD3Hwj
バガヴァッド・ギーター 第七章

クリシュナは、アルジュナに、このように語る。

「アルジュナよ、真我の言葉を聴きなさい。
心を真我に定めて、全力でヨーガを実修せよ。
そうすれば、必ずや、君は私を知ることになる。」

「アルジュナよ、私は、今、ここにおいて、
あらゆる理論知と、あらゆる実践知について、
残らず、君に語ろう、これ以上の教えなどない。」

「真理を求めている者は、千人の中の一人、
真我に達している者は、その千人の中の一人。
優れたヨーギーさえ、真理を悟れる者は少ない。」

「地、水、火、風、空、マナス、ブッディ、
アハンカーラ、これらの、八つの構成要素で、
真我から分離した、プラクリティは形成される。」
「プラクリティとは、物質源のことである。
真我には、物質原理の他に、精神原理がある。
それは、万物を支える、生命エネルギーである。」

「物質的な物にせよ、精神的な者にしても、
全てのものは、真我により生起するのであり、
総べてのものは、真我により消滅するのである。」

「真我より貴いものは、何一つとしてない。
あたかも、糸に通された、珠の飾りのように、
あらゆるものは、アートマンが支えているのだ。」

「真我は水の味であり、日と月と光である。
ヴェーダの真言における、聖音AUMである。
空間における音であり、人間の中の能力である。」

「真我は大地の芳香であり、火の熱である。
生きている者の命であり、タパスの炎である。
万物の種子で、知の中の知、光の中の光である。」

「真我とは、肉欲にも物欲にも囚われない、
一切から超然とした、強者の中の強者であり、
ダルマに背かないカーマ、法に従がう欲である。」

「サットヴァ、ラジャス、タマスからなる、
あらゆる現象は、すべて真我から生じている。
万物から真我は生じず、真我から万物が生じる。」

「サットヴァ、ラジャス、タマスからなる、
マーヤに覆われている、生きとし生ける者は、
高次であり、不変である、真我を認識できない。」
(´・(ェ)・`)
(つづく)

306名無しを整える。2018/09/15(土) 20:32:10.50ID:HmXvRAq+
↑ここの真我は鬼和尚の言われる「意識」ですか?

それと、6章のコメントもお願します。

307鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/09/15(土) 22:20:48.44ID:4KuoveCP
>>303 それは本人の行いによって違うじゃろう。
 真面目に善事を積んで修業していた者にはそのような福楽も在るじゃろう。
 適当にやって悪事をしていた者はやはり地獄行きなのじゃ。
 本人次第なのじゃ。

>>304 それでもよいのじゃ。
 自分に合ったやり方でよいのじゃ。
 実践し続けることが大事なのじゃ。

>>306 違うのじゃ。
 それは修業の目標なのじゃ。
 悟りに導く方法の一つなのじゃ。
 悟って気づく境地である意識とは違うものなのじゃ。

 六章ではカルマヨーガの実際的なやり方が示されたのじゃ。
 座法から鼻先に集中する法や果報をブラフマンに委ねる精神的な法まで余すところ無く説かれたのじゃ。
 これに従って実践することができるのじゃ。
 例え道半ばで挫折しても志は無駄にはならないことも示されたのじゃ。

308名無しを整える。2018/09/16(日) 11:58:19.64ID:TNWu7b+A
>>305
バガヴァッド・ギーター 第七章

「幻影に打ち勝つことは、甚だ困難である。
しかし、全てを任せて、真我に服従する者は、
三つのグナを、容易に乗り越えることが出来る。」
「智を損っている者、悪業を為している者、
心が惑わされている者、魔性を有している者、
これら四種の人々は、決して真我の元に来ない。」
「苦を抱えている者、幸福を考えている者、
道を求めようとする者、智慧を愛している者、
これら四種の人々は、いずれ真我の元に訪れる。」
「彼らの中でも、真理の法則を良く学んで、
浄心を抱いて、真我を崇める者が最上である。
彼らが真我を愛するから、真我が彼らを愛する。」
「彼らの魂は、実に、清らかで高貴であり、
自我の根本が真我であることを、良く心得る。
彼らは皆、至高の帰趨である、真我に帰依する。」
「数多の生涯を経て、真理を悟り得た者は、
真我が、万物の中の万物、因の中の因と知る。
このような、偉大な魂の存在は、実に稀である。」
「物欲など、煩悩に歪んだ心を有する者は、
そのカルマによって、様々な神々を妄信して、
そこのダルマによって、教義や戒律に従属する。」
「どのような形でも、神を拝む気になれば、
その神に相応しいよう、彼の信仰心を固める。
それは、真我である私が、助けているのである。」
「人は、望んでいるものに、臨んでしまう。
彼は、望ましい神に、望ましい者を、望むが、
それは、真我である私が、授けているのである。」
「神々を望む者は、必ず、神々の世に行き、
真我に臨む者は、必ず、真我に帰って来れる。
知性が低い者ほど、低級な世界を望んでしまう。」
「愚か者は、現れたものしか見えないため、
隠されている、不変の真我の存在が見えない。
彼らは、真我が作り出した、幻影しか見えない。」
「わたしは、過去のことも、現在のことも、
未来のことも、知っているが、皆は知らない。
真我は皆を知っているが、皆は真我を知らない。」
「アルジュナよ、生きとし生ける者たちは、
無明の中に生まれ、欲望と憎悪により生じた、
二元の世界を、実在していると、錯覚している。」
「遠い過去の生から、今生の今に至るまで、
悪しき業を落して、清らかな生活を続けた者、
二元の迷妄を払い除けた者は、真我を礼拝する。」
「智慧ある者は、真我にこそ平安を求めて、
老や死から解脱しようと、精進し続けるのだ。
彼らは、ブラフマンを知り、アートマンを知る。」
「わたしが、すべての現象の支配者であり、
三界を通して、すべての供養の享受者である。
こう悟った者は、死に際しても私から離れない。」
(´・(ェ)・`)
(おわり)

309名無しを整える。2018/09/16(日) 12:15:48.02ID:TNWu7b+A
>>308
うーむ!第七章を読むと、
ブッタが真我を否定したと言われる意味が、分かるような気がするであります。
>「人は、望んでいるものに、臨んでしまう。
彼は、望ましい神に、望ましい者を、望むが、
それは、真我である私が、授けているのである。」
・・・彼らは、真我が作り出した、幻影しか見えない。」

神を作り出した真我(=神=クリシュナ)を否定しないと、神の序列の話しに止まり、結局神どうしの戦争になってしまうからでありましょう。
(´・(ェ)・`)つ

310鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/09/17(月) 00:13:41.04ID:KQFyFarq
真我とアートマンがべつのもののように翻訳されているのじゃ。
そもそも真我と翻訳すべきではないのじゃ。
真の我などはないのであるからのう。
アートマンは求める者のみが見出すことが出来るのじゃ。

311名無しを整える。2018/09/17(月) 09:14:27.57ID:UbIKhoEu
>>310
>彼らは、ブラフマンを知り、アートマンを知る。

ブラフマン=アートマン=真我=「ただひ一つの意識」=「無我」でありましょうかね。
(´・(ェ)・`)つ

312名無しを整える。2018/09/17(月) 09:27:41.56ID:UbIKhoEu
バガヴァッド・ギーター 第八章

アルジュナは、クリシュナに、このように問う。

「ブラフマンとは、アートマンとは、何か。
カルマとは、現象界とは、神とは、何なのか。
クリシュナよ、どうか、私に、説明して下さい。」

クリシュナは、アルジュナに、このように説く。

「カルマは、万物を生み出す、生命であり、
ブラフマンは、永遠かつ不変の、実在であり、
アートマンとは、内なる原理たる、本性である。」

「確かに、プラクリティは、変化し続ける。
しかし、三界を含む大宇宙は、私の体であり、
生き物の、心臓に宿った真我は、私自身である。」

「誰でも、死に際して、肉体を離れるとき、
真我だけ念じる者は、真我の元に遣って来る。
アルジュナよ、これを、決して疑うべきでない。」

「誰でも、死に際して、肉体を捨てるとき、
生前に念じていたことを、死後も念じている。
そして、死後に念じる者に、来世は生まれ変る。」

「真我を観想し続け、自己の義務を果たせ。
いつでも、意識を、真我に結び付けておけば、
死に際して、必ずや、真我の元に帰れるだろう。」

「絶え間なく訓練して、至上者を観想せよ。
決して、他のものに、心を乱してはならない。
そうすれば、必ず、至上者の元を訪れるだろう。」

「全知かつ全能たる、宇宙の支配者であり、
最古にして最新である、万有の維持者である、
輝ける人格神として、私、クリシュナを念じよ。」

「ヨーガで培われた、不動の信念によって、
臨終の際、眉間に気を集めて、真我を念じる。
そうすれば、真我の元に、必ず来る事が出来る。」

(´・(ェ)・`)
(おわり)

313名無しを整える。2018/09/17(月) 09:40:21.26ID:UbIKhoEu
>>312
うーむ。
=ではないのでありますね?
>ブラフマンは、永遠かつ不変の、実在であり、
アートマンとは、内なる原理たる、本性である。

>三界を含む大宇宙は、私の体であり、
生き物の、心臓に宿った真我は、私自身である。」

・・・
三界を含む大宇宙とはブラフマンのことでありましょうか?
アートマンは原理、本性で、ブラフマンはその体で、その心臓に宿る真我はクリシュナだと言うことでありますかね?
やっぱり、= でよいように思えるであります。
(´・(ェ)・`)つ

314名無しを整える。2018/09/17(月) 18:09:08.42ID:H7qbHKkc
1 真我と訳されている部分は全てアートマンに置き換えるべきですか?

2 >>312を読むと、真我だけを念じる、真我を観相し続けるとあります。
空を乾観想するのと同じ印象を受けましたが、この2つの行に違いはありますか?

3  >アートマンとは、内なる原理たる、本性である。
この文の解説をお願いします。

3 >誰でも、死に際して、肉体を捨てるとき、
>生前に念じていたことを、死後も念じている。
>そして、死後に念じる者に、来世は生まれ変る。
これは本当でしょうか?
>ヨーガで培われた、不動の信念によって、
>臨終の際、眉間に気を集めて、真我を念じる。
>そうすれば、真我の元に、必ず来る事が出来る。
真我の元に来るとは、どのような状態でしょうか?

5 7章のコメントもお願いします。

315鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/09/17(月) 20:00:38.21ID:KQFyFarq
>>311>>313 悟れば全ては一つと言えるのじゃ。
 そうでなければ同じではないのじゃ。
 人は内なるアートマンの追求によってブラフマンに至るのじゃ。
 アートマンは川であり、ブラフマンは海のようなものじゃ。
 人は川を通って海に入り、川と海が一つの水でできていることを知るのじゃ。
同じようにアートマンを追求して全てを捧げれば、ブラフマンに至り、全て一つと知るのじゃ。
 

>>314 1 そうじゃろう。
 混乱しているようじゃ。

2 そうじゃ、同じなのじゃ。
  認識する全てを否定して認識できないものに行き着くのじゃ。

 3 認識する全てを否定すればそれ自体は認識できない認識主体に至るのじゃ。
  それこそが人の内なる原理、本性本質であるアートマンなのじゃ。
  それは論理や文字で語るべきことではなく、実践して至ることで了解するものなのじゃ。

 4 迷信なのじゃ。
  行いの報いによって相応しいところに行くのじゃ。

  認識主体に来るのじゃ。
  ただ見るだけの意識に合一するのじゃ。
 
 5 七章ではアートマンの解説と実践が説かれたのじゃ。
  三つのグナでさえアートマンによるものなのじゃ。
  アートマンに全てを捧げることや、集中すべきことが実践なのじゃ。
  アートマンを通してブラフマンに至ることがその最終目的なのじゃ。
  

316名無しを整える。2018/09/18(火) 07:07:26.31ID:3BBrQ0qv
バガヴァッド・ギーター 第九章

クリシュナは、アルジュナに、このように語る。

「アルジュナよ、君は、私を疑うことなく、
私を信じているから、最高の秘儀を授けよう。
これを知るならば、あらゆる苦悩を解決できる。」

「これは、至上の叡智にして、無上の浄化、
神秘の中の神秘であり、ダルマの完成である。
行い易い道であり、永遠に続く歓喜の道である。」

「バラタ一族の勇者である、アルジュナよ。
この至上の道を信じない、疑い深い者たちは、
解脱することが出来ず、現象界を転生し続ける。」

「決して現れない、非顕現である私の中に、
このすべての宇宙は、普遍的に広がっている。
真我の中に万物が現れ、万物の中に真我が宿る。」

「私の中に、万物は物質として存在しない。
真我は、万物の維持者で、普遍に存在するが、
現象の一部ではなくて、創造の源泉なのである。」

「あたかも、気として流れる、風の元素が、
いつでも、空元素の中しか、存在しないよう、
万物は、真我である、私の中しか存在できない。」

「クンティーの息子である、アルジュナよ。
カルパが始まる時に、真我が万物を展開して、
カルパが終わる時には、万物が真我に回帰する。」
「アートマンの意思が、宇宙の法則である。
真我である私の意志により、すべてのものが、
繰り返し現象して、繰り返し消滅するのである。」

「それでいながら、私は、意志に縛られず、
すべての現象を離れ、すべての活動を行なう。
わたしは、いつも、中立であり、無頓着である。」

「万物の物質原理である、プラクリティは、
アートマンの意思で活動し、陰陽を描き出す。
陰と陽が移り変わると、創造と破壊を繰り返す。」

「私は、超然たる心と、超越した力を持ち、
すべての支配者、真我であるにもかかわらず、
愚かな者達は、普通の人間であると見てしまう。」
「迷える者は、正しい信仰を捨ててしまい、
虚しい知識を得ながら、虚しい行為を為して、
その空しさ故に、彼らは、分別を失ってしまう。」

「優れた者は、いつでも、真我を賛嘆して、
信愛の心をして、私の前で、恭しく礼拝する。
彼らは、忍辱を為し、精進を忘れることがない。」

「知性を磨いて、真理に至ろうとする者は、
真我を、至上主として、姿を変える者として、
あるいは、宇宙そのものとして、礼拝している。」
(´・(ェ)・`)
(つつく)

317鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/09/18(火) 22:54:57.99ID:Rjk333Qs
アートマン、認識できない認識主体から全ては生まれるのじゃ。
それこそが秘儀としてクリシュナが説くことなのじゃ。
唯識論と同じなのじゃ。
語る言葉は違っても説くことは同じなのじゃ。

318仏教の超初心者2018/09/18(火) 23:06:11.94ID:kJHNjuOd
>唯識論と同じなのじゃ。

仏教の唯識では認識”主体”は一切認めておりませんよw
「常・一・主・宰」なるものを認めれば、それは非佛ですから。

いい加減なことを言わないように、ね。

319名無しを整える。2018/09/19(水) 07:03:56.85ID:7geKqd8G
>>316
バガヴァッド・ギーター 第九章

「アートマンは、供養であり、供物であり、
バターであり、ヴェーダであり、礼拝であり、
マントラであり、儀式の火であり、薬草である。」
「アートマンは、目的であり、真理であり、
帰依処であり、聖なる音であり、友人であり、
宇宙の父であり、宇宙の母であり、始祖である。」

「真我は、雨を留めて、雨を降らせている。
また、真我は、不死でもあり、可死でもある。
さらに、真我は、実在でもあり、不在でもある。」

「三ヴェーダを学んで、善業を重ねる者は、
悪業を浄化した後に、神々の世界に生まれて、
地上では想像も及ばない、快楽を得るのである。」

「善業の果報で、天国の快楽を味わう者も、
果報が尽きたなら、即座に地上に落とされる。
楽を求めて生きれば、虚しく現象界を浮沈する。」
「何も求めることなく、私を礼拝する者は、
必要なものが必要なだけ、私から与えられる。
そして、必要なものは、決して失うことがない。」

「私以外の他の神を、無欲に信仰する者は、
それは、正しい方法とは、決して言えないが、
実は、真我を信仰していると、言えるのである。」

「真我は、あらゆる宗教の、主宰神である。
他の神を信じる者は、真我のことを知らない。
そして、知らない限り、輪廻の苦楽を繰り返す。」

「神々を拝めば、神々の世界に生まれるし、
祖先を拝むならば、祖先の世界に生まれよう。
即ち、真我を拝めば、真我の元に来るのである。」
「誰であれ、私に対して、信と愛を込めて、
一枚の葉、一輪の花、一個の果物、一椀の水、
少しでも供えれば、それを喜んで私は受けよう。」

(´・(ェ)・`)
(おわり)

320dp9 ◆1KaWk8ZRnVxd 2018/09/19(水) 18:48:04.83ID:V2amDHcE
鬼和尚こんにちは^_^)
普段こちらにいらっしゃることが多いのですか?

ジャンキーもいる。。

321名無しを整える。2018/09/19(水) 21:50:57.05ID:7geKqd8G
>>317
鬼和尚、ありがとうであります。
物である肉体の脳が、意識を受信して、それを表現するのでありますね。その表現が観念でありますね。
なぜ受信できるかはわかりませぬが、最初に意識があり、意識が全てだと言うことも、そう思えるであります。
論ではないでありますね。
(´・(ェ)・`)つ

322鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/09/19(水) 22:56:45.34ID:ThV4hfOF
>>318 わしもギータにも認識主体を認めてはいないのじゃ。
 それは認識できないと書いてあるのが読めないようじゃのう。
 おぬしは認識できないという意味が理解できていないのじゃ。
 
 常・一・主・宰などもわしもギータにも認めていないのじゃ。

 認識主体を認めているのはおぬしなのじゃ。
 それがあると思って書いているのであるからのう。
 常・一・主・宰を認めているのもおぬしなのじゃ。
 その観念を心に持ち、それが存在しない言葉に投射しているのであるからのう。
 おぬしのようにそれらに囚われることこそ煩悩になるのじゃ。

 涅槃や不死の境地をお釈迦様も説いたのじゃ。
 それも観念をもって見れば常住一切の境地に他ならないように見えるものじゃ。
 
>>320 ここにも毎日書いているのじゃ。
 多くは無いのじゃ。
 他のスレと同じなのじゃ。

>>321 そうじゃ、全ては意識なのじゃ。
 物とか空とかも観念のみなのじゃ。
 実践によって確かめるのじゃ。

323佛教の超初心者2018/09/19(水) 23:10:39.79ID:mAv8uzPT
>>322
wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

ついに頭がおかしくなったのか?


>>322/馬鹿鬼のレス
 >わしもギータにも認識主体を認めてはいないのじゃ。 

→上記の反証
  >>317/馬鹿鬼のレス
    >アートマン、認識できない認識主体から全ては生まれるのじゃ。 

>>322/馬鹿鬼のレス
 >認識主体を認めているのはおぬしなのじゃ。
 >それがあると思って書いているのであるからのう。

→上記の反証
  >>318/佛教の超初心者のレス
    >仏教の唯識では認識”主体”は一切認めておりませんよw
    >「常・一・主・宰」なるものを認めれば、それは非佛ですから。

>>322
 >涅槃や不死の境地をお釈迦様も説いたのじゃ。
 >それも観念をもって見れば常住一切の境地に他ならないように見えるものじゃ。 

 wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

 有為の視座から見れば非常・非楽・非我・非浄で、
 無為の視座から見れば常・楽・我・浄なだけでしょw

 佛教の超初心者でもその程度は常識ですが? 

324仏教の超初心者2018/09/19(水) 23:11:42.75ID:mAv8uzPT
鬼和尚や?


仏教舐めるな。

325仏教の超初心者2018/09/19(水) 23:35:35.66ID:mAv8uzPT
馬鹿鬼や?

ちなみに、岩波の赤本程度は目を通してるよw

326名無しを整える。2018/09/19(水) 23:56:20.35ID:7geKqd8G
>>322
鬼和尚、ありがとうであります。
ところで、
>認識できない認識主体
とは、認識主体は認識できないと言うことでありますよね。
従って、認識主体はいないと言うことでありますね。

これを、Aさんが認識できない、認識主体。と言うように読んじゃうと、主体があると主張してるように、勘違いしてしまうのかもでありますね。
こんな理解でよいのでありましょうか?
(´・(ェ)・`)つ

327仏教の超初心者2018/09/20(木) 00:23:38.71ID:jhpCBio7
>>326
馬鹿鬼や?
今更後付けで俺のせいにして誤魔化すでない。

俺が

「常・一・主・宰」なるものを認めれば、それは非佛ですから。(>>318

とお前の過ちを指摘したから、さすがにこれはまずいと思って何時ものように誤魔化しに奔ってるんだろ?


お前の主張

 認識は出来ないが認識主体はある

 根拠
  >アートマン、認識できない認識主体から全ては生まれるのじゃ。 >>317

当方の主張

 認識”主体”自体、(唯識)仏教では一切認めていない

 根拠
  >仏教の唯識では認識”主体”は一切認めておりませんよw  >>318
  >「常・一・主・宰」なるものを認めれば、それは非佛ですから。 >>318

328仏教の超初心者2018/09/20(木) 00:31:09.66ID:jhpCBio7
他にも馬鹿鬼が  認識主体を認めている  レスを抽出しておく。


206 名前:鬼和尚 ◆GBl7rog7bM [] 投稿日:2018/08/22(水) 00:01:16.30 ID:0BnWFTFD [1/2]
>>203 そうじゃ、観察されることで自我は観察者ではないと気付くのじゃ。
決して認識されない認識主体で在るアートマンに達すれば認識される心は止まるのじゃ。


228 名前:鬼和尚 ◆GBl7rog7bM [] 投稿日:2018/08/27(月) 22:50:51.62 ID:nqlmhLZ4
不滅の真我とは認識できない認識主体なのじゃ。
在ると言えるのはそれだけなのじゃ。


315 名前:鬼和尚 ◆GBl7rog7bM [] 投稿日:2018/09/17(月) 20:00:38.21 ID:KQFyFarq [2/2]
認識する全てを否定して認識できないものに行き着くのじゃ。
3 認識する全てを否定すればそれ自体は認識できない認識主体に至るのじゃ。
 認識主体に来るのじゃ。

329仏教の超初心者2018/09/20(木) 00:55:10.84ID:jhpCBio7
馬鹿鬼や?

お前のあまりにも低い佛教理解は、論ずるにも値しないレベルだよ。

ギータ読む暇があったら「中村元の仏教入門」とか、先ずそのレベルから仏教を学びなさい。

話にならん。

今後も、あまりにもひどい事を書く様なら、都度、指摘は入れて注意するから。

330名無しを整える。2018/09/20(木) 07:42:59.98ID:Yp4KnYnd
バガヴァッド・ギーター 第十章

クリシュナは、アルジュナに、このように語る。

「アルジュナよ、私の深遠なる言葉を聞け。
君は、掛け替えの無い、私の親友であるから、
更に深い教えを、君の為に、話して聞かせよう。」

「たとえ、神であろうと、聖者であろうと、
わたしの起源を、すべて知ることは出来ない。
というのも、私が、神や聖者の起源であるから。」

「私が、世損であると、見とめる者だけが、
人間の世界にあって、幻影に迷えることなく、
すべての罪の穢れから、解脱していくのである。」
「知性、知識、不惑、寛容、正直、自制心、
寂滅、苦楽、発生、消滅、恐怖、無畏、満足、
不殺生、平等心、禁欲、布施、名誉、不名誉等。」

「これらの資質を与えるのは、真我である。
人類の始祖である、マヌは、真我から生じた。
すべての生物は、彼らを、先祖として生まれた。」

「このような、私の働きを認めている者は、
バクティーヨーガにより、常に私と共にある。
そう、これについては、何の疑いもないことだ。」

「一切の根源の真我から、万物が展開する。
この真理を悟った者は、全身と全霊をもって、
真実の私を信仰して、真我である私を賛美する。」
「彼らは、いつでも、わたしを想い続けて、
すべての生活を、私のために奉げるのであり、
私について語り合うことを、無上の喜びとする。」

「アートマンを、信愛して、奉仕する者に、
アートマンは、仏性を用いるヨーガを授ける。
ブッディにより、彼らは、真我の元に回帰する。」

「このような者に、特別な慈悲を施すため、
真我である私は、彼らの胸の中に宿りながら、
智慧の灯明を以って、無智から生じた闇を破る。」

アルジュナは、クリシュナに、このように問う。

「あなたは、至高のブラフマン自身であり、
無上の住処にして、万物を浄化する方である。
不生にして不滅、世に遍在する元始の神である。」

「神仙たちは、あなたを、このように呼ぶ。
ナーラダ、アシタ、デーヴァフ、ヴィヤーサ。
そして、今、あなたも、そのように宣言された。」

(´・(ェ)・`)
(つづく)

331名無しを整える。2018/09/20(木) 07:57:05.42ID:Yp4KnYnd
>>330
「神仙たちは、あなたを、このように呼ぶ。
ナーラダ、アシタ、デーヴァフ、ヴィヤーサ。
そして、今、あなたも、そのように宣言された。」
の別訳
>ナーラダ アシタ デーヴァフ
そしてヴィヤーサ等の大聖者たちは皆
あなたに関するこの真実を認めました
そして今 あなた自身がそれを宣言された

(´・(ェ)・`)つ

332佛教の超初心者2018/09/20(木) 14:55:38.43ID:ZkpKQ+91
先ず、馬鹿鬼は文章の読解力を身につける事。

「未と非と不」の違いを学ぶ事。

例えば、未認識と非認識と不認識は違う様に、「唯識のそれは未か?非か?不か?」「ギータのそれは未か?非か?不か?」ってね。

印哲じゃ「定義されないもの」とか「否定でしか表せないもの」とか「言語化されないもの」とかよくでてくるから。

333佛教の超初心者2018/09/20(木) 15:02:49.14ID:ZkpKQ+91
四句は知ってるか?

1.真実である。
2.真実でない。
3.真実であり、真実でない。
4.真実であるものでもなく、真実でないものでもない。

とか、

1.有
2.無
3.有かつ無
4.非有かつ非無

とか、中学校で長方形の線の中に、丸を二つ重ねて真部分集合とかA^Bとかやったろ?

334佛教の超初心者2018/09/20(木) 15:05:00.30ID:ZkpKQ+91
四句を応用して認識主体を考えてみな。

335佛教の超初心者2018/09/20(木) 15:50:43.04ID:ZkpKQ+91
もう一つ。
確かに阿頼耶識は、無始無終の根本識で自体分で不可知だけど、

認識されない認識"主体" ≠ 阿頼耶識

だから。
そこら辺は、阿頼耶識を主体と見誤る末那識や意識(第六識)する問題とする立場から明らかだから。

336dp9 ◆1KaWk8ZRnVxd 2018/09/20(木) 17:41:00.34ID:4frM17sj
りんごもみかんも好きだよ!

337鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/09/20(木) 21:00:21.23ID:yTQq8BxL
十章において終にクリシュナは神も聖者もアートマンから生じると説いたのじゃ。
もはや神への信仰から離れ、アートマンを唯一の道として実践すべきことが説かれたのじゃ。
それこそがアートマンへの献身の道なのじゃ。
全てをアートマンに捧げ、全てになる道なのじゃ。

338鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/09/20(木) 21:02:05.42ID:yTQq8BxL
>>323 あいかわらず瞬殺しやすいのう。
 わしの反証としてあげたものから、おぬしがわしは認識主体を認めたと思うならば、それこそがおぬしがその観念を認めていることになるのじゃ。
 唯識を本当に知っているならば認識できないものと書いたことが何を意味するのか、わかるはずであるがのう。
 字面だけで本当は唯識を理解していないのじゃ。

 有為の視座であろうが無為の視座であろうがその観念を持っているならばおぬしが執着していることになるのじゃ。
 それすらもわかってないのじゃ。
 瞬殺ブーメランじゃな。
 
>>325 眼を通した程度ではいかんのじゃ。
 ちゃんと理解していないと上の如く見当違いのことを書いて恥をさらし、瞬殺ブーメランを食らうことになるのじゃ。
 わからないことはちゃんと分からないと書くべきなのじゃ。

>>326 そうじゃ、そう言えるじゃろう。
 ちゃんと理解しているのじゃ。
 もともとアートマンも修業の為に作られた法であるからのう。
 お釈迦様もそれを正しく知ってアートマンの無を説いたのじゃ。
 お釈迦様こそただしくヴェーダを理解して衆生に説いたのじゃ。
 
>>327 上のレスを読んでみるのじゃ。
 賢い者にはちゃんと理解できるのじゃ。
 おぬしだけが理解できていないのじゃ。
 お釈迦様もヴェーダを正しく理解し、ヴェーダの言葉で法を説いたのじゃ。
 おぬしもここでちゃんと学ぶと善いのじゃ。

>>329 ありがたいことじゃ。
 わしの間違いを指摘してくれるというのじゃな。
 もしそれが正しければわしは喜んでそれを受け入れ、訂正するじゃろう。
 
 おぬしもそのようであって欲しいものじゃ。
 学者の本は役に立たないのじゃ。
 常に自分の眼で原典を読むのじゃ。
 原典にはしばしば学者の本と正反対のことが書いて在るのじゃ。
 実際に読んで確かめるのじゃ。
 

339鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/09/20(木) 21:03:28.67ID:yTQq8BxL
>>332>>333>>334 もしわしが知ったかぶりをしてそのように書いたならば、わしは間違いを犯した訂正する謝罪するとか言うじゃろう。
 賢いものならば恥ずかしいことを書いたとか思うのかもしれん。
 おぬしは自由にすると善いのじゃ。
 
>>335 おぬしは阿頼耶識が認識されない認識主体ではない書いたのじゃな。
 それにはわしも賛成じゃ。
 阿頼耶識は認識されない認識主体ではないのじゃ。
 そもそも誰も阿頼耶識がそうであるとは書いていないがのう。
 わしが何を書いているのかおぬしだけが理解していないのじゃ。
 

340名無しを整える。2018/09/20(木) 21:10:50.84ID:Yp4KnYnd
南硫黄島の原生林には果物が少ないそうなのである。
そこにも果物を主食とする蝙蝠が住んでるそうなのである。
無いものはないので、違う食物を探してるのかもでありましょう、昼夜の別なく飛び回る蝙蝠が生息してるのである。
その進化の過程のドキュメンタリーを、先週の日曜にNHKでたまたま見たのである。
ファーブルさんみたいな千葉先生のファンになったくまである。
ちなみに千春先生の専門は、コダマキバサナギガイ である。
(´・(ェ)・`)つ

341名無しを整える。2018/09/20(木) 21:17:24.27ID:Yp4KnYnd
>>338
鬼和尚、ありがとうであります。
正しく理解できてて良かったであります。
(´・(ェ)・`)つ

342名無しを整える。2018/09/20(木) 21:20:03.81ID:Yp4KnYnd
>>340
訂正
千春先生→千葉先生
(´・(ェ)・`)つ

343佛教の超初心者2018/09/21(金) 00:07:30.37ID:TPOkeBr1
>>338.>>339
wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

なんだそりゃ?

お前はやっぱり何も分かってないじゃないかwww
噛み付くなら先ず最低限の体験や知識を積んでからにしてくれないか?

追って佛教の知識や体験についてはこのスレに書いてくから。

344名無しを整える。2018/09/21(金) 07:00:49.56ID:Yktud2Cx
>>330
バガヴァッド・ギーター 第十章

「クリシュナよ、あなたが語られたことは、
全て真実であると、わたしは信じて疑わない。
神にせよ、魔にせよ、あなたのことを知らない。」

「真我を知っているのは、真我のみである。
あなたこそは、神の中の神、万神の神にして、
生きとし生ける者の父であり、至高の主である。」

「願わくは、この私に、あなたの聖なる力、
すべての世界に光り輝く、あなたの麗しい姿。
これらについて、詳らかに、解き明かし下さい。」

「いかに、あなたを思い、知ったら良いか。
どのように、あなたを想い、念じたら良いか。
ヨーガの主よ、どうか、私に、現わして下さい。」

「あなたの神秘について、聞けば聞くほど、
わたしは、飽きることなく、味わいたくなる。
クリシュナよ、どうか、私に、明かして下さい。」

(´・(ェ)・`)
(つづく)

345佛教の超初心者2018/09/21(金) 11:05:46.63ID:UYqkiO2m
仏教勉強会で外典を出す異常さは言うまでもなく、内典でいうと「ダンマパダ」以下のレベルしか紐解けないんだろうなぁ・・・。

ハッキリ言ってしまえば、佛教でも、小学校低学年向けの勉強会レベル。

倶舎や中論、唯識や如来蔵とか、高度の思考や理解力、並びに体験なくして覚知出来ないものは理解出来ないんだろ?

346佛教の超初心者2018/09/21(金) 11:08:21.63ID:UYqkiO2m
まさか、こんな糞スレを読む方はいないだろうけど、万が一、ここでの内容が佛教と勘違いされたら困るし、その方の不幸になるからこうしてレスしている。

悪く思うな。

347佛教の超初心者2018/09/21(金) 11:14:07.16ID:UYqkiO2m
馬鹿鬼は自分の事を棚に上げて、わざわざハッタリをかまして言って来るから分かり易いw

つまり、ハッタリで知ったかぶりで、分かってなくて見栄っ張りで、嫉妬深くて・・・
ま、そもそも知能が低いって事だね。

統失で飲んだ薬の副作用で体験したそれは、ただの妄想で佛教とは関係ないから。

新着レスの表示
レスを投稿する