鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 3

1名無しを整える。2018/06/14(木) 06:16:59.12ID:QDZvGNkZ
前スレ:鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 2

2名無しを整える。2018/06/14(木) 06:20:28.40ID:QDZvGNkZ
前スレ>529
『I AM THAT 私は在る』
【31 注意を過小評価してはならない】(つづき)

 質問者 あるチベット人のヨーギは、神は目的をもって世界を創造し、ある
 計画にしたがって維持していると書いています。その目的は善であ
 り、計画はもっとも賢明なものです。
 マハラジ
 それらはみな一時的なものだ。
 私は永遠について語っている。
 神と宇宙は来ては去っていく。
 アヴァターラ(神の化身)たちは終わりなき継続性のなかでつぎつぎと現れ、
 最終的に私たちは源に帰っていく。
 私はすべての神と彼らの宇宙、過去、現在、そして未来の時間を超えた源に
 ついてのみ語っているのだ。
 質問者 あなたはそれらをみな知っているのでしょうか? それらをみな覚
 えているのでしょうか?
 マハラジ
 数人の子どもたちが舞台の上で劇を演じているとき、注意を払ったり、覚え
 ていなければならないようなことが何かあるだろうか?
 質問者 なぜ世界の半分が女性で、半分は男性なのでしょうか?
 マハラジ
 彼らの幸福のためだ。
 非個人性(アヴィヤクタ)は関係性のなかでの幸福のために個人性(ヴィヤ
 クタ)となる。
 グルの恩寵(おんちょう)によって、私は個人性と非個人性を等しい目で見
 ることができるのだ。
 私にとって二つはひとつだ。
 生のなかで、個人性は非個人性のなかに溶け去る。
 質問者 どのようにして個人性は非個人性から出現するのでしょうか?
 マハラジ
 二つはひとつである実在の相にほかならない。
 ひとつをもうひとつに先んじて語ることは正しくない。
 これらすべての観念は目覚めの状態に属するのだ。
 質問者 何が私を目覚めの状態に連れ出すのでしょうか?
 マハラジ
 すべての創造の根底には欲望がある。
 欲望と想像が互いを促進し、増強しあう。
 第四の状態(トゥリーヤ)は純粋な観照、無執着の気づきであり、醒(さ)
 めた、世界のない状態だ。
 それは空間のように、何であれそれが包括しているものに影響されない。
 身体的、精神的苦痛はそれに達しない。
 それらは外側の「そこ」にあり、一方、観照はつねに「ここ」にあるのだ。
(´・(ェ)・`)
(つづく)
うー・・・ちょぴっと難しいのである。

3名無しを整える。2018/06/14(木) 06:25:28.45ID:QDZvGNkZ
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鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 2
http://fate.5ch.net/test/read.cgi/keihatsu/1514881490/

4名無しを整える。2018/06/14(木) 06:31:24.85ID:QDZvGNkZ
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1)「潜在意識、マーフィーの法則」(くまのへっぽこ脱出大作戦)
http://fate.5ch.net/test/read.cgi/keihatsu/1491878919/199
2)「マハムドラ-の詩」>>305
http://fate.5ch.net/test/read.cgi/keihatsu/1491878919/305
3) 「信心銘 」>>389
http://fate.5ch.net/test/read.cgi/keihatsu/1491878919/389
4)「真理のことば(ダンマパダ)」>>562
http://fate.5ch.net/test/read.cgi/keihatsu/1491878919/562
5)ブッダのことば(スッタニパータ)>>782
http://fate.5ch.net/test/read.cgi/keihatsu/1491878919/782
スッタニパータ、533番〜1072番
http://fate.5ch.net/test/read.cgi/keihatsu/1509160394/1
6)『I AM THAT 私は在る』

(´・(ェ)・`)つ

5名無しを整える。2018/06/14(木) 20:25:11.52ID:QDZvGNkZ
>>2
『I AM THAT 私は在る』
【31 注意を過小評価してはならない】(つづき)

 質問者 実在とは何でしょうか? 主観的なものでしょうか、それとも客観
 的なものでしょうか? 私には客観的宇宙が実在であり、私の主観
 的精神は絶えず変化し、はかないものだと考える傾向があります。
 あなたは内なる主観的状態を実在と主張し、外的な具体的世界の実
 在を否定しているようです。
 マハラジ
 主観も客観もともに変化し、はかないものなのだ。
 それらには何の実在性もない。
 無常なるもののなかに永遠なるものを見いだしなさい。
 それはあらゆる体験のなかにある、ひとつの不変の要因だ。
 質問者 この不変の要因とは何でしょうか?
 マハラジ
 あなたがそれを見る能力をもつまでは、私がそれにさまざまな名前を与えた
 り、いろいろな方法で指し示したりしたところで、助けにはならないだろう。
 視界のかすんだ人は、あなたがいかに彼に見るように促しても樹の枝の上に
 いるオウムを見ないだろう。
 よくても、あなたの示す指を見るくらいだろう。
 まずあなたの視界を清めることだ。
 じっと見つめることよりも、どう見るかを学びなさい。
 そうすればあなたはオウムを見るだろう。
 見ようとする熱望も必要だ。
 自己知識には明晰(めいせき)性と真剣さの両方が必要なのだ。
 あなたにはどんなに小さなことでも、日々の生活のなかで理解したことを誠
 実に適用することで成熟していくハートとマインドが必要となる。
 ヨーガには妥協といったものは存在しない。
 もしあなたが罪を犯したいのなら、全身全霊で、こそこそせずに罪を犯しな
 さい。
 誠実な聖者にとって徳がそうであるように、罪もまた誠実な罪人には良き戒
 (いまし)めとなる。
 その二つが混ざり合った状態がもっとも悲惨なのだ。
 妥協ほど効果的にあなたを妨げるものはほかにない。
 なぜなら、それは真剣さの欠如を表し、真剣さなしには何も為しえないから
 だ。
(´・(ェ)・`)
(つづく)

6名無しを整える。2018/06/14(木) 20:58:14.65ID:QDZvGNkZ
>>2
> 非個人性(アヴィヤクタ)は関係性のなかでの幸福のために個人性(ヴィヤ
 クタ)となる。
> 生のなかで、個人性は非個人性のなかに溶け去る。
>これらすべての観念は目覚めの状態に属するのだ。
↑これは、どういう意味でありましょうか?
>>5
> 視界のかすんだ人は、あなたがいかに彼に見るように促しても樹の枝の上に
 いるオウムを見ないだろう。
 よくても、あなたの示す指を見るくらいだろう。
 まずあなたの視界を清めることだ。
 じっと見つめることよりも、どう見るかを学びなさい。
 そうすればあなたはオウムを見るだろう。
↑これは、視界のかすんでいるひとは放っておいて、自分の視界を清めなさいと言うことでありましょうか?

(´・(ェ)・`)つ

7名無しを整える。2018/06/15(金) 21:57:24.64ID:F8LH7j27
>>5
『I AM THAT 私は在る』
【31 注意を過小評価してはならない】(つづき)

 質問者 私は禁欲生活の価値を認めます。しかし実際には、私はぜいたくば
 かりしています。快楽を追い、苦痛を避けることは、私のなかにと
 ても深く染み込んでいて、理論上はとても生き生きとした私の高い
 目的意識も、日々の生活に根を下ろしていないのです。私のことを
 正直ではないと言ったところで助けにはなりません。なぜなら、私
 はただどうやって正直になればいいのかわからないからです。
 マハラジ
 あなたは正直でも、不正直でもない。
 精神状態に名前を与えることは、あなたの容認、または否認を表すことくら
 いしか役に立たないからだ。
 問題はあなたのものではない。
 それはただあなたのマインドの問題なのだ。
 あなたをあなたのマインドから分離することからはじめなさい。
 あなたはマインドではなく、その問題もあなたのものではないと思い起こす
 ように堅く決心しなさい。
 質問者 私は「私はマインドではない。私はその問題に関わらない」と自分
 にくり返し言いつづけるかもしれません。しかし、マインドもその
 問題もそのまま残るでしょう。だからといって、それは私が充分真
 剣ではないからだ、もっと真剣になりなさいとは、どうか言わない
 でください。私は知っていますし、認めもします。ただどうか教え
 てください。どうすればいいのでしょうか?
 マハラジ
 少なくともあなたは尋ねている。
 はじめるには充分だ。
 熟考し、驚き、道を見いだすことを熱望しなさい。
 あなた自身を意識し、マインドを見守り、充分な注意を払いなさい。
 即座の結果を求めてはならない。
 あなたが気づく範囲内では、どんな結果もないかもしれない。
 知らぬ間に、あなたの精神状態は変化を遂げ、より慈愛の感情と行為の純粋
 さが見られるようになるだろう。
 それらを目的とする必要はない。
 あなたはそれらの変化を観照するだけだろう。
 なぜなら、現在のあなたは不注意の結果であり、あなたの変化は気づきの結
 果だからだ。
(´・(ェ)・`)
(つづく)

8鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/06/15(金) 22:08:42.24ID:rpYrD16P
>>6 個人性とは仮想された自分の観念なのじゃ。
 非個人性とは自他の観念の無い状態なのじゃ。
 自他の観念は条件付けによって起こるものじゃ。
 それが親等との関係性によるものなのじゃ。
 そして欲が起こり、自分が在るという観念になるのじゃ。
 それが解消されるのは生があるときだけなのじゃ。
 しかしその観念もまた目覚めた者にのみ理解できるだけなのじゃ。

 そのようなものじゃ。
 自ら実践して観察も進歩していくのじゃ。
 

9名無しを整える。2018/06/15(金) 23:14:23.82ID:F8LH7j27
>>8
鬼和尚、ありがとうであります。
個人性とは自我があると言う観念のことであり、非個人性とは無我のことでありますね。
意味がわかって、スッキリしたであります。
(´・(ェ)・`)つ

10名無しを整える。2018/06/16(土) 06:27:32.86ID:aohnTm++
>>7
『I AM THAT 私は在る』
【31 注意を過小評価してはならない】(つづき)

 質問者 ただ気づくことが、なぜそれほどの違いをもたらすのでしょうか?
 マハラジ
 今まではあなたの人生は暗く(タマス)、落ち着かない(ラジャス)ものだ
 った。
 注意力、油断のなさ、気づき、明晰性、元気、活力はみな真の本性(サット
 ヴァ)とひとつであること、統合の現れなのだ。
 タマスとラジャスを中和し、調和させることはサットヴァの本質なのだ。
 サットヴァは自己の誠実な僕(しもべ)であり、つねに注意深く、従順だ。
 質問者 私は単なる注意を通してそれを知るようになるのでしょうか?
 マハラジ
 注意を過小評価してはならない。
 それは関心であり、愛なのだ。
 知るため、行うため、発見するため、あるいは創造するためには、それにハ
 ートを捧げなければならない。
 それが注意力を意味する。
 あらゆる祝福はそこから流れだすのだ。
 質問者 あなたは「私は在る」に集中するよう勧めましたが、これもまた一
 種の注意力なのでしょうか?
 マハラジ
 そのとおりだ。
 分割されない注意を、あなたの人生のなかのもっとも重要なもの、あなた自
 身に与えなさい。
 あなたの個人的な宇宙の中心があなたなのだ。
 中心を知らずに何を知ることができるだろう?
 質問者 ですが、どうやって私自身を知ることができるのでしょうか? 私
 自身を知るには、私自身から離れなければなりません。しかし、私
 から離れているものは私ではありえません。ですから、私が私と見
 なしてきたもの以外は、私を知ることができないのです。
 マハラジ
 まったくそのとおりだ。
 鏡の反映にしか自分の顔を見ることができないように、あなたは汚れのない
 純粋な意識の鏡に映るあなたのイメージしか知ることはできないのだ。
 質問者 どのようにしてそのような汚れのない鏡を得ることができるのでし
 ょうか?
 マハラジ
 言うまでもなく、汚れを取り除くことによってだ。
 汚れを見て、それを取り除きなさい。
 古来の教えは完全に有効だ。
(´・(ェ)・`)
(つづく)

11名無しを整える。2018/06/16(土) 14:03:41.27ID:aohnTm++
>>10
ここに書かれてることは、すばらしくわかりやすいであります。
何度も他の言葉で読んできたことでありますが、心に染みるであります。
(´・(ェ)・`)つ

12鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/06/16(土) 22:50:16.03ID:dyXwETVU
>>9 よかったのじゃ。

注意して観察する力は常に人に在るものじゃ。
それを発揮するだけでよいのじゃ。
自分には無理だとか思わないでよいのじゃ。
大乗の者はそれを仏性と呼んだのじゃ。
誰でも仏になれる性質なのじゃ。

13名無しを整える。2018/06/17(日) 08:47:00.26ID:lN4bki+P
>>12 鬼和尚

観察、観察といって実践していると、最後にはノイローゼになる。

日常生活が出来なくなる。

書を捨てて、外へ出よう。 

仕事をしよう。義務を果たそう。

観察など蹴飛ばし、行動しよう。

14名無しを整える。2018/06/17(日) 10:18:43.93ID:/fPnHiCi
>>10
『I AM THAT 私は在る』
【31 注意を過小評価してはならない】(つづき)

 質問者 見ることとは何でしょう、取り除くこととは何でしょうか?
 マハラジ
 完全な鏡の本性とは、あなたには見ることはできないということだ。
 何であれあなたが見ることができるものは、汚れであらざるをえない。
 それに背を向け、捨て去りなさい。
 質問者 知覚可能なものすべてが汚れなのでしょうか?
 マハラジ
 すべては汚れだ。
 質問者 世界全体が汚れなのですか?
 マハラジ
 そのとおりだ。
 質問者 何とひどい! では宇宙は何の価値もないのですか?
 マハラジ
 それは途方もない価値をもっている。
 それを超えていくことによって、あなたはあなた自身を実現するのだ。
 質問者 それでは、いったいなぜその存在を現したのですか?
 マハラジ
 それが終わるときにあなたは知るだろう。
 質問者 終わりが来るのですか?
 マハラジ
 そうだ。
 あなたにとっては。
 質問者 いつそれが始まるのでしょうか?
 マハラジ
 今だ。
 質問者 いつそれが終わるのでしょうか?
 マハラジ
 今だ。
 質問者 今、終わりませんが?
 マハラジ
 あなたがそうさせないのだ。
 質問者 私はそうさせたいのです。
 マハラジ
 あなたはそうしない。
 あなたの全人生がそれにかかっているからだ。
 あなたの過去と未来、欲望と恐れ、すべてがその根を世界に下ろしている。
 世界なしにあなたはどこにいるだろう?
 あなたは誰だろう?
 質問者 しかし、まさにそれこそ、私が見いだしたかったものなのですよ。
 マハラジ
 そしてまさにそれこそ、私があなたに言っていることなのだ。
 立脚地の彼方を見いだしなさい。
 そうすればすべてが明かで、容易になる。
(´・(ェ)・`)
(おわり)

15名無しを整える。2018/06/17(日) 10:28:50.29ID:/fPnHiCi
>>14
汚れとは、観念のことでありましょう。記憶のことでありましょう。
それらを取り除き、あるがままを観察せよでありますね。
(´・(ェ)・`)つ

16鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/06/17(日) 22:21:59.93ID:MGGRiOSz
>>13 ならないのじゃ。
 そのように仕事や義務とかで心を病む者の方が多いのじゃ。
 それがわからないおぬしは未だ仏陀の法を学び修める準備が出来ていないのじゃ。

>>15 そうじゃ、観念に囚われずに進むのじゃ。
 実践する者だけが進歩していくのじゃ。

17名無しを整える。2018/06/18(月) 02:58:27.29ID:IVWGzPMB
鬼和尚の言う準備について語って下さい

全てを棄てる事、真理を欲する事、死苦八苦から逃れたい事でしょうか?

18名無しを整える。2018/06/18(月) 06:33:08.88ID:xoIOBcGs
1『I AM THAT 私は在る』
【32 生は至高のグルだ】

 質問者 私たち二人は遠くの国からやってきました。ひとりは英国人で、も
 うひとりはアメリカ人です。私たちの住む世界は破滅しようとして
 います。私たちは若いので心配しているのです。年老いた人びとは
 死を迎えることを望んでいますが、若い者たちにはそのような希望
 もありません。私たちのうち、何人かは殺すことを拒絶するでしょ
 うが、誰も殺されることを拒絶することはできません。私たちは生
 きている間に世界を正すことができるでしょうか?
 マハラジ
 何があなたたちに世界が破滅すると考えさせるのだろう?
 質問者 破壊的兵器は信じがたいほどの可能性をもつようになりました。私
 たちの生産能力自体もまた、自然や文化と社会的価値を破壊するほ
 どになったのです。
 マハラジ
 あなたは現在について語っている。
 それはつねに、どこでもそうだったのではないだろうか?
 しかし、悲惨な状況は地域的で、一時的なものかもしれない。
 ひとたびそれが過ぎれば、忘れ去られてしまうだろう。
 質問者 差し迫っている破局の規模は信じがたいほど大きなものです。私た
 ちは爆発のただなかに生きているのです。
 マハラジ
 人はそれぞれひとりで苦しみ、ひとりで死ぬ。
 数字とは無関係なのだ。
 死においては、ひとりの死も百万人の死も重さは同じだ。
 質問者 自然は何百万人も殺しますが、それが私を恐れさせることはありま
 せん。そこには悲劇、あるいは神秘があるかもしれませんが、残酷
 さはないのです。私をぞっとさせるのは、人間のつくり出した苦し
 み、破壊、荒廃です。その創造と破壊において自然は荘厳なもので
 す。しかし、人の行為のなかには卑劣さと狂気があります。
 マハラジ
 そのとおりだ。
 確かにあなたの問題は苦しみと死ではなく、その根底にある卑劣さや狂気に
 ある。
 卑劣さもまた、狂気のひとつの形ではないだろうか?
 そして狂気はマインドの誤用ではないだろうか?
 人類の問題はマインドの誤用のなかにのみ存在するのだ。
 自然と精霊の持つすべての財宝は、マインドを正しく使うことのできる人に
 開かれている。
(´・(ェ)・`)
(つづく)

19鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/06/18(月) 20:59:40.07ID:0uoofXLc
>>17 そのような心構えも必要な準備と言えるじやろう。
 更に自らをも捨てる心構えも必要な準備なのじゃ。
 いま自分と思っているものをも最後には捨てる心構えが無ければ悟りの道も完全ではないのじゃ。

 全てを捨てても捨てる主体である自分は残ってしまうのじゃ。
 それがない状態をイメージすることも困難であるからのう。
 主体である自らを捨てる心構えが必要なのじゃ。

20名無しを整える。2018/06/18(月) 22:32:29.83ID:xoIOBcGs
ふむふむ。
修行者には、自我があるのでありますから、その自我で取り組む修行でありますから、やっぱり心構えは必要でありますね。
(´・(ェ)・`)つ

21名無しを整える。2018/06/19(火) 14:57:20.95ID:yOsR91GG
自殺に近いが肉体死じゃ無い
自分に絶望みたいな?

22名無しを整える。2018/06/19(火) 20:55:26.82ID:A/ggy6Si
>>18
『I AM THAT 私は在る』
【32 生は至高のグルだ】(つづき)

 質問者 正しいマインドの使い方とは何でしょうか?
 マハラジ
 恐れと強欲がマインドの誤用の原因だ。
 正しいマインドの使い方とは愛、生命、真実、そして美への奉仕にある。
 質問者 言うは易く、行うは難しです。真実の愛、人間への愛、善意の愛―
 ―なんというぜいたくでしょう。世界を正すには、それらは山ほど
 必要です。でも誰が与えるというのでしょうか?
 マハラジ
 あなたは真実と愛、知性と善意をどこかほかのところに永遠に探し求め、神
 や人に嘆願することもできるが、すべては無駄なことだ。
 あなたはあなた自身のなかから、あなた自身とともにはじめなければならな
 い。
 これが容赦ない法則なのだ。
 顔を変えることなく、イメージを変えることはできない。
 あなたの世界はあなた自身の反映だということを、まず悟りなさい。
 そして反映のあら探しをするのはやめなさい。
 あなた自身に注意を払い、精神的にも感情的にもあなた自身を正しなさい。
 身体は自動的に、それにしがたうだろう。
 あなたは経済的、社会的、政治的改善に関して多くを語る。
 改善と改善者であるマインドは放っておくがいい。
 愚かで、強欲で、冷酷な人にどんな世界がつくり出せるというのだろうか?
 質問者 もし私たちがハートを変えるのを待たねばならないのなら、私たち
 は際限なく待たなければならないでしょう。あなたの助言は完全性
 への助言です。それはまた絶望への助言でもあるのです。すべてが
 完全なとき、世界も完全となる。何と役に立たない決まり文句でし
 ょう。
 マハラジ
 私はそうは言っていない。
 私はただ、あなた自身を変えずに、世界は変えられないと言ったのだ。
 私はすべての人を変える前にとは言っていない。
 他者を変えることは不必要だし、不可能だ。
 だが、もしあなたがあなた自身を変えたなら、他の誰も変える必要はないと
 わかるだろう。
 画像を変えるにはただフィルムを変えるだけだ。
 あなたは映画館のスクリーンを攻撃したりはしない。
 質問者 どうしてそんなに自分に確信がもてるのですか? あなたが話して
 いることが正しいと、どうやって知るのですか?
 マハラジ
 私は私自身に確信があるのではない。
 私はあなたに確信があるのだ。
 あなたに必要なことは、内側でしか見つからないものを外側に探そうとする
 のをやめることだけだ。
 行動する前に、あなたの視点を正しなさい。
 あなたは深刻な誤解に苦しんでいる。
 あなたのマインドを澄ませ、ハートを浄(きよ)め、生を神聖なものにしな
 さい。
 これがあなたの世界をもっとも速く変える道だ。
(´・(ェ)・`)
(つづく)

23鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/06/19(火) 22:13:19.62ID:Z/zpWE7W
>>20 そうじゃ、心構えによって結果も違ってくるのじゃ。
 実践あるのみなのじゃ。

>>21 そのようなことも人によっては必要じゃろう。
 自分とか主体とかに対する執着を捨てるのじゃ。
 難しいことではあるがのう。
 出世間の道は世間の道とは違うのじゃ。
 世間の者が大事にする自分とか主体をも捨てなければならないのじゃ。

24名無しを整える。2018/06/20(水) 00:56:18.42ID:MWauuTPm
>>22
> あなたの世界はあなた自身の反映だということを、まず悟りなさい。

これは心が現象化しているということでしょうか

25名無しを整える。2018/06/20(水) 19:41:06.19ID:OsELgFru
>>22
> 顔を変えることなく、イメージを変えることはできない。

 顔を変える とは、表情を変えると言う意味でありましょうかね。
笑顔でいるか、暗い顔でいるか、怒った顔でいるか、みたいな。
(´・(ェ)・`)つ

26名無しを整える。2018/06/20(水) 19:51:15.17ID:OsELgFru
>>22
『I AM THAT 私は在る』
【32 生は至高のグルだ】(つづき)

 質問者 数多くの聖者や神秘家が生まれ、死んでいきました。彼らは私の世
 界を変えませんでした。
 マハラジ
 どうして彼らに変えられるだろう?
 あなたの世界は彼らのものではなく、彼らの世界もあなたのものではない。
 質問者 かならず、すべてに共通の現象の世界があるはずです。
 マハラジ
 物体とエネルギーと物質の世界のことだろうか?
 仮に物体と力の共通世界が在るとしても、それは私たちの住む世界ではない。
 私たちの世界は感情と観念の、好感と反感の、価値の尺度の、動機と刺激の、
 概して精神的世界なのだ。
 生物学的には、私たちの必要はわずかばかりだ。
 私たちの問題は異なったレベルのものだ。
 欲望と恐れ、そして誤った観念から生じた問題は、マインドのレベルでしか
 解決できない。
 あなたは自分のマインドを克服しなければならない。
 そしてそのために、あなたはそれを超えていかなければならないのだ。
 質問者 マインドを超えていくとはどういうことでしょうか?
 マハラジ
 あなたは身体を超えているはずだ。
 そうではないかね?
 あなたは自分の身体の消化作用、循環作用、排出作用を綿密に追っているわ
 けではない。
 それらは自動的に行われている。
 同様に、マインドも注意を呼び起こさずとも、自動的に働くようになるべき
 だ。
 マインドが何の欠陥もなく働くようになるまで、これは起こらない。
 私たちはほとんどの時間、マインドと身体を意識している。
 それらは絶え間なく助けを呼んでいるからだ。
 苦痛と苦しみは身体とマインドが注意を引こうと叫んでいるのだ。
 身体を超えていくためには健康でなければならない。
 マインドを超えるにはマインドに完全な秩序をもたらさなければならない。
 混乱をそのままあとに残してマインドを超えていくことはできない。
 混乱はあなたの足をひっぱるだろう。
 「自分の問題は自分で片づけなさい!」は普遍の法則のようだ。
 そして、それは公正な法則でもある。
(´・(ェ)・`)
(つづく)

27鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/06/20(水) 21:19:45.42ID:Ur9zmJC+
>>24 認識が世界を反映しているのじゃ。
 自ら認識した世界がその者の世界なのじゃ。
 それ以上の世界は存在しないのじゃ。

>>25 なにやら翻訳がおかしいようじゃ。
 マインドとかの間違いかもしれん。
 

28名無しを整える。2018/06/20(水) 22:00:46.24ID:Rf3qpsna
>>22
コピペ元はアセンション資料館ですか?
参考までに>>22の"あなたは真実と愛、知性と…(略)…どんな世界がつくり出せるというのだろうか?" の原文です↓
You can spend an eternity looking elsewhere for truth and love, intelligence and goodwill, imploring God and man
-- all in vain.You must begin in yourself, with yourself --
this is the inexorable law. You cannot change the image without changing the face.
First realise that your world is only a reflection of yourself and stop finding fault with the reflection.
Attend to yourself, set yourself right -- mentally and emotionally. The physical will follow automatically.
You talk so much of reforms: economic, social, political. Leave alone the reforms and mind the reformer.
What kind of world can a man create who is stupid, greedy, heartless?
(サイトGREATMASTER.INFOより引用)

29名無しを整える。2018/06/20(水) 22:25:52.09ID:OsELgFru
>>28
ありがとうであります。
changing the face. をググってみたら、
>change the face of
の様相[方法・方式]を一変させる

とあったであります。

インド語→英語→日本語 で、ここまでわかりやすく翻訳していただいて、みなに感謝であります。
(´・(ェ)・`)つ

30名無しを整える。2018/06/20(水) 22:31:32.31ID:OsELgFru
>>28
コピペ元はコピペ元にご迷惑にになるといけないし、読めなくなってしまったら残念なので、秘密であります。
(´・(ェ)・`)つ

31名無しを整える。2018/06/20(水) 22:39:09.10ID:OsELgFru
>>27
翻訳がおかしかったようでありますね。
(´・(ェ)・`)つ

32名無しを整える。2018/06/21(木) 06:29:10.69ID:+V8I3JdQ
>>26
『I AM THAT 私は在る』
【32 生は至高のグルだ】(つづき)

 質問者 あなたがどうやってマインドを超えたのか、尋ねてもよいでしょう
 か?
 マハラジ
 グル(師)の恩寵(おんちょう)によってだ。
 質問者 彼の恩寵はどのような形を取ったのでしょうか?
 マハラジ
 彼は、何が真実なのかを私に告げたのだ。
 質問者 あなたはそれについてどうしたのでしょう?
 マハラジ
 私は彼を信頼し、それを覚えたのだ。
 質問者 それですべてですか?
 マハラジ
 そうだ。
 私は彼と彼の言ったことを覚えていたのだ。
 質問者 それで充分だったというのですか?
 マハラジ
 これ以上何をする必要があるだろう?
 グルと彼の言葉を覚えていることは相当なことなのだ。
 あなたへの私のアドバイスはさらにやさしいものだ。
 ただ、あなた自身を覚えていなさい。
 「私は在る」はあなたのマインドを癒し、それを超えていくのに充分だ。
 私はあなたを迷わせたりしない。
 なぜそうする必要があろうか?
 私があなたから何を欲するというのだろう?
 私はあなたの幸福を願っている。
 それが私の本性なのだ。
 どうしてあなたを惑わせたりするだろうか?
 一般的な常識でさえ欲望を満たしたいのならそれを思いつづけなさいと言う。
 もしあなたが自己の本性を知りたいと望むなら、あなたの存在の秘密があば
 かれるまで、つねに自己をマインドに思いつづけるべきだ。
 質問者 なぜ自己想起が真我の実現をもたらすのでしょうか?
 マハラジ
 なぜなら、それらは同じ状態の二つの側面だからだ。
 自己想起はマインドの領域内にある、真我の実現はマインドを超えてある。
 鏡のなかに映っているイメージは、実際は鏡のこちら側にある顔のものなの
 だ。
 質問者 まったくそのとおりです。しかし、目的は何でしょうか?
 マハラジ
 他者を救うためには、人は救いの必要性を超えていなければならない。
 質問者 私が望むのは幸福だけです。
 マハラジ
 幸せになるために、幸せで在りなさい。
(´・(ェ)・`)
(つづく)

33鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/06/21(木) 22:35:53.08ID:b74xcedO
>>31 そうじゃったか。

自我の観念を厭離するためにはそれを観察しなければならないのじゃ。
自我は邪魔者で在るが悟りへの道でもあるのじゃ。
常にそれが何であるか観続けるならばそれに気づく瞬間も速やかに訪れるのじゃ。  

34名無しを整える。2018/06/22(金) 22:38:27.54ID:gwWyNR46
>>32
『I AM THAT 私は在る』
【32 生は至高のグルだ】(つづき)

 質問者 他者のことは彼ら自身にまかせておきましょう。
 マハラジ
 あなたは孤立していないのだ。
 あなたが分かち合うことができない幸福は偽物だ。
 分かち合うことができることだけが、真に望むべきことなのだ。
 質問者 おっしゃるとおりです。しかし、私にはグルが必要でしょうか? 
 あなたの言われることはシンプルで納得のいくものです。私はそれ
 を覚えているでしょう。でも、これがあなたを私のグルにするわけ
 ではありません。
 マハラジ
 重大なのは個人を礼拝することではなく、あなたのすべきことへの帰依の深
 さと確固たる姿勢なのだ。
 生そのものが至高のグルだ。
 その教えに注意を注ぎ、その命令に従順でありなさい。
 その源を人格化するなら、あなたは外側にグルをもつ。
 あなたがそれを生から直接得るならば、グルは内側にある。
 内面の外面であるあなたのグルの言葉を覚えていなさい。
 自問し、熟考し、それとともに生きなさい。
 それを愛しなさい。
 それに合うように成長し、それとともに成長しなさい。
 それを自分のものにしなさい。
 それをすべて果たすならば、あなたはすべてを得るだろう。
 私はそうしてきた。
 グルと、彼が私に言ったことに、すべての時を捧げたのだ。
 質問者 私の職業は作家です。何か私に特別な助言をいただけますか?
 マハラジ
 執筆は才能と技術の両方だ。
 才能を成長させ、技術を発展させなさい。
 望む価値あることを、正しく望みなさい。
 人びとの間を行くとき、群衆のなかでも自分の道を見いだすように、自分の
 方向を失わずに多くの出来事からあなたの道を見いだすのだ。
 もしあなたが真剣ならば、やさしいことだ。
 質問者 何度となくあなたは真剣であることの必要性を話されました。しか
 し、私たちは単一の意志をもつ者ではありません。私たちは欲望と
 必要、本能と衝動の集積です。それらは互いに混ざり合い、ときに
 はあるものが、あるときは別のものが支配し、しかも長続きしませ
 ん。
 マハラジ
 必要というものはない。
 欲望だけだ。
 質問者 食べ、飲み、自分の身体を保護すること、生きることは?
 マハラジ
 生きようと望むことは基本的な欲望だ。
 他のすべてはそれに依存している。
(´・(ェ)・`)
(つづく)

35名無しを整える。2018/06/22(金) 22:51:19.45ID:gwWyNR46
>>33
くまにとりまして自我は記憶であります。
反応としての感情に、記憶の中にある言葉があてがわれ、物語のなかに巻き込まれて苦しむのであります。
自我の苦の原因はすべて、言葉=観念=記憶であります。
その観念を思い起こしていることに気づき、その気付きにとどまることができれば粗方の苦は厭離できるであります。
けど、それは、意識的にそうあろうとする意思が働いてるときだけであります。
(´・(ェ)・`)つ

36鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/06/22(金) 23:53:05.73ID:mlV/mNOA
>>35 それが心の中で働いていることを観察するのじゃ。
 観察が完全にできれば永久に消えるのじゃ。

 
 死を恐れ逃避することからさまざまな苦悩も起こるものじゃ。
 それは実際には完全に逃避できないものであるからのう。
 観察する事が出来れば死の恐れも、死そのものも無いと気づくのじゃ。
 死に拠っても変化しない意識があるだけなのじゃ。

37名無しを整える。2018/06/23(土) 00:24:03.40ID:WDMZk1uf
>>36
鬼和尚、ありがとうであります。
(´・(ェ)・`)つ

38名無しを整える。2018/06/23(土) 07:17:41.17ID:MgBd9URg
鬼和尚の「実践」は誤魔化しワードじゃな。

何故なら、言葉や観念ではない、「実行」だから。

誰も反論できない、ずるいワードじゃ。

39名無しを整える。2018/06/23(土) 16:25:22.46ID:tXin/5i2

40名無しを整える。2018/06/23(土) 18:46:20.18ID:WDMZk1uf
>>34
『I AM THAT 私は在る』
【32 生は至高のグルだ】の3回目(つづき)

 質問者 私たちは生きています。なぜならば、そうしなければならないから
 です。
 マハラジ
 私たちは生きている。
 なぜなら感覚的存在を切望しているからだ。
 質問者 普遍的なことがらは、間違いのはずがありません。
 マハラジ
 もちろん間違いではない。
 その時と場所においては間違ったことなど何もない。
 しかし真実に関心を持ち、実在に関心を持つならば、あなたはすべてを、あ
 なたの人生そのものを疑わなければならない。
 感覚的必要性、知的体験を主張することによって、あなたは真理の探究を安
 楽の追求へと狭めてしまうのだ。
 質問者 私は安楽ではなく、幸福を探しているのです。
 マハラジ
 マインドと身体の安楽を超えて、あなたはどんな幸福を知っているというの
 だろう。
 質問者 何かほかにあるでしょうか?
 マハラジ
 自分で見いだしなさい。
 あらゆる衝動を疑いなさい。
 どんな欲望も正当化してはならない。
 身体的、精神的所有物を解き放ち、私利私欲を離れ、発見に対してオープン
 でありなさい。
 質問者 ただ聖者や賢者のそばで生活することだけで解放へ導き、ほかに何
 の手段も必要ないというのが、インドの霊的な伝統の一部です。な
 ぜあなたは、人びとがあなたのそばで生活できるようにアーシュラ
 ムを組織しないのでしょうか?
 マハラジ
 ある組織を設立したとたん、私はその囚人となる。
 実際問題として、私はすべての人に開かれている。
 共有の屋根や食事が人びとをより歓迎するわけではない。
 「近くに生きること」とは、同じ空気を呼吸するという意味ではない。
 それは信頼し、したがい、師の善意を無駄にしないことだ。
 グルをつねにあなたのハートのなかに保ち、彼の教えを覚えていることが、
 本当に真実とともに生きることだ。
 身体的距離の近さが重要なのではない。
 あなたの全人生を、師への信頼と愛の表現にするがいい。
 これが真にグルとともに生きることだ。
(´・(ェ)・`)
(つづく)

41名無しを整える。2018/06/24(日) 16:18:54.13ID:rpwy5DFz
     |lililililililililili/ .ヽlili|     /:::::::,ヽ#"ヽ` "゛/ :::::|
    ililililil ilili〆 /⌒ lili/     /::::::/ .,,=≡, ,,≡=, l::::::|
    (ili -・=V  =・- V)      i::::::l゛ .,-・= ,!. =・- l::τ
     ゚li "  (・_・)ヽ l*      |:::::|  :⌒ /.. iヽ ⌒u|::i
     )人  > ⇒(  人(      (i::i″   ,ィ__)   i/
     _ __:ヽ、__  __,イ_        ヽ  U / ::::/:::〈   i
   /;:;:/゚。 ⌒。゚\;ヽ        ヽ_ ノ::``ーー''ヽ _/
   |:;:;:;:;Y * /;く;:\      __人  ` ̄´ 人_
   |;:ヽ:;:;: \ ̄/;:;/;:;:\   /: : : : : ` " λ  : :ヽ: :\
   |:;:ヽ:;:;:;:;ヽ/, / ⌒つニ/⌒ ヽ: : : :\ /▼ヽ/: :く: : : \
   |;:;:\;:;:;:// /<  二二)(二二): : : : : :\▲/:_・:/: :_: : : :ヽ__
   |:;:;:;:\;:;:|| | <  __)ゝ__人: : : : : : : ▼// ̄__つ (__)
    ;:;:;:;:;\:;| |  <___ノ  (___): \: : : : : :// / <  __)(____)
            ヾヽニニ/ヽ--'/: : : : : :\: : : :| | | < ___) (__)

                反 知 性 主 義 者

42名無しを整える。2018/06/24(日) 19:30:28.81ID:3naUKhye
>>40
『I AM THAT 私は在る』
【33 すべてはひとりでに起こる】

 質問者 ジニャーニ(賢者)は死ぬのでしょうか?
 マハラジ
 彼は生と死を超えている。
 私たちが避けることができない生まれ、そして死ぬということは、彼にとっ
 ては不動のなかの動、不変のなかの変化、永遠のなかの終焉(しゅうえん)
 という表現として見なされる。
 ジニャーニにとっては何も生まれず、何も死なず、何も続かず、何も変わら
 ない。
 すべては時を超えて、あるがままだということが明らかなのだ。
 質問者 あなたは、ジニャーニは超越していると言いますが、何を超えてい
 るのでしょうか? 知識を超えているのでしょうか?
 マハラジ
 知識は現れては消える。
 意識は存在のなかに立ち現れ、存在から立ち去る。
 それは日々起こる出来事であり、観察されることだ。
 私たちはみな、ときどき意識的であり、ときどきそうではない。
 私たちが意識のないとき、それは暗黒、または空白として現れる。
 だが、ジニャーニは彼自身が意識的でも無意識的でもなく、ただ純粋に気づ
 いていて、マインドの三つの状態*とその内容の観照者だと知っているのだ。
 ( *訳注 「マインドの三つの状態」:目覚め、夢見、眠りの状態。)
 質問者 この観照はいつはじまるのでしょうか?
 マハラジ
 ジニャーニにとっては、はじまりも終わりもない。
 塩が水に溶けるように、すべては純粋な存在のなかに溶けていく。
 智慧とは永遠に非実在を否定していくことだ。
 非実在を見ることが智慧なのだ。
 その彼方には表現不可能なものがある。
 質問者 私のなかには、「わたしは身体だ」という確信があります。もちろ
 ん、私は智慧から語ってはいません。しかし、自分自身を身体、
 「身体―精神」、あるいは純粋なマインドと感じる状態はいつはじ
 まるのでしょうか?
 マハラジ
 意識のはじまりに関して語ることはできない。
 時間とはじまりという観念は意識のなかに在るのだ。
 何であっても、そのはじまりに関して語るには、そこから外に足を踏みださ
 なければならない。
 そしてひとたび外に出れば、そのようなものはけっして存在していなかった
 ことがわかる。
 ただ実在だけが在り、そのなかにそれ自身として独立した存在を持つものは
 ない。
 波が海から分離することができないように、生きるものすべても存在に根づ
 いているのだ。
(´・(ェ)・`)
(つづく)

43鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/06/24(日) 21:49:58.00ID:bbovpo3d
>>37 どういたしまして、またおいでなさい。


意識とはいつから始まったとか、どのくらいの大きさとか思考するのも観念によるものじゃ。
時間も距離も広さも観念により作り出されたものなのじゃ。
観念を超えて感じられれば永遠が実感できるのじゃ。

44名無しを整える。2018/06/25(月) 20:29:38.67ID:L6Pbnugk
>>42
『I AM THAT 私は在る』
【33 すべてはひとりでに起こる】(つづき)

 質問者 今ここで私が尋ねているのは事実です。「私は身体だ」という感覚
 はいつ起こるのでしょう? 誕生時に起こるのでしょうか? ある
 いは今朝起こったのでしょうか?
 マハラジ
 今だ。
 質問者 しかし、昨日もそれがあったのを私は覚えていますよ!
 マハラジ
 昨日の記憶も今にしかない。
 質問者 しかし、確かに私は時間のなかに存在しています。私には過去と未
 来があります。
 マハラジ
 あなたがそう想像するだけだ、今。
 質問者 はじまりがあったはずです。
 マハラジ
 今がある。
 質問者 では、終わりは?
 マハラジ
 はじまりのないところに終わりはない。
 質問者 しかし、私は自分の質問を意識しています。
 マハラジ
 偽りの質問には答えられない。
 それはただ偽りとして見られるだけだ。
 質問者 私にとってそれは実在です。
 マハラジ
 あなたにとって、いつそれが実在として現れたのか。
 今だ。
 質問者 ええ。それは私にとって、まったく実在です、今。
 マハラジ
 あなたの質問のどこが実在なのだろうか?
 それはマインドの状態だ。
 どんなマインドの状態も、マインドと同様実在ではありえない。
 マインドは実在だろうか?
 それはそれぞれが一時的な状態の集まりにすぎない。
 一時的状態の連続をどうして実在として考えられるだろうか?
 質問者 糸に通した数珠玉のように、出来事は出来事の後に続いていきます。
 永遠に。
 マハラジ
 それらはみな、「私は身体だ」という基本的観念の糸に連なっているのだ。
 しかし、これもまた精神的状態で永続せず、ほかのすべての状態のように来
 ては去っていく。
 「身体―精神」の存在という幻想がそこにあるのは、ただ、よく調査しなか
 ったからだ。
 未調査という糸にすべてのマインドの状態は連なっている。
 それは暗室の暗闇のようなものだ。
 一見、それはそこにあるように見える。。
 だが、ひとたび扉が開かれたら、暗闇はどこへ行くだろうか?
 どこへも行きはしない。
 なぜなら、それはそこにはなかったのだ。
 すべてのマインドの状態、すべての名前と形のある存在は、未探求と未調査、
 想像と軽信のなかにその根を下ろしている。
 「私は在る」と言うことは正しいが、「私はこれだ、私はあれだ」と言うこ
 とは、探求せず、確かめずにいたこと、精神的弱さ、無関心の現れだ。
(´・(ェ)・`)
(つづく)

45鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/06/25(月) 22:36:08.88ID:5aISlCTT
覚えているから自分が在る、記憶によって実在があるというのが記憶への依存なのじゃ。
自己の実在の感覚も過去の記憶の観念なのじゃ。
今ここにはないものじゃ。
それが自我のなりたちなのじゃ。

46名無しを整える。2018/06/26(火) 22:42:09.03ID:5KPUx2pf
>>44
『I AM THAT 私は在る』
【33 すべてはひとりでに起こる】(つづき)

 質問者 もしすべてが光なら、どのようにして暗闇は現れるのでしょうか?
 光のただなかで、どうして暗闇がありうるでしょうか?
 マハラジ
 光のただなかに暗闇はない。
 真我を忘れることが暗闇なのだ。
 真我ではないものごとのなかに没頭するとき、私たちは真我を忘れてしまう。
 それは不自然なことではない。
 しかし、なぜ過剰な執着のために真我を忘れることがあろうか?
 体験者と体験の両方の源である真我をけっして忘れないことのなかに智慧が
 あるのだ。
 質問者 私の現状では、「私は身体だ」という観念は自然にやってきます。
 一方、「私は純粋な存在だ」という考えは、何か真実として、しか
 し体験されてはいないものとして強要されなければならないものな
 のです。
 マハラジ
 そうだ。
 サーダナ(修練)は自己の純粋な存在を強いて思い起こさせることにある。
 何か特定の存在としてではなく、特定の存在の総計としてでもない。
 宇宙を構成する、すべての特定のものの全体としてでもない。
 すべてはマインドのなかに存在する。
 この身体でさえ莫大な数の知覚感覚の統合でしかなく、そのそれぞれもまた
 心理的状態にすぎないのだ。
 もしあなたが「私は身体だ」と言うなら、見せてみなさい。
 質問者 ここにあります。
 マハラジ
 あなたがそれを想うときにだけあるのだ。
 マインドも身体も断続的状態だ。
 つかの間の記憶の総計が、存在しているという幻想をつくり出す。
 はかなきもののなかで何が永遠なのか、非実在のなかの実在を調べなさい。
 それがサーダナだ。
 質問者 私が自分を身体なのだ、と考えていることは事実です。
 マハラジ
 あらゆる方法で自分自身を考えてみなさい。
 ただ、身体という観念をもちこんではならない。
 そこにはただ感覚、知覚、記憶、そして観念の流れがあるだけだ。
 身体とは抽象的観念であって、多様性のなかに統合を見いだそうとする私た
 ちの傾向にすぎず、それは何も間違ったものではない。
(´・(ェ)・`)
(つづく)

47鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/06/26(火) 22:50:45.95ID:aEpol7GU
肉体というものはあるがそれはあると認識すれば観念になるのじゃ。
観念の認識は実際のものごととは違うのじゃ。
肉体でさえ詳細に観察してみれば自分が思っていたり、記憶していたりするのと違うことがわかるのじゃ。
観念の自分の肉体はもっと足が長く、胴が細く、美男美女であるかもしれん。
しかし、本当に観察してみればそうでもないとわかるのじゃ。
実践が全てなのじゃ。

48名無しを整える。2018/06/26(火) 23:12:38.83ID:5KPUx2pf
>>47
記憶が、あるがままの観察をじゃまするのでありますね。
思い込みを排して常に新鮮な気持ちで観察しなけりゃいけないのでありますね。
(´・(ェ)・`)つ

49名無しを整える。2018/06/27(水) 18:28:33.62ID:a9VuguYi
>>46
33の2『I AM THAT 私は在る』
【33 すべてはひとりでに起こる】(つづき)

 質問者 「私は身体だ」と考えることはマインドの欠点だと、私は言われま
 した。
 マハラジ
 なぜそんなふうに言うのかね?
 そのような表現は問題を生むだけだ。
 真我がすべての源でありすべてなのだ。
 それが最終目的地だ。
 それ以外には何もない。
 質問者 身体の観念が強迫観念になれば、それは過ちなのでしょうか?
 マハラジ
 身体の観念は何も間違いではない。
 「私は身体だ」という観念さえ間違いではない。
 ただ自己をひとつの身体に限定することが過ちなのだ。
 実際には、すべての存在、すべての形態は私自身のもの、私の意識のなかに
 ある。
 私は何か、と言うことはできない。
 なぜなら言葉は何が私ではないか、しか描写できないからだ。
 私は在る。
 そして、私が在るゆえにすべては在る。
 私は意識を超えている。
 それゆえ、私とは何かを意識のなかで表すことはできないのだ。
 それでも、私は在る。
 「私は誰か?」という質問に答えはない。
 いかなる体験もそれに答えることはできない。
 なぜなら、真我は体験を超えているからだ。
 質問者 しかし、それでも「私は誰か?」という質問は役に立つはずです。
 マハラジ
 その答えは意識内にはない。
 それゆえ、意識を超えていくことを助けるのだ。
 質問者 私はここに在ります。この瞬間に。そのなかの何が実在で、何がそ
 うではないのでしょうか? さあ、どうか私の質問が間違っている
 とは言わないでください。質問を疑問視することでは、どこにも到
 達しません。
 マハラジ
 あなたの質問は何も間違ってはいない。
 不必要なだけだ。
 あなたは「今ここに私は在る」と言った。
 そこで止まりなさい。
 これが実在だ。
 事実を質問にすり替えてはいけない。
 そこにあなたの過ちがあるのだ。
 あなたは知ることでも、知らないことでもなく、マインドでも物質でもない。
(´・(ェ)・`)
(つづく)

50鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/06/27(水) 22:53:17.40ID:ZL9czPv0
>>48 そうじゃ、全ての先入観を排除して観るのじゃ。
 それが真の観察なのじゃ。

 どれほど質問をしても実在にはたどり着けないのじゃ。
 質問して考えるのは観念のうちのことであるからのう。
 観念を止めて全ての注意を集めた真剣な観察だけが人を実在に導くのじゃ。
 実践が全てなのじゃ。
 

51名無しを整える。2018/06/27(水) 23:02:18.57ID:a9VuguYi
>>50
(´・(ェ)・`)つ
鬼和尚、ありがとうであります。

52名無しを整える。2018/06/28(木) 20:08:41.99ID:8X5sR9dy
>>49
『I AM THAT 私は在る』
【33 すべてはひとりでに起こる】(つづき)

 質問者 たった今、ひとりの少年が問題をもってあなたのところに来ました。
 あなたは彼にわずかな言葉を投げかけ、彼は去っていきました。あ
 なたは彼を助けたのですか?
 マハラジ
 もちろんだ。
 質問者 どうしてあなたはそんなに確かなのでしょうか?
 マハラジ
 助けることが私の本性だからだ。
 質問者 どうやって、それを知るに至ったのでしょうか?
 マハラジ
 知る必要はない。
 それはそれ自身で作用するのだ。
 質問者 それでも、あなたはある表明をしました。それは何に基づいていた
 のでしょうか?
 マハラジ
 人々が私に言うことに基づいてだ。
 だが、その証明を求めているのはあなただ。
 私には必要ない。
 ものごとを正すのは私の本質なのだ。
 それがサティヤム、シヴァム、スンダラム(真、善、美)なのだ。
 質問者 ある人があなたにアドバイスを求めに来て、あなたは彼にアドバイ
 スします。それはどこから来るのでしょうか? そして、何の助け
 によるものなのでしょうか?
 マハラジ
 彼自身の存在が彼のマインドに影響を与え、反応を引き起こすのだ。
 質問者 では、あなたの役割は何なのでしょうか?
 マハラジ
 彼と彼の自己が私のなかにともに入ってくるのだ。
 質問者 なぜ真我はあなたなしで彼を助けないのでしょうか?
 マハラジ
 だが私が自己なのだ!
 あなたは私が分離していると考えている。
 それゆえの質問だ。
 「私の自己」と「彼の自己」というものはない。
 ただ真我が、すべての存在の真我があるだけだ。
 名前と形、マインドと身体の多様性に迷わされて、あなたは多様な自己を想
 像するのだ。
 私たちはともに自己なのだ。
 ただ、あなたには確信がないだけだ。
 この個人的自己と普遍的自己の話は、初歩的な学生の段階だ。
 超えていきなさい。
 二元性にとどまってはならない。
(´・(ェ)・`)
(つづく)

53鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/06/28(木) 22:21:46.33ID:xZutOywh
>>51 どういたしまして、またおいでなさい。

悟った者も悟りを求める者達の道標になるだけなのじゃ。
人は自ら悟りを求めて本心を観なければならないのじゃ。
道標があれば近道を知り、迷った時も行くべき道を知ることができるのじゃ。

54名無しを整える。2018/06/30(土) 01:41:25.92ID:6ewsPsEk
>>52
『I AM THAT 私は在る』
【33 すべてはひとりでに起こる】

 質問者 ふたたび助けを要している人の話に戻りますが、彼があなたのもと
 に来たとします。
 マハラジ
 もし彼が来るなら、助けを得るのは確実だ。
 なぜなら彼は助けを得る宿命で来たからだ。
 何も空想的なことではない。
 ある人を助けて、別の人を拒むということは、私にはできない。
 皆が救われる。
 それが法則だ。
 ただ必要によって助けの形が異なるだけだ。
 質問者 なぜ彼はアドバイスを得るためにここに来なければならなかったの
 でしょうか? 彼は自分の内面からそれを得ることはできないので
 しょうか?
 マハラジ
 彼はそれを聞かないだろう。
 彼のマインドは外側に向かっているからだ。
 だが、すべての体験はマインドのなかに在る。
 彼が私のもとに来て助けを得ることも、すべて彼のなかに在る。
 彼自身の内側に答えを見つけるかわりに外側からの答えを想像したのだ。
 私にとっては、私はなく、人もなく、与えるということもない。
 すべてはマインドのなかの光のきらめきにすぎない。
 私は永遠の平和と沈黙だ。
 そのなかには何も現れない。
 なぜなら、現れるものはすべて消え去るからだ。
 誰も助けを求めず、誰も助けを差しだしてはいない。
 誰も救われてはいない。
 それらはすべて意識のなかの現れにすぎないのだ。
 質問者 それでも救う力はそこにあります。誰か、あるいは何かがその力を
 表しています。神、真我、宇宙的心、名前は何であれ。名前はとも
 かく、事実が重要です。
 マハラジ
 これは「身体―精神」の見地だ。
 純粋なマインドはものごとをあるがままに意識のなかの泡としてみる。
 その泡は現れては消え、それ自体実在を持たずにふたたび現れる。
 それらに何の特定の原因を帰することもできない。
 それぞれがすべての原因であり、すべてに影響を与えているからだ。
 それぞれの泡が身体であり、それらすべての身体は私のものだ。
 質問者 あなたにはすべてを正しく行う力があると言われるのですか?
 マハラジ
 私から離れた力というものはない。
 それは私のなかに本来固有のものなのだ。
 創造力とも言えよう。
 ひと塊(かたまり)の金から多くの装飾品をつくり出すことができ、それぞ
 れがみな金として残る。
 同様に、私が何の役で現れ、どんな演技をしようとも、私は私として残る。
 「私は在る」は不動で、揺るがず、依存しない。
 あなたが宇宙、自然と呼ぶものは私の自発的創造性だ。
 何であれ、起こることは起こる。
 だが、すべては喜びのなかに終わるのだ。
(´・(ェ)・`)
(おわり)

55名無しを整える。2018/06/30(土) 01:43:41.05ID:6ewsPsEk
>>54
不二一元でありますね。うむ。
(´-・(ェ)・-`)つ

56名無しを整える。2018/06/30(土) 21:01:44.06ID:6ewsPsEk
>>54
『I AM THAT 私は在る』(つづき)

【33 すべてはひとりでに起こる】

 質問者 愚かな母親がメチルアルコールを飲ませたために、盲目となってし
 まった少年がいます。私はあなたに彼を救うようお願いしたいので
 す。あなたは慈悲にあふれ、助けの手を差しだしています。どのよ
 うな力であなたは彼を救うのでしょうか?
 マハラジ
 彼に起こったことは意識に記憶されている。
 それは消されることなくそこにある。
 意識が作用するだろう。
 質問者 私があなたに願い出たことが、何か違いをもたらすでしょうか?
 マハラジ
 あなたの願い出たことも少年の盲目となったことの一部なのだ。
 彼が盲目なため、あなたは懇願した。
 あなたは何もそこに加えたわけではない。
 質問者 しかし、あなたの救いは新たな要因となるでしょうか?
 マハラジ
 いいや。
 すべては少年の盲目となったことのなかに含まれている。
 すべてがそのなかにある――母、少年、あなた、私そしてその他のすべてが。
 それはひとつの出来事なのだ。
 質問者 こうして少年の事件について語り合っていることさえ、定められて
 いたということでしょうか?
 マハラジ
 それ以外ありうるだろうか?
 すべてのことがそれらの未来を含んでいる。
 少年は意識のなかに現れた。
 私はその彼方に在る。
 私が意識に命令を下したわけではない。
 気づきの本質はものごとを正すことだと私は知っているのだ。
 意識にその創造物の面倒を見させなさい!
 少年の嘆き、あなたの哀れみ、私がそれを聞き、意識が働きかける。
 すべてはひとつの単一の事実だ。
 それを構成要素に分割しておいて、それから質問をするのは止めなさい。
 質問者 なんとあなたのマインドは奇妙に働くのでしょう?
 マハラジ
 私ではない、あなたが奇妙なのだ。
 私は正常だ。
 正気だ。
 私は、ものごとをありのままに見る。
 それゆえ、何も恐れることがない。
 だが、あなたは実在を恐れているのだ。
(´・(ェ)・`)
(つづく)

57名無しを整える。2018/06/30(土) 22:08:15.65ID:L7BdUFKi
Y1U

58鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/01(日) 00:42:32.22ID:HJg6615U
全ては一つであるとマハラジは何度も教えているのじゃ。
違う言葉や言い方で説いているのじゃ。
時間も空間も自他も無い全てが一つの境地はそれを感じない者には理解できないのじゃ。
ただ実践によってたどり着けるのじゃ。

59名無しを整える。2018/07/01(日) 12:45:12.52ID:NW/B3NRk
>>56
『I AM THAT 私は在る』
【33 すべてはひとりでに起こる】(つづき)

 質問者 なぜ私は恐れるのでしょうか?
 マハラジ
 あなた自身についての無知と、恐れていることに気づいていないことが、あ
 なたを恐れさせるのだ。
 恐れないふりをしてはならない。
 まず、無知の壁を破壊しなさい。
 人びとは死を恐れている。
 彼らが死を知らないからだ。
 ジニャーニは死以前にすでに死んでいる。
 彼は何も恐れるようなことはないと知っているのだ。
 あなたが真我を知る瞬間、何も恐れるものはなくなる。
 死は自由と力を与える。
 世界から自由となるためには、世界に対して死ななければならない。
 そうすれば宇宙はあなた自身のものとなる。
 それはあなたの身体、表現とその道具となる。
 絶対的な自由としてある幸福は、どんな描写をも超えている。
 その反対に、自由を恐れている人は死ぬことができない。
 質問者 つまり、死ぬことができない人は、生きることもできないというこ
 とでしょうか?
 マハラジ
 どう言うかはあなたの自由だ。
 執着は束縛であり、無執着が自由だ。
 切望することは奴隷となることだ。
 質問者 もし私が救われれば、世界も救われるということでしょうか?
 マハラジ
 概して世界は助けを必要としない。
 人は過ちを犯して不幸となる。
 それが気づき、ジニャーニの意識が入ったとき、それは正される。
 それが彼の本性なのだ。
(´・(ェ)・`)
(つづく)

60鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/01(日) 22:33:14.20ID:HJg6615U
自らの本心に気づかなければ恐れもなくならないのじゃ。
偽りの心を捨てる覚悟が必要なのじゃ。
本心を見極めてアートマンに至るのじゃ。

61名無しを整える。2018/07/06(金) 08:51:38.79ID:rG7vBbLN
>>60

本心を観察すればバラ色かいな。

それよりも、

癌の痛みで苦しんでいる患者を助けてやれよ。

62鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/06(金) 23:39:52.70ID:y7qCube6
↑医者が助けるじゃろう。
光線療法が効くのじゃ。

63名無しを整える。2018/07/07(土) 16:58:49.34ID:6JJmoRR8
>>62

鬼は知らんぷりかいな。医者に任せてしまって。

全ては心がなせる業だろ?

鬼自身が何とかせんかい?

日頃偉そうなこといいまっくてるんだから。

64鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/07(土) 22:55:59.90ID:RAEaMoCb
医者にいくことを勧めるのもわしの業なのじゃ。

65名無しを整える。2018/07/08(日) 14:08:13.64ID:wiNZ1gKu
>>64
その程度の事なら、俺でも言えるし、
主婦でも子供でも言えるよ。

悟りを開いた鬼和尚がその程度なの。

 全ては心がなせる業だろ?

 鬼自身が何とかせんかい?

66鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/08(日) 21:58:08.23ID:5zBD5iR4
↑言ってないということは言えないからなのじゃ。
おぬしも精神科にいくことを勧めるのじゃ。

67名無しを整える。2018/07/10(火) 17:48:53.74ID:73Yqyw49
>>66
鬼さんよう、

そこまで屁理屈こいて、恥ずかしくないの?

恥知らずだからこそ、言葉尻を捕らえても言い訳する性格じゃな。

悟っても、屁理屈こねる性分だけは無くならんとみえる。(大爆笑)

68鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/10(火) 21:59:32.39ID:azCKTdYZ
↑他人が屁理屈こいて恥ずかしく見えるならば自分がそうであるからかもしれん。
 何が恥ずかしいのか自分の本心を観察して確かめるのじゃ。

69名無しを整える。2018/07/11(水) 20:09:34.63ID:SecSlJfp
>>68
つ鏡
鬼の良心で決まる。

70鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/11(水) 21:34:24.84ID:znl8PFii
↑おぬしの利用心なのじゃ。

71名無しを整える。2018/07/12(木) 09:03:29.70ID:uPHMJFKw
>>70

あーいえば、こーいう。

屁理屈上手なオームの「上祐」なみの鬼和尚。

恥ずかしい姿は、ガマの油を超える。


悟っても、却って悪くなるの見本じゃ。

72鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/12(木) 22:12:53.47ID:fCxNsJiQ
↑他人が上祐とか恥ずかしいと思えるならば自分が上祐で恥ずかしいのかもしれん。
自らの本心を観れば恥ずかしさもなくなるじゃろう。

73名無しを整える。2018/07/18(水) 15:04:35.18ID:9O0WnFYk
あ?
宗教板で相手にされ無くなって、どこに消えたのかと思ったら、こんな所で邪説を吹聴していたのか?

お仕置きだな。

74仏教初心者2018/07/18(水) 15:48:58.34ID:Rbi4cfsq
鬼和尚はなぜ仏教僧でないのに和尚を名乗るのですか?

75鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/18(水) 21:16:35.20ID:W7tGLdPs
↑わしに夢中じゃな。

76名無しを整える。2018/07/18(水) 21:35:32.18ID:2HATEuwH
鬼も、皮肉を言うようになったか。

爆笑。

77仏教初心者2018/07/18(水) 22:30:00.07ID:Rbi4cfsq
>>75
で、鬼和尚はなぜ仏教僧でないのに和尚を名乗るのですか?

78名無しを整える。2018/07/18(水) 22:58:14.84ID:+CuL5w+c
このスレも遂にジャンキー糞凡愚に発見されてしまったか

79鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/19(木) 21:20:18.03ID:laGti95+
↑わしに熱中じゃな。

80仏教初心者2018/07/19(木) 21:21:29.91ID:8CrzXz9y
>>79
で、鬼和尚はなぜ仏教僧でないのに和尚を名乗るのですか?

81名無しを整える。2018/07/20(金) 02:52:25.14ID:gz6iqeeS
なぜジャンキー糞凡愚は自演ばかりするんですか?

82仏教初心者2018/07/20(金) 14:24:21.90ID:5nEduYev
必死ですねw

83鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/20(金) 22:20:05.31ID:9hHh2aX7
↑わしに必死じゃな。

84仏教初心者2018/07/20(金) 22:36:45.22ID:5nEduYev
>>83
で、鬼和尚はなぜ仏教僧でないのに和尚を名乗るのですか?

人を誤魔化して自己啓発?

85名無しを整える。2018/07/21(土) 14:29:30.74ID:oqSBN34R
パタンジャリのヨーガスートラ
第一章 
1.1 これよりヨーガを明細に説く。

1.2 心の作用を止滅することが、ヨーガである。

1.3 その時、見る者【自己】は、それ本来の状態に留まる。

1.4 その他のときは、【自己は】心の様々な作用に同化した形をとっている【ように見える】。

1.5 心の作用には五種類あり、それらは、苦痛に満ちたもの(煩悩性のもの)、あるいは苦痛なきもの(非煩悩性のもの)である。

1.6 それらは、正知、誤解、言葉による錯覚、睡眠、そして記憶である。

(´・(ェ)・`)つ

86名無しを整える。2018/07/21(土) 19:27:50.63ID:T+i148wx
222 名前:マジレスさん :2018/07/21(土) 18:51:10.66 ID:efN/DF80
自作自演なら誰も困らん
自問自答なら誰も惑わされん

あろうがなかろうがどっちでも良い

87名無しを整える。2018/07/22(日) 08:56:45.88ID:ekxWVH7N
>>85
パタンジャリのヨーガスートラ
第一章
1.7 正知のよりどころは、直接的知覚、推理、及び聖典の証言である。

1.8 誤解は、あるものに対する知識が、その実態に基づいていないときに起こる。

1.9【基盤となる】実態がなく、単に言葉だけを聞いて生ずる心象は、言葉による錯覚である。

1.10 無を把握の対象として成り立つ心の作用が睡眠である。

1.11 過去に経験し、今も忘れられていないものを対象とする作用が意識に戻ってくるとき、それが記憶である。

(´・(ェ)・`)つ

88鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/22(日) 23:30:45.21ID:BfOmqwhB
パタンジャリのヨーガスートラはサマーディによる悟りを目指すものなのじゃ。
分類すればサマーディヨーガということになるじゃろう。
集中によって忘我に成り、無我から悟りを目指す道なのじゃ。
才能のある者には容易であるが、そうではない者には厳しい道なのじゃ。 

89名無しを整える。2018/07/22(日) 23:54:50.08ID:f5e9uQ/B
で、鬼和尚はなぜ仏教僧でないのに和尚を名乗るのですか?

人を誤魔化して自己啓発?

90名無しを整える。2018/07/22(日) 23:55:15.41ID:f5e9uQ/B
またこれかな?

222 名前:マジレスさん :2018/07/21(土) 18:51:10.66 ID:efN/DF80
自作自演なら誰も困らん
自問自答なら誰も惑わされん

あろうがなかろうがどっちでも良い

91名無しを整える。2018/07/23(月) 17:27:22.90ID:p6yHUIx1
パタンジャリのヨーガスートラ
第一章
1.12 これらの心の作用は、修習(アビイアーサ)と離欲(ヴァイラーギヤ)によって止滅される。

1.13 これら二者のうち、心に不動の状態をもたらそうとする努力が、修習(アビイアーサ)である。

1.14 修習は、長い間、休みなく、大いなる真剣をもって励まれるならば、堅固な基礎を持つものとなる。

1.15 見たり聞いたりした対象への切望から自由である人の、克己の意識が離欲(ヴァイラーギヤ:無執着)である。

1.16 プルシャ【真の自己】の悟得によってグナ【自然(プラクリティ)の構成要素】に対してさえ渇望のなくなったとき、それが至上の離欲(ヴァイラーギヤ)である。

1.17 【サムプラジュニャータ・サマーディ:区別ある三昧】(有想三昧)には、論証性(尋)、反射(伺)、歓喜(楽)、及び純粋な我−性(我想)が伴う。

(´・(ェ)・`)つ

92名無しを整える。2018/07/23(月) 17:47:50.45ID:bWrBei+y
で、鬼和尚はなぜ仏教僧でないのに和尚を名乗るのですか?

人を誤魔化して自己啓発?

93鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/23(月) 22:38:23.80ID:7+EVOGGG
ヨーガスートラでは修業の実践を修習(アビイアーサ)というのじゃ。
日々の修習(アビイアーサ)なくして進歩は無いのじゃ。 
日々の修習(アビイアーサ)によって至上の離欲(ヴァイラーギヤ)にも到達できるのじゃ。
 
サマーディにもいくつかの段階が有り、ヨーガスートラでは最初の段階から説いていくのじゃ。

94仏教初心者2018/07/23(月) 22:42:52.30ID:icpnlnG6
>>93
で、鬼和尚はなぜ仏教僧でないのに和尚を名乗るのですか?

人を誤魔化して自己啓発?

95名無しを整える。2018/07/24(火) 20:10:43.63ID:ns2j772m
>>91
パタンジャリのヨーガスートラ。
第一章
1.17 【サムプラジュニャータ・サマーディ:区別ある三昧】(有想三昧)には、論証性(尋)、反射(伺)、歓喜(楽)、及び純粋な我−性(我想)が伴う。

1.18 心の作用の完全停止が確固不抜に修められることによって、後に残るのは印象(サンスカーラ:行)のみとなる。これがいま一つのサマーディ【アサムプラジュニャータ・サマーディ:区別なき三昧】(無想三昧)である。

1.19 単に物質的身体を去って天界の神格たる状態に至った者、あるいは自然(プラクリティ)〔自性〕に没入した者には、再生がある。

1.20 その他の者〔ヨーギーたち〕は、堅信、努力、念想、三昧、叡智を通して、このアサムプラジュニャータ・サマーディを得ることができる。

1.21 強い情熱をもって修練する者には、これ【アサムプラジュニャータ・サマーディ】は非常に速やかに来る。

(´・(ェ)・`)つ

96鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/24(火) 22:58:14.10ID:LL10J6D6
有想三昧にはまだ論理思考があり、我という思いも残って居る。
無想三昧にはそれらはなくもはやサンスカーラだけとなる。
サンスカーラとは今の言葉で言えば潜在意識とかになるじゃろう。
それは日常では意識できない心の働きであり、心を支配するものじゃ。

97仏教初心者2018/07/24(火) 23:03:10.17ID:l+FT0YIT
自問自答して楽しいの?

98名無しを整える。2018/07/25(水) 15:00:02.21ID:iCwUcljk
>>96
>印象(サンスカーラ:行)
↑記憶と照合される以前の、あるがままの観察のことでありますかね。
行とは、受、想、行、識 の行でありますか?
(´・(ェ)・`)つ

99名無しを整える。2018/07/25(水) 15:04:36.22ID:iCwUcljk
パタンジャリのヨーガスートラ。
第一章
1.22 成功のために要する時間はさらにまた、その修練が穏和であるか、中位であるか、非常に熱烈であるかによって異なる。

1.23 神【イーシュバラ】への完全な帰依によっても【サマーディ】は達成される。

1.24 イーシュバラとは、いかなる苦悩(煩悩)、行為(業)、行為の結果(業報)、欲望の内的印象(業遺存)によっても染められていない無常のプルシャである。

1.25 彼の中には、一切知の種子が完全に備わっている。

1.26 彼は時間によって制限されないがゆえに、太古の師達にとってさえも師である。

(´・(ェ)・`)つ

100鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/25(水) 22:30:52.93ID:z+RgXu39
>>98 そのようなものじゃ。
 漢字では行と翻訳されているのじゃ。

 神への帰依によってもサマーディは達成されるのじゃ。
 勿論その神に対して元から強い信仰がなければならないがのう。
 信仰する神仏に身も心も捧げるのが真の帰依なのじゃ。
 真の帰依によってサマーディも訪れるのじゃ。

101名無しを整える。2018/07/25(水) 22:59:12.88ID:iCwUcljk
>>100
鬼和尚、ありがとうございます。
やっぱり、何らかの信仰は近道であるかもしれないでありますね。。
宗教団体に対する信仰でも個人に対すそれでもなく、苦からの解放を求める自分の思いに対する信仰みたいな気がするであります。
(´・(ェ)・`)つ

102名無しを整える。2018/07/26(木) 01:00:35.74ID:ih4YZhnH
自問自答して楽しいの?

103名無しを整える。2018/07/26(木) 01:47:17.11ID:2dM/oui9
Empty your mind.
Be formless, Shapeless, like water.
If you put water into a cup, it becomes the cup.
You put water into a bottle and it becomes the bottle.
You put it in a teapot it becomes the teapot.
Now, water can flow or it can crash. Be water my friend.

Bruce Lee


心を空にするんだ
形を捨てて
水のように
水をカップに注げは、水はカップとなり
水をビンに注げば、水はビンとなる
そして急須に入れれば急須になる
水は流れる事も砕く事もできる
友よ 水になるんだ!

ブルース・リー

104名無しを整える。2018/07/26(木) 06:38:28.94ID:2k3OCPA4
上善如水
水善利萬物而不爭
處衆人之所惡
故幾於道

居善地
心善淵
與善仁
言善信
正善治
事善能
動善時

夫唯不爭
故無尤


老子

ググってみたら、こんなのもあったであります。
(´・(ェ)・`)つ

105名無しを整える。2018/07/26(木) 08:30:50.32ID:2k3OCPA4
>>104
上善(じょうぜん)は水の若(ごと)し。
水は善(よ)く万物を利して而(しか)も争わず、
衆人(しゅうじん)の悪(にく)む所に処(お)る。
故(ゆえ)に道に幾(ちか)し。
居(きょ)には地が善く、
心には淵(えん)が善く、
与(まじわり)には仁が善く、
言には信が善く、
正(政)には治が善く、
事には能が善く、
動には時が善し。
それ唯(た)だ争わず、
故に尤(とが)め無し。

106鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/26(木) 22:10:27.85ID:CucKlNOM
>>101 そうじゃ、信仰があれば不可能なことも可能にできるのじゃ。
 科学が信じられている今では難しいことであるがのう。

 水は争わず、低いところに向かうので在るから道に近いものであるるというのじゃ。
 道とはタオというのじゃ。
 全ての根源であり、インドで言うアートマンみたいなものじゃ。

107名無しを整える。2018/07/26(木) 22:42:16.76ID:UUCL0C16
>>106
自作自演して楽しいかい?

道(タオ)は、アートマンとブラフマンを個別に比較すれば、ブラフマンの方が概念として近しいね。

また、馬鹿を露呈したね。

108名無しを整える。2018/07/26(木) 23:05:35.36ID:2k3OCPA4
>>106
> 信仰があれば不可能なことも可能にできるのじゃ。
やっぱり、しゅうきょう=信仰は必要でありますか?
くまは、宗教としてではなく、ブッタや、マハラジノ教えをちょぴっとづつでも日々心にとどめて行きたいと思ってるのであります。
老子もよいでありますね。
(´・(ェ)・`)つ

109名無しを整える。2018/07/26(木) 23:10:04.66ID:UUCL0C16
> 信仰があれば不可能なことも可能にできるのじゃ。

それはカルト。

「不可能」と「不可能に思われる事」は別だから。
信仰は「不可能に思われる事」の可能性を押し上げてくれる「可能性」があるに過ぎない。

110名無しを整える。2018/07/26(木) 23:40:57.41ID:UUCL0C16
>>858
馬鹿鬼のお仕置きの一例ねw
てか、間違いを指摘してるだけなんだけどw
必死過ぎw


106 名前:鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2018/07/26(木) 22:10:27.85 ID:CucKlNOM
>>101そうじゃ、信仰があれば不可能なことも可能にできるのじゃ。
道とはタオというのじゃ。
全ての根源であり、インドで言うアートマンみたいなものじゃ。



107 名前:名無しを整える。 [sage] :2018/07/26(木) 22:42:16.76 ID:UUCL0C16
>>106
自作自演して楽しいかい?
道(タオ)は、アートマンとブラフマンを個別に比較すれば、ブラフマンの方が概念として近しいね。

109 名前:名無しを整える。 :2018/07/26(木) 23:10:04.66 ID:UUCL0C16
> 信仰があれば不可能なことも可能にできるのじゃ。

それはカルト。
「不可能」と「不可能に思われる事」は別だから。
信仰は「不可能に思われる事」の可能性を押し上げてくれる「可能性」があるに過ぎない。

111名無しを整える。2018/07/27(金) 02:05:36.00ID:OJT2Shew
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112名無しを整える。2018/07/27(金) 08:19:51.10ID:GhxIlSUN
>>99
パタンジャリのヨーガスートラ
第一章
1.27 イーシュヴァラを言葉で表したものが、神秘音オームである。【オームは神の名であると同時に形である】

1.28 意味を熟慮しつつ、それを反復誦唱するがよい。

1.29 これを修することにより、すべての障害が消え、同時に内なる自己の智が開け初める。

1.30 病気、無気力、猜疑、散漫、怠惰、好色、盲見、不動の境地に至り得ない状態、獲得した地歩からの滑落−これらの心の散動が、その障害である。

1.31 心の散動に随伴して起きるものに、苦悩、失意、身体の震え、乱れた呼吸がある。

1.32 ひとつの対象に集中して修練を行なう【あるいは、ひとつの技術を用いる】ことが、障害とその付随物を防ぐ最良の方法である。

(´・(ェ)・`)つ

113鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/27(金) 23:03:04.11ID:qjqIPaTF
>>108 修業を続けるためには信仰も必要になる事が在るじゃろう。
 本当に悟れるのかとか、修業に疑いが出た時に信じることによって乗り越えられるのじゃ。
 
マントラも集中するための道具なのじゃ。
それ自体には何の力も無いものじゃ。
信じて実践することで力も発揮できるのじゃ。 

114名無しを整える。2018/07/27(金) 23:40:08.19ID:GhxIlSUN
>>113
くまは、お寺さんに行くと、般若心経や十三仏真言をとなえたりするであります。
神社へ行くと、その作法でお詣りするであります。
けど、神頼みはしないであります。
いつか、何かにすがり付きたいような事態にたちいたったら、やっぱりブッタを信仰するでありましょう。仏教ではなく。
(´・(ェ)・`)つ

115名無しを整える。2018/07/28(土) 09:00:30.39ID:3+KchHRl
>>106
自作自演して楽しいかい?

道(タオ)は、アートマンとブラフマンを個別に比較すれば、ブラフマンの方が概念として近しいね。

また、馬鹿を露呈したね。

116名無しを整える。2018/07/28(土) 09:06:48.98ID:IWiCMaJS
>>112
パタンジャリのヨーガスートラ
第一章
1.33 他の幸福を喜び(慈)不幸を憐れみ(悲)他の有徳を欣び(喜)不徳を捨てる(捨)態度を培うことによって、心は乱れなき静澄を保つ。

1.34 あるいはその静澄は、息の制御された排出、または保留によって保たれる。

1.35 あるいは微妙な感覚的知覚に対する集中が、心の不動をもたらす。

1.36 あるいは永遠の至福に満ちた、内なる無上の光に集中することによって。

1.37 あるいは感覚対象への執着を離れた聖者の心に集中することによって。

1.38 あるいは夢や深い眠りの中で得られる体験に集中することによって。

1.39 あるいは何でも心を高揚させるようなものを選び、それに瞑想することによって。
(´・(ェ)・`)つ

117名無しを整える。2018/07/28(土) 10:03:54.89ID:3+KchHRl
独身で母親と二人暮らしの中年おじさんが、クマのaaですか?

118鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/28(土) 22:17:33.74ID:ej7WAzMB
>>114 仏陀を信仰するとよいのじゃ。
 信仰によって疑いを乗り越えるのじゃ。

 対象はどんなものでも集中することでサマーディも訪れるのじゃ。
 対象はサマーディの成就と関係ないのじゃ。
 集中力が大事なのじゃ。

119名無しを整える。2018/07/29(日) 09:58:21.84ID:yHuDnH8f
>>116
パタンジャリのヨーガスートラ
第一章 
1.40 集中の修得は次第に拡大して、根源的原始から最も巨大なものにまで及ぶ。

1.41 自然の透明な水晶が傍らに置かれた物の色や形をとるように、作用が完全に衰微したヨーギーの心は、澄明・静然となって、知る者と知られるものと知との区別のない状態に達する。この瞑想の極点が、サマーディ(三昧)である。

1.42 名称と形態、及びそれらに関する知識が混入しているサマーディが、サヴィタルカ・サマーディすなわち思慮を伴うサマーディ(有尋三昧)呼ばれる。

1.43 記憶が十分に浄化されると、名称と属性の境界がなくなり、集中対象の智がひとり輝き出る。これがニルヴィタルカ・サマーディすなわち思慮を伴わないサマーディ(無尋三昧)である。

1.44 同様にして、精微な対象について修されるところの、サヴィチャーラ・サマーディ【反射を伴うサマーディ】(有伺三昧)とニルヴィチャーラ・サマーディ【超サマーディすなわち反射を伴わないサマーディ】(無伺三昧)は説明される。

1.45 精微さは集中対象として存在しなくなり、ただ定義しあたわざるものに帰着する。

(´・(ェ)・`)つ

120鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/29(日) 22:51:01.14ID:sf8wcs4R
サマーディが深くなっていくと集中の対象もなくなっていくのじゃ。
対象があるうちはまだ観念による分別があるのであるからのう。
神に集中した者が神を超えられない状態ではこのような対象のないサマーディには辿りつけないのじゃ。
神を超えてこそ対象の無いサマーディにも到達できるのじゃ。

121名無しを整える。2018/07/30(月) 00:26:50.78ID:e7gmoXmp
独身で母親と二人暮らしの中年おじさんが、
クマのaaですか?

www

122名無しを整える。2018/07/30(月) 07:49:34.95ID:bnVE+cpq
>>119
パタンジャリのヨーガスートラ
第一章
1.46 以上がサビージャ・サマーディ【有種子三昧】であり、そこにはまだ修行者を束縛や心的動揺に引き戻す可能性が残っている。

1.47 ニルヴィチャーラ・サマーディが純粋となったとき、至高の自己は輝く。

1.48 これがリタムバラー・プラジュニャー、すなわち絶対的な真理意識である。

1.49 この特殊な真理認識は、聞いたり、聖典から学んだり、推理したりして得られる知とは完全に異なっている。

1.50 このサマーディによって生ずる印象(サンスカーラ:行)は、他の全ての印象を消す。

1.51 この印象さえも拭い去られるとき、あらゆる印象が完全に消滅して、そこにはニルビージャ・サマーディ【無種子三昧】がある。

(´・(ェ)・`)つ

123仏教初心者2018/07/30(月) 17:34:51.89ID:1BiOgztj
ネットで覚者を名乗って説法とかwww

僧侶が行うならまだしも得度もしていないのに「鬼和尚」だ?

勿論、そんな茶番を信じる人はごく僅かだけど、「和尚」の名称に騙されて信じてしまった人もいるんじゃないの?

124仏教初心者2018/07/30(月) 17:35:29.83ID:1BiOgztj
しかも、もともと仏教の基礎知識も体験もろくに無いようだしw

仏教板には現役やリタイヤ僧侶もいれば、在家の見性体験者や研究機関勤務者とかいて、結局そこでは紛い物扱いされて相手にされていないしね。

自作自演・自問自答・自画自賛をしても、所詮は同一人物の猿芝居だから、一寸突っ込むとすぐ化けの皮がはがれるんだよねwww

125鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/30(月) 22:37:04.93ID:TSM3O7iu
最初の段階では意志によって強く対象に集中することでサマーディに達するのじゃ。
それから対象を無くし、サマーディに意志することなく入れるようになるのじゃ。
無意識のサマーディに入れるのじゃ。
そうすることで一切の観念を超えた境地に到達するのじゃ。
それには知識や思考ではなく日々の実践だけが必要なのじゃ。

126名無しを整える。2018/07/30(月) 23:15:58.99ID:bnVE+cpq
>>125
サマディーはくまには難しそうなので、「くまとは誰か」、「私はある」方式=できるだけ常に意識的であり続けるように心掛けてるであります。
感情や思考にできるだけ気付けるように心掛けて、日常を過ごすようにしてるであります。
仕事その他で時々強い感情に苦しむことがあっても、その苦しみの物語に無意識に巻き込まれることのないようにしつつ、感じていることをありのままに観察していれば、いつもよりちょぴっと時間がかかっても、消えて行くであります。
(´・(ェ)・`)つ

127仏教初心者2018/07/30(月) 23:24:02.44ID:1BiOgztj
独身で母親と二人暮らしの中年おじさんが、
クマのaaですか?

自作自演ご苦労様w

親孝行しろよ?

www

128名無しを整える。2018/07/31(火) 07:44:06.11ID:ybIVFzy1
>>122
パタンジャリのヨーガスートラ
第二章
2.1 浄化を助けるものとして苦痛を受け入れること、霊的な書物を研究すること、至高の存在に身を委ねることが、実行のヨーガである。

2.2 それらは、障害(煩悩)を最小にして、サマーディを達成させる。

2.3 無知、我想、執着、憎悪、生命欲が、五つの障害(煩悩)である。

2.4 無知(無明)は、それに続く他の諸障害 −それらは、(1)休眠状態であったり、(2)弱体化していたり、(3)遮断されていたり、(4)維持されていたりするが− の田地である。

2.5 無知(無明)とは、無常を常、不浄を浄、苦を楽、自己ならざるものを自己とみなすものである。

2.6 我想(アスミター)とは、いわば見る者【プルシャ】の力と、見る器官【身心】の力との同一視である。

2.7 執着(ラーガ)とは、快楽体験との同一視から来るものである。

2.8 憎悪(ドゥヴェーシャ)とは、苦体験との同一視から来るものである。

(´・(ェ)・`)つ

129名無しを整える。2018/07/31(火) 07:45:06.44ID:ybIVFzy1
>>128
2.6 我想、ば見る者の力と、見る器官の力との同一視 とは、どういうことでありましょうか?
(´・(ェ)・`)つ

130名無しを整える。2018/07/31(火) 21:37:32.73ID:+0/pOuvW
(鬼和尚)
>本当にそのような者が居ればわしにひれ伏して教えを求めるじゃろう。

いくらネットでもこうした事を言うのは教祖症候群(?)というか、明らかなキチガイですね。
精神がまともじゃありません。

131鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/07/31(火) 21:47:42.83ID:E4OpxIN0
>>126 サマーディの方法は才能が在るものにしかできないじゃろう。
 普通のサマーディでも難しいのに無種子三昧にまで行き着くのはかなり才能の在るものだけなのじゃ。
 
>>129 見るという能力によって、見る器官が主体と思うことなのじゃ。
 その働きによって自分が在るという認識も起こってしまうのじゃ。

132名無しを整える。2018/07/31(火) 21:53:19.50ID:+h+C7Iq9
>>131
独身で母親と二人暮らしの中年おじさんが、
クマのaaですか?

自作自演ご苦労様w

親孝行しろよ?

www

133名無しを整える。2018/07/31(火) 22:06:05.84ID:ybIVFzy1
>>131
鬼和尚、ありがとうであります。
>見るという能力によって、見る器官が主体と思うこと ・・・  その働きによって自分が在るという認識も起こってしまう
↑これならくまでも分かるであります!
いつもありがとうであります。
(´・(ェ)・`)つ

134名無しを整える。2018/07/31(火) 22:08:11.54ID:+h+C7Iq9
132 名前:名無しを整える。 [sage] :2018/07/31(火) 21:53:19.50 ID:+h+C7Iq9
>>131
独身で母親と二人暮らしの中年おじさんが、
クマのaaですか?

自作自演ご苦労様w

親孝行しろよ?

www

135名無しを整える。2018/07/31(火) 22:08:32.53ID:+h+C7Iq9
130 名前:名無しを整える。 :2018/07/31(火) 21:37:32.73 ID:+0/pOuvW
(鬼和尚)
>本当にそのような者が居ればわしにひれ伏して教えを求めるじゃろう。

いくらネットでもこうした事を言うのは教祖症候群(?)というか、明らかなキチガイですね。
精神がまともじゃありません。

136名無しを整える。2018/07/31(火) 22:12:16.84ID:+h+C7Iq9
自作自演して解説書から原文を引用して、
自問自答して解説書から解説を引用して、
最後に自画自賛。

www

137名無しを整える。2018/07/31(火) 22:14:35.40ID:+h+C7Iq9
OSHO
魂の科学―パタンジャリのヨーガ・スートラ


wwwwwwwwwww

138名無しを整える。2018/07/31(火) 22:20:19.27ID:+h+C7Iq9
ついに仏教は諦めて不二一元論のヒンズー教に鞍替えか?

www

139名無しを整える。2018/08/01(水) 06:16:51.73ID:23TCNqOX
>>128
パタンジャリのヨーガスートラ
第二章
2.9 生命欲(アビニヴェーシャ)は、【過去の経験から来る】独特の潜勢力から発し、賢人にさえもある。

2.10 これらの障害(煩悩)が微妙な状態にあるときは、始源の原因【=自我】に還元するところによって破壊することができる。

2.11 それらが活動の状態にあれば、瞑想によって破壊することができる。

2.12 カルマ【行為とその反作用】(業)の子宮の根は、これらの障害の中にあり、そうしたカルマが、見える生【現世】及び見えざる生【来世】における諸経験を引き起こす。

2.13 根因が存在する限り、その結実すなわち、様々な生類への再生と寿命と経験とがある。

2.14 カルマは、善業に起因するものは楽、悪業に起因するものは苦として結実(業報)する。

2.15 得たものを失うことへの恐怖と懸念、結果として心の中に残り新たな切望をひき起こす印象、心を支配する三グナの絶えざる相克、これらに鑑みるとき、識別ある者にとっては実にあらゆるものが苦である。

(´・(ェ)・`)つ

140鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/01(水) 22:43:53.18ID:5xtvOXGw
>>133 どういたしまして、またおいでなさい。

無明による個我の観念があれば今の世が有り、生まれかわることも在るものじゃ。
それは刹那の安楽と苦があるが、安楽も執着すれば苦になるのじゃ。
それ故に一切は苦であるとパタンジャリも説いているのじゃ。 

141名無しを整える。2018/08/01(水) 23:30:17.95ID:m35wHGgY
自作自演して解説書から原文を引用して、
自問自答して解説書から解説を引用して、
最後に自画自賛。

www

142名無しを整える。2018/08/01(水) 23:39:23.82ID:23TCNqOX
>>140
うむ。
永遠無限であれば、無限の可能性があり、人やくまが想像できることは既にあり、輪廻も当然でありますね。
永遠に苦しまなくても良いように生きたいし、死ねたらいいなと思うであります。
(´・(ェ)・`)つ

143名無しを整える。2018/08/02(木) 00:11:31.84ID:wCigcxLL
てか、仏教じゃねーしw

144名無しを整える。2018/08/02(木) 19:02:28.97ID:OpFoe0Ib
>>139
パタンジャリのヨーガスートラ
第二章
2.16 未来の苦は回避することができる。

2.17 その避け得る苦の原因は、見る者【プルシャ】と見られるもの【プラクリティ:自然】の結合である。

2.18 見られるものは、照明(プラカーシャ)・活動(クリヤー)・惰性(スティッティー)というグナの三つの性向を備え、元素(五大)と感覚器官から成っているが、その目的とするところは、プルシャに経験と開放(解脱)を与えることである。

2.19 グナの段階には、特殊のもの、特殊でないもの、定義されるもの、定義され得ないものの四つがある。

2.20 見る者とは見る力そのものであり、それ自体は純粋だが、心を通じて見るという現れ方をする。

2.21 見られるものは、見る者のためにのみ存在する。

(´・(ェ)・`)つ

145名無しを整える。2018/08/02(木) 19:10:48.61ID:OpFoe0Ib
>>144
> >>139
> パタンジャリのヨーガスートラ
> 第二章
> 2.16 未来の苦は回避することができる。
>
> 2.17 その避け得る苦の原因は、見る者【プルシャ】と見られるもの【プラクリティ:自然】の結合である。
>
>
> 2.19 グナの段階には、特殊のもの、特殊でないもの、定義されるもの、定義され得ないものの四つがある。
>
> 2.20 見る者とは見る力そのものであり、それ自体は純粋だが、心を通じて見るという現れ方をする。
>
> 2.21 見られるものは、見る者のためにのみ存在する。
> うー、難解な専門用語がでてきてしまったづあります。、
『「プルシャ」とは、目には見えない世界のこと(=空・無)。
「プラクリティ」とは、目に見える世界のこと(=色・有)。
目に見えないブラフマン=神も、プルシャ。
プルシャは、人間には見えないけれども、確実にあるもの。
自然の法則、真理、「なぜ?」という疑問を挟めないもの。
「プラクリティ」は、私たちが生活している、物質世界全てがプラクリティ。
肉体、ありとあらゆる物質は、全てプラクリティで
例えそれが微細で、肉眼では見られないものだったとしても、「物質」であるものは、全てプラクリティ』。

2.18を解説していたたけないでありましょうか?
(´・(ェ)・`)つ

146仏教初心者2018/08/02(木) 19:18:15.18ID:zMkzAt1x
自作自演して解説書から原文を引用して、
自問自答して解説書から解説を引用して、
最後に自画自賛。

www

147名無しを整える。2018/08/02(木) 21:44:13.24ID:H5Xg6E8A
>>146
自作自演してるという根拠は?
自問自答してるという根拠は?
自画自賛してるという根拠は?

148仏教初心者2018/08/02(木) 21:49:09.16ID:zMkzAt1x
>>147
鬼和尚に聞いて真偽を確かめりゃいいじゃないですかw

149名無しを整える。2018/08/02(木) 21:56:39.73ID:H5Xg6E8A
>>148
いや、それを言ってるのは君でしょ。
だから君に聞いてるの。

150仏教初心者2018/08/02(木) 21:59:18.51ID:zMkzAt1x
>>149
自作自演して解説書から原文を引用して、
自問自答して解説書から解説を引用して、
最後に自画自賛。

これのなにが気になるんですか?

www

151名無しを整える。2018/08/02(木) 22:03:36.14ID:H5Xg6E8A
>>150
>>147の質問には答えられないの?

152仏教初心者2018/08/02(木) 22:08:30.30ID:zMkzAt1x
>>151
だから、鬼和尚に聞いて真偽を確かめりゃいいじゃないですかw

153鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/02(木) 22:13:04.89ID:mGzsC2VN
普通、グナの三つの性質とはサットヴァ、ラジャス、タマスと呼ばれるものじゃ。
日本語訳の意味はあっているようじゃ。
物質的存在はプルシャが目覚めるためのものとしているのじゃ。
その教義そのものが全て目覚めるためのものであるがのう。
物質的存在が全て観察され、自他の区別がなくなれば悟りとしているのじゃ。

154名無しを整える。2018/08/02(木) 22:13:28.80ID:H5Xg6E8A
>>152
意思疎通ができないようだし、質問にも答えられないんだね。
君の発言が妄想で、考慮に値しないということがわかったよ。

155仏教初心者2018/08/02(木) 22:22:30.53ID:zMkzAt1x
>>154
意思疎通ができないようだし、君の発言が妄想で、考慮に値しないということがわかったよ。

156名無しを整える。2018/08/02(木) 23:04:30.23ID:OpFoe0Ib
>>153
鬼和尚、ありがとうであります。
見る者、見られるものと言う言葉が日常の用法と異なる意味で使われており、見る者とは、意識そのものみたいな意味で、見られる者とは、物質世界のことで、その外界を観察しつくせば、
意識そのものである「見る者」に、気づけといった理解で良いのでありましょうか?

くま書き込みを間違えてしまったのでありますが、くまが先に質問しようとしたのは、
2.18 見られるものは、照明(プラカーシャ)・活動(クリヤー)・惰性(スティッティー)というグナの三つの性向を備え、元素(五大)と感覚器官から成っているが、その目的とするところは、プルシャに経験と開放(解脱)を与えることである。

の中で、照明[プラカーシャ]=認識のこと
というのはググれたのでありますが、
活動(クリヤー)・惰性(スティッティー)というグナ が分からず、

2.18 の文章全体の意味合いがわからなかったので、お尋ねしたかったのでありますが、 これも、認識、活動、感情といった、身体=物質世界の経験を観察して、厭離することにより、意識そのものに至ると言う理解で良さそうでありますね。
(´・(ェ)・`)つ

157仏教初心者2018/08/02(木) 23:15:39.55ID:zMkzAt1x
自作自演して解説書から原文を引用して、
自問自答して解説書から解説を引用して、
最後に自画自賛。

www

158名無しを整える。2018/08/03(金) 07:48:39.77ID:tuCoiJZv
>>144
パタンジャリのヨーガスートラ
第二章
2.22 それ(見られるもの)は解脱した者にとっては破壊されているが、他の者にとっては共有財として存在し続けている。

2.23 所有する者(プルシャ)と所有されるもの(プラクリティ)の結合が、それら両者が各自の本性と力(シャクティ)を把握する原因である。

2.24 この結合の原因は無知(無明)である。

2.25 この無知がなければ、そのような結合も起こらない。それが見る者の独存位である。

2.26 途切れることのない明敏な識別が、その除去の方法である。

2.27 最終段階の智は、七重である。(人は(1)もっと知りたいという願望、(2)何かを遠ざけておきたいという願望、(3)何かを得たいという願望、(4)何かをしたいという願望、(5)悲しみ、(6)恐れ、(7)惑わし、の七つが終息するのを体験する)
(´・(ェ)・`)つ

159鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/04(土) 00:22:52.81ID:G0PbAIjU
グナの三つの性質であるサットヴァ、ラジャス、タマスと言葉は違うが性質の翻訳は同じなのじゃ。
サットヴァとは気づくこと、認識することなのじゃ。
ラジャスとは活動なのじゃ。
タマスとは惰性なのじゃ。
ラジャス、タマスで検索するとよいのじゃ。

大体の意味はそれでよいのじゃ。

160名無しを整える。2018/08/04(土) 00:53:44.96ID:TDgZUVkj
自作自演して解説書から原文を引用して、
自問自答して解説書から解説を引用して、
最後に自画自賛。

www

161名無しを整える。2018/08/04(土) 09:50:06.85ID:rbtFu7WH
>>158
パタンジャリのヨーガスートラ
第二章
2.28 ヨーガの諸支分を修練していくことによって次第に不純が消え、そこに明敏なる識別へと導く智が明け初める。

2.29 以下がヨーガの八支分である。【禁戒】【勧戒】【座法】【調気】【制感】【集中】【瞑想】【三昧】

2.30 ヤマ(禁戒)は、非暴力(アヒンサー)、正直(サティヤ)、不盗(アステヤ)、禁欲(ブラフマチャーリヤ)、不貪(アパリグラハ)より成る。

2.31 これらの大誓戒は普遍的なものであり、階層、場所、時間、環境等によって制約されない。

2.32 ニヤマ(勧戒)は、清浄(シャウチャー)、知足(サントーシャ)、苦行(タパス:苦痛を受容し、それをひき起こさないこと)、読誦(スヴァディアーヤ:霊的書物の研究)、
自在神への祈念(イシューヴァラ・プラニダーナ:自己放棄)より成る。

2.33 否定的想念によって攪乱されたときは、反対のもの(肯定的想念)が念想されるべきである。それがプラティパクシャ・バーヴァナである。

2.34 暴力等のような否定的想念または行為がひき起こされたとき、あるいはたとえそれらが容認されただけであっても、
そしてそれらが貪欲、怒り、迷妄(貪・瞋・痴:とん・じん・ち)のいずれによって煽られたものであっても、またそれらが穏和、中位、過激のいずれの度合いによってなされようとも、
それらは無知に根ざしており、確かな苦をもたらすものである。このように省察することも、プラティパクシャ・バーヴァナである。

2.35 非暴力(アヒンサー)に徹した者のそばでは、すべての敵対が止む。

(´・(ェ)・`)つ

162鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/04(土) 22:49:57.63ID:G0PbAIjU
ヤマ(禁戒)はしてはいけないことなのじゃ。
ニヤマ(勧戒)はすべきことなのじゃ。
してはいけないことをしり、すべきことを知って実践するのが修行者なのじゃ。

163名無しを整える。2018/08/05(日) 12:37:56.97ID:qk0N9UHj
>>161
パタンジャリのヨーガスートラ
第二章
2.36 正直(サティヤ)に徹した者には、行為とその結果がつき従う。

2.37 不盗(アステヤ)に徹した者のところには、あらゆる富が集まる。

2.38 禁欲(ブラフマチャーリヤ)に徹する者は、精力を得る。

2.39 不貪(アパリグラハ)が揺るぎないものとなったとき、自らの生の原因と様態が余すところなく照らし出される。

2.40 浄化によって、自分自身の身体への厭わしさ、他人の身体に触れることへの厭わしさが生ずる。

(´・(ェ)・`)つ

164鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/05(日) 23:26:29.80ID:PXshwP6v
戒の効果が説かれているのじゃ。
それがそのまま現実になるのではないのじゃ。
督励の為に説かれているのじゃ。

165仏教初心者2018/08/06(月) 07:23:09.53ID:kzleNmrZ
で、何故、仏教僧でないのに和尚とか騙るの?

166名無しを整える。2018/08/06(月) 09:23:48.98ID:jMWVezNn
>>163
パタンジャリのヨーガスートラ
第二章
2.41 さらに、サットヴァの浄化、心の愉悦、一点集中、自己実現への適合性を得る。

2.42 知足(サントーシャ)によって、無上の喜びが得られる。

2.43 苦行(タパス)によって、身体と感覚の不浄が消え、超自然力が得られる。

2.44 読誦(スヴァディアーヤ:霊的書物の研究)によって、自らの望む神霊との霊交が得られる。

2.45 神に全てを任せることによって、サマーディは達成される。

(´・(ェ)・`)つ

167鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/06(月) 22:28:46.59ID:YzJyNWLS
ここでも神への帰依によるサマーディが説かれているのじゃ。
本当に心の底から信仰している神がなければ無理で在るがのう。
信仰の薄れた現代では難しいじゃろう。

168仏教初心者2018/08/06(月) 22:44:12.67ID:a6hpLfcI
ついに仏教は諦めて不二一元論のヒンズー教に鞍替えか?

www

169名無しを整える。2018/08/07(火) 03:15:44.68ID:gOxPv5ug
>>168
いちいちいい加減な事を言っては絡んで来て、捨て台詞を吐いて消える。

困ったもんですね。

170名無しを整える。2018/08/07(火) 06:58:15.50ID:AOTj7gta
>>166
パタンジャリのヨーガスートラ
第二章
2.46 アーサナ(座法)は、快適で安定したものでなければならない。

2.47 自然な性向である落ち着きのなさを減じ、無限なるものに瞑想することによって、座位(アーサナ)は習得される。

2.48 以後その者は、二元性によって乱されることがない。

2.49 安定した座位(アーサナ)が得られたならば、呼気と吸気が制御されなければならない。これがプラーナーヤーマ(調気)である。

2.50 気息のはたらき(ヴリッティ)は、内部的、外部的、制止的のいずれかである。それらは時間と空間と数によって規定され、長、短のいずれかである。

(´・(ェ)・`)つ

171鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/07(火) 22:40:15.52ID:oQMXMPeI
座方と呼吸法が説かれているのじゃ。
背筋を伸ばして正しく座ることが出来ればそれだけでもサマーディは達成されるのじゃ。
それが習得されればもはや迷妄に陥ることもないのじゃ。
 

172名無しを整える。2018/08/08(水) 04:05:27.04ID:2TgNm4Jw
鬼和尚、サマーディは1〜2か月しか続きません。
サマーディの最初に必ずサティがあります。
そのサティの方が大事です。

>それが習得されればもはや迷妄に陥ることもないのじゃ。

私は2回サマーディを経験しましたが、そういうことはありませんでしたよ。
 

173名無しを整える。2018/08/08(水) 20:49:34.47ID:DA0+h/6A
>>170
パタンジャリのヨーガスートラ
第二章
2.51 プラーナーヤーマ(調気)には、内的あるいは外的な対象に集中しているときに起こる、第四の型がある。

2.52 その結果、内なる光を覆い隠していたヴェールが破壊される。

2.53 そして、心がダーラナー(集中)への適正を得る。

2.54 諸感覚がその対象から自らを撤退させ、いわば心そのものを模倣するとき、それがプラティヤーハラ(制感)である。

2.55 それにより、感覚に対する無上の統御が得られる。

(´・(ェ)・`)つ

174名無しを整える。2018/08/08(水) 20:52:30.75ID:DA0+h/6A
>>173
>2.54いわば心そのものを模倣するとき、それがプラティヤーハラ(制感)

←心そのものとは、静まった状態、無みたいなことでありましょうか?

(´・(ェ)・`)つ

175鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/08(水) 22:46:22.99ID:/dq9yTnN
>>172 それはまだ座方が習得できていないからなのじゃ。
 座方が習得できれば座るたびにサマーディに入れるのじゃ。
 そうすればもはやあれこれと迷う事無く進むこともできるのじゃ。
 自らの身が聖典が正しいことの証となるのであるからのう。

>>174 そうじゃろう。
 感覚が心を離れて自らありのままに至った時、無に等しくなるのじゃ。
 眼で見ても耳で聞いても自我は起こらないのじゃ。
 それが真の制感なのじゃ。

176名無しを整える。2018/08/09(木) 05:41:29.73ID:RWStm6+z
>>173
パタンジャリのヨーガスートラ
第三章
3.1 集中とは、心をひとつの場所、対象、あるいは観念に縛り付けておくことである。

3.2 瞑想(ディアーナ)とは、そうした対象への認識作用の絶え間ない流れである。

3.3 三昧(サマーディ)とは、この瞑想(ディアーナ)そのものが形を失ったかのようになり、その対象がひとり輝くときのことである。

3.4 同一の対象についてこれらの三者【集中(ダーラナー)、瞑想(ディアーナ)、三昧(サマーディ)】をなすことが、サンヤマ(綜制)と呼ばれる。

3.5 サンヤマ(綜制)の終了によって、知の光が生まれる。

3.6 サンヤマは段階的になされるべきである。

3.7 これらの三支(集中、瞑想、三昧)は、それ以前の五支(禁戒、勧戒、座法、調気、制感)よりも内的である。

3.8 これらの三支さえも、無種子三昧(ニルビージャ・サマーディ)にとっては外的である。

(´・(ェ)・`)つ

177鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/09(木) 22:08:41.42ID:TJJ/RT6B
集中の三段階が説かれているのじゃ。
最初は対象に心を留めるだけで精一杯じゃろう。
それがダーラナーなのじゃ。
それから意識せずとも対象に集中しているディヤーナに至るのじゃ。
それでもまだ対象と自己が在るのじゃ。
自己が対象に統一されて一つになった感覚がサマーディなのじゃ。
サマーディまで到達するのはなかなか難しいものじゃ。
観察を行えばディヤーナだけでも悟りは訪れるのじゃ。

178名無しを整える。2018/08/10(金) 07:58:23.05ID:vjQyt/a2
>>176
パタンジャリのヨーガスートラ
第三章
3.9 生起してくる印象(サンスカーラ:雑念)は、それに代わる新たな心の作用を生むところの抑止の努力の出現によって止滅される。この、新たな作用と心との結合の刹那が、ニローダ・パリナーマ(止滅転変)である。

3.10 ニローダ・パリナーマの持続状態は、習慣づけによって確実となる。

3.11【心】の散動が滅衰して一点集中が実現してくると、サマーディ・パリナーマ(サマーディへの進展:三昧転変)が現れる。

3.12 また、過去となってひいていく想念と、今まさに生起しつつある想念が等似であるならば、それがエーカーグラター・パリナーマ(一点集中:専念転変)である。

3.13 これ(以上の三つのスートラ)によって、物質元素と感官に関する、可視的特性と時間的位相と状態の転変も説明された。

3.14 本性的に、潜伏、生起、非顕現の諸相を経ていくのは、根底体(プラクリティ)である。

3.15 それらの諸相の連続が、進化(転変)に諸段階の存在する理由である。

3.16 進化のその三段階にサンヤマ(綜制)を施すことによって、過去と未来についての知が生まれる。

(´・(ェ)・`)つ

179鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/10(金) 23:02:17.29ID:gKLIEGqF
集中によって雑念が無くなるのがニローダ・パリナーマじゃ。
更に深く集中して対象と一体になるとサマーディに入るのじゃ。
想念の自己同一化が止まり、刹那に生滅する想念が一時に見られるのがエーカーグラター・パリナーマなのじゃ。
それができれば気づきが自在にあり、心の働きの全てを観ることも容易なのじゃ。

180名無しを整える。2018/08/11(土) 10:36:01.48ID:Fc5Os8Ni
>>178
パタンジャリのヨーガスートラ
第三章
17 通常は、語と、その意味と、その語の表象内容とを混同するために混乱が生ずる。いかなる生類により発された語(あるいは音)でも、それにサンヤマを施すことによって、その意味を知ることができる。

18 サンヤマによって自らの心的印象(サンスカーラ)を直感することにより、前生についての知識が得られる。

19 他人の身体の区別的特長にサンヤマを施すことによって、その人の想念を知ることができる。

20 だがそれは、その人の心の中でその想念を支えているもの(例えばその思いの背後にある動機等)にまでは及ばない。それはそのサンヤマの対象とはならないからである。

21 自らの身体の形態にサンヤマを施すと、観察者の眼の光を遮ることによって知覚の力に干渉し、身体を見えなくすることができる。

22 同様にして、音その他(触、味、香)の消失も説明される。

23 カルマには、速やかに発現するものと徐々に発現するものとの二種類がある。それらあるいは死の前兆にサンヤマを施すことによって、死期を知ることができる。

(´・(ェ)・`)つ

181鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/11(土) 21:40:46.48ID:O+q+UtH5
集中することで得られるさまざまな力について語っているのじゃ。
そのまま信じられるものではないが在る程度は正しいのじゃ。
集中力が強くなれば不可能も可能になるのじゃ。
それを目当てに修業する者も居るのじゃ。

182名無しを整える。2018/08/12(日) 07:31:22.46ID:t4kQoW0X
>>180
パタンジャリのヨーガスートラ
第三章
24 慈その他の徳性にサンヤマを施すことによって、それらを発する力を得る。

25 象その他の動物の力にサンヤマを施すことによって、それらの力を得ることができる。

26 内なる光へのサンヤマによって、微細なもの、秘匿されたもの、遠方のものを知ることができる。(例えば原子のように微細なもの、隠された財宝、遠隔の地など)

27 太陽にサンヤマを施すことによって、太陽系全体を知ることができる。

28 月にサンヤマを施すことによって、星の配置を知ることができる。

29 北極星にサンヤマを施すことによって、星の運行を知ることができる。

30 臍の神経叢(チャクラ)にサンヤマを施すことによって、身体の構造を知ることができる。

(´・(ェ)・`)つ

183名無しを整える。2018/08/12(日) 12:30:01.62ID:t4kQoW0X
>>181
うむうむ。
ある程度であるますね!
(´・(ェ)・`)つ

184鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/12(日) 22:45:07.71ID:SwEoNtcl
↑ そうじゃ、実際に集中することでその対象に関して詳しく知ることもできるものじゃ。
 かなり真実が語られているのじゃ。
 実践によって確かめられるのじゃ。

185名無しを整える。2018/08/13(月) 07:58:37.27ID:UxDEvrNB
>>182
パタンジャリのヨーガスートラ
第三章
31 喉の窪みにサンヤマを施すことによって、飢えと渇きが止まる。

32 クールマ・ナーディ(喉の下方にある亀の形をした微細な管)サンヤマを施すことによって、瞑想の座位の不動性が達成される。

33 脳天の光(サハスラーラ・チャクラ)サンヤマを施すことによって、神人(シッダ)たちを見ることができる。

34 また、(純粋な生活を通じて)自然に発露する知(プラティバー)の中で、全ての力はおのずから現れる。

35 心臓にサンヤマを施すことによって、心(チッタ)を知ることができる。

36 知性(サットヴァ:覚)とプルシャ(あるいはアートマン)とはまったく別のものであり、知性がプルシャのために存在するのに対して、プルシャはそれ自身のために存在する。
これを峻別しないところに経験の全てがあるのであって、この区別にサンヤマを行なうことによって、プルシャの知があらわれる。

37 この知(プラティバー)より、任意の直感による超自然的聴覚・触覚・視覚・味覚・嗅覚が生ずる。

(´・(ェ)・`)つ

186名無しを整える。2018/08/13(月) 08:04:56.78ID:UxDEvrNB
>>184
うむ。超難しそうでありますが、実践で確かめるしかないでありますね。
集中の対象のアートマンみたいな物でありますかね。
(´・(ェ)・`)つ

187鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/13(月) 22:05:10.86ID:ZrlTZaJD
↑そのようなものじゃ。
集中によって智慧と力は発現するのじゃ。
それを正しく自らの本心の観察に使うべきなのじゃ。

188名無しを整える。2018/08/14(火) 12:47:48.15ID:0EEDEen7
>>185
パタンジャリのヨーガスートラ
第三章
38 これら(超自然的感覚)は、(ニルビージャ)サマーディにとっては障害であるが、世俗的追及にあってはシッディ(力、霊能)である。

39 (心を身体に縛り付けている)原因を緩めることによって、また、心の働きの筋道を知ることによって、他人の身体に侵入することができる。

40 ウダーナ気(上向きの生命エネルギー)を支配することによって、水、沼沢、刺などの上に浮揚することができる。

41 サマーナ気(均等化のエネルギー)を支配することによって、身体が光輝に包まれる。

42 耳と虚空(エーテル)との関係にサンヤマを施すことによって、超常的な聴覚が得られる。

43 身体と虚空との関係にサンヤマを施すことによって、綿の繊維のように軽くなり、隠して虚空を飛ぶことができる。

44 TAH PRAKASAVARANA KSHAYAH.
身体の外にあって(身体によっては)確認されない想念派動に対してサンヤマを施すこと(マハー・ヴィデハすなわち大脱身)によって、自己の光を覆う緬紗が破壊される。

(´・(ェ)・`)つ

189鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/14(火) 22:40:38.03ID:sUZTJede
それらの力に囚われればサマーディに至る障害になるのじゃ。
世間で金や名声を得て修業をやめてしまうからのう。
欲に負けずに修業を続けるのじゃ。
力にも囚われずに進むのじゃ。

190名無しを整える。2018/08/15(水) 08:11:47.67ID:fhChcDNp
>>188
パタンジャリのヨーガスートラ
第三章
45 粗大及び微細な元素、それらの本質、相関性、合目的性にサンヤマを施すことによって、それらの元素に対する支配が得られる。

46 それにより、アニマその他のシッディがもたらされ、身体の完成が遂げられて、その機能が諸元素の影響による妨げを受けなくなる。

47 端麗、優雅、強靭、金剛石のごとき堅固さが、身体の完成である。

48 諸感覚の把握作用、それらの本質、それらの目的と我想との関係等にサンヤマを施すことによって、諸感覚に対する支配がえられる。

49 それより身体は、心と同じ速さで動く力、感覚の補助なしに機能する力、そして根本原因(プラクリティ)に対する完全な支配を得る。

50 サットヴァ(純粋な反映性)と自己との差異を認識することによって、存在のあらるる様態に対する至上位(全能)−それは全知である−を得る。

51 それ(=これら全てのシッディ)に対してさえ無執着であることにより、束縛の種子が破壊され、かくしてカイヴァリャ(独存)の状態が顕現する。

(´・(ェ)・`)つ

191鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/15(水) 22:45:42.68ID:WtY8pf1A
修業の途中に現れる全ての体験に囚われなければ悟りも訪れるのじゃ。
囚われてしまえばそこで止まってしまうのじゃ。
囚われることが魔と呼ばれるのじゃ。
魔に何かの力があるわけではないのじゃ。
囚われる心が魔を呼ぶのじゃ。

192名無しを整える。2018/08/16(木) 07:52:10.29ID:ZSeCkDeY
>>190
パタンジャリのヨーガスートラ
第三章
52 ヨーギーは、天人からの賞賛といえどもこれを受容するべきではなく、慢心の笑みさえ浮かべるべきではない。ふたたび望ましくないものに補足される恐れがあるからである。

53 連続する刹那のまさしくひとつにサンヤマを施すことによって、識別知が現れる。

54 かくして、種類、特徴、位置などが酷似しているために見分けのつかないものが、識別されるようになる。

55 全ての対象のあらゆる在り方を同時的に理解するその識別知が、解脱をもたらすところの直感知である。

56 静穏な心(サットヴァ)の清浄さが、自己のそれと等しくなるに至ったとき、そこにカイヴァリャ(絶対、独存位)がある。
(´・(ェ)・`)つ

193鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2018/08/16(木) 22:18:03.31ID:eKEeyTXI
体験にも囚われずに修業を続けていれば今まで見えなかったものも観えるようになるのじゃ。
それも集中力が強くなったためなのじゃ。
悟りを得るための観察力も身につくのじゃ。
その観察力が主体であった観念をも見抜く力となるのじゃ。

194名無しを整える。2018/08/17(金) 07:41:05.04ID:Gl93holR
>>192
パタンジャリのヨーガスートラ
第四章
1 シッディは、前生においてなされた修行、あるいは薬草、あるいはマントラ、あるいは苦行(タパス)、あるいはサマーディにおいてもたらされる。

2 ひとつの生類から他の生類への転変は、自然(プラクリティ)の流入によってひき起こされる。

3 付帯的事象は、直接には自然の進化をひき起こすものではない。それらは、農夫のように(農夫が自分の田に水を引き入れるために、水路を塞いでいる物を取り除くように)、障害物を取り除くだけである。

4 ヨーギーの我想(アスミター)のみが(人為に)発現する(その他の)心の原因である。

5 発現した多くの心の働きはさまざまだが、大元であるヨーギーの心は、それら全てに対する命令者である。
(´・(ェ)・`)つ

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