【カツマー】勝間和代 総合スレッド【インディでいこう!】
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こんにちは、勝間和代です。
新刊「できないのはあなたのせいじゃない ブレインロック解除で潜在能力が目覚める」
を5月21日に発売します。
内容はいかに私たちが社会的洗脳を受けてしまったかということに気づいて、それを解除する本になっています。これまでできないできないと思っていたことのほとんどは自分のせいではなく、周りの環境であり、あるいは教えてありますので、そういったものを外していくことでびっくりするぐらいいろいろなことができるようになりますので、ぜひ、一緒に目にひょっとしたらついてるかもしれない。ウロコを落としてみてください。 東京にいる時にいつも困るのがスーパーへの買い出しです。まず基本的に道が混んでるので、ほんのちょっと先のスーパーマーケットに行くにもそこそこ時間がかかります。加えてスーパーマーケットの駐車場が空いてるかどうかも分かりません。
なので、ついつい、ネットスーパーなどを活用してしまうのですが、それでもちょっとした買い物というのはやはり実際にスーパーマーケットに行った時の方が便利です。
昼間に行く時にはそういうわけで、原付2種などを活用していましたが、それでも雨の日には向きませんし、また原付2種ですとそこまで重いものをたくさん抱えて帰ってこられません。
そして、ふと気付いたことがあります。私は最近、朝は5時半から6時に起きていますから、家の近所に24時間スーパーマーケットがありますので、朝の6時ぐらいにさっさとそこに買い物に行ってしまえばいいということに気付きました。
そうすると、当たり前ですが、道は全く混んでいませんし、駐車場もガラガラですのでサクサクと買い物を済ませて帰ることができます。唯一残念なのがスキャン&ゴーが午前7時から開始なので午前6時に行くとレジを使わなければいけないことですが、レジも空いてるので、まぁいいことにします。
さすがに朝一番ですと、新鮮なものというよりは、昨日の売れ残り品が多くて10%引きや20%引きの値札が貼られてるものばかりなのですが、だいたい買った日に食べてしまうので、それはそれでオッケーです。
早速今買ってきた、玉ねぎスープを作りながら、鶏肉を焼いていたところです。パンも作っています。気持ちの良い朝ごはんが迎えられそうです。 普段だいたいパスタはホットクックで茹でるのですが、ゴールデンウィークに時間があったのでふと思い立って昔通りに鍋で茹でたらどんな感じなのかなと思ってやってみました。
結論から言いますと、もう二度と、鍋には戻らないだろうと思うぐらいホットクックに比べると面倒くさかったです。
まずホットクックの場合には水が少量で良いのですぐにお湯が沸きますが、鍋の場合には一応ある程度のお湯が必要なので、お湯が沸くまでにそこそこの時間がかかりました。
次、お湯が沸いた時にホットクックの場合には沸いたよということを教えてくれるんですが、鍋の場合もうちのIHが一応教えてくれるのですけれども、その時に電源が一旦切れてしまうので、また入れ直さないといけません。
そして、お湯沸かしよりも何よりもそのあと茹でてる間が問題でして、ホットクックの場合にはそれこそほっておけばいいのですが、鍋の場合には行く吹きこぼれを監視していないといけないのが面倒くさいです。
火加減が小さすぎると麺がちゃんと鍋の中で踊らないし、だからといって大きすぎると吹きこぼれてしまうので、その塩梅が面倒でした。これぐらいでいいかと思ってゴミを出しに行って戻ってきたところ、もう既に吹きこぼれていました。
そして、肝心の出来栄えですが、正直大差ないか、ホットクックのが上です。なるほど、確かにこれだからあまり昔パスタは作らなかったのだなということを納得しました。
というわけで、ホットクックを持ってる方は是非、麺茹で機能を使ってみてください本当に便利です。やはりテクノロジーは素敵です。 相変わらずゴールデンウィークは読書三昧ですが、最近はパソコンで、Kindleで読むものが主流になっています。特にダークモードにすると目が楽な感じです。なぜパソコンかというと単純に画面が広いからです。
また、同じパソコンでも、ゲーミングPCのような性能の良いパソコンの液晶ですと細かい文字も綺麗に読めるので、目に優しくなります。紙の本の良いところは、視認性が良く一気に2ページ読めることですが、パソコンですとそれと同じことが実現できるのです。
電子書籍が読みづらいと思ってる方、スマホやタブレットのような画面の小さな端末だけではなく、パソコンの方も試してみてください。 例えば、今私は軽井沢でワーケーションを行っていますが、軽井沢でいろいろなレストランに食事を行った時に少々驚くのがそのレストランのレベルです。正直もし東京に同じレストランがあったらもうとっくに淘汰されているだろうという味のレベル(すいません、たぶん私が作った方が美味しいです)であっても軽井沢というある程度守られた地域であれば、生き残ることができているのです。
実際、軽井沢在住の友人に聞くと、東京と比べてほとんどの店の味はそんな感じだし、東京と同じレベルの味であると評判の店となって逆に人気が出るぐらいだそうです。これは何が起こっているかというと、東京は国際都市でもあり、グローバリゼーションが進んでいて海外からどんどん美味しい料理が入ってきますし、また、その中での淘汰も激しいからです。だからこそ少なくとも私の家庭料理に負ける味のお店というのはなかなか生き残ることができません。
また軽井沢まで、私のバイク仲間の群馬県庁の人が訪ねて来てくれて、いろいろとバイク談議だけではなく様々な地域の格差がどのように進んでいるのかのような現状をお話ししたのですが、まさしく東京に住んでいる人と群馬に住んでいる人では全く違う国の住民のように価値観や考え方が違うというのがその人の印象です。その人は大学までは東京で過ごし、そして群馬県庁に就職して、その後 30年間群馬県で生活しています。
何が最も違うかというと分業の考え方が違うそうです。結局、都市型の生活では私たちはありとあらゆるものについては、自分の仕事で得たお金で買うのが当たり前になっていますけれども、地方社会においては、自分で食べるものは、自分で作るしまた、そこまでお金で全てを割り切るような生活というのは行っていないそうです。
一方、群馬県で高い賃金を得ようとするとほとんど医療関係しか仕事がなく、多くの地元企業が後継者がいなくて廃業の危機に面しているということでした。どんなに補助金を出したとしても未来がない企業には社員も後継者もやってこないので、企業の継続が成り立たないのです。
グローバリゼーションの本質というのは非常にシンプルでして、要は競争相手が国内だけではなく、世界全部で最も優れた人たちが競争相手になるということです。だからこそ日本のこれまで優秀だと言われていた企業の多くがどんどんうまくいかなくなっています。 無事、4泊5日のバーケーション生活が終わりましたとても楽しくバイクやゴルフや仕事をしてきたのですが、唯一の課題だったのが食事です。
ホテルの食事も近所のレストランの食事もそしてコンビニの食事もだんだん飽きてきてしまうので、やはり自分で作りたいなとつくづく思いました。
調べてみると小型のトラベルクッカーがそれなりにあるので、ホテルに迷惑をかけない範囲で出来る自炊をもうちょっと研究してみたいと思います。
スーパーマーケットもちょっと行けば、そこそこありますし、コンビニでも最近では野菜を売っていますのでいろいろと自分で作ることができそうです。
臭いの問題は窓を展開するとか換気扇の下で調理をするとかちょっと色々と考えてみたいと思います。
以前、ホテルの部屋の中で付属の電気ケトルを使ってカニを連日茹でた人が損害賠償おこされて敗訴していまして、それはもっともだと思いますので、やはりお互いに迷惑にならない方法を考えないといけないなと思います。 先日の母の日のプレゼントに、既に結婚して離れて住んでいる次女が、私がサンマルクのチョコクロが好きなのを知っていて、冷凍パンチョコデニッシュ生地を送ってくれました。
ミニチョコクロが20個入っていて20分解凍した後、20分オーブンで焼くと焼きたてのチョコデニッシュの出来上がりです。
そしてこちら作って焼いてみたところを、これはまさしく、あのチョコクロではないかということで感動です。ちょっと形は違うのですが、コンセプトと味は全く同じです。
20個入りだったのですが、1日2個ずつぐらい食べてしまうので、このペースで行くとあっという間になくなってしまいます。
これまで冷凍パン生地は存在しているのは知っていましたが、手を出していなかったのですが、ここまで手軽で美味しいとどんどん買ってしまいそうで怖いです。
唯一の歯止めは食べようと思ってから食べられるまでに40分ぐらいかかりますので、まあそこでギリギリ収まってるというところでしょうか。
とにかくまた楽しみが増えて1つ嬉しいです。 先日ゴルフでとても調子が良かったので、スコアを気にしていなかったら、実はハーフでのベストだったという話をしました。
結局本当に調子が良い時というのは結果を手放せるのですが、調子が悪い時も結果を手放さなければいけないなと最近感じています。
また、ゴルフの話で恐縮ですが、最近ゴルフボールをグルグル回して、ちゃんとそのゴルフボールごとの重心を測定し、そこに線を描く機械を導入しました。
そのボールを使ったところ結果が良かったのですが、何でだろうと思ったのですが、どうもそれは書いた線の効果だけではなく、少なくともその方向に向かってボールが転がるのだから、ボールの行方を気にすることがなくなったという効果のがどうも大きかったようです。
結局、何かをやってる最中から結果が気になると気もそぞろになって今やってることに集中できませんので、今行ってることには行ってることに集中し、その結果を後からついてくると言ったような形で、もう少し行動と結果が分離、できれば色々なパフォーマンスが楽になるし、良くなるのかなと思っています。
そして、そのためには急にはできませんので、どういう仕組みがあればそれができるのかいろいろ考えていきたいと思います。
そういえば、音声入力が早いのも結局音声入力してる間はどのような漢字カナ変換の間違いあるかみたいなことについては、結果が見えるまでわからないからではないかと思います。ローマ字入力や親指シフト入力ではリアルタイムで結果が分かってしまうので、ついて気になってしまうので、やはりその時にベストを尽くして、その結果を後から修正する方が何もかも効率的な気がしました。 そろそろ早い梅雨入りが噂をされていて、だんだんこれから雨の日が増えてきますね。雨の日が何が憂鬱かというと、ほとんどの人も同じだと思いますが、傘をささなければいけないことです。
最近ちょっと私が発明というほどではないのですが、雨の日でも出かけるのが嫌にならなくなった方法があります。それは何かと言いますと、自分の車の中に傘を置いておくことです。
まず、自分の車は地下の車庫にありますから、車までは濡れずに行くことができます。ですので、天気に関係なく、なんとなく外に出る気になるのです。加えてそこに傘を置いておけば、いつ雨が降った時にもすぐに傘をさせるし、また雨のまま外に出てしまった時にも傘をさせば何とかなりますので、比較的、晴れの人同じようなイメージで外出できるようになりました。
まあ、単純といえば単純なやり方ですが、結構効果がありました。行動経済学では好ましい方向に行動変容をもたらすような小さなやり方をナッジと呼びますが、多分実生活もそのような小さなことの積み重ねではないかなと思います。
ちなみに濡れた傘を車内に置いておくと、車内がカビる可能性があるそうなので、傘は2本用意して濡れた傘は干して、乾いた方の取り替えるようにして運用しています。 これから梅雨に入ってだんだんと雨の日が増えていきそうです。そのような時にはのんびりとカフェか何かに入りながら原稿を書いていたいのですが、いつもそのような時に悩むのはキーボードを持ち歩くかどうかです。
最近コロナの影響もあって、ほとんどカフェなどでは声を出せないので、音声入力が厳しい状況になってきましたので、フリック入力だけでは大変なので、キーボードがあった方が仕事は捗るのですが、その場合どうしてもキーボードがかさばるのとのバランスになります。
かといってあまり重たいものを持ち歩こうとすると、今度は出不精になってしまったり、なかなか歩かなくなってしまうので、そのバランスが難しいのです。
持ち歩き用に買った軽いノートパソコンは娘のものになってしまったので(親あるある)、結局私は Android の端末と外付けキーボードで外で仕事をしています。
まあ、悩む前にやれそうなことをやって、うまくいったかどうかで、いつものように試してから悩んでみたいと思います。
そういえば最近町を歩いていて、カフェで仕事をしいてあたりを見まわすと、自分より若い人がほぼ全員になってきましたし、仕事を打ち合わせとかでも大体自分より若い人が来るので、ああすっかり自分も真ん中よりも先の年代になったのだなとつくづく感じます。
無駄に長生きしてると言われないように、なるべく知恵を重ねていきたいし、得てきた知恵は自分より若い人に還元していきたいと思います。 随分前から YouTube の録音はピンマイクにして音声がクリアになったのですが、よく考えたら通常の原稿を書くための音声入力もピンマイクにした方が良いのではないかという発想にようやく至りまして、最近は家の中でもピンマイクで入力しています。
なぜそれをやらなかったかと言うと家にあるピンマイクがほとんどタイプC のコネクターでして、そして私の Android はタイプC は既に充電やフットスイッチのためふさがっているため、正直そのためだけに USB Aのピンマイクを買い直すのが面倒だったのです。
ところが、そうだ USB C を USB A にする変換器を買えば良いのだということに気づいて400円ほどかけて、その変換器を2つ買ってつなげてみたところ、ものすごく快適になりました。
ついついやってしまうのは、ピンマイクを首につけたのを忘れて、そのまま立ち上がって、パキッと自分とコンピューターの間にピンマイクがぴーーーんと張って、そのままコネクターを引きずりそうになってしまうのですが、まあそうした場合にもピンマイクはパチっと外れますので、怪我まではしません。
どうしてもほんの少しの手間暇をなるべく省きたいと思ってしまうのですが、結局はグルグル回って1番効率的な方法というのは、ほんの僅かだけれども、ちょっとした手間を事前にかけることでよくなる方法なんだなということが大体1周して分かります。
というわけで、このメールマガジンを首にピンマイクをつけて音声入力で入力しています。とても快適になりました。音声入力の変換ミスが激減して、また生産性が上がって嬉しいです。 相変わらず週に2回ぐらいゴルフをしていますが、先日うっかりゴルフウォッチの電源が切れていてつけていませんでした。セルフプレーだったのでキャディーさんもいなかったので情報が少ない中でゴルフをしたのですが、はっきり言うと全く支障がなく、むしろアプローチなどはよく寄りました。
結局、情報があるとその情報に振り回されてしまうのですが、情報がないと自分の五感で受け取って考えるしかないので、そちらの方がむしろ意識が邪魔をしないようです。
ついつい情報があると安心してしまうのですが、逆に情報過多になるとその情報に振り回されてしまうわけですよね。もうちょっと、ゴルフに限らずいろいろな局面でどのくらいの情報が必要なのか、注意深く考えてみたいと思います。ニュースダイエットに続いて情報ダイエットも必要なようです。 勝間和代の新刊
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カリスマ・勝間和代氏が解き明かす、「頭がいい人」ほど不合理な行動をとってしまう理由と8つの対処法。 ゴルフは天候状況などに応じて全てバイクで行くわけではなく、半分ぐらいは車で行っています。その時に本当に困るのが眠気です。
いわゆる高速催眠効果なのですが、ふといろいろ考えた時に思い当たることがありました。それは何かと言うと、私を高速道路は安全性を高めようと思って、オートパイロットを使ってるのですが、逆にそのオートパイロットが眠気を誘うんではないかということです。
要は変化がないと脳がスリープ状態になってしまいますので、いっそのことオートパイロットを自動ブレーキだけにして、後は自分で操縦した方が眠くならないような気がします。
せっかく手放し運転ができるオートパイロットの車を買ったのですが、ちょっと考えてみます。
元々眠気が強くなるから、なるべく良いオートパイロットを入れようと思っていたのですが、良いオートパイロットがまた眠気を誘おうという悪循環になってる気がだんだんしてきました。
ふーーーーう。 さすがに50代になると細かいところに色々痛みが出るものですが、最近の一番の悩みは左肘の内側の痛みがなかなか取れないことです、いわゆるゴルフ肘ですね。
まあ一番の原因はゴルフのやり過ぎなので、ゴルフをもうちょっと抑えれば良いのですが、それもなかなかできないのでとりあえず整形外科に行ったり、それをしたりしてコツコツと、なんとかしようとしています。
問題はそれで何とかなってるかというと、ちっともなんともなっていないのがまた悩みどころです。
バネ指で悩みについては、結局手術して解決してしまったのですが、指の問題がなくなった分、おそらく肘の方に負担がいってるのではないかというのが私の仮説です。
たぶん日常生活の姿勢やゴルフの千語に問題があると思いますので、そういうものも含めて色々と仮説を立てて考えながら解消していきたいと思います。肘もこれから長い付き合いをしていく部位ですので、大事にしていきます。 私は1日の時間の中、おそらく2時間から下手したら3時間ぐらいを音声入力による原稿を書きで暮らしています。
そして、毎日毎日何の機器が良いのか、何の入力方法がよいのかなど悩んでいるのですが、ちょっとずつちょっとずつ改良を加えていってもこれがベストというところにたどり着くまで不思議なことに年単位の時間がかかります。
最近りますと、ピンマイクを今年の2月に発売になってばかりの高性能の、比較的高価なピンマイクにしたら劇的に入力ミスが少なくなりました。しかもあれだけお金をかけて揃えた、GoogleのPixelの音声入力ではなく、結局一昔前から使っているSimejiの方が問題なくピンマイクを使った時にも音声入力が正確なのです。
ここにフットスイッチが加わりますと、びっくりするぐらい正確にあっという間に入力が終わっていきます。このフットスイッチも3種類ぐらい試してようやく今のフットスイッチに落ち着いていますが、フットスイッチは、USB AなのでこれをタイプCに変換する時に、またどの方法が良いかということについても悩み続けました。
初めはわざわざBluetooth変換して繋いだぐらいでして、よく考えたら単に変換器を入れれば良いのだと気付くことだけでも時間がかかってしまいました。
正解が分かってしまえば、なんとことがないものばかりなのですが、無数の選択肢がある中で自力で正解を導き出すためには、やはり年単位の時間がかかる気がします。
だからこそ教えてもらわずに自分で導いた正解というのは足腰が強いのですが一から教えてもらった正解というの足腰が弱く、ほんの少しの変化でも対応できなくなってしまうのかなといつも思います。 ホームベーカリーは以前からよく使っていましたが、なんて言えば何かというと通常のメニューですと4時間から5時間かかることでした。
そこで最近は割り切って早焼きの時時間コースで焼くことが多いのですが、その日あれば翌日までに食べてる分にはほとんど支障はありません。
イメージで言いますと、早炊きのご飯みたいなもので、炊きたてですと違いがわからないぐらい早い焼きも焼きたてだとわかりにくいです。
大体パンを仕掛けてからゴルフの練習やレッスンに出かけて帰ってくると出来上がってるようなイメージでして、ついでにホットクックも同じぐらいの時間でできるのでだいたいホームベーカリーとホットクックを仕掛けて帰ってきて、そのままお昼寝晩御飯にしています。
ホームベーカリーが死蔵されたり、なかなか稼働率が低いという方は是非早焼きも試してみてください。 ゴルフにバイクで行く計画は無事進行してるのですが、唯一困っているのが宿泊を伴う場合です。宿泊がなければ全然荷物が入るのですが、宿泊する場合にはyoutube機材とパソコンそれにできれば簡単な自炊道具を持っていきたいので 47リットルのバイクのリアボックスには入りきりません。
ゴールデンウィークでバイクで行った時にはとりあえず宅配便で半分ぐらい送っておいたのでなんとかなったのですが、やってみて分かりましたが、やはりそれなりに面倒です。
あと泊まりの場合、何がボトルネックになるかというと帰りに雨に降られることがあることです。行きに雨が降っていたら初めからもうバイクで行かないのですが、帰りにうっかり雨に降られると、本当に寒くて大変です。どうもやはりバイクは宿泊に向いていない気がします。もう少しちょっと悩んでみます。 あれだけ悩み続けている音声入力による原稿を書きですが、これまでずっとパソコンに入力をするときにもわざわざAndroidを使ってきたのですけれども、よく考えると Windows11からは相当優秀な音声入力が Windowsそのものに入ってきていますなのでもともとピンマイクを使えば非常にクリアに音声が入るのですからピンマイクと Windows 11の組み合わせで良い気がしてきました。
もちろんフットスイッチもこれまでどおり使えますので、フットスイッチで音声入力のオンオフをすればよいわけです。これまでWindows11の音声入力がいまいち嫌いだったのは、オンオフをする度にピッという音がして、それが嫌だったんですけれどもよく考えたら、その音そのものを切ればよかったということにも気づきました。
もともとWindows 11になるまでのWindowsの標準の音声入力は本当に使い物にならなかったので、パソコン単体で運用するという気が起きなかったのですが、最近はワーケーションで旅に行った時に、いちいち細かい設定をするのが大変なので Windowsで直接入力をしたところ、どうもこれで良いのではないかという気がしてきたのです。 今年度に入って様々な値上げが相次いでいます。私がよく行く美容院もヘアダイ料金を値上げするそうです。
理由を聞いたところ、特に部屋代の原材料費が上がってきてるので、ロング料金などを加算しないと採算が厳しくなってるそうです。
円安やコロナ禍により様々な原材料が上がっていますので、それを反映するための値上げというのはよく分かりますが、次の課題は何かというと、やはり景気を回復するためにはそれが人件費に影響しなければいけないということです。
人材については需給が逼迫し、学生も売り手市場と言われていて、市場でも少なくともちょっとした時給は上がってるようですが、果たしてそれがもっと幅広い賃金の上昇になってるかというと、まだ微妙だと思います。
今回のさまざまな値上げをきっかけに、価格は変わらないのが当たり前から価格は少しずつ上がるのが当たり前、そして賃金も少しずつ上がるのが当たり前というような状況に戻ることを願っています。 最近、夜の10時どころか8時とか9時にもう眠くなってしまって起きていられないことがあります。そのまま寝てしまうので、朝は大体午前4時とか5時に起きるのですが、まさしく太陽の日のサイクルに合わせた睡眠です。
そして、なぜだろうと思ったのですが、気づいたことがあります。昼間にゴルフなどで、散々日の光を浴びた時でした。
もちろん紫外線の浴び過ぎは目や体によくないのですが、それでもある程度日光を浴びないと、夜に眠くならないとだなということをつくづく感じます。
普段色々、目が冴えてしまって、入眠に悩むことがありますが、それはなるほど、昼間に太陽の光を浴びなさすぎてるのだとつくづく納得します。
もう少しメラトニンその他の生成システムに精通したいです。 慶応大学には付属の高校が5つあるのですが、その5つの高校の卒業生合同のゴルフコンペが毎年春に開かれています。
毎年180人ぐらい参加をするので、大体その時はゴルフ場を貸切で、ゴルフ場の中にいるのは懐かしい顔の皆さんばかりです。
しかもすごくうまい方ばかりなので、驚いていたところ、女子高の先輩が
「大体男性の女性も、来ているのは毎日ゴルフしてるような人たちばっかりだから」
と言っていて、思わず笑ってしまいました。そうか、私もその仲間かも。
去年は女子の部でグロスは3番目が4番目ぐらいだったのですが、たまたま上手く隠しホールがはまってネットで1位になり、豪華な商品をいただきました。
しかも同窓会会報にそのゴルフコンペの結果が出ると思っていなかったので、掲載されてびっくり。他の卒業生の皆さんからもその会報を見ておめでとうと、 Facebook などでメッセージをもらいました。
今年はまだ結果が出ていないので何位かがわかりませんが、体がしっかり動く限り、毎年出られるといいなと思います。
追伸
結果でました。グロスもネットも4位でした。残念!! 精進します。 毎週1回2ヶ月にわたって少人数で展開された、伝説の戦略マーケティングセミナーがオンラインで蘇ります。
マーケティングとは一言で表すと、自ら市場を切り開くことです。今、すでに存在する市場に素直に斬りこもうと思っても価格競争になってしまいますし、だからといって企業に雇われのままではいつまでも時間リッチキャッシュリッチの道にはたどり着けません。
時間とお金の自由度を手に入れた人は、これまで何をしてきたのか、それは自らが新しい市場を作り、新しい価値を生むことで、市場と顧客を創造してきたのです。
そうは言っても魚を釣ったことがない人が急に漁場に出たとしても、釣り竿も餌もなく、そして、ノウハウもなければ、魚を釣ることはできません。この戦略マーケティングセミナーでは、皆さんに戦略マーケティングのための道具とその使い方を2日間に渡って、説明していきたいと思います。
是非とも一生のビジネス財産になるであろう戦略的な視点を、このセミナーで身に獲得してください。 以前はネットスーパーをよく使っていたのですが、最近歩いて5分ぐらいの、もっとも家から近いスーパーマーケットにスキャンアンドゴーと言うDXが導入されてからネットスーパーをほとんど使わなくなりました。
この仕組みはとてもシンプルで、スマホで買い物をバーコードでどんどん読み込んで、最後に決済もそのままスマホで行ない決済後のQRコードをスキャンアンドゴー専用のレジにかざすと、そこでもう決済が終了なる仕組みです。
いちいちレジに並ばなくて良いというのと、レジの時間もほとんどなく、ポイントカードやクレジットカードの、物理的な手続きがゼロなのでとても気に入っています。
ネットスーパーの場合は頼んだあと1時間とか2時間の枠をじっと待たなければいけないのが苦痛だったのですが、それもなくなりますし、ネットスーパーに比べてほとんど手間暇が変わりません。
お陰様で私と娘はすごくよく使っているのですが、私達親子以外使ってる人をほとんど見たことがありません。娘は1度だけ他の人が使ってるの見たことがあると言っていました。でもそれぐらいの頻度です。
昨日も夕方に買い物したところ、レジの方はそれなりに並んでいたのですが、不思議と誰もスキャンアンドゴーを使わないのです。
周知不足かというと、決してそんなことはなく、入口にも、あるいは店の中にも随分と沢山のポスターやのぼりや看板が立てられており、あれで目に入らないわけはないと思いますので、やはりなんとなくみんな面倒くさくて最初の手続きを踏まないのだと思います。
こういったDXはもっともっと導入されてほしいのですが、しかしあの使用頻度を考えると確かに導入側も微妙だと思います、どうやったらもっとみんながこういったものを使うようになるんでしょうかね。 最近、友人がマッサージガンを使ってる機会をよく見かけるので、私も Amazon で安めのものを買ってみました。
いや、これ意外と悪くないどころかむしろ良いです。これまで専用の部位に対してハンドマッサージャーのようなものを持っていましたが、このようなハンディでしかも汎用のものがあると、最近ちょっとゴルフのやりでいたんで左肘の内側などの周辺をほぐすときにとても楽です。
一応 Web でザクっと論文を読んでみると、そこそこ効果はありそうですし、また最弱でやるのがポイントということなので、一番弱いレベルでやりすぎないようにしています。
最近はリチウム電池の値段も下がってきたので、このような安価な新しい道具にも使えるようになりましたね。充電は Type C で行います。色々な新製品に本当にびっくりです。 みなさま、
今年も、戦略マーケティングセミナーがこの週末にやってきます。
キャッシュリッチ・時間リッチを実現するためには、少ない労働時間で高い市場価値を生み出せるようにすること、この視点に尽きます。
しかも、マーケティングは暗号通貨などによる「億り人」とは異なり、やりがいを感じながら、社会からのメッセージや感謝を感じながら、自由に自分を表現し、自己実現を図ることができます。
どのような視点でどのように市場に切り込むと、「ありそうでなかったもの」が実現できるのか、一緒にその手法を学んでいきましょう。
そして、小さなスタートでも、一緒に切ることができるようになります。マーケティングのメガネを手に入れて、どのように社会が変わっても、テクノロジーが変わっても、適応できる自分になっていきましょう。
土日にお待ちしています。 今回の安倍さんの襲撃事件に対しても様々な人が論評を加えていますが、SPが悪い、安倍政治が悪い、アベガーが悪いなど、やるせない気持ちはよくわかります。けれども、そのやるせない気持ちを誰かへの批判に変えて相手を攻撃することは、悪意の報復の連鎖になってしまいますので、それ自身を発言することについて注意深く考えた方が良いと思いますし、更にメディアがそのような情報を拡散するので、一連のニュースについては、なるべくスルーをして、ただただ安倍氏のご冥福を祈りたいと思っています。 毎年夏に実施し、本当にこれを機会に人生が良い方向に変わった、これまでの苦々しい思いや恨みと別れることができた、前向きに進むことができたと評判をいただいている人生戦略セミナーですが、今年もコロナをふまえ、リモートでの開催になります。
リモートといっても、画面の前は最前列真ん中の特等席と同じです。目の前で課題に回答し、また、課題回答はすべて、私しか見えない仕組みで私がチェックしますので、ご安心ください。
自分の人生を変えたいと思っていてもできなかった人、あるいは、具体的なやり方がわからない人、なんとなくはつかめているけれども、もうひと押し欲しい人、すべて大歓迎です。これまでに参加してくださった方でも、毎年参加して、自分に活を入れる方もいます。
自分の人生の選択の責任は自分にあり、これまで起こってきたこと、これから起こることをどのように認識し、解釈するかもすべて自分の責任です。
私がメディアなどではあまり話せなかった生々しい30代の頃の経験などをお話しながら、みなさんにわかりやすく人生戦略をガイドしますので、ぜひ、ふるってご参加ください。
お待ちしています。 以前、私が、京王線に乗っていた時に、外国人の男性が
「誰か英語話せる人いるーーーー?」
と英語で車内で叫んだときに、それこそ、私は最近は全く英語で仕事をしてないのですが、その瞬間に無意識に意味がわかってしまって思わず手をあげてしまいました。そして、その後30分ほど英語でしばらく話をして楽しい時間だったのですが、それこそ、水泳やスキーと同じで、多分英語は一生このまま聞き取れるんだろうなぁと何となく感じたできごとでした。
ちなみにこのような様々な一連の脳や身体の動作をプログラミングするスキルについては、小さい頃の方が習得が早く、年をとるとだんだんとその習得に時間がかかるようになってきます。だからこそ、オリンピック選手のような高いレベルを要求されるスポーツの場合には、ある程度小さい頃から訓練を重ねた方が効果的なのです。
ただし、私達は別にオリンピック選手を目指してる訳ではありませんので、どんな年齢から始めたとしても的確な訓練を積んで必要な認識を積み上げれば、少なくともトップアマクラスにはどんな分野でもなることができます。
私はゴルフを始めて10年余りになりますが、先日お陰様で70台も出すことができるようになり、少しずつはスキルが積み上がってるようです。それでもなかなかまだできないことが多く、意識的に考えてることばかりなので、この意識が邪魔をし始めると、とにかく
「無意識が主役、無意識が主役」
と意識のほうを戒めて、とにかく引っ込んでもらうようにお願いします。それこそ、この方法は以前ビジョン54という宮里藍さんも習っていたコーチたちから直接教えてもらったものです。いかに無意識に身を任せて意識的なものを排除するかということに、例えば鳥のさえずり聞くとか、数を数えるとか、打った後のボールのイメージに集中するとか、色々な手法を教えてくれました。 私が西銀座チャンスセンターで1時間半並んでる人達に対して、毎回思うのは、この1時間半並ぶ時間を自分のスキル育成に投資した方がよほど宝くじよりも効果があるのではないかということです。そしてもちろん宝くじを買うお金があるということは、そのお金を本を買ったり、セミナーに出席したり勉強に投資をする余力もあるわけです。
そう言う意味では読書というのは私は宝くじのようなものだと思っています。もちろん小説のような楽しみのための読書もしますけれども、様々なポピュラーサイエンスやノウハウ本あるいは新しい知識を教えてくれる本などについては、それを知ると自分として新しいやり方を知ったら人生観が開けたり、場合によっては考え方が変わったりするのがとてもおもしろいのです。 高齢者になるとなかなか新しいものにチャレンジする気力が薄れたり、あるいは物事の理解能力がだんだんと衰えていくのですが、それはなんといっても体が動かなくなることによって新しいことをすることが億劫になったり、やる気があっても、新しい物事をマスターをするのが難しかったりするからです。
つまりその両面から考えますと、頭を動かさない時間と体を動かさない時間そして、その両方の時間というのはどんどん私たちの頭が働かなくなっている状態だと思えばよいでしょう。
またなぜ大学卒業生、特に有名大学卒業生を企業が採用したがるかというと、認知機能に対してあるレベル以上の保証があるということがわかっているからです。さまざまな大学受験の科目に意味があるかないかということについてはおそらく実務的にはないものが大半ですが、少なくとも有名大学の入試を突破するぐらいには色々な科目について頭を鍛えてきたということが測定できるので有名大学卒業生というのは重宝されるわけです。
ただし、これは22歳のときの話ですので、その後、30代 40代そして 50代となっていた時に必ずしも有名大学の卒業生だけが認知力が高いわけではありません。むしろ有名大学の卒業生でも卒業後に認知を鍛えなければどんどん衰えていきますし、一方で成人するにつれてだんだんと新しいことを学び、認知を行うことを習慣化した人はずっと伸びていきます。
ある意味学歴というのは、現代の科挙のようなものですので、もし良い学歴を持っていなかったとしたら、成人には資格試験や社会人大学院など別の種類の科挙が準備されていますので、これらを活用して学歴の代わりにすることも社会生活のしやすさのためには勘がで必要もあります。
しつこいようですが、この認知機能によって階層化社会が作られてしまっているという現実を認めないと、なかなか21世紀における社会構造の真の姿は見えてきません。これは好ましい好ましくないというレベル感ではなく、現実なのです。 私が、お酒を飲まない、タバコを吸わない、なるべくスマホを見ない、テレビを見ない、ストレスをなるべく小さくする、甘いものに頼らない、適度な運動を心がけるといったようなライフスタイルを貫いているのも全ては認知機能のためにあります。認知が衰えた瞬間に、21世紀社会はとにかく生きづらくなるからです。 そういえば、元々私が世界で注目される50人の女性にサラリーマン時代に選ばれたのも、英語で辛抱強く、日本語が読めない記者さんに日本語の各社のプレスリリースの説明を質問の電話が来た時にしていたからでした。
私達人類は他の動物に比べて異なる、最も大きな特徴があります。それは何かというと助け合いが大きいことです。他の動物は家族内その他では多少助け合いますが、種族全体で助けあうような動物はなかなかいません。
これに対して人間というのは、人間全体でお互いに助け合い、しかも未来に向かって、その財産を残そうとするのです。だからこそ、1人ひとりが自分のスキルの育成を目指して1万時間のような大量の時間を特定のスキル育成に使えます。
一方、問題は何かというとお互いに助け合っていますので、何らかの形で他の人よりも抜きん出ているスキルがないと人間社会の中では暮らしにくくなってしまうという冷たい現実です。
結局、現代社会においてはこのバランスをいかに取るかということが重要になります。自分でスキルを積み上げ、しかもそれが人のために貢献できる一方で、他の人のスキルをなるべく使わせてもらう、それが市場経済になっていく訳です。
起業や株式公開というのは、このように積み上げたスキルを色々な人に幅広く利用してもらうことで、収入を得ながら、そのスキルを販売する仕組みです。だからこそ、何か独立をしようと思った時にスキルがないと躊躇してしまう訳です。 私が色々な待ち合わせをしていて、意外に多いなと思うのは特にフリーランスの人にいるのですが、仕事が急に入った時に元々あったプライベートの用事をキャンセルする人です。フリーランスの人にとって急に入った用事を断るということは死活問題なので仕方がないと思うのですが、それでもやはり仕事よりも私たちのプライベートの用事の方が格が低いのかと思うと、あまりその人とは積極的に付き合おうと思わなくなってきます。その人が悪いとよりは、その人が仕事のコントロールができていない状況が面倒なのです。
逆に何か私たちが誘いをかけた時に、本当はもともとの仕事の予定があるにもかかわらず、色々やりくりをして仕事を開けて誘いに乗るようなタイプの人もいます。自分のワークライフバランスにある程度のコントロールができているから、そういうことが可能になるわけです。
選ばれる人になるためには過度に相手に負担をかけないと同時に、未来思考で、しかも一緒にいる時の会話や経験や笑いを通じて、周りの人を幸せにできるようなタイプの人になることが望ましいのです。そういった面では人の悪口を言わないとか、過度に悲観的にならないことが必要であり、その上、明るくてユーモアがあるというのは、その人にみんなが一緒にいたいと思う掛け替えのない財産になります。 私が以前ありがたいと思ったのは、2009年から2010年ぐらいにかけての私の本が大ブームだった時に、とある週刊誌が私の悪口記事を書こうと思って、ライターさんが色々と出版社も含めて取材に歩いたのだけれども、誰も悪口を言わないので、悪口記事を書くことができなかったという記事がウェブに載ったことがあります。
私はその時に私の悪口を一切言わなかった出版社の皆さんも本当にありがたいと思いましたし、またその記事を正直にwebに書く記者さんが面白いと思いましたので、コンタクトをとって一度一緒に食事に行って、いろいろな情報交換をしたり、何時間か楽しい時間を過ごさせていただきました。
人は6次の隔たりで、すべての人が繋がっているという話がありますが、まさしく私たちが普段の生活や行動の中で、どのように自分以外の人とつながるかということについて、全ての人が自分のことを見ていると考えると分かりやすいでしょう。だからこそ。いろいろな人を平等に公正に取り扱うし、また必ずお互いに感謝を交換したり、挨拶を交換したり、必要があればお互いに声をかけあうということについて、日常生活のかなめや哲学にしていくわけです。
普段の生活の中で、自分が一人で生かされているわけではなく、社会の一員だからこそ、なるべく社会の中で自分という価値も発揮するし、また色々な人と気持ちの良い繋がりを通じて、どうやって私たちがお互いを認めていくかという観点があると、朝から晩までの行動一つ一つにとって自分がどのように人につながっていくかということを、ある程度意識して選択ができるようになると思います。
そういう観点では、今、その21世紀に入ってインターネットやウェブが確立され、クラウドが使えるようになり様々な検索ができるようになったというのは、実は濃い繋がりでわなくても、薄いつながりがあれば、人がそれぞれお互いに助け合うことができるようになったというのが、大きな社会の発展だと考えます なぜ、私たちが古い付き合いについて、ある程度見直したいと思うかと言うと、やはりそれぞれの境遇が段々変わってきて、だんだんと一緒に過ごす時間に対してのバランスがだんだんと崩れていく傾向があるからです。それこそ、ある程度仕事で活躍をしてる人が、以前の学校や前の会社との付き合いに顔を出した時に話題が合わなくて違和感を覚えるということがしばしばあると思いますが、それの変形バージョンが色々な所で生じてるわけです。
もちろんあえて邪険にする必要はないのですが、自分が付き合う時に心から自分がそうしたいのか、あるいは惰性でそうしてるのかということについて区分をして、自分が心からそうしたい時だけ付き合うようなイメージに変えていくわけです。
逆に私たちもいろんな人と付き合っているうちに、だんだんと向こうの方からいつの間にか去られてしまうことがありますが、それはそれで仕方がないと割り切る必要があります。この人的資産あるいは人付き合いというのは双方のウィンウィンが成立していないと長続きをしないのです。そして、そのバランスが崩れている時というのは、あえて関係性を保とうと思ってもうまくいきません。
もちろん、 SNS を通じた情報交換のように、こちらの時間コストがほとんど特定の人に対してかからないものについては、そこまで新陳代謝を意識する必要はないのですが、実際に対面で人と会うとか一緒に何か行動をすると言っての時にはどうしても自分の時間が限られていますので、自分が好ましいと思える人に対して時間を投資するような心を持っていいのです。
以前から周りの人に対して、共有する時間や距離をどのぐらいに保つかということについては、自分である程度意識的に管理をする必要があるということを説明をしています。相手から望まれるがままに自分の時間を差し出すのではなく、自分自身が意思を持ってどのくらいの時間を誰に使うかということについての決定をしていかなければならないのです。
難しいのが家族や古い友人と言ったような割り切れない関係のときです。その時にはとにかく誠意を持って自分ができることはなるべくやっていきますが、だからと言って100% 関係性が良くなるわけでもうまくいくわけでもありませんので、以前より良くなればそれでいいやと割り切り、その関係性のレベルにおいて付き合える範囲にとどめていきます。 相変わらず家の外で音声入力をする時の声の出し方に苦労しています。とにかくあまり大きな声を出してはいけないので、マイクを口に近づけて呟かないといけないのです。
最近使ってる方法の一つがパソコンのタイプCにマイクの受信機を繋いでマイクの送信機に電源を入れてウインドウズ11の音声入力で音声入力をする方法なのですが、受信機を挿入したり、あるいは送信機のの充電をしたり、電源を入れたりと思ったよりも手間暇がかかります。
そうすると、そんな手間暇をかけるぐらいであれば初めからAndroidをマイクにできるソフトウェアであるリモートマウスを使って音声入力をしてしまう方が結局早いのではないかと思い始めました。
もともと wi-fi で繋がっていますので、わざわざハードウェアが必要がありません。あとはソフトウェアを立ち上げるだけです。
結局ハードウェアで対応しようとしてもソフトウェアで対応しようとしても、どっちにしても面倒くさいので、あとは私の判断ですよね。
ソフトウェアを立ち上げるのが楽なのか、ハードウェアを物理的に指すのが楽なのか、しばらくちょっと試してどちらの方法の方が続きやすいかを確認してみたいと思います。
あと、見かけがちょっと恥ずかしいのですが、パソコンのマイクの位置に思いっきり口を近づけてつぶやくことですかね?これはやったことがないので、後でやってみようと思います。 ただし、SNSなどに何かを投稿すると非常に高い確率でケチをつけてくる人がいますが、そのケチをつけてきた人が見ず知らずの人である場合には、基本的にスルーをしてください。その人がやりたいことは何かというとケチをつけることで、相手を落として自分を上げたいだけなので、その材料に使われる必要はありません。ミュートやブロックなど色々な機能がありますので、そういったものを使って自衛してください。
そういえば私が最近やっているのは、Facebookなどで、たとえ友達登録がしてあっても、身内の悪口(だいたい、親か、配偶者か、子どもに対するもの)を言う人を全てミュートにしています。身内の悪口を言ってやるせなさの憂さを晴らしているのだと思いますが、身内の悪口というのは自分の悪口と同じことですので決して健康的ではありませんし、読んだ方もいい気がしません。Facebookだった場合には、とりあえずその人は30日間のミュートにしますし、それでも直らない場合には完全にミュートにしてしまいます。
それと同じことで、身内はもちろんのこと、ましてや自分の悪口を言わないようにしましょう。褒められたら素直に嬉しがる、必要以上の謙遜をしないということが重要です。謙遜することがどうしても日本人の場合には習慣になっていますので、それががんじがらめになって自分に負のフィードバックを与えないようにしましょう。 ちなみにインターネット時代で、SNSの過剰最適化によって心配されているのが、エコーチェンバー現象です。これは何かと、いうとフィードバックループが行き過ぎて私たちが嫌だと思う情報は遮断され、好ましいと思う情報ばっかり手に入れるようになると、例えば一度フェイクサイトやデマサイトに騙されてしまうと、ずっとそのフェイクやデマを信じるような記事ばかり目に飛び込んでくるので、その世界にハマってしまうということです。
これを防ぐためには、やはり多様なフィードバックが必要であり、いろいろな人に会ういろいろな本を読むいろいろな体験をすると、いったような形でインターネットの過剰な。フィードバックに騙されないような仕組みを自分自身で構築して行く必要があります。だからこそ、インターネットと触る時間、特にニュースなど受動的に情報を得る時間というのは、ある程度の制限を設けることが必要です。
さまざまな場面で日記をつけたり、自分の考えを文章に整理をするというのは、自分の意識と無意識の間を交互にフィードバックをしているようなものなので、自分の考えが整理されていきます。もやもやと思っていることがあった場合には、それを言葉という形で落としてあげることで。自分自身で考えていることを整理してあげるような習慣を持つのも、フィードバックの活用方法として有効です。
ちなみに人の悪口を言ったり、悪いことを考えたり、悪いことを願うというのは、すべて自分に悪いフィードバックとして返ってくるから注意しましょう。人の悪口を言い続けていると、ほかの人も自分の悪口を言ってるのではないかと思ってしまいますし、人の不幸ばっかり願っていると、ほかの人も自分の不幸を願っているのではないかと考えてしまいます。むしろ。色々な人に対して励ましたり褒めたり、あるいは成功を願ったりして、良いフィードバックを心に思い浮かぶ習慣をつけて行くと、自分自身に対しても良いフィードバックを返せるようになります。 例えばヤクルト1000が空前のブームですが、もしヤクルト1000について興味があるのであれば、その元論文を読むことをお勧めしたいと思います。そしてこのヤクルト1000の論文が言うとうり乳酸菌の効果であれば、別にヤクルト1000を飲まずに乳酸菌のサプリを飲めばすむことです。それを店頭になかなかないヤクルト1000を何軒もコンビニエンスストアを回って買いに行く必要はないのです。また、乳酸菌に限らず睡眠サプリがたくさん出ていますので、本当にそういったものが必要であれば、いろいろと試して比較してみるとよいでしょう。
具体的な思考というのは情報量が少なすぎ、またその時々に応じて状況が変わりますので、あまり役に立ちません。ところが、ビジネスを売る側というのは、消費者が具体的な情報にしか飛びつかないということをよく知っていますので、ある程度ゆがめた形で具体的な情報を適当に提供するのです。
抽象的な思考ができるようになれば、そのような歪みのあるメッセージにはすぐに気づくことができるようになりますので、どんどん変な物に引っかからないようになるでしょう。
いずれにしても大事なことは、ありとあらゆる場面で具体的すぎるものについて囚われず、裏側にある性質や分類や概念などについて理解をしながら物事を判断する習慣をつけることです。 ここ10年間ぐらいで日本でベンツの業績が非常に良いのです。それはなぜかというと、昔に比べるとベンツの割高感が下がっていて、同じ品質のベンツであれば、そこそこの値段で買えるようになったからです。そしてその正体は何かというと、実はドイツがEUになったことがあります。ドイツ本体の実力ではもっと、もっと為替が高くて良いのですが、EU全体で薄められているため、それこそギリシャやフランスのようなドイツよりも経済力の低い国の総合としてEUの通貨が決まっているからです。
結果何が起こっているかというと、ドイツだけが独り勝ちの状態になって、残りの国々は経済の成長が妨げられています。EUはEUではなく、ドイツ帝国だと思った方が良いでしょう。東ヨーロッパが統合されたことによって、ドイツは東ヨーロッパの安価で教育水準の高い労働力をふんだんに使うことができて、車に限らず様々な工業製品の輸出が回復して国の景気が活性化しています。
一方、日本製品は決してものは悪くないのですが、1ドル100円を切る時代では何を輸出しても割高になってしまって、日本の輸出力が急激に下がってしまいました。結果として、日本の各メーカーは工場を中国やアメリカなどに移さざるをえず、国内の雇用が一気に失われたのです。 その背景には、なんといっても時間の流れがあまりにも早いことがあります。そしてやれることがたくさんありすぎて、一体自分の時間をどこに投資するかということの方が、自分のお金をどこに投資するかというよりも、より希少資源になっているからです。
そして私と長い付き合いの友人たちは、よくこの風潮を
「ようやく、勝間さんに時代が追いついてきたね」
といいます。もともと私が多少せっかち気味なこともありますが、どちらかというと子ども3人を育てながら、家事や仕事をしながらの生活でしたので、強制的に数十年間タイパを意識せざるを得なかったということがあります。
おかげさまで結構訓練されたせいか、私が普通にいろいろな仕事をしたり、あるいは日常的なことを実行したりすると、周囲から
「タイパの女王」
などと言われて驚くのですが、確かに、同じ量の仕事を実行するのであれば、私はかなり早く仕事が終わりますし、逆に何か家事でも生活面でも、特定の目的を達成しようとする時には、大体確かに相当早いです。
でもそれは何と言っても、1分1秒たりとも自分の時間は無駄遣いしないという強い意志の表れだと思います。だからこそ待ち合わせに遅れてくる人にはびっくりしますし、少なくとも私が主催するさまざまなイベントや講演というのは、時間ぴったりに始まって時間ぴったりに終わることを目指しています。
タイムパフォーマンスを向上させるためには、とにかく
「自分の人生において、意味のない時間を持たない」
という決意が不可欠です。これはコストパフォーマンスを向上させるためには1円たりとも意味のないお金を使わないと思うのと全く同じ考え方です。 人間は生まれながらにして平等であり、ありとあらゆる本人の責任ではないところでの理由による差別や格差が生じてはいけないと言う哲学や理論については私もまさしく100%同意します。
しかし、残念ながら問題はこれが本当に現代社会で実現できているかどうかです。そして、ほとんどの人が同意すると思いますが、それは実現ができていません。
例えば一番典型的なのが、仕事において、正規非正規の待遇差別です。全く同じ仕事をしてにもかかわらず、正規と非正規で賃金の格差が三倍以上あるということは、日本においてはそこそこ当たり前に生じています。公務員や教職員などで顕著です。会社でも正社員と派遣社員の間に、大きな格差があります。
また、日々の生活において使いきれないぐらいの収入やお金を持っている人と、毎日の生活に困窮し、生活保護の手続きを受けようとしても、その負担にすら耐えられないような待遇の人もいます。
私は以前からさまざまな政府の仕事で、子どもの貧困問題や教育問題についての分析に携わってきましたが、例えば子供の教育についても、親の所得格差によって子供の教育格差が生まれるというのも歴然とした事実です。
多くの人は、このような格差が存在するのは当たり前であり、なぜ存在するのかということについて深く考えた人は意外と少ないと思います。しかし、この格差が存在するということは、実は社会全体にとって幸福なことではないのです。
なぜかと言いますと、まず、格差社会において不利になっている人たちにとっては生活が苦しくなりますし、毎日のメンタルの中で自尊心が傷つくということでやられてしまいます。一方、今現在格差社会の中で、なんとか生き残っている人たちも、同じ地位を保つためにはとてつもない努力を繰り返さなければいけないと思ったり、あるいは自分や自分の子供が少しでも今の境遇よりも下にいったらどうしようといったようなことを常に恐怖感を感じないからいけないのです。 私たちは、小さい頃から親や先生から努力しなさいと言われ続けました。そして努力をすれば偉くなれる、報われる、良い職業に就ける、良い生活ができると叱咤激励され続けてきたのです。
そしてそのことを信じて、それこそ受験勉強に励み、就職戦線に励み、会社の中で出世競争に励みという繰り返しをしてきました。ところがこのような、様々な努力や競争に対する労力の注ぎ込みの結果、何が起こるかというと
「努力しても必ずしも100%報われないことに気づいてしまう無気力症候群」
に見舞われることです。
ピケティが「21世紀の資本論」で鋭く分析して明らかにしたことがあります。それは何かというと既にもう労働生産性の伸びを資本生産性の伸びが上回っているので、今現在お金や資本や技術を持っている人たちの方が、これから先もどんどん儲かっていき、労働しか持っていない人たちというのは、基本的に資本を持っている人たちになかなか追いつけない、追い越せないという厳然たる事実です。
これをもう少し平たく言いますと、例えばお金持ちのうちに生まれた子弟というのは、その家の会社を継いだり、あるいは家のさまざまな土地やマンションの家賃収入を引き継いで、そのまま大した努力をしなくても、それほど学業成績が良くなくても上流階級の生活が保てるということです。
一方をどれほど努力をしたとしても、例えばその対象がブラック企業であったり、非正規雇用であったりすると、資本家からのやりがい搾取が起こるだけで、給料はちっとも上がらず、ほとんど休み時間や睡眠時間が取れないまま疲弊し、メンタルをやられていてしまいます。
それでも労働市場で様々な努力をし、勤勉に働けば多少は良い生活ができるというので、多くの人たちが競争に励みます。そしてこのときに問題になってしまうのが何かと、いうと最初にスタートした入り口の場所です。
日本は学歴社会ではないといってはいますが、実際にはやはりある程度の4年制大学を卒業していないと就職できないランクの企業が数多くあります。そしてこういった企業は主に大企業であり、中小企業のもうけを搾取していて、あまり働かなくても給料が高いという状況を作り出しているので、比較的安定して、高い給料を望む人たちは、高い学歴を得て、名前が通って待遇が良い大企業に入りたがるわけです。
この仕組みというのは、それこそ中国の中世近代社会にあった「科挙」に非常に近い仕組みです。そしてもちろん、日本でもまだ国家公務員試験という科挙は残っていますし、大企業に対する就職も、ある意味「科挙」のようなものです。
そしてこのような科挙にうまく通らずに違うルートを辿ってしまうと、非正規雇用であったり、あるいは正規雇用であっても中小企業であり、もともとその企業自身が儲かっていないので、なかなか良い給料をもらえないという待遇が生じてしまいます。
資本家の家に生まれなかった子供たちは、このようにして様々な学歴や職歴を身につけ、いろいろな科挙に挑むのですが、この科挙の最大の問題は何かというと
「一般知能は本当に教育や本人の努力によって向上するのか?」
という現代社会の最大のタブーです。
現代社会においてはある程度の知能があり、高い教育水準があれば、さまざまな就職機会をへて、どんどんと労働の賃金を高くし、その一部を資本に回すことで、だんだんと資本化への道が開けるというルートが開かれています。これは日本においても例外ではありません。 ただし何度も言いますが、最大の問題は、この高い教育水準や知能というのが本当に本人の努力と比例しているかどうかの問題です。いわゆるリベラルの追求者たちは、さまざまな格差社会については、教育がすべてを解決すると主張します。教育機会を受けることができれば、誰でもこの科挙による階段を上ることができるという主張です。
残念ながらこの問題はこれまで証明されていません。義務教育はもちろん役に立っているのですが、その後の高等教育において投資を行ったとしても。その投資がその本人の人生を助けるかどうかということに、ついてはなかなか証拠がないのです。例えば失われた20年の間に高い学歴で卒業をした成人たちは、決して良い就職口を得ることはできませんでした。
そして教育の投資効果や、あるいは本人のやる気についても。実はもともとの知能やその後の教育効果が、
・少なく見積もっても5割程度
・統計分析を行う限りにおいては7割程度
の部分が、遺伝要因であることが分かってきてしまっているのです。わかりやすい遺伝ですと、例えば背の高さというものがあります。あるいは、髪の毛や目の色というのも遺伝をしています。
こういったような明示的な遺伝は様々にあるのですが、知能を支えるさまざまな要素、例えば、ワーキングメモリーの大きさや、物事を構造化する力、言語読解力や抽象的なものについて頭の中で構築し判断する能力などは、背の高さと同じように、親による遺伝が、大きいと考えざるを得ない研究結果が相次いでいます。
例えば、一番わかりやすいのが一卵性双生児と二卵性双生児の成績の差でして、同じ両親のもとに生まれて同じような環境で育っていますので、もし教育が効果が高いのであれば、一卵性双生児も二卵性双生児も、その二人の成績はとても近似していないといけないわけです。
ところが残念ながら一卵性双生児の成績差は非常に小さく、二卵性双生児の成績差というのは通常の兄弟並みにあります。あるいは、サンプル数は少ないのですが、違う親に育てられた一卵性双生児の成績差も非常に小さいのです。
よく東大の指定は所得水準が高い家庭が多く、それは、小さい頃から、高い教育投資を受けることができたからだという言説があります。
しかし、実際には、もともとある程度知的水準が高い両親が社会的に成功しているから所得が高く、その知能を遺伝的に受け継いだ子供がたまたま東大に入っていると考えた方が現実的です。もし遺伝的に知能が平凡な子供がたとえ高い教育投資を受けたとしても、東大に入れるかどうかはわからないのです。
そしてこのような、遺伝的に高い知能と、あるいはそもそも家にさまざまな社会資本や金融資本が蓄積しているかというのが、格差社会の大きな背景にあります。そうすると、どれだけ公共教育を無償にしたとしても、東大で年収が低い家庭に対しては学費を無料にしたとしても、あるいは社会人になった時に、さまざまな形で生涯学習の機会を国が提供したとしても、抜本的な格差解消の手段にはならないのです。
また様々な国家の運営というのは、政治家や官僚が行い、その監視をしているのがメディアです。ここで気づいてほしいのですが、政治家になる人、官僚になる人、そして大手メディアに就職できる人というのは、どういう人たちでしょうか?
少なくとも戦争のような大きな革命がない限りにおいては、裕福な家庭に生まれ、遺伝的にも恵まれた可能性が高い人達です。その人達にとっては、自分たちが非常に、高い下駄を履いたところからスタートしているということについては認めたくないので
「自分はこのような勉強をして、ここまで努力をして、結果としてこのような形で成果を上げてきている」
「それに対して、努力もしないのに国の保護ばかり求めるのはお門違いだ」
ということで、格差の原因を努力に求めてしまうのです。もちろん。本当のことを知っている中で、意識的にそのような言説をしている人もいないことはないと思いますが、大半の人たちは心から無意識に自分たちの努力の成果が今の地位を築いていると信じているので、もっとたちが悪いのです。 私は、日本の大企業では子持ちの女性は明らかに競争に勝ち残れないだろうということで、撤退して公認会計士になりましたが、公認会計士の世界でもいわゆる一般的な日本の監査法人で、はこれは女性は厳しいと考えて、さらに外資系に逃げ出して行きました。そして、外資系ではそこそこうまくやっていたと思いますが、それでも、今度は外資系の中で、無能な上級管理職や見たことがない株主たちに自分の長時間労働のせっかくの働きの成果が搾取されるのに嫌気をさして独立したのです。
なぜ私たちが格差社会や不平等のメカニズムを知る必要があるのか。それは私たちが自分のリソースを最大限に生かして、自分の生活をして報われる環境を築くためです。結局、私たちもいろいろな意味で現代社会の競争にさらされ続けていますので、自分にとってよりマシな競争現場はどこにあるのかということを考え続けることが重要であり、不利な競争現場で働き続けると自分が疲弊してしまいます。
そして、とにかく理解をしてほしいことは、グローバリゼーションやITの拡大といったような形で競争の範囲が広がれば広がるほど、格差や不平等が広がるということです。それは善悪の問題ではなくメカニズムなのです。もちろん政府や企業がそのような。不公平を是正する役割があるのですが、それは前からお話をしているとおり、政府の指導者層というのは基本的には富裕層出身ですので、そこまで格差の縮小には熱心ではありません。むしろ、自分の出身階層である富裕層に対しての保護を意識的にも無意識的にも行っているのです。 このスレッドは1000を超えました。
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